Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか?   作:RH−

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 お初の方はお初です。
 アンチ追放物(大嘘)です。対戦よろしくお願いします。


第一章 ORSA
愉悦部もどきがパーティを追放された


 昼下がり、おおよそ二時半頃。どこにでもあるような宿屋の一室にて。

 

ルキフ(あの気狂い)を、追放したぁぁああああ!?」

 

 思わず飛び出た俺の叫び声が、大きく響き渡った。

 

「うっせーなぁ、場所を考えろよ」

「常識的な事言うならせめて常識的な事をしてくれない!? なんて事してくれてんの!?」

 

 うんざりしたような顔で耳を押さえているのは、実った麦を思わせる金髪をツーブロックに刈り上げた偉丈夫。

 つまりは、一応とはいえ俺も所属しているパーティのリーダー。

 

 あるいは──もっと分かりやすく言うのであれば、このペカートゥム王国で選定された勇者だ。

 そんな勇者に、呼び出されて開口一番に言われたのが最初の『ルキフを追放した』という報告なわけで。

 

 となれば、こうして取り乱して叫んでしまうのも────

 

 

「あ、ちなみに追放したのは4日前な」

 

 

 ……? ……。……ん? 今、え? は?

 

「はあぁぁぁぁああ!? お、おま、おまおまっ、お前ぇ! なんて事してくれてんだ!?」

「うるっせぇえええ! だから場所を考えろって!!」

「それ言うならお前はまず自分のやった事について考えろって!」

「いや、そんな『お前の罪を数えろ』みたいに言われても……オレそもそも勇者だし」

「いくら冗談でも『俺は勇者だから正しいことしかしてないよね?』って台詞が出てくるのヤバすぎるだろ。純粋悪の擬人化か?」

「うわぁ! いきなり落ち着くな!!」

 

 欠片も落ち着いてねーよ! 現実逃避だわ!

 

 

 

 

 

 茶番のような現実逃避を行いながら、おおよそ10分ほどが経過した頃。

 宿屋の主人が様子を見に来たり、同じ階に泊まっていたらしい冒険者が様子を見に来たり、あとなんか知らんおっさんが様子を見に来たりして、どうにかこうにか平静を取り戻せた頃。

 

 改めて、俺は勇者と向かい合うように話をしていた。

 ……ところであのおっさん誰だったの? “この世界には変革が必要だ!!”って叫びながら扉ブチ破ってきたけど。怖すぎんだろ。

 

「……で、ルキフが何なのかちゃんと分かってるんですか?」

 

 魔法で直した戸口の方を軽く見つつ、乱れていた口調も直して勇者へと質問をする。

 まあ、どちらかと言えば『分かってるんだよな?』という確認、詰問の色の方が強いのだが。

 

「オレのパーティの僧侶だろ? 正確には聖教会に所属してないモグリだけど」

「…………」

 

 訂正。もしかしたら分かっていなかったかもしれない。

 

「おぉう、んなキレんなって。ちゃんと分ぁーってるよ。アイツだろ? “歩く不幸の製造人”、“最低保証は村規模から”、“聖教会司教到達最速記録”、“聖教会追放最速記録(司教の部)”、“完走された感想は二度とそのツラ見せんじゃねえ”のルキフだろ?」

「……はぁ。やっぱり分かってて追放したんですか」

 

 いくつか知らない二つ名も混じっていたが、やはり勇者はルキフが誰なのか理解した上でパーティを追放したらしい。

 最悪すぎるだろ。

 

 いやてか途中からのふざけた二つ名なに?

 “最低保証は村規模から”は俺が影で呼んでたやつだけどそれ以降は知らないんだけど? 最悪すぎない???

 

「まぁ、多少は悪いとは思ってるがよ。つっても元を辿れば、アイツがオレのパーティに入ることになったのはあんたら中央政府のせいだろ?」

「……それは、まあ」

 

 痛い所を突かれたことで、少し顔をしかめながら言葉を濁す。

 いわゆる“それを言ったらおしまいだ”という事実なのだ、勇者の触れた部分は。

 

 

 ……ルキフ。

 さっきから俺と勇者の会話において中心にいる人物の名であり、そしてこのペカートゥム王国が始まって以来の大量殺人者の名だ。

 

 まあ、正確には“ルキフ”ってのは本名ではなく略称なのだが……一般に広まったのはその名だから、今はいいだろう。

 それに、アイツ自身も基本的にルキフとして名乗っているのだし。

 

