時代や環境のせいじゃなくて……俺が悪いんだよ!!
──どこへ行こうと、人間は間違ったことをする。
その巡り合わせになる。それが──おのれの本質に悖る行為を嫌々させられるのが、人生の基本条件だ。
生物であるかぎり、何時かはそうせねばならない。
それは究極の影であり、創造の敗北でもある──
「──篠坂か……珍しいな。今日は坂柳とは居ないのか?」
手元の小説のページを捲ると、少し威圧感がある禿頭の男子生徒が話し掛けてくる。
現在進行形で坂柳さんとAクラスのリーダー格を争っている葛城さんだ。
「別にいつも一緒にいる訳じゃないさ。そもそも俺だって1人で過ごしたい時もあるよ……そう言う葛城さんも珍しいね。いつも戸塚さんがくっついてるじゃないか」
「そうだな、俺も人の事は言えないか。弥彦は今はいない。図書室は他のクラスの生徒達も使うからな……あまり諍いを起こしたくはない」
葛城さんの派閥で彼の側近とも言える戸塚弥彦。
生憎、彼とは殆ど話さない為、あまり内面的な事を知り得ないが、葛城さんをかなり慕っているようで、葛城さん自身もそんな彼を信頼しているそうだ。
ただ、葛城さんはともかく、戸塚さんの方は少し性格に難がある……というより、プライドが高すぎるきらいがある。
事実、彼もAクラスに選抜されている以上、相応の能力を持ってはいるのだが、それでも坂柳さんは勿論、葛城さんと比較しても劣っていると言わざるを得ない。
謂わば虎の威を借る狐──それをクラス内はおろか、他クラスの生徒にもやるのだから、正直、好ましい感情を向けてる者はあまりいないだろう。
「彼には失礼かもしれないけど、賢明な判断だと思うよ。今のAクラスの現状で他クラスと全面戦争は避けたいところだしね」
「ああ……そうだな」
葛城さんは神妙な顔つきをして沈黙。図書室には俺がページを捲る音だけが静かに響く。
その沈黙を破ったのは葛城さんだった。
「……篠坂は坂柳が提案した勝負に参加するのか?」
「勝負……ああ、中間テストのやつね。別に参加するつもりは無いよ。そもそも興味ないしね」
Aクラスの内部で繰り広げられている坂柳さんと葛城さんの派閥争い、その初戦として後に控えた中間テストをその舞台に選んだ。
内容は至極簡単で、坂柳派と葛城派、またはその他の3つに分かれ、そのグループ内の平均点を競うというもの。
一見、単純な点数競争だが、このAクラスを率いていくリーダーとしての資質をアピールする事は勿論、負けたグループ内での不和を誘発させる──つまりは葛城派閥の足並みを乱させるのが狙いだ。
そして、坂柳さんとしては勝敗より、クラスを明確に3分割したいのだろう。
自分に協力するか否か、あくまで中立なのか……これを明確にする事で背後から撃たれるリスクを減らそうとしている。
「……そうなのか。てっきり、坂柳がお前を勧誘すると思ったんだが」
「……戸塚さんが俺の事をどう言ってるのか知らないけど、別に俺は坂柳さんの召使でもなければ、親衛隊でもないんだよね。だから、俺が興味ないなら協力なんてしないよ。それに彼女からも何か言われた訳じゃないしね」
普段の行い……と言うのは些か不服だが、葛城さんの派閥の面々には俺は坂柳さんの派閥に属していることはおろか、彼女の親衛隊みたいな立ち位置にいるらしい。
尤も、一番騒ぎ立てているのは葛城さんの信徒なのだから、皮肉も良いところだ。
「そうか……不快にさせたようなら謝罪する。俺からも弥彦には言っておこう」
「そうして貰えると助かるよ。俺にとっては坂柳さんの無茶振りから解放される時間というのは貴重なんだ」
ちなみに現在、彼女はこの上の階にある多目的教室で、彼女の派閥を集めて協議しているらしい。
葛城さんを尻目にページをまた捲っていく。
「……篠坂。お前は坂柳をどう思っている?」
「何だい? いきなり恋愛相談かい? 悪いけど、俺に聞くのは人選ミスも良いところだよ」
「茶化さないでくれ。俺は別に坂柳にそのような感情は抱いていない……単刀直入に言おう。俺は奴を危険だと思っている」
「そうだね。人心掌握、判断力、行動力……身体能力は置いておいても、他の面々とは別格だろうね。実際、今回の点数競争なんて彼女の根回しで実現したようなものだしね」
俺から見ても、坂柳さんは人間としてはかなりの異端だ。
だけど、彼女以上にリーダーとして立ち振る舞える人物はいるかと問えば、誰もが口を閉ざすだろう。
「ああ。奴の能力の高さは確かに認める。だが、奴は他の生徒を自分の駒程度にしか見ていない」
まあ、それは否定できない。事実、俺も彼女の駒の確保に協力してしまった身だ。
……だが、やはりこれこそが彼が保守的過ぎるが故の認識なのだろう。
「……少し例え話をしようか。ある人物は優秀なのに、自分の能力の使い方が分からないとする。葛城さんはその人物に対して、どう対応するかな?」
「その人物が自身の能力を正しく認識できるように導く……と言っておこう」
「それも確かに正解かもしれないね。でも、その人物は使い方自体が分からないんだ。なら、使い方を理解している他人が適切に利用した方が上手くいく……そうは考えられないかな?」
「だが、それでは……」
「そうだね。利用されている時点で、
「……奴はそうしていると?」
「さあ? それは坂柳さん本人に聞いてみるのが手っ取り早いんじゃないかな?」
葛城さんは自身の派閥の形成において、ある意味、ごく一般的な模範解答をしている。
一方で、坂柳さんは自分を頂点とした、蟻のような社会構造を形成しようとしている。
