人工の羊は夢を見るか?   作:爆死san

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1:任務概要

 

 

 

 その力の割には細い腕だった──第一印象はそれだった。

 

 でも、それが私の身体を支えているのは間違いなく、何の傷も負うことはなかった。

 

 まるで陶器を連想させるような肌、伝わる体温は少し低いように思えた。

 

 そして、その双眸が私を見下ろす。

 

『あ──』

 

 まさに宝石──否、鮮血のような綺麗な紅い瞳だった。

 

 覗き込んでいるだけで呑み込まれそうな深く鮮やかな紅。

 

 それは唯一無二の美しさと同時に、私を深淵へと誘うような危うさを併せ持っていた。

 

 時間にして数秒……いや、最早それよりも短い刹那の出来事だ。

 

 今、思えばこれが始まりなのだろう。

 

『大丈夫か?』

 

 私を心配する青年を他所に、私の心臓は早鐘を打つ。

 

 不治の病理に冒された身体でありながら、もっと、もっととその眼差しを求めていた。

 

 これが夢ならどうか覚めないでと──だからこそ、私は今も夢に見ている。

 

 あの日、出会ったあの眼差しを──あの時の鼓動を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある喫茶店にて、手元のミルクティーを口にしながら、彼は目を細める。

 

 向かいの席には、齡40──その中間ぐらいの男性が座っていた。

 

「初めまして。()()()さん。僕が高度育成高等学校、理事長の坂柳です」

 

「初めまして、坂柳理事長。私の名前ですが、今の私は篠坂と名乗っております。差し支えなければ、そちらの方で呼んでいただけると幸いです」

 

 当然であるがこれは偽名だ。この手の仕事をする際に本名を名乗る馬鹿はいない。

 

 尤も、自身を呼称する本名すらないのなら話は別だが。

 

「承知いたしました。では、篠坂さん。この度はご足労いただきありがとうございます」

 

 流石、かの有名な高度育成高校の理事長と言うべきか。

 

 礼儀深く、なおかつも堂々とした立ち振舞いは重責を担う者の見本とも言える。

 

「いえ、かの高育の理事長ともあろう方が、私のような旧型アンドロイドに声をかけてくださったのです。それを無碍になど出来る筈がありません」

 

 本来なら互いに関わることがない存在。

 

 片方は名誉ある組織の長、そしてもう片方は暗部の汚れ仕事専門の雇われ。

 

 だが、何の因果か、こうして互いに話の場に付いている。

 

「早速ですが、今回の仕事の話をしましょう。私が仲介者から聞いているのは1つです。あなたの娘──坂柳有栖の護衛をするというものです」

 

「……はい。その通りです」

 

「単刀直入で申し訳ありませんが、随分とおかしな依頼をするものですね。貴方くらいの人物となれば、娘の護衛程度なら簡単に雇えるでしょう?」

 

 たかが自分の娘の護衛──そこらの民間警備会社でも出来る内容だ。

 

 わざわざ、俺が手を下してまで、遂行する意義を感じない。

 

「……確かにそれは可能です。しかし、ツナミの暗躍が暴かれながらも、依然として多くの者は超能力を空想の産物として捉えているのです」

 

「当然ですね。そのために彼らも情報統制をしているのだから。尤も今は社名は前に戻ってジャジメントですが」

 

 呪いのゲーム──超能力者、アンドロイド工場、残忍な人体実験といった違法行為の数々。

 

 それらの一角が暴かれても、世界は変わるどころか、ますます彼らに飲まれていった。

 

「そのため、表の世界にいる護衛要員も超能力者──況してやサイボーグ、アンドロイドに対しては無力も良いところです」

 

「だから俺に娘の護衛をして欲しいと?」

 

「はい……既に高度育成高等学校にもジャジメントの手が伸びています。今はまだ提携という形で穏やかに進んでおりますが……」

 

「まあ、そうですね。あの会長(かいちょう)のことだ。何かの拍子で不必要と判断すれば、容赦なく処分されるでしょうね」

 

 言うまでもなく、彼もその家族──もとい彼の娘も例外ではない。

 

 成る程、だからこそ俺に依頼するのか。

 

「合点がいきました。確かにあちらの記録から抹消された旧型のアンドロイドなら、貴方がジャッジメントに刃を向けたとは公にはならない。仮に言及されてもいくらでも言い訳は出来ますね」

 

