3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー   作:ポンタ4

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私の幸福論

日本ダービー、全てのウマ娘が出走すること自体を夢見ており、更に勝利を掴むとなればより夢想となりますでしょう。

 

私はこの日本ダービーを勝利して少しでも姉様に近づきたかった。

姉様に近づき、そして姉様の光以上に私の”今”を輝かせること、それが私の目標だった。

ですが、私が活躍をすればするほど、姉様の威光はより輝きを増してしまいます。

 

とはいえ、焦ってトレーニングを行えばケガをしてしまい、より私という光は消えゆく小さなロウソクの灯になってしまいます。

それだけは避けなければなりません。

この数日間は体の疲れを取るための休養日という事で、私は暫くトレーニングをお休みし、体を休ませていました。

 

トレーナーさんとはその休養中にお会いし、会話をしたり、次のレースに向けたプランの作戦会議なるものはしていました。

そして私は今トレーナー室の前に立ち、いつもの様に扉を開けていく。

扉を開けていくとそこにはトレーナー室に備え付けられたテレビでニュースを見ているトレーナーさんの姿。

 

【今注目のメジロアルダン、トリプルティアラである姉、メジロラモーヌに迫れるか!?】

【メジロの至宝たるメジロラモーヌ。彼女の強さとは一体?そしてそのメジロアルダンとメジロラモーヌの関係性やお二人の走りについて今回はご紹介しようと思います!】

 

テレビから聞こえてくる声。

それは”いつも”の私と姉様を比較するものでした。

彼は私が入ってきたのに気づくとすぐにテレビを消していきます。

 

「ごめん…気づかなくて」

「気にしなくて良いですよ。もう慣れましたから」

 

ずきっ

 

自分の言葉に少しだけ私は胸は棘を刺されたような痛みを感じました。

慣れた、と言いましたが本当は違います。

常に姉様と比較される私。

私という存在ではなく、一個人のメジロアルダンではなく、皆はメジロラモーヌの妹、として見ています。

私はそうやって見られてしまうのがあまり好きではありませんでした。

 

「よし、アルダン。次はダービーに向けてのトレーニングなんだけど─────アルダン?」

「……あ、申し訳ございません」

 

私は頭を下げて彼へと謝罪をする。

いけませんね、こうやって姉様の話題が聞こえてしまうとどうしてもぼーっと考え事をしてしまいます。

 

「疲れが取れてないなら今日のトレーニングは…中止にしとこうか?」

「私の体調に関しては委細問題ございません。本日も行いましょう、トレーナーさん」

 

私は強がるようにトレーナーさんへ告げていきます。

この強がりは彼にとってやはり不思議だったのでしょう。

彼は少し怪訝そうな表情を浮かべては

 

「……やっぱり、辛いか?ラモーヌと比べられるのは」

「…本当に大丈夫ですよ?」

 

少しだけ返答が遅れてしまいました。

彼の瞳が私を見つめ、その瞳はまるで私の心の奥底にある真実ですら見通すように見えてしまいました。

その真実を悟られないように私は彼を見つめ続け、やがて彼は1つ息を吐いていきます。

 

「分かった、でも無理はしないようにな。アルダンはアルダンなんだから」

「…私は私?」

「…?そうだろ?ラモーヌの妹であるのは勿論だけど、君は君だよ。だから、もし抱え込みそうなら言ってくれよな」

「………ふふっ、そうですね」

「…?俺…おかしいこと言ったかな…?」

 

私は口元を隠して少しだけ楽しく、そして嬉しくなってしまいました。

その嬉しさが堪えきれず、笑みとして出てきてしまう。

そうです、私は私でした。

 

彼にスカウトされたときもそうでした。

彼以外にスカウトしてきた人たちは皆口を揃えて”ラモーヌの妹”、”メジロの子”と私個人ではなく、私に追随してきたものを告げてきました。

ですが、彼はそんな言葉をスカウトの時も、そして私の覚悟を聞いた時も一言も言いませんでした。

 

トレーナーさんは私のことを姉様の妹と見ることはあったでしょう。

体の弱い哀れなメジロの一人として見ることはあったでしょう。

 

でも彼は常に、私個人のことを考えてくださっていました。

私の姉様を超えたいという思いを尊重してくださりました。

 

もしこれが他のトレーナーの方であればきっと姉様の後を追わせて、トリプルティアラを目指すことになっていたかもしれません。

私の思いは姉様に近づき、そして超えること。

だからこそ、姉様と同じ道に進むことは許されません。

 

