3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー   作:ポンタ4

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偉大なる姉へ恩返しを

 11月中旬

 エリザベス女王杯を迎え、既に控え室で俺とアルダンは待機していた。

 

 宣言通り偉大な姉のラモーヌはこのレースに出走を決めており、そして姉妹対決を見ようと多くの観客がこのレース場に詰め掛けていた。

 史上初のトリプルティアラ対クラシック二冠のダイヤモンド。それが今回のレースで宣言されている内容だった。

 

 控え室のテーブルの上、そこに彼女の姉であるラモーヌとそして他のウマ娘についてまとめた資料を広げていく。

 

「さて…ついにだな、アルダン」

「ついにですね、トレーナーさん」

 

 2人でその資料を向き合い、ラモーヌの資料を引き寄せていく。

 

「一番の強敵は彼女、ラモーヌだ。勿論、他にも有力ウマ娘はいるけど…まずは彼女について見ていこうか」

「そうですね…」

 

 2人でラモーヌについての資料とそしてタブレットを操作して彼女のレース映像を流していく。その映像は彼女がトリプルティアラを取った時、秋華賞の映像を流していく。彼女は笑顔を浮かべており、そしてその走りは全てを置き去りすると言っても良いほどの圧巻さ。

 そしてレースが終われば彼女は汗だくになっているも、笑顔を浮かべており、それは見ているものの心を晴れやかにさせるほど清々しいものだった。

 

「今見てるのは秋華賞の時のものだ。さすがラモーヌとしか言えないな」

「はい、姉様の走りは実際に見たことはありますが、全てを飲み込んでしまうと言っても過言ではありませんね」

 

 そして秋華賞を最後に彼女は一旦レースを離れることになるのだ。これ以降のレース記録は残っておらず、彼女が走りを表明したのも実に数年ぶりの話である。果たして全盛期の力が残っているのかは不明なのだ。

 

 ラモーヌの脚質はアルダンと同じ先行であり、レースの時は二人並んで走る事になるだろう。

 特に目を引くのは最終コーナーに差し掛かった時の更なる加速である。逃げや先行が最終コーナーで脚を伸ばしてはそこから伸びることはあるが、彼女のその伸びは通常の比ではないのだ。

 

 差しや追い込みといったウマ娘達の上がりを全て無に返してしまうほど、嘲笑うか程の強さ。

 それがメジロラモーヌという魔性だった。

 

「秋華賞以降はラモーヌは走っていない。今の実力は測れないが、もし今と変わらない…いや、それ以上であれば脚の使いどころがより重要になると思う」

「最後の脚の力をどこで使うか、ですね」

「あぁ。彼女は最終コーナーで一気に脚を伸ばしてくる。それに付いていきたい所だが、もしついていけばバテるかもしれない」

 

 本来の走法であれば最終コーナーで徐々に脚の力を使い、そして最後の直線で一気に開放するのが良いだろう。だが、そこで無理に行ってしまえば掛かってしまい、最後の最後でスタミナ切れを起こす恐れがある。

 そうなってしまえばラモーヌの思う壺なのだ。競り合ってしまえば彼女のスピードに付いていくことができても、スタミナが切れてしまう。競り合わなければ離されていき、追いつくことは不可能となる。

 

「では…勝つのは不可能…と?」

「…スリップストリームって知ってるか?」

「はい、車などで前に走らせて空気抵抗を少なくするものですよね?」

「さすがだな、アルダン。この間見た論文でウマ娘にも同様の現象が発生するっていうのがあったんだ。これを利用するんだ」

 

 タブレットの画面を操作してレース場を表示させていく。そのレース状には丸いコマを二つ表示させては、1つには【ア】と書かれ、もう一つには【ラ】と書かれている。

 このコマを操作し、最初のコーナーで【ラ】が前方、【ア】が1バ身後ろに配置しては俺は説明を続ける。

 

「脚の力は使うけど全て使ってしまえば最後の直線で勝つのは不可能だ。だからこそ────」

「最初のコーナーで姉様の背後に付いていく、と」

「その通り。そして残り400mを超えた所で一気に力を使って徐々に前に出ていくんだ」

「なるほど…これであれば確かに脚の力を残したまま、スタミナもある程度温存できる、と」

「…あくまで理想論だけどね」

 

