悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第8話】疾駆する鉄槌と空っぽの戦利品

鉱山街の埃っぽさを背に、あたしは夕焼けに染まる街道を走り出した。

 

背中には例の『希少鉱石』が入っているはずの、ずっしりと重い木箱。

 

ロープが肩に食い込む感触が、これから始まるであろう面倒事を予感させる。

 

腰には先日手に入れた鉄の杖――見た目はだいた鉄バットだ――が揺れ、反対側には未使用の松明が数本。来た時とほぼ同じ、貧相な冒険者装備だ。

 

(さて、と。ここからが本番だね。親方の話じゃ、教会も盗賊も、下手すりゃ駐屯部隊までこの石を狙ってるって話だ。面倒なことこの上ない)

 

決意を新たに顔を上げると、前方に数人の人影が見えた。見覚えのある、清潔そうな白い神官服。

 

その中心には、銀髪を揺らす小生意気な顔。

 

(チッ、早速来たか! あのクソアマ、アリサ!)

 

内心で悪態をつきながらも、あたしは速度を緩めずに近づく。

 

彼らもこちらに気づき、足を止めた。

 

アリサの大きな青い瞳が、あたしの背中の箱を見て、あからさまな警戒心を映し出す。

 

「あら、奇遇だね、アリサ見習い様。こんな街道筋で熱心に巡回かい? それとも、お散歩?」

 

あたしはわざと軽薄な口調で声をかける。アリサが何か言い返そうと口を開きかけたが、それより早くあたしは続けた。

 

「悪いけど、こっちは急ぎの依頼でね。日が暮れる前に街に着きたいんだ。悪いけど、道を開けてくれるかい?」

 

「あなた、その大きな荷物は……? 最近、この辺りで不審な鉱石の取引があったと報告が」

 

食い下がろうとするアリサ。その横で、年長の神官らしき男が何事か指示を出そうとする気配。

 

(やっぱり、あたしを足止めする気か。ご苦労なこった)

 

「何のことだい? あたしはただの運び屋だよ。ほら、どいたどいた!」

 

問答無用。あたしは地を蹴った。彼らが反応するよりも早く、風のようにその横をすり抜ける。

 

「じゃあ、失礼するよ!」

 

置き去りにされたアリサが、信じられないものを見るような目で、あっけにとられてあたしの背中を見送っているのが気配で分かった。

 

昼の虐殺じみた戦闘といい、今回の異常な速度といい、あの頭でっかちな正義ちゃんには理解不能だろうね。せいぜい混乱してなよ。

 

教会連中を振り切り、街道をひた走る。

 

夕闇が急速に辺りを支配し始めていた。

 

単独で、しかも馬に匹敵する速度で走り続けるあたしの姿は、隠そうとしても隠しきれない。

 

当然、嗅ぎつけてくる奴らもいる。

 

(ふん、教会の連中は撒いたか。だが、問題はここからだね。この速度は目立つ。当然、ハイエナどもも寄ってくるだろうさ)

 

(走ってあたしに追いつける馬や人間は何人いるかね? 移動魔法やマジックアイテムで追跡したり、魔法で遠くに知らせて待ち伏せさせたりするには、それなりのコストがかかる)

 

(あたしが『確実に』アレを持っていると奴らが判断できない状況で、どれだけの戦力を差し向けてこれるか……いや、案外多いね!? チッ!)

 

背後や茂みの奥から、複数の殺気混じりの気配を感じ取る。

 

完全に闇に包まれる前に、あたしは松明を一本取り出し、火打石で火を点けた。

 

揺らめく炎が周囲を頼りなく照らし出す。

 

片手に松明、もう片方の手には鉄杖。準備はいい。

 

予想通り、木々の間から黒い影が飛び出してきた。

 

軽装の、しかし目つきの悪い男たち。

 

盗賊だ。

 

数は十数人か。手にしているのはナイフや、小さな弓。

 

地面には、足を引っ掛けるための浅い穴がいくつも掘られているのが、松明の明かりで辛うじて見える。

 

(毒か罠か……芸のない奴らだね。だが、数が多いのは厄介だ)

 

あたしは即座に判断する。

 

奴らの狙いは足止めからの袋叩き。

 

まともに相手をするだけ時間の無駄。

 

撃破より、突破!

