MFゴースト / ZERO   作:マグウェル

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3.Acceleration

 

 

 

 

―小田原市 市役所

 

 

 

市議として議会の出席を終えた池田。

 

帰るために廊下を歩いていると、彼のスマホの着信音がピロピロピロと鳴り響いた。手にとって通話しようと操作して「池田だ」応じてみると、相手はMFGの運営統括本部長、上祐史浩だった。

 

 

 

 

「―もしもし、池田さん。例のコースの件は...?」

 

 

 

 

「ああ、無事に通りそうだ。ただ...俺達小田原市側も箱根町側もウチでの開催スケジュールは来年の12月以降を希望している。それでもいいか?」

 

 

 

 

「―そうか...時期的に路面凍結や降雪する可能性もあるが、多分大丈夫だろう。ここ数年は暖冬が続いてる...それに雪が降ったところで涼介なら"それも含めての公道バトル"って言いそうだしな」

 

 

 

 

「そうだな...あの男ならそう言い兼ねないな」

 

 

 

フッと小さく笑みを浮かべながらも外に出て自分のRZ34に乗り込む池田。エンジンスタートボタンを押し、VR30DETTエンジンを始動させた時に史浩が「―そういえば...」と何かを思い出したようにしてあることを聞いてきた。

 

 

 

 

「―ゼロアカデミーに通ってる芸能人で良さそうな感じの子、居たりするか?」

 

 

 

 

「はぁ?また、藪から棒に...どうしてそんなことを聞く?」

 

 

 

 

「―実はMFGのオフィシャルアンバサダーを探すことになってね。オーディションとかやるってなると費用も時間も掛かるから、身内で良さそうな人材が居たらなと思って聞いてるんだ。誰かいるか?」

 

 

 

 

実はゼロアカデミーには芸能関係者も多く通ってる。

スタントマンや俳優が仕事の為に学びに行くこともあれば、仕事関係なしにプライベートで純粋にドラテクを学びに通う芸能人もいる。

 

史浩の言葉に「そうだな...」と考え込む池田。

しばらくしてから一人の人物が頭に浮かび上がってきた。

 

 

 

 

「上祐くんは鳴嶋メルトくんは知ってるか?」

 

 

 

 

「―ああ、あのイケメン俳優の。彼がどうした?」

 

 

 

 

「このあいだ、彼がドリフトに挑戦するっていう番組の企画でうちのアカデミーに来てたんだが...撮影の裏でスゴい入れ込むように練習しててね。今どきの若者には珍しいタイプでかなり印象が良かったんだが...」

 

 

 

 

池田の言葉に「―うーん...」と微妙な反応をする史浩。これはダメな反応だと思いながらも待っていると彼から「―出来れば女優がいいんだ」と絞り込むような注文が。内心我儘だな...と思いながらも考えるも決定打に欠けるようなイマイチの娘ばかりだった。

 

 

 

 

「そうだな、あとは...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―都内のBAR

 

 

シックな感じの黒が基調になっている店内のテーブル席。

あかねはかつて今ガチで共演した鷲見ゆきとMEMちょの三人で飲むことになった。所謂プチ女子会というヤツだ。

 

 

 

「「「カンパーイ!」」」

 

 

 

久々の女子会、ゆきとMEMちょは結構テンションが高めだ...

思えばアクアが亡くなってから三人で集まるのはこれが初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

「MEMちょ、結婚したんだよね!?おめでとー!!」

 

 

 

 

「へへー、照れるなぁー!もう。ゆきもノブくんといいとはどうなのさー?」

 

 

 

 

そんな言葉を聞きながらもあかねの表情はうわの空といった感じ。時折スマホを確認すると自分のストーカー被害のネット記事がズラり...

 

 

"黒川あかね、復帰の目処は!?"

 

"実はライバル事務所の陰謀!?黒川あかねのストーカー被害について"

 

そんな記事の見出しばかり...小さくため息をつきそうになりながらもスマホをしまうと飲んでいた青いカクテルを眺めるように見ていた。

 

 

 

 

「あかね?」

 

 

 

 

ゆきに呼ばれてピクッと反応するあかね...気を遣われたくないと思い咄嗟に「なに?」と微笑みながらも確認するとゆきは小悪魔染みた笑みを浮かべて聞いてきた。

 

 

 

 

「あかねはー....新しい出会いとかあった?」

 

 

 

 

唐突すぎて「へっ...!?」とあからさまな反応を見せるあかね。MEMちょも「聞かせて、聞かせてー!」と前のめりで聞いてくる...

 

「うーん...」となりながらも考えるあかね...ふと浮かんだのが自分を助けてくれた五十嵐ハジメの姿。しかし、それを上塗りするように陸橋で自分を助けてくれたアクアの姿がモノクロカラーで現れた。振り切れない、忘れられない。やっぱり...

 

その思いから誤魔化そうと笑みを浮かべながらも首を横に振って答えた。

 

 

 

 

「う、ううん。とくにはないよ」

 

 

 

 

「そっかぁ、やっぱりあかねはアクたん一筋なんだねぇ」

 

 

 

 

「もう二年も経つんだし、そろそろ他の出会い見つけてもいいと思うけどなぁ....。でも、寂しさでオカルト走ったなんてウワサもあったけど大丈夫そうでよかったよ」

 

 

 

 

二人の言いたいことも分かる...だが、これは強い好意を抱いていた者にしか分からないだろう。悪いことはしていないが心の中に残る罪悪感のようななにか...この気持ちはもう二度と振り切れないかもしれない。

あかねは内心そう思いながらも気休めにとカクテルを一口飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―同時刻、病室

 

 

真っ暗な部屋の中、ハジメはベッドで横になりながらもスマホを横向きにしてYOUTUBEである動画を見ていた...5年前の筑波サーキットチューニングカーのタイムアタック動画だ。

 

 

 

ゼッケン番号27の青のGRスープラがピットからコースに合流してきた...乗ってるのはかつての自分。

このスープラはとあるショップのデモカー。チューニングは当時出来る限りの名一杯のチューニング。だが、まだ発売されて間もないということもあって現在のチューニングと比べると足回りのセッティングや所々のパーツが煮詰められていない。空力系のパーツがフロントリップやカナード、汎用品をベースに加工されたショップオリジナルのGTウィングぐらいしかついていないのを見るとそれがよく分かる。

 

 

軽く慣らしを何周かし、タイヤが暖まった所でアタックに入る。

 

 

そのタイミングでハジメの意識は次第に映像の中の自分とリンクされていった...

 

 

 

 

筑波のホームストレートからの第一コーナー、しっかりとブレーキング、ヒールアンドトゥでシフトダウン。

 

 

フォンッ!フォンッ!!という耳に飛び込んでくる直6エンジンのサウンドを感じながらも二速に落とし、コーナリング。

 

イン側についている赤と白のエイペックスを見据えながらもテールが出過ぎないようにアクセル開度に気をつける...

 

 

ロスを抑えながらも出口で再びアクセルを踏み込む。

 

 

緩いS字をこなしつつも3速、4速、5速...とシフトアップ。

 

 

再びコーナーが迫る。

 

 

フルブレーキング、減速Gを感じながらもヒールアンドトゥ。また2速まで落とす。

 

 

 

立ち上がってからアクセル開度に気をつけながらも3速、4速とシフトアップ。

 

 

ダンロップ下を抜けて間もなくするとまたキツいコーナー。

 

 

フルブレーキングして2速までキッチリとシフトダウン。

 

ラインが膨らまないように立ち上がると、いよいよバックストレート。

 

 

今までとは違い、鬱憤を晴らすようにアクセルを踏み込む。

 

 

3速、4速、5速...車速が乗っていくと最終コーナーが見えた。

 

 

ブレーキング。フォンッ!と4速にシフトダウンして高速コーナーを曲がっていく。

 

 

横Gによって車が路面から剥がされそうな感覚を感じ取りつつもアクセル操作とステア操作で押さえ、名一杯のラインで最終コーナーを抜ける。

 

 

そこから最後の直線。

 

 

0.001秒でも速くと力強くアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

そのままゴール...タイムは59秒951。

 

 

あらゆるチューナーやドライバーが一つの大きな目標と掲げている1分切りを当時あまり手つかずだったGRスープラのチューニングカーで達成した瞬間だった。

 

 

 

動画内で聞こえる関係者の歓声と共にハジメの意識は一気に現実へと戻される...それと共にある言葉が脳裏に浮かんできた。

 

 

 

 

 

"また...走らないんですか?プロとして"

 

 

 

 

前にあかねの口から繰り出されたフレーズ。思わず「はぁ...」と一人で深いため息を吐いた。

 

 

 

 

「戻りますって言って戻れるほど、甘い世界じゃないっての....」

 

 

 

 

諦めたようにそう呟きながらも力が抜けるようにベッドに凭れ掛かると色んな悩みが頭を過る...

 

 

 

 

NSXのこと。

あの事件でボロボロになってから一度も見ていない...

恐らく、スパイラルに預けられているだろうが修理がどの程度進んだのかどうかも分からない。

 

 

 

 

店のこと。

自分のパンを楽しみに待ってる常連たちの顔が浮かぶも、自分が戻って来るまでに待ってくれるだろうか。それに、店が閉まるということはバイトちゃんも稼ぎが無くなって困るんじゃないか。

 

 

 

 

そして、最後に...黒川あかねのこと。

今後、彼女とどう接すれば良いのか全くと言っていいほど分からない。彼女の女優人生のことも考えてどこかのタイミングで突き放してやるのが一番いいのかも知れない。...が、そう考えるとなんだかチグハグした気分になる。どうしてかは自分も分からない。

 

 

 

考えてても埒が明かないと無理矢理寝ようと目を瞑った時、スマホのバイブ音が辺りに鳴り響き始めた...

 

 

 

誰だ、こんな時間に....?

 

 

そう思いながらもスマホを手にとって番号を確認。

 

見たことがない番号だ...間違え電話か?

 

 

 

 

内心そう思いながらも無視しようとしたが、なかなか切らずにしつこく掛け続けてきた...仕方ない、出てやるか。

 

 

 

ため息混じりにそう思いながらも「はい」と半分苛立ち気味に出てみると相手の「―久々だな、ハジメ」という言葉で驚きながらも誰か分かった。

 

彼の師匠、モータースポーツの第一線で一流のプロドライバーとして活躍する小柏カイからだ。

 

 

 

 

「か、カイさん...!?」

 

 

 

 

驚きのあまり立ちそうになるもズキンッ!と痛み始めた治りかけの傷口をイテテ...と押さえて落ち着くと小柏の方はフッと鼻で笑うようにしてから話し始めた。

 

 

 

 

「―おめえ。最近、話聞かねえと思ったらパン屋に転職したってな」

 

 

 

 

「あ、えぇ...まあ」

 

 

 

 

「―そうか、なんかつまんねえヤツになっちまったな。こっちに戻る気はねえのか?」

 

 

 

 

唐突な勧誘に驚くハジメ。先程、脳裏に浮かんだフレーズが再び頭に舞い戻ってくる...運命なのか、何なのか。

 

ただ、勧誘と言っても何かしらの理由がある筈...聞こうと思っていたら向こうから話してくれた。

 

 

 

 

「―ハジメ、MFGって知ってるか?」

 

 

 

 

「ええ、まあ...最近広告とかでよく見ますよ。公道貸し切ってレースするヤツですよね」

 

 

 

 

「―それに出て欲しいんだ。俺らレーシングチーム·カタギリの代表として」

 

 

 

 

小柏の言葉にあらゆる疑問が浮かび上がってくるハジメ。「ちょっと待って下さい!」と切り出してそれを全て投げ掛けることにした。

 

 

 

 

「カイさんが出ればいいじゃないですか、百戦錬磨のアナタなら絶対に...!」

 

 

 

 

「―オレは出れない。というか、出れねえんだ。今回は出場に年齢制限があってな」

 

 

 

 

「じゃあ、カタギリの若いヤツに....!」

 

 

 

 

「―無理だ、まだそこまでの技量がねえんだ。お前が走れ」

 

 

 

 

そう言われても店のこともあるし、心境的に即答出来る状態じゃない...それを察したのか、小柏はフッと鼻で笑うようにしてから沈黙を破るように話し始めた。

 

 

 

 

「―応募の締め切りはあと1カ月だ、それまでに返事くれや」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―レーシングチーム·カタギリ 事務所前の喫煙所

 

 

簡易的な照明がついたこの場所で通話し終えた男...

