悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第7話】鉄槌と賭けの刻

ゴッッッ!!!!

 

肉と骨が砕け、金属鎧がひしゃげる音が重なり合って響き渡る。

 

あたしが渾身の力と速度を込めて叩きつけた鉄の杖は、不意を突かれた盗賊の一団を文字通りミンチに変え、辺り一面に禍々しい赤黒い染みと、吐き気を催すような臭いを撒き散らした。

 

一瞬の静寂。

 

悪臭漂う現場で、生き残った者たちは皆、あたしという唐突な破壊者の登場と、その常軌を逸した一撃に言葉を失っていた。

 

「……ふん」

 

返り血と、おそらくは脳漿らしきものでぬめつく鉄の杖――武骨な金属バットと呼ぶのが相応しい代物だ――を、あたしはトン、と軽く肩に担ぎ直す。

 

さてと。

 

どうやらまだ、掃除のし甲斐がありそうだね。

 

「まだやる気のある奴はいるかい?」

 

その言葉が引き金になったように、賊どもが我に返った。

 

「ば、化け物め!」

 

「囲め! 囲んで叩け!」

 

「こいつ一人だ! やっちまえ!」

 

数はまだこちらより多い。

 

恐怖を怒鳴り声で誤魔化しながら、奴らは散開し、あたしを取り囲もうと動き出す。

 

(チッ、面倒だね……速度がないと、ただの頑丈な棒なんだよね、これ)

 

内心で毒づく。さっきの派手な一撃は、あくまで不意打ち、そして十分な加速距離があったからこそのものだ。

 

囲まれてしまえば、この鉄塊はただの重くて頑丈な鈍器でしかない。

 

あたしは地を蹴り、囲まれる前に後方へ跳んだ。

 

護衛騎士たちがいる方向だ。

 

彼らもようやく体勢を立て直し、剣を構えて賊と対峙している。

 

「おい、そこの騎士サマたち! ちょっとの間、こいつら引きつけといてくれるかい? すぐに戻る!」

 

「なっ、何を……!」

 

戸惑う騎士たちを尻目に、あたしは彼らの横をすり抜け、さらに距離を取る。

 

目的はただ一つ、加速するための助走距離の確保だ。

 

賊の一部があたしを追ってくるが、その速度はあたしの敵じゃない。

 

あたしは背後を気にせず、一定の距離まで離れると、反転。

 

再び地面を爆発的に蹴り上げた。

 

風を切る音。

 

加速する身体。

 

視界の端で、追ってきた賊の驚愕の表情が見える。

 

手にした鉄塊に、速度と体重を乗せる。

 

狙うは、賊どもが密集している箇所。

 

ただし、馬車や護衛騎士を巻き込まないように、細心の注意を払って。

 

「そこ、どきな!」

 

叫びながら、再び鉄の杖を横薙ぎに振るう。

 

ゴッ! バキッ!

 

今度は最初ほどの破壊力はない。

 

巻き込めた数も少ない。

 

だが、それでも十分だった。

 

まともに受けた賊は骨を砕かれ、あるいは衝撃で吹き飛び、戦線を離脱していく。

 

これを数度繰り返す。

 

賊の攻撃? ああ、何度か受けたさ。

 

斬撃、打撃。

 

鎧の上からでも衝撃は来るし、掠めた刃が薄い冒険者服を切り裂き、肌を焼くような痛みが走る。

 

だが、それだけだ。

 

あたしの異常なまでの耐久力の前では、致命傷には程遠い。

 

あたしが賊の主力を叩き潰したことで、形成は完全に決した。

 

護衛騎士たちも奮起し、残った賊を追い詰めていく。

 

やがて、武器を捨てて命乞いをする者、あるいは背を向けて逃げ出そうとする者も現れたが、騎士たちは容赦なくそれらを斬り捨て、あるいは無力化していった。

 

血と臓腑と鉄の匂いが立ち込める中、戦闘は終わった。

 

生き残った護衛騎士たちが、負傷者の手当や、まだ息のある賊にとどめを刺して回る。

 

その、あまりにも凄惨な光景の中心で、あたしは肩で息をついていた。

 

あたしは鉄杖についた血糊を、近くに転がっていた賊の服で無造作に拭う。

 

自分自身の体を確認すれば、あちこちに打撲痕や浅い切り傷ができている。

 

