悪役令嬢、耐久力999で破滅フラグを物理的に叩き折る! ~頼れるのは鉄バットとクソゲー知識でした~   作:星灯ゆらり

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【第74話】価値を示せ

あたしが今いる拠点は、魔境の荒野に急造したにしては、それなりに快適な空間だった。

 

狐耳の商人が手配した天幕は風雨をしのぎ、ケンタウロスたちが運び込んだ水は潤沢にある。

 

だが、あたしの心は、そんな快適さとは裏腹にささくれ立っていた。

 

原因は目の前の魔族だ。

 

「……あなた、本当に生き物ですか」

 

施術前のチェックをしていたミレットが、心底不思議そうな、あるいは気味の悪いものでも見るかのような目で呟いた。

 

その手には、あたしの髪が一房握られている。

 

「魔力なしと呼ばれるとは思っていたが、そのセリフは予測できなかったね」

 

あたしの声には、怒りよりも純粋な困惑が滲んでいた。

 

魔境での連戦と野営続きで手入れなど満足にできていなかったのは事実だ。

 

当然、髪も肌も相応に傷んでいるはずだった。

 

「おい、あたしの髪も肌も傷んでるだろうが。見て分からないのかい」

 

「表面が傷ついているだけです。魔法でどれだけ強化しようと、ここまで頑丈な生体組織にはなりません。本質がまるで劣化していない……」

 

ぶつぶつと分析を続けるミレットに、あたしは内心で舌打ちする。

 

こいつの鑑定能力は優秀だが、時として余計なことまで暴きかねない。

 

「頭も知識も悪くないのに人格が蛮族……」

 

「何か言ったかい?」

 

「い、いえ! 何も!」

 

無意識に零れた本音をあたしに咎められ、ミレットはびくりと肩を震わせた。

 

こいつの臆病さは相変わらずだね。

 

「美容は表面が特に大事だろう。いいから早くしとくれ」

 

「は、はい!」

 

ミレットが慌てて施術の準備を始める。

 

その間、あたしは身動き一つできなくなる。

 

まったく、美を保つというのも骨が折れるもんだ。

 

「リーダー、相談していい?」

 

天幕の入り口から、シロがひょっこりと顔を出した。

 

その手には、リナから届いたのであろう羊皮紙の手紙が握られている。

 

「ああ。そっちを向けないから言葉で説明してくれるか」

 

「うん。高位ドラゴンに食事を出すのはうまくいってるって」

 

ほう。リナも大したもんだ。あのウサギ耳の獣人も、シロに仕込まれて随分と出来るようになったらしい。あたしの予想以上だね。

 

「でも、リナが作った料理だと文句を言う高位ドラゴンがいたり、リナを下に見て横暴に振る舞うのがいるみたいで……」

 

リナの腕はシロよりは劣るだろうが、あの調理法なら味に大差は出ないはずだ。

 

つまり、これは腕の問題じゃない。

 

シロという調理人の「格」と、他の高位ドラゴンとの「コネ」を求めて来ているということか。

 

あたしはシロの話を聞きながら内心で思考を巡らせる。

 

だが、口は開かない。

 

ここで答えを与えてはこいつのためにならない。

 

自分で考え、判断できるようになるのが一番いいからね。

 

やがて、シロは自分で結論にたどり着いたようだった。

 

「今度、高位ドラゴンの大きな集会があるんだって。やっぱり、私が行かないと駄目かな」

 

「その方がいいね。顔と名前も売っていかないと、商売は長くは続かないよ」

 

あたしの言葉に、シロは「……うん」と少しだけ寂しそうに頷いた。

 

あたしと一緒に活動したい気持ちが強いのだろう。

 

だが、いつまでも雛鳥のままではいられない。

 

こいつはいずれ、あたしの片腕として一つの組織を率いることになるんだからね。

 

「ミレットの腕は相変わらずたいしたもんだが……」

 

施術が終わり、鏡に映る自分を見て、あたしは小さくため息をついた。

 