 

 ともかく。

 そんなルキフが追放されただのなんだので俺が大騒ぎしているのには、ちゃんと理由がある。それもとびっきり重い理由が。

 

 さっきも言ったが、ルキフはこの国始まって以来の大量殺人者なのだ。

 広大な大陸で最古の歴史を誇るこのペカートゥム王国が始まって以来の、だ。この時点である程度察せられる部分があるだろう。

 

 単純に、ルキフは危険すぎるのだ。

 

 ああ……別に、いわゆる“シリアルキラー”みたいな文脈で危険って言うわけじゃない。むしろ、アイツが直接的に手を下すことの方が珍しいぐらいだし。

 じゃあどうやって人を殺しているのか、と質問が飛んできそうだが。実際のところ、その問いに答えるのは少し難しかったりする。

 

 理由は一言。多岐に渡り()()()のがアイツの手口だからだ。

 たとえば、巧みな人心掌握によって人同士の関係性に罅を入れ、最終的に大規模な殺し合いにまで発展する事件を起こさせる、だとか。

 あるいは、誰かの憎悪を煽ってテロのような事件を引き起こさせたりだとか。酷い時はスタンピード──つまりは、魔物の大軍による襲撃だ──を発生させ、都市を一夜にして滅ぼしたりもしていた。

 

 器用貧乏どころか器用万能にまで至っているのでは、と思ってしまうような能力をフル活用して、アイツは悲劇を引き起こす。

 いっそ狂気的なまでの執着は、どこか憐れに、そして何よりも唾棄すべき最低最悪な性質として映るだろう。

 

 まあ、つまるところはどうしようもない。

 

 事件を起こす動機が趣味嗜好、すなわち『人の不幸、悲劇を観測したい』『その最中における人間の感情の動きを眺めたい』という欲求を満足させるため、という点も含めて……本当に、どうしようもない。

 あるいは、救いようがない。

 

 たしか“愉悦部”だとか言うのだったか。ルキフは既に異端者として、そして破綻者として完成してしまっている。完成させられてしまっている。

 もはやどうする事もできないのだ。

 

 

 では、なぜハイレベルを超えてハイエンドな犯罪者であるルキフが、よりにもよって勇者パーティなんて王国でも最重要案件にあるモノに入っていたのか、という話だが。

 こっちに関しては、勇者の歴史なり目の前の男についてなりなんなりを紐解かなければならなかったりする。

 

「あん? なんだ、オレの顔に何か付いてるか?」

 

 目の前で首を傾げるこの金髪金眼の男は、何度も言っているが『勇者』である。

 では、勇者とは何なのか。

 

 勇気ある者? 子どものごっこ遊びにおける一番人気?

 たしかに、そういう答えもあるだろう。

 

 が、この場における答えとは全く別のものになる。

 すなわち、四大国と呼ばれる大陸で最大規模の国々から一人ずつ送り出されるされる英雄にして──世界を存続させるための人柱。

 

 それが、勇者の真実だ。

 ……っと、ああ、別に勇者が必ず命を落とす運命にあるワケではない。いや、人間である以上はいつか死ぬものではあるのだが。

 

 ここで言いたいのは『その旅路において』という枕詞を付けての話だ。

 

 

 まず、勇者の役割は『大陸中央の“中心の湖(concursus punctum)”内にある封印の神殿にまで向かい、魔王の封印を締め直す』という点にある。

 こう言葉にすれば簡単に思えてきそうだが、しかしまあそんな単純な話では無い。実際には、その旅路は苦難に満ちたものになる。

 

 そも、魔王は不老不死として設計されており、その上で封印が緩むだけで周囲に特製の魔物を生み出せるのだ。この“特製の”というのが厄介で、魔王の造る魔物は今大陸中に生息している奴らとは全くの別種になる。

 ある時を例に取れば、空を飛ぶサメだとか、タコと合体したサメだとか、地中を潜航するサメだとか、付近の浴室に限定して転移してくるサメだとか、挙句の果てには複数のサメが合体した多頭型フライングシャークだとか、そんな特異に過ぎる化け物を生み出すワケだ。

 なんでどいつもこいつもサメだったんだよ。

 

 まあ、魔王製の魔物はその特異性からとにかく分かりやすいので、すぐに一部の専門家──それこそ勇者だとか──に処理が投げられるのだが。

 

 生産者表示がしっかりしていて本当に助かるよ。

 ついでにそのままくたばっておいてくれ。

 