痛みはあるが、大したことはない。

 

(魔法や魔法付与された防具があれば傷はつかないんだろうけどね)

 

あたしが内心で舌打ちした、まさにその時。

 

粉々になった窓から、恐る恐る、しかしどこか毅然とした態度で、一人の少女が馬車から降りてきた。

 

清潔そうな白い神官服。銀の髪。大きな青い瞳。アリサだ。

 

彼女は目の前の凄惨な光景――特に、もはや人の形を留めていない賊の死骸――に息を呑み、顔を青ざめさせた。

 

だが、その視線が返り血を浴びたあたしに向けられると、恐怖よりも非難の色が濃くなる。

 

「……ひどい……!」

 

震える声で、アリサは言った。

 

「これほどの力がありながら、なぜ殺す必要があったのですか!? 手加減はできなかったのですか!?」

 

は?

 

こいつ、今、なんつった?

 

一瞬、カッと頭に血が上りそうになるのを、あたしは寸でのところで抑え込んだ。

 

いや、抑え込んだというより、怒りを通り越して、その世間知らずな言い分がおかしくてたまらなくなった。

 

「――ぷっ、ははははははは!!」

 

思わず、腹の底から笑い声が漏れた。

 

あたしは腹を抱え、涙目になりながらアリサを見下ろす。

 

「ははは! あんた、面白いこと言うね! 自分が助かった途端、それかい!」

 

「命拾いした恩人を非難するとは、大した度胸じゃないか!」

 

「それとも、何? 助けてもらった礼を値切りたいわけ?」

 

あたしの嘲笑に、アリサは言葉を失い、顔を真っ赤にして俯いた。

 

だが、その瞳にはまだ納得いかない、という頑なな光が宿っている。

 

「まあ、どっちでもいいけどさ」

 

あたしは笑いを収め、吐き捨てるように言った。

 

「あんたたち教会関係者は助かった。あたしは通りすがりに邪魔な賊を掃除した。それで話は終わりだろ?」

 

「あたしは仕事の途中なんでね。後始末は、勝ったあんたらがやりな」

 

そう言って、近くで部下に指示を出していた護衛騎士のリーダーらしき男に、顎で現場を示す。

 

男は一瞬ためらった後、複雑な表情で小さく頷いた。

 

これで、あたしがこの場の責任を負う必要はない。

 

「あなたのような人は……!」

 

屈辱に震えながら、アリサが何か言い返そうと顔を上げた。

 

だが、あたしはそれよりも早く、冷たい言葉を浴びせかける。

 

「怪我一つなく、化粧で誤魔化してもいない綺麗な顔のあんたに言われても、何も響かないね」

 

あたしはアリサの、いかにも手入れの行き届いた肌と、汚れ一つない神官服を侮蔑するように見下ろした。

 

「よっぽど大事にされてるんだろうさ。……どういう意味でかは知らないけど」

 

今度こそアリサは言葉を失い、ただ悔しそうに唇を噛み締めるだけだった。

 

ふん、と鼻を鳴らし、あたしは鉄杖を肩に担ぎ直すと、呆然とする護衛騎士たちとアリサに背を向け、足早にその場を立ち去った。

 

教会御一行様(笑)を残し、あたしは再び街道を一人進む。夕闇が迫り、空気はひんやりとしてきた。

 

(クソッ、あのクソアマ、いちいち癇に障るね!)

 

(だが、あんなのにムキになってどうするんだ、あたしは……。破滅回避が最優先事項だろうが!)

 

(冷静に、もっと冷静にならないと……)

 

(それにしても、あの頭でっかちな正義感……原作のヒロインも似たような面倒くささだった気がする。関わるだけ損だな)

 

自己嫌悪と苛立ちを振り払うように、速度を上げる。

 

しばらく走ると、道端に小さな小川が流れているのが見えた。

 

ちょうどいい。

 

あたしは足を止め、小川の水で顔と腕についた返り血や泥汚れを洗い流した。

 

冷たい水が、火照った頭を少し冷ましてくれる。

 

服はもうどうしようもないが、体だけでも綺麗にしておかないと気分が悪い。

 

それと、傷の手当だ。

 

服をたくし上げ、戦闘で負った細かい切り傷や打撲痕を確認する。

 