 

黒い短髪で年齢の割に若く見える顔立ち、季節外れとも言えるライダースジャケットのような服を羽織っている...彼の名前は小柏カイ。ハジメの師匠だ。

 

そんな彼がスマホをポケットにしまうと共にタバコとライターを手にし、吹かそうとした時に後ろから誰かの気配を感じ取る。ゆっくりと振り向くと、そこには一人の男の姿が...プライドと熱意が有りそうな鋭い目付きに筋肉質な身体。白いワイシャツに黒いスラックスとやや似合わないビジネススタイルの格好をしている。

 

彼の名前は皆川英雄。

かつてレーシングチーム·カタギリの監督兼チーフドライバーだったが、社長の容態が悪くなったということで今は社長代理を務めている。

 

 

 

 

「小柏、どうだった?」

 

 

 

 

「とりあえず、軽いジャブ程度で誘いは入れておきました。ギリギリまで返事は待つつもりです」

 

 

 

 

そう答えながらもタバコを吹かし始め、ふぅー...と小さく息を吐くと皆川も隣に立ってタバコを吸い始めた。火を付けて最初の一吸いを終えると皆川は再び小柏の方に目を向けて問いかけた。

 

 

 

 

「来る見込みはあるのか?」

 

 

 

 

「さあ?ただ...来てもらわねえことには困りますよ。今いるウチの若え連中じゃ、未熟過ぎて話にならねえ」

 

 

 

 

「同感だ。他に走れるヤツだと乾がいるが...アイツもギリギリ年齢制限に引っ掛かるしな...それに開催日がラリーのツアー真っ最中だ。呼ぼうにも呼べない」

 

 

 

そう話していると自分が吹かしたタバコの煙越しに見える月明かりを眺め始める小柏...過去のことがふと脳裏に浮かび上がると「皆川さん」と呼んでから昔話に思いを乗せて話すことにした。

 

 

 

 

「ハジメのスープラでの筑波アタック、覚えてます?」

 

 

 

 

「ああ、覚えてる。あの今から見るとなんちゃってに見えるデモカー。例えればよく走るゴミ。しかもHパターンだ。よく1分切れたものだ...お前もあのタイムには自分のことのように喜んでたよな」

 

 

 

 

「ええ...まあ、アイツがガキの頃からずっと見てきたんで。感覚的には年の離れた弟みたいなモンなんですよ。だから、一分切ったって聞いて柄にもなく嬉しくなっちまって...」

 

 

 

 

そこから最後に「まっ、俺が走った方が速いですがね」と負けん気が強いのか、冗談交じりなのか一言付け加える小柏。フッと小さく笑う皆川を見ると再び神妙な面持ちで語り始めた。

 

 

 

 

「...今度、また探り入れてみます。アイツもガキっぽいところあるんで...どっかにその気にさせるスイッチみてえなもんあるんじゃねえかって思うんです」

 

 

 

 

「そのスイッチを...押してやると?」

 

 

 

 

「ま、そういうことです。オレに任せてください、社長代理」

 

 

 

 

 

 

 

 

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―翌日、昼 病院

 

 

いつも通りサングラスで変装してハジメの病室まで移動するあかね。いつもと違って手には大きな手提げカバンが...大きく膨らんでいる感じからして何か色々入っていそうだ。

 

どこかルンルン気分で病室に入ろうとするとちょうど白衣の男とすれ違った。ハジメの担当医、北条凛だ。

 

 

 

 

「北条先生....?」

 

 

 

この時間に珍しいと内心思いながらも凛の方を見ると彼は小さく微笑みながらも「おはよう」と一言だけ告げて立ち去っていった。何か用でもあったのかな...?内心そう思いながらもコンコンと数回ノックしてから中に入るとハジメはベッドの上のテーブルにスペースに置かれた昼食の残りを見ながら何か考え事をしているような様子だった。

 

 

 

 

「おはようございます、五十嵐さん」

 

 

 

 

「ああ、おはよう。いつも来てもらって悪いな...なんか」

 

 

 

 

「いえ...」と答えながらもいつも通りにベッドの横の椅子に腰掛けるあかね。そんな彼女に対しハジメは外の景色を眺めるように見ながらも「あかね」と呼んである話を切り出し始めた。

 

 

 

 

「前から思ってたんだけどさ...俺の方だけ名前で呼ぶのちょっと変じゃないかなって」

 

 

 

 

「え、でも...年上ですし」

 

 

 

 

「20歳過ぎてからの4つ差なんて大した事ないだろ?あと敬語も使わなくていい」

 

 

 

 

ハジメからの言葉に戸惑うように「うぅ...」と小さく声を上げるあかね。無理に強要する必要も悪いと発言を撤回しようとした時、彼女は小さく笑みを浮かべながらもこう言ってきた。

 

 

 

 

「ほら...お昼ごはん残してるよ、"ハジメくん"」

 

 

 

 

吹っ切れたのか少し笑いそうになりながらも言ってくる彼女に対し、カウンターパンチを食らうようにドキッとしてして硬直するハジメ。「だ、だだ、だだだ、だってさ...!」とモロに分かるような反応を見せながらも気を紛らわせるように天井に目を向けた。

 

 

 

 

「病院食、味しなくてマズいんだよ....!このおひたしとか雑草食ってる気分になる」

 

 

 

 

そう言っていると恐る恐る箸を手にとるあかね。そのままおひたしを取ってはハジメの口元に近づけていく。

 

 

 

 

 

「はい、あーん?」

 

 

 

 

唐突な行動に「へっ!?」と更に驚くハジメ。心臓がはち切れそうな感覚に襲われながらも挙動不審にあらゆる方向に目を向け、しばらくして覚悟を決めたのか口を開けてハムッと一口...我慢してモグモグと口にしてるとあかねはクスッと小さく笑ってみせた。

 

 

 

 

「よくできましたっ」

 

 

 

 

そのまま食べ進め、残していた昼食もあっという間に完食。

 

しばらくの間、2人きりでのんびりとした時間が流れる...

 

あかねが舞台の台本を読んでいるとふとハジメが何してるのか気になり、目を向けるとイヤホンを付けてスマホを横にして動画を観ているみたいだ。

 

 

 

 

「なにみてるの?」

 

 

 

台本を一旦畳んで問いかけるあかね...ハジメは反応に少し間を空けてしまったが、彼女の視線や台本を畳んだ様子から察すると一旦動画を止めてイヤホンを外して目をそちらに向けた。

 

 

 

 

「悪い、音漏れてた?」

 

 

 

 

「ううん...ただ、なにみてるのかなーって」

 

 

 

 

「何年か前のWRCの走行動画」

 

 

 

 

WRC...世界ラリー選手権。

自動車のラリー競技の頂点を決めるチャンピオンシップ。

 

 

やはり、彼にはそちらの世界に戻りたいという気持ちがあるのだろう....

 

 

 

 

「見てもいい?」

 

 

 

 

「いいけど、つまんないよ?多分。台本読んでた方が有意義かも」

 

 

 

 

提案するあかねに対し、前もって軽く注意を入れつつも片方のイヤホンを渡すハジメ。あかねが「ありがとう」と受け取って耳にイヤホンを付けた所で再び動画を再生...映像にはアグレッシブにコーナーを攻めていくGRヤリスの姿が。

 

砂埃を巻き上げるように鮮やかにドリフトしたり、凸凹になっている悪路をジャンプしたり...その豪快なドライビングにあかねも目を輝かせた。

 

 

 

「スゴい迫力...!」

 

 

 

 

「藤原拓海っていう、何年か前に事故ったラリーストの走行動画だけど...。頭のネジが飛んでるとしか思えないな、こんなツッコミ方」

 

 

 

 

「藤原、拓海?悲運のラリーストって言われた人だよね?一時期、ニュースとかでも取り上げられてたの覚えてる」

 

 

 

 

あかねの言葉を聞きながらも動画を見続けていると映像の中に吸い込まれるような感覚に陥る...昨日の自分の走行動画を見てる時と同じ感覚だ。

 

車外からの映像にも関わらず、イメージで湧いてきたのはドライビングしてる藤原拓海の視点。それに視界だけじゃない、周囲の音や振動、車内の蒸し暑い温度までもが自分の脳内でシンクロするように浮かんでくる。

 

 

 

 

「"レフトスリー!オープンタイトゥン、スリーロング!!"」

 

 

 

 

「"ベリーロング!ライトツーオープン、フォーライトオンクレスト30!!"」

 

 

 

 

助手席に座るコ・ドライバーのナビが耳に飛び込んできた...

 

GRヤリスのステアを操作しつつもアクセルの微調整を行う。

 

 

ジャングルジムのようにガチガチに組まれたロールゲージによって頑丈に組み込まれた車内..車速や路面の状態に比例するように大きく震えるのがハッキリと伝わってきた。

 

 

岩にバンパー擦り付けるようなところまでインを攻めて最短距離を...滑る路面を崖に落ちるギリギリまで攻め、再びアクセルオンで立ち上がる...

 

 

並みの人間に出来ることじゃない。....が、このリンクしてた時間もふとした時に終わりを見せた。

 

 

 

 

「―ハジメくん...?ハジメくん?ハージーメくん!!」

 

 

 

 

耳にゆっくりとフェードインするように飛び込んできた馴染みのある声によって一気に現実に戻されたハジメ。ハッとなりながらも声がした方に目を向けると嫌というほど見慣れた病室でプクーと頬を膨らませているあかねの姿が....

 

 

 

 

「具合悪いの?お熱測る?」

 

 

 

 

「いや、なんでもない...悪かった。ちょっと考え事しててさ」

 

 

 

 

このまま動画を見てても同じ事を繰り返すだけだ...動画を停めてあかねの耳についていたイヤホンを受け取ると自分のイヤホンも取り、スマホをズボンのポケットにしまう。ここから何をしようか...?そう思いながらも「ふぅ...」と小さく息をついているとあかねの方が何かを手にとって見せてきた...今度やる舞台の台本だ。

 

 

 

 

「ハジメくん、よかったら試しに読み合わせしてみる?」

 

 

 

 

「えっ、いいのか?一般人相手に台本読ませるのダメなんじゃ...」

 

 

 

 

「うーん、ホントはあまり良くないんだけど....でも特別。皆に内緒だよ?」

 

 

 

 

そう言いながらも台本を手渡してくるあかね...恐る恐る手に取るハジメ。表紙を見るとアビ子先生の東京ブレイドの続編だ...2.5次元舞台。原作を読んでたこともあってハジメのテンションも「おぉ、マジか...!?」と高くなった。

 

 

 

 

「何処から読む!?てか、どの役の読み上げすればいい!?」

 

 

 

 

興奮しながらも読み合わせしていく...が、読んでいるだけでもあかねの技量の高さがよく分かる。やはりこの娘は天才だ。一流のオーラのようなものを感じる....凡人の自分とは雲泥の差があるが目に見えて分かってしまった。

 

 

 

 

「ごめん、あかね。なんか下手くそでさ....」

 

 

 

 

「ううん、上手だったよ」

 

 

 

 

あかねは首を横に振ってそう言うものの、気を遣ってるというのがハッキリと分かる...思えば、星野アクアも演技に関しては神ががっていた。過去のあかねが出演してた作品で何度か2人で共演している映像を鑑賞したが、息もピッタリ...完全に合っていた。

 

そう思うとハジメは更に自分の凡人っぷりが如何程のものか分からされてしまった。

 

 

 

ため息をつきそうな様子でガッカリと俯いているとあかねが腕につけていたスマートウォッチで時間を確認...もう夕方だ。

 

 

 

 

「あ、もうこんな時間....」

 

 

 

少し名残惜しそうに帰る支度を始めるあかね。その際に「はいっ、これ」とあるものを手渡してきた...舞台のチケットだ。

 

 

 

「え....!?」

 

 

 

 

「いいよ、遠慮しなくて。私も明日からお稽古始まるからあまり顔出せなくなるし...だから、気持ちだと思って受け取ってほしいな。....じゃあね、今夜ちょっと寒いみたいだからお腹冷やさないようにね」

 

 

 

そう言い残して病室を後にするあかね。廊下を歩くも、その背中には哀愁が漂っていた....というのも、読み合わせをしてるときに何度かアクアと2人で舞台の読み合わせをしてるのが脳裏に浮かんだからだ。考えてはいけないが、どうしてもふとした時に考えてしまう...

 

 

 

 

「(ダメだって、分かってるのになぁ...なんでだろう。やっぱり、心の中で決めきれてないのかな)」

 

 

 

 

内心そう思いながらもエレベーターに乗る為にボタンを押そうと手を伸ばした時、後ろから足音が聞こえてきた。誰だろう?と思いながらもあかねが振り向くとそこにはハジメの主治医、北条凛の姿が....

 

 

 

 

「少しばかり...話に付き合ってくれるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―病院の屋上

 

 

日が沈みかけている夕焼けを仰ぐようにする凛。白衣のポケットに両手を突っ込んでいる彼の背中を見ていたあかねは不思議そうにしながらも単刀直入に問いかけることにした。

 

 

 

「それで...話、というのは?」

 

 

 

 

「なに、大した事じゃない。ふとした時に誰かに話したくなる...遠い昔話だと思って聞いてくれればいい」

 

 

 

 

そう答えながらも凛は振り向いてあかねと向き合うような形に。そのまま後ろにあった手摺りに軽く凭れるようにすると過去を振り返るように軽く眼を閉じてゆっくりとした口調で話し始めた。

 

 

 

 

「昔、勇気のある男と哀れな男がいた。2人とも仲睦まじい関係だったが...あることを境に亀裂が生じた」

 

 

 

 

「あること?」

 

 

 

 

「女性関係だ、2人とも同じ女を好きになったんだ...だが、結末として彼女は追い込まれて自らの命を絶った」

 

 

 

 

神妙な面持ちで耳を傾け続けるあかね...そんな彼女の姿に目を向けると凛は一度小さく笑み浮かべてから再び真剣に語り始めた。

 

 

 

 

「勇気のある男は自らの道を貫き進み続けたが、哀れな男は仕事も辞めて家に引き篭もるようになり、終いには失踪した...

だが、ある日。哀れな男は再び姿を現した...自分の道を直向きに進み続ける勇気のある男の姿を見て"彼女のことを忘れた"と怒りが込み上げてきたのだろう。

そして、彼女の2回目の命日...勇気のある男と哀れな男は決闘することになった」

 

 

 

 

 

「決闘...?」

 

 

 

 

「そうだ...互いに命懸けになるような決闘だ。申し出たのは哀れな男の方...勇気のある男は逃げることも出来たが、そのまま立ち向かった」

 

 

 

 

「どうして?」

 

 

 

 

「....気付いて欲しかったんだ、哀れな男に。決闘が終わった時、哀れな男も気付いた。

 

"立ち止まることが死者の望みじゃない、進み続けることこそが望みだ"

 

って..."それは死者のことを忘れたと同意義にならない"ってことも」

 

 

 

 

再び目をゆっくりと開けて2、3歩ほどあかねに歩み寄る凛。自分の心に刺さるものがあったのか、考え込むように俯く彼女の姿を見ながらも凛は語り続けた。

 

 

 

 

「でも、哀れな男も勇気のある男が決闘に応じなかったら全く気付けなかっただろう。言葉だけじゃ伝わらない...その行動でようやく気付けたんだ。

 

どれだけ積み重ねられた言葉よりも一つの行動の方が相手に伝わることがある。彼も身を持ってそれを知っただろう」

 

 

 

 

先程と同じくずっと考え込むようにするあかねを見た凛はフッと小さく笑みを浮かべてから「ご清聴ありがとう」と言って去ろうとする。が、屋内に戻るドアのノブに手を伸ばした時に一度足を止めて「それから...」と何かを追加して伝えようとあかねの方に再び顔を向けた。

 

 

 

 

「最近、哀れな男は幸せを手にしたそうだ。長い人生、何があるか分かったものじゃないな」

 

 

 

 

そう言う残して屋内に戻る凛...勤務を終え、更衣室で私服に着替えて病院を出た彼の薬指には結婚指輪が通されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―翌日 劇団ララライの稽古場

 

 

 

公演が近かったものの、ストーカー被害で1週間メンタル面での休養を貰っていたあかね。朝礼時に「ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした!」と全員の前で頭を下げてから稽古再開。

 

 

休んでいた分を取り戻そうと必死に稽古を進める彼女に一人の俳優が近づいてきた...姫川大輝だ。

 

 

 

「...黒川」

 

 

 

「は、はい。なんですか?」

 

 

 

「お前....なんか感じ変わった?」

 

 

 

唐突な指摘によく分からない様子...頭の上に?を浮かべているあかねに姫川はやや呆れたように持っていた台本を丸めて肩に軽く乗せるようにしてその詳細を話した。

 

 

 