 少しだけ苦笑い。まともに走り合えば今のアルダンであれば良い勝負ができるだろう。だが、良い勝負なだけではラモーヌへの恩返しができないと俺は思った。

 出来るだけの作戦を考え、そしてその作戦を提示していく。これが俺が出来る彼女を勝利に導くためのプランなのだ。

 

 しかし、この作戦は苦肉の策でもある。他の作戦は思いついたが、どれもアルダンが最後の勝負に出る前にスタミナが尽きて失速してしまう。

 これでは彼女自身の走りが出来るはずもない。ならば、彼女の光を利用する形にはなるがこのプランが最善だと俺は思った。だが走るのはアルダン自身である。彼女自身が他の方法を考えているのであれば、彼女自身が俺のプランに対して拒絶を示すのであればそれは仕方ないこと。

 

「…それでアルダンとしてはどうなんだ?」

「私ですか?」

「あぁ、これは所謂ラモーヌの力を利用して勝ったと思われるかもしれない。君自身の光を目指せないかも…なんて思ったんだ」

 

 

 

 

「そう…でしょうか?」

 

 アルダンが不思議そうに首を傾げて此方を見つめている。まるで俺の言葉がおかしい、というような視線だった。

 

「確かにトレーナーさんが提示してくれたものは姉様の力を利用して勝つ方法かと思います。ですが、それは私自身の輝きを失うわけではありませんよ」

 

 彼女は頬を緩ませて、そして諭すように優しい声色で言葉を紡いでいる。

 

「トレーナーさんは言いましたよね。私は私、姉様の妹であり、メジロアルダンという一人のウマ娘だと」

「それは…そうだが…」

「では…言い方を変えましょう。勝利をするために作戦を練り、そしてそれを利用して栄光を掴む。これはその人の実力ではない、と言えますでしょうか?」

 

 それは断じてあり得ない。作戦を練り、その作戦通りに事を運ばせて勝利をすることはむしろ知略者として称賛されるだろう。絶対的な力を持つ相手に対して力で勝つのではなく、技をもって勝利をする。

 

 力なき者の逃げ道ではなく、力が無い故の勝利の仕方。

 

 それは彼女の言う通り、実力ではなく知略を巡らせた作戦勝ちと言えるだろう。

 

「元より私は力の無いウマ娘です。その力の無いウマ娘が無理に限界を超えようとしてこのガラスの脚を傷つけていました。」

「……そうだね」

 

 思い出したくない記憶。菊花賞の敗因かつ彼女がレースで無茶をさせてしまったのは俺のレースプランが未熟だったためだ。あのレースは逃げのウマ娘が少なく、スローペースになることを予想していた。

 その予想通りにゆったりとしたレース展開ではあったのだが、スーパークリークによる驚異的な追い上げ。俺はこれを考慮出来ておらず、そして彼女の焦りと共に脚に無理をさせては故障をさせたのだ。

 

「だけど今は違います。脚の傷を少なくする走法、それに今日のレースプラン。全てトレーナーさんは私の脚を気遣ってくれ、そして勝利を得られる方法を考えて下さったが故のことなんですよ」

「───────あっ」

「ふふっ、気づかれました?この間のレースで自信を持ってくださいって言いましたのに、もう忘れてしまったのですね?」

 

 俺は彼女の言われた言葉に顔を逸らしてバツが悪そうにしてしまう。その表情に彼女は頬を緩ませてはまるで悪戯っ子のように顔を覗き込んできた。

 アイルランドトロフィーにて彼女に言われた言葉、それを思い出してしまう。

 

 誇ってください。

 

 また俺は無意識に自分を卑下をしてしまっていた。その卑下はアルダンに対しても背負わせてしまう事になる。だからこそ彼女の今を輝かせるために、レースのプランを選んでは彼女と共に考えていく。

 今までの事は全て彼女がまた走れるように、そして走る事の楽しさを思い出して貰うために努力してきた事だった。それは今回のレースでも変わることは無いのに、無意識にそう思ってしまったのだ。

 

