マネモブだからと追放されました~俺は500億稼いで灘・真・神影流使えるけど元チーム大丈夫?今更戻ってこいと言われても遅すぎを超えた遅すぎ。いくらなんでも戻るわけねぇだろゴッゴッ   作:マネモブァ

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Battle.14何がしたいのか教えてくれよ

 職員に促されるまま入ると、中は異様な熱気に包まれていた。壁一面にモニターが並び、すでにいくつかの商品が紹介され始めている。高級そうな壺、モチーフのわからない彫刻、遺物と称される謎の物体……。

 中央には円形のステージがあり、その周囲を囲うようにソファとカウンターが並ぶ。金にモノを言わせたような服装の連中が、退屈そうにグラスを傾けている。

 

「マスクを着けろよ」

 

 受付の職員が、小声でそう囁きながらマスクを手渡してきた。 それは簡素ながらも装飾が施された仮面で、目元を隠すだけのものだった。俺はそれを手に取り、しぶしぶ顔に当てる。視野が僅かに狭まるが、まあ流石に着け心地は悪くない。

 

「匿名制なんだ。顔を晒して参加するのはルール違反。まあ、下手すると命にも関わる」

 

 ぞっとするようなことをさらりと言い残し、職員は別の来場者の対応へと戻っていった。

 たかがオークション。されど、"ここ"で行われるものは、表の市場では決して扱われない品ばかり。つまりはそういうことだ。力のある者と、金のある者と、狂った者だけが座れる椅子。

 俺は空いている席に腰を下ろすと、隣に座っていた女がちらりと俺を見た。青いドレスに身を包み、口元だけに笑みを浮かべたまま、眼差しは一切揺れていない。

 

「新顔?」

「知らない…知ってても言わない…」

 

 俺がそう返すと、女はそのまま前を向き直った。どうやら関わる気はないらしい。

 やがて、壇上に現れた進行役の男が、芝居がかった口調で声を張り上げる。

 

「Ladies and Gentlemen……今宵もようこそお越しくださいました。古き価値と、新たなる運命が交錯するこの夜に、皆様の英知と審美眼にて、真の価値を見出していただければ幸いです。それでは───」

 

 手元のベルを高らかに鳴らした。

 

「第十四回、ブラック・オークションを開始いたします」

 

 拍手。グラスの音。さざめく空気。

 ……始まった。

 俺の視線は、モニターに映し出された最初の品に向けられていた。

 

 モニターに映し出された最初の品は──

 

「第一出品、『イースカーヌィ』。かつて極寒の魔境で採取された"溶けない氷"で作られた不浄の遺物でございます。現地の言葉では"精霊の欠片"とも呼ばれているこの氷、驚くべきことに、その融点…500億度」

「……融点500億度って、もうメチャクチャだな」

 

 思わず口の中で繰り返していた。物理法則どころか、常識すらも軽く踏み越える数値。そんな温度を発生させる手段すら、この時代に存在するのか怪しい。だが、壇上の男はさらりと続ける。

 

「通常の炎、魔法、爆薬、どれを用いても、その形状は一切変わりません。加えて、魔力の吸収作用が確認されており、過去にこれを触った術師が、三日三晩魔法が使えなくなったという記録もございます」

 

 会場がざわついた。今まで退屈そうにしていた客たちの目が、一様に光り始める。

 

「それでは、30億ユーズから始めます」

 

「40億」

 

 即座に一つ、男の声が上がる。

 それに重なるように、別の席から女性の声が。

 

「45億」「50」「55億ユーズだ」

 

 次々と飛び交う数字。開始わずか数秒で、異様な速度で針が跳ね上がっていく。俺は黙って見ていた。額面のインフレには慣れているつもりだったが、これは桁違いだ。確かにこの程度なら数ヶ月あれば稼げるが、流石に異常だ。

 

「溶けない氷かぁ…」

 

 ぽつりと呟いた俺の声に、すかさず隣の女が反応する。

 