トレーナーさんが姉様を超えようと提案してくださったときは私はとても嬉しかったのです。

誰もが姉様に近づこう、姉様の歩んだ軌跡を辿ろうとする中、彼だけは、姉様を超えようとしてくれていました。

 

「おかしくなんかないですよ、ただ嬉しいのです」

 

彼はまた不思議そうに首を傾げていました。

今は彼にこの言葉の真意が伝わらなくて構いません。

いつか、きっと彼と思い通じ合う日がくるのですから。

 

 

 

**

 

 

 

日本ダービー、当日

 

その熱狂はまさに熱に狂っているという言葉が似合うほどでした。

控え室に居ても歓声は聞こえてしまうほど。

皐月賞の比ではないほどの歓声。

 

この歓声は私の心を、体を揺さぶり、そして奥底で燻っていた火がよりその熱を持つように燃え上がるように感じました。

日本ダービー、チヨノオーさんとヤエノさんも賭ける想いがあります。

私もこの日本ダービーに賭けた想いがあります。

姉様を超えるための第二歩。

 

ここで負けてしまえば姉様の威光に私は囚われたまま。

その囚われた光の牢獄から抜け出すために、私は負けられません。

姉様の妹ではなく、メジロアルダンとして”今”を刻むために、私の脚は歩みを止めるわけにはいきません。

 

「アルダン、体調は大丈夫か?」

 

私が何度も深呼吸を繰り返し、その燃え上がる火を少しでも落ち着けさせようとしているとトレーナーさんが声を掛けてくださりました。

 

「はい、問題ございません。むしろ好調なぐらいですね」

「トレーニングもいつもより負荷を上げてたから…少し心配だったけどそれなら良かった」

 

日本ダービーに向けて、私はいつもより更に高い負荷のトレーニングをトレーナーさんに依頼を致しました。

大切な友人であるチヨノオーさんとヤエノさん。

2人の覚悟を見てしまい、私もそれに当てられ、このままでは負けてしまうと思いました。

 

最初はトレーナーさんも渋っていましたが、最後には承諾してくださりました。

ただ、その時に彼に言われた言葉。

 

”無茶はしない”

 

勿論、無茶をして体を壊すようなことをすることは致しません。

もしそうなってしまえば本来の目的を失ってしまうのですから。

 

ですが、私はそのトレーナーさんの言葉を聞いた時、並々ならぬ雰囲気を感じ取りました。

それはまるで、私にではなく、彼自身にも言い聞かせるような風に聞こえてしまいました。

 

実際負荷を上げたトレーニングは私の体を蝕むこともありました。

しかし、その蝕みすらも私は糧にし、今を生きるために、今を輝かせるために前進を止めたくなかったのです。

そして時が経ち、こうやって私は日本ダービーを迎えることができました。

 

トレーニング中に起きた体の蝕みも全て消えており、私の体は人生の中でも一番好調といっても良いでしょう。

自分の脚の調子を確かめるように少しだけ、ぐぐっと膝を曲げてしゃがんでは立ち上がって確かめます。

 

「メジロアルダンさん、準備をお願いいたします」

 

扉の方から聞こえてくる声。

レースの呼び出し、私はトレーナーさんと2人で控え室から出ていきます。

控え室から出ていくと既に聞こえてくる大歓声。

今年のダービーは過去一番の盛り上がりを見せているとお聞きしていましたが、確かにこれはそう言われてもおかしくはありませんでした。

 

「凄い歓声だな」

「はい、本当に」

 

この歓声を聞いているとまた私の心が、体が熱くなっていくのを感じていきます。

皐月賞を1着となり、この日本ダービーを勝てば、2冠。

そして最後の菊花賞を勝つことによってクラシック3冠へと到達できる。

 

そこまで行くことで私は初めて姉様に並んだと思えるでしょう。

そして周囲の私への評価も姉様との比較ではなく、私自身として見てくださるようになるはず。

心臓の鼓動が早くなるのを感じます。

その鼓動によって全身に血液がいきわたり、手の指までに熱が伝わっていくのを感じました。

 

「ここまで来ましたね」

「緊張しているか?」

「…はい、ですが、同時に昂っているのを感じます。」

「…頼もしいな」

「そんなことはありません。ふふっ、本当は緊張で脚が震えています」

 