「…すまない」

「本当に…トレーナーさんは謙虚な方ですね」

 

 彼女は一歩だけ近づいてくる。彼女の両手が俺の頬に伸ばされては両手で挟まれ、視線を逸らすことを許さないようにしっかりと固定されてしまった。

 

「アルダン…?」

「私の目を見てください。私のこの瞳は…曇っていますか?」

 

 彼女の瞳に視線を合わせられ、自然と心臓の鼓動が早くなっていく。この鼓動は彼女の突然の行動に驚いて出てしまったもの。

 しかし、その瞳を見ていると何故か自然と心臓の鼓動が落ち着いてくるのを感じた。

 とくんっ、とくんっ、と自分の鼓動を感じる。

 

 彼女の瞳は此方を見据えるように一点をただ見つめている。揺れることなく、かつてみた彼女のあの覚悟の瞳だった。彼女の青藤色の瞳はとても澄んでおり、見ている者の心を見透かしているようにも思えてしまう。

 その瞳から伝わる彼女の想い、曇りなき覚悟、疑うことの無い信頼。それら全てが彼女の瞳から注がれているように錯覚してしまう。

 

 いや、これは錯覚ではない。

 真実たるものだ。

 

「曇ってない、むしろ…眩しいぐらいだ」

「ふふっ、トレーナーさんの事を一番に信頼しております。だから、貴方のこのプランを信じます。私だけの輝きではなく、私とトレーナーさん共に今を輝くこと。それが私にとって最良なのですから」

 

 彼女の手がゆっくりと頬から離れていく。先ほどまで包まれていた両頬には彼女の熱がまだ残っているように感じた。

 

「メジロアルダンさん、準備をお願いします」

 

 まるでこの出来事が終わるのを見届けていたかのようにタイミングよく扉の向こうから声が聞こえてくる。其方に2人で視線を向けては、控え室から出ていく。控え室から出れば既に通路の向こう、パドックでは今日見に来た観客の声援が聞こえていた。

 

「…もう言葉はいりませんね?」

「あぁ、君の想いは十分に受け取ったよ」

 

 彼女と隣同士に並びながら言葉を交わしていく。

 

 メジロラモーヌ、偉大なる彼女の姉。初のトリプルティアラを取った先駆者。

 

 メジロアルダン、偉大なる姉の妹。ガラスの脚からダイヤモンドの輝きに変えた再起者。

 

 こう思うと2人は似て非なるものだ。ラモーヌとアルダンは小さい頃にお互いに体が弱く、そして年を取っていくことで道を違えていったのだ。

 ラモーヌは体の弱さを克服し、そして強靭なる強さを手に入れては証明した。

 アルダンは克服できず、しかしそれを受け入れながらも己の戦い方を模索し、今日それを証明する。

 

  彼女が一歩だけ脚を前に踏み出していく。彼女が歩くたびに足音がその通路に響いていき、そして振り返ることはなかった。

 だけど最後に一言だけ言いたかった言葉。ここまで戻ってきては彼女に言えなかった言葉がある。

 

「アルダンっ」

 

 彼女の背後から声をかけていく。一瞬だけ脚が止まりしかしその脚は再び歩き始めている。唯一違うのはウマ耳だけが此方に向いていた。

 彼女をこの世界に連れてきたのは俺のエゴでもある。そしてそのエゴを受け入れてくれた彼女の姿は既に眩しく、俺にとっての憧れに変わっているのは最早言うまでもないことだった。

 

「勝とう、必ず」

 

 ぴたり、とアルダンの脚は完全に止まっていく。一瞬だけ顔を上に挙げては、彼女の両手が握りこぶしを作っており、力が入っているのが分かった。

 

「ずるいですよ。いつもは行ってらっしゃい、なのに…」

 

 アルダンは此方に表情を向けてくる。その表情は唇を強く噛んでおり、涙を流さないように堪えている表情。必死に笑顔を取り繕うとしているその姿が彼女の気高さを感じさせる。

 

「アルダンとここまで歩んできたんだ。俺は君に出会って幸せになれた。だから…次は君が幸せになる番だ」

「私は…もう十分幸せなんですよ…?これ以上幸せになってしまえば…」

「幸せになる事は悪い事じゃないんだ。君の強さが、気高さが俺の憧れに、幸せになる。沢山君に魅せられてしまったんだ」

「強欲ですね」

 