「あら? 欲しいの?」

 

 その声音にはからかうような響きが混じっていた。

 俺は肩をすくめて応じる。

 

「別にィ……」

「そう?お連れの娘は随分欲しそうだけど」

 

 そう言って、女は視線を俺の後方へと投げた。

 俺もつられて振り返る──そこには、確かに目を輝かせて氷像を見るズヴェーリがいた。

 ──やばい。普通に忘れてたよ、ズヴェーリ。

 目立つな。頼むから目立つな。そう念じてみても、彼女の興奮を止めることはできないらしい。ズヴェーリはステージ上の『イースカーヌィ』に釘付けで、まるで宝石でも見つけたかのように身を乗り出している。

 

「その娘、ずいぶんといいセンスしてるじゃない」

 

 隣の女がグラスの脚をくるくると指先で弄びながら、愉しげに言う。この口調から察するに、半分は本気、半分はからかいだ。

 

「確かにセンスはある…ただそれだけだ。おそらく美術品としての価値もわかってないと思われるが…」

「そう? でもね、価値ってのは、惹かれるかどうかで決まるのよ。理由も理屈も後づけ。だからこそ、ああいう目をする子は面白いのよ」

 

 彼女の言葉に、俺は内心で苦笑する。まったくその通りだ。今日見ただけでも、ズヴェーリの"目"は、普通の人とは違う見方をしている。好奇心とも憧れとも違う、もっと深いところから湧き上がる衝動故なのだろう。

 

「──60億ユーズ!」

 

 再び競りの声が場を切り裂いた。さっきから姿勢を崩さず座っていた黒衣の男が、静かに札を掲げている。彼の周囲だけ、まるで空気の温度が下がっているかのような圧がある。

 

「60億ユーズ!ありませんか?」

 

 進行役の男が声を張り上げる。

 だが会場は静まり返り、先ほどまでの熱気が嘘のようだった。皆が、あの黒衣の男を見ている。決して威圧している訳ではない。だが、()()()の一言で周囲の空気が凍ったのは事実だ。

 

「65億」

 

 ふと、男の隣で、静かに札を掲げる手が見えた。その手は小さく震えており、緊張していることが如実に伝わってくる。

 

「ありませんか? ありませんか? 65億ユーズで落札です!」

 

 進行役の男が叫び、カン!とベルを叩く。金に糸目はつけないのがルールだが、それにしてもとてつもない値段だ。俺の考えだと、あそこまで値が張る程の価値があるようには見えなかったが……まぁ隣の女が言ったように価値はそいつが決めるものか……。

 

「次の品です!」

 

 拍手の音で我に帰る。いつの間にか品物は変わっているらしい。モニターを見ると、今度は絵画……あれは───

 

「ロット・ナンバー251……タイトル『晦冥』でございます。この絵画は、元々とある富豪が自身の館に飾っていたものでした」

「だがその富豪は数週間後、行方不明になった……調査の結果を言おうか? 館から居なくなっていたのはこの絵だけだ……後はみんな揃ってたな?」

 

 進行役の言葉に、黒衣の男が被せて言った。その言葉に会場がざわめく中、男は静かに続ける。

 

「そしてこの絵には奇妙な噂がある。曰く『夜になると絵の中の怪物が現れる』とか『絵を見た者は皆死ぬ』だとか……」

 

 俺は肩をすくめて、ちらりと絵のモニターに目を向ける。

 

「つまらん こういう絵の定石だ、作品本来の力で勝負できないから付加価値を加える。映画やドラマの中でもイヤっちゅうほど使われた陳腐なネタや。『見たら死ぬ』だとか『怪物が現れる』なんて話は昔からあるし、嘘でしかないわ」

 

 すると、隣の女が目を見開いて俺を見た。

 

「あら、意外と詳しいじゃない」

「選りすぐりの目利きだけが集まる危険なパーティ…それがブラック・オークションですわ」

 