肌も髪も、あの都市にいた頃よりも良い状態になっている。

 

だが、前世で若かった頃……OLになる前の、少女時代の自分と比べると、どうしたって年齢を感じちまう。

 

「若返りなんて無理ですよっ」

 

あたしの表情から内心を読み取ったのか、ミレットが焦ったように叫んだ。

 

また無茶な要求をされると思ったのだろう。

 

「分かってるさ」

 

あたしは肩をすくめた。

 

美容に力を入れたい気持ちはあるが、まずはこの魔境で生き延びることだ。

 

「シロ、次はあんただ」

 

あたしは、シロをミレットの前に座らせる。

 

「こいつにも施術を頼む。対魔法抵抗だけじゃない。物理的な防御力も高める方向で、やれるかい」

 

「や、やってみますが……シロさんの耐久力だと、あまり強い施術は危険ですよ?」

 

「できる範囲でいい。頼んだよ」

 

ピチピチの若さが眩しいシロの肌と、艶やかな髪を見る。

 

あたしはもう一度、今度は誰にも気づかれないように、静かに息を吐いた。

 

  ☆

 

「玉石混交……というより、ほとんどがガラクタですね、これ」

 

拠点の片隅に広げられた、これまでの遺跡攻略で得た略奪品の山を前に、ミレットは表情を引きつらせていた。

 

「高く売れそうかい? 高く売れなくても、あたしや手下の強化に繋がる品なら満足なんだがね」

 

「私は商人ではありません! ……ただ、この機械部品のいくつかは、古代文明の遺物かもしれません。研究室に持ち込めば高く売れるかも……ううん、持ち込もうとした時点で命ごと略奪されるかも」

 

「魔族の世界も物騒なようだね。学者連中の倫理観が怪しいのはどの時代でもどの国でも同じかもしれないが」

 

前世の大学でも「あのガイドラインがなければ」だの「面倒な規制ばかり増えおって」だのとぼやく教授や研究者を見たことがある。

 

知的好奇心という奴は、時に倫理観を麻痺させるらしい。

 

「鑑定を続けな。単独で機能するものはあるのかい?」

 

「ほとんどありません。例外は、そこのポーションくらいでしょうか」

 

ミレットはそう言うと、鑑定した内容を要約して羊皮紙に書き記していく。

 

こいつ、あたしに能力を完全に把握されるのを避けるために、いつも情報を小出しにしやがる。

 

まあ、そのくらいの警戒心があった方が、この魔境では生き残りやすいだろう。

 

「しかし、あなたがそういう言動をするから、余計に疑われるのですよ」

 

「何のことだい?」

 

「私が魔族と疑われる以上に、あなたが魔族とも人間に化けた魔物とも疑われていたんです! 私の方は完全にとばっちりですよ!」

 

ミレットの言うことは事実だ。

 

鍛冶親方も金札冒険者もあたしを信用はしてくれていたが、その正体が「人間に化けた何か」だったとしても驚きはしないだろう。

 

「あんたが疑われたのはあんた自身のせいだと思うがね。鍛冶親方なんか、明らかに気付いてただろ」

 

ミレットがぐっと言葉に詰まる。

 

この話題が続くと自分に不利になると判断したあたしは、強引に話を変えた。

 

「そんなことより、だ。ここで保管し続けるとまずいものはあるか?」

 

「……治療用のポーションの中にいくつか、時間経過で劣化が早いものが。施術に使いますか?」

 

「ああ、クロの施術のときにでも使ってくれ。あいつはよく暴れるから、怪我も多いだろうしね」

 

クロのことを考えると、少しの誇らしさと、活発すぎる子供に対する強めの苛立ちが同時に湧き上がってくる。

 

あいつはあたしに従順ではあるが、以前よりさらに行動的になっている。

 

魔族の冒険者ギルドにシロを向かわせたのもクロだと間違いなく殺し合いを始めかねないと判断したからだ。

 