「まあ、俺は別にどっちが良いのかなんて興味ないから良いけど……そもそも、誰がこのクラスのリーダーになっても俺のやることは変わらないしね」
「……」
大方、葛城さんの狙いとしては、俺が坂柳さんに対するブレーキになるよう仕向けるつもりだったのだろう。
葛城さんは自分の陣営、或いは中立を装った第3の陣営を使って、勝負自体を痛み分けの結果にしようとしている。
生徒個々の能力を測る基準が小テストの点数である現状、2位の成績を修めてる俺は一見、坂柳さんのブレーキになり得るかもしれない。
だが、そもそもこの勝負において坂柳さんが細工をしていない筈が無い。
そもそも、勝負とは
察するに葛城さんのグループには既に穴が出来ているのだろう。
それに葛城さんが気付いているかどうかは定かではないが……
「……奴がリーダーになれば、奴の意向によっては退学者も出るんだぞ」
「まあ、それは仕方ないんじゃないかな。仲良しこよしの競争をしてる訳じゃないんだ。使えない、若しくは自分にとって都合が悪いなら切り捨てるしかないだろうしね」
葛城さんは納得は出来ないといった表情で口を閉じる。
人とアンドロイドの意識の違い……というやつだろうか。
俺は造られた時からこのような価値観の中で生き延びてきた。
弱いやつは死に、相手の都合だけで裏切られる世界。
今更、そんなことに不平を漏らしたりはしない。
そもそも、
それが不本意かつ祭り上げられた結果なら尚更だ。
「さて……俺は時間だから行くよ。ああ、最後に1つだけ……
「それは……」
葛城さんの横にある本棚へ、読んでいた小説を放る。
空中で回りながら落下していく本は、本棚に空いた隙間にビタッと収まった。
ケヤキモールの映画館。此処は高育では貴重な外と繋がっている場所である。
理由は明白、この映画館でも外の最新の映画が公開されているからだ。
尤も、どの映画が人気で、逆にそうでないかなど、俺はこれっぽっちも分からないのだが。
「おや、お客さん。何か迷ってます?」
「……別に俺相手に営業台詞は言わなくて大丈夫ですよ」
「ツれないですね。これ、なかなかお客さんにウケが良いんですよ?」
褐色の肌が特徴の女性店員が眼鏡を外すと、見慣れた顔が笑みを浮かべる。
「お客さんって……殆どが高校生でしょうに」
「……それ、どういう意味で言ってます?」
おっと、この手の話は女性には厳禁だったな。
まあ、彼女も実際に美人ではあるから、決して貶しているつもりは無いとだけ言っておこう。
「まあ、それを置いておいて……お久しぶりです。ミナさん」
「私、凄く不服なんですが……お久しぶりです。篠坂君も」
君って……いや、立場上は此処の生徒だし、間違ってはないか。
「しかし、一月前とは偉い違いですね。クラスポイントもそうだけど、テストが控えているというのがこうまで影響するとは」
「おかげさまで、私もヒマしてますよ。それに前によく来てた方々もめっきり来なくなってしまいました」
まあ、彼らにとっては中間テストの結果次第では自身が退学になるかもしれないのだ。
この現状において、遊んでいる余裕は無いのは言うまでもない。
そして、下位のクラスになればそれは顕著で、Dクラスほどになれば、料金を支払うことすら出来ないだろう。
「さて……篠坂君。此処に来たという事は何か私に調べて欲しい事があるのでしょう?」
「流石、話が早いですね。今回の中間テストで現在、生徒に提示されている範囲から急な変更を予定している所までは調べが付いています。そして、それは例年通りの出来事ということもね」
「……つまり、過去問が欲しいと」
「話が早くて助かります。この際に少し小遣い稼ぎでもしようと思いましてね」
「まったく……では、私からも条件があります。貴方は
「はい。元は政府直属の人材育成プロジェクトの遂行機関として設立されましたが、ジャジメントの介入もあって一度は運営を凍結させられたようですね。現在は逆にジャジメントの援助を受けて、運営を再開したようですが」
「それなら話は早い。運営凍結を受けていた期間中、どうやら其所に居た子供が抜け出したそうです。この高育にね」
「……まったく、どうやって調べたのですか? そんな情報、学生や教員から聞いただけじゃ手に入らないでしょう?」
「深夜、職員室に忍び込んで、偽造した管理者アカウントを使用しただけですよ、といっても教員にも殆ど明らかにされてないみたいですが」
流石と言うべき彼女の正義観……いや、ジャーナリズムと言うべきか。
正直、ここまで調べているとは思ってもいなかった。
「とはいえ、その人が現在、Dクラスに在籍していることは分かりました。篠坂君には是非とも接触を試みて欲しいのです」
「……ちなみに名前は?」
「
「分かりました……ただし、あまり期待しないで下さい。同じクラスならまだしも、相手は他クラス。下手な手は打てません」
「ありがとうございます……これでホワイトルームでの実験について情報を得る事が出来ればカタストロフの究明にも1歩近付く筈です」
「……たった1歩ですか。果てしない話だ」
「ですが、下がることの無い──確かな前進です」
カタストロフ──必ず起こると予言された未曾有の大災害。
その対策として、ジャジメントはあらゆる場所で実験をしている。
中国の受験、ブラジルのサッカー、アメリカの野球、日本の高等学校。
実験の内容はどれもが他人と競い合うモノ──まるで、カタストロフを乗り越えられる者を造ろうとしているかのようだ。
「おや、慎君。こんな所にいましたか」
「ん? 坂柳さん──ヒェッ」
唐突に後ろから聞こえたいつも通りの声……だが、何故だ? 何故……ここまで威圧感を感じるんだ?
