3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー   作:ポンタ4

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偉大なる姉を目指して

アルダンのトレーナーとして数か月が経ち、彼女はクラシック級へとなっていた。

俺は彼女の体調を考慮したトレーニングプランを組んで、最小限の負荷で最大限の効率を得られるものを必死に考えていた。

 

彼女の体、つまり体調を崩してしまう原因と思われることについてアルダンから直接聞いてみた。

どうやら彼女は他のウマ娘よりトレーニング後に熱を持ってしまうらしい。

原因は分からないがその熱が彼女の体を蝕んでいる原因の一つ。

例えるなら機械がオーバーヒートしており、その冷却機能が弱く、より熱を持って壊れてしまう感じだろう。

となると彼女の体に負荷をかけすぎるとその熱が溜まり、ケガに繋がってしまう。

そうならないように出来る限りの最小限のトレーニングを考えていく。

 

そしてそのトレーニングプランが功を奏したのか彼女の体は確実に、ゆっくりとだがトレーニングに慣れてきていた。

本格化によるものもあると思われるが、彼女と相談をし、少しずつ負荷を上げていくことも成功した。

まだ他のウマ娘達と同様のトレーニングは厳しいが、それと遜色ないトレーニングの効果は得られるだろう。

自分が過去に競技者として走っていた時のトレーニングの一部がウマ娘にも応用できたのが思わぬ収穫だった。

 

さてそんな毎日を迎えていると既に目の前に近づきつつある3冠の1つの皐月賞。

まずはこれを目指すかどうかを決めかねていた時にアルダンからとあるお誘いがあった。

 

「トレーナーさん、姉様にお会いになりませんか?」

「…姉様っていうと…ラモーヌのことか?」

「はい、姉様にトレーナーさんのことをご紹介したくて…」

 

メジロラモーヌ、最近は日本でレースを走っている所を殆ど見ておらず、何をしているのか不明な人物である。

アルダンの目標の1つである人物に一目会えるのであれば会っておきたい。

データ上や動画では彼女の走りを見たことはある。

だが実際の人となりは詳しく知らないため、その目標の人物がどのようなウマ娘なのか、知れるのであれば損はない。

 

「いいよ、ご挨拶に行こうか」

「はいっ、ありがとうございます。日程は来週でよろしいでしょうか?」

「大丈夫だよ」

 

そう言うも流石に緊張してしまう。

メジロ家の至宝と言われたウマ娘。

そして言わずと知れたメジロ家に向かうのである。

過去に主治医や彼女の両親と話したときはメジロの保有する保養所で会話をした。

だが今回はメジロの大豪邸で彼女の姉と話すことになるだろう。

 

「…あの、これってなんか正装ってした方がいい…?」

「ふふっ、そんな緊張なさらなくて大丈夫ですよ。いつもの装いで良いですから」

 

ご挨拶となると正装を着てするものではないだろうか。

もしかして庶民とお嬢様の感覚の違い?

そんなことを考えてしまう。

 

何かやらかしたら怖いが…とりあえず心を落ち着けるためにもう一度メジロラモーヌについて調べておこう。

 

 

**

 

 

 

当日、メジロ家にて

 

 

「…いや……でかくない?」

「普通ですよ。此方です」

 

保養所は森に囲まれ、自然豊かな場所であったため屋敷が見えなかったが、いざこうやって見ると萎縮しそうになる。

一回りどころか二回り三回りほどの大きな建物。

まさに屋敷という単語が似合うだろう。

 

扉の前に立てば、俺の身長よりもかなり大きめの扉。

正直に言ってしまえば、こういった建物はそれこそアニメや漫画だけの世界だと思っていたが、目の前にいざあるとしても現実離れしすぎており、実感がわかない。

その俺よりもかなり大きな扉を開けて、中へと入っていく。

アルダンは私服であり、俺も同様に私服なのだが、果たしてこれは合っていたのだろうか。

 

緊張で体が火照り、変な汗をかいてしまう。

少しだけ襟部分を掴んでぱたぱた、と仰いでいるとアルダンが此方を見て

 

「緊張、されていますか?」

「まぁ…してるね」

「大丈夫ですよ、取って食われるわけではありませんから」

 

彼女は俺の様子を見て、くすくす、と楽しそうに笑っている。

こうやって見ると普段のお嬢様とは違い、幼気な部分が垣間見える。

意外とアルダンはお堅いお嬢様、というよりよくいる普通の女の子なのかもしれない。

 

