「楽園の島の魔女」(完結)   作:雄魔雌

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21 おまけ「楽園の島の魔女」

 ハイスクールに通うリディアという女は、スクールカーストでいう典型的なワナビーである。

 

「え、ねぇ……本当にやるの?」

「えぇ。クールな女になりたいんでしょ?」

 

 クイーン・ビーのヒストリアは、暇で暇で仕方がないとき、とりあえず取り巻きの一人であるリディアを死ぬほどいじり倒して、おもちゃにすることがある。

 この日も、そんな暇つぶしの一環だった。

 

 ライナーが「やれ!」と騒ぎ、ベルトルトが「早く入りなよ」と焦らせてくる。

 リディアの目の前には、アメフト部が試合後の疲労回復用に使っているアイスバスの水面があった。

 ジョックのライナーがヒストリアに余計な事を教えたらしい。あのクソゴリラは多分、リディアの名前すら憶えていない。Shitだね。

 

 マジで嫌。

 でも、ここでやらなきゃ、ヒストリアに見捨てられたら、学校生活が終わる……。

 リディアは意を決して水面に足を突っ込む。プリーザーのユミルが、動画を撮りながら爆笑している。

 

「うっわ、氷水! 死ぬ死ぬ!」

 

 これ、本当に面白いか? でもみんな笑ってるし……。

 そう思った瞬間、バランスを崩した。

 ドボン。

 

「キャーーーー!! 冷たっっっ!!」

「ハハハハハ!!」

「クールすぎて凍ってんじゃん!」

 

 同じワナビーのヒッチが顔を引き攣らせながら笑っている。何笑っとんねん。次、たぶんお前だぞ。

 

「あら、やるじゃない。でも、もう根を上げるの? クールな女って、そういうのに動じないのに」

 

 ヒストリアは、退屈そうにため息をついていた。

 

 

 

 

 

「さ、さささ、寒い……死ぬ……」

 

 ヒストリアが飽きてしまえば、取り巻きのサイドキックス共も揃ってどこかへ消える。リディアはタオルを身体に巻き付けて一人で凍えていた。

 歯がガチガチと鳴る。

 ……一人も待ってないとか、そんなことある?

 おい、何が善行クラブだ! 蛮行クラブに改名せんかい!!

 

「クソが……ブチ殺したるぞあのボケカスども……」

「……お前。それ、楽しいか?」

「あん?」

 

 一人でボソボソと悪態をつくリディアの前に、突如として割り込んできた低い声。

 

 振り返ると、そこには無個性すぎて記憶にすら残らない男が立っていた。しばらく睨んで、リディアはようやく思い出した。エレンとかいう奴だった気がする。

 

「っせーな……余計なお世話」

「まぁな。でもマジでつまんなそうな顔してるから、言っとく」

「は?」

「何がクールな女だ。ダセェことしてんじゃねーよ」

 

 エレンの声はどこまでも冷めきっていた。いつもリディアがつるんでいる奴らとは、違う空気を纏っている。

 

「お前、不自由なやつだな」

 

 

 リディアは、去ろうとする背中に思わず声をかけてしまった。自分でも予想していなかった反応だった。

 

「ちょっとアンタ、待ちなさいよ!」

「は? 何だよ」

 

 エレンが怪訝な顔をして振り返る。

 

「私が不自由って何? グループの連中ボコボコにしたら自由になれるとか言いたいわけ?」

「んなこと言ってねぇだろ、面倒なやつだな」

 

 エレンは肩をすくめ、額前に落ちる黒髪を軽く払いのけた。

 

「じゃあ、あんたの考える自由ってやつが何なのか教えてよ」

「……」

「やっぱ答えられないんじゃん」

 

 一瞬の沈黙が、重く漂う。

 

 

「……シムシティってゲーム知ってるか」

 

 突然の話題転換に、リディアは目を丸くした。

 

「は? 何いきなり。まぁ、街づくりとかするやつでしょ。名前くらいは分かる」

「土地を拓いて、インフラを整えて、幸福度を上げて……理想の街を作るんだが」

「それのどこが自由なのよ」

 

 リディアの言葉から攻撃性は薄れ、今は純粋な疑問が宿っていた。

 

「最後に、全部破壊する」

「は?」

 

 その予想外の答えに、リディアは思わず身を引いた。

 

「自分で作った楽園を、全能の力を持ったプレイヤーが完膚なきまでに平にする」

 

 エレンの声には、どこか儚さと憧れが混じっていた。

 

「……今のオレが自由を感じられる瞬間なんて、それくらいなのかもな……」

「……」

「……なんか、お前にどうこう言える立場じゃなかったな。もう帰るわ」

 

