3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー 作:ポンタ4
夏の暑さは無くなり、残暑も既に鳴りを潜め始めたこの時期。
アイルランドトロフィー。メジロラモーヌが出走するエリザベス女王杯の前哨戦に選ばれるレースであり、今日メジロアルダンが出走する。
控え室で彼女は体操服に着替えており、椅子に座りながら脚の柔軟体操を進めていた。俺は携帯で今日のレースのライブ放送を見ていく。
【本日の注目ウマ娘はなんといってもメジロアルダンでしょう。菊花賞以来の走りとなりますので、どのような走りをするのかが楽しみですね】
ライブ放送で1人の年配の男性が応えていく。二冠を取ったウマ娘として、そして怪我から立ち直ったウマ娘として注目されていた。
【やはり、メジロアルダンが今回のレースに出場するのはエリザベス女王杯を見据えてでしょうか?】
【そうでしょうね。姉であるメジロラモーヌがエリザベス女王杯に出走登録をしています。姉妹対決に向けた前哨戦としても今回はメジロアルダンも力が入っていることでしょう】
一か月後のエリザベス女王杯。ここでラモーヌが出走するのだ。ラモーヌから宣戦布告されたあの日に備えて今日までトレーニングをアルダンはしてきた。
それはラモーヌを超える輝きを目指すというだけではない。彼女自身の輝きを、今を見つけるために走るのだ。
アルダンの方に視線を動かしていく。彼女はしっかりと柔軟を繰り返しており、脚を大きく開いては体を前に倒してそのまま地面に付いてしまうほどの柔らかさ。
「アルダン、体の調子はどうだ?」
「とても良いですね。むしろ久々のレースで興奮が抑えられない私がいます」
ぐっ、ぐっ、と体を何度も捻りながら視線は此方を向けて微笑んでくる彼女。レースにおける緊張感はどうやら無さそうで、その緊張はむしろ高揚と言っても良いだろう。
アルダンがリハビリをしていた時の主治医の言葉を思い出す。
心の病。
一番心配なのがそれだった。彼女の脚は夏合宿後に検査としてレントゲンを撮ったが、既に骨に関しては異状なく治っていた。トレセン学園でも芝のコースで走って貰ったが、彼女は特に怯むことなく走り切っている。
もしかしたら杞憂なのかもしれない。それとも本番のレースではないから走れたのかもしれない。だけど、それは実際のこのレースで彼女が走る事で初めてわかる事。
実際のレースと練習におけるレースではまた違うのだ。もしも、があるかもしれない。だからこの前哨戦でもあるアイルランドトロフィーを選択したのだ。
アルダンは柔軟を終えてはゆっくりと立ち上がる。ふぅ、と1つ大きな息を吐いており、その表情には闘志と小さな緊張が混じっていた。
「アルダン、今日のレースの目的を改めて振り返ろうか」
「はい、お願いいたします」
控え室にある木製の机に資料を並べ、2人で対面になるようにその資料に視線を落としていく。
「まずは走法が実際のレースでどれだけ上手く出せるのか、だ」
「はい。ヤエノさんやチヨノオーさんにも協力して頂きましたが…本番で出来るかどうか、ですね」
夏合宿を終えた後に俺は2人に協力してほしい旨を伝えたのだ。2人ともアルダンの力になれるのであれば、ということでその1週間後に芝のコースで3人での並走をして貰った。
その時は軽く流す程度ということで走って貰ったが、実際にアルダンの走りを見た2人はかなり驚いていた。
今までは重戦車のように、脚を地面に叩きつけては無理矢理前に出るような走りだった彼女。それが今では飛ぶように走っており、そして特定の瞬間では重戦車のように脚を一気に使うのだ。
柔よく剛を制す
剛よく柔を断つ
それ即ち、柔剛一体となる
柔軟な力と全てを押し通す力、どちらか一方だけでは必ず限界が来るだろう。だけど、これらをバランスよく使うことが出来るのであれば唯一無二の力となる。