案内されるがままに進んでいき、客間と思われる1つの部屋に入っていく。

絵画が飾られており、部屋の全体は緑と白のコントラストで装飾されている。

所々に装飾品として高価そうな皿にロウソクといった、まさにお嬢様のお部屋という言葉を体現していた。

部屋の真ん中には緑のソファーがテーブルを挟むようにして配置されている。

 

そして奥がわのソファーにその人物はいた。

黒色の袖付きのチューブトップ、白色のスリムパンツを履いており、彼女の手には白色に金色の装飾が入ったティーカップを手に持っている。

 

「姉様、お待たせいたしました」

「来たわね、アルダン。そして…アルダンのトレーナーさん。お座りになって」

 

彼女の雰囲気、それを纏っているのはまるで魔性というべきだろう。

アルダンは何も感じなさそうにそのままソファーへ座っていく。

ごくり、と生唾を飲んでしまう。

これが三冠を取った”メジロの至宝”

メジロラモーヌ、アルダンが追いつきたいと考えている、高い壁。

 

促されるがままに俺はアルダンの隣へ座っていく。

これじゃまるで三者面談みたいだな、なんて思ってしまった。

 

「それで…姉様、此方が私の―――」

「皆まで言わなくても良いわ。トレーナーがお付きになり、そして私に紹介と挨拶をしたくて、ということでしょう」

「はい、流石姉様ですね」

 

アルダンは談笑をするように話を続けていく。

こんな雰囲気を纏っている人物に普通に話せるものだなぁ、なんて感心してしまう。

家族だから?と思っても、自分にこんな姉が居たら話しかけることはできないだろう。

二人の会話を横で聞いてはいるが、普通に会話内容である。

最近のレースはどうなのか、アルダンの調子どうなのか、ラモーヌが何をしていたのか、微笑ましい姉妹の話でしかない。

ラモーヌの前評判を聞いて勝手に萎縮していた自分が情けないと思ってしまう。

 

二人の会話が一旦落ち着いたあと、ラモーヌは俺の方に視線を向けて声をかけてきた。

 

「それで…アルダンのトレーナーさん?」

「は、はいっ…」

 

緊張して少しだけ声が上擦ってしまい、背筋が伸びてしまう。

横にいるアルダンはまたくすくす、と楽しそうに笑っている。

目の前の”魔性”は俺より年下だというのに何とも情けない話である。

 

 

「貴方…命を賭けたいと思うほどのものはあるかしら?」

「…ええっと…?」

 

彼女の問いかけの意味が分からなかった。

先程の楽しいお話し会はぴしゃり、と水を打ったように静かになっていく。

世界が無音になったかのようだ。

 

命を賭けたい、つまりアルダンのことで良いのだろうか。

アルダンの今を輝かせたい、俺はそれだけで彼女の人生に俺の人生を賭けている。

 

「聞こえなかったかしら」

「あ、すまない……俺は彼女、アルダンに―――「つまらないわね」」

 

俺の言葉を全て話す前に彼女が言葉を遮ってきた。

冷たく、全てを拒絶するような一言。

 

”つまらない”

 

どういう意味だ。

彼女の今を輝かせるために、彼女の覚悟を果たそうと俺は文字通り人生を賭けようと思った。

それを否定される、それは俺にとって最後の生き方を否定されているのと同然だ。

 

「ちょっと待て、ラモーヌ。流石にそれは聞き捨てならないんだが」

「言葉のままよ」

 

自分の膝の上に乗せている手に力が入り、握り拳を作っていく。

それとは対照的にラモーヌはリラックスした様子でティーカップの中身を飲んでいく。

 

「ね、姉様……その」

「今は貴方のトレーナーとお話しているわ」

「…ですがっ」

 

「聞こえなかったかしら」

 

そのままアルダンは口を噤んでしまう。

ちらり、と彼女は何かを言いたそうに此方を見ている。

俺はその視線に気づかず、ただ目の前のラモーヌに視線を向け続けていた。

 

 

「もう一度問うわね。命を賭けたいと思うほどのものはあるかしら?」

「言葉の意味が分からない。彼女に覚悟を決め、それを賭けるのはつまらないというのか」

「では変えましょうか。そこに貴方の愛はある?」

 