少しだけトレーナーさんに強がりを見せてしまいます。

これを負けてしまえば、私の輝きはまた影へ追いやられてしまう。

この影は常に私の生涯に付きまとってくるもの。

だからこそ、その影を払い、私という輝きを残したい。

その想いが強くなればなるほど、私の背後に付きまとうその影はより濃くなるのを感じました。

 

「…俺も緊張しているよ」

「トレーナーさんもですか?」

「あぁ、俺だって君に勝ってほしい。だけどもし負けたら、それこそケガなんてしたらって思う毎日だったよ」

 

トレーナーさんは少しだけ顔を伏せて、その視線はどこか私ではないものを見ているようでした。

 

「トレーナーさん、では…互いに今、改めて信頼し合いませんか?」

「…というと?」

 

私はトレーナーさんの右手に自分の手を伸ばしていき、両手で包み込みように握りしめていきます。

 

「トレーナーさんはここまで支えてくださりました。私の走りを、輝きを、今を…支えてくださりました。トレーニングプランもレースも全て考えて下さり、ここまで私は来ることができました。だから、私はトレーナーさんを今ここで、改めてより信頼いたします」

「…じゃあ、俺は…そんなトレーニングに応えてくれ、そしてレースでも結果を残してくれた君を…改めて今、ここでもっと信頼するよ」

「─────はいっ、よくできました」

 

彼からの言葉に私は嬉しくなってしまい、頬を緩め、そしてその手を離していきます。

彼から伝わる体温、その熱は私の中で燃え上がる火とは違い、心安らかせる暖かなものに感じました。

 

「では…行ってきますね、トレーナーさん」

「あぁ、行ってらっしゃい、アルダン」

 

私は彼に背を向けて、パドックへ歩いていく。

信頼しているトレーナーさんに応えるために、私は負けられません。

 

パドックに出た瞬間、周りから大きな歓声が聞こえました。

 

「アルダーン!がんばれー!」

「こっち見てー!」

 

私はその声に体を振り向かせていき、頭を下げてお辞儀をしていきます。

今日の1番人気であるため、それだけ期待もされているということ。

 

既にパドックにはチヨノオーさんとヤエノさんがいました。

お二人は既に集中しており、早くレースが始まって欲しそうに今か今か、と忙しく尻尾を揺らめかしています。

 

今はまだ焦ってはいけません。

レースが始まる前にこの熱を出してしまうのはとても勿体ないことです。

まだ始まってもいないレースに焦がれてしまうのはあまりにも早すぎてしまいます。

私の輝きはここではなく、緑のターフで、初めて輝かせたい。

 

パドック上で観客に向かって私は両手を振り、挨拶をしていきます。

表面上は落ち着いているように見えますでしょう。

ですが、実際はこの内で未だ燃え上がろうとしている熱を抑えようと取り繕っているだけです。

 

 

少しすると私を含めた今日の出走ウマ娘は全員、ゲートへ案内されていきました。

1人、1人、とゲートの中へと入っていき、私もその1人。

がちゃん、と音を立てられ、背後の扉が閉まるのが聞こえてきました。

 

早く、早く開けてほしい。

そしてこの熱を私の体に纏わせ、全てを出し切りたい。

その想いが少しずつ、少しずつ体の内から湧き上がるのを感じ───

 

がたんっ!

 

と大きな音を立てて目の前の塞いでいたものが開かれました。

それと同時に一斉に走り出す。

 

【一斉にスタートを致しました。緑鮮やかなターフにてウマ娘達が駆けていきます。本日の芝は良、晴れやかなこの日にて栄冠を掴むのは一体誰になるのでしょうか】

 

最初のコーナー、私は4番手についており、その目の前にはチヨノオーさんが走っていました。

大外から一人のウマ娘が前へと走っていくのが見えました。

これはもしかしたらかなり速い展開になるかもしれません。

 

【大外からアドバイスノア、一気に先頭となります。二番手にはディカートシー、三番手にはサクラチヨノオー。それに続くようにして皐月賞ウマ娘メジロアルダンが続いていきます。】

 

私より後ろ、中団のウマ娘達はかなりの塊となっており、若干の混戦状態。

視線を其方に動かすと真ん中に丁度ヤエノさんが見えました。

周りに押されて少し出にくそうにしていますが、むしろこれは好機なのかもしれません。

 

【第三コーナーをカーブしていきます。未だ先頭はアドバイスモア、しかしその差は着実に狭まってきています】

 