「なんか...憑き物が落ちた、って感じか」

 

 

 

「えっ、そ、そう...見えますか?」

 

 

 

「まあ...しっかり仕上げろよ、本番まで時間ないから」

 

 

 

そう言い残して去っていく姫川。あかねは彼の背中を不思議そうに見送った後、再び稽古に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―3日後、小田原市議会議員事務所

 

 

 

自分の席に座りながらも「ふぅ...」と小さく息をつく池田。

そろそろ議会の時間だと思っていると事務所の子機が鳴り響く...仕方なしに手に取ると秘書が出てきた。

 

 

 

 

「―市内の病院のお医者様からお電話です」

 

 

 

 

小田原市内の病院の医者で知り合いと言ったら...頭の中で浮かぶのは一人の男しかいない。池田の方から「繋げてくれ」と電話越しに秘書に頼むと案の定、「―俺だ」と言いながらその男が電話に出てきた。北条凛だ。

 

 

 

「こんなところまで掛けてくるとはな...医者ってのは暇なのか?」

 

 

 

「―いや、正直猫の手も借りたいぐらいだ。が、それでも報告したほうが良いだろうと思ってな」

 

 

 

「ほほう...と言うと。例の2人の件か?」

 

 

 

 

少し話が長くなりそうだと思い、天井を軽く仰ぐように見る池田に対して凛の「―あぁ」という返事が返ってきた。そこから続けて話し続ける。

 

 

 

「―俺なりに薬は投与した」

 

 

 

「どうだ、効果はあったか?」

 

 

 

「―女の方は思ったよりも効果がありそうだ。だが、もう一人は...」

 

 

 

「効かなかった....と」

 

 

 

「―いや、全くなかったわけじゃない。恐らく、過去の憑き物は取り払えた。あとは本人の何かしらの覚悟というところか...コレばかりはオレにはどうにも出来ん」

 

 

 

"やるべきことはやった"と伝えてきた凛に対して少し考え込むようにする池田。少し空いた間を埋めるように凛は「―そういえば」と話を切り替え始めた。

 

 

 

「―今日からゼロアカデミーに通うそうだな。黒川あかね」

 

 

 

「ああ、ナイターのレッスンからだ...どれだけ出来るか観物だな」

 

 

 

「―お前的に彼女は...どれぐらい出来ると見ている?」

 

 

 

凛の問いかけを聞きながらも、今日の講義の内容を確認しようと片手で引き出しからメモ帳を出して開く池田...そして、数秒ほど中身を声を出さないように読んでからその問いかけに対して答えた。

 

 

 

 

「興味はあるが....冷静に考えて大して出来ないだろうな。あくまで予想だが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―夜、ゼロアカデミー

 

 

車用駐車場とは別にジムカーナ用の大きな駐車場が設けられたこの場所。

 

ナイター用の大型ライトが辺りを照らす中、稽古を終えたあかねはスマホで通話しながらもこの場所に訪れた。通話相手はハジメだ。

 

 

 

 

「―稽古の方はどう?」

 

 

 

「順調だよ。今日も演出の人に褒められちゃった...動きのキレが良くなったって。でも、1週間お休み貰っちゃったからもっと頑張らないと」

 

 

 

 

「―そっか...舞台、楽しみにしてる。怪我治して観に行くから」

 

 

 

「うん、ありがとう。じゃあね、今からアカデミーでレッスンあるから」

 

 

 

 

「―ああ、またな」

 

 

 

 

通話を終えると片隅にある事務所に足を運ぶあかね。「失礼します」と中に入るとまるで簡易的な職員室のようになっていて、講師らしき男性が数名座っている。そして、部屋の奥には主宰の池田竜次の姿が...あかねは挨拶をしようと恐る恐る彼の方へと近づいた。

 

 

 

 

「あの、今日からお世話になります...黒川あかねです」

 

 

 

 

「池田竜次だ、改めてよろしく頼む」

 

 

 

 

互いに会ったことはあるが、アカデミーで会うのは初めて。改めましての挨拶を済ませると早速レッスンが始まると思い込むあかねだったが、池田はゆっくりと立ち上がっては「ところで...」と何かを確認しようとあることを問いかけた。

 

 

 

 

「あかねくん、キミにとって走ることとは?」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「あぁ、すまない。コレはアカデミーに入る生徒全員に聞いてることなんだ...一言で答えてくれるか?」

 

 

 

唐突に聞かれて「えーと...」と悩み始めるあかね。数秒ほど悩んだ後に頭にふわりと浮かんだフレーズをとりあえず伝えることにした。

 

 

 

「私にとっては...."非日常"、ですかね?」

 

 

 

「ほう...理由を聞かせて貰ってもいいかな?」

 

 

 

 

「走ってる時だけ感じるです。何の柵も感じず、自由に駆け回れる、本能的で特別な時間を...なので、そう答えました。ダメ、でしたか?」

 

 

 

 

あかねの恐る恐るの問いかけに池田はハハハ...と笑ってから「面白い」と答える。そこからあることを思い出し、懐かしそうに語り始めた。

 

 

 

「昔、キミと真逆のことを話す男がいた。走ることは顔を洗うのと同じ"日常"だとね」

 

 

 

 

「日常、ですか...?」

 

 

 

「そうだ、彼と会ったのはまだスパイラルとして峠を走ってた時代だ。彼のチームと一緒に走ることになったが、上り担当の俺も下り担当の奥山も完膚なきまでに叩き潰された...」

 

 

 

負けた昔話なのにどこか嬉しそうにしている池田。不思議そうにあかねが見ていると彼は机の上に置いていた座学用の資料を手に取りながらもこう続けて語った。

 

 

 

 

「答えは十人十色だ、どれが正しいかというのは特にない。だが...キミの答えは面白かったよ、あかねくん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―ゼロアカデミー、教室

 

 

池田と共に座学用の教室に入るあかね。黒板と教材映像鑑賞用のテレビ、簡易的なパイプ椅子と机、それから数人の生徒...あかねにとっては見覚えがある芸能関係者ばかりだった。

 

 

 

 

「池田さん、コレって...」

 

 

 

「芸能関係者向けのクラスだ。一般向けとはまた別にしてある...席の指定はないから適当に座って貰って構わない」

 

 

 

 

そう言われて空いていた窓際の一番奥の席に腰を掛けると、池田が前に出て講義を開始。ノートを出してペンを手にし、書き込んでいく。しばらくすると池田がテレビに電源をつけてある映像を流し始めた...あるサーキットの映像だ。

 

 

 

「これは関西のとあるサーキットで行われた走行会の映像だ。青いZ33に注目してほしい」

 

 

 

映像に注目すると順調に周回を重ねるZ33...しかし、何周かしたところでホームストレートからの第一コーナーで曲がり切れず、そのままエスケープゾーンに入って壁に突っ込んでしまった。

 

 

 

「これの原因が何か分かるか?」

 

 

 

池田から生徒たちに投げ掛けられた質問...

 

 

 

撮影された映像の画角から

 

 

 

 

「ブレーキを遅らせてオーバースピードで突っ込んだ」

 

 

「周回を重ねすぎてブレーキがフェードしていた」

 

 

 

 

など、次々と意見があがる中であかねは恐る恐る手を挙げて発言した。

 

 

 

 

「...ABSの誤作動の可能性は?」

 

 

 

この答えに内心驚く池田...「何故そう思う?」と確認するように問いかけると彼女は続けて話し始めた。

 

 

 

 

「たしか...日産系のクルマは前後のタイヤの外経比が純正と同じじゃないと誤作動が起きる可能性があるはずです。恐らく、純正比とは違う比率...前後同経のタイヤを履いて、車速が高い状態で小さな段差を拾った時にブレーキング。その時にABS側のシステムが誤作動したのではないのでしょうか?」

 

 

 

 

100点満点の解答...乗ってるのはスバル車なのにどうして分かった?もしかしたらあの男の教えか...?

この女、思った以上にやるのかもしれない。

池田はそう思いながらも「正解だ」と伝えると共に次の資料を手にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―1週間後 ゼロアカデミーのナイターレッスン

 

 

パイロンを立てたジムカーナ用のコースを走るあかねのBRZ。

堅実な走り方をベースに180度滑らせるポイントはサイドターンでキチッと決めていく...ストップウォッチを持っていた池田は感心した様子でその姿を見ていた。

 

 

 

 

「(スゴいな...ほとんど無駄がない、姿勢制御もしっかりと出来てる。下手なアカデミーの生徒よりも俺が提唱したゼロ理論の基礎が出来てそうだ)」

 

 

 

ちょうどゴールラインに入ったところでピッとストップウォッチを押す。タイムもなかなか優秀...座学も出来るが、実技も出来る。この女を過小評価し過ぎたと内心思っていると減速したBRZが池田の近くまで来て停車。白いヘルメットを被ったあかねがウィンドウを開けて話し掛けてきた。

 

 

 

「あの、どう...でしたか?」

 

 

 

「いいタイムだ...あの男の教えが生きてそうだな。彼から何か意識するようなことを言われながらも練習した感じか?」

 

 

 

池田に問われて「えーっと...」と考え込むあかね。

技術的なことは結構言われたが、意識するようなことと言えば彼女からすれば一つしか思い浮かばなかった。

 

 

 

 

「そうですね...意識的に安全マージンは1割以上は確保しろと言われてました。指導が始まったばかりの時は確か3割以上とも...」

 

 

 

それを聞いて一瞬何かに気づいたように驚いたような表情を浮かべる池田。どうしてそんな表情を浮かべるのか分からない様子のあかねに小さく笑みを浮かべながらもこのように伝えた。

 

 

 

「あかねくん、その言葉はしっかりと守っておけ。それはキミの身を守ると共に成長に繋がる」

 

 

 

「は、はい...!」

 

 

 

受け答えしてから「では、もう一回走ってきます」と告げてウィンドウを閉めるあかね。BRZがゆっくりと練習用のコースに入っていくのを見届けると先程から感じ取っていた視線のことが気になり、ゆっくりと振り向きながらもその視線の主の名前を呼んだ。

 

 

 

「相葉、お前は一般クラスだろ。座学はどうした?」

 

 

 

ギクッ...!となりながらも身体を硬直させる一人の青年。黒いジャージを着た男らしくもどこか雑そうな感じもある風貌...彼の名前は相葉瞬、年齢は16歳。

 

辺りをキョロキョロとして誤魔化そうとしている姿を見て池田は思わずハァ...とため息をついたが、どうして彼がこんなところに姿を見せたかは何となく察することが出来た。

 

 

 

 

「お前....あかねくん目当てだろ?」

 

 

 

「だ、だって!うちのアカデミーにあんな一流女優来るなんて...!!」

 

 

 

ビシッと走るあかねのBRZを指差す相葉。見るからにうっとりとしたように彼女に釘付け状態の彼を見ていると池田はふと面白いことが頭に浮かんだ。

 

 

 

 

「走ってみるか?彼女と」

 

 

 

池田からのまさかの提案に「えぇっ!?」と興奮した様子で彼の方に目を向ける相葉の目はまさに玩具を買ってもらえる子供のようだ。

 

 

 

 

「池田先生、ホントですか!?あの黒川あかねと俺がレース...!!」

 

 

 

想像を膨らませると、見るからに鼻の下を伸ばしに伸ばす相葉。「ぜひ、お願いします!」と頼み込んできた時にちょうど走り終えたあかねのBRZが戻ってきた。彼女が降りて白いヘルメットを外した時、相葉に電流のようなものがビリッと強く走った。

 

 

 

 

綺麗に靡く青みがかった黒い髪、

 

女性の色気を纏いながらも露骨に見せ過ぎない大人びた美しい身体。

 

清楚な顔立ち、透き通るような眼差し....

 

 

 

間違いない、コレは..."恋"!。

 

 

 

自分でもそう感じている相葉を他所に池田があかねに話し掛ける。

 

 

 

「あかねくん、他の生徒と走ってみる興味はあるか?」

 

 

 

「えっ...はい、あります!」

 

 

 

「わかった...では、次のレッスンまでに手配しよう。次はいつ来るんだったか?」

 

 

 

「そうですね...再来週、ですかね。来週は舞台の本番が近いのでその追い込みをしないといけないので」

 

 

 

 

そうこう話していると近くでポカンとした様子の相葉に気付いたあかね。不思議そうに小さく首を傾げてから近づいては優しい口調で話し掛けてみた。

 

 

 

「どうしたの?私の顔に何かついてるのかな?」

 

 

 

すっかり見惚れていた相葉だったが、話し掛けられて「お、オホン!」とわざとらしく一度咳払い。ドキドキと高鳴る鼓動を抑えながら自己紹介を始めた。

 

 

 

 

「お、俺...相葉瞬!ドラマ観てます!!」

 

 

 

「ふふっ、ありがと。相葉くんかー...歳はいくつなのかな?」

 

 

 

「じゅ、16っす!」

 

 

 

「16歳かー、じゃあ...高校生?」

 

 

 

小さく笑みを浮かべるあかね...彼女の一つ一つ仕草に胸がドキドキしてしまう相葉。上手く話せないであろう彼を見た池田は「ハァ...」と小さく息をつきながらも代わりに話すことにした。

 

 

 

「次のレッスン時の相手は彼になる予定だ、16とまだ若いが曲がりなりにも俺のアカデミーの生徒だ。しっかり相手してやってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―更に1週間後 昼

 

 

ボンボヤージュ店内

 

 

ようやく退院したハジメ。

久々に店に足を運んで色々と準備を進めると、あることに気付いた。入院している間使ってないはずの器具に使われてる痕跡があるのだ。

 

 

 

 

「あっれ...?おっかしいな...」

 

 

 

思わず呟いているとガチャッと店内に誰か入ってきた。バイトちゃんだ...学校帰りでそのまま来たのか、セーラー服を着た状態。かなり驚いた状態で「うおわっ!?」と声をあげて反応してきた。

 

 

 

「で、でたああああああっ!!?」

 

 

 

「出たじゃねえよ、オイ」

 

 

 

冷静にツッコミを入れると「ふぅ...」と落ち着いた様子を見せる。そこから額の汗を拭うように手の甲をスリスリとするような仕草を見せた。

 

 

 

 

「び、びっくりしました...泥棒かと思いましたよ。店の包丁で刺してやろうかなって」

 

 

 

「洒落になんねえから、やめろ。その冗談」

 

 

 

冷静にツッコミを入れてから再び使われた器具達の方に目を向ける...すると、もしやとあることが頭に浮かび上がってきた。

 

 

 

「バイトちゃん、ひょっとして俺が入院中にパン作ってた?」

 

 

 