 俺はそう答えて、手元の水を一口飲んだ。けれど、隣の女はその答えを聞いても笑わなかった。代わりに、絵の映ったモニターに視線を戻しながら、ぽつりと呟く。

 

「そうかしら」

 

 女の言葉に、俺は首を傾げる……が、どうやら彼女はまともに答えるつもりはないらしく、ただ淡々と言葉を続ける。

 

「絵には魔力が籠るもの……案外そんな陳腐なネタが本物だったりするかもよ」

「知るか…」

 

 そんなやりとりを交わすうちにも、オークションは進行していく。新たな品が登場し、誰かがそれを落札する度、場内の空気が高ぶっていく。

 けれど、どこかおかしかった。

 

 ざわつく観客席、華やかな照明、進行役の高らかな声……それら全てが少しずつ歪んでいくように感じられた。

 

「……なあ」

 

 俺は隣の女に声をかけた。だが、彼女は既に俺ではなく壇上の絵画を見つめていた。それは、さっき競りにかけられたはずの『晦冥』。

 

「いやちょっと待てよ……あの絵は、さっき購入されたと思われるが…」

 

 絵画は確かに競り落とされたはずだった。だが今、壇上の中央には再び──いや、まだというべきか……例の黒い絵が展示されている。

 

「ロット・ナンバー251……タイトル『晦冥』でございます。この絵画は、元々とある富豪が自身の館に飾っていたものでした」

 

 進行役の声が再び告げる。先ほどとまったく同じセリフで。まるで時間が巻き戻ったかのように。

 

「へぇ……」

 

 女は感心したように笑った。そして、俺に向かって囁くように言った。まるで、俺にだけ聞こえる声で……。「面白いわね」と。

 だが次の瞬間、彼女の笑みは消え去り、代わりに驚愕の表情が浮かんだ。彼女の顔から色が失せ、まるで何か『あり得ないもの』を見たかのように目を見開いていた。

 

「なに驚いてるんスか」

 

 俺がそう言った瞬間、視界がぐらりと揺れた。天井が歪み、床が波打つ。観客のざわめきが、遠く深い水中の泡のように耳の奥で響いた。

 

「ねえ、見て……壇上を」

 

 女の声は震えていた。促されるままに壇上を見やると、そこには……"絵"がなかった。

 

 ──代わりに"穴"があった。

 

 真っ黒な、底の知れない円形の穴。『晦冥』があったはずの場所が、そのまま闇にえぐり取られている。それは絵ではない。空間そのものが、そこから削られているようだった。

 会場の照明が、一つ、また一つと落ちていく。音もなく、誰の声も届かない。人々の姿が、まるで映像の一部が消されていくように、静かに、淡く、消えていく。

 

「マジかよ」

 

 俺の声は掠れ、喉に何かが引っかかったような感覚を覚えた。

 

 そして──"それ"が現れた。

 

 闇の穴の奥から、ぬるりと何かが這い出てくる。輪郭は人の形に似ているが、明らかに違う。影のようでいて、触れそうなくらい現実的。目も口もない顔が、俺たちの方を向いていた。

 息を飲む間もなく、"それ"は壇上から滑るように降りてきた。形のないはずの脚が、まるで空間に食い込むように床を踏みしめるたび、空気が悲鳴のような震えを漏らす。

 "それ"は、ゆっくりと歩きだす。向かう先に居るのは俺たちだ。

 

「……逃げるわよ」

 

 女が低く呟いた。さっきまでの余裕はすでにない。彼女の指先は微かに震えていたが、それでも俺の手首を強く掴み、立ち上がる。

 "それ"は、まだこちらに向かって歩いている。距離はある。けれど、足音もないはずなのに──心臓の裏側を叩くような“圧”だけは、確かに近づいてきていた。

 

「あいつが何者か……説明は要る?」

 

