「楽園の島の魔女」(完結)   作:雄魔雌

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番外編
20.2話 人生と、生活


 訓練兵時代。まだ誰もが過去を引きずり、未来を知らなかった頃。

 食堂の片隅で盛り上がるエレンの声が、ミカサの耳に鋭く届いた。

 

「シガンシナ区出身で、しかも調査兵団志望だとか、ここでそんな人間に会えると思ってなかったよ!」

 

(また、リディアの話をしてる……)

 

 まるで旧友との再会でも果たしたかのような声色だった。その無邪気な高揚は、ミカサの胸にわずかな疼きを生む。

 エレンに声をかけるわけでもなく、表情を動かすこともないまま、ミカサはスープの表面をじっと見つめていた。だが、エレンはそんな空気を意に介さず、続けた。

 

「同じ目標を持ってるヤツがいるって、こんなに頼もしいもんなんだな。ミカサも仲良くしてやれよ?」

 

 ミカサはスプーンを置き、少しだけ顔を上げた。

 

「……向こうの出方による」

 

 感情を殺したその返答に、アルミンが苦笑いを浮かべる。

 

「ミカサ、昔のエレンみたいなこと言ってるよ」

 

 アルミンの軽口に、エレンが笑う。まったく悪気のないアルミンの言葉だったが、ミカサは応えなかった。

 

 エレンはと言えば、気にも留めずリディアの話を続ける。開拓地でどう生きてきたか、鎧の巨人に対する復讐心がいかに強い感情なのか、リディアがどれほどの覚悟でここに来たか――それらすべてが、エレンにとっては同胞の証であり、戦友としての価値だった。

 

 ミカサにはわかっていた。

 エレンが語っているのは「自分自身」のことでもあるのだ。彼の中に、リディアは己の鏡像として映っている。共鳴する魂のように。だからこそ、面白くなかった。

 

 

***

 

 

 白い光が差し込む、大陸の午後。

 部屋の一角に置かれた重い木製のテーブル。

 その上に両肘を突き合わせて座るのは、かつて人類最強と呼ばれた男と、それに果敢に挑む女の姿だった。

 

「兵長。今回は本気ですから」

 

 腕相撲。

 リディアが張り切った顔で言うと、リヴァイは無言のまま手を差し出した。

 

「よーい……はいっ!」

 

 ガビの掛け声と同時に、二人の腕がせめぎ合う……までもなく。

 バチンという乾いた音と共に、リディアの手首が容赦なくテーブルに叩きつけられた。

 

「うそっ!? 早っ!?」

 

 リディアは片腕を抱えて仰け反り、目を丸くした。

 その様子を見て、ガビが腹を抱えて笑い転げる。

 

「リディア弱すぎー! ってか兵長、まだまだ現役じゃん!」

「もう兵長じゃない」

 

 リヴァイは表情ひとつ変えず、淡々と腕を組んだ。その顔には誇らしさも、愉快さもない。ただ淡々と。

 

「次」

 

 ぼそりと呟いたその一言が、場に微妙な緊張を走らせる。

 

「……お茶を淹れてきますね」

 

 肩を震わせながら立ち上がったリディアは、腕を小さくプルプルと震わせながら、給湯室へと退散した。

 

 紅茶の木箱を棚から取り出しながら、ふと背後を振り返る。その視線の先には、くすくすと笑っているアルミンがいた。

 

「たとえ指が一本になったとしても、兵長は誰にも負けないんだろうね」

 

 アッカーマンの血に呼応する力が衰えても、彼の経験は消えていなかった。

 

 

 

 

 湯を沸かす音が響く。紅茶の香りが立ち上がる中、リディアはカップを並べながら、アルミンに声をかけた。

 

「島で会ったミカサは、信じられないほど弱くなってたのに」

 

 アルミンは、テーブルに手をついて彼女の隣に立つ。

 

