3年後に世界が滅ぶと知ったメジロアルダンとトレーナー   作:ポンタ4

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今回は長くなってしまったため、前編・後編に分けております。
後編は5/4(日)13:30に公開予定です


過去、今、未来(前編)

夢を見ました。

 

私の脚が壊れてしまう夢を。

 

声が聞こえました。

 

必死に私の名前を呼ぶ彼の声を。

 

そして

 

 

 

 

 

 

痛みが来ました。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

11月

 

 菊花賞を終えて数日が経っており、私は病院のベッドに座り、そして外を眺めていました。外は大雨、時雨というにはあまりにも降り注いでおり、暫く外は雨模様だと聞きました。

 

 昔私がケガをした時にお世話になっていたこの病院。白いこの病室に戻ってくるとは思っていませんでした。雨の音だけが響くこの病室。私の心は全てを失ったかの様に穴が空いてしまいました。自分の目の前に用意されたその食事も殆ど喉を通りません。

 

 こんこん、と病室の扉がノックされ、私は其方に視線を動かしました。「どうぞ」と一言その扉に声をかけると、扉を開けてはばあやが入ってきました。

 

「アルダンお嬢様…またお食事を…」

「ごめんなさい、ばあや。あまりお腹が空かなくて」

 

 私は笑顔を浮かべてはばあやに微笑んでいく。ばあやのその視線、私を心配するような憐れんでいるようなそれが私の今を肯定してくれている、そう思えてしまいます。

 

「失礼を承知で申し上げます、アルダンお嬢様。お食事を取らなければ治るものも─────」

「もう、いいの」

 

 私はばあやの声を遮っていく。ばあやの瞳が少し揺れた後に「承知いたしました…」と一言だけ告げては病室から立ち去ってしまいます。

 

 背もたれが起き上がっているベッドへ持たれてしまえば、自然と包帯で包まれた右足。その現実から目を瞑れば、耳に響くあのガラスの割れる音。耳を垂れ下げては、聞こえないようにしても、瞼の裏に焼き付いてしまった光景。

 

 直ぐに私は瞼を開けて、外へ視線を動かしていきます。この折れた脚は戻ることは絶望的、奇跡が起これば万が一もございますが、それに賭けるほどの覚悟はもう持ち合わせていませんでした。

 

「トレーナーさん…」

 

 空虚な病室の中で彼を呼ぶ。しかし、その呼んだ言葉は彼に届くわけもなく、ただ虚しく消えるのみでした。

 

 

 

□■□■

 

 

 

夢を見た。

 

 

俺の脚が壊れた時の夢を。

 

 

声が聞こえた。

 

 

 

トラックの上で悶えている俺を心配する声が。

 

 

 

そして俺は

 

 

 

目が覚めた

 

 

 

 

**

 

 

 

11月

 

 菊花賞から、そしてアルダンが入院してから一週間。季節外れというわけでもないが、今日は大雨が降っている。いつものように俺はトレーナー室へ向かい、椅子に座ってはパソコンにアルダンの状況とレポートをまとめていく。とはいっても実際の所は殆どまとめられておらず、今は彼女の今後ばかりを考えてしまっていた。

 

 あの菊花賞の後、アルダンは病院へ運ばれていった。地球最後の三冠を誕生するかと思われたあのレース場は歓喜ではなくただどよめきの声に包まれていたのである。

 

 俺とメジロ家一行は病院へと向かい、そして診断を聞いた。診断内容は骨折。しかもかなり重く、全治4か月とのこと。そこからリハビリも加味して負傷前に戻るのはそこから更に2か月、合計半年ほどかかるとのことだった。

 

 そしてここからが問題であった。これはあくまで()()()()()()場合である。リハビリをしても負傷前に戻るとは言えないほどアルダンの脚は消耗しており、最悪ウマ娘としてレースを引退することも示唆された。

 

 それを聞いた後の雰囲気は言うまでもなく人生の中で一番最悪と言っても過言ではない。一言彼女と話したかったが、彼女の両親からの強い反対があり、今は会話をすることも許されていなかった。

 

 それも当然だろう。アルダンは元々双子で生まれてくる予定だったが、片方が死産であり、そして体が弱いアルダンがレースを走る事を元々反対していたのだ。今まで許されていたのが奇跡といってもよかった。

 

 アルダンと会話をすることが出来ず、そして彼女の思いも、なにも聞くことはできずにただ時間が過ぎていた。まるでアルダンと出会う前の生を貪っていたあの時に戻ってしまったようだ。

 

 このまま彼女に走らせることを続けていいのだろうか。彼女の姉を超えるという悲願はもう達成できないのかもしれない。彼女が走りたいのか、それとも走りたくないのか、それが分からなかった。彼女が走りたいというのであれば俺は全力で支えよう。走りたくないというのであれば─────

 

 そんな事を考えているとこんこん、と扉が叩かれる音が聞こえた。このトレーナー室に訪れる人物がいるとは余程暇なのか、それとも揶揄いにきているのか。その音の主に「どうぞ」と一言声をかける。