 アルダンは頬を緩ませるのと同時に、頬から流れ出る熱い雫。彼女は右手でその雫を拭っては、此方に体を向けていく。

 彼女の言った強欲というのは確かにそうかもしれない。

 アルダンをスカウトし、クラシック3冠を目指し、そしてガラスが壊れた時にこの世界に再び彼女を舞い戻らせた。

 強欲、貪欲、欲張り。そんな言葉が自分の頭に過ぎっていく。なるほど、俺は彼女に心を動かされ、そして常に彼女の輝きを求めていたのだろう。

 

「…ははっ」

「…どうされたんですか?」

 

 彼女は此方を不思議そうに見つめてくる。自分がそこまで傲慢だったことに気づけば不思議と笑みが零れてしまっていた。

 

「ううん、君に言われて本当に強欲だなって思っただけだよ」

「もう…本当に…」

 

 世界が滅ぶまで半年も無い。だからこそ、俺は無意識に彼女という存在を、メジロアルダンという輝きを求めていたのだろう。生を受けたからこそ、最後にその光を追い求め、そして一緒に輝くこと。

 一緒に輝くことは俺にとってとても、とても恐れ多いことだった。それは彼女の隣を一緒に歩くという他ならないことだ。

 

 アルダンの横を並んで歩くほどの強さも、気高さも俺にはない。だけどそんな俺を受け入れ、そして一緒に輝きたいといってくれた彼女。

 この言葉以上に、俺は幸せという言葉を知らなかった。

 

「アルダン、待ってるから。君の栄光を」

「はい、必ず」

 

 背を向けて歩き出していくアルダン。

 通路から射してくる光は彼女の輝きのためにあった。

 

 

 

 

 

□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 

 

 パドックへ辿り着くと、そこでは既に私を待っている歓声が聞こえました。

 

「アルダーン!」

「おかえりー!!」

 

 其方に視線を向けては私は頭を下げて会釈をしていきます。それだけ私の復活を待っている人がこんなにも多くいたことが嬉しかった。胸の中で込み上げてくる熱いもの。また泣き出しそうになってしまいますが、今は我慢の時です。

 

 お披露目を終えては後ろに下がっていくと、姉様が近づいて来ました。

 

「凄い歓声ね、アルダン」

「はい、本当に」

 

 一度深呼吸をしていく。自分の中で燻り始めている火に、去年走った時に燃えていた熱に空気を送り、そしてより燃え上がらせようと空気を取り込み、そして吐いていく。

 

「緊張、しているのね」

「当然です。姉様には、勝ちたいですから」

 

 私は姉様に視線を向けては告げていく。その言葉を聞くとふふっ、と笑っては頬を緩ませていく姉様。

 

「楽しみましょう、アルダン。貴方のトレーナー同等…いえ、それ以上に楽しませて頂戴」

「勿論です」

 

 私から離れては姉様のお披露目。私の歓声と同等、いえそれ以上かもしれません。姉様が走ると決めたのは久しぶりの事。今の姉様にはトリプルティアラを取った時と同じほどのオーラを纏っているようにも見えました。

 

 パドックで他の方たちのお披露目を待っているとふと聞こえてくる聞いたことのある声。私の名前を呼んでおり、其方に視線を向けていくとそこには見たことのある人物3人。

 チヨノオーさんとヤエノさんでした。そして隣には私のトレーナーさんもいました。

 

 私は胸元まで手を挙げては振っていき、そうすると3人とも私に対して振り返してくれます。その様子がなんだか微笑ましく私は頬が緩んでしまいました。

 

 そうして時間が経てば今度はゲートまで案内をされていく。前回走ったアイルランドトロフィーの時と同じゲート入り。だけどG1におけるこの独特な雰囲気はあの時では味わえませんでした。

 がしゃん、と音を立てて背後の半扉が閉じられていく。

 

 8番、中間の枠。一つ一つ音を立てて閉められていけば、16個目の閉まる音が鳴り響く。

 

 数秒。歓声すら聞こえなくなり、私の心臓の音と呼吸音。それだけが世界を支配していました。脚に力を溜めていく。私の体内では既に火は闘志となり、私の身体を燃え上がらせる。

 ですが不思議と冷静であり、この芝のコースを見渡せていた。

 

 そして、その瞬間は訪れました。

 

 

 がしゃんっ!