「元兵士だなんて思ってる人、誰もいなかったね」

「彼女の性格のおかげかな。優しくて、穏やかで、物静かだけど芯があって……」

 

 リディアはカップに紅茶を注ぎながら、まるで自分に言い聞かせるように続ける。

 

「もう戦う必要なんてない人間の顔だった」

 

 アルミンは黙って頷いた。

 彼もまた、現在のミカサの姿に驚きを隠せなかったひとりだった。

 ミカサはもう、剣など握っていなかった。代わりに持っていたのは鍬と包丁、柔らかな布と……静けさだった。

 けれど、それがとてもよく似合っていた。それが本来の彼女の姿だったのだろう。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 数週間前の午後。和平交渉のために島を訪れていた連合国大使たちは、一人の女性が暮らす小さな家を訪ねた。

 

 シガンシナ区の外れに建てられたこの小さな家は、エレンが眠る場所から遠くない。草の茂る小道を抜けた先、風に揺れる洗濯物の向こうにその人影はあった。

 ミカサ・アッカーマン。

 かつての「猛獣のような女兵士」の面影は、そこにはなかった。

 

 彼女は木陰の下で薪を割っていた。その所作は今や熟練兵士の動きというより、日々の家事をこなす生活者としての静けさに満ちていた。

 

「こっちの生活はどう?」

 

 リディアの声に、ミカサは斧を止めて振り向いた。

 

「慣れてきた。でも……薪を割るのが、なかなか大変」

 

 あのミカサが、肉体労働の大変さを口にするとは。信じられない光景だった。彼女の髪は伸び、体つきは少しふっくらとして、頬には柔らかな肉が戻っていた。

 

 ミカサは静かに歩み寄り、リディアの胸元を見つめた。

 

「そのブローチ……」

 

 リディアも微笑を返す。

 

「ミカサこそ、そのマフラー」

 

 どちらも手放せないものだった。二人はしばし黙ったまま、お互いの胸元を見つめていた。

 

 どれほど時が経とうとも、捨てられない気持ちがある。それは執着でもあり、自身が生き残った証でもある。

 

 言葉は少なかった。だが、リディアの胸に去来する想いは確かだった。

 ミカサが選んだこの生活を、誰にも壊してほしくない。たとえ遠く離れていても、この静かな日々を、できる限り守りたいと。

 

 

 やがてミカサが、ぽつりと尋ねた。

 

「ライナーとの生活は、うまくいってるの?」

 

 その問いは唐突でありながら、優しいものだった。リディアは苦笑する。

 

「まぁ、普通かな」

「そう。幸せそうでよかった」

 

 ミカサが空を見上げた。淡い光のなかで、その瞳が少しだけ潤んでいるようにも見えた。

 

「……自分の選択を後悔したこと、ある?」

「ないよ。だから今、穏やかに暮らしてる」

 

 リディアの声には、確かな自信があった。

 

「私も、この島で静かに暮らしてる。贅沢だと思う。だけど……たまに、寂しい」

 

 ミカサの言葉に計り知れない痛みと覚悟が込められていることを、リディアは静かに察した。そして彼女の顔を見つめたまま、言葉を探した。

 

「……ミカサは、ここでずっとエレンと暮らしていくの?」

「そのつもり」

 

 迷いはないようだ。たとえそれがどれほど孤独であろうと、ミカサはその生活を選んだのだ。

 

「今のミカサが幸せなら、それでいいと思う。私たちに申し訳なさを覚える必要はないし、穏やかに過ごせているなら、それで……」

「……」

 

 だが、リディアの言葉はそこでは終わらなかった。

 

「だけど、いつか。今じゃなくても、五年後、十年後でも。誰か……」

「そんなことは考えられない」

 

 ミカサはリディアの言葉を途中で遮るように口を開いた。鋭さのなかに、強い決意があった。

 

「ごめん、無神経なことを言った」

 

 リディアはすぐに頭を下げた。

 