「あ、ごめんなさい。器具だけお借りしました...小麦とか材料は流石に申し訳なかったのでコチラで調達しました」

 

 

 

ふーん...となりながらも使われてる器具達をじっくりと見続けるはハジメ。そう言えば、この娘...調理師系の学校通ってるんだっけか?と思い出すとバイトちゃんの方に目を向けてあることを問いかけてみた。

 

 

 

 

「バイトちゃん、将来の志望はパン職人?」

 

 

 

「あ、はい。一応テンチョーのパンぐらいのクオリティのやつ作りたいなーって思うんですが...なかなか出来なくて」

 

 

 

「...ちょっと興味あるな。よかったら作ってくれ、材料ウチのやつ使ってもいいから」

 

 

 

そう言うと「あ、はい!」と言って更衣室で調理服に着替えてからパンを作り始めるバイトちゃん。最初だし、変に口出しするのもアレだと思い、ハジメはレジの前に椅子を置き、そこから見守ることに...スマホを触ったりして時間潰し、出来上がった時にはあかねから貰ったチケットをぼーっとした表情で眺めてた。

 

 

 

 

「テンチョー、出来ましたよ」

 

 

 

そう言いながらも差し出されたのはロールパン。

「ああ」と答えながらもレジの空いたスペースに一旦チケットを置いて手に取り、全体をじっくりと眺める...見た目は悪くない。指で少し押してみる...少し硬い?試しに割ってみる...断面はいい感じだ。そう色々な観点を見てからパクっと一口...モグモグと噛んでいくと味は悪くない感じだ。

 

 

 

「どうですか?」

 

 

 

「味は悪くない。ただ、もうちょっともっちり感が欲しいな。水分量と捏ねる回数変えてみようか?」

 

 

 

そう提言して「はい!」と答えるバイトちゃんだったが、ここでレジの空いたスペースに置かせていたチケットに気付いた。

 

 

 

「あれ、テンチョー...そのチケット」

 

 

 

「あ、えっとだな...」

 

 

 

誤魔化そうと咄嗟に隠すようにするも時既に遅し。

「ふーん...」とニヤニヤしながらもバイトちゃんから指摘されてしまった。

 

 

 

「それ、土日に公演される東京ブレイドの続編の舞台チケットですよね?」

 

 

 

「い、良いだろ...!誰が何見ようと。いいから、新しいのつくってこい。見てやるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―夕方、チューニングショップ スパイラル

 

 

久々にこの場所に足を踏み入れたハジメ。

中に入るとNSXの姿はない...あれ?と首を傾げていると奥山が後ろから話し掛けてきた。

 

 

 

「よっ。久々だな、体調の方はどうだ?」

 

 

 

「まあ、悪くないですけど...俺のNSXは?」

 

 

 

「栃木にあるセブンスターリーフって店に板金で預けてある」

 

 

 

「栃木?わざわざそんなところまで...」

 

 

 

「ま、アルミモノコックボディだからな。少しでも信頼出来る店に任せたかったんだ...」

 

 

 

アルミは軽量で歪みやすい。しかも、一部分ならまだしも一体型になっているNSXの板金は相当高等な技術が必要...

奥山ほどこだわる男が選んだのなら相当な腕なのだろうと内心思いながらも話を聞いていると更に奥山の方から興味深くも疑ってしまうような言葉が発せられた。

 

 

 

「あそこの板金技術はマジモンだ。ヨレヨレだったボディが新車以上の質で返ってきたりなんてしょっちゅうある」

 

 

 

「新車以上...?そんなことあり得るんですか?」

 

 

 

「ああ、あそこの手に掛かればそんなことがある。お前のNSXもそうなるかもな」

 

 

 

そう聞くも、ここにクルマがないとなって不安が込み上げてくるハジメ。そんな気持ちを察した奥山は少しでもその気持ちを拭ってやろうとスマホを操作してあるものを写真を開いて渡した...栃木に運ばれる直前のNSXの写真だ。

左側のフェンダーは完全に歪んでいて、ドアも完全にベッコリと凹み、見るだけであの事件の記憶が頭に蘇ってきた。

 

 

 

「....痛かったろうな、ごめんな」

 

 

 

今すぐにでも触れてやりたいが、そうすることすら出来ない。せめてもの償いとスマホ越しに傷ついたボディを指で撫でるハジメ。その姿を見ていた奥山はしばらくそのまま見守ってからスマホを返して貰い、話題を明るい方に戻そうと試みた。

 

 

 

「そういえば、あかねちゃんの舞台。今週の土日だってな」

 

 

 

「あ、はい」

 

 

 

「あの娘、めちゃくちゃ張り切ってるぞ。今回はお前も観に来るからって」

 

 

 

コレを聞いてあんな事件があっても強く自分の一歩を踏み出し始めたと知ったハジメ。アイツは成長してる...それに対して俺は。そう考えてしまうと情けなく感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―上演当日 舞台裏

 

 

鞘姫の格好の衣装に着替えて上演準備を終えたあかね。廊下で移動している時にブレイドの格好をした姫川大輝とすれ違った。

 

 

 

「お疲れ様です」

 

 

 

「ああ、お疲れ....」

 

 

 

挨拶を交わしてそのまま舞台袖まで移動するかと思いきや、足を止めて姫川の方から「黒川」とあかねを呼び止めた。

 

 

 

「...お前、最近輝いてるな」

 

 

 

「え、そう...見えますか?」

 

 

 

「やっぱ...なんかあった?休暇中に」

 

 

 

姫川からの質問...あかねの脳裏にはある言葉が浮かび上がってきた。

 

 

 

 

"立ち止まることが死者の望みじゃない、進み続けることこそが望みだ"

 

"それは死者のことを忘れたと同意義にならない"

 

 

 

あの日、北条凛から聞いた一言...思わず小さく笑みを浮かべると何かを察するように姫川は「まあ、いいや」と深追いせずに再び歩き始める。立ち去る寸前、彼は眼力を強くさせながらもこんな言葉を言い残した。

 

 

 

 

「久々に熱くなってきた...負けねえから、絶対」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―観客席

 

 

指定席について上演を待つハジメ。

 

心境的にかなり複雑だ。純粋に楽しめるか、どうか...

 

 

色々と考えている間に上演開始、ブレイド役の姫川大輝が早速魅せに魅せる...流石は賞を取るぐらいの俳優、スゴいなと内心感動してると鞘姫役のあかねも出てきた。

 

他の役者たちとの相乗効果で輝きを輝きで磨いてもはや宝石のようにすら見えてくる...スゴい華やかだが、ここで彼女と自分が別のステージにいると分からされてしまった。

 

しかも、彼女は高みを目指そうと上を向き続けている...憑き物が落ちたその演技は見る者を魅了する正に一流そのものだった。

 

 

 

「(もう、俺はいらない...か)」

 

 

 

ここで彼女を突き放す決意が固まった。

 

俺みたいな一般人とつるんでたらダメだ...

 

 

上演が終わって外に出た時、彼は目頭が熱くなっていた。

 

 

 

 

 

 

あれ...俺、泣いてんのか?

 

 

 

 

 

 

色々とこんがらがって脳の回転が明らかに鈍くなってると自分でも感じながらも歩いていると、後ろから「あの...」と控え目な女性の声で話しかけられた。

 

 

後ろを振り向くと少し癖毛っぽい紫の色味が入った黒髪の女性が...彼女の名前は鮫島アビ子。東京ブレイドの作者であり、今回の続編の原作も彼女が描いたものだ。

ハジメは内心驚くも、それ以上に嬉しいような悲しいような感情が津波のように押し寄せてきて混乱からか目頭に溜めていた涙をついに溢れさせた。

 

 

 

「だ、大丈夫...ですか...!?」

 

 

 

心配されながらもハンカチを出すアビ子。ハジメは戸惑いながらも「ありがとうございます...」と受け取ると直ぐに涙を拭き取った後に彼女に問いかけた。

 

 

 

「あの...どうして、俺なんかに?」

 

 

 

「皆さん、楽しそうに帰られてるのに一人だけ泣かれていたので...つい、気になって。どうでしたか?今回、私も舞台脚本に少し関わっていたのですが...」

 

 

 

「最高、でした。ありがとうございます」

 

 

 

そう言って立ち去ろうとするも、アビ子はただ単に上演を鑑賞して感動してるわけではないと察し。「ま、待ってください」と去ろうとする彼の背中を呼び止めた

 

 

 

「何かあったのなら...私で良ければ、聞きますが」

 

 

 

そう聞かれて何を話そうか悩むハジメ...もう突き放す決意は固まった。強いて言えば、コレ...かな?

そう思い、一度振り向きながらも恐る恐る問いかけた。

 

 

 

「アビ子先生...先生には師匠、又は弟子と呼べる人は居ますか?」

 

 

 

唐突に聞かれた質問に少し考えるアビ子...脳裏に浮かんだのは眼鏡を掛けた今日から甘口での作者、頼子先生だ。

 

 

 

「...私がアシスタントしてる時代にお世話になった先生がいます」

 

 

 

「そうですか、アビ子先生は今はもう独り立ちされてますよね?今、その師匠のこと...どう思われてますか?」

 

 

 

「そうですね...今では私の方が売れてる漫画描けてる状態ですが...それでも時々色々と気付かされる部分があって、とても感謝してます。師匠は何時まで経っても師匠です」

 

 

 

それを聞いて「そうですか」と安心したように小さく笑みを浮かべるハジメ。もう突き放す決意は完全に固まった...心の片隅で思ってくれるだけでもいい。

 

 

 

「ありがとう、ございました...」

 

 

 

一礼して立ち去るハジメ...しばらく歩いたところでスマホを手にし、SNSを開いた。黒川あかねのアカウントをタップ...ブロックのボタンを押そうとするが、その手前で指が震えてどうしても押せない...

 

 

 

 

 

ダメだろうが、

 

 

 

 

 

あの娘のためだ、

 

 

 

 

 

突き放せよ....!!

 

 

 

 

 

まだ僅かながら残ってた心が大きくなって葛藤していた時、誰かから連絡がきた...奥山だ。泣きそうになってるのを堪えてピッと出て応じてみる。

 

 

 

 

「―奥山だ、お前目当てで来客が来てる。ウチに来てくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―チューニングショップ スパイラル

 

 

来客が来てると言うことで店のボロい軽トラに乗ってこの場所まで訪れたハジメ。ついでだから、彼女を突き放す前に奥山に伝言を伝えようと思っていた。が、中に入って商談室にまで足を運ぶと座って待っていた男の存在に驚いた...

 

ハジメの師匠である小柏カイだ。

 

 

 

「よお、やっと来たか」

 

 

 

そう言いながらもコチラを見てくる小柏...彼の目からして何をしようとしてるのかは分かった。MFGへの参戦の勧誘だろう。

 

 

 

「...やりませんよ、俺。そんなの荷が重いし」

 

 

 

言われる前にそう言って立ち去ろうとするハジメ...しかし、そんな彼を呼び止めようと小柏は「なあ」と大声で呼び掛けてきた。

 

 

 

「お前...惚れてんだろ?黒川あかねに。奥山の方から話は聞いてる」

 

 

 

今、一番自分が気にかけていた話題だ...立ち止まりながらもギュッと握り拳をつくって感情を押さえると自分の決意を背中を見せながらも語り始めた。

 

 

 

 

「俺なんかじゃダメですよ、俺みたいな一般人が相手じゃ...あの娘の一流としてのスター性が、輝きが無くなる...!」

 

 

 

そう答えると脳裏に色々な思い出が浮かび上がる...

 

 

 

 

一緒に潰れた旅館の駐車場でサイドターンを練習したこと、

 

 

 

初のバトルで助手席からナビしたこと、

 

 

 

 

江ノ島でのデート、

 

 

 

駐車場でドリフトを決めて助けたこと、

 

 

 

ターンパイクで助けた挙げ句に刺されたこと....

 

 

 

数えたらキリがない。だが、ここは心を鬼にしないと...!

 

その思いから込み上げてくる何かを抑えつけながらも語り続けた。

 

 

 

 

「決めたんです...アイツの今後を守るためにも突き放すって」

 

 

 

 

ハジメの言葉にハァ...と深くため息をつく小柏。

 

彼女と過ごしているどこかのタイミングで楔みたいなのを打ち込まれてると察し...恐らく、元凶は彼女ではなく他の誰かだろう。

彼女の周辺にいる誰か...まあ、いい。犯人探しはどうでもいい。

 

"ここは師匠らしく助けてやるか"などと考えが定まる。

 

「お前、何も分かっちゃいねえんだな」と呆れたように告げてからそこから続けて気付かせてやるように話し続けた。

 

 

 

「お前がいなかったらあの娘はどうなってた?」

 

 

 

「俺がいなかったら...?別になん...」

 

 

 

「分からねえのか!少なくともストーカーに拉致られて酷い目に遭うのは確かだ!!精神的にも今ほど安定してねえ!!お前が言う彼女の眩しい輝きってやつはお前が守ってたんだ!!」

 

 

 

ここで少し気付かされるが、やはり身分の差というものはどうこうできるものじゃない。「でも...」と一言告げようとすると我慢できなくなった小柏は立ち上がって「こい!」と言っては彼の腕を強引に引くようにしてある場所に連れていった。スパイラルゼロの裏手に停めていた青いGRスープラ...レーシングチーム·カタギリが所有している車両だ。

 

 

 

「っ、カイさん...何したって俺は意見を曲げませんよ」

 

 

 

「そうか、じゃあ馬鹿な弟子に気付かせてやるよ!峠のガキみたいな走りはもうやらねえって誓ったが、今回はガキになってお前とガチでぶつかってやる!!助手席に乗りな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―とある峠

 

日がすっかり沈んでしまった時間。

 

 

小柏カイがドライブする青いGRスープラがヒルクライムを駆け抜ける。彼にとっては流しではあるが、かなりのハイペースだ...キツい右コーナーをブレーキングしてからパドルシフトでフォンッ!フォンンッ!!とシフトダウン。一流のプロらしい的確なライン取りと共にGが迫ると助手席に座っていたハジメも少し顔を歪ませた。

 

 

 

「ハジメ、彼女のことを守ってやりたいとは思わねえのか!?」

 

 

 

とてつもないスピードで立ち上がるGRスープラ。ハートに響かせるように一瞬ガチなフットワークになったような気がする。また次のコーナーに向けて猛烈なスピードで飛び込んでいき、シフトアップしていく。

 

 

 

「彼女のことは好きじゃねえのか!?」

 

 

 

次のコーナーが迫る...キツいヘアピンだ。先程のコーナーへの進入時よりもハードなブレーキングを行い、フォンッ!フォンッ!!フォンッッ!!とシフトダウン。ハジメの心にボディブローするようにエキゾーストを響かせると小柏はそこから追撃するように叫んだ。

 

 

 

 

「お前の彼女への気持ちってやつは、それっぽちなのかよ!!」

 

 

 

昂った感情と連動するようにリアタイヤがキィィッ!とスキール音を響かせるようにスライド。それと共に堪えていたハジメの感情も遂に爆発。もう流れないだろうと思ってた涙が再び溢れ始めた...

