悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第71話】空飛ぶ金策と、悪女の売り時

都市の喧騒から隔絶された荒野に、不釣り合いな熱気と肉の焼ける香ばしい匂いが満ちていた。

 

あたし、セレスティア・フォン・ヴァイスは、衛生管理のために用意したマスクとエプロン、布製の帽子を被り、巨大なモップにしか見えない刷毛を使って丸焼きにされる牛の巨体に手製のタレを塗りたくっていた。

 

「まさかこんなことになるとはね……」

 

連日の激務でついにダウンしたシロは、今頃自宅のベッドでぐっすり眠っていることだろう。

 

彼女が叩き込んだ調理法を必死に再現しようと、リナをはじめとした獣人たちがあたしと同じ格好で厨房を走り回っていた。

 

最初は「箱」の中の魚が衝撃で砕けて血と骨と元肉のジュースになっていたこともあったが、一週間もすれば輸送は安定。

 

今や一日一箱限定で供給される新鮮な魚介類は、都市の権力者や招待された他都市の貴族が開催するパーティの食材として、天井知らずの価格で取引されていた。

 

近隣の都市から「直接ドラゴンで運んでくれ」という馬鹿げた依頼もあったが、もちろん即座に拒絶した。

 

「高位ドラゴンに使いっ走りをさせる気かい? そっちが勝手に高位ドラゴンに頼むならあたしは止められないが、高位ドラゴンにそっちの街ごと焼かれてもあたしに責任をなすりつけるんじゃないよ」

 

これは高位ドラゴンに対して無礼を働かせないための牽制であると同時に、あたしの本音でもあった。

 

そんなことを考えていると、血相を変えたクロが厨房に転がり込んできた。

 

「ドラゴン、6人、くる!」

 

あたしは怒りのあまり、持っていた刷毛を肉に叩きつける。

 

「競馬でもしてるつもりか、あの馬鹿ドラゴンどもはッ!!」

 

「どうした?」

 

あたしの怒声に、食事中だった一体の高位ドラゴンがのっそりと顔を出す。

 

こいつはシロの料理の評判を浮遊島で聞きつけ、わざわざ食べにやって来た奴だ。

 

獣人たちが怯えて手元を狂わせそうになるが、あたしがドラゴンの前に立って注意を惹きつけることで、どうにか彼らを落ち着かせる。

 

「失礼しました。高位ドラゴン方が港町からの空路で遊ばれているようで、驚いてしまいました」

 

「うむ。事情は理解した。先程の言葉は聞かなかったことにしよう」

 

奴はそう言うと、興味深そうに言葉を続けた。

 

「……話は変わるが、あの『箱』は一個だけなのか?」

 

強烈に嫌な予感があたしの背筋を駆け上った。

 

「運ぶ時間を競うのも、奪い合いながらゴールを目指すのも、興味深い。我だけでなく、似たような歳の竜たちがな、年甲斐もなく暴れたくなっているのだ」

 

この落ち着いた物腰のドラゴンは、「ドラゴン」ではなく「竜」という古風な単語を使っている。

 

こいつの寿命は人間の十倍どころじゃないのかもしれない。

 

「少々お待ちください。十分な強度を持つ『箱』をご用意できるかどうか、確認に向かいます」

 

あたしはそう言ってその場を離れると、まずレディースドラゴンたちが着陸するはずの「空港」へと向かった。

 

そこには、彼女を含めた六体のドラゴンが、着地の衝撃で汚れた獣人たちを気にも留めず本気で口論していた。

 

「私が一番でしょう!」「最後は我が追い抜いたの!」「俺だよ!」

 

あたしは大きく息を吸ってから、腹の底から声を張り上げた。

 

「高位ドラゴン様方! お食事の準備はできております。順位を決めるのも、順位を決めるルールを決めるのも、食事の後で間に合うと思いますが?」

 

あたしの背後では、クロが槍のようなサイズの串に刺した特大の「牛カツ」を構え、高位ドラゴンたちへ見せつけている。

 

衣の中はほとんど生だが奴らの頑丈な胃腸なら問題ない。

 

ドラゴンたちは口論を止め、我先にと食事場所へ急ぎ始めた。

 

クロは逃げるような速度で走りながら途中で追いつかれそうになっている。

 

「予想の上限を超えて人気が出ちまったね」

 

鍛冶親方の所にひとっ走りして『箱』を特急料金で注文してから厨房に戻り周囲を見渡すと、高位ドラゴンの数は明らかに増えていた。

 