「ミカサにとってエレンは『人生』だもんね」

 

 その言葉に、ミカサもわずかに目を伏せる。リディアは続けた。

 

「エレン以外の人のことを考えることは、自分の人生を捨てることだって。そう思うのも分かるよ」

「私も悪かった。寂しいなんて言ったせいで、誤解させた。でも、別にエレン以外の人と生きたいと思ってるわけじゃない。ただ、たまに……このままでいいのか、少し思うことがあるだけで」

 

 風が、木々の葉をわずかに揺らす。その揺らぎの中で、リディアはふと思い出す。あの「道」で、エレンがくれた言葉。

 

「エレンは私に、幸せになりたい気持ちから逃げるなって言ってくれた」

 

 ミカサの目が、ゆっくりと動く。

 

「エレンが?」

「そう。……人生を変えなくても、生活が変わることはある」

 

 リディアは、草の上に腰を下ろして、遠くの木々を眺めた。

 

「先のことなんてわからない。だから、今は他のことを考えられなくても……いつか今の生活を少しだけ変えるようなことが起きるかもしれないって、そう考えてみるくらいは、いいんじゃないかな。ちょっとだけ楽になるよ」

 

 ミカサの表情が、ほんのわずかに緩んだ。

 

「リディアは……ライナーと生きることを選んで、本当によかったの?」

「……」

 

 

 

 

「あの人、本当に気持ち悪いんだよ」

「え?」

 

 短い沈黙ののち、リディアはそう呟いた。

 

「和平交渉の後、ヒストリアを見る目がいやらしかった」

「う、うん」

「しかもヒストリアの子供を見て『この子が笑うと世界が美しく見える』だの『天からの祝福だ』だの言って泣きそうな表情を浮かべてさぁ……他人の子どもだよ? 正気で言ってんの? って思ったし……そもそも訓練兵の頃から私のことは二番手扱いだったくせに、告白されたからって急に付き合うとか……本当に最低。思い出すと腹立ってきた」

「そ、そう……」

 

 ミカサの表情が引きつる。だが、リディアの口元にはわずかな笑みが戻っていた。

 

「でもね。それでもあの人は、私のこんな感情ごと、全部を引き受ける選択をした」

「……」

「だから私も、今さら好きじゃないとか言えないよ」

 

 静かに、ミカサが微笑んだ。

 

「愛してるんだね」

「……悔しいけど、そうなる」

 

 

 

「でも、ライナーは私の『人生』じゃない」

 

 リディアの言葉には、かつての強い執着を手放した者ならではの強さがあった。

 

「だけど、毎日大切にしたい『生活』のひとつ。鎧の巨人への復讐だけを人生だと思ってきた私にしてみれば、こんなの……天地がひっくり返るような大転換だよ」

 

 リディアは微笑みながら続ける。

 

「だから、いつか。エレンを含んだミカサの人生ごと受け入れながら、生活を共にしてくれる人ができたら」

「……」

「それならきっと、エレンも喜んでくれると思うな」

 

 

 

 ミカサはそっと目を閉じて、ぽつりと呟いた。

 

「……エレンが安心してくれるのはいいけど、喜んでほしいとは思わない」

「え?」

 

 リディアは固まったが、一瞬の間を置いて、その言葉の真意を理解した。

 

「あぁ。嫉妬してほしいんだ?」

「えっ」

「誰かと一緒にいる姿を見て、安心したけどやっぱり嫌だっていうエレンが見たいんだ?」

「ち、ちが……そういうことではなく!」

「可愛いこと言うねぇ」

「リディアだって、そう思うことくらいあるでしょう!?」

「嫌だよ。ライナーの嫉妬なんて、重いし面倒くさすぎるし可愛くないし、絶対に見たくない」

「……もう!」

 

 空の青さが、冗談のように眩しかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 室内に、ふんわりと甘い香りが漂い始めた。窓辺に陽が差し込み、テーブルには丁寧に並べられた紅茶と焼き菓子。