しかし、これは見た目以上に難しく、このバランスを保てるのは殆どいない。
だけどアルダンは全うしたのだ。リハビリ中にも上半身のトレーニングを欠かさず、そして理論を持って走りをしてくれている。
確かにこの走法は俺が考え、彼女に提案をしたものだ。だけどこれを自分様に噛み砕いたのはアルダン自身。彼女が自分で理解をしなければここまでモノにすることは出来なかった。
改めてアルダンという存在に羨ましいと思ってしまった。
「それと…このレースではエリザベス女王杯の前哨戦だ。要は本番でも近い距離になるから、実際に脚をどう使ってレースを運ぶかになるな」
「そうですね…このレースで上手くいかなければ姉様どころの話ではありませんからね」
ラモーヌという存在に追いつくのであれば、このレースが一番大事なのだ。ここで勝てなければ、今までの努力は全て水の泡となる。
だからこそ、此処に至るまでに俺は出来る限りのトレーニングプランを考えてきた。
「メジロアルダンさん、準備をお願い致します」
扉の向こうから声が聞こえてくる。彼女の出番だ。
「行きましょう、トレーナーさん」
彼女に言葉をかけられ、俺は頷いて彼女に続くようにして控え室から出ていく。
長い長い通路、ここを抜ければあとはパドックでお披露目をするだけになる。
2人で並ぶようにしてこの長い通路から差し込む光を見つめる。彼女がゆっくりと歩いてはその光へと向かい始めていく。
数歩、脚を動かした後に此方を振り向いては、彼女は自分の胸元に手を当て、そして深呼吸をしていく。
「トレーナーさん、貴方が憧れた私の走りを見ててください。またこの世界に戻れたことに感謝を捧げます」
アルダンは両手を重ね、その手を腹部に添えては会釈をしていく。
「それは俺もだよ。アルダン、君がここまでリハビリも走りもトレーニングも…全て君が頑張ったから来れたんだ。俺はその手伝いをしただけに過ぎないよ」
「…トレーナーさんは…あの時もそうでしたね」
「あの時?」
「菊花賞の時もトレーナーさんは謙遜されていました。するべきことをした、と」
「それが俺の役割だからね」
レースにおいて主役はいつだってウマ娘である。その主役を引き立たせるためにトレーナーという存在が居る。だけどこのトレーナーという存在が際立つことは良くないのだ。
主役は走っている彼女達、ウマ娘。俺はアルダンを輝かせるためであればいくらでも脇役に徹するつもりだ。
彼女の言う謙遜という言葉は正直な所違うと思った。そう思ったからそうしたのだ。これを謙遜と呼ばれるのは何だか歯がゆかった。
「私はそうは思いません」
「それは…どうして?」
彼女の言葉が分からなかった。俺は首を傾げていると彼女は一歩近づいてきた。
「トレーナーさんは私の脚が壊れた時に契約解除という手も取ることは可能でした。でも、それをしなかったのは何故ですか?」
「何故って…アルダンの事には…走る楽しさを思い出して欲しかったからだ」
そう、彼女をまたこの世界に連れだしたのは紛れもなく自分だ。彼女自身に走る事の楽しさ、それを何より大事にして欲しかった。
ラモーヌという憧れを目指すのは悪いわけではない。だけどそれ以上に彼女自身を大切にして欲しかった。
「だから…俺はするべきことをしただけって思ってるんだ」
「それが凄い事なんですよ、トレーナーさん」
「…そうかな?」
「そうです。そうでなければ私は納得いきません」
また一歩、彼女は近づいてきた。
「だから自分をそんなに卑下なさらないでください。トレーナーさんが導いてくださった私のことを、トレーナーさんは誇って欲しいのです」
「誇る…」
「謙遜のしすぎは…時に人を傷つけるんですよ?そこまで謙遜されてしまうと…私も凄くないことになってしまいます」
「そんなことは…っ!」
違う。
