悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第69話】悪女の口車と婚活指南

夜明けの気配が、都市の東の空を微かに白ませていた。

 

だが、あたしが今いる貧民街の広場は、まだ夜の闇と静寂に支配されている。

 

いや、静寂というのは訂正が必要か。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

荒い息遣いと、革の鞄が揺れる音。

 

そして、本人の意思とは裏腹に、その口からだだ漏れる呪詛の声。

 

「殺していいなら逃げるのも簡単なのにっ! あの脳筋(あたしのことだ)、絶対に私を巻き込む気です!」

 

裏路地を疾走するその人物――魔族の美容師ミレットは、今、人生最大級の面倒事から全力で逃走している最中だった。

 

本気で逃げるなら無言を貫くべきだろうに、恐怖と焦りが彼女の口を軽くしている。

 

これだから腕は一流でも中身は駄目人間なんだ。

 

その様子を、あたしは近くの建物の屋上から冷静に見下ろしていた。

 

「シロ、クロ。追い込み漁の要領だよ。あいつの逃げ道をじわじわと潰しな」

 

「はい!」「あう!」

 

あたしの言葉に、傍らの二人がこくりと頷く。

 

ミレットが角を曲がるたび、その先にはあたしが手懐けたウサギ耳の獣人たちが、まるで最初からそこにいたかのように静かに立ち塞がる。

 

音もなく、ただ無表情に。

 

その統率された動きがミレットの精神を確実に削り取っていく。

 

ミレットは門を通らずに壁を越えようと何度も進路を変えるが、その全てが獣人たちの巧みな誘導によって阻まれ、気づけば、最近シロたちが商売を始めたこの広場へと追い込まれていた。

 

「ここまで、ね……!」

 

観念したかのように呟き、ミレットは最後の手段に出る。

 

捕まるよりは、目立つ方がマシ。

 

彼女の周囲で魔力が渦を巻き、これまで隠していた魔法が……おそらく飛行魔法が発動しかけた、その瞬間。

 

「どこへ行くんだい、ミレット?」

 

静かな、しかし有無を言わせぬあたしの声が、広場に響き渡った。

 

びくりと肩を震わせ、ミレットが声のした方向――あたしが立つ屋上を見上げる。

 

その背後には、恋する乙女モードのレディースドラゴンが巨大な影として鎮座し、無言の圧力を放っていた。

 

広場の出入り口は、いつの間にかクロが率いる獣人たちによって完全に封鎖されている。

 

「てっ、転居ですっ!」

 

ミレットが裏返った声で叫ぶ。

 

あたしは屋上から軽やか……にしては音がしたけど飛び降りると、そのわざとらしい嘘に心底心配しているかのような表情で応じた。

 

「それは大変だ。ドラゴン(魔物)が大量に巣食う浮遊島へ一緒に突撃した仲じゃないか。安全な場所まで運んでやるよ」

 

「け、けっこうです!」

 

全力で拒否するミレット。

 

その焦りから、魔法で隠していた魔族の特徴である小さな角や、服の下の尻尾の輪郭が、うっすらと姿を現しかけている。

 

その時、背後のレディースドラゴンがあたしに不満げな声をかけた。

 

「なあ、こいつが美容の役に立つのか?」

 

チャンスだ。

 

あたしはすかさずレディースドラゴンに「婚活指南」を始める。

 

「あんた、若様(子ドラゴン)に本気なんだろ。いいかい、男が妻に求めるのは顔だがそれだけじゃない。教養も重要だよ」

 

「きょーよー?」

 

「そう。力や財産、美貌も教養も、婚活という戦いを勝ち抜くための武器だ。ただ力が強いだけの女より、強く、美しく、そして聡明な女の方が選ばれるに決まってる」

 

あたしは前世のOL時代に見た、決して美人ではなかったが凄まじい努力と計算で玉の輿に乗った同僚の姿を思い浮かべながら熱弁を振るう。

 

この持論が正しいと心底信じているが、まあ、これが役に立たない状況は普通に存在する。

 

だが、目の前のポンコツドラゴンを操るには十分だ。

 

「こういうときには、言葉は上品にしてどちらが上か下かは態度で示せばいいのさ。ただの若いドラゴンと、若様のつがいが同じ言葉遣いじゃ大問題だろう」

 

「な、なるほど……」

 

あたしの口車にレディースドラゴンが感化されている隙に、今度はミレットに向き直り、真剣な声で告げた。

 

「あんたもあたしも、浮遊島の中身に関わっちまった。高位ドラゴンとのコネは維持していた方が『危なくない』と思うよ」

 

ミレットの顔からサッと血の気が引く。

 

あたしの言葉が、浮遊島の最深部にあった、あの銀色に輝く『鱗』の存在を思い出させたのだ。

 

彼女は顔面蒼白のまま硬直し、ついに抵抗を諦めた。

 

「……施術には、特別な薬品が、必要、です」

 

「ほう。どんなだい?」

 

「通常より、かなり強力な、治癒のポーションが……」

 

それを聞いて、あたしの口元に悪女の笑みが浮かんだ。

 

先日レディースドラゴンから巻き上げた(そして少し劣化した)「大瓶入りの高級ポーション」を鞄から取り出す。

 

「これは使えるかい? 使えるなら、施術料からこの分は割り引いてくれよ」

 

ミレットは絶望的な表情でこくりと頷いた。

 

こうして、逃亡者の身柄確保と、経費削減を同時に成し遂げたのだった。

 

ミレットが施術の準備のために自身の美容院へと戻った後、あたしは後のことをシロとクロに任せて鍛冶親方の工房へと向かった。

 

ツケになっている鉄バットの支払いと、新たな商売のための依頼がある。

 

工房に着くと、親方とリックが飛んできてあたしを出迎えた。

 

だが、その目はあたしの顔ではなく、あたしが装備したままの魔法金属製の鎧に釘付けになっている。

 

女に飢えた目つきよりも性質の悪い、職人の飽くなき探求心と独占欲にぎらつく、やばい目つきだ。

 

「姉御! その鎧、やっぱすげえっす!」

 

「うむ……素晴らしい。まさに至高の逸品だ」

 

(こいつは、性欲でぎらつく目で見られた方がましじゃないか。だが今は鍛冶親方に借りがある状態だ。少しは我慢……いや、ちょっとは反撃していいか?)

