案の定と言うべきか、学食は生徒達でごった返していた。
現在の時刻は既に19:00を過ぎており、通常利用は勿論、部活動を終えた生徒らも流れ込んで来るため当然、混雑する。
「これ、座れるの……?」
「何処か間の席に座るしかないでしょう。この状況では、他の方との相席もやむを得ません」
「だから止めとけって言ったのに……いてっ。ちょっと、杖で踏まないでくれ。落としたらどうするんだ」
ゲシゲシ踏みつけている坂柳さんはそっぽを向いている。
普段は人を食ったみたいな笑顔が印象的なのに、こういう所は子供というか、年相応というか……
なんて、こんな事を口に出したら、今度は杖でド突かれそうだな。
「……アタシも鞄持ってもらっている以上、悪くは言えないんだけど.……篠坂って人間?」
「いきなり失礼だな。むしろ、俺の何処が人外に見えるんだ?」
「少なくとも、普通の人間なら肩に鞄を3つ掛けながら、両手にお盆を持って平然とはしてないと思うけど?」
「鍛えてれば何とかなるさ」
力こそ正義。力こそ全て──うん、いい言葉だ。
「慎君が言う『鍛える』というのは常人のそれとは違いますので、あまり参考にしない方が良いかと」
「大丈夫よ。これっぽっちも参考になんてしてないから」
……アレ? おかしいな。別に二人のことを貶してない筈なのに、二人から普通に貶されるんだが。
これが世に言う、女尊男卑というヤツだろうか。
「……とりあえず、何処か座れる場所を見つけないか? 常に周りからジロジロ見られるのは、流石に恥ずかしいんだけど」
「フフっ。人気者ですね」
「何処がやねん」
動物園のパンダ……いや、死にかけのマンボウでも見る目付きだろうか。
少なくとも奇異の眼差しは感じても、好意的な意図は何一つとして感じられない。
「座れる場所って言われても……ったく、仕方ないわね。──ごめんなさい。ちょっと良いかしら?」
「うん。何か用かな?」
神室さんは少し離れたテーブルに座っていた女子生徒達へと声を掛ける。
それに答えた生徒はストロベリーブロンドのロングヘアーが特徴の見るからに快活な印象を抱いてしまう。
事実、自らが率先して動いた為、この集団のリーダー格を務めとるのも彼女と推測できる。
「アタシ達も座れる所を探してるんだけど、何処も空いてなくてね。相席しても良いかしら?」
「うん! 大丈夫だよ。ちょっと席寄せるから、そこを使って」
「フフっ……お気遣いありがとうございます。申し訳ありませんが、そのご厚意に甘えさせて頂きますね?」
「ううん。全然、大丈夫!」
……アレか。これが所謂、女神というヤツなのか。
おっと、いけない……普段から隣の腹黒お嬢様の毒舌を喰らっているからか、つい彼女の背後に後光が見えてしまった。
まあ、それは置いといて、今の俺達にとっては渡りに船と言える申し出。ありがたく女神様のご厚意に預からせて貰おう。
ついでに隣のお嬢様も、少しは見習って──
「……いてっ。だから何で踏むのさ?」
「おや? いつ、誰が、慎君を踏みましたか?」
今、この瞬間に君がね……というか、なんで不機嫌になってるのさ?