 

 がらら、と音を立てるとそこには松葉杖を突いたサクラチヨノオーとヤエノムテキの姿であった。

 

「君たちは……」

「初めまして…ですね、私はサクラチヨノオーと言います。此方は───」

「ヤエノムテキと申します」

 

 2人は頭を下げては挨拶をしてくれ、俺もそれに返していく。俺は2人をソファーに座らせ、そして対面に座ってはまるで三者面談のような形になる。

 

「それで…どうしたんだ、2人とも?」

「その…アルダンさんについてお聞きしたくて…」

 

 チヨノオーがゆっくりと口を開いていく。

 

「…他のメジロの子からは聞いてないのか?」

「マックイーンさんに聞いてみたのですが…」

「そうか…それで俺の所に来たって感じなんだな」

 

 こくり、と2人は揃って頷いていく。生憎なのだが俺も面会をしているわけでもなく、LANEをしても反応があるわけでもない。2人に教えられるような情報は持ち合わせていなかった。

 

「ごめん、俺もアルダンと話せてないんだ。2人はLANEでやりとりとかは?」

「残念ながら…チヨノオーさんからも私からもLANEをしていますが、既読もつかない状況です」

「そうか…」

 

 重い雰囲気がトレーナー室に漂う。友達想いの2人、アルダンは何をしているのだろうか。そんなことを考えるも、このまま2人をこの重い雰囲気の中に置いておくのは申し訳ない。

 

「来てくれてありがとう。もし、アルダンと話せることがあれば2人が心配していたことを伝えておくよ」

「「…ありがとうございます!」」

 

 チヨノオーとヤエノが頭を下げてお礼をしてくれる。彼女達のアルダンを想う気持ち、それを考えるだけで胸が締め付けられてしまう。

 

 ヤエノがチヨノオーを支えながら立ち上がらせ、2人はトレーナー室へと出ようとする直前、チヨノオーが此方に振り向いた。

 

「アルダンさんのトレーナーさん。もう一つアルダンさんにお伝えして欲しいことがあるのですが良いですか?」

「あぁ、構わないよ」

 

「私のリハビリはもうすぐに終わります。アルダンさんとまた走れることを…祈っています、と」

「…必ず伝えるよ」

 

 チヨノオーが笑顔を浮かべ、そしてヤエノは頭を下げて2人でトレーナー室を立ち去っていく。1人残されるトレーナー室。さて、2人の手前であんなことを言ったのは良いものの、残念ながら俺はアルダンと話し合う術がない。

 

 仮に病院に行った所で門前払いをくらうのは間違いない話であり、他のメジロ家の子も知らないとなれば現状手詰まり。このまま考えてもどうしようもないのは事実である。

 

 がらん、と静かなトレーナー室。窓にぱたっ、と雨が当たる音だけが響いてはそれは直ぐに消えていく。普段ではトレーニングをお休みにしてアルダンがここで本を読むことがあったが、彼女がいないだけでここまで広く感じてしまうとは。

 

 それだけ俺にとってメジロアルダン、という存在そのものが大きくなっていたのだろう。

 

 こんこん、とまた扉のノック音が聞こえる。今日はやけに来客が多い日だ。俺は其方に視線を向けては「どうぞ」と告げると扉を開けた先には

 

 

 

 

 

「ラモーヌ…?」

 

 

 

「アルダンのトレーナーさんね、今お暇かしら?」

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 ラモーヌにトレーナー室から連れられ、そして今はメジロ家御用達の黒い車に乗っている。後部座席に俺とラモーヌ。そして運転しているのは、アルダンのお付きのばあや、という方だっただろうか。

 

 車のエンジン音が響き、外からは雨の音。ラモーヌは窓側のひじ掛けに腕を置き、そして此方を見ている。彼女と出会ったのはアルダンと一緒に会った時から一度も会っていないため、少しだけ苦手である。

 

「ええっと…聞きたいんだけど、俺は今からアルダンに会いにいくんだよな?」

「えぇ、そうよ」

「…面会謝絶されているんだけど…」

「それは私のご両親から、でしょう?アルダンからはされているの?」

 

 それは、と声が出そうになる。ラモーヌが着いてきて欲しいといい、そしてその目的地はアルダンが入院している病院。しかし、今は面会謝絶とされており、彼女が入院してから顔を合わせたことは無い。

 

 確かに彼女の両親からは会うな、と釘を刺されている。しかし、それはアルダン自身からの言葉ではない。どんな形であれ、彼女に会えるのは嬉しかった。

 

「でも…俺が会いに行っていいのか?」

「アルダンが会って欲しいと言っているのだから良いと思うわよ」

「えっ?」

 

 まさかの意外な人物。てっきりラモーヌからと思っていたが、アルダンが頼んでくるとは思いもしなかった。運転をしているばあやから声が聞こえてきた。

 

