サラザール・スリザリン:純血主義の起源と思想   作:かかもばな

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2-2.マーリンの魔法塾

 

 まず前提として、本書で取り上げるマーリンは、かの有名な「マーリン勲章(Order of Merlin)」の由来となったマーリンではない。イギリス魔法史において「マーリン」と呼ばれる人物は少なくとも3度登場しており、ここで扱うのは「アーサー王伝説」に登場するマーリンと同一人物であるとされているマーリンである。

 

「アーサー王伝説」とは、5世紀から6世紀ごろに起きたとされる出来事を題材とし、ブリテン島およびその周辺地域を舞台に、ブリテン王アーサーと円卓の騎士たちの活躍を描いた伝記および物語群の総称である。騎士道精神とキリスト教的モチーフが特徴で、12世紀頃にマグル界でも、マグルの作家によって文学作品として広まり、魔法界のみならずマグル界でも広く知られることとなった。ただし「起きたとされる」とするのは、「アーサー王伝説」が実際の歴史的事実であるのか、それとも純粋な創作なのか、その真偽が現在も定かではないためである。

 

この真偽については、魔法史学会においても長年活発な議論が続けられている。なぜなら、単なる創作にしては各地でその痕跡が数多く発見されており、逆に実際の出来事であるならば決定的な証拠がいまだ見つかっていないという、非常に興味深いジレンマを抱えているからである。現代では創作であるとする説が主流である。※8

 

本題とは逸れてしまうが、ホグワーツ生の中で囁かれている噂話について一つ紹介したい。それはホグワーツの校舎である「ホグワーツ城」は「キャメロット」の跡地を改修したものであり、「聖剣エクスカリバー」はホグワーツの湖の底に沈んでいるという話である。

 

 「キャメロット」はアーサー王の王国の中心であり、円卓の騎士たちが集う象徴的な場所である。作中では理想の宮廷・都市として描かれ、「正義」「栄光」「騎士道」の象徴とされた。「聖剣エクスカリバー」はアーサー王が持っていたとされる伝説的な剣で、アーサー王の治世の終焉になった「カムランの戦い」の後、湖に投げられたとされている。

 

 以上の通り「キャメロット」「聖剣エクスカリバー」は「アーサー王伝説」において大変重要な場所であり、重要な物でもある。この2つは現代でも発見されていない。

 

 噂話が事実であるとするならば、運営されている学校であるという性質上、大規模な調査の許可はでることはないだろう。ホグワーツ生が気にもかけず通りすぎるような物が「アーサー王伝説」の真偽を証明する重要な痕跡であるかもしれないというのは、逆説的で非常に興味深い。

 

 このマーリンという人物は、その生涯が謎に包まれており、ホグワーツの創設が11世紀ごろであるのに対して、「アーサー王伝説」の舞台である5世紀から6世紀という年代は整合性が取れないという根本的な問題を抱えている。これを裏付ける決定的な資料は存在せず、魔法史学会においても議論が絶えないのが現状である。ただし、本書ではあくまで「アーサー王伝説」に登場するマーリンと同一人物であるとする説を前提として話を進める。

 

 マーリンは、10世紀から12世紀初頭にかけて進行した「魔法技術革命」の基盤を築いた人物であることは、魔法界においてほぼ定説となっている。では、「魔法技術革命」とは何か。簡単に言えば、それは魔法の在り方そのものを根底から変革した一連の動きである。

 

 第一の大きな功績は、それまで口頭伝承が主流であった魔法を体系化し、文献としてまとめ上げたことである。これにより、魔法は単なる「家伝の技術」から、学問として後世に残すべき知識体系へと昇華した。マーリンは古代ルーンやケルトの呪文、さらには世界中の魔法について調査、研究の後取り込み、統一的な記録を作成したと伝えられている。

 