 

 

 

「っ...好きですよ!どうしようもないぐらい!!でも、気付くのが遅かった...!!気付いた時にはずっと遠くに居た...!!」

 

 

 

 

突き放す...これが一番選択だ。彼女の幸せのためなんだ。そう心の中で言い聞かせながらもそう答えると小柏は今度、普段なら絶対にやらないであろうブレーキングドリフトをGRスープラでやり始めた。斜め後ろから襲ってくる横G...精神的にも肉体的にもボディブローのような強烈なGがハジメに襲い掛かると小柏は更に攻めの姿勢に出た。

 

 

 

「男なら、好きな女を守る為に傍にいてやろうって思うのが筋ってモンじゃねえのか!?」

 

 

 

「でも、あの娘は一流...!一流のステージに立ってる!俺はただのパン焼いてるだけの凡人、そんなの...釣り合いっこない...!」

 

 

 

ハジメの言葉と共に安定したスープラの姿勢。ストレートを走ってある程度の所で小柏はサイドターンを決め、キィィ!と180度方向転換してからその場でハザードを点けて停車させた。

 

 

 

 

「なら、お前はお前のやり方...お前の得意分野で一流のステージに上がればいい話じゃねえか」

 

 

 

 

先程まで心にキツくぶつかるような言い方だったが、急に語り掛けるような口調で話す小柏。それが逆にハジメの心に強く響いてきた。打ち付けられた楔のようなものから開放された気分だ...

 

しばらく黙り込んでいたハジメだったが、小柏は彼の気持ちを察すると小さく微笑みながらもこう告げた。

 

 

 

「...MFGで頂点に立つ。俺がアシスタントしてやる、テッペン取ろうや。本物の一流になって全員見返してやれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ·

 

 

 

 

 

 

 

―月曜日 夕方

 

 

店の閉店準備を進めていくハジメとバイトちゃん。

 

バイトちゃんがレジ周りの清掃に入り、ハジメが余ったパンの回収をしていく...が、あるタイミングでハジメがピタッと動きを止めながらもバイトちゃんに「あのさ」と話し掛けた。

 

 

 

「バイトちゃん、将来はパン屋になりたいって言ってたよね?」

 

 

 

「あ、はい....それがどうしました?」

 

 

 

手を止めて問いかけるとハジメは回収したパンを一旦商品棚の片隅に置きながらも切り出した。

 

 

 

 

「...俺、実はやりたいことがあるんだ。ただ、それをやるには一度パン屋を閉めないといけない。ウチのパンを待ってくれる常連さん達には迷惑掛かるのは承知...でも、それでもやりたい。抑えきれないぐらい」

 

 

 

そう言ってバイトちゃんの方に振り返りつつもそこから単刀直入に彼女に頼みたいことを切り出した。

 

 

 

 

「...学校卒業して資格取ったら、ウチの店を継いで欲しい。見た目も味も今と同等...いや、今以上のクオリティを目指してやってほしい」

 

 

 

唐突な頼みに「えぇっ!?」と驚きの声を上げるバイトちゃん...しかし、少し考え込むようにしてから小さく笑みを浮かべながらもこう背中を押してくれた。

 

 

 

「何かは知りませんが、やりたい夢があるんですね...頑張ってください。ここから応援してます」

 

 

 

彼女の気遣いに感謝の気持ちでいっぱいになるハジメ...釣られるように笑みを浮かべると「ああ、お互い頑張ろうな」と伝えて再び閉店作業に取り掛かる。そんな中、突然ハジメのスマホがピロピロピロッと鳴り始めた...再び作業の手を止めて「はい?」と出てみると相手は病院で世話になった担当医の北条凛だった。

 

 

 

「―俺だ、覚えてるよな?」

 

 

 

「ええ、もちろん...先日はありがとうございました」

 

 

 

電話越しに礼を伝えるとフッと小さく笑ってきた凛。そこから本題を繰り出そうと話を切り出し始めた。

 

 

 

「―今夜の件、聞いているか?」

 

 

 

「今夜の件...?いえ、何も」

 

 

 

「―黒川あかねがゼロアカデミーの生徒とやり合うそうだ。気にならないか?」

 

 

 

ゼロアカデミーの生徒...誰だか分からないが、あの池田竜次の教え子なら相当な手練れだろう。そんな手練れと自分が育てたドライバーとの勝負...気にならないわけがない。

 

 

 

 

「気になります、とても...」

 

 

 

「―そうか、19時にそっちの店の裏手で拾ってやる。一緒に見物と行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―夜、ゼロアカデミー 

 

 

 

池田、あかね、相葉の三人はアカデミーの裏手の山にあるコースまで足を運んだ。

ナイター用の照明がパカッとつけられていく中、あかねだけでなく、アカデミー現役生徒の相葉までもが不思議そうに辺りをキョロキョロと見回す。それもその筈、このコース...まだ生徒達にも公開されていない新設コースだからだ。

 

 

 

 

「池田先生、こんなコースが....!?」

 

 

 

驚いた様子で相葉が確認するように問いかけると池田は「ああ」と小さく頷いて答えてから説明を始めた。

 

 

 

 

「まだテスト走行しかしていない新設のCコースだ。群サイを意識して作ったが....こうして見ると、路面はお世辞にも綺麗とは言えないな」

 

 

 

そう言われてから目を凝らすようにしてコーナーの辺りなどの路面状況をチェックするあかね...確かに所々に継ぎ目のようにバンプしそうなポイントがあったり、砂や砂利などが混ざっているような場所があったりする。一筋縄では行かなそうだ....

 

 

 

「難しそう...ですね」

 

 

 

じっくりと見ながらもポツリと呟くあかね。

自分の師匠とも言えるハジメなら、どう攻略するのだろうか...?

内心そんなことを考えていると池田の方から「車を持ってきてくれ」と2人を促してきた。

 

 

それと共にBRZをコース脇まで運転して停めるあかね。

相葉の方は何で来るのだろうか...?免許も取れない歳からしてアカデミーの車だろう。等と思って待っていると、相葉の車が隣に来た...6という大きな数字のステッカーがドアに貼られた黒い86GTだ。

 

 

 

「相葉、それでいいのか?」

 

 

 

池田が確認するように問いかける。

というのも、この86GTはホイールから何までノーマルの車輌だ。他にもアカデミーにはライトチューン仕様やターボチューン仕様まであるが、わざわざコレを選ぶとは...その思いで問いかけたのだ。すると、相葉はコクリと頷いてこう答えた。

 

 

 

「池田先生、俺はアカデミーの生徒です!これぐらいのハンデをやるのは当然でしょ!!」

 

 

 

そうは言うが、本音はあかねに自分の実力を見せてカッコつけたいだけ。表情等から池田も何となくそれを察するとハァ...と小さく息をつくと、車から降りてきた2人にルールを簡潔に説明した。

 

 

 

 

「3ラップ、道幅が狭いから先行後追方式だ」

 

 

 

「先行後追方式?」

 

 

 

聞いたことのない言葉に首を傾げそうなあかね。池田は仕方ないと詳細まで説明した。

 

 

 

 

「先行側と後追側に分かれてスタート。先行側は後追側に大差をつけたら勝ち、後追側は先行側を追い抜いたら勝ち。勝負がつかなかったら先行と後追を入れ替えて勝負がつくまで走る...ざっくりと言うとこんな感じだ。どっちが先行で後追かは、2人に任せる」

 

 

 

説明を終えてから早速沈黙を破ったのは相葉。

「俺が先行で走ります!」と告げては如何にも気合充分と言った様子で黒い86GTに乗っては早速位置に付ける...「それでいいか?」と言わないばかりに池田があかねの方を見ると彼女も静かながらも力強く頷き、自分のBRZに乗り込んでは黒い86GTの後ろに車をつけた。

 

さあ、間もなく始まるところ...スタートコールを鳴らす為、コースの至る所に設置されたスピーカーに自分のスマホとBluetoothリンクさせた時...1台の車がコースの脇に停まった。

 

ステルスグレーのV37型スカイラインNISMO。

運転席と助手席から北条凛とハジメが降りてきた。

 

 

 

 

「邪魔させてもらうぞ、池田」

 

 

 

 

凛のその言葉を聞くも、池田が注目したのは隣にいたハジメの姿。最後に病院で会った時とは随分と違う目付きをしていた。

 

 

 

 

「(....あの男、別人みたいな目をしている。目付きに迷いが無くなった..全てに真っ向からぶつかろうとする意思すら感じさせる)」

 

 

 

 

そんな事を思っていると向こうから「こんばんは、池田さん」と声を掛けてきた。「ああ、こんばんは」と返すと彼は真っ先にあかねが乗るBRZの方に近づく...「あかね」と呼んでからウィンドウが開くと共に何かを伝え、彼女が頷いたのを見てからその場を離れ、池田と凛の2人に再び合流した。

 

 

 

 

「すいません、お待たせして。それじゃあ...始めましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

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―86GT車内

 

 

スピーカーからスタートの5カウントが聞こえ始める...

フオォンッ!フオォンッ!!とアクセルを煽ってエンジンを吹かすと共にバックミラー越しにあかねの青いBRZに目を向けた。

 

 

 

 

「(今日はあの黒川あかねの前を走るんだ!生半可な走り見せるんじゃねえぞ、相葉瞬!カッコいいところ見せてやろうや!!)」

 

 

 

 

煮え滾りそうな熱い思いを抱きながらもカウントが0になると勢いよくスタートを決める2台。キィィ!とホイールスピンを決めていくと序盤の比較的整ったセクションを相葉86GTが果敢に攻めていく。下り勾配になっている緩い右をキッチリとライン取りしながらも決めていくと立ち上がりで上り気味になってる区間もキッチリとこなす。

 

 

 

「(直球勝負だ!自分の持てるモン全部ぶつけて、ゼッタイにオレに振り向かせてやる!!)」

 

 

 

心の中の魂の叫びとリンクさせるようにブレーキングしてからフォンッ!フォンッ!!とシフトダウンして次の左コーナーを綺麗に抜けようと試みる。が、ここから路面が徐々に悪くなっていく...ガタンッ!ガタンッ!とサスペンションの跳ね上がりが全身に伝わると共に路面の砂やら砂利やらがコーナーリングや立ち上がりのタイミングを邪魔するように介入してくる。タイヤのグリップが路面に伝わりにくい....

 

 

 

「(チッ、走らせてづれなぁ...!!だが、条件的には向こうも一緒!ぶっちぎってカッコ良いところ見せてやろうぜ!!)」

 

 

 

熱い闘志を火のように燈す相葉に対し、水のように冷静にコーナーを攻めるあかね。離されてはいるが、自分のやるべきことをやり過ぎずにキッチリとこなしていくスタイル...路面が悪い区間で早めに軽くブレーキングしてからしっかりとブレーキング。若干リアをスライドさせるようにして砂埃を上げながらも左コーナーを脱出するとセオリー通りにイン側に走行ラインを乗せるようにして走らせていく。

 

時々、相葉86GTがドカッと踏み込んで少し離されるのが見えるが...焦らずに冷静に自分のドライビングを続けた。

 

 

 

「(焦ったらダメ、ハジメくんの言ったことをしっかり意識して。それさえすれば...)」

 

 

 

次のヘアピンコーナー。ブレーキングしてフォンッ!とパドルシフトでシフトダウンすると先行する相葉86GTの残像を見据えるように見ては冷静さを保ちながら静かな闘志を硬めた。

 

 

 

 

「("負ける相手じゃない")」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―ゼロアカデミーCコース コントロールタワー

 

 

簡易的な櫓のように組まれたこの場所は観戦するにはうってつけの場所。池田、凛、ハジメの三人はナイター用のライトに照らされて走る2台の姿を目で追うようにして観戦していた。

 

 

 

 

「池田、この戦い...どう見る?」

 

 

 

凛の問いかけに対して池田は腕を組むようにしながらも「そうだな...」と考え込んでから自分でも分析しやすくするように語り始めた。

 

 

 

 

「相葉瞬は感情派のドライバーだ...闘争心を昂らせて走らせるタイプ。俺が提唱するゼロ理論で走るドライバーとは真逆の存在ではあるが、アカデミー仕込みのテクニックもある。それにいい具合にツボにハマれば速い」

 

 

 

 

「黒川あかねは?」

 

 

 

 

「その真逆だ。理論派寄り...冷静に物事を見て対応していくタイプ。彼女はアカデミーの生徒ではないが、俺が提唱するゼロ理論に近い走りをする。ただ、テクニックに関してはあるにはあるが相葉にはやや劣る。この戦い、例えれば火と水の戦いだ...」

 

 

 

池田の言葉を聞いた凛の目はもう一人の男に向けられる...黒川あかねをドライバーとして育てたハジメの方だ。弟子も弟子なら師匠も師匠。熱くなりすぎるような視線ではなく冷静な目でこの戦いの行く先を見守っているようだ。

 

 

 

「では、ハジメ...お前の意見を聞こうか。どっちが勝つ?」

 

 

 

凛の問いかけに少しばかり間を空けるハジメ。しかし、答えは聞くまでもなく決まっている...一旦視線を凛の方に向けては真っすぐとした目で答えた。

 

 

 

 

「....黒川あかねの勝ちです。一本目の3ラップの途中、中間のヘアピン辺りで決まります」

 

 

 

 

「ほう...それは師匠として負けて欲しくないから言っているのか

?」

 

 

 

 

「いえ、第三者目線で言ってます...理由は3つ。

 

一つは乗ってる車両の熟練度の差です、瞬の方はアカデミーの車両で普段から乗り回しているわけじゃない。それに対してあかねは普段からプライベートで使っている。挙動だけでなく車幅などのサイズ感的な部分も身体に染み付いているのでシビアに攻めれる部分はよりシビアに攻めれます。

 

もう一つは路面コンディション、瞬は免許を持ってないのでまだ私有地であるアカデミーのコースしか走れません。今回初お披露目のこのコース以外のアカデミーコースと言ったら綺麗に整ってるところばかり。それに対してあかねは色々な所々を走っている...俺が知らないところでグラベル寄りの峠を走ってたなんてこともありました。そして、もう一つは...」

 

 

 

 

先行する相葉86GTの挙動が少しずつ乱れ始めたのを確認するハジメ。やはりかと内心思いながらも肝心な最後の一つを述べた。

 

 

 

 

「感情派のドライバーはこういう路面コンディションだと空回りしやすく、かなり不利ということ。俺がまだ現役でアカデミーの特別講師として時々来てた時、瞬のことをよく見ましたが...彼は感情が昂り過ぎると空回りする、感情派の悪いところを掻き集めたような典型的な奴でした。乗れてる時はいいが、乗れなくなって空回りし始めたら...この悪路だと一発で逝きます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―2ラップ目 

 

 

最初の下り勾配がある緩い右コーナーを抜けてからキツい左に入る相葉86GT。相変わらずの路面の悪さに手こずりながらも、アクセルを開けて加速態勢に入るも、砂や砂利が邪魔をしてふらつくような動きを見せた。

 

 

 

「(チッキショー、走らせにくいな!挙動が掴みづれえ...!!でも、それは向こうだって同じだ!!ここまで来たなら寧ろ一方的に千切っててもおかしくないハズ...!!)」

 

 

 

そう思いながらもバックミラーに目を向ける相葉。だが、実際は千切るどころか寧ろ差を縮められているような状況だ。

 

 

 

「(ウッソだろ...!?おま...!!)」

 

 

 

焦りが募りに募る。確かに悪路には苦戦しているが、それなりには乗れているはず...まだまだ足りないのか?