別に俺、デリカシーに欠ける発言おろか、何も話してないと思うんだけど。
「えっと……2人は大丈夫なのかな?」
「気にしないで。いつもの事だから」
「そ、そうなんだ。えっと、慎君……で良いかな? 荷物とか大丈夫?」
「ああ、大丈夫。先に坂柳さんを座らせてあげて欲しいかな」
別に特に痛いわけでもないが、杖でゲシゲシ踏まれたままで良いわけでもない。
……別にあわよくば坂柳さんの注意をこの女神様に向けようとか思ってないよ、ほんとだよ。
「皆さん。談笑の所、お邪魔してしまいごめんなさい。1-Aの坂柳有栖と申します」
「同じく、篠坂慎です」
「アタシは神室真澄」
「こっちも自己紹介がまだだったね。1-Bの一之瀬帆波。よろしくね!」
一之瀬さんに続き、周りの女子生徒らも自己紹介をする。
成る程。彼女が一之瀬さんか……確かに聞いてた話と相違無いな。
Bクラスにおけるリーダー格と言える生徒で、その容姿及び性格についても非の打ち所が無いという。
それに、彼女らのやり取りを見る限り、一之瀬さんがクラスの面々から慕われているというのが分かる。
ふと、傍らの女子生徒が思い出したと言わんばかりに声をあげる。
「Aクラスの篠坂慎……ってもしかして入学式前の!」
ああ……なんか急に嫌な予感がしてきた。いや、俺の身から出た錆には違いないんだけど。
というか、他クラスの面々からもこの話が出るって相当だろ……
「えっ? じゃあ、この人がその噂の?」
「フフ……慎君。どうやら他のクラスでも有名になってるみたいですよ?」
「不思議だね。これっぽっちも嬉しくないや」
「ちょっとー、みんな駄目だよ? 篠坂君も困ってるよ?」
……やっぱりこの人、女神か? そうじゃなくても正体は仏様か何かだったりする?
女神様──一之瀬さんの声かけもあってか、女子生徒もこの話題から離れていく。
ハンバーグを口にしながら、俺はその様子に少し驚いていた。
正直、見事な統率だ。これは並みの信頼関係じゃないな。
ある意味、彼女らにとって一之瀬さんの言うことは絶対といった無意識な認識があるのだ。
理由は簡単。自分を害する行為を強要したりしないと、心の底から信頼してるから。
だからこそ、彼女の一声で話題を変えたりと、文字通り意のままに動くのだろう。
──これは強固だな。敵にしたら厄介な事、この上ない。
「ん? 篠坂君。どうかした?」
「いや、一之瀬さんはBクラスの皆に慕われているんだなって思っただけだよ」
「えっ!? そ、そんな事ないよ? 」
「そんな事あるんだなぁ……皆、一之瀬さんに助けて貰って安泰だし」
「そうそう! 一之瀬さんに任せておけば大丈夫! みたいな」
……成る程。『一之瀬さんに任せておけば大丈夫』……か。Bクラスの実態が少し見えてきたな。
彼女達のクラスはある意味、一之瀬さんを頂点とした縦社会になっている。
大体の場合、頂点への不信で崩れる事が多い社会構造だが、一度構築できれば外部からの攻撃には滅法強い。
そして、彼女のやり取りを見る限り、信頼というより盲信もしくは信仰に近い関係だ。
こうなると元から固い壁は更に強固になる。崩すのは容易ではない。
「ちょっと、皆まで……」
「ふふっ。人に慕われるというのはある種の美徳ですよ。それこそ、一之瀬さんの魅力。是非とも胸を張ってください」
「あはは……少し照れるな。でも、私は私に出来ることをやっているだけだよ?」
だが、同時にその盲信は逆に弱点に成り得る。
例えば、神室さんのような違反行為。またはそれに準じたものでも良い。
一度でも彼女の関与を疑うことがあれば、その強度は一瞬で喪われる。
問題はどうやって彼女を疑わせるか……だが。
「謙虚さも美徳の1つだよ。それは確かな信頼に繋がるからね」
「そうですね。慎君も見習わなくては駄目ですよ?」
「……善処するよ」