 

【スタートしました。全16人における各ウマ娘良いスタートを切っております。本日は良バ場、注目ウマ娘、メジロラモーヌは三番手、後ろにはメジロアルダンがぴったりと付く形になりました】

 

 スタートを切った時に私は姉様の背後を付くような形を取っていきました。その背後になんとか付けば、ちらり、と此方を伺うように視線を向けてくる姉様。直ぐに正面に戻しては、そのまま背中を追っていきます。

 横には一人のウマ娘、先行としては良い位置に付けたかと。

 

【一番前にはノリセオリー、二番手にはサンライトメリー、1バ身離れてメジロラモーヌです。さぁ、第一コーナーを曲がっては追走するメジロアルダン。外にはハローラベンダー。ここまで前方の固まりとなっています。中団2バ身離れてはクロスエリです】

 

 コーナーを曲がっては内側を走り、そしてトレーナーさんと組んだ作戦の通りに姉様の背後についていく。

 芝を蹴り上げては体を曲げ、そして力を反発させるように脚を使ってはゆっくりと確実に溜めていく。この溜めた力は最後の直線で出す為の大きな起爆剤。

 姉様は正面を向いたまま走り続け、大きく動き出すことはありませんでした。勝負は最終コーナー、そこにかかっています。

 

【第二コーナーを曲がり、向こう正面。最前列から後方までは10バ身ほどでしょうか。1000mを通過してタイムは61.6秒。少々スローペースな展開となっております。後ろのウマ娘達は果たして追い抜けるでしょうか】

 

 前目に付くために脚の力を使いましたが、殆ど大きく消耗はしていません。全体的に全員がスピードを緩めにしており、どうやら姉様を警戒しているようでした。

 それもそのはずです、もし力を使ってしまえば姉様のスピードに追い付くことは不可能となってしまいます。

 

【第三コーナーを曲がり、最後方ポリポピーが上がってきている。後方のウマ娘も合わせるように動いています。しかし、前まではまだ遠い。メジロラモーヌは動く気配はありませんっ】

 

 コーナーを曲がりながら、ちらり、と横に視線を移していく。そこにはスピードを上げようとしているウマ娘達。ゆっくりとではありますが横並びになろうとしていました。正面を向いては姉様の背中は変わらずありました。

 

【第四コーナーを曲がりまして……メジロラモーヌ!メジロラモーヌが上がってきた!最内側から一気に抜けてきた!!】

 

 どんっ!と大きく芝に叩きつける足音。それは姉様のものでした。その音が聞こえた瞬間に先程まで見えていた背中は一気に離れようとしていく。

 

 そしてこの瞬間に私も溜めていた力を使い、姉様の背後についていく。まだ全ての力は使いません。姉様の風を切る音が私の耳にも聞こえ、そしてその風が私を避けるようにして背後へ流れていきます。

 

 無風の状態、それほどまでに姉様の走りは綺麗で、そして豪快にも見えました。

 

 姉様は…こんな走りをされるんですね。

 

【メジロアルダンが追走!さぁ、最後の直線です!抜け出したのはメジロラモーヌ!ノリセオリー苦しいか!!一番メジロラモーヌ、二番メジロアルダン!最後の直線の勝負は姉妹対決だ!!】

 

 ハロン棒が見えていく。視界に入ったのは4と書かれた数字。

 

 

 

 ここが全てを──────姉様に、メジロラモーヌに勝つために─────賭けるとき!!

 

 

【メジロアルダンが上がってくる!1バ身も無い!残り僅かな距離です!残り200m!既に2バ身以上のリードを保っている!後方追いつけるかっ!!】

 

「はぁっ…!……っ!」

 

 姉様の隣に並ぼうと走ろうとする。しかし、その威圧感は途轍もなく重く、並ぶことさえも許さないと示されているようでした。

 レースをしている姉様の姿を見たことはあります。ですが、真剣勝負における姉様と走るのはこれが初めてでした。

 

 これが姉様の姿。

 

 見るものを魅了し、圧倒し、全てを虜にせんとするほどの実力。

 

 私は───────────違う…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否!違わない!!

