3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー   作:ポンタ4

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雪空は思っていたよりも暖かい

 12月

 

 あのメジロ家でアルダンの両親を説得してから数週間が経った。担当が現在いないトレーナーとして今は他のトレーナーの手伝いや備品の補充や管理をすることになっている。

 所謂雑務、というやつだ。この時期は最後の追い込み時期である。G1レースも数多くあり、ジュニアからシニア級のウマ娘全員がそのG1レース出場に向けてトレーニングを行っている。そのため、トレーナー達もそのG1の勝利に向けては熱が入っており、既に数少ないチャンスとのことで少しだけ学園内は緊張状態であった。

 

「ええっと…トレーニングで使う機材で破損はないかっと…」

 

 俺はトレーニング用のジムで用紙にどれくらいの数があるのかを記入していた。この広いトレセン学園で備品を見ていくとなるとそれはもう桁違いである。このトレーニングジムだけでなく、プールやレース場で使われるちょっとした借用物も数える必要がある。

 

 人間が使うものであればある程度壊れることも少ないのだが、ウマ娘達の力は人間を凌駕しており、時には力を込めすぎて壊したり、毎日使用されるため耐久性としても既に悪くなりつつある。

 

 故障したものをトレーニングで使用するのはケガに繋がる。そのため、基本はやはり消耗品であり、少なくなっていくのが世の常である。

 

 機材が故障すればそれだけウマ娘にとってはトレーニングが出来ず、もどかしくなってしまう。それに順番待ちが発生し続ければトレーニング内容の調整も崩れることがある。それだけ大変な事ではあるのだが…地球が崩壊するまであと1年とちょっとというのもあり、こういった雑務をする人も少なくなっている。

 

 俺は今アルダンが入院しており、やる事と言えばアルダンのトレーニング内容を考えたり、新しいトレーニングについての論文やそれらを応用したもの。またヤエノに協力してもらいトレーニングの負荷度を確認したりといったぐらいだ。

 

 こんな所でヤエノに協力してもらうのも申し訳ないが、彼女は快く受けてくれるためなんだか申し訳ない。チヨノオーも走れるようになったらアルダンさんのお手伝い兼トレーニングなので構いません、と言っているがある程度自重しなければ。

 

「…多いな…これ今日終わるのかなぁ…」

 

 今日は12月25日、クリスマスである。そして俺は1人で悲しく今年の備品をまとめている。今日中にこの用紙に物品をまとめた後に提出をしないといけない。

 

 更に今日は有馬記念、今年は芦毛の頂点が決まるとかなんとか話を聞いていたが、俺は残念ながら見ることはできない。どうせ誰も居ないのなら携帯にイヤホンを刺してライブ機能で音声だけでも聞こうと思ったが、それをするとレースに熱中する未来が見えている。

 

 仕事にならない可能性が大いに出てくるため見たい気持ちを我慢しながらひたすらに数えていく。

 

「えぇっと…300kgペンチプレス…1点。バーベルが100kgが2点と50kgが4点…」

 

 用紙にかりかり、と音を立てながらボールペンで書いていく。

 

「人間用も数えないと駄目なのか…って当然か…えぇっと…」

 

 俺は倉庫の方へ行きながら、今度は人間用のトレーニング機材を見ていく。トレーナーによってはここでトレーニングをしているのでそれの機材も数える必要がある。大事な学園の物品であるため仕方ない。

 

 俺もトレーニングをしてみようかな、と考えてみるも無理に体を動かして疲れてしまうぐらいなら柔軟程度で良いか、と直ぐに心変わり。

 

「いいなぁ…皆今頃有馬見てるんだろうなぁ…」

 

 確かに担当が居ないトレーナーであるため、暇であるのは間違いないのだがこうやって雑務を任せられるのは少し癪に障る部分もあるが、たづなさんから頼まれている。それに他のトレーナーのお手伝いでアルダン以外のウマ娘のトレーニングを見たりするのは勉強になるし、なによりお礼をされるため余計に断りづらかった。

 

「うーむ…お人好しなのかなぁ…」

 

 時刻は15時45分。もう発走していてもおかしくない時間。そんな悲しみを胸の中で堪えながら俺は今日も仕事に勤しむのだった。

 

 

 

□■□■

 

 

 

「メリークリスマス!アルダンさん!」

「はい、メリークリスマス。チヨノオーさん、ヤエノさん」

 