一番前のウマ娘、その差はもう殆ど無くなってきました。

そして中団のウマ娘達がゆっくりと、着実にですが前へ前へ出ようとしてきています。

ですが、私はそれに追い越されないように少しずつですが脚の力を解放し、スピードを上げる。

 

【先頭はディカートシー…いや、サクラチヨノオーが上がってきました!メジロアルダンも上がってくる!サクラチヨノオー先頭!サクラチヨノオー先頭!しかし、メジロアルダンも追走していく!】

 

最終コーナーを曲がり、既に横いっぱいに広がっている状況。

私の前にはチヨノオーさんたった1人だけ。

もっと、もっと早く!

私のこの体の熱を、蝕むもの全てを”今”ここで変えなければなりません!

 

【後ろからヤエノムテキ!ヤエノムテキ凄い末脚だ!サクラチヨノオーとメジロアルダンの一騎打ちに迫る!】

 

勝ちたい!勝ちたい!勝って、信頼してくれたトレーナーさんに栄光を!

そして姉様に近づくための第二歩を私に!

 

「まだ…終わりませんっ!!」

 

 

 

 

───────パリィィン!

 

 

 

 

 

 

脚が、軽くなりました。

この音は…ガラスの割れた音?

 

 

違う、これは─────

 

 

私の限界を超えた音!!

 

 

【メジロアルダン上がる!メジロアルダン先頭!メジロアルダン先頭!サクラチヨノオー追いつけない!】

 

既に目の前に広がる緑一色のターフ。

誰も私の前を走っておらず、今この脚の熱は全て力に変えられていく。

負けたくない、勝ちたい、ただその一心で私は走り、残り100m。

 

【メジロアルダン1着!メジロアルダン1着です!二冠達成!残りは菊花賞だけとなりました!姉であるメジロラモーヌを彷彿とさせる走りでした!】

 

ゴール板を超えると私はその大歓声が聞こえてきました。

ゆっくりと脚の力を緩めていくと、今まで感じなかった不思議な感覚。

まるで脚に羽が生えたように軽く、まだこのまま走ることが出来そうなほどでした。

いつも走った後に多少感じていた蝕み、その蝕みである熱は私の体に残っているものの心地よい物でした。

 

最初は勝ったことに気づかないほどで、それだけ私は走ることに夢中になっていたのでしょう。

ただ走り、そして勝利の栄光を掴むために、ひたすらに脚を前へと出していました。

ですが、その歓声を聞き、私の名前を呼んでいるのが聞こえると徐々に私は勝ったことを実感する。

 

二冠ウマ娘、残りは秋の菊花賞のみ。

ここまで来れたのはトレーナーさんのおかげでした。

早く、早く彼に会ってこの感謝を伝えたい。

この熱の心地よさに浸りたい気持ちもありますが、私はそれ以上にトレーナーさんにお礼を伝えたかった。

 

私は控え室へ戻る直前、歓声をくださった皆様へお辞儀をしていきました。

その瞬間に更に沸き立つ黄色い声援。

あぁ、この歓声ですら心地よく感じてしまう私が居ました。

皆が私を見て、そして私の輝きに思い焦がれる。

ここまで嬉しいことはありません。

 

レース場を後にして、控え室前の廊下で既にトレーナーさんは待っていました。

 

「おめでとう、アルダン!これで二冠だな」

「はい…っ、ありがとうございます、トレーナーさん」

 

控え室の前でトレーナーさんは笑顔を浮かべており、そして私は彼へ会釈をしていきました。

 

「ここまで来れたのは…トレーナーさんのおかげです。私一人では今ここまで来ることは不可能だったでしょう…」

「そんなことないよ。俺だけじゃない、アルダンの力もあったからこそ、ここまで来れたんだ」

「…ふふっ、そうですね。では、この勝利は私とトレーナーさんのお二人の力、ということに致しましょう」

 

トレーナーさんの謙虚さ、きっと誰よりも喜びたいはずなのに、それを抑えて私を褒めてくださるのが嬉しかった。

トレーナーさんのトレーニングプランを信じ、そしてレースの作戦を信じ、トレーナーさん自身を信じてここまで来ることができた。

私は彼を信じたことで、より”今”を輝かせることができました。

 

そして彼と一緒に歩んできたからこそ見えた私の限界の先。

この先にあるものが何かは分かりませんが、私の肉体を蝕むそれは糧となり、更なる力を下さりました。

この脆く、そしていつ壊れてもおかしくない己の肉体を少しだけ昔より好きになれたかもしれません。

 

