サラザール・スリザリン:純血主義の起源と思想 作:かかもばな
2-1.青年期サラザール
―深い苔色の麻で出来たであろうコートには、蛇を模したであろう、大昔のケルトの古典的な刺繍が袖口や襟、前端にあしらわれている。足元の革靴はへたっており、かなりの長旅であったであろうことが窺える。まるで大昔から現代に迷い込んだかのように酒場に入ってきた珍妙な男、それがゴドリック・グリフィンドールとサラザザール・スリザリンの出会いであった。―
―「獅子伝記」より
アイルランド西部の霧深いコリブ湖に生まれ育ったサラザール・スリザリンの少年期は、静謐で内省的なものであったと考えられる。「霧の子ら」の一族の中でも目立たない立場存在であったのは前章で述べた通りである。「獅子伝記」で記述される通り、当時ですら古臭いとされた民族衣装を身にまとい、長旅を経てブリテン島に現れたサラザールは、文字通り「過去からの来訪者」であった。彼の服装は、アイルランド西部に残る魔法文化の伝統を色濃く反映していた。
サラザールの青年期までの記録については推察の域を出ない。だが、後の彼の思想と行動を手がかりに推察するならば、彼の青年期は異文化との交流による、自らのアイデンティティーの変化の時代であったと考えられる。
アイルランドという辺境にあって、血統と土地に根ざした古代的な魔法文化を生きてきたサラザールにとって、ブリテン島で出会った魔法族たちとの交流は、ある種の文化的衝撃を伴うものであった。彼はその旅の中で、南部の洗練された呪文体系や、ウェールズ地方に伝わる口伝の精霊信仰、さらには海峡を越えてフランク地方から伝来しつつあった新しい魔法理論とも接触したと考えられる。
それらはどれも、彼にとって興味深いものである一方、自らが育まれてきた価値観との違いを鮮明に映し出す鏡でもあった。魔法を「力」として扱う者たち、「学問」として系統化しようとする者たち、さらには「信仰」の道具と見なす者たち、つなり、多様な価値観が交差する世界のなかで、サラザールは、自分が何者であるかを改めて問われることになる。
この青年期にサラザールは創設者と出会うことになる。特に次節で取り上げるマーリンとの出会い以前、ゴドリック・グリフィンドールとの出会いは彼の人生にとって衝撃的な出来事であったに違いない。その全てを本書で語ることはないが、「獅子伝記」のエピソードを抜粋したい。
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夜の帳が降り、焚き火がぱちぱちと小さな音を立てていた。森の奥、静寂が支配する空間で、二人の若者がその火を囲んでいた。
「なあ、サラザール。」
ゴドリック・グリフィンドールが、焚き火越しに友を見つめながら言った。その声はどこか真剣で、普段の軽口とは少し違った響きを帯びている。
「お前の……その力、正直言って、うらやましいよ。」
サラザールは少しだけ視線を上げ、ゴドリックの顔を一瞥した。
「……パーセルマウスのことか? それとも……」
「いや、そっちもすごいけどな。」ゴドリックは言葉を遮り、指を一本立てる。
「俺が言ってるのは……あれだ。心を読む力だよ。」
火の揺らめきがサラザールの横顔を照らす。しばしの沈黙。
「……羨むものじゃない。」
ようやく口を開いたサラザールの声は低く、どこか遠い響きがあった。
「これは、生まれつきのものだ。自分で望んで得たわけじゃない。」
「でもさ、便利だろ?」ゴドリックは身を乗り出し、目を輝かせる。
「なあ、ちょっと教えてくれよ。どうやったらできるんだ? コツとかあるだろ?」
サラザールは小さくため息をつき、焚き火の火を細く見つめたままだ。
「お前、また単純なことを言う……。」
ゴドリックはにやりと笑う。
「今、俺が何を考えてるか、当ててみろよ!」
サラザールはようやく目線を上げ、ゴドリックをじっと見た。その目は冷たくもなく、むしろ少し呆れたような、しかし楽しげでもある。
「……そんなこと、わざわざ読まなくてもわかる。」
「おいおい、ずるいな。ちゃんと試してみろよ。」
焚き火の火がまたひときわ明るく燃え上がる。サラザールは一瞬だけ目を細め、そして肩をわずかにすくめた。
「……あの酒場の看板娘のことだろう?」
一瞬の沈黙の後、ゴドリックは大きな声で笑い出した。
「はははっ! やっぱりすげえな! その通りだ!」
サラザールは薄く笑みを浮かべる。
「お前の顔を見れば、読むまでもないさ。」
ゴドリックはごろんと地面に仰向けになり、星空を見上げた。
「……なあ、サラザール。」
しばらくして、少しだけ真剣な声で言う。
「お前さ、もっと素直に、自分の力を誇っていいんじゃないか?」
サラザールは火の中を見つめたまま、少しだけ首を横に振った。
「誇りは内に持つものだ。」
それだけ言って、再び沈黙が訪れる。
だが、焚き火の向こうで笑っているゴドリックの声を聞きながら、サラザールの口元はほんのわずかに緩んでいた。
―――――
このエピソードには、サラザールを象徴する能力である「パーセルマウス」と「開心術」が登場する。そして特筆すべきは、この二つの能力がいずれも生まれつき備わっていたと推察される点である。
「パーセルマウス」とは、魔法使いや魔女が使う言葉の一つであり、蛇が話す蛇語「パーセルタング」を理解できる者、話す者のことをいう。