 

もともと肌の露出は少ない服装だが、念のため、携帯している布(タオルとして使っている少し厚手のものだ)で口元と鼻を覆う。

 

毒矢や、舞い上がる土埃対策だ。

 

「邪魔だよ、雑魚ども!」

 

短距離走の要領で、さらに速度を上げる! 地面を強く蹴りつけ、盗賊団の中心を目がけて突っ込む!

 

「うわっ!」「速っ!?」

 

驚愕の声が上がるが、もう遅い。

 

松明の頼りない光の中、地面の凹凸や岩、巧妙に隠された罠の穴が次々と現れる。

 

だが、あたしは止まらない。

 

持ち前の異常な耐久力を信じ、多少足元がふらつこうが、小さな石を踏みつけようが、構わず突き進む!

 

ガッ! バキッ!

 

足元の罠に僅かに足を取られ、体勢を崩しかける。

 

その隙を突いて横から斬りかかってきたナイフを、鉄杖で弾き飛ばす。

 

「しつこいね!」

 

追撃してくる数人の盗賊を、振り返りもせずに圧倒的な速度差で引き離す。

 

あっという間に、奴らの気配は遠ざかっていった。

 

(きっついねぇ……。買ったばかりの安全靴も、さすがにこの無茶な走り方じゃボロボロだよ。ソールの金属板がなかったら、足裏がどうなっていたことか)

 

(だけど、暗殺専門の連中とやり合うよりはずっとマシだ。あたしの専門は害獣やモンスター退治であって、人間相手の殺しじゃないからね)

 

(……しかし、あんな数で襲ってくるってことは、この『希少鉱石』、あたしが思ってた以上に価値があるらしいね。ますます手放せないじゃないか)

 

夜通しの疾走。

 

体力には自信があるあたしでも、精神的な消耗は避けられない。

 

東の空が白み始め、目的地の都市が近づいてきたことを示す道標が見えた頃には、疲労の色は隠せなくなっていた。

 

あたしは人気のない、道幅の狭い脇道を選んで進む。この道は近道だが、すぐ側には鬱蒼とした森が広がっている。

 

確か、マグマスパイダーに襲われたのもこの辺りだったはずだ。油断はできない。

 

ふと、自分の手元を見る。少し前に念のための仕掛けをして、指先や服の袖口がうっすらと土で汚れていた。

 

(……よし、これでいい)

 

夜明けの薄明りの中、道の先に人影が見えた。複数。武装している。そして、その中心に立つ男の顔には見覚えがあった。

 

(また面倒なのが……しかも、あの時のクソ役人か!)

 

あの嫌味な駐屯地の担当官だ。数名の兵士を引き連れ、明らかに待ち伏せしている。

 

「止まれ! 冒険者!」

 

兵士の一人が、槍を突き出して道を塞ぐ。

 

「何の用だい? こっちは輸送の依頼の途中なんだ。話があるなら、後でこっちから出向くから、今は行かせてほしいね」

 

あたしは内心の苛立ちを抑え、努めて冷静に告げる。

 

だが、担当官はにやにやとした下卑た笑みを浮かべて前に出てきた。

 

「そうはいかん。セレスティア・フォン・ヴァイスだな? 貴様には違法薬物所持及び、売買禁止の鉱石密輸の疑いがある。その積荷、こちらで押収させてもらうぞ!」

 

やはり、狙いは背中の箱か。ご丁寧に、冤罪まで用意して。

 

「あたしに楯突く気かい? 銀札相手に、その軽口がどういう結果を招くか、分かってるんだろうね?」

 

あたしは鉄杖の柄を握り締め、鋭い視線で担当官を射抜く。だが、攻撃はしない。兵士たちに囲まれている。ここで無駄な戦闘は避けたい。

 

(……よし、狙い通りだ。この近くには、アレがいるはずだ。牙猪か、マグマスパイダーか……どっちでもいい、早く出てきな!)

 

あたしは内心で、森の気配を探る。

 

ほとんど殺気じみた気配がたっぷり。

 

血の臭いこそないが緊張した汗の臭いがあたしの鼻まで届いている。

 

野生の獣やその同類が、それも特に強い奴なら無視はできないだろう?