 今日はクリスマス、私は病室のベッドで座っており、チヨノオーさんとヤエノさんがお見舞い兼ミニクリスマスパーティーとして来て下さりました。

 時刻は19時00分、私は病院食を既に食べ終えており、2人も夕食を食べ終えては此方に来て下さっています。病室にあるテーブルの上に置かれる使い捨ての紙皿とプラスチックのフォークが三つセット。そしてサンタと雪だるまが描かれた赤を基調としたケーキ箱を開けると、中からは三つのショートケーキが出てきました。

 

「ここは一番定番のショートケーキ、クリスマスと言えばこれですよね」

「ふふっ、ありがとうございます。チヨノオーさん、ヤエノさん。何かお返しが必要ですね…」

「いえっ、気にしないでください。私とチヨノオーさん、そしてアルダンさんの三人で食べたくて用意しただけになりますので」

「では…お言葉に甘えてお二人からの優しいクリスマスプレゼントを頂きますね」

 

 ヤエノさんがショートケーキを取り出してはそれぞれの皿に分けていきました。そうして三人で頬張るショートケーキ。生クリームの甘さやイチゴの酸味、それらがとても調和されており、舌鼓を打ちました。

 お二人も嬉しそうに頬を緩ませ、ぱたぱた、と尻尾が揺れているのが見えてしまいます。

 

「おいひいです~」

「ショートケーキにして正解でした。こういった定番もまた乙ですね」

 

 2人が選んで購入してくれたこのショートケーキ。一切れのショートケーキではありますが、私にとってはホールケーキに負けないほど立派なものだと感じてしまいます。

 

「チヨノオーさんはリハビリの方はどうですか?」

「最近調子が良くなってきました!本気の走りではありませんが、それに近い走りもできるようになってきて…もう少しでレースに戻ることも出来そうです」

「ふふっ、それはよかったです」

「アルダンさんも!リハビリ頑張ってくださいね」

 

 チヨノオーさんが笑顔でガッツポーズをしており、彼女のその前向きな性格に私は少し羨ましいと思ってしまいます。

 

「ヤエノさんは?」

「私は…一旦出直しですね。菊花賞では不甲斐ない走りをしてしまいました。この間の鳴尾記念では勝利いたしましたがそれでもまだまだ足りません。もっと精進するために…暫くは力を付けていきます」

「では…次に会う時を楽しみにしていますね」

「えぇ…今度は必ず勝ちます」

 

 クリスマスだというのに私達はレースの話で盛り上がっていました。今日の有馬記念はどうだったのか、来年のシニアに向けてどうしたいのか、最後のレースは何を走りたいのか。

 

 もう来年が最後の勝負の年。泣いても笑っても全てのレースが最後となっていました。だからこそ、私は勿論お二人も絶対に悔いのないレースにしたいと意気込んでいるのが分かります。このお二人が私のご友人で良かった。

 

 私にとってお二人はただの友人ではございません。苦楽を共にし、そしてお互いに競い合える好敵手でもあります。その悔いのないレースにするため、私は脚のリハビリについて急ぎたい気持ちはありました。ですが急いでしまえばまたケガをしてしまう可能性がある。それだけは避けたかった。

 

 さて、そんなことを会話をしていれば既に1時間も経っていました。お二人には寮の門限があるため、さすがにこれ以上お二人を引き留めるわけにはいきませんでした。

 

「もうこんな時間ですね…今日は来て下さりありがとうございました」

「そんなことないですよ。楽しいクリスマスでした!次はもっと色々装飾とかしましょうね!」

「私も十分楽しめました。今日をこの三人で過ごせたことは…本当に良い思い出になります」

 

 2人は椅子から立ち上がり、病室から出ようとするとチヨノオーさんが私の方に振り向きました。

 

「アルダンさんのトレーナーさん…今日来られました?」

「えっ?いえ…来てないですね」

 

 チヨノオーさんから突然の尋ね。私は少しだけ驚きながら彼女に返事をしていきます。

 確かにトレーナーさんは今日クリスマスだというのにLANEなどは来ていませんでした。私は彼から連絡が無いことにもやもや、と言い表せれない気持ちを抱えています。

 

 本心を言ってしまえば私はこのクリスマスという特別な日に彼と一緒に過ごしたい、と思う節はありました。ですが、彼と予定を立てようと思っても実のところトレーナーさんは12月中は殆どお見舞いに来れていませんでした。

