3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー 作:ポンタ4
「アルダン、脚の調子はどうだ?」
「トレーナーさん。まだリハビリ途中ですが少しずつ歩けるようにはなってきました」
3月14日、彼女の骨折は無事に完治をして今日もリハビリを見に来ている。今は病院を退院しており、メジロの保養所で彼女はリハビリ中だ。
この時期はクラシックシーズンも間近となっており、そして春シニアのレースも始まっていく。そしてそれらのレースは全て今回で最後となっているのだ。
そう、文字通り最後のレース。今年のレースは有馬記念を地球最後のレースとしており、その最後に挑もうとしているウマ娘や担当しているトレーナー達の熱量もこれがまぁ、凄いのである。
俺自身も担当しているウマ娘がアルダンのみであるため、この1月~4月まで更にサブトレーナーをして欲しいという依頼が更に降ってきたのである。12月もサブトレーナーをしていたが、あれよあれよと他の雑務も頼まれてしまい、アルダンと過ごす時間も短くなっていたため断っていた。
しかし、アルダンにそのことを話したら
「私に会いに来てくれるのは嬉しいのですが、困っている人が居たらその方のお力になって欲しい」
とのこと。
とはいえ更に少し釘を刺されるように「無理をしないように、それと必ず会いに来て欲しい」とも言われてしまったので、サブトレーナーはしているが、あまり其方に集中しないようにしている。
12月中はアルダンに殆ど会えていなかったため、彼女を寂しがらせてしまったのかもしれない。とはいえ、サブトレーナーを受けたからには手を抜くつもりは毛頭なかった。
しっかりとトレーニング内容を考えるほかに次のレースに向けた相談を本トレーナーをすることもある。ただ、あくまで俺はサブであるため最終決定はその本トレーナーだ。俺はサポートをしているだけ。
しかし、元々やることも無く呆けて終わるだけだったが、こうやってサブトレーナーとして自分の経験値を積めるのはありがたいことだ。これもアルダンと共に歩んだことによる副産物だろう。彼女に感謝をしながら日々を過ごしている。
さて、サブトレーナーとして今は毎日を過ごしており、その仕事を終えた後に俺は毎日のようにこのメジロの保養所へ足を運んでいる。メジロの保養所はメジロ家から近くにあるため、比較的簡単に行くことが可能である。
俺も自分の車を使用してその保養所に訪れてはアルダンの脚のリハビリの見学、そして体の調子やこの保養所にいる主治医と話してリハビリの経過はどうなのかを聞いている。
本来はリハビリは3月後半から開始であったが、脚の完治が思っていたよりも早かったため、3月初めから開始である。
今日は彼女のリハビリを見学しに来ている。トレセン学園は休みであるため、俺はお昼から保養所に訪れては昼食を食べ終えたアルダンと会話をしていた。バッグの中には一つのプレゼントを携えている。
「脚の調子はどうだ?まだ…やっぱり歩くのは厳しいか?」
「そうですね…。リハビリが始まって…丁度二週間でしょうか。何かで体を支えながらであれば歩くことは可能ですが、それでもまだまだですね…」
「焦らなくて大丈夫だからな。主治医の人と話しているけど、アルダンの脚はかなり早い期間で治っているんだ。無理して悪化するより一つ一つ慣れていこう。」
「ありがとうございます。急いでしまえばことを仕損じてしまいますからね」
彼女は保養所内にある個室、そのベッドの上で座るようにして此方を見つめている。俺もそのベッドの近くに備えられていた椅子に座っていた。リハビリの開始は30分後、まだ時間はあった。
「学校の方は大丈夫か?不便とか…」
「大丈夫ですよ。寮に帰れないのは少し寂しいですが、チヨノオーさんやヤエノさんがサポートしてくださりますので大助かりです」
彼女はこの保養所に泊まってリハビリを受けているが、学校では授業もある。その授業を受けるために保養所から学園に向かい、そして授業が全て終われば保養所に帰宅するというサイクルを繰り返している。
アルダンはトレーナー室に行きたいと言っているも、松葉杖で無理に来させてしまうのは申し訳ないため、まずは松葉杖生活が終わってから、という条件を出している。今後のレースに向けた話であればこの保養所でも可能であるため、今はそうしてもらっていた。