是非とも、その言葉を坂柳さんにそっくりそのまま返してやりたい。
……まあ、何はともあれ思わぬ収穫があったのは確かだ。
他クラスとの接触。況して、目下の一番の敵に成り得るBクラスのリーダー格と僅かながらの交流の機会を得たのはまさに僥倖と言うべきだろう。
さて、残りはCクラス、Dクラスのだが……Cクラスの方は内情が少し複雑らしい。
尤も、現在は1人のリーダー格の統率へと移りつつあるそうだが。
そして、Dクラスについては、何人か話題にはなるが、目下の脅威はいないに等しい。
殆どがその称号に違わず劣等、不良の名前を欲しいままにする面々との事だ。
だが、何時の時代もそうだ。己の傲岸さ故に強者は胡座をかいて、毒酒を呷るものだ
それとも、獅子身中の虫とでも言うべきだろうか。
それに……俺達の喉元を噛み切られる前に、この内戦にも片を付けないとな。
肝心な時に背後から撃たれるなんて笑い話にもならない。
既に4月は半ばを過ぎている。いよいよ、学校側からシステムの種明かしがあるだろう。
クラスの内戦、クラス毎の競争も激化するのは火を見るよりも明らかだ。
だからこそ、準備をしなくては。競争も、試験も、戦争も──古来より争い事には準備は必要不可欠なのだから。
現在の時刻は20:00を回っており、夜の冷たい空気が身を刺す、
どの生徒も流石に寮へと帰り、俺達も例に漏れず、その帰路に立っていた。
「まさか、Bクラスと接触出来るとは……これは思わぬ収穫でした。お手柄ですよ、真澄さん」
「何? 何か腹の探り合いでもしてたの?」
「いえ、今日に至っては素直な交流のつもりですよ。それに、彼女の分析は既にやってくれてるようですから」
坂柳さんは俺に微笑み掛ける。いつもの人を食ったみたいな怖い笑顔だ。
「Aクラスにとって目下の脅威は間違いなく一之瀬さんじゃないかな。実際、リーダーとしての能力は葛城さんより上だと思うよ。しかも、クラスの信頼関係となれば、うちよりも固いんじゃない?」
「そうですね。短期間であれほどの信頼関係を構築出来ているのです。彼女もかなり頭が回るのでしょう。では、慎君ならどう攻略いたしますか?」
「一之瀬さんの信頼は正直、強固だ。それに一之瀬さん自身も我が強い。何かで揺するというのは効率的とは言えないね」
ある意味、神室さんとは真逆の立ち位置に一之瀬さんは居る。
クラスの信頼を裏切らない、クラスを勝利に導くために……そうなれば彼女は強固だ。
それに坂柳さんが言っていた通り、彼女自身もかなり頭が回る。下手な関与は俺達の弱みを晒すことに他ならない。
だからこそ、一之瀬さんという
「何よ。無敵の牙城じゃないの」
「いや、そうとも限らない。高い信頼は強固な壁になるけど、それが一度でも損なわれた瞬間、壁として機能しなくなる」
「……つまり?」
「一之瀬さんが駄目なら、他の面々を揺すれば良い。具体的には一之瀬さんの悪評をBクラス、他クラスへと流すとかね」
「悪評を流すって……本人が否定したら終わりじゃない」
「当然、本人は否定するだろうけど、噂が出回れば火消しに回る筈だ。その中で本人が一番、過剰に反応した内容があれば、それがビンゴだ」
「そう言うってことは……彼女は昔、何かやったって事?」
「神室さんは気付かなかった? 一之瀬さん、常に他人を優先にして動いてるんだよ。正確には自分のクラスメイトだけど、その時点でおかしい。更には彼女はさっきの会話の最中、決して自己肯定をしなかった。まるで自分にはその資格が無いみたいにね」
自分がどうにかしなくてはならない、他者の為にならなければならない……その思考は強固だ。簡単に変わらない。
だからこそ、彼女は自らを省みない……それが弱点に成り得ると分かっていながら。
「つまり、慎君は一之瀬さんが過去に何か犯罪行為もしくはそれに準ずる何かをしたと見ていらっしゃるのですか?」