 

「美味しい! このクッキー、リディアが焼いたの?」

「ふふん。うまくできてるでしょ?」

 

 ガビが目を見開いて叫び、リディアは誇らしげに胸を張る。

 テーブルの向かいで、リヴァイが無言でクッキーを一口かじる。わずかに眉を動かし、紅茶をすすった。

 そして、口を開いた最初の言葉。

 

「……部屋が汚い。今の掃除当番はお前か」

「そっちですか!?」

 

 リディアは机を叩きそうになりながら、肩を落とした。

 アルミンが笑いを堪えながら口を開く。

 

「リディアって、丁寧なときと雑なときの差が激しいよね」

 

 その言葉に、リヴァイが目を細めた。

 言葉には出さなかったが、リディアを見て脳裏に思い浮かべていたのは、ハンジの姿だった。

 ハンジもまた、部屋は散らかし放題で、加えて身なりにも無頓着だった。だが、その手が書き記した研究メモは驚くほどに繊細で緻密で、思わず読み込んでしまうほどの構成を持っていた。

 

 少しだけかじったクッキーには素朴さと丁寧さがあり、リヴァイはそこにリディアの繊細な一面を垣間見たような気がした。

 

「変なところをハンジから引き継いでどうする」

「ハンジさんもクッキーとか焼くんですか?」

「本当にそう思って聞いてるのか」

「いえ、そんなことしませんよね。さすがに……」

 

 リヴァイは静かに息を吐いた。目の前にいるリディアに、過去の残影が重なって見えた。

 

 

 

 そんなやり取りを、アルミンは微笑みながら見つめていた。だがその胸中には、ふと過る思いがあった。

 

 もし、ミカサがここにいたら。

 

 兵士として、誰よりも強く、誰よりも優秀で、誰よりも影響力を持っていたミカサ。

 その存在は今や、歴史から完全に抜け落ちている。

 この不自然さに気づかない者は、ただ無知なだけか。いや、違う。誰かが意図的にその記憶を塗り替えているからだ。

 

 そしてその「誰か」とは、自分たちのことだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 数年前。天と地の戦いを終えた後の混乱の中、アルミンは大陸の軍人と対峙していた。

 

「パラディ島勢力は、本当にこれだけか?」

「はい。少ないと思われるかもしれませんが」

 

 アルミンは淡々と答えた。

 

「ミカサ・アッカーマンという兵士が参加していたはずでは」

 

 男の声音には、確信があった。情報を握っている者の語り方だった。

 

「パラディ島でも有名な兵士だと聞いた」

 

 アルミンは、しばし沈黙を保った。

 その顔には、表情らしいものは浮かんでいなかった。ただ静かに、正面の視線を受け止めていた。

 

「絶対にありえません」

 

 ようやく発せられたその声は、驚くほど穏やかだった。

 

「彼女には、エレンを殺す理由がない」

 

 アルミンの目は揺れない。まるでその言葉が、真実でなければならないという確信で成り立っているように。

 

 

 

 以降、ミカサの名が語られることはなかった。

 新聞でも、雑誌でも、噂話でも。彼女は、歴史からすっぽりと抜け落ちた存在となった。

 代わりに記録に残されたのはアルミンの名だった。時に英雄として、時に裏切り者の筆頭として。

 そして時折、ゴシップ記事でリディアの名前が世間を騒がせた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 カップの中で、紅茶の表面が微かに揺れていた。クッキーを次々に頬張るガビが「うまい」と繰り返している。

 アルミンもまた、紅茶の香りを嗅ぎながら微笑を浮かべていた。

 

「もし、ミカサがここにいたら」

 

 そして彼はぽつりと呟いた。

 

「エレン殺しとして槍玉に挙げられていたのは、彼女だったと思う」

 

 その言葉は、部屋の熱をすこしだけ冷やす。リディアがかすかに肩をすくめた。

 

