人工の羊は夢を見るか?   作:爆死san

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ニョロニョロ、ニョロニョロ……


21:想起

 

 

 つい先日、学校からある公表があった。

 

 1-Dの生徒が1-Cの生徒へ対して、殴るといった暴力を加えたというものだ。

 

 Cクラスの生徒が被害を受けたのは特別棟との事で、彼処は監視カメラが設置されてないのもあり、学校側は事実確認及びに目撃証言を募っている。

 

 とはいえ、当事者ですらない俺達にとっては他人事も良いところなのだが。

 

「やれやれ、最近は物騒ですね。下々の諍いとはいえ、彼らにも公序良俗というものを弁えていただきたいものです」

 

「そうだね……で、なんで俺を呼ばれたのさ?」

 

 俺達が居るのは生徒達が行き交うケヤキモールのど真ん中。

 

 道行く彼らも夏休みを控えていることもあり、聞こえてくる会話はどれも何処か楽しげだ。

 

 そして、俺を此所に呼び出した張本人は長椅子に腰掛け、穏やかに微笑んでいる。

 

「慎君とデートをしたかったので」

 

「デートって……」

 

「ふふっ、前に行った際は入学式の後というのもあって駆け足気味でしたから、今日はゆっくり楽しみましょう」

 

 まあ、確かに前回、彼女とモールを回った時は日用品や服飾、俺に至っては武器の受け取りなどで、なにかと時間に追われていた。

 

 しかし、ゆっくり楽しむといってもな……俺にそういったことのレパートリーなんて一切無いんだが。

 

 そんなことを考えていると顔に出ていたのか、彼女は微笑みながら言う。

 

「ご心配なく。私の方でプランを立てていますので」

 

「……毎度、お気遣い痛み入ります」

 

「お誘いしたのは私なのですから当然ですよ。それにしても……失礼ながらお伺いしたいのですが、慎君は制服以外の私服をお持ちでしょうか?」

 

「いや、無いけど? 基本的にワイシャツで事足りるからね」

 

「成る程。予想はしていましたが……では慎君、此所で私の服を選ぶのに付き合っていただいたのを覚えていらっしゃいますか?」

 

「覚えてるけど……?」

 

「ならば、今回は私が慎君の服を選んでさしあげましょう。生徒が校内では制服を着るように、デートにおいても相応しい服装というものがあります」

 

「そ、そうなのかい……?」

 

「それに前回、慎君の部屋に遊びに行った際、実は慎君の私服が見れると楽しみにしていたのですよ?」

 

「えっと……それはごめん?」

 

「ふふっ、謝らなくて構いませんよ。結果としては期待していた以上の贈り物をしていただきましたので」

 

「……そう、なら良かった」

 

 なんというか……こうやって掘り返されると何処かむず痒いものを感じる。

 

「それに以前に助けていただいたお礼もまだですし、あまつさえ私の命も救ってくれたお礼も出来ていません」

 

「あー……それは別に──じゃあ、お願いするよ」

 

 ──今、この場で気にしなくてもいいと言ってしまうのは野暮というものだろう。

 

「ふふっ。はい、お任せください」

 

 彼女と長く一緒にいるが故に分かってきた事だが、彼女は話術や交渉術といったものに長けている一方で、こういった何気ないコミュニケーションに不慣れな様子が度々、見受けられる。

 

 ある意味、彼女にとっての俺はその練習相手でもあるのだろう。

 

 人間のコミュニケーションの引き出しというのは自身の経験に大きく依存する。

 

 現に俺も、世間一般の学生としての生活について知らない弊害による周囲との差異として顕れてる事がある。

 

 そして、それは同時に俺は主に彼女を通して、人間──ひいては周囲の常識というものを学習しているという事でもある。

 

 尤も、俺がそれを学習、会得したとして、きっと大きな意味はない。

 

 しかし、その一方で彼女の人生はこれからも続く。

 

 歳を重ねて、老いて、死ぬ──その一本道を歩んでいく中で、この学びが彼女の一助になったのだとしたら。

 

 それは俺にとっても僥倖──僅かでも意味があったという証明だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「慎君、下はそのままで上にこちらを着てみてください」

 

「了解」

 

 さて、これと似たやり取りをしたのは何度目だろうか。

 

 カーテンを閉め、上に着ていたベージュのシャツを脱ぐ。

 