 

あたしが行動に出る前に、奥からゆっくりとリリが歩いてきた。

 

その冷ややかな一瞥が暴走しかけた男二人を我に返らせる。

 

妊娠中の彼女は絶対に走らないが、その落ち着いた存在感はこの工房の誰よりも強い。

 

「女性の胸を凝視しながら言うことですかっ!?」

 

「「す、すまん……」」

 

リリの的確な一喝に、親方とリックがそろって頭を掻く。

 

(信頼関係がある家族を間近で見ている感じで、どうにも場違い感が……)

 

人払いされた一室で、改めて四人で卓を囲む。

 

「既に報告は受け取っているとは思うが、改めて言うよ。この鎧はあたしが高位ドラゴンの許可を得て入手したものだ」

 

「口車で巻き上げたってことっすか! さすが姉御!」

 

「もしそうなら即この街から追い出すわい。……違うのだよな?」

 

親方の疑いの目に、あたしは肩をすくめた。

 

「高位ドラゴンを騙すなんて危険をおかす趣味はないさ。襲ってくれば殺すしかないが、あんな化け物連中と戦いたくなんてないよ」

 

鎧を巡る交渉の末、研究目的での短期的な貸与という形で話がまとまりかけたところで、あたしは本題を切り出した。

 

「商売の話でもあるが、この街の安全にも関係する話だ」

 

あたしはレディースドラゴンとの一件と、彼女を利用した「海産物の高速輸送計画」を打ち明けた。

 

「馬鹿者! 高位ドラゴンを荷運びなどに使って、激怒して街ごと焼き払われたらどうする!」

 

親方が声を荒らげて席から立ち上がる。

 

「あたしの欲があるのも事実だがね。高位ドラゴンがらみの面倒事に巻き込まれたのに報酬なしとかやってられないよ。それに、これはあのドラゴンにとっても、街にとっても悪い話じゃない」

 

「……それはそうだろうが、孫や義理の娘を危険に巻き込む話には頷けないぞ」

 

「俺は?」

 

「一人前の男は自分でなんとかしろ」

 

「っす!」

 

(健全な家族関係って奴か。守るべきものが多くなった鍛冶親方は安全志向が強くなりそうだね。今以上にでかい話に巻き込むのは危険かもしれない)

 

だが、引くわけにはいかない。

 

あたしは、これが単なる金儲けではなく、街に滞在する高位ドラゴンを穏便にコントロールし、都市の安全を守るための策でもあると力説する。

 

最終的に親方は、家族を守るためという大義名分のもと、しぶしぶ協力を承諾した。

 

「高位ドラゴンが乱暴に握って乱暴に飛んでも壊れない、大きな輸送用の箱を作って欲しい」

 

「……かなりの額になるぞ」

 

「一応、作る前に見積りを教えてくれよ」

 

「絶対に必要なものを値切る気か?」

 

「……お手柔らかに頼むよ」

 

これで最低限の準備は済んだ。

 

(後は、高位ドラゴンの長から言質をとれたら完璧だね。……ハネッコになんとかさせるか)

 

ハネッコはレディースドラゴンの一件を押し付けてきたんだ。

 

あたしからの要求も聞いてもらわないとね。

 

工房からの帰り道、あたしは再び貧民街の広場へと足を向けた。

 

レディースドラゴンの様子を確認するためだ。

 

広場には急ごしらえの巨大な天幕が張られ、その中で彼女は興奮してはしゃいでいた。

 

ミレットが試しに片腕だけ施術した結果、古傷は残っているが、鱗は艶を増し、古傷も美しさの引き立たせる存在になり、力強さと美しさが両立した彼女好みの仕上がりになっていたからだ。

 

「すごいぞ! これはすごい! あの方もきっと喜んでくれる!」

 

その傍らで、憔悴しきったミレットが震える手で一枚の羊皮紙をあたしに渡してきた。

 

請求書だ。

 

そこに書かれたとんでもない高額な請求額に、あたしの表情がひきつる。

 

「限界まで、値引き、してます……」

 

ミレットはそれだけ言い残し、幽鬼のような足取りで自身の美容院へと帰っていった。

 

(なんとしても、この商売を成功させなければ……!)

 

あたしが決意を固めた、まさにその時。

 

「これはこれは、セレスティアはん! ご活躍の噂はかねがね!」

 

例の狐耳の商人が、高位ドラゴン用の新鮮な食料を満載したケンタウロスの荷運び隊を率いて、絶妙すぎるタイミングで現れた。

 

(こいつ、あたしが状況をコントロールしきって、安全に儲けられる段階になってから来やがったな)

 

あたしと商人は、互いにこやかな笑みを浮かべながら、腹の底では「いかに相手を酷使し、危険を押し付け、自分の利益を最大化するか」を考えていた。

 

「いいだろう。一緒に苦労しようじゃないか」

 

あたしの言葉を合図に、恋するドラゴンを巻き込んだ、新たな金策と厄介事の幕が上がった。

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