 

 私の両親を説得したあとの彼の言葉。12月は忙しくなるためお見舞いに行けるのは少なくなると言っていました。そしてそれは言葉通りにトレーナーさんは来る回数が少なくなり、二週間ほど来ていませんでした。実際にそれより前では1週間に1度だけ来ていますが、減ってはいました。

 

 11月の時は彼は2日に1回訪れてくれては15分程度でしたが私と話してくれ、その時間が私にとっては何よりも楽しい時間でした。この病室では私を癒してくれるものは少なく、することも精々絵を描くか、本を読むかの二択。

 ですが、トレーナーさんとの話はとても楽しく、いつの間にか彼が来てくれるのを楽しみにしている私が居ました。

 

 私とトレーナーさんの過去、趣味、来年したいこと、レース、トレーニングの話、世間を賑わせている話に学園のちょっとした噂。そんな他愛ない会話が私にとってはとても楽しかった。

 だからこそ、12月に彼の来る頻度は減り、そして来たときは疲れているように目の下に隈を作っていました。そんな彼に無理強いをしたくありませんでした。

 

「トレーナーさんも忙しいので…仕方ないですよ」

「むむ…そうですか…それなら…」

 

 そんな時にぴろんっ、と鳴り響くLANEの通知音。送り主の正体を探る様に、少しだけ焦りながらも携帯を取り出して送り主を確認。

 

 通知音の正体はトレーナーさんからでした。

 

 私が自然と表情が緩んでしまいました。あぁ、なんて単純なんでしょうか。チヨノオーさんの方に視線を向けると彼女は私の表情を見てどうやら察してくれたようです。

 

「では、アルダンさん!私とヤエノさんはささっと出ていきますね」

「えっ?でもアルダンさんのトレーナーさんはどうされ─────」

「良いんですよ~、行きますよ、ヤエノさん!」

 

 ヤエノさんの背中を押すようにチヨノオーさんがそそくさと病室から出ていきました。チヨノオーさんのその気遣いが私にとってはとても嬉しく、そして気づいていないヤエノさんが可愛く思えてしまいます。

 

 携帯の画面に視線を落とすとそこには彼から短い文。

 

【今からお見舞いに行っても大丈夫?】

 

 どうやら仕事を終え、そして此方に会いに来てくれる文章。たったその短い文ですが私のもやもやは晴天のように晴れていき、そして暖かくなっていくのを感じました。

 

【問題ありません。待っていますね】

 

 トトトッと携帯の画面に文字を入力していきます。送信、とするとすぐに表示される既読という二文字。あぁ、クリスマスの日に彼と会えることはこんなにも嬉しいのですね。

 トレーナー室で日常の様に会い、そして病室にお見舞いで来る彼。ですが、この()()()()()という日は特別な日。いつものなんでもない日常が、聖夜では美しい一日となります。

 

 チヨノオーさんとヤエノさんが来て下さり、私のクリスマスは楽しいものとなりました。ですが、本心では彼と会えないことに寂しさを感じている私が居ました。

 とはいえ、今から来るとなると彼と会話ができるのは5分もしない程度。きっと明日もトレーナーさんはお仕事でしょう。来てくれるだけで奇跡に近いものでした。だからこそ、彼が来たら何を話そうか頭の中で思案していきます。

 

 レースのこと?

 私の脚のこと?

 それともクリスマスのこと?

 

 彼は有馬記念を見たのでしょうか、彼は仕事をしながら私のトレーニングを考えているのでしょうか、それともクリスマスの日に仕事であることに落胆しているのでしょうか。

 

 そんなことを考えていると自然と体が左右に揺れ、尻尾もぱたぱた、と揺れています。鼻歌も歌ってしまうほど私は舞い上がっていました。トレーナーさんの事についてあれやこれやと考えてしまうだけで上機嫌になってしまいます。

 

 ちらり、と何度も視線は病室の壁にかけられた時計に移ってしまいました。しかし、残酷なことに時間はまだ5分も経っていませんでした。どうして楽しいことが待っているときはこんなにも時間が遅く感じてしまうのでしょうか。

 その時間が遅く感じてしまう事に私は少し不満を感じてしまいます。

 