 そして、彼女から受け取った黒い上着を着ると、鏡に写る自分を見て、思わず溜め息を漏らした。

 

 ……彼女の中ではこれの何が違うのだろう。俺からしたら只の色違いにしか思えないのだが。

 

 俺が服飾についての知識など皆無なのもあるが、如何にしてこの色違いにあそこまで頭を悩ませるのか、甚だ疑問な所だ。

 

「……着替えたけど?」

 

「ふむ……ベージュも良かったですが、黒で少し目立たせるのも良いですね」

 

「そうなの? あんまり変わってないように見えるけど」

 

「確かに人によっては派手な服飾が似合う方もいらっしゃいます。これは私見に過ぎませんが、慎君の場合はシンプルなスタイルの方が似合うと思います」

 

「……まあその辺、俺にはよく分からないからさ。坂柳さんにおまかせするよ」

 

「はぁ……慎君も自身の見た目というものに少しは気を使った方が良いですよ? 私が言うのもなんですが、慎君の容姿は整っている部類だと思いますので」

 

「はは……なら覚えておくよ」

 

 そういう意味では俺の遺伝子の提供元──つまりはオリジナルの容姿が整っていた事の証明にもなる。

 

 とはいえ、当の俺自身はこの姿から成長することは無いのだから、あまり重要でもないのだが。

 

「ふむ……少々、お待ちください。今、試してみたい組み合わせが思い付きました」

 

「はは……そっか」

 

 服を選んでもらってる俺よりも、選んでいる彼女の方が楽しそうに見えるのは何故だろう。

 

 慣れぬ早歩きまでして、店員さんに声を掛けている彼女を見て、思わず苦笑いが浮かぶ。

 

 まるで等身大の着せ替え人形の気分だな……うん? 

 

 熱心に店員の話を聞き、実際に服を手に取る彼女達の背後──奥側の支柱にサングラスとマスクを着用した人物が2名。

 

 ……いや、というか橋本さんと神室さんだよな、アレ。

 

 特徴的な金髪と最早、隠す気もないロングヘアー……はたして彼らはアレで変装しているつもりなのだろうか? 

 

 そんなことを考えている内に、橋本さんは俺が見ていることに気付いたのか、手を大きく動かし始める。

 

 その指は最初は坂柳さんがいるところを差し、直後に俺を差し、最後に坂柳さんの方へと手を前後させる。

 

 彼の一連の所作は所謂、ハンドサイン──この場合だと『坂柳さんの方へ行け』という指示である。

 

 なぜ此所にいるのか、何処でそんなハンドサインを覚えたのか等、彼に聞きたいことはあるが、前回の一件もある……ひとまずここは従っておいた方が吉だろう。

 

 しかし、熱心に議論している彼女達の間に割って入るというのは少し気が引けるな。

 

「では、これの黒いものはあるでしょうか?」

 

「申し訳ありません……そちらのお洋服はその色だけですね。似たデザインでこちらのようなお洋服もございますが、いかがでしょう?」

 

「それは少し派手すぎる気がしますね……おや、慎君。どうしましたか?」

 

「ああ、えっと……ちょっと難航してたみたいだから」

 

「……お客様。それでしたら此方のデザインはいかがでしょうか?」

 

「ふむ……確かにそれは良いかもしれません。ならこちらも合わせて──」

 

「あら、お客様。それでしたらあちらのお洋服もお試しいたしませんか?」

 

「ふふっ。良いかもしれません……」

 

 ……あれ? なんかさっきよりもヒートアップしてないか? 

 

 というか、店員さんが持ってるやつ全部試す気でないか? 

 

「では、慎君」「お客様」

 

「アッハイ」

 

 圧の強い微笑みを浮かべながら迫る二人を振り払う事など出来る筈もなく──

 

『早速、試着してみましょう』

 

 ──俺が着せ替え人形から卒業できたのは、もう昼過ぎになってからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼過ぎのこの時間はケヤキモールが一番活気づく時間だ。

 

 ショッピングは勿論、映画鑑賞、昼食、カフェ等での休憩など人によって目的は様々である。

 

「今更ながら凄い荷物だね……」

 

「申し訳ありません……少しはしゃぎすぎました」

 

「はは……坂柳さんが楽しそうで良かったよ」

 

 長椅子の上に鎮座する複数の紙袋は見て、ほんと我ながら大量に購入したと思う。

 