 次に特筆すべきは、魔法の行使における「杖」の役割を確立した点である。杖はそれ以前から用いられてはいたものの、あくまで象徴的・儀礼的な意味合いが強かった。マーリンは杖を「魔力の増幅器」として再定義し、魔法の実践における効果と効率を飛躍的に高めた。これにより、従来は高度な訓練を必要としていた魔法が、より多くの魔法使い、魔女にとって手の届くものとなったのである。

 

 こうした革新が相乗的に作用し、「魔法技術革命」は瞬く間に世界中に波及していった。それは単なる技術的進歩にとどまらず、魔法教育の在り方、魔法使い社会の構造、さらにはマグルとの関係性にまで大きな影響を与えることとなった。マーリンの功績は、まさに魔法界における「ルネサンス」とも呼ぶべき時代を切り開く原動力となったのである。※4

 

創設者たちは、マーリンが創設したとされる研究機関、通称「マーリンの魔法塾」で出会った。この「マーリンの魔法塾」という呼称は後世の文献において用いられているものであり、実際に当時どのような名称で呼ばれていたのかは、現在も明らかになっていない。

ヘルガ・ハッフルパフは幼い頃に孤児となり、マーリンに引き取られて育てられたとされる。ロウェナ・レイブンクローは若き日の才覚を示し、各地に響いていたマーリンの名声を耳にして、自ら弟子入りを志願して門を叩いた。サラザール・スリザリンとゴドリック・グリフィンドールの二人は、各地を巡る旅の途中で偶然マーリンと出会い、その才能を見込まれて招かれたという。

 

本書がマーリンを「アーサー王伝説」の登場人物と同一視する根拠のひとつは、彼が掲げた「騎士道精神」の理念にある。マーリンの教育は単なる魔法技術の習得にとどまらず、「正義」「勇気」「忠誠」「名誉」といった高い倫理的価値観を弟子たちに徹底して求めた。これはまさに、アーサー王と円卓の騎士たちが体現した精神性そのものであり、魔法塾の教育方針にも色濃く反映されていたことが、数多くの証言や後世の記録に見受けられる。

 

 この理念は、特にゴドリック・グリフィンドールに強い影響を与えたと伝えられている。グリフィンドールは元来、衝動的かつ大胆な性格であったが、マーリンの教えを通してそれが「無鉄砲さ」から「勇気」へと昇華されていったという逸話が残っている。後のホグワーツ設立においても、グリフィンドール寮が「勇気・気概・騎士道」を理念として掲げたのは、この時代の学びが深く関係していると見て間違いないだろう。

 

 また、ロウェナ・レイブンクローの知識への飽くなき探求心も、マーリンの教育の中でさらに磨かれていった。ロウェナは学問と魔法理論の体系化に尽力し、魔法の知識をただの秘術として閉ざすのではなく、理論的かつ普遍的なものとして発展させることを目指した。これは後のホグワーツでの教育方針に大きな影響を与え、レイブンクロー寮の特徴として今に残っている。

 

 ヘルガ・ハッフルパフもまた、マーリンの教えの中で「平等と勤勉」という価値観を体得したとされる。特に、出自や才能にかかわらずすべての者を受け入れる姿勢は、彼女が幼少期に孤児として育った環境と、マーリンのもとで学んだ「共生と包容」の精神が結びついた結果であろう。

 

 サラザールについては、次章で彼の著書から、その思想について詳しく触れるが、マーリンの思想に影響を受けたことは間違いないだろう。

 

 このように、マーリンの魔法塾は、単なる魔法の訓練所ではなく、魔法界における価値観や思想の礎を築く場であったことがうかがえる。創設者たちは、ここでの学びと交流を通して互いに切磋琢磨し、後のホグワーツ設立へと至る強固な絆と理念を育んでいったのである。

 




※4-「アイルランドのマグル史」著:アーサー・フランチェスコ他
※8-「新版:アーサー王伝説の真相に迫る!」著デビット・スミス他
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