「申し訳ございません、私は学園の人間ではないため、不躾ながらラモーヌお嬢様にお願いをし、トレーナー様を連れてきて欲しいとお願いをさせて頂きました」

「いえ…その…大丈夫なんですか?」

「問題ございません。私はアルダンお嬢様を小さい頃からお世話をさせていただいておりますので」

「そ、そうですか」

 

 果たして本当にいいのだろうか、と思ってしまうが今は気にしないでおこう。しかし、わざわざばあやが俺をアルダンの元へ連れてきたいというのは何か理由があるはず。

 

「それで…アルダンはなんと…?」

「トレーナー様にお会いしたいと。それだけでございます。それ以外には何も…」

「…アルダンは他に誰かと会っていますか?」

「私とラモーヌお嬢様、だけになります」

 

 ラモーヌとばあやの2人のみ。それだけの人物としか会っていないのであれば彼女はきっと思い詰めているはずだ。俺はラモーヌの方に視線を動かし

 

「アルダンはどんな調子なんだ?」

「……そうね、一言でいえば死者と変わりないわ」

「──────えっ?」

 

 彼女から聞いた言葉が俺には分からなかった。死者と変わりない。

 

「見ればすぐに分かるわ。もう少しで着くわよ」

 

 車の正面に視線を動かすとアルダンが入院している病院。ここは俺とアルダンが初めて会った病院だった。

 

 

 

**

 

 

 

 車をばあやに駐車をして貰っている間に俺とラモーヌはアルダンが過ごしているという個人病室へ向かうことになった。エレベーターで5階まで上がり、俺とラモーヌは降りていく。エレベーターを降りては右に曲がり、そして壁際の病室。501号室と書かれた病室、そのネームプレートに「メジロアルダン」と書かれていた。

 

 そしてその下には面会謝絶、と書かれた紙も貼られている。

 

「ここからは貴方だけで行きなさい。私はここで待っているわ」

「分かった、ありがとう」

 

 彼女なりの気遣いなのだろう。トレーナーとウマ娘で契約を結び、人生を歩んでいったもの同士の再開。それに水を差さないようにしてくれる彼女に頭を下げていく。

 

 病室の扉、その扉にノックをすると中から「どちら様でしょうか?」と何度も聞いた彼女の声が聞こえてきた。

 

「俺だ、アルダン」

「まぁ…!来てくださったのですね。ご足労いただきありがとうございます。入ってください」

 

 部屋の中から聞こえてきた彼女の少し高い声色。俺は扉の引き手に指を引っかけて、ゆっくりと開いていく。その扉は少しだけ重く、開くまでに時間がかかった。

 

 

 

 

 

 

 ラモーヌの言っていた()()()()()()()()という言葉の意味が分かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は瘦せていた。

 

 頬は少しだけへこんでおり、そして病衣から見える手首や腕は明らかに菊花賞の時より細くなっていた。

 

「アルダン…」

「ふふっ、驚かせてしまいましたね。トレーナーさん。其方に椅子があるので座ってください」

 

 彼女が指をさす方向には丸椅子が置いてあり、俺はそれを持ってきて彼女の傍に座る。右足は包帯で巻かれており、それを見てしまうと数年前の自分の影と重なり合ってしまった。

 

「その……調子はどうだ、アルダン?」

「委細問題ございません、トレーナーさん」

 

 嘘だとすぐに分かった。彼女は笑顔を浮かべているが、彼女の肉体から明らかに無理をしている。久々に会ってこんなことしか言えない自分が嫌だった。

 

「チヨノオーとヤエノが心配してたよ。チヨノオーはその…帰ってくるのを待っているって」

「そうなんですね…私は良き友人を持ちました」

 

 彼女は顔を伏せ、俺から視線を外してしまった。

 

 無言の時間。外で降り注ぐ雨の音だけがこの病室内を支配している。数秒後、あまりにも長すぎた無言の時間は、彼女が取り出したものとそして彼女の言葉によって破られた。

 

 

 

 

 

「トレーナーさん、こちら契約解除の書類となります」

「……えっ?」

「貴方はとても優秀なトレーナーです。ガラスの脚を持った私に二冠を取らせ、そしてここまで輝かせてくださりました。貴方であれば、きっと来年は引く手あまたとなりますでしょう」

「───────何を…言ってるんだ?」

 

 アルダンは病室のベッドに備え付けられたテーブルの上に「契約解除」と書かれた紙を置いてきた。既にその紙には彼女の名前と判子は押されており、トレーナー側は空白となっていた。

 

 アルダンの言っている意味が分からなかった。彼女の言葉は全て聞こえてはいるが、意味を理解したくないように通り抜けていき、俺はただ茫然としてしまった。足元から血液が無くなるのを感じる。座っているのに足元から崩れ落ちそうになってしまう。やけに雨の降る音だけが耳に鮮明に聞こえていた。

 

「私はもう走る事を諦めます。足が壊れてしまい、私はもう……前ほどの覚悟を賭けることはできません。それに一年後には地球も崩壊し、いずれは死ぬ定めです。それならば叶わぬ夢に思いを馳せるのであれば、このまま無駄に生を貪るよりも、ただ1人でこの世界に思いを馳せて─────」

