3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー 作:ポンタ4
「こちらですよ、トレーナーさん」
「あぁ、こっちか…相変わらず迷うな…」
水色の腰まで伸びたロングへアーに右耳には赤い髪飾り。
白色のフリルブラウスに淡い紺色に白い花柄が刺繍されたスカートを身に着けた彼女。
メジロアルダン。
彼女とは3年前にトレーナー契約を結び、今はメジロ家の豪邸で俺は住ませてもらっている。
正確に言えば住み始めたのは2週間前からであり、今日も迷ってしまった。
そんな中、彼女に見つけてもらい、そして一緒に2人で過ごしている部屋へ戻っていく。
「トレーナーさんはまだ慣れませんね」
「慣れないというか…ここが広すぎるというか…」
「ふふっ、もし迷えば何度も見つけますから安心して迷ってください」
「も、もう迷わないから大丈夫」
部屋に入るなり、一緒に荷物を整えていく。
先ほど倉庫に向かい、絵を描く道具を持ってきていたのだが、そこからこの2人で過ごしている部屋に帰ってくるのに迷ってしまった。
彼女に助けられることは既に何度もあり、少し情けないな、なんて思ってしまう。
「アルダン、荷物は持ったかい?」
「はい、お持ちしましたよ」
「よし、行こうか」
俺は白い上着を羽織っていき、木製で編まれたバスケットを持つ。
このバスケットには絵描き道具、そして今日の昼食が入ったお弁当。
アルダンも俺と似たバスケットを手に持ち、その中には同様に絵描き道具が入っていた。
2人でその過ごした部屋から出ていく。
かたん、かたん、と振り子時計の静かな音。
その部屋を少しだけ、俺は名残惜しそうに見つめた後、ばたん、と音を立てて閉じた。
**
「戸締りは…これでいいのか…?」
「はい、大丈夫ですよ」
メジロ邸の大きな扉に鍵をかけ、そしてその扉に力を入れて開けようとしてもビクともしない。
こんなに大きな扉に鍵をするのは俺は初めてだから、勝手が良く分からない。
彼女の言葉からすればきっと問題ないのだろう。
既にメジロ邸は二週間前に俺とアルダンを残して皆思い思いの場所へ向かっていった。
アルダンは自室で過ごすことが多く、そして最後まで一緒に少しでも長く二人きりでいたいとのことでメジロ邸に残ることになった。
彼女のお付きであるばあやにはかなり釘を刺されたが、兎にも角にも負担や不満もなく、それこそもっと過ごしたいだなんて思ってしまうほどだ。
無人となったメジロ邸に背を向けて2人で歩き出す。
お互いに片手に荷物を持ち、そしてもう片手は空手。
その空いた手はお互いに繋がり、自然と指も絡まっていった。
メジロ邸に広がる庭園、その庭園から外れた森。
その森の中で俺とアルダンが見つけた2人だけの秘密の語り合いの場所。
木々に囲まれ、唯一その木々の間から中央に空に浮かんだ星々が照らしてくれる神秘的な場所を見つけた。
完全な偶然であるも、この場所は俺とアルダンにとって胸打たれる場所で、ここを最後の場所にしようと2人で決めたのである。
そう、最後の場所。
言い換えるならここが俺とアルダンの死に場所。
今日の午後9時、この地球に存在している生命体は全て死に至るのである。
原因は銀河系同士による衝突によるものだ。
突拍子もない話だが、地球が属している銀河に急速で近づいている別の銀河がある。
銀河というのは簡単に言えば惑星の集まり。
要はその惑星の集まり同士が接触するということ。
そしてその接触によって爆発が起き、連鎖的に星々は巻き込まれ、それは地球も例外ではなかった。
そしてそれが起きるのが今日である。
その爆発は余りにも瞬間的で、人の目には観測できず、そして巻き込まれるのも一瞬とのこと。
苦しまずに死ねるのが唯一の救いといった所だろう。
2人で訪れるその秘密の場所。
既にそこには木製のベンチを置いており、木製の丸テーブルも置いてある。
今日は空も雲一つないほどの晴天であり、このベンチに座りながら眠ればそれはとても心地よいだろう。
既に外の気温は冬の寒さから春の暖かなものへと変わりつつある。
俺は上着を羽織っているが、これはそのうち暑くなって脱いでしまうだろう。
アルダンの服装が丁度良いと思えるが、それはそれである。
荷物をその丸テーブルに置いては、2人でベンチに座っていく。
ぎしっ、と音を立てていく木製ベンチ。
俺とアルダンは肩を寄せ合い、自然と俺は彼女の手の甲に自分の手を重ねてしまう。
もう片手で自分の胸ポケットにしまっている懐中時計を取り出す。
シルバーの色をしており、自分の掌に乗るほどの大きさ。
蓋を開けていくと長針と短針、そしてギリシャ数字で時間が示されている。
短針は既に10時を指しており、地球が滅ぶまでに約9時間以上ある。
このまま2人で肩を寄せ合うのも良いが、それだけで終えてしまうのは些か寂しさもある。
俺はアルダンの髪に手を伸ばして、ゆっくりと優しく撫でながら
「アルダン、絵を描かなくていいのか?」
「…そうでした、トレーナーさんの体温が心地よくて…」
「ははっ、それは嬉しいな」
彼女はゆっくりと体を起こし、そしてテーブルに置いたバスケットに入ったスケッチブックを取り出していく。
俺も彼女に続いて自分の持ってきたバスケットからスケッチブック。
最後の日は彼女と一緒に思い出話をしながら絵を描いていく。
悲しいことに俺はそこまで絵は上手くないが、アルダンの絵はそれはもう見事以外の言葉が出ないほどの上手さ。
例えるなら俺は男子高校生が少し背伸びしてそれっぽいものを模写のように描いたレベルだが、彼女は画伯といって良いほどだ。
画展を開いたら多くの人に愛されるような暖かみのある絵。
俺はアルダンの絵が好きだ。
勿論、彼女が絵を描く姿も好きである。
彼女が絵を描くときに見せる真剣な表情、時折楽しそう笑みを零すその表情。
上手くできないときに少し困ったような表情を見せるそれら全てが好きである。
2人で鉛筆を手に取って、アタリを取り始める。
「トレーナーさんと最後にこうやって一緒に絵をかけるだなんて…嬉しいですね」
「本格的なのを描くと終わらないから…2人で思い浮かんだものをひたすらに描こうか」
「ふふっ、良いですね。クロッキー、というやつですね」
「まぁ…それでも俺はアルダンの絵には敵わないけど…」
「そうですか?私はトレーナーさんの絵は味があって好きですよ」
「…それ、褒めてる?」
「えぇ、最大級の誉め言葉です。本当ですからね?」
そんなことを語り合いながら、2人で横に並び、そして彼女とともにスケッチブックに絵を描いていく。
この絵は誰に見せるわけでもない。
2人の物語を紡ぐ、その挿絵のようなもの。
でもこの物語は2人だけの物語。
これは俺とアルダンの3年間の軌跡。