この能力は、一定の家系にのみ継承されるため、当時においても一般的ではなく魔法社会でほとんど知られていなかったと推察される。それを示すようにサラザール登場以前に、「パーセルマウス」の記述は登場しない。
また、特にキリスト教において蛇は「裏切り」や「邪悪」の象徴とされ、当時のアイルランド、ブリテン島においても魔法族の間での蛇のイメージはネガティブなものであった可能性が高い。そのため、社会的に排斥される可能性を伴うことから、「パーセルマウス」を持つ者たちはその能力を隠す傾向にあったと推察される。
前章で触れた「スリザリン家」に関する記述がほとんど見られないというのも、社会情勢を鑑みれば、こうした背景が影響していたと考えられる。すなわち、パーセルマウスという特異な能力を有する一族が、公にその存在を誇示することはリスクを伴うものであり、記録上も意図的に沈黙が守られた可能性が高いのである。
加えて、蛇語という能力は単なる言語理解を超え、蛇とのコミュニケーションを通じて独自の魔法的影響を及ぼすことができるとされる。この点が、後世において「闇の魔法」と結び付けられる要因となり、サラザールの後継者たちもまたそのレッテルに苦しむこととなった。実際、ホグワーツ創設当時においてさえ、蛇と関わる魔法は忌避の対象であり、サラザールが地下に「秘密の部屋」を設けたのも、こうした社会的圧力の裏返しとも解釈できる。
「閉心術」とは、魔法族の間で「心を閉ざす術」として知られる一方、より正確には「他者の心を読んだり、覗き見たりする力を制御する技法」である。以上の描写から、サラザールは持っていたのはこの「閉心術」の応用、すなわち生来備わった読心の力、いわゆる「自然開心」と呼ばれるものであったこと考えられる。
通常、閉心術は後天的に学び身につけるものとされる。特に権力者や軍司令官など、思考の秘匿が生命線となる者たちにとっては必須の技術であった。だが、サラザールの場合は逆で、生まれつき「他者の思考や感情が流れ込んでくる」という稀有な力を持っていたのである。
「自然開心」特徴として共通して挙げられるのは、幼少期からの強い孤立感と、感情の過敏さである。心の壁を作る前に他者の思考が無意識のうちに流れ込み、無防備な状態で「世界のノイズ」を浴びるため、彼らは次第に対人関係を避け、内面に閉じこもる傾向を示す。さらにその力は、友愛や共感の促進ではなく、往々にして「不信」と「恐れ」を増幅させる作用を及ぼすことが多かった。※7
サラザールもまたその例外ではなかったと考えられる。友であるゴドリック・グリフィンドールが憧れの眼差しでその能力を語った時ですら、サラザールの心の奥には「望まずして得た呪い」という自覚が根付いていたと「獅子伝記」の中でも描かれている。
人の心が見えるということは、裏側にある不安、猜疑、偽りをも見てしまうということだ。純粋さや善意だけではなく、時には信じたくもない他者の「真意」に触れてしまうことが、彼の心に深い孤独と猜疑の影を落としたのではないだろうか。
また、サラザールとゴドリック・グリフィンドールの関係性を理解する上でも非常に重要である。彼らの関係は単なる友人以上のものであり、互いに影響を与え合い、成長していく過程を示している。特にサラザールの青年期の心情や考え方を理解するためには、このような日常的なやり取りの中で彼がどのように自己を認識していたのかを知ることが欠かせない。
サラザールの「力」に対する感覚は、彼の純血主義的な思想に繋がる重要な要素だ。彼が自分の力を誇りに思うことなく、内に秘めておこうとする姿勢は、後のホグワーツ設立における彼の理念を映し出している。自己の力や魔法の力を外部に誇示することなく、内面で温め、必要な時にのみ表現するという考え方は、彼の魔法に対する誠実な態度の表れであり、このエピソードを通してサラザールの個性が浮き彫りになる。
また、ゴドリックとの会話からは、彼の自由で率直な性格が見て取れる。ゴドリックがサラザールの能力に対して単純で直情的な反応を示す一方で、サラザールはその力を外部に対して示すことなく、冷静に対応する。二人の性格の違いが、この短いやり取りの中で浮かび上がり、今後の二人の関係に影響を与えることが予感される。
このエピソードは、サラザールの内面的な成長を描くために重要な意味を持っており、彼がどのようにして自らの魔法と向き合い、それを他者とどう共有するかに対する考え方の根本を示している。
このように、サラザール・スリザリンの青年期は、生来の異能がもたらす孤独と対話、そして異文化との出会いによる価値観の揺らぎが絶えず交錯する、まさに試練と模索の時代であった。
彼は、自身の魔法の才覚ゆえに周囲から恐れられ、時に敬遠される中で、自分の存在意義と力の意味を問い続けた。その一方で、ゴドリック・グリフィンドールという奔放で情熱的な友との交流は、彼の思考に新たな光を投げかけ、単なる理屈を超えた「信念」というものに目を向けさせる大きなきっかけとなったのである。
青年期のサラザールは、揺れ動く内面と冷静な理性の間で葛藤しながらも、次第に己の哲学を築き上げていった。その礎となったのは、まさにこの青年期に積み重ねられた無数の対話と、試行錯誤の末に得た小さな確信の数々である。彼の魔法に対する哲学は、このような豊かな経験と苦悩の積層の上にこそ芽吹き、やがて確固たるものへと成長していったのである。
※7-「魔法族の能力についての考察」著:ロウェナ・レイブンクロー