マネモブだからと追放されました~俺は500億稼いで灘・真・神影流使えるけど元チーム大丈夫?今更戻ってこいと言われても遅すぎを超えた遅すぎ。いくらなんでも戻るわけねぇだろゴッゴッ 作:マネモブァ
次の階層へ足を踏み入れた時、空気が変わった。湿り気を帯びた、どこか生臭い風が肌を撫でる。地下とは思えぬほど、むせ返るような熱気と湿度。足元にはぬるりとした水気、頭上には蔦のように伸びる黒い管──
「くっさ〜っ う…ウンコのニオイがするゥ〜」
「ちょっ……やめてよミヤザワ! 緊張感が台無しじゃない!」
ズヴェーリが眉をひそめ、鼻を押さえながら睨みつけてくる。しかし、俺だって真面目に言ったつもりだった。いや、本当に臭い。
「しゃあけど、この臭いは耐えられんわ」
俺はシャツの袖で鼻と口を覆いながら、なるべく口呼吸でやり過ごそうとする。だが、湿った空気が喉にまとわりつき、胃がひっくり返りそうになる。
「臭いだけじゃない……この空気、魔力が混じってる。瘴気に近いわね……長時間吸ってたら、頭おかしくなるかも」
ズヴェーリが顔をしかめたまま、杖の先で地面の粘液を突く。ぬちゃりと嫌な音が響き、何かが微かに蠢いた。
「うえっ……なにこれ動いた……キショ過ぎて涙が出ちゃうよ」
俺の声が裏返るのも仕方ない。地面の液体──いや、液体だと思っていたものが、微かに“脈動”していた。心臓のように、周期的に震えている。
「……ここの階層そのものが、魔導生体かもしれない」
ズヴェーリの声が低くなる。どこか呆れたような、しかし真剣な眼差しで周囲を見渡している。
「ちょっと待って下さい、ズヴェーリさん。魔導生体って……あの、動くダンジョンとか、喰う迷宮とか、そういうやつとでも言う気ですか?」
「そうだけど何か?おそらく…このダンジョン自体がそういう生態だから、頻繁に再構築が起こるのだと考えられる。この感じから言うなら、今私たちは大腸の辺ね…ダンジョンの最下層も近いわ」
「うげェーっ」
びちゃびちゃと音を立てながら、俺はとうとう耐えきれず胃の中の物をぶちまけた。酸っぱい匂いがさらに空気を悪化させるが、そんなことよりも、脳裏に浮かんだ"出口"のビジョンのほうが遥かにヤバい。
「ダンジョンの出口って…ま…まさか」
「安心して、私たちが行ってるのは別のルートだから」
ズヴェーリが淡々と言い放つ。だが、その口調が逆に怖い。何が"安心して"だ。今までの流れで安心できるわけがないだろう。
「べ…別のルートって……ちゃんと人間サイズの、まともな、扉的な、出口なんだろうな?」
「だから最初に言ったじゃない。ダンジョンのボスを倒してワープゾーン使うって」
ズヴェーリが当然のように言い放つ。いや、こっちは半ば脅される形で協力してる訳だし……話なんかまともに聞いてるわけないだろう。 だいたい、聞いてたとしても、
「何震えてんのよ。安心しなさい……おそらく次の階層がボスだから」
その言葉に、俺は思わず立ち止まった。
「おそらくって何だよ!?」
喉元まで出かけていた悲鳴を、どうにか怒声にすり替える。ズヴェーリは振り返ることもなく、ぬるりとした通路を先に進んでいく。まるで何かに導かれるような足取りで。
こっちは足元を踏み外すたびに心臓が縮み上がってるってのに、あの女、ちっとも怖くないのかよ。
……いや、たぶんあれだ。"怖さの種類"が違うんだ。俺がこの空間の臭いや湿気にダメージ受けてるのに対して、ズヴェーリは"構造"とか"仕組み"の方に怖さを感じてるタイプだ。