商人の指揮下でケンタウロスたちが都市の外から食料を運び込んでいるが、それもそろそろ尽きそうだ。

 

(今の状況が『高位ドラゴンのメンツが傷つく』状況だと長ドラゴンに言われたらあたしも終わりだ)

 

あたしは自身が非常に危険な状況にあるのを承知の上で、顔見知りのドラゴンや人間には愛想良く、手下たちには頼り甲斐のある態度を崩さない。

 

(もっとも、高位ドラゴンという種の戦力が向上している現状は、長ドラゴンにとっても歓迎すべき状況のはずだ。あたしを切り捨てる確率は二割を切っている……と思いたいがね)

 

その確率を少しでも下げるため、あたしはこの状況を維持し、改善させることで自らの価値を高めようとしていた。

 

「えっ」

 

その時、あたしの口から間抜けな声が漏れた。

 

真新しい倉庫と倉庫の間から小柄な高位ドラゴンがいきなり現れたのだ。

 

その鱗の色はくすんだ灰色だ。

 

誰かに目撃されるとは思っていなかったかのように、その高位ドラゴンはあたしを見て上品に驚いている。

 

(高位ドラゴンの中でも地位のある奴がお忍びで食事に来たのかねぇ)

 

あたしは過剰な厚遇はせず、あくまで他の高位ドラゴンと同じように、しかし丁寧に声をかけた。

 

「失礼いたしました。私は冒険者のセレスティアと申します。もしよろしければ、道案内に立候補しますが、いかがでしょうか」

 

「助かります。食事ができる場所へ案内してください」

 

「承知しました」

 

あたしは灰色の高位ドラゴンを、空いている席――商人が用意した清潔な絨毯が広げられている場所――に案内する。

 

シロがいない厨房では効率が落ちるが、食材の質と調理法に頼った料理ばかりだ。

 

味はほぼ変わらない。

 

「ひょっとしてここの店員さんでもあるのかしら。あら、懐かしい料理があるのね。ここからここまで一つずつお願いできる?」

 

灰色の高位ドラゴンは他の連中が決して利用しないメニューを見て注文した。

 

肉の焼き加減くらいしか気にしない奴らがほとんどだというのに。

 

あたしは注文を聞くと、自分用のエプロンと帽子を装備して調理に参加する。

 

(あの高位ドラゴンは妙に人間くさいね。まあ、何世紀も生きていれば別種族と仲良くしていたこともあるんだろ)

 

壮大な背景がありそうな気配はあったが、今は自分の命の方が大事だ。

 

あたしは牛肉のたたき、焼き肉、牛カツ、煮込みハンバーグなどを次々と作っていく。

 

あたしの料理の腕は並かそれ以下だが、カンストした耐久力のおかげで高火力の窯の近くでも消耗せず、休憩なしで調理を続けられる。

 

信用できる奴を確保するのが大変だから、最近はあたしも作ってばかりだよ。

 

やがて獣人から「もう肉がないって商人さんが!」と報告が入る。

 

あたしは自ら出向き、まだ食べたがる高位ドラゴンたちに「今日は閉店」だと伝えて回った。

 

奴らも、この「食事処」ではあたしが無茶な要求には決して屈しないことを知っているので、あまりごねずに引き上げていく。

 

「頼り甲斐のある店長さんね」

 

灰色の高位ドラゴンは上機嫌だった。

 

他のドラゴンと比べても多くの量を食べ、薄い酒精があるだけのほぼ葡萄ジュースの大きな樽を空にしている。

 

支払いとして、彼女は一枚の鱗を差し出した。

 

「若い子と違ってあまり生え代わらないから、一つしかなくてごめんなさいね」

 

「高位ドラゴンのお客様ならツケ払いも可能です。多く頂けるなら、その一部を設備投資と食材購入にあてさせて頂きます」

 

嘘は言っていない。

 

設備投資も食材購入もしている。

 

レディースドラゴンの施術費用にもしているし、あたしの懐にも入っているが。

 

灰色の高位ドラゴンは楽しそうに笑うと、達人レベルの軽やかな動きで静かに去って行った。

 

(思った以上の大物だったかもしれないね)

 

その時、背後から声をかけられた。

「お代わりは?」

 

若様だった。

 

しぶとく残っていたらしい。

 

「肉の質がかなり落ちて良いならあるよ」

 

「いい肉のにおいがする! 隠すな!」

 