 さて、そんな50~100年周期で封印の緩む魔王を、えっちらおっちら“中心の湖”にまで出向いて再封印するのが計4人の勇者の役割なワケだが……じゃあ、そんな彼ら彼女らを選定してそれで国の仕事が終わるのかと言えば、当然ながらそんなわけはない。

 四大国それぞれで名称は異なるが、それぞれに勇者をサポートするための組織が国主導のもとで運営されている。

 

 で、俺もそんな役人の一人、ペカートゥム王国中央政府総合防衛課──通称『勇者課』に所属しているワケだ。まあ、通称の通り勇者に関する諸々を手広く扱う組織と思ってもらっていい。

 例えば勇者の選定もそうだし、“中心の湖”の監視なんかも俺たちの役割になっている。

 

 そんな悲しき宮仕えであるからこそ、課せられた『ルキフ・勇者両名の監視、および勇者の旅路の補助』という誰もやりたがらない案件も処理しなければならず、それが俺がこうして勇者パーティにいる理由でもある。

 ……さて、今、疑問に思った人もいるかもしれない。そう、監視対象には勇者も含まれていたのだ。

 

 では何故そんな事になっているのかと言えば──

 

「……さっき、『ルキフがパーティに加えられたのは中央政府のせい』って言いましたよね」

「おん? そうだけど」

 

 怪訝な表情で、勇者はそう返す。

 まあ、傍目から見ればキレ散らかしたかと思えば急に黙り込んで、その後に妙な確認をしてきたって感じだからな。その反応も宜なるかな、といったところだが……

 

「ならですねぇ……いい加減その『オレは史上最低レベルのクズ勇者です』って外面止めてくれませんか? 元を辿れば、貴方のその演技のせいでルキフの釈放が案に上がったんですよ?」

「おぉう、こりゃ手痛い反撃」

「いや、こっちは結構本気で言ってるんですけど……」

 

 今代のペカートゥム王国の勇者、つまりは目の前のこの男は、対外的には“クズ勇者”という一言で片付けられる評価になっている。

 というより、対外的どころか俺や国王陛下といった極々一部を除いた全ての人間がそう思っている。

 

 原因は単純明快、勇者本人がそう演じているから。

 つまりは、コイツは自身を知る人間の九割九分から『気に入らない事があればすぐさま暴力に訴えようとするし、気に入った女であれば誰であろうと手を出そうとするクズ』と扱われるよう振る舞っているのだ。

 

 実態がどうであるのかは、今の光景を見てもらえば分かると思う。

 普通に理性的な会話ができるし、俺が中央政府からの回し者だと初対面で見抜かれたからな。間違いなく相当な切れ者だ。

 

 まあ、正直に言えば俺に一般の魔法使いなんて演じられるわけも無かったし、見抜かれるのも時間の問題だろうと思っていたんだが。

 この勇者が相手だとは、前もって俺も知っていたのだし。

 

 さて、そんなM系勇者が目の前の男なんだが──

 

「おい、今とんでもなく失礼な事考えただろ。分かるぞ? オレをマゾヒストだって言ったろ?」

「いやちょっと何言ってるか分かんないですね」

「さすがにキョドリすぎだろ……もう少し平静を演じる努力とかしろよ」

「演じる努力はしましたよ?」

「おう“平静を”って修飾語聞えなかったか? 誰もキョドる努力をしろとは言ってねえんだよ」

 

 面倒な。

 それなら訂正して──

 

「ドM系勇者が目の前の男なんですが……」

「お前ついに口に出しやがったな!? せめてモノローグの中で収めようぜ!?」

「失礼。ついうっかり」

「野郎が舌出して『てへぺろ』ってやっても悍ましいだけなんだな。一つ勉強になったわ……」

 

 さて、茶番もこの辺りで本題に戻って。

 そんなクズを演じている勇者だが、実のところ、その行動自体は確かな信念に裏打ちされていたりする。

 

 ただまあここで問題だったのが、その演技が上手すぎたことだ。

 勿体ぶらずに言えば、政府上層部が『これ勇者課の職員以外にも補助要員就けた方がよくない?』と思ってしまったのだ。

 

 で、そこで白羽の矢が立ったのが、捕まってからもその能力の高さに目の眩んだ上層部に生かされていたルキフだったわけで……

 あの半月程は恐ろしいほどに権謀術数が錯綜していたな。思い出したくもない。

 