 結局、彼女達の圧に負けて、おすすめされたものを全部購入してしまった。

 

 情けない事この上無いが、もはや拒否させないと言わんばかりに迫る彼女達を押し退けるという真似は出来なかったのだ。

 

 ……今度から可能な限り、出費は減らさなきゃな。

 

 少なくとも8月のポイント支給まで、残ったポイントでどうにかやりくりしなくてはならない。

 

「それにしても……もう昼か。どうする? 今からカフェに行っても流石に混んでるだろうし、学食も同じだと思うけど……」

 

「ふふっ、それについてはご安心ください」

 

 そう言うと坂柳さんは持っていたバックから1つの包みを取り出した。

 

「……何それ?」

 

「お弁当ですよ」

 

 お弁当──携行できるようにした食料の一種。つまりは携行食である。

 

 ……いや違う、注目するのはそこじゃない。

 

 坂柳さんが弁当? 唯我独尊を地で行くお嬢様の彼女がだぞ? 

 

 そんな事を考えている俺を尻目に、彼女はもう1つ包みを取り出し、あろうことか俺へと差し出す。

 

「えっと……それは?」

 

「慎君の分のお弁当です」

 

 ……えっ? 今、彼女は何て言った?

 

 俺の分の弁当? いや、でもあの坂柳さんがだぞ? 

 

「……あぁ、 本当に俺に? 」

 

「勿論です。是非、開けてみてください」

 

 彼女に言われ、包みをほどくとシンプルなデザインの弁当箱が姿を現した。

 

「えっと……じゃあ、いただきます」

 

「はい、どうぞ」

 

 弁当箱を開けると、黒ゴマが振りかけられた白米、綺麗な黄色の卵焼き、唐揚げ──色とりどりのおかずがバランスよく詰められていた。

 

 彼女が弁当を持参している時点で驚いたが、実際に渡された物の完成度にも再度、驚かされる。

 

「……」

 

 思わず呆気にとられている俺を彼女はの瞳はじっと此方を見つめている。

 

 ……そんなに見つめられると、なんか変に緊張するんだけどな。

 

 そんな眼差しを浴びながらも、卵焼きを箸で摘まむ。

 

 ほんのりと香ばしい香りと何処か甘さを感じる匂い。

 

 見るからにとてもよく出来ている……と思う。

 

 そして一口、卵焼きを齧ると、とても柔らかな食感と、しつこくない自然な甘さ……というのだろうか。

 

 まあ、一言で言ってしまうと──普通に美味しい。

 

「……どうでしょうか?」

 

「いや、凄いね……うん、本当に美味しい」

 

「──っ! ふふっ……そうですか。それは良かったです」

 

「えっと……これは坂柳さんが作ったの?」

 

「ええ。初めてでしたが、お気に召して頂けたようで何よりです」

 

 そう言う彼女はいつもの何かを含んだ笑みではなく、純粋な喜びで微笑んでいた……と思う。

 

 そして同時にガッツポーズをする遥か後方の橋本さんと、胸を撫で下ろしている神室さん。

 

 ……いや、君達はさっきからなにをしてるんだ? 

 

 道行く生徒の喧騒の横で、ゆっくりと弁当に舌鼓を打つ。

 

 彼らの夏は始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば時刻は18:00を回っていた。

 

 いくら日照時間が長い季節といえど、この時間帯は日没の時間となる。

 

 両肩に大量の荷物を掛けながら、前を行く彼女の後を追う。

 

 目前の陳列台には熊、犬、猫など様々な動物をモチーフにしたぬいぐるみ達が鎮座していた。

 

 値札にはでかでかと特価中と記載されており、要は在庫処──絶賛、値下げ中である。

 

 とはいっても、俺として特段、注目する要素でもないのだが、傍らの彼女には違ったらしい。

 

「ふふっ……」

 

 熊のぬいぐるみを手にし、満面の笑みを浮かべる坂柳さん。

 

 諸君は信じられるか? こんな彼女が笑顔で毒を吐いたり、誰かを貶めたりするんだぞ? 