教育ってのは、本当に難しい。

 

その時だった。

 

遠くから、ドォン! という不自然に大きな音が響いてきた。

 

「ひぃっ!?」

 

ミレットが臆病に見えるほど慌て、ケンタウロスたちが即座に武器を構える。

 

あたしは既に鉄バットを手に、いつでも飛び出せる体勢を整えていた。

 

脅威に対して敏感なのは良いことだ。

 

それに比べてケンタウロスどもは、待機状態から警戒状態に移るまで、少し時間がかかりすぎだね。

 

「リーダー! あれ、クロのボール!」

 

あたしの耳ではただの爆発音だったが、シロには分かったらしい。

 

「爆発するボールか。よくやった。……しかし、またまとめて使ったな、あいつは」

 

「うん! クロ、またまとめて使ったお!」

 

シロの声は、どこか興奮して幼いものに戻っている。

 

あたしは、はあ、とため息をついた。

 

「クロが危険なのか、単にはしゃいでいるだけか、分かる手段があればいいんだがね」

 

「少しお待ちください」

 

ミレットが、あたしの独り言に応じた。

 

彼女は魔法で水を呼び出すと、それを瞬時に凍らせ宙に浮かぶレンズを作り上げる。

 

遠眼鏡ほどではないが、遠くの光景を鮮明に映し出すための即席の偵察魔法だ。

 

レンズに映し出されたのは、貧弱な装備のコボルトたちが、ケンタウロスたちにほとんど遊ばれるような形で蹂躙される姿だった。

 

そして、一番体格の良いケンタウロスの背中にクロが仁王立ちし、声こそ聞こえないが悪役にしか見えない態度で高笑いしていた。

 

「うわぁ」

 

ミレットが心底嫌そうな顔をする。

 

「喧嘩にしては大規模だね」

 

あたしは、クロがまだ一人も殺していないことを確認すると、この勝利を何かに利用できないか思考を巡らせ始めた。

 

「クロ……」

 

隣で、シロが一人だけ好き勝手している盟友に対して、静かな怒りを燃やしているようだった。

 

  ☆

 

意気揚々と帰還してくるクロとケンタウロスたちの後ろから、ボロボロになったコボルトたちがついてきた。

 

武器は取り上げられ、完全に捕虜の体だ。

 

その中から、一人の若いコボルトが前に進み出ると、あたしの前で勢いよく土下座した。

 

「なにとぞご助力をっ!」

 

敵対部族に追い詰められており、どこかの助力がなければ全滅は必至で、もはや逃げる手段もないのだという。

 

その必死の訴えを聞きながらも、シロとクロは冷たい視線を向けていた。

 

過去にコボルトから辛く当たられた経験が、彼らから同情を奪っている。

 

だが、あたしはその若いコボルトの容姿と言動に、ある種の違和感を覚えていた。

 

この魔境でよく見る、洋ゲーのように悪意を煮詰めたような醜悪な容姿ではない。

 

どちらかといえば可愛らしい犬に近い。

 

しかもその言葉遣いは、この無法地帯の住人にしては驚くほど理性的だった。

 

(あのクソゲーに当てはめたら、この見た目は「主人公の味方になり得る部族」のテンプレだね。あたしが見捨ててもストーリー上の問題はないとは思うが……)

 

あたしの脳内で、悪女の算盤が高速で回転を始める。

 

(利用価値があるかどうか、確かめてから判断することにするか)

 

「大人しくするなら、簡単な治療くらいはしてやる」

 

あたしは威圧的な態度を崩さぬまま、目の前の嘆願者に告げた。

 

銀の仮面の下で、あたしの目が冷徹に相手の価値を見定めようと光る。

 

「詳しい状況を話せ。お前たちの価値を、このあたしに示してみせな」

 

若いコボルトは、目の前の銀仮面の悪女から放たれる絶対的な強者の気配に怯えながらも、一縷の望みを託して必死に部族の窮状を語り始めた。

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