「あ…そうだ、アルダン。今日は…これを持ってきたんだ」
がさごそ、と自分のバッグの中身を漁っては1つ物を取り出していく。そこから取り出されるのは白を基調とし、そして薔薇の模様が描かれたもの。それは細長く、片手で持てる程度の大きさ。俺はアルダンにそれを渡していく。
「ハッピーホワイトデー…でいいのかな?」
「えっ…良いのですか?」
「いいよ。俺が渡したいだけだからさ」
本来のホワイトデーであればバレンタインデーのお返しとして渡すことが一般的である。俺は彼女からバレンタインの贈り物を貰っていない。だけど、リハビリを頑張っている彼女にプレゼントをしたかったのだ。
彼女はそれを受け取り、手首を回してはその贈り物の全体像を眺めていく。
「開けても良いですか?」
「あぁ、いいよ」
アルダンは包装されているテープを剥がしていき、綺麗に包装紙を解いていく。その解いた中から出てきたもの茶色でそして筒状の形をしているもの。その筒状の周囲には紐で結ばれ、その筒状の形を保とうとしている。
彼女はその紐を解いていくと、筒状の物体は巻物のように広がっていく。中には鉛筆やペンなど細長い物が入る空間が5つある。
「ロールペンケースっていうんだ。アルダンはほら、絵を描くのが得意だからこういうの…好きかなって思って」
そう、彼女の絵を見たことがあるが上手いという一言で表すのが勿体ないほどだ。アルダンの絵を過去見た事あるが、その描き方はとても繊細であり、俺は彼女の描く絵が好きだった。
ホワイトデーの時に彼女に何を渡そうか迷ったのである。普通のホワイトデーであればお菓子を渡し、そしてそのお菓子の意味に翻弄されていく。何気なく渡したとしても渡された相手からすれば一喜一憂するものだろう。
しかし、お菓子では食べてしまえば終わりなのである。勿論、その意味に思い込めて渡すことは良い事だ。だけど俺は形として残るものを渡したかった。
アルダンのことを考え、そして渡したこのペンケース。絵を描くときにこういった趣向のペンケースがあれば喜ぶのではないかと勝手に俺は考えていた。
アルダンはそのペンケースを眺めては、ゆっくりと掌で撫でていく。
「…気に入らなかったかな?」
「いえ…とても嬉しいのです。トレーナーさんから形あるものとして贈られて、私のことを考えてくれたことが」
慈愛のある瞳でアルダンはそのペンケースを見つめ続け、そして撫で続ける。彼女にとって大切な宝物、その宝物を慈しむように目を細め、そして少し口角を上げているのが見えた。
俺はアルダンが気に入ってくれたことにほっと胸を撫で下ろしていく。彼女はそのペンケースを巻いては筒状にしていき、そしてベッド脇のサイドテーブルに置いていく。
「ありがとうございます、トレーナーさん。大事に使いますね」
「喜んでくれて良かったよ」
2人で笑って過ごすそんな日常。来年の今にはもう全てが滅んでおり、そしてこの日常を楽しむことはできなくなってしまう。だから、俺は彼女とこの
去年の11,12月はサブトレーナーとして奔走しており、彼女との時間を作ることはできなかったが、今年は出来る限り少なくしてアルダンとの時間を優先している。
俺はそれだけ、彼女のことが大切だと思っているからだ。
こんこん、と扉のノック音が聞こえてくる。アルダンはその音の方面に向かっては「どうぞ」と声をかけていくと開かれる扉。そこにはVネックの白い服に紺色のズボンを着た女性の職員が立っていた。
「アルダンお嬢様、リハビリのお時間です」
「もうそんなに経っていたのですか?トレーナーさんとお話していると早く時が過ぎてしまいますね」
俺は立ち上がり、椅子をどけて彼女が立ち上がれるようにスペースを作っていく。アルダンはベッドの傍に立てかけてある松葉杖を手に取り、その松葉杖に体重をかけながら彼女は片足で立ち上がっていく。
たんっ、たんっ、と松葉杖が床を叩く音を響かせながら、俺は背後から付いていく。向かう先はリハビリテーションセンター。彼女専用のリハビリをする場所となっており、俺もそのリハビリを見学している。
「トレーナー様、少々お時間を頂けますでしょうか」