てことは、ズヴェーリの"おそらく"は信じていいだろう。
「あああもう…ほんとヤダ、ほんとヤダ、ほんとヤダ!!はぁ…はぁ……みぃちゃんこういうの嫌い」
涙目で愚痴をこぼしながら、俺もズヴェーリの後を追う。すると───
グチュ
足元から妙な感触が伝わってきた。いや、さっきまでと違う。もっと、こう、柔らかくて、吸い付いてくる感じ。ふと視線を落とすと──
そこには、明らかに“舌”のような器官が、地面から生えていた。
ほぼ無意識のうち、跳躍。そのまま回し蹴りを放っていた。
触手はすぐに引っこもうとするが、蹴りによって発生した風圧が、ミステリーサークルのような円を描きながら切り取る。
「灘神影流"
舌のような器官は、豪脚から放たれた風の刃を受けて裂け、引きちぎられた肉片がぐちゃりと地面に散る。ぬめぬめとした液体が飛び散り、腐敗臭がさらに増した。
「あなたって技名を必ず言ってるけど、言わなきゃ使えないの?」
「べつにぃ…ただ、"きあい"は"気合"つまり、気を合わせると書く。声に出すことで、より気と肉体を合わせることが出来る」
ズヴェーリはしばし無言で俺を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「……なるほど。論理的には理解できるわ。気の流れと呼吸、意識の同調。詠唱による術式の安定と同じ理屈ね」
「そう考えるのが賢明だな」
ズヴェーリが不意に立ち止まった。杖の先が、壁に向かってぴたりと向けられる。
「……おかしい。脈動が……加速してる」
言われて、俺も耳を澄ます。たしかに、周囲の“壁”から聞こえる不気味な脈動音が、徐々に早く、荒くなっていく。
「心臓の鼓動じゃない……これは"陣痛"。生まれる……何かが」
ズヴェーリの呟きと同時に、壁の一部がぐじゅりと裂けた。内側から押し開くように、膨れ上がる異形の影。
ヌル、と粘膜を割って姿を現したのは──上半身は人間の物を持ちながら、下半身には蛇のような鱗と触手をまとった、
粘膜の中から這い出たその巨体は、明らかに"産まれたて"の存在だった。全身を覆う粘液が滴り落ち、濡れた鱗が光を鈍く反射する。無数の目が、俺たちを同時に睨んだ。
「来るぞッ!!」
叫ぶと同時に俺は前に出る。だがズヴェーリは一歩も動かず、淡々と観察を続けていた。
「初動が鈍い。未成熟……いえ、"変異途中"? この空間ごと"胎盤"になってるのね」
「犬は働けよ」
ナーガの巨体が、まっすぐと線を描きながら俺に向かってくる。
「灘神影流"夜叉燕"」
中段付近への鋭い前蹴りを放ちカウンターが炸裂した。
重い手応えとともに、俺の足がナーガの腹部を抉る。粘液が飛び散り、ぬめる鱗の隙間に、わずかだが確かな裂け目が生じた。
だが───
「お前タフやのォ、チンカス」
ナーガは怯まなかった。産まれたてとはいえ、神性を帯びた肉体は常軌を逸している。反動すら利用するように、蛇のようにしならせた下半身が螺旋を描き、俺を薙ぎ払おうと迫る。
「弾丸すべり」
とっさに滑らせてかわすと、床が砕け、触手が叩きつけられた場所には濃厚な瘴気が立ち込める。
「ま…まるで恐竜が暴れた跡やっ!」
「一つ手がある。隙を作って」
彼女は杖を構え、魔力を練り始めていた。
「ナーガは“分裂核”を持つ。今のこれはその外殻に過ぎない。胎児のような本体は、鱗の下……第三胸骨付近に存在するわ」
「ほいだらそこを狙ったろか、あーん?」