 彼が覚悟を見せてくださったあの日、あの日からずっと私はトレーナーさんのことを沢山考えていました。それはもう考えない日が無いといっても良いほどです。

 一人で病室で絵を描いてるときには彼と一緒にここに行きたい、この絵を見せたらどう思うのだろうか。こんなお話をしたい、脚が治ったらこういうトレーニングはどうでしょうか。2人で歩きたい、見たい所、どんなこともトレーナーさんと()()に何かを考えてしまいました。

 

 勿論、これはその前から考えていたことではありますが、少しずつトレーナーさんという存在が私の中で大きくなり、彼という存在が私にとってかけがえのない光になりつつありました。

 

 本当であれば、このクリスマスの日には2人でイルミネーションを見に行ったり、それこそパーティーなんてのも良いでしょう。ですが今は療養中であるため、絶対安静。来年のクリスマスこそは、なんて胸の中で唱えてはまた時計を見てしまいます。

 

 時刻は20時5分。やっとトレーナーさんからLANEを受け取り、5分が経ったところ。

 

 

 

 

 

 

 早く…来て欲しいです

 

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

 1人、病室で私は絵を描きながら彼を待つこと更に15分。

 

 こんこん、と扉から聞こえるノック音。其方に視線を動かすと私が長らく待ち望んでいた人の声が聞こえました。

 

「アルダン、入っても大丈夫か?」

「はい、お待ちしていましたよ」

 

  がらら、と音を立てながら入ってくるトレーナーさんの姿。それと車椅子も1つからから、と音を立てて入ってきました。その車椅子の上には茶色の毛布も畳んで置かれていました。

 

「…?トレーナーさん?何故車椅子を?」

「ちょっと曇ってるけど…外で星が見えるからさ。一緒にどうかなって。今日はクリスマスだろ?」

 

 彼からのお誘い。クリスマスという単語だけで私は嬉しくなってしまいました。私はスケッチブックを置いて、脚をベッドの外へと向けていきました。

 

「看護師さんから許可を頂いたのですか?」

「そう、本当はダメだけど今日は特別って」

「…お仕事の方は良いのですか?」

「今日で仕事納めだよ。だから、前の時は5分ぐらいで帰っちゃったけど今日は少し長くいるつもり。……ええっと、アルダンとしては…大丈夫か?」

 

 トレーナーさんが心配そうに眉を下げて聞いてきました。この口ぶりからして彼はきっと勝手に決めたことを申し訳なく思っているのでしょう。ですが、私にとって彼が私の事を考えてくれていたこと、それだけで私は嬉しく思ってしまいます。

 

「ふふっ、構いませんよ」

「よかった…断られたらどうしようかと…」

 

 断りませんよ。貴方からのお誘いであれば私はいつでも付いていきますとも。

 トレーナーさんがベッドの近くに車椅子を置いてくださり、その畳まれた毛布を取り除いてくださりました。そうして体を動かしてゆっくりとそこに座っていきます。脚を上げて、車いすの足置きに私の両足を置いては、彼が毛布を私の上からかけて下さりました。

 

 私は病衣であるため、きっと彼が看護師さんから借りたのでしょう。既に外は暗くなっており、この冬空です。この寒い中流石に薄着の病衣で出てしまえば風邪を引いてしまう。彼が気を利かせて既に用意してくれている、たったそんな事でも嬉しくなってしまう私は簡単な女と思われてしまうでしょうか。

 

 そうして彼に車椅子を押されるようにして病室から出ていきました。病院の廊下は暗くなっており最低限の光のみで廊下を照らされていました。その暗闇の中を2人で歩いていけば、ナースステーションが見え光が付いていました。

 

 その前を通り過ぎるとナースステーションに見えた一人の看護師さん。その人が私たちの姿を見つけると、笑顔で手を振ってくださります。私は車椅子に座りながら手を振り返し、背後のトレーナーさんも一緒に振り返していく。

 

 エレベーターに乗り込んで1階まで降りていけば裏口の方へ。今は外来も全て終わっている時間のため、正面のエントランスは入ってこれないように既に施錠がされています。

 

 裏口の扉を開けると、そこから冷たい風。毛布を肩まで包んでいき、しっかりと防寒をしていきます。

 

「アルダン、上見てごらん」

「冬の大三角形…ですね」

 