 エレンが踵を返し、ドアの方へ歩き出す。その後ろ姿は、ここに現れたときより少し丸く見えた。

 

「えっ、ちょ……待ちなさいってば!」

 

 

 

 

 

 

「ねぇミカサ、その手に持ってる本ってさ」

 

 アルミンは、ミカサが手に持っている本を指差した。

 

「あぁ……! 闇の同士も、読んだことがある? 私、とっても良かったと思う。ハッピーエンド? だったし……」

「へぇ……そう。ミカサはそう思うんだ」

「……何か言いたいことでも?」

 

 ミカサがじっとりとした視線でアルミンを睨む。さっきのは、意見が合わない時の言い方だった。

 

「僕はさぁ、そういう安直な創作ってどうかと思うんだよね」

「……安直とは?」

「史実を変えて人物像を捻じ曲げて、安易なラブロマンスに矮小化させるってさぁ……そういうの、歴史への冒涜なんじゃないかなぁ!?」

「なっ……」

 

「でも、良かったところもあるでしょう? 確かに主人公は実在が疑われているらしいけど、登場人物が少しでも報われて、未来に希望を持てそうなところとか……いいじゃない!」

「そう、それ! 恋愛成就イコール幸せってのが気持ち悪いんだよ! 世界観の矮小化が過ぎるって言ってんの! 僕は認めないね、こんなのただのメアリー・スーだ!」

「メア……えっ、誰?」

 

 

「……お前ら、ケンカしてんの?」

 

 呆れたようにエレンが声をかけると、アルミンとミカサが同時に振り返った。

 

「あ! 遅かったねエレン」

「闇の騎士……と……えっと」

「え、エレン、ちょっと、その人……」

 

 アルミンがエレンの袖を引っ張り、こそこそと耳打ちする。

 エレンの後ろに、見慣れない女が立っていた。ミカサもアルミンも、同時に顔をしかめる。

 

「……クイーン・ビーの取り巻きじゃないか! なんでエレンがそんな奴を連れてるの? 関わらない方がいいって!」

「あ、あぁ……女を連れている、なんて……」

 

 ミカサが息を呑む。何かショックを受けている様子だった。

 

「ほら、ミカサが固まっちゃってるよ」

 

 アルミンが耳打ちの声をさらにひそめる。エレンは面倒くさそうに頭をかいた。

 

「いや、知らねぇよ。こいつが勝手についてきただけで」

「何ここ、ナードくせーんだけど。帰っていい? 別に私も用ないし」

「呼んでねぇよ。勝手に帰れよ」

 

 エレンが冷たく突き放す。リディアが不機嫌そうに腕を組むのを見て、アルミンが眉をひそめる。

 

「ガラ悪っ!」

 

 

「……あ、あぁ……そんな……」

「ん?」

 

 ミカサが震えながら口をぱくぱくとさせていると、リディアの目が、ミカサが大切そうに抱えている本に留まった。

 

「ちょっとアンタ。その本さ」

「え……貴女も知っているの?」

 

 ミカサが少し警戒しながら聞き返す。

 

「まーね。別に好きじゃねーけど……」

 

 リディアはミカサの手元から本を取り上げ、無遠慮にパラパラとページを捲った。

 

「なんだ、このバージョンかよ。チッ……主人公の名前がアレなやつじゃんか」

 

 リディアは舌打ちしながら、雑にページをめくる。

 

「へぇ、クソワナビーでも文字のある本とか読めるんだ」

「あぁ? つかワナビーとか二度と言うな」

 

 辛辣すぎるアルミンをリディアが睨みつける。ミカサが一瞬だけ硬直し、表情を険しくした。

 

「この本、出版社によっては私と同じ名前の奴が主人公やってることがあるから、昔……ちょっとからかわれただけ」

 

 リディアが本を閉じ、乱暴にミカサに突き返す。

 エレンが呆れたように本を見つめる。

 

「そんなに何パターンもある本なのか、それ」

「昔からある悪質な歴史の二次創作だ」

 

 アルミンが不機嫌そうに呟く。

 

「気に入らないなら同士には帰っていただいてもいいんだけど?」

 

 ミカサとアルミンがまた火花を散らす。

 

「ふーん。で、何て言うタイトルなんだ?」

 

 本の内容には特に興味もなかったが、エレンはとりあえずミカサに尋ねる。

 

「あぁ、えっとね……」

 

 ミカサが本を掲げ、その表紙をエレンに向ける。

 

 

「楽園の島の魔女」

 

 

 

 

おわり




最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
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