 当然ながら俺は可能な限りの手を尽くしたし、国王陛下や政府上層部の連中、さらにはルキフ本人も牢の中からいくつか手を打っていたようだからな。

 最終的には嗅ぎ付けてきた貴族たちまで首を突っ込んできて、下手すれば国が割れかねないほどの混沌具合だった。本当に危なかった。

 

 とはいえ、最終的な結果が『ルキフの勇者パーティ同行』なのだから、勇者には申し訳ないが苦労してもらおうと思っていたのだが……さすがにこれは想定外だ。

 まさかこんな盤自体をひっくり返すような暴挙に出られるなんて思ってもいなかったから、この先に組んでいた計画は全部おじゃんだ。

 

 いや、それ以前に国が傾くかもしれない。

 “最低保証は村規模から”の二つ名は伊達ではないのだ。実際、スタンピードを起こされた時など、数千人が住んでいた中規模の都市が一夜で滅んだぐらいだからな。

 

 

 てかそもそも人力でスタンピードって起こせるもんなの? アイツ何やったの???

 俺でもそんなのできない──

 

 ……ん? いや、ちょっと待ってくれ。もしかして……できそう? あ、できそう。なるほど。どうしよう、多分だけど頑張ればできるな。

 

 そ、それでも“できる”と“やる”の間には天と地ほどの差がある。やっぱり結論はアイツが最悪だって事だな。うん、間違いない。

 

 

 

「まあ、多少は悪いとは思ってるんだぜ? これでも」

「……なんですか、藪から棒に。というかそれならもう少し悪びれたりできないんですか?」

「いや、“多少は”だし間違ったことはしてないと思ってるからな。そもそもアイツをあのまま同行させてたら最悪なタイミングで裏切られてたろ」

「それは……まぁ」

 

 回想に無理やり結論を付けていると、不意に勇者から的を射たことを言われる。

 

「いや、それを防ぐためにお前さんが中央政府から寄越されてるのは分かるがな? それでも5割ぐらいの確率で最悪なパターンを引くと思うんだわ」

「……それでも、せめて事前に相談ぐらいしてほしかったですが」

「いや、むしろダメだろ。だってお前さん、絶対に許可しないじゃん」

「…………どこまでを理解した上での、言葉ですか?」

「全部だ──って言えりゃあ格好も付くんだがな。6割ぐらいってとこかねぇ、お前さんの思考だけはどうも読み切れなかった。ま、それでも十分だ。だろ? 中央政府総合防衛課()()、セィトゥンさんよ」

 

 ブラフでもなんでもなく、確信を持っていると理解できるだけの断言。

 韜晦してみせたところで無駄だろうと判断すると、俺は顔をしかめて溜息を吐き出した。

 

「まあ、許可しないのは当然ですが。何なら全力で引き留めますし。そもそも、もう二度とあんなのは御免ですから」

「さすがの課長サマでも野に放たれたルキフを捕まえるのは骨が折れるんだな。ならなんでアイツをコッチに寄越したんだって話だが……ま、もう一回頑張ってくれや。オレの手番はもう終わったからな」

 

 再度、深く溜息を吐く。

 どうやら、思っていた以上に勇者は事情通であったらしい。

 

 

 ……勇者が口にしたように、かつてのルキフの捕縛は俺の功績だ。

 国内全域で指名手配を行い、選択肢を奪い、誘導し、その上で最良のタイミングでアイツを捕まえた。それでも、全てを終えるまでに2年近くかかってしまったのだが。

 

 とはいえ、そうまでしてでもアイツを捕らえなければならない理由が俺にはあったから……仕方が無い、という話なのだろう。

 まあ、理由ではなく“因縁”と形容する方が正しいかもしれないが。

 

 ああ、別に俺や身内がルキフの起こした事件の被害者だってわけではない。実態としては真逆だし

 

 ただ……ぶっちゃけてしまえば、俺はルキフと同郷なのだ。

 だからルキフがどうしてああなったのかも理解しているし、ある種の納得もしている。生まれつきの破綻者ではなかったのだ、アイツも。もちろん、そうなる片鱗があったのは間違いないんだが。

 

 しかし、俺ならばどうにかできたというのも間違いのない事実だ。ルキフがああ成り果てた責任の半分は俺にあると言っていいだろう。

 

「あー、そういやお前さん、ルキフと同郷なんだったっけ? さすがに言いすぎたか、悪かった」

「いえ……まあ、そうですね。俺の故郷は、田舎の小さな寒村だったんです。学校もなかったんですが、あの頃はかわりに村に定住していた僧侶が、読み書きとかを子どもに教えてましてね……アイツが聖教会に入って僧侶になったのも、もしかすればその人の影響があったのかとも思ってたんです」