 彼に車椅子を押して貰いながら、私は空を見上げる。確かに空は灰色の雲によって覆われている所もありますが、この季節にしか見えない星々が空に輝いていました。

 私たち二人を照らすように月とそしてその三つの星が輝いている。これはどこでも見ることはでき、そしてクリスマスでなくても見ることは可能です。

 

 ですが、この光景はとても美しく、私にとっては大切な宝物。彼から星の王子様のお話を聞いて、星へ想いを馳せることが多くなりました。素敵なお話に意外とどろどろとしたお話、そんな神話達は私の心を躍らせました。

 

 からから、と車椅子の車輪が回る音。裏手にあるベンチまで行くと車椅子をベンチの端に、そして彼はベンチに座っていきました。

 

「うーん…曇ってるから冬のダイヤモンドは見れないね」

「ダイヤモンド…ですか?」

「そう、冬の大三角形であるおおいぬ座にこいぬ座、そしてオリオン座。これらに三つ足したふたご座とぎょしゃ座、おうし座が加わることで冬のダイヤモンドになるんだ」

 

 空を見上げるトレーナーさんの瞳。彼の瞳には小さく煌めている星々の輝きが反射されていました。

 

「これを君と見たくて…ごめん、寒くないかな…?」

「いえ、大丈夫です。このままでも──────くしゅんっ」

 

 トレーナーさんが気遣ってくださり、それに私は答えようと思うもさすがに毛布一枚で外の寒さは防げませんでした。彼がその様子を見ると上着のコートを脱いでいき、私の上からかけてくださります。

 

 先ほどまで彼が来ていたコート。これを上からかけられると彼が先ほどまで着ていた事による体温や、彼自身の匂いがしていきました。直ぐに寒さによる体の震えは止まっていき、ぽかぽかと体だけでなく、私の心自身も暖まるように感じました。

 

「ごめん、配慮が足りなかったね」

「…ありがとうございます。トレーナーさんは…寒くないですか?」

「大丈夫、ちょっと寒いけどこれくらいなら何ともないよ」

 

 トレーナーさんは笑顔で答えて下さりましたが、それでは駄目です。私と貴方は既にお互いに支え合うと誓い合った仲。辛い事も苦しい事があれば支え合う、それはこの寒さだって同じです。

 

「トレーナーさん、私もベンチに座って良いでしょうか?」

「あぁ…いいけど…?」

 

 彼は何をするのだろうか、というように首を傾げて私を見つめていました。彼が手を差し伸べてくれ、その手を掴んではゆっくりとベンチに座っていく。先ほどまで彼が座っている所に私は腰を下ろしたため、木材の冷たさは感じませんでした。

 

 彼は私から半身分横にずれていますが、コートとそして毛布を広げて私は彼を包み込むようにして近づいては、そのまま一緒に包まれていきます。

 

「あ…アルダン…?えぇっと…」

「辛い事も、苦しい事もどんなことも支え合うと誓い合いましたよね。だから…この寒さも2人で暖め合いましょう?」

「…はは、アルダンには敵わないな」

 

 彼は包まれると驚いた表情をし、そして少し頬が赤くなって照れていました。すぐに誤魔化すように照れ笑いを浮かべ、一緒になってベンチの背もたれに体を預けながら空を見上げる。

 毛布の中で彼と触れ合う肩同士。私はもう少し感じたくなってしまい、腰を動かしては更に密着するようにしていきました。

 

 肩から、そしてこの毛布とコートから感じる温度がとても暖かく、もっと長く感じていたいと思ってしまいました。

 

「君とこうやって、そして一緒にクリスマスの日に過ごせて俺は嬉しいよ。…プレゼントがあったら本当は良かったんだろうけど…」

「そんなことはありませんよ。トレーナーさんと一緒に過ごせるだけで私は嬉しいのですから」

 

 本心でした。クリスマスであればきっと素敵な夜景を見ながら、豪華なディナーを嗜み、イルミネーションに心を躍らせるのが一般的でしょう。

 ですが、私にとっては今この瞬間、トレーナーさんと2人きりで空を眺め、彼の温もりに包まれている。それだけで私にとってはとても素敵なプレゼントです。

 

 あぁ、私は欲張りな女ですね。今こうやって彼と肩を寄せ合い、そうして温もりを分け合っている。これだけでも十分なはずなのにもっと温もりが欲しいと思ってしまいます。

 

 人肌恋しい、というのとは別のもの。今こうやってトレーナーさんが隣に居てくれているだけで私にとっては十分な暖かさ。

 

 では、このより欲しがっている温もりはなんでしょうか?