別のドラゴンが騒ぎ出す。

 

「それはあんたらの長の分だよ。明日シロが……白い耳のちっこいのがあんたらの長の前で調理することになってるのさ」

 

他のドラゴンは長の名を聞くと、怖がってそれ以上は騒がなくなった。

 

(そろそろ潮時だね。あの金札冒険者がケイルの師匠じゃなきゃ、あたしの今の立場を押しつけるんだがねえ)

 

原作ゲームでのケイルの圧倒的な成長速度を知っている以上、奴に利する状況は可能な限り避けたい。

 

「総員敬礼!」

 

若様がいきなり真剣な態度で号令を下した。

 

あたしの至近に、高位ドラゴンの長である長ドラゴンが空間を歪めて出現した。

 

遠距離瞬間移動魔法。

 

若様だけが、その気配に気づいていたらしい。

 

長ドラゴンの注意はあたしには全く向いていない。

 

ひょっとして「灰色の高位ドラゴン」の気配に気づいてやって来たのか?

 

「あの方はどこにおられる!? 敷物の下か!?」

 

長ドラゴンはまるで聖骸布でも探すかのように灰色の高位ドラゴンが座っていた絨毯を移動させ、その下を掘ろうとまでしている。

 

(まさかあの灰色の高位ドラゴン、『鱗』の本人じゃないだろうね。……若いときは銀で今は灰色か。本人のような気がするね)

 

あたしは受け取ったままの「灰色の鱗」をちらりと見て表情を引きつらせる。

 

若様も「お前、この状況をどうするつもりだよ」という視線をちらちら向けてきた。

 

「クロ、いるかい?」

 

騒ぎをききつけてやってきたクロは、灰色の高位ドラゴンを必死に探す長ドラゴンに怯えている。

 

「この鱗のにおいを追いな。……戦闘はないはずだ。他の人間に気付かれないよう、静かに行動するんだよ」

 

あたしがクロに指示を出していると、長ドラゴンは「灰色の鱗」に気付いて目を剥いた。

 

「それはっ」

 

「今は追跡を優先すべきだと思います。……クロ、早く」

 

クロは緊張を隠せない様子で頷くと、軽く鱗を嗅いでから駆けていく。

 

追跡は、灰色の高位ドラゴンが来た道を戻り、真新しい倉庫と倉庫の間で匂いが消えて終わった。

 

「久々の御降臨だというのにっ。ぬおおっ」

 

極めて強力な魔法使いでもある長ドラゴンが地団駄を踏み、近くの建物が揺れ始める。

 

あたしは、この機を逃さなかった。

 

「このあたり一帯の土地と建物は私が押さえています。今の事業も含めて、全て高位ドラゴンの皆さんに受け取って頂きたいのですが」

 

長ドラゴンは、大きく深呼吸して己を落ち着かせると、了承した。

 

その呼気だけで宙に魔力の火花が散っている。

 

「相応の報酬を与えないと我等高位ドラゴンが軽く見られます」

 

若様が、あたしへの気遣い三割、御降臨の権威を保つため七割くらいの意図で、助け舟を出してくれた。

 

よーしよし。

 

ここまでコネを維持してきた甲斐があった。

 

若様には感謝の気持ちと、将来の出世コースを受け取ってもらおうじゃないか。

 

あたしは恭しい態度で、両手を使い、「灰色の鱗」を若様へ渡す。

 

若様は思わず受け取ってしまい、その後に焦った顔をしたがもう遅い。

 

「雑務はすべて任せる」

 

長ドラゴンから凄まじい目つきで見られた若様が、必死に頭を上下させていた。

 

(よし、最高値で事業を売り抜けることに成功したね。後はほとぼりが冷めるまで遠くに遠征して、経験値と強力なマジックアイテム集めだ。貴族やギルドが今の高位ドラゴンに手を出せば破滅するだけ。だからこそ、奴らが私を利用しようとする前に遠征しないとね)

 

ローンとかを全て即金で払っても、一番高性能な荷車くらい余裕で買える。

 

(ミレットにレディースドラゴンの施術料を割増しで払い、親方と馴染みの店の店主、老シスターに事情を話したら即出発だ。今度は舌じゃなくてこいつの出番だね)

 

あたしは、装備はしているが最近は使っていない鉄バットの柄を、ぽんと手のひらで叩く。

 

その顔には、金策を終え、次なる戦場へと向かう「悪女」の獰猛な笑みが深く、深く浮かんでいた。




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