「さあ、そこまでは断定出来ないけど、この牙城を崩すには一番有効な手立てだろうね」
噂としてでっち上げる内容についてはなんでも良い。万引きをした、売春行為をしていた、犯罪に荷担していた──重要なのは何に対して彼女が過剰な反応を示すかだ。
それにBクラスの面々が擁護しようにも、他クラスには彼女を敵とする人間が山程いる。
たとえ、その実がでまかせだとしても、この好機に食らい付かずにはいられないだろう。
それで互いに潰し合ってくれれば此方も助かるし、何よりこの波紋はBクラス内部にも入り込んでいく筈だ。
先程の会話から察するにBクラスは一之瀬さんに依存している状態。
一度でも不信感を煽ることが出来れば、この無敵の牙城は自壊していく。
そうなれば、チェックメイト──文字通りBクラスは再起不能となる。
「それって……もはや、イジメと変わらないじゃない。学校側も黙ってないでしょ」
「そうだね。一之瀬さんを陥れる形にはなるのは心が痛むけど、彼女に勝つには一番手っ取り早いからね。それに学校側も、噂をしていた全員を処分するわけにはいかないだろう?」
『人の口には戸が立てられぬ』と言うように、噂というのは広まっていく内に起源はおろか、噂自体が独り歩きをするようになる。
そうなれば最早、特定はおろか、一掃はほぼ不可能だ。
「アンタ……人の心とかあるの?」
「失礼だな。俺だって心が痛んでいるんだぞ? 」
彼女の性格はまさに女神と言える。これに嘘はない。
だが、それが彼女に対して、こちら側が譲歩する理由には成り得ないのだ。
それに……一之瀬さんの自罰思考はある意味、本人を縛る枷として機能している。
ではもし、その枷が取り除かれたら? 今は守りに向けているソレが攻撃へと回ったら?
そうなれば、最早脅威だ。自らが欲する物のためには手段を選らばなくなる。
無論、そうなるのはあくまでも数ある可能性に過ぎない。
だが、脅威と成り得るなら、事前に対処しておく──これも戦いの定石だ。
一之瀬さんには申し訳ないが、俺達の勝利の為にも、彼女とそのクラスには犠牲になって貰おう。
「ふふっ……素晴らしいですね、慎君。やはり貴方と組んだ私の選択は間違っていませんでした。Bクラスへの対処はその方向性で行きましょうか」
「それはどうも。坂柳さんもいつも以上に楽しそうだね?」
「ええ。勝負はやはり
水面下での腹の探り合いはもう既に始まっている。
Aクラスの内戦もやがて互いに潰し合う苛烈なモノへと変わるだろう。
なら、俺のすべき事はただ1つ──勝つこと。それが俺に与えられた意味なのだから。
いつもの雑談コーナー
もう少しで10話ですよ。ゴールデンウィークも終わって、時間が出来やすくなりましたね。
その分の休みがあれば最高なんだけど!
「アンタ、別に何処も行く予定無いでしょ?」
シャラップ!休みで寝て起きたら半分終わる気持ちが分かってたまるか!
……と、悲しい話は置いといて今日は万引きガール神室さんに来て貰ってます。
「万引きガール言うな」
では、質問へ行きましょう。
『神室さんが盗った酒は何処へ』
それは篠坂君が処理しました。勿論、飲んでないです。
「なんか缶を握り潰してたけど……」
まあ、彼が酒を飲んでも酔えないんですけどね。
では次。
『篠坂君、やり方が陰湿過ぎない?』
「まあ、そうよね……」
本人が人の悪意に晒される事ばかりだったというのもありますかね。
篠坂君が振られる仕事なんて、非合法かつ非人道なことばっかりですし。
「立場の違い……なのかしらね」
一之瀬さんを良い人と思っているのは事実ですが、内包する危険性は勿論、彼女は自分の優先対象には成り得ない……それだけだと思います。
「なんというか……複雑ね」
これも人とアンドロイドの相違でもあるのかも知れませんね。
ではまた次回、お会いしましょう!