 

 

 

「(チッ、もっと気合入れろってことか....!やってやらあっ!!)」

 

 

 

しっかりとアクセルを踏み込み引き剥がそうと試みる、左のヘアピン、右の90度、右のヘアピンと次々にコーナーを抜けていく相葉86GT。しかし、ブレーキングやコーナーリング中で姿勢が乱れてロスが出る度にあかねBRZとの距離は縮まっていく。

 

そして、次の左コーナーを抜けた時...遂に距離はテールトゥノーズに近いところまで詰め寄られていた。

 

 

 

「(クソ...!これじゃあ、アカデミーの俺がヘタクソみたいじゃねえかよ!!黒川あかねだけじゃない、池田先生だって見てるんだ!根性見せろや、相葉瞬!!こっからが本領発揮だ!!!)」

 

 

 

最終コーナーを立ち上がって3周目に入る2台...

差はもうないに等しい。2本目へ持ち越し、又は追い抜きの可能性が濃厚になってきた....

 

 

 

 

 

 

 

 

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―コントロールタワー

 

 

2台が競うのを見届ける三人。池田は何か疑問に思ったことがあったのか、ハジメの方を見ると「そういえば...」と声を掛けた。

 

 

 

 

「キミは出走前のあかねくんに話し掛けていたよな。何かアドバイスでもしたのか?」

 

 

 

 

「そんな大したことじゃないですよ、ただペース配分と意識することを伝えただけです」

 

 

 

「意識すること?」

 

 

 

「ええ、単純なことです。ペース配分は1ラップ目で7、8割。慣れたら徐々に上げてマックス9割。意識することは向こうの得意エリアでドカッと離されても追おうとしないで自分のペースを守れ。タイムアタックをやってるような感覚でいいと」

 

 

 

ハジメの言葉に横で聞いていた凛が「ほお」と感心するような声を出すとその後、彼が何を狙ってそのような指示を出したのかというのを誰にでも分かりやすいように纏めた。

 

 

 

 

「つまり、お前の狙いは相葉の昂るテンションを空回りさせての自爆狙い...ということか」

 

 

 

 

「ええ...言い方は悪いですが、まさにその通り。あかねが後追スタートなのを見てコレだと作戦を決めました」

 

 

 

 

「確かに...前を走るドライバーっていうのは相当なプレッシャーが掛かる。それに今回は相葉にとっては初めて走る慣れないコースな上、路面も御世辞にもいいとは言えない。ペースをつくるという面でさらに精神力が試される」

 

 

 

冷静に分析する凛...最後に相葉を育てた池田の方に目を向け、彼目線でのこのバトルの結果を問いかけた。

 

 

 

 

「それで...相葉を育てたお前はどう見る?池田」

 

 

 

 

「そうだな、オレは....」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―3周目

 

 

緩い右コーナーで突き放すように加速を始めた相葉86GT。後方にいたあかねも少し釣られそうになるが、ステアリングをグッと握りしめて堪えに堪えた。

 

 

 

「(焦らない、とにかく自分のペースを...!)」

 

 

 

 

緩い右、90度左、緩い左とこなして次は中間のテクニカルセクションのヘアピンだ。相葉86GTが"カミカゼヤンキー"の片鱗を見せるようなツッコミを見せる...が、それは彼の走りの終わりを告げるようなものになる。立ち上がりでアクセルを開けるのが早すぎて段差を拾って車がスピン態勢に入ったのだ。

 

 

 

 

「(っ、しまっ....!!?)」

 

 

 

砂や砂利の影響でタイヤのグリップ回復しない...必死にカウンターステアで押さえようと試みたが、ここまでいくと無理だ。元々の走行方向とは真逆の方向を向いた時...あかねのBRZが迫ってくる。一瞬、運転している彼女と目が合った気がした相葉は接触するのではないかと目を瞑った...が、そうはならなかった。

あかねBRZは早めに減速態勢に入り、走行ラインを膨らみ過ぎないように抑えて接触を回避。スピンが終わって完全に停車した時、彼女は既に次のヘアピンに進入していた。

 

 

 

 

「っ....クソッタレ!!!」

 

 

 

プライドが邪魔して勝負を焦った相葉。悔しさと自分への嫌気から86GTのホーンを強く殴りつける...

 

ビーッ!と夜のコースに鳴り響くホーンの音は正に彼の後悔の念を現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―コントロールタワー

 

 

相葉のスピンと共にこの戦いの勝敗が決まった。が、ハジメや凛だけでなく相葉を教えていた池田ですら驚くような表情も何もない。寧ろ、そうなって当然と言わないばかりの表情をしていた。

 

 

 

 

「教え子をわざわざ負け戦に出向かせるとはな...」

 

 

 

 

「仕方ないだろう、コレもアイツの成長のためだ」

 

 

 

凛の呟きに対して腕を組みながらも答える池田...そんな2人を他所にハジメはあかねを出迎えてやろうとコントロールタワーから降りて待つことに...少しするとゴールラインを過ぎたBRZが近くまで寄っては停車。中からあかねが降りてきた。

 

 

 

「えっと、どう....だった?」

 

 

 

「上出来。よく耐えたな、エラいぞ」

 

 

 

片手を軽く挙げるようにしてハイタッチを交わすハジメとあかね。凛と共にコントロールタワーから降りた池田はその光景を悔しがるどころか微笑ましく感じ、小さく笑みを浮かべながら見ていた。

 

 

 

「(身分なんて関係ない、アンタら...物凄く輝いてみえるぜ)」

 

 

 

そんなことを思っていると少し遅れて相葉86GTが帰ってきた。車が近くに停まると申し訳なさそうにしながらも降りてくる相葉。「先生、すいませんでした...」と謝罪されると池田は「いいんだ」と返すと共に再び視線をハジメとあかねに向ける。相葉も目で追うようにして同じように2人に注目...レースの内容や前に見た舞台の感想など、どこか楽しげに会話する様子から自分の恋心はどのみち実らなかったとこの時に察し。それと共にある疑問が浮かび上がってきた...

 

 

 

 

「池田先生」

 

 

 

「...なんだ?」

 

 

 

 

「やっぱ、速いやつってモテますか?」

 

 

 

「まあ、な。...あの男、MFGに出るらしい。お前もどうだ?免許取って自分の車を持ったら出てみてもいいんじゃないか?」

 

 

 

 

悄気た様子の相葉にもう一人の男近づいてくる...北条凛だ。

 

 

 

「相葉と言ったな?お前...伸び代あるぞ。成長の糧となるその火はゼッタイに消すな。俺からのアドバイスだ」

 

 

 

そうこうしている間にハジメとあかねの会話のキリが良さそうなタイミングで近づく池田。少し気になったことが一つ浮かび上がり「少しいいか?」とハジメに話し掛けて彼の意識を向けさせてから単刀直入に問いかけた。

 

 

 

「キミにとって...走ることとはなんだ?」

 

 

 

池田の問いかけにクスッと笑うハジメ。それもそのハズ、アカデミーに入る生徒全員に聞く質問ということは彼も知ってたからだ。

 

 

 

「自分は生徒じゃありませんが...それでも聞きたいですか?」

 

 

 

「ぜひ...聞かせてくれ」

 

 

 

神妙な面持ちで再度問いかける池田。ゆらりと風が吹き抜けていく中、ハジメはゆっくりと目を瞑って考えると小さく笑みを浮かべながらも目を開けてから答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「"希望"」

 

 

 

 

 

 

 

漢字にするとたった二文字の単語。

が、その言葉を聞いた池田は驚きを隠せなかった...彼が過去に会った一人の男とダブって見えたのだ。

 

 

北関東最速と言われたカリスマ的存在、

 

 

赤城の白い彗星と呼ばれたあのロータリー使いと―

 

 

 

 

「(この男、間違いなく化ける....!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―翌日、小田原市議事務所

 

 

昨日の輝きが忘れられない池田。事務所の席に座ったは良いものの、仕事に手を付けられない状態だ。

 

 

 

「(あの2人の輝き、下火になってる業界に新しい火を燈すかもしれないな...)」

 

 

 

天井を軽く仰ぐようにしながらそんなことを考える机の上に置かれていた固定電話に手が伸びていく。ピッピッ...と番号を押し、受話器を取り、しばらくすると相手が出てきた。相手は上有史浩だ。

 

 

 

「―もしもし?」

 

 

 

「ああ、上有くんか。池田だ。例のアンバサダーの件だが...いい人材を見つけた。黒川あかねだ」

 

 

 

「―えぇ!!?黒川あかねって...女優の黒川あかね!?彼女、そんなに車のイメージないけど...」

 

 

 

「今、ウチのアカデミーに来てるんだ。知識もあるし、実技も出来る...これ以上にいい人材はいない」

 

 

 

「―分かった、今すぐ事務所にオファー出す!」

 

 

 

 

 

 

 

 

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―3時間後、劇団ララライ

 

 

いつも通り稽古を進めていたあかねだったが、「黒川」とやや色素が抜けた感じの黒髪の50後半から60前半ぐらいの男が彼女に話し掛けられた。彼の名前は金田一敏郎、劇団ララライの創設者であり代表だ。

いきなり呼ばれて内心驚きつつも「はい!」と答えると「ちょっと来い」と別室に呼ばれた...簡易的に設けられた応接室のような部屋。「座ってくれと」案内されるがままに腰を横長の椅子に腰を掛けると金田一はある冊子をテーブルの上に置いてから向き合うように座った。冊子の正体はMFGの関係者向けパンフレットのコピーだった...

 

 

 

「え、コレ...!?」

 

 

 

「知ってるだろ?今CMとかでガンガンに宣伝してる公道レースのイベントだ。どういう風の吹き回しかは知らないが...お前にオフィシャルアンバサダーのオファーが来ている。かなりデカい仕事だ、やれそうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―同時刻、レーシングチームカタギリ事務所

 

 

テーブル席に座り、MFGへのエントリーシートに記入していくハジメ。

名前、生年月日、車関係での経歴などを書き込んでいく。次の使用する車両についての情報を書き込もうとした時に偶然にも通り掛かった皆川に目をつけられた。

 

 

 

 

「ウチのGRスープラあるぞ、それで参戦するか?」

 

 

 

GRスープラ...思い入れはある。筑波での一分切りもあの車だった。だが、ハジメは小さく笑みを浮かべながらも首を横に振って申し入れを断った。

 

 

 

「皆川さん、申し出は有り難いのですが...俺はコイツで走ります」

 

 

 

そう言いながらも車両の名前を書き込んでいく。

 

NSX NA1、登録年月1994年5月。

 

その覚悟を見た皆川はもう一度確認するように問いかけた。

 

 

 

「いいのか?もし、本戦で走るとなったら同メーカー以外の車両入れ替えは認められない」

 

 

 

「いいんです、コレが俺の覚悟です」

 

 

 

そのまま希望のゼッケン番号を書き入れていく...12番、1番、27番、8番。あとは印鑑を押して...コレで完成。

 

 

トンッ、トンッと軽く整えると皆川が手を差し伸ばしてきた。ハジメもそれに応じるように手を取っては固い握手を交わしていく。

 

 

 

「改めて言わせて貰おう。ようこそ、レーシングチームカタギリへ....よく戻ってくれた」

 

 

 

「はい、やるからには全力でやります。空白の2年の間に溜まった錆...全部落とし切って挑みます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―1ヶ月後 夜、とあるBAR

 

前回のシックな感じのBARとは打って変わり、古民家を改装したような雰囲気のBAR。季節はすっかり

 

 

前回の女子会の延長線上で再び開かれたあかね達の飲み会は前回から2人追加されていた。ダンサーの熊野ノブユキとバンドマンの森本ケンゴも参加、アクアを除く今ガチメンバーが何年かぶりに全員揃ったのだ。

 

 

5人一斉に「カンパーイ!」とそれぞれのグラスをカンッ!と当てると談話混じりにそれぞれの近況を話し始める。

 

 

あかねは主体的に話さず、聞き手に回って時折軽く相槌を打つように頷いて合わせていた。そして、視線は皆が身につけているものに移る...ゆきとノブユキはお揃いのアクセサリーが増えている、この2人がゴールインするのも時間の問題だろう。MEMちょは結婚指輪を着けている。ケンゴはこれと言ったものは身につけていないが、一般女性と交際してるなんて噂も流れている。

 

 

 

「(皆、進んでるんだなぁ...着実に)」

 

 

 

少しため息をつきそうになった時、一人の男の後ろ姿が一瞬思い浮かぶ...無意識のうちに前に頼んだものと同じ青いカクテルをぼーっと見てしまった。

 

 

 

「あかね?」

 

 

 

「へっ...?」

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

 

 

 

ゆきが気に掛けるように軽く顔を覗き込むようにしながら確認してきた。前と同じようなシチュエーション...他のメンバーの視線も一斉にあかねに向けられると前回の飲み会に参加してなかった男性陣からこんな疑問が飛んできた。

 

 

 

 

「そういえば、黒川。最近どう?」

 

 

 

 

「あの事故以来、いい出会いとかあった?」

 

 

 

何も知らない男性陣からの問いかけ...いい出会い。あった。

彼と出会ってからのやり取り、彼のセリフがダイジェストのように浮かび上がってくる...

