悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第68話】悪女の口車と竜の恋路

夕暮れの茜色が、都市の西側にある貧民街を赤く染め上げていた。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスの足元では、手下たちが切り盛りする露店が一日の最後の賑わいを見せている。

 

その活気と喧騒を切り裂くように、天から巨大な影が舞い降りてきた。

 

傷だらけのレディースドラゴンを追ってきた、第二のドラゴン。

 

その全身を覆う赤い鱗が夕日に照らされ、まるで燃えているかのように神秘的な輝きを放っている。

 

周囲の客や獣人たちが息を飲み、悲鳴が上がりかけた、その瞬間。

 

「クロ!」

 

あたしの鋭い声が、恐怖の伝播を断ち切った。

 

「獣人どもを整列させな! 武器は構えるな、ただ真っ直ぐに立たせろ!」

 

あたし自身は、眩しさにわずかに目を細めながらも、降下してくるドラゴンから一切視線を外さない。

 

(ブレスをいきなり撃ち込みはしないが、地上の人間に直接暴力を振るわず威圧してくるか。頭が回るね。あたしの口車でなんとかなるか……?)

 

ハッタリだ。

 

だが、烏合の衆と統率された組織では、交渉のテーブルについた時の有利不利がまるで違う。

 

クロの少し震えた号令で、獣人たちが慌てて列を成す。

 

その統制された動きを見て、周囲の人間たちのパニックはかろうじて恐怖と好奇の入り混じった静寂へと変わった。

 

やがて、地響きと共に赤いドラゴンが着地する。

 

その圧倒的な威容に誰もが気圧される中、クロが間の抜けた声で叫んだ。

 

「あれ、馬鹿ドラゴン!」

 

その一言で、場の緊張感が奇妙な方向へと傾く。

 

現れたのは見違えるほど落ち着きと威厳を身につけた子ドラゴン――いや、若様だった。

 

(こいつが何でここに!? まずい、あのレディースドラゴンが「グルだったのか」と勘違いして暴れだしたら……!)

 

あたしの顔に浮かんだ驚愕を、必死で無表情の仮面の下に押し隠す。

 

だが、予想に反してレディースドラゴンは戦闘態勢に入るどころか、呆然と若様を見つめていた。

 

その金色の瞳は獲物を映すものではなく、まるで伝説の英雄でも見るかのように、熱っぽく輝いていた。

 

「姐御、いろこいざた?」

 

クロが小声であたしの脇腹をつつく。

 

(あたしの一番苦手なやつだ……)

 

前世でも今世でも、恋愛という感情からは最も遠い場所にいたあたしには、この状況がまるで理解できない。

 

クロはいつものように、あたしの内心の動揺を深遠な企みかなにかだと勘違いしているようだった。

 

その時、人垣をかき分けてシロが息を切らしながら駆け込んできた。

 

「リーダー! 鉄バット!」

 

彼女が差し出した鉄バットは、ただの鉄塊ではなかった。

 

緊急のツケ払いにもかかわらず、鍛冶親方が用意してくれたであろう、ずしりと重い一級品だ。

 

(足元見られるかと思ったが……後でしっかり礼を言わないとね)

 

若様は、あたしが鉄バットを受け取るのを見ると、威厳のある雰囲気を少し崩した。

 

「あれっ。ひょっとしてと思ったけど、お前か」

 

彼の口調には、かつての気安さが滲んでいる。

 

人間の顔を見分けるのは苦手なはずだが、あたしが身につけた魔法金属の鎧――浮遊島の宝――と、彼自身が刻んだ力の繋がりであたしだと認識したのだろう。

 

あたしは恭しく頭を下げ、あくまで他人行儀な態度を貫いた。

 

「お久しぶりです、若様。人間の居住地に何かご用でしょうか」

 

人間の「領土」とも「領地」とも言わないのは、高位ドラゴンが「世界は自分たちの物で人間は間借りしている下等種族」なんて考えているかもしれないからだ。

 

若様はハッとしたように咳払いを一つ。

 

再び威厳を取り戻すと、厳しい視線でレディースドラゴンを射抜いた。

 

「例のものを狙った高位ドラゴンを探している。……そやつだな」

 

その視線を受けたレディースドラゴンは、しかし怯むことなく「はうっ」と感嘆の声を漏らす。

 

どう見ても戦闘が始まる気配はなかった。

 

あたしはすかさず一歩前に出る。

 

「若様の側に立ちます」

 

きっぱりとした宣言。

 

周囲にいた商人や職人、そして貧民たちにまで「銀札冒険者セレスティアは、高位ドラゴンと極めて強い繋がりがある」という事実を、決定的に印象付けるための一手だ。

 

若様はあたしの意図など知らぬげに、小声で助けを求めてきた。

 

「長が滅茶苦茶怒ってて、『鱗』の近くで暴れた馬鹿を殺せって言ってるんだよ。でも、こいつ強そう……」

 

精神的には成長したようだが、武力はまだ追いついていないらしい。

 

情けない話だが、戦闘は避けたいという本音が見え見えだった。

 

(『鱗』なんて単語をこんな場所で出すな!)