「トレーナーさん、私が昔言ったことを覚えていますか?」

「…昔っていうと…どれだ?」

「”貴方にスカウトされた方はきっと幸せ”、です。私とトレーナーさんが初めて会った病院で言いましたよね?」

「あぁ、確かに言ったね」

 

そう、私はあの時の病院の言葉は本心でありました。

あの手帳の中身を見た時に、手帳の中身いっぱいにトレーニング内容やクールダウン方法などが事細かに書かれていた。

ウマ娘の走り方や、体の角度。

脚をどう出せばより速くなるのか、コーナーを曲がる時や他のウマ娘との競り合いはどうするのか。

私自身も自分でトレーニングプランやレースにおける作戦を立てますが、彼の比ではありませんでした。

 

それを見た時、私はこれを書いた人を一目見たかった。

そしてスカウトされたら……もしかしたらこれは私に隠された本心だったのかもしれません。

この人にスカウトされたら私はどんな今を残せるのだろう、どんな人生になるのだろう、どんなことを教えてくれるのだろう。

そんな時に病院内で辺りを見回して、何かを探しているような姿、それが今の貴方でした。

これはある意味神様の悪戯だったのかもしれません。

それとも、悪戯ではなく運命だったのかもしれません。

 

「トレーナーさん」

 

貴方にスカウトされて私はここまで来ることができました。

 

「私は貴方とあの病院で出会えて」

 

貴方がトレーナーさんになってくれて勝つことの喜びを覚えました。

 

「あの時、私に走りの意味を問いてくれて」

 

貴方のおかげでレースに賭ける覚悟はより強くなりました。

 

「そして…模擬レース後にスカウトしてくださって」

 

私の願いを叶えてくれるために尽力してくれ、私を第一に考えてくれる貴方が居てくれて。

それを考えるだけで、胸が暖かくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

「私は今、一番幸せなウマ娘になれましたよ」

 

 

 

 

■□■□

 

 

 

 

激闘の日本ダービーから数日後、今日もアルダンの体に大事を取って、少し長めの休養。

今日もトレーナー室で俺は次のトレーニングプランを立てていた。

彼女を蝕む熱は収まってきたものの、日本ダービー前の練習量はかなり多く、そして日本ダービーの走りで彼女は限界を超える走りをした。

彼女は練習をしたがっていたが、ここで焦ってしまうのはよくない、ということで説得をして何とか今に至る。

焦りがケガの元、それは俺自身が一番よく分かっていた。

 

トレーニング自体はお休みであるもアルダンはトレーナー室に訪れてくれて、2人で何てことない談笑をし、時折お出かけをすることも増えてきている。

彼女は今日もトレーナー室に訪れては本を読んでいる。

これも彼女に信頼されている証拠だろう。

少しだけ笑みが零れてしまう自分に心の中で叱咤していく。

 

勝って兜の緒を締めよ。

 

クラシック三冠に至る道は目の前ではあるが、それに浮かれてしまうのはまだ早い。

この浮かれ気分はアルダンが勝った時に取っておこう。

 

「なんだか嬉しそうですね、トレーナーさん」

「ん…?まぁ…そうだな、実際嬉しいよ」

「ふふ、そうですか」

「そういうアルダンは……さっきから何読んでるんだ?」

 

彼女の持っている本、普段読んでいる本は文庫本のような両手で持てるものだが、今回はやけに大きい。

遠くから見ている感じ子供向けに読み聞かせをするタイプの大きな本に見えた。

 

「此方ですか?シンデレラ、ですよ」

「シンデレラ?珍しいのを読むね」

 

アルダンがそういった子供向けの本を読むのは少し意外だった。

彼女はその本に視線を落としていく。

本の内容は王子様がガラスの靴を拾ったところだった。

 

「チヨノオーさんのお話は聞きましたか?」

「あぁ、聞いたよ」

「…チヨノオーさんが入院と聞いて…私は少し…寂しくなってしまいまして。きっとチヨノオーさんもこんな気持ちだったのでしょうね」

 

サクラチヨノオー、アルダンと皐月賞と日本ダービーで争った好敵手。

彼女の同室でもあり、時折アルダンからはチヨノオーのことについて話を聞くこともあった。

仲が良く、そして親友でもあり、ライバル。

そんな人物が今度は自分の目の前から入院となって、暫く現れないのはアルダンにとってもショックな出来事だろう。

 

