悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第67話】海老の天ぷらと竜の懇願

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは眉間に深い皺を刻みながら、深夜の港町に満ちるその混沌に内心で悪態をついた。

 

安宿でとった仮眠など、気休めにしかならない。

 

前回の失敗で失ったなけなしの資金と崖下へ消えた魚たちのことを思い出すと、今すぐにでもあのレディースドラゴンを追いかけて今度こそ挽肉にしてやりたい衝動に駆られる。

 

だが、感傷に浸っている暇はない。

 

あたしは思考を無理やり切り替え、夜明け前の薄闇の中、新たな背負い袋を革製品屋で手に入れると再び港へと足を向けた。

 

「よう、姐ちゃん。また来たのかい」

 

漁を終えて戻ってきたばかりの船の船長が、あたしの姿を認めてニヤリと笑う。

 

「見たところ、前の獲物は駄目だったようだな」

 

「まあね。ちょっと厄介なトカゲに絡まれてね」

 

あたしは肩をすくめ、船上に広げられた魚を専門的な知識で手早く選別していく。

 

「血抜きと締めも頼むよ。こいつと、そっちの海老も貰おうか」

 

「へっ、あんた、本当に詳しいね。いいところのお嬢さんのお遊びかと思ってたが……」

 

「お遊びでできるほど冒険者は甘くないよ。で、この海老、いくらだい?」

 

「あんたなら分かってるだろうが、長持ちはしないよ?」

 

「あたしは足が速くてね。夕飯には間に合うさ」

 

船長と周りの漁師たちは、いくらなんでも無理だろうという顔と、銀札冒険者ならあるいは、という期待の顔をない交ぜにしながら、手際よくあたしの注文をこなしていく。

 

「これだけ詰め込んでも金貨1枚にもならないのかい。港町は違うねぇ」

 

ずしりと重い背負い袋を軽々と背負い、あたしは悪女らしい笑みを浮かべた。

 

これだから金策はやめられない。

 

地を蹴り、あたしは再び拠点都市を目指して走り出した。

 

今度は高位ドラゴンによる襲撃はない。

 

だが、あたしという目立つ存在が何度も港町を出入りしていることで、新たな厄介事が待ち構えていた。

 

最短ルートである人けのない脇道に入ってしばらくした頃、道の両脇の茂みから明らかにカタギではない男たちがぞろぞろと姿を現す。

 

「よう、姐さん。ちょっと荷物が重そうだなぁ」

 

「ちっ。律儀に出てきたねぇ、馬鹿の一つ覚えみたいに」

 

食い詰めた傭兵上がりの盗賊団。

 

その目には、あたしの装備と、そしてあたし自身に対する卑しい欲望がぎらついていた。

 

(返り血が背負い袋にかかったら中の魚にまで血が染みこみかねない。ナイフも使えないか)

 

背負い袋を地面に下ろしてから戦う余裕はない。

 

あたしは内心で舌打ちし、覚悟を決めた。

 

「悪いが急いでるんだ。まとめてかかってきな!」

 

待ち受けていた盗賊たちに向かって、あたしは正面から突撃する。

 

別方向から慌てた弓兵が矢を放ってくるがほとんどが外れ、かろうじて当たった一本もあたしの魔法金属の鎧に甲高い音を立てて弾き返された。

 

(鉄バットがないとどうにもね)

 

だが、今のあたしには鉄バットではない武器もある。

 

『足』が生み出す速度と、カンストした耐久力、そして背負った荷物の質量。

 

その全てを乗せたあたし自身が、もはや一つの巨大な砲弾だった。

 

「ぐはっ!?」

 

先頭にいた賊が、あたしとの接触と同時に、まるで攻城兵器にでも打ち砕かれたかのように吹き飛んだ。

 

骨が砕ける鈍い音を置き去りにして、あたしは賊の群れのど真ん中に飛び込む。

 

腕力はない。

 

格闘技も使えない。

 

だが、あたしの戦い方にそんなものは不要だ。

 

突き指をしない頑丈さを逆手に取り、あたしの指が賊の眼球へと突き刺さる。

 

賊の歯より硬いあたしの拳が、殴りかかってきた別の賊の口内に叩き込まれ、その歯を数本まとめて砕き割る。

 

金的はしない。

 

キックをした瞬間に押し倒され、関節技に持ち込まれるのだけは避けなければならない。

 

「こ、こいつっ、化け物か!」

 

賊たちはあたしの予想以上の強さにも驚くが、命のやり取りの最中にもかかわらず自分たちを全く恐れていないあたしの態度に、本能的な恐怖を抱いていた。

 

(命の危機も貞操の危機も感じてるさ。顔に出せば敵を勢いづかせるだけだから隠しているだけでね)

 

あたしがまた一人、賊を沈黙させ、まだ立っている賊が半分以下になった。

 

(最後までやるのも時間の無駄だね。そろそろ走って逃げるか)

 

そう思った瞬間、あたしは遠くの茂みの向こうで複数の影がこちらを窺っているのに気づいた。

 

血の匂いを嗅ぎつけた野犬の群れだ。

 

「人肉の味を覚えた野犬が増えると、商人たちに怨まれそうだね」

 

その呟きは、生き残った賊たちの耳にも届いた。

 

彼らの顔から血の気が引く。

 

今ここで負傷して逃げ出したところで、あの野犬の群れの餌食になるだけだ。

 

あたしは賊の中で一番まともな剣を持つリーダーを見据え言い放った。

 

「その剣を寄越すなら見逃してやる。それとも最後までやるかい?」

 

あたしが放つ魔物じみた威圧感に、野犬の群れが怯えて後退していく。

 

賊のリーダーは、あたしに全く傷がついていないことに今更ながら気づき、戦慄しながら鞘付きの剣を恭しく差し出した。

 

「野犬が戻ってくる前にここから離れるんだね」

 

剣を受け取って腰の剣帯に吊るし、あたしは再び都市への移動を再開する。

 

(レディースドラゴンに襲われたときもそうだったが、あたしは索敵が苦手だね。クロやシロに頼りきりで五感が鈍ったか?)