……落ち着け。下手な対応を状況をより悪化させる。
「どうしましたか? 少し変な声が漏れてましたが」
「その……映画館に用事があったのさ。その用事も済んだから、今から帰ろうかなって……」
「おや、今からお帰りでしたか。ところで、その用事についてお伺いしても?」
まずいな……何か知らんがめちゃくちゃ不機嫌だぞ。
「私の推察で申し訳ありませんが、慎君の用事はそちらの方と何か関係があるのですか?」
落ち着け……ここの問答をしくじったら場はより拗れる。
一問一答、正確に、適切に誤魔化さないと。
「……この人と少しお話があった。それだけだよ」
別に嘘は言ってない……その筈だ。
「お話とは?」
くそっ、やっぱり追及してきたか。とはいっても、これ以上は誤魔化しようが……
「オウ、ごめんなさいね! 篠坂君のお友達。彼を呼び出したのは私です。彼とは昔からの付き合いでして、偶然会えたので近況を聞いてたのです!」
「近況ですか……成る程、ごめんなさい。私は少し早とちりしていたようです」
「ま、まぁ……この人、昔からこんな感じだから」
「それにしては随分と距離が近いですね?」
あっ、全然ダメだった。まったく誤魔化せてないや。
「……この人の出身がそういう国だったからかな?」
「残念ながら此処は日本です。それにそちらの方は随分と日本でお過ごしになられているようですし」
……あれ? これ、どう返しても詰んでないか。
「ワ、私……仕事がありますので! 後はごゆっくり!!」
おい、ミーナさん逃げやがった! さっきヒマしてるって言ってただろ!
目にも止まらぬ速さでスタッフ専用エリアに逃げ込むミーナさんを見て、思わず天を仰ぐ。
……あっ、まただ。こってり絞られるやつだ。
「慎君」
「……はい」
「しっかり話は聞かせて貰いますから」
「……かしこまりました」
後ろの神室さんは憐れんだ目を向けてくるが、目の前の女王様に対してあまりにも無力だった。
……そういえば図書館で読んだ小説にこんな台詞があったな。
──絶望を感じるには、それぐらいの分量が、ちょうど手ごろだと思うわ──
いつもの雑談コーナー
……(咽び泣く)
「オウ。来て早々、大の大人が咽び泣いているのです」
ミーナさん……拙者、今までアークナイツのバベルやってなかったんすよ。
で、この際だからストーリーだけでもやろうって思って……
いや、ネタバレはもう喰らって、どうなるのか分かってはいたんですよ。
……でも、自分が例のステージをやる側になった時、指が動かせなかったんですよ。でも、動かさなきゃクリア出来ないんですよ。
……全部、全部……俺が悪いんですよ。
「……相当なダメージ負ってますね。代わりに質問いきますよ!」
『篠坂君は坂柳陣営?』
……一応、篠坂君は立場上は中立でいます。それでも坂柳さんの側に大分寄ってますけど。
「それはもはや彼女の陣営なのでは?」
本人、クラスの抗争に殆ど興味はありませんからね……言われたらやる程度の認識です。
「……彼らしいと言えばらしいですね」
では次に。
『篠坂君が何処でテストの情報を知ったの?』
ああ、それですか。適当な先輩を見繕って、揺すっただけですよ。
「彼がAクラスかつ、殆ど浪費しないからか、ポイントにはかなり余裕があります」
下位クラスのまま進級した上級生にとって、ポイントが降って沸いたようなものですからね。
ほぼ無条件で金銭が手に入るこの機会を逃すのは悪手ですよ。
では、また時間お会いしましょう……
「またネ!」