悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~ 作:星灯ゆらり
人類領域の外、力が全ての理(ことわり)となる場所。
いずれの強大な勢力からも見捨てられた、さながら世界の吹き溜まり。
そんな魔境の荒野に不釣り合いな轟音が鳴り響いていた。
「――ふんっ!」
短い呼気と共に、あたしは手にした鉄バットを眼前の古代遺跡の壁へと叩きつける。
助走で得た速度と遠心力の全てを乗せた一撃が、分厚い石の壁を飴細工のように粉砕した。
凄まじい衝撃と地響き。舞い上がった粉塵が視界を覆うが、あたしが被った趣味の悪い銀の仮面とその下に装着した実用的なマスクが、呼吸と視界を最低限確保してくれる。
「リーダー、反応ないお!」
「けむい! におい、ふつう!」
少し離れた荷車の上から、同じく銀マスクをつけたシロとクロの声が飛ぶ。
あたしより遥かに優れた五感が今のところ危険はないと告げている。
だが油断はしない。
(金札昇格試験のときの、あの迷宮の主みたいなのが潜んでいたら、今の装備と実力じゃあ満足する形で勝利するのは難しい。奴に勝つ代わりにここまで育った手下を失うなら戦わない方がマシだよ)
あたしは一旦攻撃を止め、腹の底から声を張り上げた。
「再度警告する! この建造物に居住している者がいるなら返答しろ。これ以上返答がないなら、あたしと敵対するつもりと判断する!」
シン、と静まり返る遺跡。
返答はない。
いいだろう。
お前たちが選んだんだ。
シロとクロが荷車の上で準備運動を始めるのが気配で分かった。
「荷車はあんたたちに任せる。突撃を再開するよ」
あたしは再び地を蹴った。
走って速度を乗せては攻撃し、一度後退し、また走って攻撃する。
カンストした耐久力はあたしの『足』の破壊力を上げるだけでなく、無尽蔵ともいえる持久力をもたらしていた。
終わりの見えない単純作業。
だが、最も安全で確実なやり方だ。
やがて、砦のようだった壁が崩れ、内部の部屋が醜く露出する。
その瞬間、クロが叫んだ。
「大きなの、におい、する!」
あたしが気づくより早く、クロの鉄バットが唸りを上げてボールを強打する。
凄まじい速度で飛んだボールはあたしが気づいていなかった「半透明のゼリー状の大きなスライム」に深々と食い込み、その体積の四分の一ほどを衝撃だけで粉砕した。
(あたしが壊した壁の中に隠れていた……のかね。あのクソゲー、他ゲーの魔物を少しだけ改変して流用してたからな)
ライトノベルやCRPGじゃなく、露悪的なゲームの設定まで流用されているかもしれない。
(弱くても毒や酸欠を狙ってくる魔物は怖いね。ミレットから受けた施術の効果も、かなり前だ。そろそろ弱くなる時期だし……)
正々堂々戦う気など毛頭ない。
あたしは直接攻撃を避け、スライムから少し離れた床を鉄バットで全力で殴りつけた。
凄まじい衝撃波が床を伝い、スライムを根元から揺さぶってその場に崩れ落ちさせる。
「リーダー! 埃が酷くて見えないお!」
「ああ、健康にも悪そうだ」
これ以上の深追いは危険と判断し、あたしは敵に背を向けずにじりじりと後退する。
シロとクロの元へ合流した、丁度そのタイミングだった。
「これはこれは、派手に壊しましたな、セレスティアはん」
いつの間にか、例の胡散臭い狐耳の商人が、ケンタウロスの部隊を率いて姿を現していた。
ケンタウロスたちは大きく広がって遺跡を包囲する。
宝を持ち逃げする奴を確実に見つけ、最悪でも足止めするためだ。
「古い品を回収して売りたかったのか?」
あたしが探るように言うと、商人はわざとらしく肩をすくめる。
「残念ながら、私には鑑定するコネがありませんので。呪いや毒に対策する手間をかける気もありまへん」
(あたしを利用していることを隠そうともしないか。まあ、こっちもあんたを利用してるからお互い様だがね)
あたしは楽しげに笑ってやった。
「あんたと手を切って他の商人を探すのも面倒だし時間もかかる。儲けるのはいいが、あたしのメンツを潰さない程度にしとくれよ」
「お任せください!」
商人も、儲け話にありつけて心底楽しそうだ。
遺跡内部の粉塵がおさまると、シロが目を細めて内部の様子を羊皮紙に炭で書き込み始めた。
クロは遺跡から何が飛び出してきてもいいように、鉄バットとボールを構えている。
そのクロの警戒が正しかったことを証明するように、遺跡の奥から大型の魔物が咆哮と共に飛び出してきた。
以前、魔族のギルドへ持ち込もうとした首の持ち主と、ほぼ同じ外見だ。
(こいつはなんなんだろうね。会話能力はないようだし、さっぱり分からん)