数は多いが、どれも浅いものばかりだ。

 

あたしは携帯している薬箱から、安物だが無いよりマシな消毒用の軟膏を取り出し、傷口に丁寧に塗り込んでいく。

 

その上から清潔な布を当て、包帯で固定する。

 

(綺麗な肌は元令嬢のプライドでもあるし、舐められないための『武装』でもあるんだ。跡が残るのは絶対に避けたい……面倒だけどね)

 

手当をしながら、あたしの思考は自然と、これから運ぶことになる「希少鉱石」へと移っていた。

 

(あの鍛冶親父が、あれだけ価値を認めて、危険を冒してでも手に入れようとしてる『石』……)

 

(前世のクソゲー知識でも、確か……何か特別な武具の素材になったはずだ。防御無視? 自己修復?)

 

(いや、もっと……耐久力依存の攻撃力付与、とかだったか?)

 

(それとも、耐久力依存の攻撃力アップとか、そんなチート級の効果があったような……? クソッ、マイナー情報すぎて記憶が曖昧すぎる!)

 

脳の引き出しを必死にかき回すが、断片的なイメージしか浮かんでこない。

 

ただ、それがゲーム後半で手に入るような、強力な装備に関係していたことだけは確かだ。

 

(でも、もし本当にアレなら……これさえ手に入れれば、あたしのこの貧弱な装備も、クソみたいな現状も、全部ひっくり返せるかもしれない!)

 

(鉄クズみたいな剣や、ただ頑丈なだけのこの鉄杖ともおさらばだ!)

 

不確かな記憶の中にある「最強装備(かもしれないもの)」への期待が、あたしの胸を熱くさせる。

 

それと同時に、肝心な情報が曖昧なことへのもどかしさも募る。

 

今は余計なことを考えるな。

 

まずは、確実に『石』を手に入れること。

 

それが全てだ。

 

手当と思考の整理を終え、あたしは再び街道を走り出した。

 

日が完全に落ちる前に、鉱山街に到着しなければならない。

 

気持ちを切り替え、警戒レベルを引き上げる。

 

『足』を最大限に活かしつつも、気配には細心の注意を払う。

 

やがて、前方に鉱山街の明かりが見えてきた。

 

規模は小さいが、夜でも炉の火が燃え、人の気配がする。

 

活気のある街だ。

 

街の門を抜け、あたしは一直線に冒険者ギルドの支所へ向かった。

 

例のカモフラージュ依頼を完了させるためだ。

 

「依頼完了だ。書簡はこれだよ」

 

ギルドのカウンターに、預かっていた書簡の束を置く。

 

受付の職員は、あたしの姿――特に、微かに残る血の臭いと、服のあちこちに見える真新しい手当の跡――に気づき、一瞬、訝しげな視線を向けたが、すぐに事務的な笑顔を貼り付けた。

 

「はい、確かに。……お疲れ様でした、セレスティア様。報酬はこちらになります」

 

報酬の銀貨数枚を受け取りながら、あたしはわざと周囲に聞こえるように言った。

 

「じゃあ、疲れたから宿を取るよ」

 

もちろん、宿屋に向かうつもりなどない。

 

ギルドを出ると、あたしは人目を避けながら裏道を進み、寂れた地区へと足を向けた。

 

目的地は、古びた一軒の商家だ。

 

周囲に人の気配がないことを入念に確認し、その商家の裏口に立つ。

 

鍛冶親方に教えられた通り、特定の回数、特定の強さで、古びた木の扉をノックする。

 

コン、コン、コン……コンコン。

 

しばしの沈黙。

 

やがて、内側から閂を外す重い音が響き、扉が軋みながら、わずかに開いた。

 

暗い隙間から、用心深い、鋭い目つきがこちらを窺う。

 

あたしは黙って、懐から信用状の羊皮紙を取り出し、隙間に差し入れた。

 

中の男は、無言で羊皮紙を受け取ると、そこに書かれた人相書きと、扉の隙間から見えるあたしの顔を、何度も慎重に見比べる。

 

そして、あたしが連絡のあった輸送担当者だと確信したようだ。

 

「……入れ」

 

低い声でそう言うと、男は扉を大きく開け、あたしを中へと招き入れた。

 

一歩足を踏み入れると、そこは薄暗く、埃っぽい空間だった。

 