愛、彼女を愛している、ということなのだろうか。

それは…さすがにまだ早くないか?と思ってしまう。

だが、ラモーヌが言う”愛”というのはアルダンへの好意ではない、そんな気がした。

 

「愛…?」

 

俺には分からなかった。

”愛”という言葉に対して思考を巡らせる。

ラモーヌが一体何の答えを求めているのか、それを思案しても答えは出なかった。

ラモーヌの問いに対して俺は即答することができなかったのである。

 

「そう……本当に…つまらないわね。お話しできてよかったわ、アルダン、そしてトレーナーさん」

 

彼女はソファーから立ち上がり、そして部屋から出ていってしまった。

小さな子供が突然玩具から興味を無くすように、此方に視線を動かさずに立ち去ってしまう。

 

残される2人、無言の重たい空気。

彼女の言う命を賭ける、それが一体何を意味していたのか分からなかった。

アルダンのトレーナーとして、俺は彼女を支えたいと思った。

しかし、それがたった一言のつまらない、で一蹴されてしまうのが納得いかなかった。

 

「…ええっと…気にしないでください、トレーナーさん。姉様にもお考えがあるので…」

 

アルダンからフォローをして貰うがその言葉は俺の耳に入らなかった。

 

「つまらない……どういうことだよ…」

 

その魔性の言葉がただただ俺の中で何度も繰り返されてしまった。

 

 

 

**

 

 

 

ラモーヌと別れ、数日後

 

「アルダン、三冠を狙ってみないか?」

「三冠、ですか?」

「あぁ」

 

トレーナー室でアルダンに俺は提案を持ちかける。

偉大なる姉のメジロラモーヌ。

彼女はトリプルティアラを取った初めてのウマ娘。

その高き壁に近づくためには此方もそれ相応の栄冠が必要と俺は考えた。

 

「全てのウマ娘が目指しているという日本ダービー。それを走るのは勿論そうだけど、少しでもお姉さんを超えるために皐月賞も考えているんだけど、どうだ?」

「そう…ですね、私も姉様の影から抜け出したいと考えております。もしそれが叶うのであれば…私は…姉様に追いつきたいです」

「なら、決まりだな」

 

皐月賞を走る前にトライアルである弥生賞、まずはこれに勝利をする。

弥生賞はトライアルレースとして設定されており、皐月賞を目指す多くのウマ娘はこのレースを狙う事が多い。

所謂調整目的の1つでもあるからだ。

 

パソコンでその弥生賞へレース登録をしていく。

皐月賞と弥生賞は距離としては中距離であり、彼女にとっては適性距離。

 

あとはどうやってスピードを出していくかを考える必要がある。

彼女の体調も考慮をする必要があり、その体調の日によってトレーニング内容を変えたり、負荷の増減も行っている。

 

「アルダン、最近の体調はどうだ?」

「ここの所調子は良いですね…負荷を上げても良いかと思います」

「本当か?なら…暫くは少し上げてみようか」

「はい、お願いいたしますね」

 

彼女の体調には問題が無いとのこと。

それならば少しだけトレーニングの負荷を上げていこう。

皐月賞には”一番早いウマ娘が勝つ”という格言がある。

それに従い、暫くはスピードを重視したトレーニングを増やせばよいだろう。

 

今日はアルダンのトレーニングの日でもある。

彼女は既に学園指定の赤いジャージに着替えており、ソファーに座って此方を見つめている。

今日のトレーニング内容は決まっているが、これに少しだけ増やして、調整を重ねていこう。

 

「アルダン、お待たせ」

 

俺はタブレットを手に椅子から立ち上がり、彼女を見据える。

アルダンは待っていたかのように立ち上がって此方を見つめ返しては

 

「行きましょうか、トレーナーさん」

 

2人でトレーナー室から芝のコース場へ足を運ぶ。

 

今日のトレーニングとしては脚に乗せたスピードを如何に維持をして、そして更に乗せるのか、という部分である。

彼女の適正としては先行、つまり前のほうでレースを走り、状況次第ではレース展開を作ることになってもおかしくない立ち位置である。

 

先行の戦い方としては前へ出て、逃げのウマ娘がいるのであれば脚の力をさらに出して、前へ前へ強く踏み出してく。

逆に前に誰もいなければその脚の力を出して追いつかれないようにする、というものだ。

 