俺はアルダンに続いてその目的の場所に入ろうとすると、彼女の主治医に呼び止められた。アルダンの方に視線を向けていくと、彼女は視線で行って欲しい、と訴えている。俺もそれに反応するように頷いては主治医へと付いていった。
少しすれば俺は診療室へと案内されていく。椅子に座るように促され、主治医と対面になるように座れば俺は尋ねた。
「それで、何か御用ですか?」
一瞬、その刹那ともいえる時間。主治医は視線を下に泳がせ、すぐに此方に向ける。まるで真実を告げることは躊躇っているかのように見えてしまった。
「…率直に申し上げますとお嬢様の脚はかなり厳しいと思ってください」
一度結ばれた唇から開かれた言葉。主治医は此方をしっかりと見据えており、覚悟を確かめるようだった。
「厳しい、とは走る事が厳しいという意味で合っていますか」
「走る事は可能です。ですが、昔ほどの力を出すのはかなり苦労をすると思われます」
昔ほどの力、つまりアルダンにとっては競争という世界に戻る事が難しいという事。主治医は椅子を回転させながら、此方にとある資料を見せてきた。
その資料は彼女の脚のレントゲン写真と現在の状況をまとめたものだった。
「これは?」
「お嬢様の脚の現在です。骨折に関しては良くなっており歩くことに関しても正直な話、驚異的といっても良いです」
「それの何が…?」
「体、というより心の病です」
心の病─────────
「トレーナー様、貴方も一度経験したことがありますでしょう。走ろうとして、そしてその脚が動かなくなったことが」
主治医から聞かされる言葉。俺はもう気持ちとしては走れるのだが、それはアルダンの脚が壊れ、俺自身が影響されてからである。夏合宿の満点の星空。アルダンと誓い合ったあの砂浜で俺は走れなくなったのを思い出した。
「お嬢様はとても強いお方です。そしてそれはリハビリ中にも気迫として出ています。ですが、あれは脚が壊れたことを思い出そうとしないように振る舞っているようにも見えています」
人間は一度何か大きな失敗、痛い事、辛い事があれば無意識的にそれを避けようとしたり、警戒をしようとする。それが大きければ大きいほど、今度は精神病になってもおかしくないほど蝕むものとして壁となる。
それは俺も痛いほど分かっていた。
「お嬢様は過去に怪我をしていますが、今回のは初めての大怪我といっても良いです。そのためそれだけ──────」
「蝕む、と」
「………仰る通りです」
これは実際に起きたものにしか分からない痛みだった。
たとえ家族や友人から
「今はまだ良いでしょう。ですが経験上、この怪我がレースにおいて何かしらでフラッシュバックをすることはあり得ます」
フラッシュバックをし、そして無意識に壊れることを恐れて脚が前に出なくなる。それが主治医の言う本来の力が出せなくなるという意味だった。
「お嬢様は貴方の事を信頼しているのは重々承知しております。ですが、この痛みを取り除けるのはトレーナー様。貴方だけになります」
主治医は此方を見ながら頭を下げていく。
「私達はお嬢様の力になりたい。また走れるのであれば力を貸すことを惜しむことはありません。ですが、どんな声をかけてもきっとお嬢様の蝕みを取ることは難しいでしょう」
ただ、俺は主治医の言葉を聞いていた。それだけアルダンはメジロ家全員から愛され、大事にされている。両親の態度、アルダンのばあやにラモーヌ。皆はアルダンが大事に想っているからこそ行動をしているのだ。
「情けないと思われますでしょう。ですが、こればかりは…こればかりはトレーナー様のお力が必要なのです。どうか…」
「言われなくても、元より力をお貸しするつもりでした。俺は彼女を支えると誓いました。だから…こちらこそ彼女をよろしくお願いします」
俺は頭を下げていく。アルダンが再び走れるようになるにはまずリハビリが必要だった。そのリハビリは専門的な知識を持った人たちの力が必要だ。
そこに至らなければ走ること自体が不可能になってしまう。だからこそ、俺は自分の役割を理解している。
アルダンにとってその蝕みが彼女の脚を捉えるなら、振り払おう。彼女が脚を前に出せなくなるなら隣で寄り添おう。そんなことは既に覚悟を決めていたのだ。