「やめてくれ、アルダン」

 

 彼女の言葉を遮ってしまう。それ以上は聞きたくなかった。彼女の口調は硬く、まるで初めて会う他人に対して話すようだった。俺はアルダンの手に自分の手を重ねていき、そして見つめる。

 

「そんな事を言わないでくれ。頼む」

「…貴方はお優しいですね」

 

 彼女は俺の重ねた手に、更に重ねるようにしてくる。彼女の指はとても細く、その弱々しさが伝わってくる。彼女の瞳は全てを諦めており、それは過去に生を貪っていた俺よりも重い物だった。

 

「…もう…全てが嫌なのか?」

「そういうわけではございません。ただ、既にこの右足に賭ける覚悟を持ち合わせていないのです。元より”今”を輝かせたく走っておりました。ですがそれがたとえ万が一もう一度可能性があるとしても…私はもう良いのです。十分貴方に夢を見させて頂きました」

 

 彼女はまた柔らかな笑みを浮かべる。しかし、その笑みは俺にとって彼女の…最後の微笑みにしか見えなかった。彼女が走ることを諦めるのであればそれはまだ良い、だがそれ以上の事に対して俺は彼女に許容できるはずもなかった。

 

「アルダン、俺は…君に人生を変えられた。君の覚悟に当てられ二度目の人生、トレーナーとしての人生を謳歌しようと思った。俺が君に会っていなかったらこのままただ野垂れ死んでいるのと同じだ。俺は君にそうなって欲しくないんだ」

「…私は…貴方の人生を変えれたのですね…嬉しい限りです」

 

 彼女はゆっくりと俺の手を摩るようにして動かしていく。名残惜しそうに、そしてもう触れ合えない事を悲しむ様に。彼女のその手から伝わる体温はとても冷たく感じてしまった。

 

「……アルダン、君は走る事が好きか?」

「……」

 

 彼女に再び問う。彼女の視線は揺れ、答えることを拒んでいるのか口を強く結んでしまう。アルダンは小さい頃から体が弱かった。小さい頃から本や絵を嗜むことが多かったと聞いている。ウマ娘として産まれ、そして走れない辛さについては俺はよく分かっている。

 

 彼女のこの走りにかける覚悟、そして今を輝かせたいというのはきっと今までのその耐え忍んでいたものを出した結果。それがこのような残酷な結果を招いたのは俺の責任だ。

 

 なら俺はどうするべきか?

 

 

 

 決まっている。

 

 

 

 俺に覚悟が足りなかった。彼女に抱えさせ、彼女自身の走りをさせているつもりだった。だがそれは結局彼女に届いていなかった。ラモーヌという光を超えるように、そして俺の憧れになれるように彼女は全てを抱え込み、そして無理をした。

 

 

 

 ならばどうするか?

 

 

 

 

 俺の覚悟をまた、彼女の人生に賭ける。

 

 彼女に届くのかは分からない、彼女が感化されるのかは分からない。だけど、きっとそれをすれば彼女自身に、そして俺自身答えも見つかると思ったからだ。

 

 

「…アルダン、この契約書だけど1週間待ってくれないか?」

「…?はい、分かりました」

「ありがとう、必ず戻ってくるから」

 

 俺はその契約書を手にしては、椅子から立ち上がる。彼女の冷たい手の温もり、それが名残惜しく感じてしまうがゆっくりと離していき、そして病室から出ていった。

 

 病室から出ればラモーヌとばあやの姿。

 

「…おかえりなさい、有意義な時間は過ごせた?」

「人生で一番っていっても良いぐらいにな」

「そう……覚悟は決めたようね?」

「あぁ…話したいことがあるから明日トレーナー室に来てくれ」

「分かったわ」

 

 ラモーヌは頷き、俺に肯定をしてくれる。彼女は聡明だ。それも誰かの考えを見透かしてしまうほど。ここまで来ると彼女に対して畏怖ではなく、憧れに近い何かを感じてしまった。

 

 俺はばあやに頭を下げていく。

 

「ありがとうございました。アルダンと話せてよかったです」

「いえ…私はアルダンお嬢様に応えただけですから」

「それでもです、ありがとうございます。今日はここで失礼させて頂きますね」

 

 俺はラモーヌとばあやに背を向けていく。足を1歩、2歩、と歩き出していくと背後から聞こえるばあやの声。

 

「トレーナー様」

 

 俺は足を止めて、その声の主の方へ振り向いていく。

 

「本来であれば貴方様はここにいるべきではございません。ですが、ここに連れてきたのはアルダンお嬢様の意志だけではございません。──────どうか、悔いなきご選択を」

 

 俺はまたばあやに頭を下げていく。

 

 悔いなき選択。そんなものは既に決まっていた。

 

 彼女の冷たい手の温もり、あの暗闇から抜け出させるために俺は覚悟をまた賭けよう。

 