「ですが…私は立ち止まっている暇はありません。チヨノオーさんが戻るまでに…私はもっと、強くならないと」

 

彼女の本を握る手に力が入る。

それほどまでにアルダンの心を動かしている。

彼女のトレーニングをしたいという意志を尊重してあげたいが、張り切りすぎては体に毒である。

常に気を張り続けていれば、いつかはその糸は途切れてしまい、一気に奈落へ落ちてしまう。

 

だからこそ、こうやって今は休養期間を用いて少しでも精神的なリラックスをさせようと思っていたが……むしろ逆効果なのかもしれない。

何かリラックスさせる方法がないか考えてみては、彼女の手に持っているシンデレラの本。

そういえば、何故シンデレラの本を読んでいるのだろうか。

 

「なぁ、アルダン。今思ったんだが、なんでシンデレラの本を?」

「…小さい頃、体が弱かったのはご存知だと思います。その時によく…読んでいて…好きな絵本です。少しだけ…懐かしさに浸りたくなりまして」

「懐かしさ?」

「はい。チヨノオーさんが入院されて…それに私の姿を重ねてしまったのです。小さいころに窓の向こうで走っている小さな子たちを眺めながら、この本を読んでいたのを。ふふっ、私は嫌な女ですね」

 

アルダンは少し自嘲気味に笑みを浮かべていく。

サクラチヨノオーが入院をし、彼女は少し不安定なのかもしれない。

それもそうだろう。

今まで同室の子に見送られ、それと同時に同室の子に出迎えられていた。

だが、その立場は逆転してしまった。

 

彼女にとっては初めてのことだから、内心穏やかでないのも理解ができてしまう。

俺は彼女の隣に座っていく。

少しだけ前かがみになりながら、アルダンの表情を覗いていくようにしては

 

「アルダンはどうしてシンデレラが好きなんだ?」

 

少しでも彼女の心に寄り添いたかった。

そんなことで俺は彼女の好きな理由を知りたいと思ってしまう。

 

「…小さい頃からシンデレラになりたかったんです。魔法使いにこの脚を治して貰って、舞踏会で私は走りたかった。そしてその脚に惚れた王子様にガラスの靴を持ってきてもらって…なんて小さい頃は考えてましたよ」

 

アルダンはそのシンデレラの本をゆっくりと優しく、慈しむ様に撫でていく。

 

「姉様と比較され、私は常に影にいました。ですが、今やっとその影から出られるかもしれない。私にとって今はこの瞬間が既に魔法のようなものです」

 

そんなことはない、そう言葉が出そうになるも俺は彼女にその言葉を伝えれなかった。

今この言葉を伝えるのは違うと思ったからだ。

 

「シンデレラも12時に魔法が解けてしまいます。でも王子様はその美しさを忘れられず、探し求める。それは魔法による輝き、美しさかもしれません。でも、私はそれでもシンデレラになりたかったのです。もしかしたら…トレーナーさんは魔法使いさんなのかもしれませんね」

 

彼女が此方を見ては、小さく口角を上げて俺に伝える。

 

「俺は魔法使いなんかじゃないよ。トレーナーとして当たり前のことをしているだけなんだから」

「その”当たり前”が難しいんですよ」

 

ふふっ、と彼女は少し笑う。

俺がもし魔法使いならもっと彼女を輝かせることができただろう。

俺はよくいる1人の人間でそして彼女の輝きを、覚悟を支えたいと思った。

 

その覚悟を支えている内に俺はある1つの内に秘めていた想いが溢れ出しそうになった。

そう、”羨ましい”という感情である。

皐月賞を走り、そして勝利を得たアルダンに対して思った不純な感情。

 

これは日本ダービーでもそうだった。

勿論、アルダンが勝ったことに俺は心から喜んだ。

それは嘘ではない、断じて。

だけど、気持ちよさそうに風を切りそして走り抜ける彼女達の姿は俺は嫉妬をしてしまった。

 

俺は魔法使いであると同時にそのシンデレラの走りの美しさに嫉妬する義理の姉なのかもしれない。

 

「トレーナーさんは好きな絵本はありますか?」

「え、俺か?」

「はい、トレーナーさんが小さい頃に読まれていたものをお聞きしたくて。トレーナーさんと小さい頃の思い出話の共有、だなんて考えています」

 