彼女は誰よりも努力家だ。努力をしてここまで戻ってきた。二冠を取れたのも、故障して帰ってきたのも全て彼女が頑張ったからだ。
「もし違うとおっしゃるなら…トレーナーさんがしてきた事を誇ってください。それが私にとっては嬉しい事になります」
「…そうなのか?」
「はい」
彼女は頬を緩ませて応えていく。
誇る事。アルダンをここまで導いたことを、寄り添ってきたことを。それが彼女にとって嬉しい事になる。
そうか、俺は無意識に彼女を傷つけていたのだ。自分が凄くないと言えば、それは必然的に彼女にも付きまとってしまう。そこまで考えが至らなかった自分に辟易してしまった。
俺は彼女と視線を合わせることが出来ず、下に向けながら言葉を告げていく。
「…ごめん」
「謝らないでください。気づいて下さっただけでも嬉しいですから」
彼女のこの優しさが少しだけ俺には辛い物だった。いっそのこと罵倒してくれた方が心は楽だったろうに。
だけどそんな思いを無視するように彼女は俺の前に立ち、そしてアルダンは俺の手を掴んでは胸元で包み込んでいく。
彼女の掌は暖かく、そして熱を持っていた。だけどその熱は彼女を蝕むものではなく、むしろ燃え上がるような闘志に感じた。
「私を見てください。ここまで私を導いて下さった事を誇ってください。そうでなければ今までの道のりはちっぽけになってしまいますから」
「…君には救われてばかりだね」
「そんなことありませんよ」
アルダンはゆっくりと手を放していく。彼女は少しだけ離れては、そのまま背中を向けて通路を歩きだしていく。彼女の背中が少しだけ頼もしく見えてしまった。
「私もトレーナーさんに沢山救われました。だから、救ってくださった私の走りを見ててください」
彼女が首を動かしては笑顔を浮かべている。屈託のない笑顔。
それがこの通路から差し込む光に当てられ、とても眩しかった。
□■□■
パドックに脚を踏み入れていけば聞こえてくる歓声。その中には私の名前を呼ぶ声も聞こえてきました。しかし、その歓声の中には私を心配するような声も同時に聞こえてきました。
「本当にあの子走るのか?菊花賞の時…」
「だよな…。しかも久々なのが…」
やはりこうやって心配されるのが普通なのでしょう。ですが、私には関係ありません。
心配をして下さるのは嬉しい事でしたが、私はトレーナーさんと脚の事、そしてレースの事を考えて今回走ることを決めました。
私はパドックで観客席に体を向けていき、そしてゆっくりとお辞儀をしていきます。その姿に歓声が上がっていき、その歓声を一身に受けていく。顔を上げてはトレーナー専用の観覧席に視線を向けていく。
既にそこには私のトレーナーさんが立って此方を眺めていました。そうして視線が合えば、彼が控えめに手を振ってきます。本当は手を振り返したい所ですが、ここは勝負の場。
私は頷きだけを返していきました。
そうしてパドックからゲートの方へと向かっていき、中へと入って準備を整えていく。背後からガシャン、と金属音が立ちながら閉められていき、静かな時間。
【各ウマ娘、ゲート入りが完了いたしました】
合図がかかるまでのこの時間。歓声が聞こえなくなり、風の音と自分の息遣い。そして高鳴る心臓の音だけが全てを支配していました。
大丈夫、きっとうまく走れる、そう何度も自分の胸の中で魔法のように唱えていく。
一度だけ目を瞑り、深呼吸。目を開けた瞬間に───────ゲートは開いた。
【スタートしました!各ウマ娘好調な走り出しとなりました。注目ウマ娘であるメジロアルダン前方に位置していきます。1番前にはオオトリーン、2番手はアドガラス、3番手にメジロアルダンとなっています】
まずは脚の力を使い、前の方に配置をしていく。その状態で走り、今度は力を温存しながら脚を何度も跳ねさせるように地面を叩いていく。好調な走り出し。脚の違和感もなく、本番でもしっかり走る事が出来たのが嬉しくなってしまう。