さて、ここからがウマ娘と人間における走り方の難しさが出てくる。

人間の速い走り方は背筋をまっすぐに伸ばして、腕を大きく振り、脚を前へ踏み出すというのが大前提だ。

だが、ウマ娘は違うのである。

ウマ娘の基本の姿勢は前傾姿勢、つまり人間とは完全に真逆なのである。

 

自分の脚が壊れる前にお試しで走ってみたがこれが走りづらい。

ウマ娘特有の脚の力強さだからこそ叶うのだろう。

 

前傾姿勢なのは実の所、理に適っている部分もある。

風の抵抗を受けないからだ。

人間の走るスピードであればたかが知れているが彼女達の走る速さは60km以上を超える。

それを背筋を伸ばして受けてしまえば風の抵抗はかなりのものだろう。

それこそ0.1秒を争う世界であれば、少しでも前へ進める力を取り除くのは至極普通な事。

 

だからこそ、人間の応用をウマ娘に適用するのは難しい。

しかし、それがピタリ、とパズルのピースのように当てはまる時がある。

その瞬間こそがアルダンにとって最高効率の練習となるのである。

 

常にそれを模索しては、理論を並べていく。

これはトレーナーとしての、俺としての覚悟を賭ける部分。

彼女の覚悟を無駄にしないようにただひたすらに思案をする。

 

「では、トレーナーさん。走ってきますね」

「あぁ、まずは軽く、だぞ」

「ご心配ありがとうございます。では…」

 

そう告げると彼女はコースを走っていく。

本気の走りではなく、軽いジョギングのようなもの。

 

それを遠目で見つめながら次のレースとトレーニング内容を考えていく。

弥生賞、彼女の力であれば問題なく突破は可能だが、この皐月賞が難しい。

皐月賞には既に有力ウマ娘として2人、挙げられていた。

 

サクラチヨノオーとヤエノムテキ。

2人はメジロアルダンと同年代であり、既にその力を証明し始めている。

その中でもサクラチヨノオーは既にフューチュリティステークスで栄冠を掴んでおり、強敵となるのは間違いはないだろう。

 

この2人に勝つためにはそれ相応以上の効率を求めたトレーニングプランが必要になるはず。

そしてそれの証明がまず見えるのが弥生賞。

まずはここに勝たなければ。

 

視線をコースに戻すと、既に1週を終えたアルダンが戻ってきていた。

 

「戻りました、トレーナーさん」

「おかえり、アルダン。じゃあ、トレーニングに入ろうか」

 

 

 

 

 

****

 

 

 

 

皐月賞 当日

 

控え室で2人で待機をしており、そこにいても大きな歓声が聞こえるほどの熱気。

まだ地球最後の皐月賞というわけではないのに、そうだと言っても過言ではないほどの興奮。

 

弥生賞では無事にアルダンは1着を取り、今回のトレーニングは上手くいったとも言えるだろう。

彼女の体調に関しては問題なく、むしろ今までのなかでもかなり好調といっても良いぐらいだ。

アルダンは視線を自分の足元に向けており、胸元に手を置いて何度も深呼吸を繰り返している。

 

彼女は既に勝負服に着替えており、レースという名の戦場に向かう準備は既にできていた。

 

「緊張しているか?」

「はい、とても。でもこれは姉様も体験していたんですね…」

 

彼女の憧れ、ラモーヌの時もきっとそうだろう。

ただあの魔性がとても緊張しているような所は想像できないが。

 

「トレーナーさん、私は必ず勝利をしてみせます。姉様の光に負けないほどの輝きを、必ず」

 

アルダンのその瞳には覚悟が宿っていた。

この覚悟を身に宿し、そして走れる彼女が少しだけ俺は羨ましかった。

 

その思い出を振り返らないように少しだけ首を横に振る。

そして彼女のその瞳を見つめながら

 

「あぁ、アルダンが必ず勝って、その輝きを楽しみにしているよ」

 

彼女は嬉しそうに口元を抑えて笑っていた。

 

「メジロアルダンさん、準備をお願いいたします」

 

扉越しから聞こえてくる呼び出し。

そろそろレースの順番になる。

一緒に控室から出ていく。

 

初めてのG1、彼女に緊張しているか、と聞いたが正直なところ俺も緊張している。

これは俺にとっても、彼女の覚悟が果たして為せるのかどうか、その分岐点でもある。

 