 

 彼の体温ではなく、そしてそれはチヨノオーさんやヤエノさんと会話した時とは違う温もり。

 

 友人としてではなく、もっと深い何か。

 

「アルダン?」

「…は、はいっ?」

「そろそろ戻ろうか、あまり外に居させるのも申し訳ないし…」

 

 トレーナーさんから話しかけられ、私は上手く返事ができませんでした。彼は病室に戻ろうと提案をし、そうして包まれたこの空間から離れようとしていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しゅるり、と尻尾が無意識に彼の腕に巻き付いてしまいました。

 

「あー…その、アルダン…?」

 

 トレーナーさんは困ったように眉を下げて此方を見つめています。私は自分の尻尾が巻き付いていることにどくん、どくん、と心臓の鼓動が早くなっていきます。

 

 こんな時に勝手に動かないで欲しい、という気持ちが心の中で動いています。尻尾はウマ娘の中でも感情が()()()()()()()と言っても良いです。だからこそ今ここで彼に巻き付くべきではありま───────最も…?

 

 最も現れる部分というのであれば、何故私の尻尾は彼に巻き付いたのでしょうか?

 何故私はより温もりを求めているのでしょうか?

 もうこの体温は外の風の冷たさでは凍えないほど暖かいというのに。

 

 この何故に問いかければ問いかけるほど、私の心はより求めてしまう。

 

 視線をトレーナーさんへと向けると、彼は私を見つめたまま。何も言わない彼は私に不思議そうに首を傾げてただ見つめるばかり。

 

 とくんっ、とくんっ、と心臓の鼓動が早くなっていく。レースをしているわけではないのに、トレーニングをしているわけではないのに、私の心臓はより鼓動をし、そしてその鼓動音は強くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 求めていた─────

 

 私を導いてくれる人を

 

 焦がれていた─────

 

 私だけの光を

 

 寄り添いたかった─────

 

 彼という存在に

 

 

 

 

 気づいてしまいました。彼という存在が私の中で最も大きなものとなってしまったことを。

 今まで支え合うということを言っていましたが、それは嘘ではありません。勿論、彼に惹かれていたというのも嘘ではありません。

 

 ですが、今までは一歩引いてはこの心に気づかないように見ないフリをしていました。そう、彼が過去を見ないフリをしていたように、私自身も私自身の心を見ないフリをしていたのです。

 

 このクリスマスという聖夜だからでしょうか。今まで浮き彫りにならなかったトレーナーさんの存在。いえ、()()()()()という職業柄の彼ではなく、1人の()()として私の中で大きくなっていく

 

 彼の走りを見て、両親を説得して、そして彼の過去を聞いて、ここまで来ました。

 

 一度気づいてしまえばもう止まることは無かった。

 既に私の尻尾だけでなく、私は彼の服の裾を掴んでは少しだけ力を込めて引っ張ります。小さな子供が駄々をこねるような形ではありますが、今はこうしてでも彼と離れたくなかった。

 

「…トレーナーさん、私はもう少しトレーナーさんとお話したいです」

「…いいのか?」

「はい、構いません。私がそうして欲しいのです」

 

 私は笑顔で答えていきました。そうして彼はまた毛布に包まれていきました。暖かい、今度は本当の意味で心までも温かくなっていきました。

 

 今まで私は強がっていました。

 

 それは小さい頃から体調が悪く見られないように強がっていたのが原因でしょう。姉様と比較されてもなんでもないように振る舞い、周囲から同情の視線を浴びせられても、何事もないように振る舞っていました。

 

 それが私の心にも蓋をして見ないフリをしていました。そう、トレーナーさんという存在に。

 

 トレーナーさんの前では強がるフリは止めましょう

 なんでもないフリをするのは止めましょう

 彼の前では無邪気な一人の少女、メジロアルダンというただ一人のウマ娘として振る舞いましょう

 

 

 2人で星を見上げていきます。

 空はまだ曇っていましたが、星の輝きはまだ消えていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘です。

 

 本当はもう空を見ていません。

 

 私は彼の前では今だけでも無邪気なメジロアルダンとして傍に居たいのです。

 

 

 

 私の隣にこの空より輝く私だけの星があるのですから

 

 

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