 

背後では、高位ドラゴンに襲われて奇跡的に助かったかのような表情の賊たちが、逃げるようにその場を去っていった。

 

まだ日が暮れるまで数時間。

 

都市の門の前は、帰還する人々や荷車で長い行列ができていた。

 

しかし、あたしの巨大な背負い袋を認めた顔なじみの門番が、血相を変えて駆け寄ってくる。

 

「あんたか! 話は聞いている。早く届けに行ってくれ!」

 

どうやら、都市の有力者である食道楽から、門番の上司を通して命令に近い指示が出ているらしい。

 

あたしは行列を横目に門を通り、待ち合わせ場所である鍛冶親方の工房へと急いだ。

 

工房には鍛冶親方や懇意の商人だけでなく、明らかに権力がありそうな男女が数名、期待に満ちた顔で待ち構えていた。

 

リックが武装して不審者を警戒し、リリが他の親方の女房たちと手際よく調理の準備を進めている。

 

「教えたと言っても唐揚げと天ぷらだけだがね。……海老の天ぷらか。懐かしい、と言っていいのかね」

 

やがて始まった試食会は絶賛の嵐だった。

 

特にあたしの故郷の味、海老の天ぷらは、食道楽の有力者たちの舌を唸らせた。

 

だが、複数のレストランを経営する商人と情報交換を行ったあたしの結論は、非情なものだった。

 

「輸送コストとリスクに見合わない利益しか期待できない。荷車と安全に通れる道か、それ以外のとんでもな輸送手段がなければ、事業化は無理だ」

 

有力者たちは再度の輸送を強く懇願するが、あたしは巧みにいなし、工房を後にした。

 

自宅に戻ってもシロとクロはいなかった。

 

書き置きにあった場所――都市の中で最も環境が悪い場所の一つへと向かう。

 

そこは、あたしの想像とは違う活気に満ちていた。

 

クロが用心棒として目を光らせ、シロが魔物を解体し、リナたちが調理・販売を行う。

 

若手冒険者などが持ち込む「皮が傷ついた魔物」などを安く買い叩き、腐肉ではないまともな肉を提供することで、貧民層や職人の徒弟から絶大な支持を得ていた。

 

「姐御!」「リーダー!」

 

「ずいぶんと流行ってるね。あんたたちが考えたのかい?」

 

「肉焼いてたらいつの間にかこうなってたお」

 

シロの言葉通りなのだろう。

 

だが、あたしの助力なしでここまで事業を回している手下たちの成長に、あたしは素直に感心した。

 

クロが無意識に何かを探している。

 

これは、ばれたね。

 

あたしは懐から、試食会でくすねてきた土産の「海老の天ぷら」を取り出した。

 

「ひさしぶりの晩酌で食べようと思ってたんだが、気付かれたら仕方がないか。シロもクロもよくやった。これを食べて頑張りな」

 

「「わーい!」」

 

二人が目を輝かせ、その場で天ぷらを頬張った。

 

「マヨネーズとあうかも!」「まよ、いい!」

 

(こいつら、舌が肥えてやがる。ハネッコがいるときならともかく、あたしらだけで安全で美味しいマヨネーズを作るのは無理だよ)

 

あたしが内心で呆れている、まさにその時だった。

 

「なんか、くる! ドラゴン?」

 

クロの声と同時に、上空から巨大な影が急降下してくる。

 

傷が増えて、所々が黒く焦げてしまっているが、あのレディースドラゴンだ。

 

周囲の客がパニックになりかけるのを、あたしは一喝して制止した。

 

「落ち着きな。あれは話が通じる奴だ。万一暴れてもあたしがなんとかしてやるよ」

 

地面に荒々しく着陸したレディースドラゴンは、あたしを見るなり懇願の声を上げた。

 

「すまねぇが、ポーションをくれないか」

 

「構わないが、事情の説明と対価の相談が先だよ」

 

あたしは小声で囁き、彼女の様子を探る。

 

どうやら浮遊島にある宝を狙って他の高位ドラゴンと争い、手酷くやられたらしい。

 

(この様子だと、あの『鱗』のことは知らないな。知っていれば、もっと覚悟を決めて攻め込んで殺されるか、今ももっと必死で逃げているはずだ)

 

あたしは万一の戦闘に備え、シロに囁いた。

 

「シロ、あんたは鍛冶親方の工房まで走ってあたし用の鉄バットを買って来い。支払いはツケで……なんとか、いけるはずだ」

 

「はい!」

 

力強く頷き、シロが駆け出す。

 

それを見送りながら、あたしは空を見上げた。

 

気のせいか、レディースドラゴンを追ってきたのか、さらに別の高位ドラゴンの小さな影が見えた気がした。

 

「今日はこれ以上の厄介事は勘弁して欲しいね」

 

新たな、そしてとてつもなく面倒な災厄の連鎖を予感し、あたしの口から深いため息が漏れた。

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