 悔いのない覚悟を。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

次の日

 

 

 俺はトレーナー室でラモーヌと机を挟むような形にして座っていた。今日も外は雨が降っている。ラモーヌは俺に視線を向けては

 

「それで…私を呼んだ理由は?」

「俺と走って欲しい」

 

 雨の音が聞こえなくなってしまうほどの静けさがトレーナー室を包んでいく。彼女は完全に呆けており、そして数秒後に噴き出して笑い始めた。まさか彼女が声を出して笑うとは思っていなかったため、俺も呆気に取られてしまう。

 

 とはいえ、それもそうだろう。仮にウマ娘と人間が走ったとして人間が勝つのはほぼ100%あり得ない。中にはウマ娘に迫るほどの人間もいるらしいが、それは一握りの中の一握り。選ばれし人類といっても過言ではない。生憎、俺はその選ばれし人類ではなかった。

 

「…もう一度言ってくださる?」

「…俺と勝負して欲しい」

「ふふっ……そう、そうね……それはつまり愚弄しているわけではなく?」

 

 彼女がひとしきり笑い終えた後、此方に対して瞳を細めて視線を合わせてくる。それは威圧的な瞳だった。ウマ娘としての本能なのか、それとも走りを愚弄されたことに対してなのか、一言間違えてしまえば彼女に幻滅されるでは済まないものを感じた。

 

 ウマ娘からすれば人間と走るのには意味がない。しかもそれが明らかに勝てる相手から走って欲しいという願いだ。わざわざ勝てない相手にお願いをするのは、身の程を知らない大馬鹿かそれともただ相手を小馬鹿にしたい捻くれ者だけだろう。

 

「愚弄なんかじゃない、本気で俺と勝負して欲しい」

「貴方、理解をしているのかしら?ウマ娘と人間が走った場合、人間が勝つのはほぼ不可能なのよ?」

「嫌って分かるくらい知っているよ。でも、もしかしたら…があるかもだろ?」

 

 少しだけ彼女を挑発するようにして告げていく。彼女はその細めた瞳をゆっくりと開いていき、そしてソファーの背もたれに体を預けていく。

 

「そう…勝負の内容は?」

「…お恥ずかしいことにさすがに1600mとかは無理なので、1ハロン、つまり200mを走る勝負はどうだ?」

「ふふっ、良いわよ。回数はどうしましょうか」

「6回勝負。コースの所を行ったり来たりして、だな」

 

 200m走、俺が現役時代に走っていた距離。無論、勝てるはずもない。なにせ走っていた時代から既にブランクがあり、そして俺の右足は既に壊れてしまっている。だけど、俺は彼女と勝負がしたいと思った。ラモーヌが乗ってこなければどうしようかと考えていたが、ある程度俺の意志を尊重してくれているらしい。

 

「では、勝負を受ける前に1つお聞きするわね」

「…あれ、受けてくれるんじゃないのか?」

「一言も()()とは言ってないわ?」

 

 確かに。勝負の内容を決めただけでラモーヌ自身から承諾を貰ってはいない。彼女からの問いとはなんだろうか、そう思い彼女を見つめる。

 

 

 

 

 

「貴方、命を賭けたいと思うほどのもの、愛はあるかしら?」

 

 

 

 

 

 過去、俺が聞かれた問い。皐月賞前の俺はすぐに応えることが出来ず、そしてラモーヌに幻滅されてしまった。この問いの真意、それは俺自身に対してである。俺はこの時アルダンに対してを考えており、アルダンを中心で答えようとしていた。

 

 しかし、それは俺自身の答えではなく、アルダンへ依存している答えだ。

 

 依存というのは時に人を生きる活力を与えさせ、そして理由となる。だが、その依存が立たれてしまえば、その人物は生きる活力がなくなり、そして自分の存在意義を見失ってしまう。

 

 ラモーヌはアルダンという自分の妹が体が脆く、そしていつか壊れてしまう事も考えていたのだろう。その時に俺がアルダンに依存しているのであれば、俺自身も壊れてしまう。そうなれば共倒れになってしまうのだ。

 

 今思えばあの問いはアルダンが壊れたとしても「貴方自身でいられるほどの何かはあるのか?」という彼女なりの優しさだった。

 

 俺自身、アルダンに対しては言わずもがな覚悟を捧げたいと思っている。だけど、それだけじゃない答えは既に俺の中に宿っていた。

 

「あぁ、あるよ」

 

 小さい頃の純真さ、勝った時の嬉しさ、負けた時の悔しさ、脚に伝わる感触、風を切っていく楽しさ、そしてあの痛み。

 

 彼女達への嫉妬、それら全ては今思えば俺自身が目を逸らしていただけなのだ。悲観をして1人で暗闇に入り、その暗闇で生を貪っている。

 

 だけどその暗闇から抜け出させてくれたのは俺の光でもある彼女、メジロアルダンという少女だった。

 