 隣の女が訊ねた。その口調には余裕がなく、焦燥が滲んでいる。俺は小さく首を横に振った。正直言って、それどころじゃないからだ。

 階段を駆け下りながら、女が息を切らして言う。

 

「……いい? あれはね、"絵の中の怪物"なんかじゃない。"絵"そのものよ。あれが『晦冥』の正体」

「ちょっと待って下さい!」

 

 俺は食い下がるように反論した。

 

「まさか絵の中から怪物が出てくるなんて使い古された創作ネタを信じろというつもりじゃないでしょうね」

「……『晦冥』の関係者が全員失踪したのは知ってる?」

 

 女は俺の言葉を遮るように言った。俺は黙って続きを促すと、彼女は続ける。

 

「彼らはね……この作品に取り込まれちゃったのよ」

 

 その言葉に思わず息を飲むと、女は小さく笑った。そして再び口を開くと、静かに語り始めたのだった───

 

「『晦冥』の作者……ルピナス・キャピュレットは、才能ある若い作家だった。彼は生まれながらにして感受性が強く、絵画に描かれた怪物や風景をまるで生きているように描くことができた」

 

 女は淡々と話し続ける。その表情には余裕がなく、焦りの色が滲んでいるように見える。俺は黙って聞いていたが、その口調から冷静さが次第に失われていくのが分かった。

 

「けれどね……強すぎる感受性も時として災いとなる。……彼の絵はやがて現実と幻想の区別がつかなくなったのよ」

 

 その言葉に背筋が凍った気がした。自分の絵が、まるで本当に生きているように動き始めたら……それはきっと恐怖でしかないだろう。

 

「そしてある日を境に、彼の描く怪物は現実を侵食し始めた」

 

 女の声が震える。俺は思わず息を呑んだ。彼女の言葉の続きを聞くのが怖いと思ったからだ。だがそれでも聞かずにはいられなかった。

 

「……それで、その作者はどうなったんです?」

 

 俺が訊ねると、彼女は小さく首を振った後、絞り出すように言った。

 

「……彼はね……絵に喰われたのよ……」

 

 女のその言葉に、息を呑んだまま俺は立ち尽くした。

 けれど、次の瞬間、どこか無理やり自分を現実に引き戻すように、俺は息を吸い込んだ。

 

「いい知らせと悪い知らせがある…どっちが聞きたい?」

 

 皮肉混じりにそう言いながら、俺は女の方を見た。喉がカラカラに乾いているのに、冗談めいた口調が自然と出たのは、恐怖を直視するのが怖かったからかもしれない。

 女は一瞬だけきょとんとした後、疲れたように目を細めた。

 

「……悪い方から、お願い」

「ちなみに悪い知らせは追いつかれたことらしいよ」

 

 俺がそう言うと、女の顔から一気に血の気が引いた。

 

「……は?」

 

 その声が震えた瞬間だった。

 背後でぬるりと、音もなく空気が裂けた。さっきまで遠くにいたはずの"それ"の気配が、いつの間にかすぐそこに迫っていたのだ。

 まるで影が伸びるように、床に黒い染みが広がっていく。そこから、足音のない足音がこちらへとにじり寄ってくるのが分かった。

 心臓が冷えきっていくのを感じながら、それでも俺は口を開いた。

 

「どうやら闘るしかないみたいやな。なにが目的か知らんが、相手になったろやないけ!!」

 

 声を張り上げると同時に、俺は構えをとる。

 両足をしっかりと床につけ、重心を落とす。呼吸を整えながら、迫りくる気配に意識を集中させた。

 相手は「絵」そのもの。理屈も通じなければ、常識も通用しないだろう。けれど、どうせ逃げ場も無い以上はやるしかない。

 女が俺の横に立つ気配がする。彼女もまた、覚悟を決めたのだろう。

 静寂が満ちる。空気が張り詰め、世界が息を潜めたかのようだった。

 そのとき、"それ"が一歩を踏み出す。




ズヴェーリ「消える」
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