悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
【第72話】銀の仮面と魔境の理(ことわり)
あたしが今いるこの魔境は、人類領域の外、力が全ての理(ことわり)となる場所だ。
いずれの強大な勢力からも見捨てられた、さながら世界の吹き溜まり。
弱小種族がひしめき合い、昨日までの隣人が今日の敵となる、絶え間ない勢力争いに明け暮れている無法地帯。
そんな土地に点在する古代遺跡を狙って略奪を繰り返す、あたしたち「銀マスク」の噂は、ここ最近じゃちょっとした有名人らしい。
「――銀マスクだ! 銀マスクが来るぞッ!」
あたしの姿を認めると、露店で得体の知れない干し肉を売っていた小鬼の魔族が恐怖に引きつった叫び声を上げた。
それを皮切りに、往来にいた連中が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、あっという間に道が開ける。
趣味が悪いと自覚している銀製の仮面の下で、あたしは鼻で笑った。
強力な魔物の生首を十近くも無造作に積み上げた荷車を、まるで空の籠でも引くかのように軽々と牽いて歩く。
荷車の上では、同じく銀の仮面をつけたシロとクロが、物陰から卑しい欲望と敵意を向けてくるゴロツキどもに鋭い視線を向けていた。
町の中心部にそびえる、粗末だが頑丈そうな建物――魔族の「冒険者ギルド」の前で、あたしは足を止める。
「入るおー」
シロが荷車から軽やかに飛び降り、物怖じ一つせずギルドの重い木製の扉を押した。
途端に、酒と汗と血の入り混じったむせ返るような空気が外まで漏れ出てくる。
カウンターの奥から、一際屈強な虎の獣人の横柄な声が聞こえてきた。
「魔力なしか。何の用だ」
それに答えるシロの、いつもの純粋さが逆に相手を煽るような声が続く。
「説明しないと分からないの?」
シロという実力者の言葉に、虎獣人の職員は完全に威圧されていた。
(まったく、あの単純さは時に鉄バットより強烈だ。あれは内心『お前は馬鹿なのか』とでも思ってるんだろうね)
シロが荷車から持っていった魔物の首をカウンターに叩きつける、ゴトリという鈍い音が響いた。
「入らない、なんで?」
隣で待機していたクロが、不思議そうにあたしを見上げる。
「荷車ごと突っ込むわけにはいかないだろ。中身だけ持っていったら、この高価な荷車を盗まれちまいそうだしね」
クロはこくりと頷いた。
「ここ、治安、すごく悪い!」
愛用の魔法金属製の棍棒――鉄バットを握り直し、クロは油断なく周囲を威嚇する。
その小柄な体躯に反して、放つ気配はそこらの冒険者よりずっと鋭く、重い。
「貴族や教会を警戒しなくていいぶん、気が楽さ」
あたしは本気でそう思っていた。
顔を隠しているのも、魔族の領域で活動したことが教会関係者に知れた場合に、面倒な難癖をつけられるのを避けるためだ。
「それに、ここなら最悪の展開になっても、これで解決できる」
あたしは腰の鉄バットに軽く触れる。
この地域には小規模な勢力しかおらず、いざとなれば正面から全てを叩き潰せる。
もっとも、懐事情を鑑みれば、その展開は避けたいのが本音だった。
(数の差があるから爆発するボールを使うことになるし、あれは本当に高いからね……)
その時、ギルドの中からシロの叫び声が聞こえてきた。
「リーダー! 買い取らないんだってー!」
(予想通りか。魔力を持たない種族を冷遇するのが魔族社会の常識らしい。だからミレットも生き延びられたわけだ)
あたしは内心で納得し、声を張り上げた。
「そうか! ギルドへの義理は通した、戻ってこい!」
「はい!」
シロが踵を返した気配がする。
職員の慌てた声と、シロの冷たい声が聞こえたかと思うと、何かを切り裂く音と冒険者たちの息を呑む気配が外まで伝わってきた。
やがて出てきたシロは、懐に魔石をしまいながら、何事もなかったかのようにあたしと合流した。
「姉御、髪切る奴(ミレット)との合流、どこ?」
クロが尋ねる。
「街の外の予定だ。ここだとさっきとは桁違いに揉めそうだからね」
あたしがやれやれと肩をすくめていると、シロがしゅんとした様子で近づいてきた。
「リーダー、交渉失敗してごめんなさい」
「相手に交渉する気がなかったんだ、気にするな。しかし、この首の山はどうするかねぇ。腐る前に売りさばきたいが」
あたしたちがそんな会話をしていると、乾いた大地を駆ける蹄の音が近づいてきた。
現れたのは、以前あたしに屈服し、今は狐耳の商人に雇われているケンタウロスの一団。
良質な胸甲と槍で武装した彼らは、もはやただの野盗ではなく精鋭の傭兵部隊の風格を漂わせている。
「セレスティア殿。拠点用の土地を確保しました。第二候補地になります」
「報告ご苦労」
あたしは頷くと、隊長に案内されて町の外れにある小高い丘へと向かった。
そこには既に天幕が張られ、大量の水樽が運び込まれており、例の狐耳の商人が一行を待っていた。
「どうでしたかな……と、その荷車を見れば聞くまでもありまへんか」
商人が胡散臭い笑みを浮かべる。
「話には聞いていたが、ここまで排他的とはね」
「今のセレスティアはんを見て強く出るとは。よほど見る目がないか、あるいは……」
「賢いのかもしれないよ。今のあたしは攻撃力不足だからね」
あたしは、かつて装備していた「ユニコーンもどきの角」を内蔵した鉄バットに比べ、今の武器が見劣りすることを自覚していた。
(例のクソゲーに当てはめると、今はオープニング前の時代だ。この地域で新たな武器か素材も手に入れば良いが……)
丘の上から周囲を見渡すと、麓の森から多数のゴブリンたちが憎々しげにこちらを窺っている。
「ご指示通り、追い払う際にあまり殺しはしませんでしたが……相当恨んでるようですな」
「皆殺しにすれば、他の魔族に余計な警戒をされるからね。だが、攻撃してきたら容赦はしなくていい」
その時、あたしの視線が丘の中腹にある平坦な場所に留まった。
そこは、追い払ったゴブリンたちが調理や食事に使っていた場所だった。
そこには夥しい数の人骨が、古いのから新しいのまで無造作に転がっていた。
その中に、明らかに小さな骨が混じっている。
(……人間の子供か。これがこの世界の常識とはいえ、胸糞が悪くなるね)
あたしは静かに走り出した。
十分に加速し、最高速に達した勢いのまま、鉄バットでその場所の真横の斜面を薙ぎ払う。
凄まじい衝撃が轟音と共に丘の一部を抉り、巨大な穴――即席の墓穴――を穿った。
この鉄バットは、戦闘より工事には向いているのかもね。
「スコップはあるかい?」
あたしは振り返って尋ねる。
「ありますが……ご入用でしたら、人間の領域から聖職者を呼ぶことも可能ですよ?」
商人が探るように言った。
「あたしはそこまで善良じゃないよ。まあ、穴に埋めた後は、石碑くらいは建ててやるさ」
あたしは商人に背を向けた。
感傷に浸るつもりはない。
だが、この胸の奥で静かに燃える怒りと、ほんのわずかな憐れみがあたしを突き動かしていた。
誰に命じられたわけでもない。
ただ、あたしの流儀がそれを許さなかった。
無法の魔境で略奪を繰り返す「悪女」が、こんなことをするなんて滑稽だろうか。
それでも構わない。
この行為に、利益など欠片も存在しないのだから。