俺は顔を上げていくと、既に主治医の顔が上げられていた。その表情は少しだけ柔らかなものへと変わっていた。俺もつられる様に表情を和らげていく。
「では、アルダンのリハビリを見たいので失礼いたします」
俺は椅子から立ち上がり、扉の引き戸に指を引っかけて開けていく。とんっとんっ、と誰も居ない廊下に自分の足音だけが響いていく。
リハビリセンターに辿り着いては扉を開けるとアルダンは既にリハビリをしていた。俺は邪魔にならないように部屋の隅に置いてある椅子に座っていく。
アルダンは両隣に立ててある、手の置き場に両手を置いて、一歩一歩踏み進めていく。隣で理学療法士の人がいつでも支えられるように見ていた。
彼女の額からは汗が垂れており、唇を噛みしめては倒れないように右足を前に出している。足元を見て、ふらつくその姿。両腕に力が籠っており、必死にそしてただひたすらに倒れてしまわないように脚を前へと出している。
その姿は過去の自分と重なってしまった。過去俺が脚を壊し、そしてリハビリしていたあの時の姿。ずくり、と右足が痛むような気がした。
アルダンのリハビリを見ていると確かにそれは無理をしているようにも見えた。過去の事を思い出さないように、怪我のことを考えないようにしている。
だからこそ、俺は彼女を支えなければいけない。彼女と同じ大きな怪我を負った境遇の人間として、そして彼女のトレーナーとして。彼女が過去に不安を抱いているのであれば俺は彼女を導こう。
アルダンは最後まで歩き終えると、その場で立っては制止し、肩で息をしていた。当然のことだ。長い間人間は一切その筋肉を使わないでいると衰えてしまい、そして元に戻すまで時間がかかる。
ただ
アルダンは今度は背中を向けて戻るようにして脚を踏み出していく。俺はそれをただ眺めている。声をかけて応援したい気持ちもある、しかし、それは時には残酷な言葉として刺さってしまう。彼女自身はあの時のように走れるようになりたい、その走れるようになることを頑張るのではなく、ただ
だからこそ、彼女の頑張る姿を見ては俺は声を掛けたくなる気持ちを抑えていた。声をかけるのは彼女のリハビリが終わった時にしよう。
アルダンが先ほどの場所まで戻っていく。その足取りはやはりふらついており、此方に向きなおしては彼女はまた一歩歩き出そうとするが、近くにいたスタッフが手を前に出して止めに入る。
「一旦休憩を、お嬢様」
「いいの…やらせてください。今日はトレーナーさんも来ていますし…それに…」
アルダンは視線を此方に向けた後、小さく微笑みを見せていく。
「今日は素敵な日だからこそ頑張りたいの」
彼女に気負わせてしまっているのは俺のせいなのだろう。俺は椅子から立ち上がり、アルダンの隣に立っては
「スタッフさんの言う通り、一旦休憩しよう。君が頑張ってくれるのは嬉しいけど…無理はしてほしくないから」
「…分かりました」
少しだけ視線を下に泳がせては彼女は片足立ちとなり、松葉杖に手を伸ばしては椅子に向かって飛ぶように歩いていく。一緒に隣同士で彼女と座っていき、彼女を眺めていく。
アルダンの表情は何処か焦っているようにも見えてしまった。彼女はしきりに視線を下や左右に動かしており、珍しく落ち着きがない。
「アルダン…?」
「は、はい。メジロアルダンですよ…?」
「……やっぱり焦ってる?」
その声をかけると彼女は少しだけ瞳を大きく開かせている。だけどすぐに何事も無さそうに笑みを浮かべては俺を心配させないように彼女は振る舞っていた。
「大丈夫ですよ、トレーナーさん。私は焦ってなんかいませんから」
「一緒に抱えるって、支え合うって誓ったんだから、教えて欲しい」
「……もう、それはずるいですよ?」
彼女は困ったように眉を下げては、また視線を下に向けてしまった。彼女に辛い事、苦しい事があったら支えると誓い合ったのだ。だからこそ、彼女が笑顔を浮かべて隠しているのに俺は胸を締め付けられてしまう。
優しすぎるのだ、アルダンは。周囲から心配されないように、そして悟られないように彼女は笑顔を浮かべてしまう。まだ彼女はその無意識に自分を取り繕ってしまっている。
「…本音を言えば少しだけですが焦っています」
「それは…ラモーヌが原因なのか?」
彼女が目指すべき、超えたいと思っている偉大な姉の威光。それはまだ彼女を蝕んでしまっているのだろうか。前屈みになり、彼女の視線を覗くようにして見つめていく。