あたしは思考を切り替え、地を蹴る。
真正面から魔物と激突。
質量では比較にならないが、魔法金属製の鎧とカンストした耐久力、そして巧みに衝撃を地面へ逃す体捌きで、その突進をがっちりと受け止める。
あたしがタンク役となって注意を引きつけている隙に、クロが普通のボールで魔物の眼球を狙う。
魔物がとっさに目を閉じてそれを防いだ瞬間、背後に忍び寄っていたシロが音もなく魔物の脚の腱を切り裂き、深追いはせずに即座に後退した。
「このまま解体する?」
「こいつ、肉、おいしくない!」
シロとクロが平然と会話している。
あたしも、必死な様子の魔物とは対照的に、息一つ切らしていなかった。
「そっちで仕留めるかい?」
あたしは後方で成り行きを見守っていたケンタウロスの隊長に声をかけた。
気まぐれが半分、そして「今のケンタウロスの戦力についての詳しい情報が知りたい」という打算が半分だ。
「度胸試しや成人の儀式に使うなら無料で譲ってやるよ」
あたしの提案に色めき立ったケンタウロスたちが、弱った魔物へと殺到する。
おいお前ら包囲中だったろ。
まだ中身は蛮族か。
その戦いぶりを見ていたシロとクロが、遠慮なく感想を漏らした。
「下手!」
「否定できないお……」
出会った頃に比べれば、二人とも随分と図太くなったものだ。
あたしに対しては忠実だが、自分たちより下だと思った相手にはかなり辛辣な態度をとる。
「あんたたち、ケンタウロスの連中を近いうちに殺すつもりがないなら、角が立たない言葉遣いにしな」
「なんで?」
クロが不思議そうに首を傾げる。
「メンツを潰された奴は周囲から食い物にされる。それが嫌なら、勝ち目があるかどうかに関係なく、侮辱した奴を殺すしかなくなるのさ。自分の命を捨てた奴に狙われたら、かなりの強者だって負けるかもしれない」
死兵って奴は、人間や魔族の知性と、魔物みたいな思い切りの良さを兼ね備えているから実力以上の脅威だ。
「シロ、あんたもだよ。あの街の魔族なら不干渉か敵対しかなくなったからどうでもいいが、あいつらはそうじゃないんだ」
「……謝ってくる」
「それもまずいんだ」
あたしは、はあ、とため息をついた。
「あんたたちはあたしの直属の手下で、あいつらは商人の手下だ。どっちが上か下かは曖昧だろう? あんたたちが下手に出すぎると、あたしと商人が揉めちまうよ」
「揉めるのは勘弁して下さい」
こっそり会話を聞いていたらしい商人が慌てて割って入ってきた。
「必要ならケンタウロスたちに頭を下げさせます。シロさん個人も、絶対に敵対したくない相手なんですから」
(高位ドラゴンの間で評判の料理人だからな。見方によってはあたしより立場が上かもしれないね)
「そういうわけだから、これからは今まで以上に言動に気を付けるんだね。ほら、ケンタウロスが魔物を仕留めるよ。応援して、倒したら称賛してやりな」
あたしたちの会話に気づいていたのだろう。
シロとクロから声援を送られたケンタウロスたちは、かなり複雑そうな顔で魔物にとどめを刺していた。
戦闘の後、遺跡を改めて探索したあたしは、宝箱というより保管用のケースという作りの箱の中に、複数のポーションを見つけた。
「こいつはミレットの鑑定待ちだね。能力が恒久的に上昇するポーションなら大当たりなんだが」
「それは期待しすぎでは?」
商人は呆れ顔だ。
「数をこなせば当たりがあるかもしれないだろ?」
「当たりが出たときは売却もご検討ください。相場より高額で買い取りますので」
「できれば自分で使いたいがねえ……」
ひとしきり略奪を終えて丘の上の拠点に帰還すると、見慣れた人影が盛大に転んでいた。
魔法で透明になってここまでやって来たミレットが、落とし穴とは到底いえない段差で転倒し、魔法が解除されたらしい。
「何遊んでるんだい」
あたしが走って近づくと、ミレットはあたしたちが装備している、趣味の悪い銀マスクに気づいて盛大に噴き出した。
その反応にシロとクロがむっとするが、あたしはにやりと笑って懐から同一デザインの新しい銀マスクを取り出すと、ミレットに無理やり渡した。
「あんたの分だよ。どうせあんたのことだ。いつもの癖で人間に化けたりしちまうだろうから、できるだけマスクをつけるようにしておきな」
正体が人間にばれかけてここまで逃げてくるほどポンコツなミレットだが、魔法使いとしては凄腕だ。
施術に、ポーションの鑑定に、攻略を後回しにしてきた防衛戦力の多い遺跡攻略への参加。
こいつに頼むことはいくらでもある。
「心配するな。報酬はきっちり払うさ」
馬車馬のように働くことになることも知らず、ミレットは警戒心を持たずにシロとクロに案内されていった。