 彼女の眩しさは俺にとって美しく、儚く、支えたいと思った。だから彼女をスカウトしたのだった。

 

 今はアルダンは暗闇にいる。その暗闇にいるのであれば今度は俺が救い出さなければいけない。

 

 彼女が見せてくれた光を今度は俺が彼女に見せる番なのだ。

 

 俺はラモーヌを見据え、そして力強く答えていった。ラモーヌは瞳を閉じて口角を上げる。

 

「そう…良いわ。受けて立ちましょう。期日は?」

「6日後の午後5時からで。その日にアルダンと会うから。あっ!ラモーヌにもう一つお願いしたいことがあるんだ」

「…何かしら?」

「アルダンをトレセン学園まで連れて来て欲しいんだが、できるか?」

 

 ラモーヌへの更なるお願い。俺がただ走るのではなく、この走りをアルダンに見せる必要がある。そうでなければ彼女の暗闇を抜け出させることは不可能だから。

 

「えぇ、良いわよ」

「ありがとう、ラモーヌ」

 

 彼女が承諾してくれると俺は笑みを浮かべてしまう。意外とこうやって会話をしてみると普通の子だ。最初の時に畏怖していたのが申し訳なさを感じてしまう。

 

 後は6日後までに俺自身の準備をする必要がある。あとは、チヨノオーやヤエノにもアルダンの現状を話しておいた方がよいだろう。他に何かしなければいけないことはないだろうか、そんな事を考えていると

 

「ねぇ」

 

 とラモーヌから話しかけられる。彼女の方に視線を向けていくと彼女は先ほどまで問いていた圧のある瞳ではなく、物柔らかいものとなっていた。

 

「本当、アルダンの事を愛しているのね」

「……ラモーヌからそんなことを言われるとは思ってなかったよ?」

「あら、否定しないの?」

 

 くすくす、と彼女は少し楽しそうに口元に手の甲を当てて笑っている。年相応には見えないほど大人びている彼女だが、ここだけ見てしまえば年相応の可愛さが綻び見えている。

 

 対する俺は少しだけ唇を尖らせ、彼女の揶揄いに上手く反論できずにいた。その反応に更に楽しそうに笑う彼女。先ほどの大笑いしていたものとは違い、これは彼女自身の本来の笑いにも見えた。

 

「最後に良い物を見せてもらったわ、私はアルダンの所へ行くわね」

「早速か、そういう君も余程アルダンの事を愛しているんだな」

 

 彼女がアルダンの元へと向かう、それを聞けば妹想いなんだな、と感じる。アルダンが面会を許しているのもばあやとラモーヌだけであり、それだけ姉妹の仲が深いのだろう。彼女は荷物を持ってトレーナー室から出ようと扉を開けた後、此方を振り向いた。

 

 

 

 

 

 

「勿論よ。アルダンのレースを全て見るほど、私は彼女を愛しているわ」

 

 

 

 

 

 

**

 

 

 

 

 

「えっ!?ラモーヌさんとレースをするんですか!?」

「うん、200mの短い距離だけどね」

 

 俺はチヨノオーとヤエノをトレーナー室に呼び、チヨノオーとヤエノと対面になるように座る。そして6日後にラモーヌとレースをすること、そして今のアルダンの状態について話した。アルダンの状態を話したときは2人ともかなり沈んでいたが、ラモーヌとレースをすることについて話したら、チヨノオーが大きな声を出して驚き、ヤエノは口を開けて呆けてしまっている。

 

 まぁ、これが普通の反応だろう。人間とウマ娘がレースをするなんて火を見るよりも明らかな結果になるのだから。

 

「……失礼を承知の上で申し上げます。これは…無謀ではないですか?」

「無謀だね」

「…何か策などは…」

「策…策かぁ…」

 

 確かに作戦と言われると少しだけ困ってしまう。天井を見上げ、うーん、と考えるも何も思いつかない。当然だ、ウマ娘とレースをする時点で作戦を立てた所で全て無駄になるほど、彼女達の走りは早いのだから。

 

「精一杯…頑張るかな?」

「それは策とは言えません!そんなことをして一体何の意味があると!」

 

 ヤエノが立ち上がり、俺を睨みつけるようにして見下ろす。強く握りこぶしを作っており、今にでも殴り掛かられてもおかしくない。そう、これはウマ娘によっては侮辱行為と思われてもおかしくないだろう。

 

 自分から勝算もない勝負を仕掛け、挙句の果てには策がないと言えば舐めていると感じる子もいる。ヤエノが怒っているのはそれだけ走りに賭けているからだと感じた。

 

「ちょ、ちょっと…ヤエノさん」

「…すみません…声を荒げてしまい…」

 

 チヨノオーが俺とヤエノの間に割って入るようにして体を前のめりにする。チヨノオーがヤエノの握りこぶしに手を重ね、そして俺の方を見つめてくる。

 

「理由を説明してください。アルダンさんのトレーナーさん。これは一体どんな意味があってするのですか?」

「…君たち二人は走るのは好きか?」

「…それは…勿論です」

「それならば良かった」

 