商品の棚などはなく、壁際には木箱や麻袋が無造作に積まれている。

 

奥には作業台のようなものも見えた。

 

表通りにあるような、商品を飾り立てた華やかな商店とは全く違う。

 

(完全に業者間の取引専門か。デカい相手としか商売しないタイプだね、これは)

 

前世のOL時代の経験が、この場所の性質を即座に見抜かせた。

 

企業間取引、BtoB。

 

面倒な小口客は相手にしない、そういうスタンスなのだろう。

 

奥から、先ほどの見張りの男よりもやや年嵩の、番頭といった風貌の男が現れた。

 

男はあたしの姿を一瞥すると、わずかに目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻し、丁寧な口調で話し始めた。

 

「お待ちしておりました。話は伺っております。セレスティア殿、ですな?」

 

「ああ」

 

「早速ですが、例の『石』の件で……少々厄介なことになっておりまして」

 

番頭は重々しく切り出した。

 

その顔には、深い憂慮の色が浮かんでいる。

 

「話が漏れておりましてな。どこからかは分かりませぬが」

 

「漏れてる? どこにだい」

 

あたしは単刀直入に尋ねた。心臓が嫌な音を立てる。

 

「はぁ……。まず、教会。それから、街道で暴れていた盗賊団。どちらも『石』の価値に気づき、狙っております。それだけならまだしも……」

 

番頭は忌々しげに眉をひそめ、言葉を続ける。

 

「この地域の駐屯部隊までもが、その情報を掴んだようでしてな。公権力を盾に、横槍を入れてこようと画策しているようなのです」

 

「はぁ!? バカじゃないのか、あいつら!」

 

思わず、素っ頓狂な声が出た。

 

教会も、盗賊も、軍隊も、みんな揃って強欲なハイエナかよ!

 

「なんで三つ巴になってんだよ! そんなに欲しいならオークションでも何でもすりゃいいだろうが! 値切るために武力使うのが、この世界の流行りなのかよ!?」

 

前世の常識に基づいたあたしの怒声に、番頭は一瞬、目を丸くして固まった。

 

そして、何かを値踏みするように、あたしの顔をじっと見つめる。

 

(この女、見た目の割にまともな育ち……あるいはおかしな妄想でも持っているのか?)

 

そんな心の声が聞こえた気がしたが、構わない。

 

感情を吐き出したおかげで、あたしの頭は急速に冷静さを取り戻していた。

 

問題はどうするか、だ。

 

「……それで? あんたたちはどうするつもりだったんだい? 変装でもして、こっそり運ぶとか?」

 

あたしが尋ねると、番頭は頷き、変装用の汚れた服や、荷物を隠すための細工が施された木箱などを用意している、と説明を始めようとした。

 

だが、あたしはやんわりとそれを手で制した。

 

「悠長なことしてる場合じゃないだろ」

 

あたしは番頭の目を見て、きっぱりと言い放った。

 

「変装だの隠すだの、そんな小細工、本気になった連中の前じゃすぐにバレる」

 

「あんたたち(商家と鍛冶親方)がどれだけ大きい組織か知らないが、教会や駐屯部隊、それに盗賊団に比べりゃ小さい」

 

「奴らが本格的に検問を張ったり、襲撃部隊を組織し終わる前に、ケリをつけるしかない」

 

あたしは肩に担いでいた鉄杖を、ゴン、と床に突き立てる。

 

重い音が、薄暗い倉庫に響いた。

 

「あたしの『足』で、今すぐ、ここからブッ飛ばす。それが一番確実だ」

 

番頭が、そして扉の近くで見張っていた男が、息を呑むのが分かった。

 

無謀だと言いたいのだろう。

 

だが、あたしにはこれしかないと確信していた。

 

この状況を打開できるのは、あたしの、この規格外の速さだけだ。リスクは承知の上。

 

「準備はできてるんだろうね? 例の『石』とやらを、さっさと出しな」

 

あたしは獰猛な笑みを唇に刻み、番頭に迫った。

 

「――今すぐ、運んでやるよ!」

 

呆然とする二人を前に、あたしの胸には、新たな戦いへの決意と、破滅を覆すための、危険な賭けへの興奮が込み上げていた。

 

上等じゃないか。

 

このクソみたいな状況、あたしの速さで、全部ひっくり返してやる!

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