言って、俺は足元の粘液を蹴るようにして突進する。ナーガの視線が一斉に俺に集中し、触手が蠢く。
「灘神影流"鷹鎌脚"」
再び放たれた鷹鎌脚が、巻き上げる風圧とともに触手の束を切り裂いた。ナーガの肉体が揺れる。粘液の飛沫が飛び散り、空気中に腐敗と胎臭が混ざった異様な匂いが満ちる。
隙ができた──今だ。
膝を溜め、バネのように跳躍。ナーガの胴体、第三胸骨付近に狙いを定める。
「灘神影流"槌蛙"!!」
正確に狙いを定めた膝蹴り。
跳躍の勢いをそのまま殺さず、全身の重さと気を膝先に集中させて蹴りあげるその技は、まさに振り下ろされる「槌」の如き一撃。
ナーガの胸骨に命中した瞬間、ぐじゅっという生々しい破裂音と共に、鱗がめり込み、ひしゃげ、奥に潜む"核"が露わになる。
それは心臓にも似た器官。粘液に包まれ、脈動しているが、今まさに露出した。
「今よッ!!」
ズヴェーリの杖が閃光と共に前方を穿つ。詠唱なし──純粋な魔力の槍。
それが脈打つ核を寸分違わず貫いた。
ひときわ大きな悲鳴のような振動がナーガから放たれ、肉体がびくんと大きく仰け反る。
「がっ──がァ、あァアアアアアアアアア──ッ!!!」
無数の目が逆巻き、触手が断末魔のように暴れ回る。周囲の空間が揺れ、胎盤の壁にあたる部分が赤黒く明滅する。
「下がって!」
ズヴェーリが展開した防御術式の内側に俺が飛び込むと、背後ではナーガが膨張するように膨れ、次の瞬間──
ドロリ、と音を立てながら崩れ落ちた。
爆発ではない。溶解。構成していた魔素と肉体が崩壊し、力を失って粘液の海へと戻っていく。
「今のうちに先に進みましょう。おそらく笑このフロアのボスが待っているはず」
ズヴェーリの言葉に頷き、俺たちは溶け残る粘液の上を踏み越えて進む。瘴気はまだ濃く、腐臭も強烈だったが、先ほどまでの圧力は感じない。
まるで、扉が一枚。いや、膜が一枚、破られたかのような静けさが漂っていた。
「この先の空間……空気の密度が違う。明らかに"格"が違う何かがいるわね」
「それが、このフロアのボスってやつか」
壁の脈動は徐々に収まりつつあった。だが、代わりに、奥から感じる圧倒的な“鼓動”が存在を主張し始めていた。鼓動というよりも、地鳴りに近いそれは、まるで地下に心臓が埋まっているような、そんな妙な空気漂う不気味な脈動だった。
「行くわよ。準備は出来てるよね?」
「闘うつもりはありません!ただ全身の骨をヘシ折るだけですよ!!」
二人並んで、瘴気の中に開かれた深部への通路へと足を踏み入れる。
通路はまるで生きているかのように、じわりと脈を打ち、足元の粘膜がわずかに沈むたび、ぬめりとした感触が靴底を伝ってくる。鼻腔を刺す血と臓腑の混じったような匂いに、体の奥が警鐘を鳴らす。
それでも歩を止めることはない。俺たちは、静かに、しかし確かに胎内を進んでいた。
やがて視界の先に、開けた空間が現れる。
そこは、広大なドーム状の部屋。天井は高く、脈動する無数の血管が網のように張り巡らされ、赤黒い光を放っていた。
その中心───
「……居る」
ズヴェーリが呟くように言った。
そこには、玉座にも似た生体構造物の上で、巨大な影が静かにこちらを見下ろしていた。
それは、ナーガとは比べものにならない威圧感を持っていた。人のようで、人でない。蛇のようで、蛇でもない。
目が合った瞬間、思考が一瞬止まる。
存在そのものが、呪いのように精神を侵してくる──
『ようこそ、王の前へ』
声が、脳に直接響いた。