 俺は笑顔を浮かべると余計に2人は頭の上にハテナが浮かんでもおかしくないほど不思議な表情をしていた。

 

「アルダンは今、走る事の楽しさを忘れてると思うんだ。”今”に賭けることに必死になって、そしてそれが無くなればそのまま消えようとしている。でも、俺は走れるなら…いや、そもそも走り自体を好きになって欲しいんだ」

 

俺の心からの本音を2人に伝えていく。それは2人にとってはやはり納得がいかないという様子もまだあった。

 

「…私達だってアルダンさんに戻ってきて欲しいと思っています。またあの皐月賞や日本ダービーのように一緒に走りたい、と。でも…トレーナーさんが走ってアルダンさんに届くとは思えません」

「そうだね、でも俺はきっと届くと思ってる。いや、欲しい、かな?」

「そこまでの根拠がある理由が私とヤエノさんは分かりません…。仮に走れる人間が走ってもアルダンさんの心に届くとは…」

「俺が一度走りを好きになれなくなった人間と言ってもか?」

 

 この2人に少し意地悪なことをしてしまったと少し心の中で反省。だけど、この2人がそれだけアルダンの事を大事に思っていることが俺は嬉しかった。俺の言葉は2人にとってやはり分からず、俺はその意味を理解させるようにズボンを捲って、右足首の手術痕を見せる。

 

「うっ…それは…」

「気持ち悪い物を見せてごめんね、口で言うより見せた方が早いと思って」

 

 2人はその手術痕をまじまじと見ていく。チヨノオーは両手で口元を覆い、そしてヤエノは片手で口元を隠し、片手はソファーを強く握りしめていた。

 

「俺は昔、選手として走っててね。ちょっとだけ昔話に付き合って欲しい」

 

 その手術痕をまた隠すようにしてズボンの捲りを解いていき、そして彼女達に向き合う。俺の過去、選手として走っていたこと。ケガをして走れなくなり、同期に、コーチに、家族に同情され逃げるように生きてきたこと。走りが好きでなくなり、アルダンに触発され走る事が()()になろうとしていること。

 

 俺の過去を2人に包み隠すことなく話した。この2人はアルダンが今後奮起するときにきっと手助けやその目標となる。だからこそ、この2人に俺の今回の行動に理解を示して貰う必要があった。

 

「……アルダンさんにとって重い選択かもしれませんよ」

「そうだね、アルダンを苦しませてしまうかもしれない」

「それでも…すると」

「あぁ。俺は彼女に走っていた時の楽しさを思い出してほしい。勝ち負けも大事だけど、それ以上に楽しいって思えなければ…もっと苦しいだけだから」

 

 俺は自分の視線を下に落としていく。自然とその右足首へ移っていく。俺の過去、そして今の想い。それら全てはこの時のためにあったと言っても良いのかもしれない。

 

 俺のこの行動はもしかしたら誰かに非難されるかもしれない。馬鹿にされるかもしれない。愚か者だと指をさされるかもしれない。だけど俺はそんなことは全て()()()()()()と思っていた。彼女に走る事を楽しさを思い出して欲しいのだ。それが叶うのであれば俺はいくらでもピエロを演じよう。

 

「アルダンさんのトレーナー殿、貴方の想いはよく分かりました。ですが、私たちは何をすればよろしいでしょうか?」

「何もしなくていい。いつも通りにしててくれると嬉しいよ」

「そう…ですか、分かりました」

 

 少しだけ耳が垂れさがるヤエノ。彼女はとことん真面目だからこそ、きっと力になりたがってくれている。だけど、変にアルダンに気を遣えば、きっとまた彼女は気負うかもしれない。それにこの2人の人生もある。それに付き合わせてしまうのは俺としても申し訳なさがあった。

 

「アルダンさんのトレーナーさん、もし力になれることがあればいつでも言ってください!力になりますから!」

「ははっ、ありがとう。でも今は無いから大丈夫だよ。2人が理解してくれるだけで既に力になってるから」

 

 チヨノオーが胸を張って、どんっ、とそこを拳で叩いていく。彼女達が協力してくれるのは俺にとってもとてもありがたく、力になるように感じた。後は走る準備を整えるだけ、自分のブランクはかなりあるが、すぐに体が追いついてくれる、そんな気がした。

 

 

 

 

□■□■

 

 

 

 

 

 病室で私は一人で絵を描いていました。外で振っている雨を見つめながら、私はただ鉛筆を走らせ、そしてその光景をスケッチブックに写していく。最後のこのスケッチブック達に私の思いを綴らせるのも良いでしょう。終わるまでにはまだ時間はあります。

 

 そんなことを思っていると病室の扉がノックされる音が聞こえました。本日の食事も終えており、そして今日は来客の予定が無いため、誰なのかは分かりませんでした。

 

「はい?どちらさまでしょうか?」

「私よ、アルダン」

「姉様…?」

 