 

 これこそ人の二面性というやつだろうか……まことに不思議なものである。

 

「……っ! これは……」

 

 そう言って、熊のぬいぐるみを戻し、新たに手に取った2体のぬいぐるみ。

 

「……何それ?」

 

「おや、慎君は知らないのですか? ナマピーとズーコですよ」

 

「……ああ、そういえばジャジメントにそんな名前のマスコットがいたっけ」

 

 ピンクとの濃い紺色の体に特徴的な長いヒゲ、そして申し訳程度のヒレ。

 

 まあ、ナマズである。だいぶ目が死んでいるがナマズである。

 

「このモデルは外では販売終了してしまってますからね。ここで見つけられたのは、まさに僥倖といったところでしょうか?」

 

「そうなんだ……」

 

 どうやら傍若無人、または唯我独尊を地で行く彼女にはぬいぐるみの収集に関心があるらしい。

 

 ご機嫌な様子で、その2体のキャラクターについて解説する彼女に思わず苦笑いが漏れる。

 

 楽しそうに語る彼女に対して、このナマズ達が自分の命を狙ってきた企業のマスコットだとツッコむのは無粋だろう。

 

「坂柳さんはこれが欲しいのかな?」

 

「ええ。特価中のタイミングで出会えたのも幸運でした。早速、会計を──」

 

「──ストップ。料金は俺が出すよ」

 

「えっ、ですが……」

 

「今日は坂柳さんに色々としてもらってばかりだからね。これくらいしないと、俺の立つ瀬が無いと思うんだ」

 

 所持ポイントに余裕があるわけでもないが、これくらいの返礼はしなくては、流石に情けなさ過ぎて笑えないというものだ。

 

「……ふふっ、慎君は本当に変わった方ですね」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「ええ。とはいえ、その申し出はとてもありがたいのですが、1つ条件を付けさせてください。私はズーコの方を出します。ナマピーの方は慎君が持っていてくださいませんか?」

 

「えっと……何故に片方を?」

 

「ふふっ、今日のデートの記念にとでも言っておきましょうか。こうすれば、どんなことがあっても今日の事を思い出せますから」

 

「そう……まあ、坂柳さんがそれで良いなら俺は構わないけど」

 

 彼女からナマピーを受け取ると、特徴的なギョロ目が此方を覗き込んでくる。

 

 確かに記念という意味では否が応でも記憶に残る見た目だな。

 

 こうして、彼女に呼び出される事で始まったデートは無事、円満なまま幕を閉じた。

 

 その後ろで10点のプラカードを掲げた二人を置き去りにして。

 

 

 

 

 

 






いつもの雑談コーナー

いやぁ、毎日クソ暑いし、仕事だしで、本当にイヤになっちゃいますねぇ!

「眠くなったら寝る! お昼過ぎに起きる!!」

願わくはそんな生活を送りたいものです……あと、不労所得で一生過ごしたい。

「人に夢って書いて儚いって読むんよ……ってか、最初はリーダーが登場する予定だったん?」

最初はね、けど無人島のプロットを変えたのもあって、なんというか箸休めみたいな話が複数必要になったんですよ。

「まあ、暴力事件云々はAクラスは殆ど関係しとらんからなぁ」

あと、個人的にナマピーとズーコを登場させたいという欲もありました。

あっ、ちなみに作者は11のしのぶルート初見の時、普通に寝取られました。

「アレはアカン。中の人がイケメン過ぎたんや……ってか、ナマピーの中の人ってはじめ君なんか?」

公式の断言は無いですけど、状況証拠なら十分にありますからね。仮に本当なら劇的ビフォーアフターですけど。

「否が応でも大人になってしもうたんやろなぁ……」

嫌ですね、大人になるってのは……では、質問いきましょう。

『坂柳さんとぬいぐるみ』

ちなみにこれ、執筆を始める前からの構想段階でありました。

「結構、初期から練ってたんやなぁ。ちなみに何でなん?」

よう実12巻の告知動画を見たのが一番の理由ですかね。ちょうど原作読んで坂柳さんに脳を焼かれてた時期でもあったので。

「そう考えると、結構短いスパンで色々な事が起きとるんやなぁ。アニメも統括すればまだ1年の頃の話やし」

事実、とても濃い1年だと思います。無論、クラスのポイント合戦でもある以上、胡座をかくわけにはいかないというのもありますが。

「でも、2年生まで続かんやろ?」

続くもなにも、篠坂さんの寿命が保ちませんからね。こればかりは……

「人の業っちゅうヤツは恐ろしいもんよなぁ……」

ある意味、クローン羊が生まれた時に危惧された可能性の最たる例ですからね。篠坂さんたちアンドロイドが。

それではまた次回!
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