 

 私は走りたくて、勝ちたくてこの世界に再び舞い戻ってきました。姉様に勝ちたいと思うのは本心です。ですが、勝ってここまで来たんだぞ、と証明もしたいためでもあります。

 真剣勝負のこの場で私、メジロアルダンという存在は貴方の隣に並び立つほどの実力だと示すために。そして恩返しをするためにっ!

 

 ここまで泥に塗れて這い上がってきました。

 一度は挫け、全てを諦めようとしました。

 

 ですが、そんな時に隣で支えてくれたのはトレーナーさんでした。彼だけは、彼だけは私を信じて疑わなかった。そんな彼の憧れになりたいと、彼と共に輝きたいと、そう思ってしまった。

 このレースという過酷で地獄の世界。だけどそれ以上に輝く世界がある。

 

 レースという場所が私にとっての生きる場所。だからこそ感謝をしています。

 

 だからこそっ!!姉様に恩返しを!!トレーナーさんには憧れを!!それら全てを返さなくては証明になりません!

 

 姉様が全てを飲み込み、圧倒する魔性であるなら────────

 

 

 私は全てを魅了する憧れとなります!

 

「負け…ません…!!絶対に…っ!」

 

【並んだ並んだ!姉妹が並んだ!残り100m!!メジロアルダンか!メジロラモーヌか!アルダン!!ラモーヌ!!並んでゴールインっ!!同着です!!写真判定となります!】

 

 最後の直線を走り抜け、そして一気に力を抜いていく。レースを終えては私は全身が疲労感に包まれていました。

 掲示板の方に視線を向けると既に3~5着までは順位とバ身差が出ており、1着と2着は写真、と書かれています。

 

 ゆっくりと近づいてくる姉様の姿。私の隣に立ってはその掲示板を並ぶように見上げていきます。

 

「姉様…」

「アルダン。走りは楽しいって思えているかしら?」

 

 額から流れ出る汗を拭っていく。姉様の頬には私と同様に流れ出る雫があり、しかし、それを拭うことはせずにただ掲示板を眺めていました。 

 観客席からは声は聞こえず、この判定を待つように固唾を飲んでいる。私と姉様以外、誰も言葉をしていないほどに静かなレース場でした。

 

「はい、とても」

 

 私は姉様の言葉に返していく。楽しくないわけがありません。ここまでのレースを、姉様と横で走れたことは私にとって大きな人生の軌跡となるほどでした。

 私の言葉に姉様は頬を緩ませていく。視線を此方に向けては、その表情は柔らかなものでした。

 

「私もよ、アルダン」

 

 掲示板に出てくる数字。

 

 1着、8番 ハナ

 

 それが出たと同時に全ての静寂を破るほどの歓声。

 聞こえてきた歓声、それらと同時に私の中で込み上げてくる強い強い感情。先ほどの疲労感を完全に忘れてしまうほどの高揚感に体は包まれていました。

 

「おめでとう、アルダン。貴方の勝ち、ね」

 

 姉様は視線を落とすことなく観客席の方に視線を見渡していく。そうしては姉様は私から歩いて離れようとしていけば、無意識に姉様の腕を掴んでいました。

 

「アルダン?」

「…姉様…」

 

 姉様は不思議そうに首を傾げていました。その腕を離しては私は姉様を見ていきます。

 

「ありがとうございます、姉様」

 

 私が頭を下げていくと困ったように眉を下げていました。

 

「勝者が敗者に頭を下げるのはみっともない姿を見せるのは────「嫌です」」

 

 私は姉様の言葉を遮って続けていきます。姉様は両腕を組んではそのまま私の言葉を待っていました。

 

「ここまで来れたのは姉様と…ヤエノさんやチヨノオーさん、そしてメジロ家の皆…トレーナーさんのおかげです。どれかが欠けていればここまで辿り着くことは不可能でした」

「…貴方のトレーナーにお願いをされただけよ」

「それでも、です。それに…姉様はお願いをされただけで動くようなウマ娘ではないと知っていますので」

 