何度も見直したトレーニングプラン。

彼女と調整を重ねた効率の良い練習方法。

そしてレースをどう走るのかを2人で試行錯誤を行い、今日までに準備を重ねてきた。

 

その全てが今日、分かる。

アルダンはパドックへ足を向けた後に、首を動かして此方を見ては

 

「行ってきます、トレーナーさん」

 

「行ってらっしゃい、アルダン」

 

俺はそう返し、彼女がパドックにたどり着くまで見送った。

 

彼女の歩く後ろ姿には、既に引き返すことができないという重圧を抱えているように見えてしまった。

 

 

**

 

 

トレーナー専用の観覧席。

 

そこに空いている席に座っていく。

既に他のトレーナーも見ており、自分もパドックへと視線を移していく。

パドックでは見たことのあるアルダン以外のウマ娘の姿。

遠目ではあるが確かあの姿はサクラチヨノオーとヤエノムテキだろう。

 

特にサクラチヨノオーはアルダンと同室だったはず。

だが、言葉を交わすことは無く、アルダンは既にレース場に視線を移している。

まるで今消えてしまっても良いというほどの覚悟が俺には伝わってきた。

 

少しするとパドックでのお披露目は終わっていき、彼女達はゲートの方へ歩いていく。

今日の天気は晴れ、芝の状態は良い。

彼女の脚に少しでも負担が無ければそれに越したことは無い。

 

下の方では既に多くの人がウマ娘達の名前を思い思いに呼んで応援をしている。

その熱気に当てられてしまったのか、ずくんっ、と右足首が疼く。

 

羨ましい

 

また思ってしまった過去の己の姿。

先程と同じように首を振って、俺はその思いを取り払っていく。

もう俺の脚は終わったんだ。

今度は彼女のために、今は走りたいことを考えるな。

 

そう自分に言い聞かせていく。

瞳を閉じて、何度も何度も深い呼吸を繰り返していき、俺は思考を落ち着かせていく。

 

瞳を開き、既にウマ娘達はゲートに入っていた。

後は神のみぞ知る世界。

俺はアルダンをただ信じることしかできない無力な男だ。

だが、そのアルダンを信じれるように、彼女自身の力を出せるように精一杯支えてきた。

 

 

ゲートのがたんっ、という開く音。

それが聞こえると一斉にウマ娘達が走り出す。

 

【各ウマ娘、スタートしました!】

 

一気に走り出す彼女達の姿。

 

【さぁ、前へ出るのはサクラチヨノオー。一気に抜き去るようにフジショウマリが前へと出ていきます。弥生賞勝利したメジロアルダンはサクラチヨノオーを後ろ。既に縦長のレース展開となってまいりました】

 

一番前と後ろは既に20馬身近く離れており、かなり縦長の展開。

これは先行として前へ出れていたのは正解だろう。

 

【1000mを超えてタイムは60.1秒。ペースは平均となっております。一番後ろのウマ娘も追い上げてまいりました】

 

縦長のレース展開は少しずつ狭まっていき、最終的には一番前と後ろで10馬身ほどの距離。

アルダンは前の方で走っており、位置としても内側。

かなり良い位置に付けている。

 

【1番手にはアイルーセイホウ、2番手はフジショウマリ、3番手にはサクラチヨノオーとなっております。じりじりとヤエノムテキが内から上がってきております。600mを切って最終カーブ。】

 

一気に最後の直線へ彼女は走っており、既に横いっぱいにウマ娘達は広がっている。

内からはヤエノムテキが上がってきており、先ほどまで縦長だった集団は横一列に並んでいく。

 

【ヤエノムテキ、上がってきた!ヤエノムテキが上がってきた!サクラチヨノオーも上がるが少し苦しいか!アイルーセイホウは耐えています!】

 

残り400m、その瞬間彼女の輝きが放たれた

 

【メジロアルダン!メジロアルダン上がってくる!ヤエノムテキとサクラチヨノオーを抜き去り、メジロアルダン先頭!逃げる逃げる!誰も追いつけない!】

 

残り200m

内から伸びてきた彼女の脚は次々に抜き去り、背後から迫ろうとするウマ娘達を置き去りにしていく。

彼女のその走りはまるで今壊れてしまっても良いほど力強く、そしてついにその時が訪れる。

 

【差が開く、これは決まった!決まった!メジロアルダン、1着!弥生賞を勝利したメジロアルダンがまずは栄冠の1つ目を掴みました!】

 