また彼女は楽しそうに笑っている。

そんな彼女の笑顔に俺は自分の嫉妬の感情が薄れていくのを感じた。

 

とはいえ、小さい頃から走るのが好きだった。

あまり本を読むような子供でも無かったため、あまり思いつかないが…唯一、小さい頃に読み聞かせで母親にしてもらい、そして1人で出かけた思い出。

その思い出は自分にとって少し苦い話だ。

 

「そうだな…読み聞かせでもいいか?恥ずかしいことに小さい頃はあまり本は読まなくて」

「まぁ!読み聞かせですか?ふふっ、構いませんよ。余程お好きなんですね」

「はは、というよりちょっと苦い思い出も混じってるから覚えてるのかも。星の王子様って知ってるか?」

「えぇ、知っていますよ。有名なお話ですよね」

 

星の王子様。

とある飛行機の操縦士が砂漠に墜落した。

その時に王子様のような姿をした人物が操縦士の前に現れる。

【ひつじを描いてください】

 

王子様の要望に渋々応えた操縦士とその王子様は少しずつ意気投合していく。

星の王子様は色んな星を回っていき、そして最後には地球に来たというお話を操縦士にして、操縦士はその星の王子さまと仲良くなり、忘れられない思い出となる。

そんなお話だったはずだ。

 

「細かい所はさすがに忘れちゃったけど…最後はよく覚えてる」

「王子様が蛇に噛まれて…の所ですか?」

「あぁ、そうだよ」

 

星の王子様は星に帰るために、蛇に噛まれる。

それはつまり死ぬこと。

 

星の王子様は元いた星に戻るために、元居た星のバラに会うために蛇に噛まれ、そして星になる。

 

「星の王子様は数々の星を探索して、そして自分のいた星のバラの尊さと…そして儚さを知ったんだと思う。それは…今になって分かることだけどね」

「昔は…どうなさったんですか?」

「くだらないよ。星の王子様が死んだって認めたくなくて、その日の夜、1人で星を見上げながら外に出たんだ」

 

きっと────────星の王子様は生きている

 

そんな小さい頃の俺は夜道を走って、走って、星の王子様が少しでも見えるような所を目指した。

それが近所の公園なのはやはり子供だからこその行動なのだろう。

 

「その後は両親に誘拐されたと思われて凄い怒られたよ」

「ふふっ、トレーナーさんもやんちゃなところがあったんですね」

「昔の話だよ…」

 

彼女に揶揄われて少し恥ずかしくなり、頬を赤らめてしまう。

今まで誰にも話したことの無かった小さい頃の苦い思い出。

だけどその話は子供心にとても響き、そして揺れ動かされたのである。

 

「年を取っても、星の王子様に生きていて欲しいって思うよ。そして、元いた星のバラと幸せに過ごしていて欲しい。あまりにも陳腐かもしれないけど」

 

子供のころの純真さ、それは走ることが楽しいという純真さも否定したくないが故のこの想いなのかもしれない。

子供のころから走るのが好きで、そして脚が壊れた今では走るのは好きではなくなり、でもその子供時代を否定したくない、あまりにも陳腐な理由。

俺はそのことを考え、そして自分の考えはあまりにも滑稽に思えてしまった。

 

顔を少し伏せていき、俺は自分を憐れんでしまう。

憐れむのと同時にふと思い出す、メジロラモーヌの言葉。

 

”命を賭けたいと思うほどのもの”

 

それは…もしかしてアルダンではなく、俺自身についてどうなのかを聞きたかったのではないだろうか。

そう思うと余計に自分の中で目まぐるしく動いていく感情。

俺はアルダンの走りを見て、何を想っているのだろうか。

羨ましい、それは勿論そうである。

 

では…彼女の走りは好きではないのか?

俺自身が走るのを好きではなくなったのと同時に、ウマ娘達の走りを見ることも好きではなくなったのか。

彼女の覚悟にあてられ、彼女を支えたいと思った俺は

 

 

俺は────────

 

 

「トレーナーさん」

 

隣からアルダンの声が聞こえてくる。

其方に振り向くと彼女はまるで優しく、そして母親のような表情を浮かべ、告げた。

 

 

「陳腐ではありませんよ。トレーナーさんがそう想うのであれば、その想いが大事なのですから」

 

 

 

「…そうか…ありがとう」

 

 

 

彼女のその言葉は、俺にとって今一番欲しかったものかもしれない。

 

 

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