あぁ、私はこのターフの上で走るのが好きなんだと、心からそう思ってしまう。芝を蹴り上げるこの感触、そして本番でしか味わえない緊張感と息遣い。まるで姉様みたいですね、なんて思ってしまいました。
【向こう正面を通り、600mを通過しました。最前列から最後方までは10バ身ほどでしょうか。外目4番手にはシローマック、5番手はサクノデュール。少々離れて6番手アトリナドナがここに位置しています。】
このレースは1800m・皐月賞や日本ダービーよりも短い距離ではありますが、大きな支障はありません。少しずつコーナーを体を傾けて曲がり始めていく。私は内側に位置しており、この最終コーナーを曲がり切った瞬間が勝負の時。
今焦っては駄目、ここで焦ってしまえば今まで溜めた力は無に帰してしまう。コーナーを曲がりながら視線を横に動かして、いつのタイミングで出るかを伺っていく。
【さぁ、最終コーナーを曲がってはブラックディーブが上がってくる!メジロアルダンはまだ上がってこない!後続は続々と上がり始めている!】
脚が前に出ません。地面を強く叩こうと脚に力を入れようとすると、その瞬間に鎖が繋がったかのような鈍さ。
少しずつ私は出遅れ始めています。
このままではまた負けてしまう。
何故脚が出ないのか、それが直ぐに分かってしまいました。
心の病。私の脚が砕けたあの時の音、感触、全てが脳裏に過ぎり始めてしまう。
苦しい。視界が狭くなり、まるで誰かに目隠しをされるかのように暗くなっていき、既に私の見えているのは小さな点だけになっていました。
息苦しい。私の呼吸が浅くなり、脚だけではなく首元にまでその鎖が伸びてはじわじわと締め付けてくる。
【直線に入りました!メジロアルダンは少しずつ後方へ下がってしまっている!アトリナドナが先頭!外からはサクノデュールも上がってきた!】
動いて。動かないと姉様に顔向けができない。
私は今走ってるこの時、どんな顔をしているの…?
走るのは楽しい事。でも、これは今は苦しいだけ。私はレースに戻ってきてはいけなかったの?一度でも壊れたものは戻る事すら許されないの?
これではまるで───────トレーナーさんと─────
「─────ダン!」
観客席から聞こえてくる声。顔を其方に少しだけ向けていくとまた聞こえる彼の声。
「アルダン!!」
彼が観客席の柵を両手で強く握りしめて大きく口を開けては私の名前を呼ぶ声が聞こえました。他の観客からも呼ぶ声は聞こえますが、彼の声だけははっきりと聞こえてきました。
そうです、トレーナーさんも私と同じく脚を壊したもの。だけどその壊れた脚で私を救い、走る事が好きだと気づかせてくれた張本人。
姉様と走り、そして辛い状況でも彼は笑顔でした。
今、私はどんな表情をしているの?
苦しい?
辛い?
それとも──────楽しい?
息の切れる音、口から息を吸おうとすれば苦しく、その息を吐き出せば肺の中から全て吐き出されるような感覚。
脚の壊れる感触、音、あの時の悲鳴、それら全てが思い出されてしまう。
ですがそれら全ては彼の声によって少しずつ薄れていきました。
いえ、違います。薄れたわけではありません。これは私が超えるべき過去なのです。私のこの脚はまだ去年の菊花賞でずっと止まったまま。
ここからが私にとっての始まり。トレーナーさんはこの続きまで導いてくれた。だからこそ、この続きは私の脚で歩まなければなりません。
走れ
走れっ!
走れっ!!
恐れるな!この脚はもう壊れることはない!彼と歩みだしたこの走りであればきっと、いえ、絶対に勝てる!
思い出しなさい、メジロアルダン!私は走る事で輝きを求めていた。だけど、それだけではない。あの病室で眺めていた光景、光り輝いていた彼女達の笑顔を!
苦しいと思うのは当然です。その苦しさでさえも全て楽しい、と思いなさい。
そうすればきっと───────!
どんっ!!