「アルミンが、英雄としてミカサとエレンを守ってるんだよ」

「守っているのは僕だけじゃない」

 

 アルミンは、視線をカップの紅茶のなかに落とすように言った。

 

「……リディアにありがとうって言うのも、変な気がするけど」

 

 言葉にできない思いがあった。

 リディアが矢面に立つことになったのは、自分がミカサを守ったからだ。

 守るという行為には、誰かを犠牲にすることが伴うこともある。

 それを知ったうえで、アルミンは世間に向かって口を閉ざし、語るべきではない名前を封印した。エレンとミカサが静かに眠れるように、歴史を都合よく書き換えたのだ。

 

 

 しかしリディアは静かに首を振った。

 

「私はいいの。隊員を守るのが分隊長の役目だから」

「ミカサが君の部下だって?」

「そう。ミカサもヒストリアも、サシャもアニも、ピークも。第四分隊リディア班の一員です」

「ジャンとコニーは? あ、ライナーも……」

「うちは女性部隊ってことにしたいので」

 

 アルミンがくすりと笑い、そしてぽつりと呟く。

 

「……英雄って、都合のいい言葉だよね」

 

「僕は、ミカサが歴史から忘れ去られることを選んだ。そして英雄と呼ばれる存在になった」

 

 アルミンは微笑んでいるが、その表情にはどこか皮肉が混ざっていた。

 

「誰かが担がれてる時、誰かが忘れ去られてる。でも、それが心地いいなんてことはない」

「そんな物語になることを、私たちが自分で選んだからだよ」

 

 リディアは同意も否定もせず、ただ静かに応えた。

 

 

「私たち、全員共犯でしょ。団長」

 

 共犯という言葉が、その場の空気に静かに沈んでいった。それは罪の共有でもあり、絆の肯定でもあった。

 

 

 

 

「なにそれ」

 

 空気を破るように、ガビが首をかしげた。

 

「今の話のとおりなら、兵長もアルミンとリディアの部下だったってわけ?」

 

 リヴァイは沈黙したまま、茶をすする。その目は細く、何も語らない。アルミンは苦笑するしかなかった。

 

「あはは……」

「そりゃ、もちろん」

 

 リディアが両手を腰に添えて、胸を張る。

 

「ハンジさんのお墨付きですから」

「言ったな。それが、お前の選んだ物語か」

 

 リヴァイの言葉は静かだったが、明確な圧があった。

 

 

 

 そのとき、不意にどこからともなくアニが現れ、無言でリディアの頭を軽く叩いた。

 

「痛っ」

 

「誰がいつ、あんたの部下になったんだ」

 

 そのすぐ後ろから、ピークが顔を出す。

 

「どうして私まで入ってるの?」

 

 ガビも呆れ顔で言葉をつなぐ。

 

「分隊長……ぜんぜん統率とれてないじゃん」

「任命が十年早かったってことだ」

 

 リヴァイがぽつりと呟いたその一言が、部屋の空気に静かな笑いをもたらした。

 

 

 

 

 

「おぉ、うまそうなもん食ってるな!」

 

 ひょっこりと顔を出したコニーの声が、部屋の空気をさらに賑やかにする。コニーはすかさずクッキーに手を伸ばし、口の中に放り投げた。

 そんな彼の後ろから、ジャンがつかつかと入ってくる。

 

「おいコニー、一人で全部食うつもりか」

「そんなサシャみたいなことしねーって……これ、なんか懐かしい味がする」

 

 モゴモゴと口を動かすコニーは、すでに二枚目に手を伸ばしていた。

 

「材料がパラディ島のものだからかな。島でミカサに教わったんだ。時間があるから、こういうのを作るのが楽しいんだって」

「へぇ。材料の産地で変わるもんなのか」

「紅茶は大陸の茶葉だけどね」

 

 ジャンが感心したように言う。

 そんな中、扉がまた開いた。オニャンコポンだ。

 