アルダンと視線が合えば、彼女は少しだけ微笑んだ。
「違う、といえば嘘になりますがそうではありません」
「じゃあ…?」
「早く走りたくて…羨ましいのです。ヤエノさんにチヨノオーさんが走れていることが。ふふっ、トレーナーさんのせいですよ?こんなにも走りたくて堪らないって思うのは」
気負わせてはいるが、むしろ彼女はこのリハビリすらも楽しんでいるように見えてしまった。アルダンはどこまでも気高いのだ。誰よりも負けず嫌いで、誰よりも輝きたい。だからこそ、俺は彼女を支えたいと思ってしまう。
「なら、ちゃんと責任を取ってアルダンの脚が治ったあとのメニューを考えないとな」
「楽しみにしていますね、トレーナーさん」
そう告げては彼女は椅子から立ち上がり、先程歩くリハビリをしていた所に戻っていく。
彼女は一歩ずつ、だけどその一歩は誰よりも大きく脚を開いて進もうとしている。少しでも皆に追いつくために。少しでも輝くために。
すこしでも多く走れるように────────
**
「…沢山描かれましたね?トレーナーさん」
「それだけ君との思い出はとても色濃かったんだよ」
時刻午後4時。
既にアルダンは俺の膝から頭をどけており、その代わりに肩に寄り添うようにして俺の絵を覗いていた。俺はスケッチブックに線を引いて、まるで漫画のコマ割りのように分けており、そこに三つの簡単な絵を描いた。
1つ、両親の説得。
2つ、彼女と見た星空。
3つ、リハビリしているアルダン。
俺にとってはどれも大切なものだった。このシニア級になってから特にアルダンと過ごす時間も多くなったと思う。
彼女という存在はそれだけ俺にとってとても大きく、かけがえのないものになっていたのだ。
このシニア級を迎えてから、俺とアルダンは何処かへ出かけることが増えていった。クラシックの時もしていたのだが、どちらかというとメジロ家に呼ばれてはお茶会に参加したり、それこそ買い物に出かけたりが多かった。
だけど、シニア級になってからは2人でただ散歩をしにいき、そこで偶然起きた事柄に心を躍らせ、そして2人の時間をとても大切にしていた。
メジロアルダンという存在は俺の中でそれだけ大きく、そして俺の人生に輝きと彩りを与えてくれたのだ。だからこそ、俺は彼女を大切にしたいと、彼女と寄り添いたいと少しずつ惹かれてしまった。
いや、実際の所はもっと早いうちに惹かれていたのかもしれない。もしかしたら惚れっぽいのかもしれないな、なんて鼻で笑ってしまえばアルダンが肩に乗せた頭を動かして
「なんだか嬉しそうですね」
と声をかけてくる。
「嬉しそう?」
「はい、とても。だって笑っているんですから。口元、上がっていますよ?」
アルダンの言葉から俺は自分の手を口元に持っていく。確かに彼女の言う通り口角は上がっており、これでは笑顔を浮かべている。
なるほど、俺は彼女に惚れてしまったことがそれだけ心躍らせるものだったのだろう。そしてそれが表情に出てしまうほど、より嬉しいものだったということだ。
アルダンの方に視線を向けていく。彼女は肩に顔を乗せているため、自然とその距離は近い。お互いの瞳を見つめ合うような距離。
「アルダン」
彼女の名前を何度呼んだのだろうか。
アルダン、という単語。固有名詞。
彼女という存在を証明たりうる名前。
「はい、トレーナーさん」
彼女が此方を見つめ返しては笑顔を浮かべてくれた。それに釣られるように自然と頬が緩んでしまう。
木々から差す光は太陽の白い光から、淡い橙色へ変え始めている。光は2人を照らしていき、包み込んでいくようだった。
昼に感じた暑さではなく、それは2人を暖めていく光。
俺はアルダンの手に自分の手を近づけてはそっと、彼女の手の甲から重ねていく。彼女はそれに反応するかのように、手を反転させては掌同士が重なっていく。
「これでは絵を描けませんね、トレーナーさん」
「確かにな…」
アルダンは困ったように微笑んでいるが、俺も彼女も手を離すことなく、ただこの温もりを享受している。
ずっと絵を描いていたのだ。少しだけ彼女と休憩をしよう。
たとえ描くのを今止めたとしても直ぐに地球が滅ぶわけではないのだから。
今はただ、この暖かな全てに身を任せたい