「よしっ!!」

 

俺は思わずガッツポーズをしてしまう。

周囲から聞こえてくる大歓声。

それを聞こえるとまずは第一歩を達成したというのをより実感する。

 

「まじか…メジロアルダン…ラモーヌと同レベルの強さなんじゃないか?」

「脚が悪いってなんだったんだ?そんなの感じなかったぞ」

 

周囲のトレーナーからの動揺の声。

それもそのはずだろう。

今まで彼女に張られていたレッテルを覆すほどの力強い走り。

 

この勝利は彼女にとって今後を左右するほどの大事な勝ち方である。

G1を勝利したというのはそれほどまでに大きいのだ。

 

そしてこれは俺にとっても一つの分岐点を乗り越えたというのを実感させてくれる。

 

すぐにアルダンを祝いたく、俺は観覧席を後にして、彼女の元へと走り出していく。

関係者専用の扉を開けて、パドックへ繋がる廊下を歩いていると既にアルダンの姿があった。

 

「おめでとう!アルダン!」

「トレーナーさん、ありがとうございます」

 

彼女は頭を下げていく。

ゆっくりと顔を上げた彼女は満足そうな笑みを浮かべていた。

 

「まずは一冠、だな」

「はい…今日はとても、とても心地よい気分です。私の”今”を出し切れ、そして勝利することができました。まだ私の中で燻っている火が…それがとても心地よいのです。」

 

彼女が今まで感じて来れなかった心地良さ。

それはきっとこれからも大事なものになるだろう。

 

「トレーナーさん、この燻りは…何故出てきたのでしょうか。今まで…感じることはございませんでした」

「君がそれだけ強くなったんだよ」

 

彼女は少し驚いた表情を見せる。

その後、またいつもの表情より破顔一笑させていく。

 

強くなったからこそ、己の中に芽生える新たな感情。

その感情はきっと、アルダンの今後のレースにおいてとても大事なものになるだろう。

 

アルダンのその笑顔は俺にとって、とても輝いていた。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

「というわけで私はこれです」

「それは…」

 

彼女が見せたのは俺とアルダン、そしてラモーヌと会話をしていたあの時の風景。

それを見ると唇を尖らせて、苦い気分を思い出してしまう。

 

「そ、それがよかったの…?」

「だって、私にとってとても大事なんですよ。トレーナーさんが姉様に問われ、そしてその後に繋がる大事な大事な場所です」

「そう言われると…言い返せないな」

 

少しだけ困ったように俺は眉を下げてしまう。

彼女はあの時と同じようにくすくす、と笑顔を浮かべていく。

今となって振り返ってもあの問答は正直あまり思い出したくはないが、アルダンに言われてしまうと少しだけ良い思い出だったと思えるかもしれない。

 

「トレーナーさんは…レースですか?」

「皐月賞のね。あれに勝ってから、全部…俺は上手くいくものだと思ったから」

「今でも覚えています。あのレースは私にとって…いえ、全てのレースが私にとって思い出深いものですから」

 

彼女と挑んだレース1つ1つは俺の胸の中に刻まれている。

皐月賞はそのラモーヌを超えるための第一歩。

 

この皐月賞を通して、俺とアルダンはよりお互いの覚悟を確かめ合うようになった気がした。

皐月賞を勝利した次の日にはメジロ家に招待されて、大きなパーティーを開かれたのだが、大層なご馳走に他のメジロのウマ娘達とも交流を持った。

少しずつメジロの一人になりつつあったのはこの時なんだろうなぁ、と思ったのも今では良い思い出…良いのだろうか、気にしないでおこう。

 

皐月賞を勝利した後に日本ダービーに挑むことを決めたのはこの数日後。

日本ダービーは彼女が憧れているラモーヌに近づくための第二歩。

だからこそ失敗はできなかった。

 

トリプルティアラを掴んだラモーヌに近づくためにはそれと同等の栄冠を掴む必要がある。

目指したのはクラシック三冠。

その栄冠を掴み、そしてラモーヌを超えるために進んだ道のりはまだ第一歩を踏み越えたばかり。

 

日本ダービーのレース

彼女と見た星空

 

 

そして全てが変わった菊花賞。

 

 

俺とアルダンが歩んだクラシックの道のりは忘れられないものだった

 

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