 

 

 

MEMちょが間に入って「えっと、あかねはまだアクたんのことが...!」と男性陣2人を説得しようとした...が、今回は言いたい。言わないとダメだ。

 

何処かにいる誰かに感化されたのか、その強い思いが芽生えると少しでも言いやすいようにとほとんど飲んでいなかったカクテルをゴクッ、ゴクッ....と一気飲みしていく。全員が驚いたような表情を向ける中、あかねはガンッと強めにグラスをテーブルに置き、醉いからか頬を赤らめながらもボソッと答えた。

 

 

 

「....あったよ。いい出会い」

 

 

 

全員が「えぇぇっ!?」と声まで出して驚くとゆきが真っ先に食いついてきた。

 

 

 

「え、それって...相手はどんな人?」

 

 

 

「....レーサー。一見静かそうだけど根はかなり情熱的。自分の技術にプライドを持ってるけど、気を遣ってくれる優しい部分があって、時に自己犠牲も厭わない。でも、不器用なところは不器用...」

 

 

 

 

「な、なんかアクたんと真逆のタイプだね...」

 

 

 

「あかねは...その人のこと好きなの?」

 

 

 

MEMちょの指摘の後にゆきからの問いかけが来た。それに対して少し間を空けるあかね。

 

 

 

そして、

 

 

そこから出てきた答えに全員が唖然とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―同時刻、レーシングチームカタギリ

 

 

 

ナイター用の大型ライトが辺りを照らす中、パイロンを立てたジムカーナ用の駐車場コースを疾走する1台のシルバーのMR-S。GTウィングとC-ONE製のエアロパーツを装備し、Weds sportsの限定のホイールを履いた1台。

 

綺麗に左右にコーナーを抜けては綺麗にサイドターン。

フィニッシュラインの目安になっているパイロンの間を駆け抜け、ゴール。ゆっくりと減速して停車すると運転席からドライバーが降りてくる....ハジメだ。それと共に脇から見守っていた小柏が姿を見せてきた。

 

 

 

 

「どうだ?俺の元愛車は」

 

 

 

 

「サイコーですよ、コレ。練習機として使うには勿体ない」

 

 

 

 

そう答えるも季節的な蒸し暑さから額から大量に汗が流れているハジメ...気を遣った若いメカニックがスポーツドリンクを持ってきてくれたので「ありがとう」と受け取ってゴクゴクと飲むとそれを見た小柏が「にしても...」と切り出してきた。

 

 

 

「お前、中坊の頃から汗っかきでよく水ガブ飲みしてたよな」

 

 

 

「仕方ないじゃないですか、ここまで蒸し暑いと流石に水分取らないとシンドいですよ」

 

 

 

「いや、水を摂るのは良いにしても量だな...摂りすぎて気分悪くなって車内でゲロったりするんじゃねえぞ?カタギリに寄付したとは言え、俺の元愛車だからな」

 

 

 

「はいはい、わかってます」

 

 

 

クスクスと笑いながらも受け答えするハジメ...

小柏は内心いい顔をするようになったと思いながらも釣られるように小さく笑うと目線はMR-Sのタイヤの方へと向けられる。何かに気付いたのか、真横まで近づいてしゃがみ込んで触ったりしると再びハジメの方へと目を向けた。

 

 

 

 

「さっきから見てて思ったが...新しいこと試してるだろ?何試してんだ?」

 

 

 

「どれだけ少ない舵角で曲がれるかっていうのを試してます。まだ、自分の理想には程遠いですが...」

 

 

 

 

そんな中、ハジメのスマホがピロピロと鳴り響く。「失礼」と小柏に一言告げて手にとって応じると相手は奥山だった。

 

 

 

「―俺だ、奥山だ。例の件...本気でやるのか?」

 

 

 

「はい、本気です。前に提示された見積もり通りお願いします」

 

 

 

「―わかった、セブンスターリーフには俺から伝える。にしても、シルバーに全塗装とはな...何か意外だな」

 

 

 

「腹決めたんですよ。もう突き進むって...これは俺の意思表示的なものもあります。今までの俺とは違うって....」

 

 

 

「―そうか、とりあえずこっちはこっちで進めておく。そっちも練習頑張れよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―1ヶ月後、とあるスタジオ

 

 

 

撮影用のカメラやホワイトスクリーンがある広めのスタジオでMFGの宣材写真を撮ることになったあかね...しかし、渡された衣装に着替えると、恥ずかしそうに顔を真っ赤に染めていた。

 

 

青と白のレースクイーンの格好だが、普段彼女が身につけているような衣装の方向性とはかなり違う露出がかなり多いようなものだ。

 

 

 

「(ちょ、ちょっと際ど過ぎじゃない...!?おヘソ見えちゃってるし、ショートパンツだけど太ももすごいでちゃってる....!!)」

 

 

 

羞恥心で手で色々なところを隠そうとする中、カメラマンの男がやってきた...「じゃあ、黒川さんよろしくお願いしますね」と照明なども含めてセッティングするとあかねは「あ、あの...」と恐る恐るあることを問いかけた。

 

 

 

「こ、この衣装って、もしかして上有本部長のリクエストですか...?」

 

 

 

「ん?あぁ、そうだよ」

 

 

 

 

その言葉を聞いてあかねの脳裏に浮かび上ったのは笑顔でピースサインする上有史浩。鼻の下を伸ばしきってる脳内イメージにあかねは更に羞恥心が込み上げてきた。

 

 

 

「(うぅー、あの人ッ....!私のことグラビアアイドルかなにかと勘違いしてるよ、これ...!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―しばらく月日が流れて

 

 

ハジメは実走だけでなく、基礎体力作りのためのランニングや反射神経トレーニング、シミュレーターを使った本番想定の走行練習なども熟し、空白の2年の間に溜まった錆を着実に落としていく。

 

そんな日々を過ごしていくと、遂にNSXが戻ってきた。

 

今日は日中からレーシングチーム·カタギリでの初お披露目だ。

皆川と小柏が注目したそのボディは白からシルバーに変わっていた...

それもただのシルバーではない。深みがある上に静かながらもどこか力強さを感じる...見る角度や光の反射具合によって色味が変わるかなり特殊な銀色塗装だ。

 

 

 

「なんつーか、すげえ色だな...」

 

 

 

「同感です。俺がカタギリに寄贈したMR-Sもシルバーですが、あれとは全く別モンですよ...」

 

 

 

乗っていたハジメが早速慣らしがてら駐車場のパイロンコースを流し始める...その様子をマジマジと観察していた皆川は「なあ」と小柏に切り出しては疑問に思ったことを投げかけた。

 

 

 

「あんな色、NSXの純正色...いや、ホンダ系の純正色であったか?」

 

 

 

「ありませんね。アイツが言うには"銀影ラスター"って色らしいです。レクサスのLS系みたいなフラグシップなんかに採用されてる特殊なシルバー塗装で下地処理や中研ぎ、複数回の磨きが必要なかなり高難度塗装みたいで...アイツなりの覚悟って感じですかね、ガチでレースに挑んでやるっていう」

 

 

 

 

小柏の解説に「ほお...」と関心そうに呟く皆川...徐々にペースを上げて本気モードで攻め始めるNSX。パイロンのコーナーを素早く切り込むように進入して立ち上がるその姿を見て彼はこんなことを呟いた。

 

 

 

 

「アレは車っていうか..."刀"だな。それも研ぎ澄まされた刀だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―3ヶ月後、夕方 劇団ララライの事務所

 

 

季節は巡り巡ってすっかり寒さを感じるような季節に。

 

少し参ったような表情で物置部屋に入って頭を抱えるあかね...

それもそのはず、今日はMFGのオフィシャルアンバサダーとして夜の情報番組に生放送で出演する日だからだ。

 

 

 

テレビ局に行く前にどうすればいいかと悩みながらもスマホを手に取るとある人物に早速連絡することに...今ガチで共演した鷲見ゆきだ。

 

 

 

「―あかね!こんな時間にめずらしいね。どうしたの?」

 

 

 

「あ、ゆき...ちょっと相談したいことがあって。今いいかな?」

 

 

 

「―いいよ、ちょうど撮影おわったところだし」

 

 

 

電話越しに聞こえる親友の言葉に少しホッとしたように胸を撫で下ろすあかね。そこから続けて本題に入ろうと試みた。

 

 

 

「私...今日の夜、生放送で宣伝しないといけないんだけど」

 

 

 

「―あぁ、例のレースイベントの?」

 

 

 

「そうそう。でも、こういうお仕事ってあまりやったことなくて....どうしたらいいかな?」

 

 

 

あかねの単刀直入な問いかけに「―うーん...」と考え込むゆき。少しするとこんな風に答えてきた。

 

 

 

「―あかねは...どうしてアンバサダーに選ばれたと思う?」

 

 

 

「え?どうしてって...」

 

 

 

 

「―たぶん、それが答えだよ。それが分からないなら、例の彼に聞いてみたら?答えてくれると思うよ」

 

 

 

ゆきの提案に恥ずかしさから顔を赤らめるあかね...「か、からかってる...!?」と問いかけるとゆきの方はクスリと電話越しに笑ってるのが聞こえる。彼女はそのまま「―じゃあ、撮影戻らないといけないから。またね」と告げて一方的に通話を切ってきた。

 

少し困った様子のあかね...どうしようと思いながらもSNSアプリを開くと五十嵐ハジメの項目をタップした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―同時期

 

チューニングショップ、スパイラルゼロ

 

 

奥山と本番に向けてのセッティングを煮詰めるハジメ。

 

商談室に入り、席に座ると互いに向き合うような形でパーツやセッティングのサンプルデータが記録された書類を確認していた。

 

 

 

「スゴい膨大な量ですね...」

 

 

 

ペラペラとページを捲って確認するハジメだったが、ふとあることに気付いたエンジンに直接手を加えるようなチューニングがないのだ。

 

 

 

「奥山さん、これ」

 

 

 

「...気づいたか。そうだ、お前の腕を見越して試したいことがある。エンジン本体に手を加えずにどれだけ速く走れるかっていうのを試したい...言ってみれば俺の中での挑戦だ」

 

 

 

セッティングには絶対的な自信がある奥山...特に足回りのセッティングに関しては右に出る人間はいないだろう。その腕は常連のハジメもよくわかっていた。この人以外に任せられる人は思い浮かばないと言っても過言ではない。そんな人から真っすぐとした目で告げられた挑戦したいという言葉...断る理由なんてなかった。

 

 

 

「わかりました、ではエンジン本体には手を加えずにその他の所でセッティングをお願いします。ただ...その分、足回りの方向性に関しては色々言わさせて頂きます」

 

 

 

 

「オーケー、俺も最初からそのつもりでいた。幾らでも要望出してくれ、ドンピシャなセッティングで仕上げてやる」

 

 

 

奥山の言葉に頼もしく思いながらも手を差し伸べるハジメ。そのまま固い握手を交わすと彼のスマホがピロピロッ!と鳴り始めた...「失礼」と一言告げて一旦奥山から離れて確認すると、相手はあかねだ。

ひょっとしたら長くなるかもしれない...と一旦商談室を出て店の裏手に出てからピッと通話に応じてみた。

 

 

 

 

「もしもし?」

 

 

 

「―もしもし、ハジメくん?えっと...今、大丈夫?」

 

 

 

「ああ、いいけど...なんかあった?」

 

 

 

確認するように問いかけると「―えっと...」と電話越しにゴニョゴニョし始めるあかね。訳が分からずにゆっくりと首を傾げているとわざわざ電話を掛けてきた理由について語り始めた。

 

 

 

「―私、今日の夜の情報番組でMFGの宣伝することになったんだけど....ただでさえこういうことやったことない上に生放送だからどうすればいいか分からなくて」

 

 

 

不安そうなあかねの問いかけにそういうことかと言わないばかりに小さく笑みを浮かべるハジメ。彼女に気づかせてやろうとあるヒントを与えた。

 

 

 

「あかね。あかねをアンバサダーにしようと選出したのは誰?」

 

 

 

「―えっ、えっと...池田さんだけど」

 

 

 

「あの人の性格上、どういうキミに惹かれたと思う?心理学に詳しいあかねなら分かるはず」

 

 

 

電話越しに「―うーん...」と考えるあかね...少ししてからその答えは恐る恐るながらも出てきた。

 

 

 

「―素の...私?」

 

 

 

「正解、それが答えだ」

 

 

 

「―でも、私...女優だから、そんな素で生放送のお仕事したことなんてないし...」

 

 

 

「じゃあ、自分自身を演じればいい」

 

 

 

 

そう伝えてもよく分かってなさそうな雰囲気が電話越しに伝わってくる...すると、こんな問いかけが彼女の方から投げかけられてきた。

 

 

 

「―その、ハジメくんから見た私は...どう見えるのかな?」

 

 

 

あかねの問いかけに夕焼け色に染まり始めた空を眺めつつも「そうだなぁ...」と考え始めるハジメ。彼はそこから淡々と思い浮かんだ事を伝えた。

 

 

 

「頭がよくて理論的、努力家で人にスゴい気を遣う...んで、えっと...」

 

 

 

 

あかねから"わかった"や、"ありがとう"という言葉が返ってこない事から、もっと意見を欲していると察し。「あー...」と考え続けると何のフィルターもなしにある言葉を言い放ってしまった。

 

 

 

 

「"笑顔が可愛い"」

 

 

 

言った後に気づく...が、一度言った言葉は戻すなんてことは無理だ。動揺からか顔を真っ赤に染めながら頭がうまく回らないような状態で言い訳を組み立てた。

 

 

 

「ち、違う...えっと...!」

 

 

 

「―えっ、違う...?」

 

 

 

「いや、違わないんだけど...!」

 

 

 

なんかややこしくなってきたと焦るハジメ。ここは離脱しよう...これ以上話しているとおかしくなる。

 

その思いから「ゴメン、今から用事あるから!本番頑張れよ!!」と告げて一方的に通話を切る。

 

 

ふぅ...と小さく安堵のため息をつくハジメ...その姿を奥山と偶然にも居合わせてしまった池田は物陰から見守るようにしていた。

 

 

 

「あれが青春、か...」

 

 

 

「青春だな、アレが...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―夜  とあるスタジオ

 

 

遂にMFGのオフィシャルアンバサダーとして生放送の情報番組で広報活動をすることになったあかね。

白が基調となったスタジオ内で進行役の眼鏡を掛けたベテランアナウンサーと一対一での対話方式で宣伝することに。

緊張が高まるが、ハジメの言葉を思い出して精神を安定させていくようにすると不思議と身体が軽くなるような感覚が...これなら行けそうとスタジオのテーブル席に座った状態でアナウンサーからの質問から進行が始まった。