「そろそろ全員揃ったか?」

 

 彼はイェレナを連れて入ってきたが、彼女はむすっとしたまま黙っている。

 人数が増えたことで、部屋にさらに温かさが増す。

 

「リディア、ライナーはどうした?」

「知らない。そのうち来るんじゃない?」

「おいおい。夫の居場所くらい把握しておいてやれよ」

 

 呆れて笑うオニャンコポンに対して、リディアは肩をすくめる。だが、その表情はどこか楽しげだった。

 すると、まるで見計らったかのように扉が開き、遅れてファルコとライナーが姿を見せる。

 

「やっと来た」

 

 リディアが言うと、ファルコがすかさず声を上げる。

 

「あっ、ガビ、いた! 勝手に混ざるなよ」

「私はいいの。リディアが出入りを許可してるんだから」

 

 ガビが当然のように胸を張る。

 

「リディア、悪い。遅くなった。ファルコがガビを探していたから」

 

 ライナーが頭をかきながら、言い訳めいた言葉を口にする。

 

「ううん、ちょうどよかった。ねえ、リヴァイ兵長と腕相撲してきて」

「は? 腕相撲?」

 

 リヴァイは、無言のまま指をポキポキと鳴らしていた。ライナーの顔が引きつる。

 

「……いや、今日はその、腕が……」

 

「ご愁傷様です……」

 

 ファルコが小声で呟いたが、ガビが満面の笑みで加勢する。

 

「何言ってんの、ファルコもだよ」

「え!?」

 

 そしてそれまで黙っていたイェレナが、何かを察したのかそっと部屋を出ようとする。

 

「では、私は特に用事もありませんので、これで……」

「こら。イェレナ、逃げるな。やれ」

 

 リディアがイェレナの腕を掴み、引き留める。イェレナは露骨に嫌そうな表情を浮かべたが、肩を落とし、観念したように室内にとどまった。

 

 

 

 騒がしさの中で、アルミンがぽつりと呟いた。

 

「……今日、なんの集まりだったっけ?」

「さぁ。お茶会じゃない?」

 

 ピークがクッキーをつまみながら応じた。

 

「あ! ライナーが負けた!」

 

 ガビの歓声が上がる。部屋の中に笑いが溢れる。

 

「次」

 

 リヴァイが淡々と告げる。

 

「コニー、行け」

「何言ってんだ。ジャンが行けよ」

「いいや……ここは、アニが行くべきだな」

「は? なんで私が」

 

 ジャン、コニー、アニの押し付け合いをよそに、オニャンコポンが紅茶を口に含み、眉を上げた。

 

「なぁこれ、フレーバーティーだろ? 文句言われなかったのか?」

「兵長は私の部下ですから。文句なんか言わせませんよ」

 

 その言葉に、リヴァイが目を細めた。

 

「……なるほど、わざとだったか。いい度胸だ。来い」

「あ、いやその、今のは言葉の綾ってやつで……」

「逃げるのか、分隊長」

 

 リヴァイの言葉には棘もあったが、どこか楽しんでいるかのような響きもあった。

 

 

 

 狭い室内の笑いの中に、確かに「今」があった。「生活」と呼べる時間が、そこにあった。

 

 過去は消えない。記憶も消せない。罪も、愛も、歴史の捏造も、全部。けれどそれでも、今日という一日は確かに進んでいく。

 

 

 ミカサが暮らす、静かな小屋で。

 エレンが眠る、あの島で。

 アルミンが戦い続ける、この大陸で。

 そして、リディアがいる世界で。

 

 

 誰もが、それぞれの人生を心に抱きながら。それでも生活を続けている。

 

 

 

 

 




この作品のタイトル「楽園の島の魔女」は、もしミカサが最終回後もアルミン達とともに島の外に残っていたら、きっとこういう異名が付いただろうなぁ……という妄想から生まれたものです。つまりミカサありきのタイトルです。
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