 頭を上げては私は頬を緩ませていく。その言葉を聞いた姉様はぴくり、とウマ耳が動いていき、視線を逸らしていく。それは普段見せない姉様の照れ隠しのようにも思えてしまった。

 

「……生意気ね、アルダンの癖に」

「生意気にもなります。だって、姉様に勝てたんですもの」

 

 ふふっ、と私はまた頬を緩ませる。

 ハナ差での勝利、だけどこの勝利は私にとっても大きな意味をもたらしています。たかがハナ差、されどハナ差。私の中で何度も噛みしめるように、強く強く手を握りしめていく。

 

「行きなさい、勝者はその身に喝采を受けるべきよ」

「…はいっ」

 

 私はウィナーズサークルへと向かっていく。そこには既に多くの人が視線を向けており、私が来れば歓声を上げていました。

 こくり、と頭を下げると更なる歓声。

 

 

 初めて、やっと帰ってこれたと胸を張れそうです。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「おめでとう、アルダン!」

「ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 私は控え室へ戻るために長い通路へ。そこには既にトレーナーさんがいらっしゃいました。彼は喜びたい気持ちを抑えて、控えめに手を振っており、私を迎え入れてくれています。

 

「本当に……おめでとう。ははっ…あぁ…泣かないって決めていたのに」

 

 トレーナーさんは目を赤らめては瞳から流れ出る雫がありました。口元を強く結び、何度も何度も指で目元を拭っては、私を見つめていました。

 

「トレーナーさん…本当に、本当に長い道のりでしたね」

「…あぁ」

 

 ジュニア級の無茶。

 

 クラシック級の皐月賞や日本ダービーの栄光。

 夏合宿で彼が話してくれた妬みからの憧れへの想い。

 菊花賞における挫折。

 病院のベッドで味わった絶望というなの雨。

 そして姉様が、チヨノオーさんやヤエノさん、トレーナーさんによる導き。

 

 シニア級ではリハビリをして、桜の下で再起を誓い。

 二度目の夏合宿では彼と共に新しい私に合った走法を試しては歓喜をした。

 あの時見た星空を私は二度と忘れられないでしょう。

 アイルランドトロフィー、エリザベス女王杯、私にとって恩返しをするために勝利を、憧れを

 

 

 

 

 

 彼のために。

 

 

 

 

 

「…………アルダン?」

「…はい?」

 

 トレーナーさんに名前を呼ばれては伸びてくる彼の指。私の頬を触られると無意識に目をきゅっ、と強く瞑ってしまう。

 ゆっくりと彼の指が何かを拭っていく仕草。私は自分の目から涙を流していたことに気づいていませんでした。

 

「あれ……私も…?」

「…うん、そうみたいだ」

 

 彼は私の頬から手を離しては流れ出る涙を何度も拭っていく。彼がこんなにも涙を流す姿は初めて見ました。私の頬にも同じように涙が流れ続けていく。

 2人してみっともなく顔をくしゃくしゃにしながら、またみっともない笑顔を浮かべていました。

 

「変な…かお……ですね」

「そっち、こそっ」

 

 一度流れ出てしまえば止まる事は無かった。ここまで苦しみ、足掻き、そして這い上がってきた。

 私のガラスの靴は泥まみれで、いつしかダイヤモンドへ変わっていましたが、それは変わっていませんでした。ですが、その泥ですら光り輝かせるほど、私は輝かしいダイヤモンドへ。

 

「トレーナーさんっ…」

 

 私はトレーナーさんに近づいては顔を彼の胸元へ押し付けていく。

 

「勝ちました…やっと…帰って来れました…!」

「うんっ…本当に…本当に…頑張ったな…」

 

 ゆっくりと彼は私の頭を撫でていく。勝てた、これほどまでに勝てたことが嬉しく、私の涙は止まる事はありませんでした。

 

 私は生きていた人生で初めて、これほどまでにみっともなく声を上げながら涙を流しました。

 

 

 

 

 彼の胸で。

 

 

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