 

あたしは鋭い目配せで若様に釘を刺しつつ、囁き返した。

 

「大丈夫、いけるいける。ちょっと耳を貸しな」

 

若様が訝しげに巨体を屈める。

 

その耳元に、あたしは前世の記憶から引っ張り出した、絵物語――つまりは少女漫画――の王道中の王道、「俺様系の口説き文句」を吹き込んだ。

 

「……それって何か意味があるの?」

 

「いいから、試してみな」

 

若様はあたしの悪女然とした笑みに気圧されたのか、小首を傾げながらも、きりりとシリアスな顔を作ってレディースドラゴンに向き直った。

 

「そこの娘、俺の言うことを聞け。お前のようなじゃじゃ馬は嫌いじゃない。ついて来るがいい」

 

次の瞬間、誰もが予想だにしなかった光景が広がった。

 

「はいっ!!喜んで!!」

 

レディースドラゴンが満面の笑みで即答した。

 

うっとりとした表情で若様に駆け寄ると、二体のドラゴンはまるで長年連れ添ったつがいのように、ごく自然に連れ立って浮遊島のある方向へと飛び去って行く。

 

後に残されたのは、あっけにとられた人間たちと、夕暮れの静寂だけだった。

 

「なに、おこった?」

 

「さっきので口説いたことになるお?」

 

クロとシロが不思議そうにあたしを見上げる。

 

「すまんが分からん。あそこまで効くとは……」

 

あたしは肩をすくめた。

 

相性が最悪でなければ政略結婚もアリ、という価値観のあたしにとって恋愛感情の機微は専門外なのだ。

 

その、どこか気の抜けた空気を破るように、武装した一団が駆け込んできた。

 

先頭にいるのは、見習い神官アリサと精悍な顔つきになったケイル。

 

そして彼らを護衛する武闘派の聖職者たち。

 

その最後尾から、穏やかな、しかし芯の通った気配を放つ老シスターが姿を現した。

 

どう見ても「決死隊」の様相だ。

 

彼らはドラゴンが平和的に(?)去った後だと気づき、困惑に足を止める。

 

「助かったよ。これで貴族どもからの追求を躱す言い訳ができた」

 

あたしが悪びれもなく言うと、老シスターは穏やかに苦笑した。

 

「セレスティア殿。詳しいお話を伺ってもよろしいですか?」

 

その申し出を断る理由はない。

 

あたしは老シスターに招かれるまま、目立たない店構えだがセキュリティだけは超一流という、誰が御用達にしているか考えたくないレストランへと向かうことになった。

 

ケイルとアリサは、シロから「肉、食べていくか?」と誘われ、露店から漂う香ばしい匂いに逆らえず、頷いていたらしい。

 

会食の席で、あたしは『鱗』と『ハネッコの回復魔法』、そして『前世』という三つの核心を除いて、事の顛末を全て話した。

 

老シスターはあたしが隠していることにも気づいている素振りだったが、深くは追及せず、ただ「街と信徒を守ってくださったことに、心から感謝いたします」と深く頭を下げた。

 

その感謝に嘘がないことくらい、あたしにも分かった。

 

翌朝。

 

昨日の騒動で得た政治的アドバンテージと、ツケで買った鉄バットの支払い交渉を天秤にかけて頭を悩ませていたあたしを、玄関からの叩きつけるような音と声が現実へと引き戻した。

 

「セレスティア様! いらっしゃいますか!」

 

玄関を開ければ、息を切らしたリナが立っていた。

 

「あのドラゴンがまた来ました! セレスティア様を出せって!」

 

「どっちの高位ドラゴンだい?」

 

「赤くない方です!」

 

(あのレディースドラゴンか……!)

 

あたしはシロとクロに目配せし、三人で簡単な身支度を整えると、獣人たちの拠点へと急いだ。

 

そこにいたのは、傷が癒え、焦げ跡も綺麗になったレディースドラゴンだった。

 

彼女はあたしの姿を認めると、一直線に駆け寄ってきた。

 

その瞳は完全に「恋する乙女」のものだ。

 

「あの方(若様)は本当に素敵だった! 事情聴取は受けたが、若様が庇ってくださって許してもらえた! それで、あの方に相応しい女になるためにもっと強くなりたいし、綺麗にもなりたい! あの方について詳しいのも、美容について詳しいのもお前だって聞いたんだ! 説明してくれ! 頼む!!」

 

矢継ぎ早に捲し立てる彼女に、あたしは思わず尋ねた。

 

「誰に聞いたんだい、そんなこと」

 

「あたいを治療してくれた、翼の生えた女にさ!」

 

(ハネッコ……!)

 

あの天使、面倒事を綺麗にラッピングしてあたしに丸投げしやがったな!

 

ここで断ればこのポンコツドラゴンが何をしでかすか分からない。

 

(ミレットになんとかさせるか? いや、待てよ。こいつに払わせる金はどこから捻出する? 浮遊島のような大盤振る舞いは不可能だ……だが、こいつ自身の力を使わせれば……)

 

港町で頓挫した、海産物の高速輸送計画。

 

目の前の厄介事は、最大のビジネスチャンスでもあった。

 

あたしは、目の前の恋するドラゴンに向かって、悪女の流儀に則った笑みを深く、深く浮かべた。

 

「いいだろう。その恋、このあたしが手伝ってやる。ただし、タダじゃあないよ?」

 

新たな金策の匂いに、あたしの鼻がひくひくと動いた。

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