【メジロアルダン!!メジロアルダンが上がってきた!!とんでもない力強さで上がっている!まるで重戦車です!!全ての力を解放して一気に上り詰めてきています!!】
一度脚を踏み出せばもう彼女に追いつくものはいなかった。その踏み出した脚は彼女を縛っていた枷を千切り、全てを追い越すほどの力強く、そして早かった。
【残り200m!!メジロアルダン先頭!メジロアルダン先頭!後続は追いつけない!メジロアルダンが全てを置き去りにしていく!!】
脚に羽が生えたようでした。一度恐怖で進めなかったそれは痕も残らないほどに消え去っており、私の視界は鮮明に、全て緑のターフだけが映っています。
先ほどまで感じていた恐怖、それは勿論あります。だけどそれすらも全て追い越すように、私は前へ前へと脚を走り出していく。
私の耳には自分が脚を踏み出す音、風を切る音、そして私の息遣いだけが聞こえていました。背後にいるウマ娘達がどうなっているのか、歓声がどう聞こえているのか、それら全てが耳に入っておらず、私はただ走る事に集中していました。
その中で唯一分かること。
それは私の口角が上がっている事でした。
【メジロアルダン1着!メジロアルダンが1着です!とんでもない復活劇を見せました!菊の舞台で砕けた彼女のガラスは今!我々の前でダイヤモンドとして輝きを放っています!!】
ゴール板を通り過ぎたと同時に観客席から凄まじい声が聞こえました。それら全てが私の名前を呼んでおり、またこの世界へと戻ってきたことを実感してしまう。
高揚感。ただそれだけが私の身体を包み込んでおり、この歓声と走り切った疲労が全て気持ちよかった。
ゆっくりと脚の力を抜いていく。少しずつ脚のスピードは落ちていき、そうしてターフを脚で踏み分ける音が聞こえてきました。
勝ったのですね、私は。
掲示板を見れば自分の番号が1番上に表示されていました。
「すぅ…はぁ…」
自分の胸元に手を添えて大きく深呼吸を繰り返していく。この呼吸を繰り返すたびに自分の中で勝った、という実感が更に湧いてきます。もう片手を強く強く握りしめて、何度も何度も空中で叩きつけるように手を動かし、勝利、という二文字を更に享受していく。
「勝った…!勝ったんだ!私…っ!」
唇を強く噛みしめ、顔を上げては観客席の前まで歩いていく。多くの人が私の姿を見ている。私はその前に立てば、1つ、頭を下げて会釈をしていきました。
その瞬間に沸き立つ歓声。ゆっくりと顔を上げていけば、私を見ている人は皆笑顔で手を振っており、私はそれらに手を振り返していきました。
アイルランドトロフィー、姉様との勝負に挑むために選んだ前哨戦。私にとってこれだけの力が出せたこと、そして心の病を断ち切れたことが何よりの収穫でした。
特に心の病を断ち切らせてくれた彼の声、それが私の一番の力となったことも事実。
関係者通路へ戻っていけば、そこには既にトレーナーさんが待っていました。私が戻ってきたことを見つけると彼は手を挙げて
「おめでとう!アルダン!凄かったよ!」
と歩きながら近づいて来ました。
「ありがとうございます、トレーナーさん」
私は頭を下げて、トレーナーさんへ挨拶をしていく。
「君は本当に凄いよ…本当に…」
「ふふっ、そこまで褒められると少し照れてしまいますよ」
トレーナーさんは腕を組みながら、何度も頷いては感慨深そうにしていました。勝てたことは嬉しい。ですが、喜ぶのはここまで。
勝って兜の緒を締めよ。次なる相手は姉様であり、今日の走りでは勝てないことは明白。
次なるトレーニングに向けて練習したい気持ちで一杯になっていました。
「……アルダン?」
「はい?どうされました?」
「もしかして…練習したいとか思ってる?」
ぎくり、私の心の声が読まれたかと思い、少しだけ視線を逸らしてしまいます。それを見た彼は困ったように眉を下げていき
「駄目だよ。ちゃんと休まないと」
「分かってるんです…でも、今日ここまで走れたことがとても気持ちよくて。それに姉様も待っていますから」
「だからこそだよ。ラモーヌに勝つためにはしっかり体調を整えないと。俺も既にエリザベス女王杯に向けたトレーニングは考えているから」
トレーナーさんから次なるトレーニングを考えていることを聞けば少し頬が緩んでしまいます。ここまで自分の身体が高揚しているのは去年の日本ダービー以来でした。
これからはウィニングライブ、そのこの熱に身を任せるのも良いですがそれはまだ取っておきましょう。この熱に酔うのは姉様と走った後です。
次のレースが待ち遠しいとここまで思ってしまうのは初めての事でした。