 扉の奥から聞こえてきた声は予想外の人物でした。姉様はいつでも来ても良いとお伝えしていますが、実際に来るのはこれで4回目。最初の私の入院とその次の日、そしてトレーナーさんとお話をしたあの日が姉様が来た日でした。さすがに来る回数が多いため、私は苦笑いを浮かべてしまいます。

 

「姉様、またいらっしゃったのですか?」

「あら、良くなかったかしら?」

「いえ…嬉しいです。入ってください」

 

 がらら、と音を立てて入ってくる姉様の姿。此方に歩いては椅子に座ることなく、私を見つめてきました。

 

「えぇっと…姉様?お座りにならないのですか?」

「今日は簡単な伝言を伝えに来ただけよ」

「…伝言ですか?」

「えぇ、貴方のトレーナーさんから”6日後の午後5時にトレセン学園のコースに来て欲しい”とのことよ」

 

 姉様の言っている意味が分からなかった。なぜトレーナーさんからの伝言を姉様が伝えているのか、そしてなぜトレセン学園の…しかもコースに向かう必要があるのか理解が出来ませんでした。

 

「さて、と…話はそれだけよ。お邪魔したわね」

「ほ、本当にそれだけなのですか?」

「えぇ、そうよ。レースに向けて私も調整をしないと」

 

 姉様がレースをする。それは初耳だった。この時期のレースと言えばG1であれば天皇賞・秋やエリザベス女王杯になる。しかし、姉様がそれらに出走登録をしているというのは聞いたことが無かった。もし、出走登録をしたとなれば大きな話題になってもおかしくないのである。

 

「姉様もついにレースに戻られるのですね、次は何を走るのですか?」

「そうね………久々のレースは芝200mね」

「……200m?」

「ふふっ、来れば分かるわ。またね、アルダン」

 

 そう告げてしまうとひらり、とスカートを靡かせて病室から立ち去ってしまいました。姉様は時折謎の事を告げるのですが、それは難解であり、そして理解できないときも当然ありました。しかし、今回のこの姉様の言葉は今までで一番理解ができません。

 

「6日後…トレーナーさんが言っていた1週間後の日付と同じ…」

 

 トレーナーさんからの伝言。それを私は一人で呟いていきます。

 

 6日後、というのは分かりました。彼が言っていた契約解除の紙を持ってくる日がその日ということは。

 ですが、()()()()()()()()()()()()()()()()というこれだけが分かりませんでした。わざわざ会うのであればこの病室で問題はございませんでした。仮に契約を解除するとしても私に会わずともできるはずです。既にあの契約解除の書類には私の名前が入っているのですから。

 

 だからこそ、私には理解が出来ませんでした。トレーナーさんからの伝言の意味が。今の私にとってコースで他のウマ娘の走りを見るのは正直苦痛でしかありません。この病室から眺め、そして外で走っているきらきらと輝いていたあの時の光景。昔はあの中に自分もいたら、なんて思っていましたが、最早それは昔の話。

 

 今ではこの外の雨と同じように私の心の中に影を落としています。姉様がまた走るのはとても嬉しい事です。姉様がレースを走るのは久しぶりでした。ですが、()2()0()0()m()というのは初めて聞きました。

 

 重賞のレースで1000mのレースは実際にあります。ですが、芝200mというのはあまりにも短く、果たしてレースなのか不明でした。もしかしたらトレーニングの事をさしているのか、そう思いましたがそうであれば調整をする、という単語もより謎を帯びていきます。

 

 考えれば考えるほど、余計に頭の中は混乱するばかり。ですが、姉様がレースに戻るというのであれば一つだけ確信を得られることはあります。

 

 姉様の光によって私の光は消え去ってしまう

 

 きっと姉様はそんなことは考えていないのでしょう。あの人は元より走る事を誰よりも愛している。走れなくなった私の事なんて既に眼中にはない、そう思えてしまいました。

 

 そしてそれを思えば思うほど、よりこの壊れた脚が憎く見えてしまう。どうして走れないの、どうして壊れたの、どうしてこんなに弱い体に──────

 

 小さい頃に主治医から体が弱く、レースに向いていないことを聞いた後に癇癪を起こした私とまた重なってしまう。私はあの頃から成長はできたのでしょうか。否、できていません。成長できているのであれば今頃この脚は壊れず、そして走り続けることができ、姉様の隣に並べることもできたはず。

 所詮私は強がって、そして気丈に振る舞っているだけでした。誰にも弱みを見せたくなく、それをひた隠しにするように。

 

 きっと私はこのままメジロ家の1人のウマ娘、というなんてことない存在として忘れ去られていくだけでしょう。外を眺めていく。

 

「6日後…トレーナーさんに会いにいきましょう。そしてそこで全てを…」

 

 6日後はこの雨も止み、そして雲一つないほどの晴天となると聞いています。

 

 私の心とは真逆になるこの天気予報ですら憎く思ってしまう。

 そんな自分の未熟さが嫌になりました。

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