 彼には嫌味に聞こえてしまっただろうか? とはいえ、自身とその家族の保身も考慮すれば、この案はなかなかに合理的である。

 

 俺がこの任務に失敗することになっても、俺一人の反逆行為だと全ての責任を押し付けることが出来る。

 

 それに旧型アンドロイドの使い道といえば、体の良い当て馬──要は捨て駒くらいだろう。

 

「依頼の内容については把握しました。ですが、具体的にどのような形で高育へと潜入するのでしょうか? 既にそちらの試験は終わっているのでしょう?」

 

「学校側が貴方を招待したという形でカバーストーリーを用意しております。無論、入学前に試験を受けては頂きますが」

 

 本来、その立場にあるまじき職権乱用──当然か。自分はおろか自身の娘の命すらも懸かっている。

 

 いくら重責ある立場と言えど、形振り構ってはいられないのだろう。

 

「当校へ入学する際の注意事項なのですが……一度、退学となってしまった場合は如何なる理由であろうと取り消すことは出来ません。それを留意しておいてください」

 

「成る程……つまり、出席はおろか授業や試験の結果で退学となり得ることがあるということですね?」

 

「……私からはそれ以上言及することはできません。ただ、入学後、それについては自ずと分かっていくかと」

 

 高育の情報の一環として、カリキュラムについては徹底的な秘密主義を貫いている。

 

 それは何処の誰であっても、例外ではないらしい。

 

 何はともあれ、今回の任務の要点は二つ。

 

 一つは理事長の娘、坂柳有栖の護衛。

 

 主にジャジメント側からの接触者──或いは襲撃者に対する警戒と対象の撃退。

 

 理事長には事前に生徒及びに施設関係者の人命に影響を及ぼさないという条件で、校内の設備、施設の物的破壊の許可を取り付けている

 

 そして、二つ目は任務期間中に退学になることなどあってはならないということ。

 

 これが達成されない場合、任務そのものが遂行不可能になる。

 

 理事長はその理由を答えなかったが、わざわざ言及する辺り、試験結果等で退学処分となることは十二分にあり得るのだ。

 

 そうならない為にも、此方も相応の結果を残すことを強いられる。

 

 以上、この2点が本任務における最重要事項となる。

 

「……かしこまりました。依頼を受諾した以上、最善を尽くします」

 

「ありがとうございます……娘のことをどうかよろしくお願いいたします」

 

 この時は何時もの()()と同じ、撃てと言われた相手を撃つ。

 

 ただ、それだけだとそう思っていた──その筈だった。

 

 

 

 

 




 いつもの雑談コーナー


「いつものって……これが初めての筈だが?」

 気にするな、俺は気にしない。

「君に配慮した訳じゃないんだが……」

 そんなことはどうでも良いんですよ。さっさと仕事しますよ。はい、まず質問です。

『理事長と話していた時は偽名を名乗っていたけど、ちゃんとした名前はあるのか?』

「ない」

 即答ですね。理由を聞いても?

「そもそも必要無いからな。俺自体はジャジメントの工場で造られた戦闘用のアンドロイドだ」

 では、ちなみにキーラというのは?

「まだジャジメントにいた頃のコードネームだな」

 では、続いての質問です。

『実年齢はおいくつですか?』

 だそうですよ。ちなみに答えはちゃんとした実年齢でお願いします!

「うーん……一度、向こうで記憶消去を受けてるから正確性に欠けるが、今は8歳くらいかな?」

 サラっと恐ろしいことを言いましたね……最早、高校生はおろか小学生と同い年じゃないですか。

「体は製造段階でこの状態だし、知能についても圧縮教育を受けてるからな。別に問題ないかと」

 ふむ、では人格ベースはやはり高校生なのですか?

「いや、そうでもないらしい。俺の製造段階で何かテコ入れがあったらしくてな」

 らしい? それは定かではないのですか?

「言っただろう? ジャジメントから一度、記憶消去を受けてるんだ。それにとっくの前に俺の型番は旧型になっているんだ。俺の製造データ自体が残ってない」

 では、最後にアンドロイドとしての世代を伺っても?

「製造直後では第2世代。後になって生体強化手術を受けて、2.5世代相当と言われたな」

 成る程、アンドロイドの世代格差というやつですか。世知辛いですね……

「古いものは新しいものにとって変わられる、それだけのことさ」

 では、今回の雑談コーナーはここまで! 次回、またお会いしましょう!
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