 

 

 

 

「それで、MFGとは何なのでしょうか?」

 

 

 

「MFGはMt. FUJI Grand Prixの略です。エクゼクティブ·オーガナイザーのリョウ·タカハシ氏が起案した"日本の美しい道を世界に"というコンセプトを掲げた国内...いや、世界クラスの公道レースです」

 

 

 

あかねの説明と共に番組内でイメージ動画が流れる...公道を疾走し、激しく競い合うスポーツカー、スーパーカーの映像が流れる中、アナウンサーが引き続き質疑を続けた。

 

 

 

 

「公道レース?安全面は大丈夫なのでしょうか?」

 

 

 

「はい、各所自治体や警察、消防と連携して行っている上にもしもの事態に備えて開催時にはバリケードも設置されます」

 

 

 

「なるほど...黒川さん、貴女が一番魅力的に思うこのレースの見どころなどがあればお教え下さい」

 

 

 

アナウンサーの問いに「うーん」と少し考える素振りを見せるあかね。少しすると何か決めたかのようにパッと表情を切り替えて小さく笑み浮かべながら話し始めた。

 

 

 

 

「レギュレーション、ですかね?」

 

 

 

「レギュレーション?参加ルールみたいなやつですよね」

 

 

 

「はい、MFGのレギュレーションは一般的なレースと比べてかなり特殊です。大きく分けて2つあるのですが...」

 

 

 

 

「2つ?」

 

 

 

「一つは動力源です、内燃機関を搭載した車両のみ参加を認められ、電気自動車や燃料電池自動車は参加することが出来ません。ただし、例外としてハイブリッド車は電気駆動のモーターアシスタントシステムを使えないようにすれば参戦可能です」

 

 

 

「ということは、純ガソリン車の状態で走行出来る車両のみが走れるレースイベントというわけですね....それで、もう一つは?」

 

 

 

アナウンサーからの問いかけにどう噛み砕いて説明しようか少し間も空けるあかね。そして、考えついた答えをゆっくりと語り始めた。

 

 

 

「もう一つはグリップウェイトレシオの均一化です」

 

 

 

「グリップウェイトレシオ...?と言いますと...」

 

 

 

「車の車重に対して履けるタイヤのトレッド幅が決められています。一般的に車重が軽ければ軽いほどコーナリングが軽快になるのですが、重い車に合わせるようにコーナリングを均一化していく...

 

例えて言うなら、軽量で本来なら10の能力で曲がれる車が参加するとします。その車の曲がれる能力を他の参戦している重量級で5の能力でしか曲がれない車に合わせてタイヤの性能を落とすということです」

 

 

 

あかねの説明に「なるほど」と理解した様子のアナウンサー。しだが、彼はふと疑問に思ったことが頭に浮かび上がれば「しかし...」と言って切り出してきた。

 

 

 

 

「それだと、車重が重くてもエンジンがパワフルな直線番長みたいな車が一番速いのではないのでしょうか?」

 

 

 

 

「そうですね、そのような考え方も出来ますが...意外とそんな簡単なものでもなかったりします。このレギュレーションを参加者達がどのように捉え、攻略していくか...それも見所です。

 

これらのレギュレーションさえ守れば極端な話、クラスを問わずカローラのような大衆車からポルシェ、フェラーリのようなスーパーカー。70年代のヴィンテージカーから最新のハイテクマシンまで参加することが出来ます」

 

 

 

「つまり、通常のレースでは見れないような組み合わせで真っ向勝負する可能性もあるということですか!それは面白そうですね!!」

 

 

 

興味が湧いた様子で答えてくるアナウンサー。彼はそこから更に話を別の角度から進めていった。

 

 

 

 

「さて、そんなレースイベントですが...開催はいつになるのでしょうか?」

 

 

 

アナウンサーの問いかけと共に「はい」と答えると事前に用意された日程のボードを見せるようにするあかね。各日程を指差すようにしながらも説明した。

 

 

 

「来年の4月、伊勢志摩スカイラインで予選タイムアタックを行います。そこで上位に食い込んだ15人がツアー方式で各地域を回ります...三重、滋賀、群馬、栃木、最後は神奈川でレースを行う予定です。最終の神奈川でのコースはMFGのMt.FUJIにちなみ、富士山が見られる絶景のコースで走行予定です」

 

 

 

「面白そうですねー。でも、予選突破は15人ですか...予選参加総数はどれぐらいいるのでしょうか?」

 

 

 

「そうですね...500台と聞いています」

 

 

 

「ご、500台ですか...!?狭き門ですね...」

 

 

 

「はい。予選突破した15台を私達は神に選ばれし者たちという意味合いを込めて"神15(カミフィフティーン)"と呼んでいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―病院

 

やや散らかった休憩室で白衣を着た姿でテーブル席に座り、カップ麺を啜る北条凛。そんな彼が見ていたの生放送であかねが出演している情報番組だった...

 

 

 

「(彼女を推薦して大正解だったな、池田。引き込むようなトーク...流し見してるつもりが興味が湧いてきてる)」

 

 

 

そうこうしている間に看護師が慌てた様子で中に入ってきた。

 

 

 

「北条先生、急患です!」

 

 

 

「わかった、すぐに行く」

 

 

 

食べかけのカップ麺を置いてすぐに受け入れの準備をしようと休憩室から出る凛。彼女の姿勢に勇気付けられたのか、その姿はいつもより気合が入っている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―翌年 4月 伊勢志摩スカイライン

 

 

 

赤色のレーシングスーツを着てNSXの方へと歩くハジメ...与えられたゼッケンは27番、遅い申請ではあったが奇跡的にも希望の番号が通ったのだ。刀のように洗練された"銀影ラスター"のボディカラーとドアに大きく記された27のステッカーを見てから「よし」と小さく頷くと乗り込んでエンジンを掛けた。

 

 

ヴォォン!と咆哮のような始動音が辺りに鳴り響くと抱えていた緊張は全て掻き消され、心の中に宿っていた闘志のようなものが静かに燃え始める...そうだ、この感じ。現役時代の懐かしい思い出がふと蘇ると小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

「...いくぞ、相棒」

 

 

 

そのままゆっくりと走らせて出走待ちの列に車を並べる...今か今かと待っているとき、偶然近くの歩道を歩いて通り過ぎようとした男が何かを感じ取るようにピタッと足を止めた。

 

貫禄がある渋い顔立ち...黒い短髪、昭和な雰囲気のその男の名前は石神風神(イシガミフウジン)。ゼッケン1番、現在予選1位の男だ。

 

彼が足を止めると付き添いで歩いていた付き人が一緒に足を止めながらも「どうしました?」と問いかけると彼は微動だにせずにその場で逆に問いかけてきた。

 

 

 

「...感じないのか?あの男のオーラ」

 

 

 

「感じないかって...全塗装した綺麗なシルバーのNSXだなって思うだけで、それ以外のことは...」

 

 

 

付き人の言葉にどこか呆れたような雰囲気を見せる石神。仕方ないから話してやろうとゆっくり語り始めた。

 

 

 

 

「ドライビング然り、スポーツ然り、演技然り...どんな業界にも一流というものがある。

その道を極めし者のことを指す言葉だ。そういう者達からは基本、強いオーラが漂っている。

俺は...あのNSXからそういう強いオーラを感じ取った。乗っている男は相当な猛者だ」

 

 

 

列を並び終えてからレギュレーション検査官からの検査が終わり、出走位置につくNSX。その姿を真剣な眼差しで見据えると付き人に対して更に一言付け加えた。

 

 

 

 

「...あの男、間違いなく神15入りするぞ。今回の台風の目になり得る存在が"もう一人"現れるとな...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―伊勢志摩スカイライン展望台近辺 コントロールタワー

 

 

本戦ではないため、オフィシャルアンバサダーのあかねや解説者などはいない。が、この予選の熱い戦いを視聴者にお届けしようと一人の男が奮闘を繰り広げていた。

 

 

 

「さて、実況は引き続き私、田中洋二がお送り致します!伊勢志摩スカイラインにて1週間以上続いた500台の予選も残るところ20台となりました!次に出走するのは27号車、なんと94年式、30年近く前のNSXです!ドライバーはレーシングチームカタギリ所属の五十嵐ハジメ選手!いったい、どんな走りをするのでしょうか!」

 

 

 

映像が自動追尾ドローンが搭載しているカメラに切り替わり、映し出されるシルバーのNSX。程なくしてスタートのグリーンランプが点灯。

 

ヴォォォォン!と咆哮のようなサウンドを辺りに響かせながらも抜刀するように勢いよく第一コーナーに飛び込んでいくとブレーキングを最低限に押さえつつも切り込むようにコーナーリング。次の直線に入ってはアクセルをしっかり開けるも、ブレーキングは最小限に押さえる...ここから先は直線で踏める区間が少なく、ブレーキングだけでなくアクセルの開度にも注意...ラインも先程よりもシビア目な走行ラインだ。すると、実況の田中洋二は「おぉっと!?」と驚いたような声を上げ始めた。

 

センターのモニターでハジメのNSXに注目フラッグが立てられていたのだ。このフラッグはAIが優れた技量をもつと判断したドライバーの車に立てるもの...現在推定で神15入りしてる車も数台ほどしか立てられていないようなものだ。

 

 

 

「27号車に注目フラッグが立ったーッ!なんと、30年近く前のNSXに注目フラッグが立ちました!この年式の車で立てられるのは初めてのことです!!」

 

 

 

次々とコーナーに飛び込んでいくNSX。相変わらずブレーキングは最小限...いや、踏まずにアクセルの開閉だけで抜けている場面もある。理由は簡単、他の参戦車両と比べると非力な部類に入るからだ...少しでもパワーロスを押さえる作戦だ。

 

 

 

「金剛寺前の複合コーナーを鮮やかに抜けて行くーッ!まるで居合のような鮮やかさ!クールで靭やかな銀影のボディは日本刀を彷彿させてくれるーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―NSX車内

 

熱気を感じる車内で目の前の流れる景色とステアリング、ペダル操作に全神経を集中させるハジメ。間もなく、折り返し付近の展望台を過ぎる頃...着けていたインカム越しにブースから指揮を取っている小柏に確認を取ることに。

 

 

 

「ハジメからブースへ!今の順位は!?」

 

 

 

「―こちら、ブース!36位だ!念の為もっとペースあげな!!」

 

 

 

「COPY!ダウンヒルでもっとペースを上げる、オーバー!!」

 

 

 

展望台を通り過ぎてダウンヒル区間へ...ここからは先程までほとんど使わなかったブレーキングを多用していく。ギリギリの所まで詰めてブレーキング、ラインを膨らまないようにアクセル操作。0.1秒でも...いや、0.01秒でも速くだ。

 

大胆に行くところと繊細に行くところを使い分けていく....少し長めのストレートがきた。ここを乗り越えれば連続コーナー...一瞬の時間の間にもう一度小柏に問いかけた。

 

 

 

「ハジメからブースへ!今何位!?」

 

 

 

「ー18位だ!あと3台、沈めてやれ!!」

 

 

 

「I COPY!!」

 

 

 

ウネウネと微妙な曲がりを見せる複合コーナーを上手いこと自分が思い描くラインに乗せ、自分の手足のようにNSXを操作していくとコーナーの先にゴールの料金所が見えてきた...

 

 

行け、行くしかない....!!

 

 

曲がりを終えた所で全ての鬱憤を吐き出すように思い切りアクセルを踏み込む...

ピッとインカム越しにタイマー止める音が聞こえるとブースにいる小柏の「―ヨッシャア!」という歓喜の声が聞こえてきた。

 

 

 

「何位...でしたか?」

 

 

 

「―9位だ!神に選ばれたぞ!!」

 

 

 

その言葉に車をクーリング走行させながらも「よっし!」と車内でガッツポーズを決め込むハジメ...

 

ふと視線を感じ、脇にいたギャラリーの方に目を向けるとプライベートでこっそりと応援しに来ていたあかねの姿が...ホッとしたような表情を見せる彼女にハジメは小さく笑みを浮かべながらも軽く親指を立てて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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―スタート地点

 

予選残り5台と言ったところで1台の車がレギュレーション検査官からの検査を終えた1台の車がスタートラインで停まった。

 

ゼッケン12番、R35 GT-R NISMO MY25...最終型のR35 GT-Rだ。色はステルスグレー...まるで最新型の戦闘機のようなフォルムのこの車に乗っていたのは21歳のまだ若手と言えるような歳の男だった。前髪が多めのマッシュのような黒髪の男...インカム越しにブースで指示を出す男から淡々とした口調で最新の情報が届けられた。

 

 

 

「―カタギリの奴が神入りしたらしい」

 

 

 

「そうですか...俺は俺の走りに専念するだけです」

 

 

 

「―そうか、ヘマするなよ?お前には俺ら東堂レーシングの看板背負って走ってもらうんだからな」

 

 

 

「わかってます、智さん。社長も見てるみたいですし...やることをキッチリやって終わらせます」

 

 

 

そう言ってステアリングをグッと握り込む男...男の青い瞳には星が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               ·

 

 

 

 

 

 

 

―ゴール地点

 

ハジメのNSXが神入りした事に興奮が抑えられないあかね...嬉しそうにスマホを手に取ると早速SNSアプリでメッセージを送った。

 

 

 

―神15入りおめでとう!これで一緒にツアーまわれるねっ!

 

 

 

メッセージを送るもなかなか返信が来ない...恐らく、向こうは向こうで他の人たちと反省会でも開いているのかもしれない。内心そう思いながらもその場を立ち去ろうとした時、辺りが騒がしくなった...ハジメが神入りした時と同じぐらいの熱気だ。

 

 

 

「(えっ、なにかあったのかな...?)」

 

 

 

一度立ち止まると耳に胸に響いてくるような轟音が響きてきた。ブォン!ヴゥアアン!!と響く音を辿るように見るとそこにはフィニッシュラインを通ったステルスグレーのR35 GT-Rが...

 

どうやら、彼も神入りしたようだ。

 

 

 

 

「―おい、11位だってよ!すっげーな、21歳なんて若造じゃねえか...!!」

 

 

 

「―どんなやつだ!?乗ってるやつ...!!」

 

 

 

ギャラリーの言葉を聞いて思わずゆっくりと走るR35に目を向けるあかね...しかし、彼女はその乗っていた人物の風貌に驚きのあまり固まってしまった。髪色は黒だが、自分がかつて思っていた大切なあの人にとてつもなく似ていたのだ....

 

 

 

 

「あ、アクア....くん....?」

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