 

その時、あたしの期待に応えるように、すぐ近くの森の茂みが大きく揺れた。

 

ガサガサという音と共に、赤黒く明滅する巨大な影がぬるりと姿を現す。

 

複数の複眼が気味悪く光り、威嚇するように鋭い顎を打ち鳴らしている。

 

マグマスパイダー!

 

「ひっ! ま、魔物だ!」

 

「マグマスパイダーだ! 警戒しろ!」

 

兵士たちが動揺し、陣形が乱れる。担当官も予想外の事態に顔色を変えている。

 

(よりによって面倒な方か! 牙猪の方がまだ対処しやすかったんだが……仕方ないね。むしろ、好都合かもな!)

 

チャンスは一瞬。あたしは背負っていたロープを、腰のナイフで一息に切り裂いた!

 

そして、背中から滑り落ちた大きな木箱を掴むと、マグマスパイダーに向かって力任せに投擲した!

 

「依頼より命だよ! あんたたちも、さっさと逃げるんだね!」

 

大声で叫びながら、あたしは地を蹴る!

 

突然の状況変化とあたしの声に完全に虚を突かれた兵士たちの間を、再び疾風のようにすり抜けた!

 

「ま、待て! 逃がすな!……いや、それよりあの箱だ! あの箱を確保しろ! 奴を追うな!」

 

担当官が、欲に目がくらんだ叫び声を上げるのが背後で聞こえた。

 

あの大きな箱に、まだ希少鉱石が入っていると信じ込んでいるのだろう。愚か者め。

 

回収を命じられた兵士たちが、恐る恐る箱に近づこうとするが、邪魔されたマグマスパイダーが怒りの溶岩弾を吐き出す!

 

悲鳴と爆発音、肉の焼ける音。阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられているであろう戦場を、あたしは振り返りもせずに走り去った。

 

戦場から数分。

 

全力で走り、安全な距離まで離れたところで、あたしはようやく足を止めた。

 

朝日は既に高く昇り、時刻はすっかり朝になっていた。

 

小鳥のさえずりが聞こえる。

 

まるで、さっきまでの惨劇が嘘のようだ。

 

あたしは街道から少し外れた、森の入り口近くの茂みへと足を踏み入れた。

 

そこには、土が新しく掘り返されたような跡があった。

 

あたしは携帯していた小さなスコップ(道中で盗賊が落としたものを拝借しておいたのだ)を取り出し、その場所を慎重に掘り起こし始めた。

 

手が、服が、再び土に汚れていく。

 

やがて、硬い感触がスコップに伝わった。

 

土を掻き出すと、そこから現れたのは、例の大きな木箱ではなく、分厚い布に厳重に包まれた、ずっしりと重い塊だった。

 

これこそが、本物の『希少鉱石』。

 

昨夜、盗賊に追われる合間を縫って、夜陰に乗じてこの場所に埋めておいたのだ。

 

空の箱を背負い、追手の注意をそちらに引きつけるために。

 

(ふぅ、危なかったねぇ。しかし、あの役人もマヌケだね。まんまと空箱に釣られやがって。自業自得だよ)

 

あたしは布包みを持ち上げ、その確かな重みに満足げに頷く。

 

(鍛冶親方には『中身を見たら依頼失敗』とは言われてなかったはずだけど……いや、さすがに空箱を届けたら問題か。この言い訳が通じるかねぇ?)

 

少しばかりの不安が胸をよぎる。

 

だが、それ以上に、教会も、盗賊団も、駐屯部隊の兵士たちも、全て出し抜いて目的を達成したという事実が、あたしの心を高揚させていた。

 

(ま、なんとかなるさ! この『お宝』の前じゃ、些細な問題だ!)

 

あたしは希少鉱石の包みを慎重に懐にしまい込むと、土を被せて埋めた跡を念入りに隠蔽した。

 

そして、今度こそ本当に目的地である都市へと、軽い足取りで向かい始めた。

 

朝の光の中、あたしの口元には、してやったりという悪女の笑みが浮かんでいた。




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