「セィトゥン……」

「いえ、失礼しました。こんなこと言われても反応に困るだけですよね。それに、今はそれどころではありませんから」

 

 そう。今は、余計な感傷に足を取られている暇はない。何はともあれ、まずはルキフを捕らえ直さなければどうにもならないのだから。

 無理矢理に諸々を切り上げると、俺は脳内に大陸の地図を描いた。

 

 

 テラリウムと名付けられたこの円形の大陸には、いくつかの特徴がある。

 まずそもそもの『形が正円である』という点もそうだが……例えば大陸中央に“中心の湖”、あるいは“concursus punctum”と名付けられた広大な湖があることや、東西南北にそれぞれ一つずつ大国が存在する事など。

 

 言ってしまえば、()()()()()()デザインされた点がいくつかあるのだ。

 

 そして、その関係上、アイツが国外に逃亡することは難しい……はず。

 まず、四大国同士の間にはかなりの距離がある。最上位の魔法使いだけが習得できる転移魔法のようなズルが無ければ、どれだけ速い馬を使っても半月は時間がかかるのだ。

 

 その上で、アイツの嗜好を考えれば……周囲の小国に移動するよりかは、この国に居残る方が可能性は高い。前もそうだったし。

 なにせ、このペカートゥム王国は歴史の長さ故か、相応に国土も膨れ上がっているのだ。発見されやすく人の数も少ない小国よりかは、王国内を逃亡する方があり得るだろう。

 

 それに、なんだかんだ密航には手間がかかる。

 随分昔だが、俺もよくやったから知っている。定石となっているルートは闇組織やブローカーが取り仕切っているし、そうでないルートはそこそこ派手に暴れる事になったりするのだ。

 

 まったく、何度そのせいで国境警備隊を半壊させる事になったか。大半は俺じゃなくて一緒に旅してたアイツらのせいなんだが。

 

 さて。となると、アイツの行き得る範囲は国内に絞られる。

 その上で、勇者が中心の湖へと向かう事と、この街との位置関係を勘案すれば…………

 

「あ」

 

 ダラリと、再度冷や汗が背中を流れ落ちる。

 気付いてしまった嫌すぎる事実から目を逸らそうと顔を上げると、そこには──

 

「てへぺろ」

 

 ふざけた表情で舌を出す勇者の顔があった。

 

「野郎が舌出して『てへぺろ』ってやっても悍ましいだけなんですね。一つ勉強になりました」

「おうオレの台詞を諳んじるな。普通に恥ずかしくなるから」

「だったらそのキショすぎる誤魔化しを止めてください。爆破しますよ?」

 

 勇者は、最初に『ルキフを追放したのは4日前だ』と言った。

 そして、この街からは4日前に王国各地へと散らばる大規模な行商隊が出発していた。

 

 その上でこの反応という事は……

 

「やってくれましたね」

「いんや、オレは何も言ってないぜ? 偶然日付が重なってただけで、ルキフがこの街をどうやって出て行くかはアイツ次第だったからな」

「はぁ、もういいです。そういう事で」

 

 行商人は、常に魔物の脅威に晒されている。

 そもそも全ての魔物は街道や大都市などの人の集まる場所を優先して狙うように設計されているのだから、当然の話だ。となれば、護衛を申し出れば同行することは難しくない。

 

 ちなみに余談ではあるが、魔物は農地などの人類にとっての致命打となる場所には逆に手を出さないよう本能に刻み込まれている。

 嫌がらせ特化みたいな生態だ。設計者は早くくたばってほしい。

 

「出てくのか?」

「それはどっちの意味ですか? 部屋? それともパーティ?」

「どっちもだ」

「なら答えも“どっちも”です。まだギリギリ足取りを辿れる内に捕らえないと、今度こそ国が崩壊する危険性がありますから」

「……そうかい。んじゃな、セィトゥン。二ヶ月ほどとはいえ、それなりに楽しかったぜ」

「最後のコレがなかったら私もそう返しましたよ、まったく」

 

 ひらひらと手を振る勇者に、同じように手を振って返して。

 後ろ手に扉を閉めて、窓ガラスに映りこんだ自身の顔を見る。

 

 少しだけ外にはねるような黒髪に、縁なしの丸眼鏡。その奥には横一文字に閉じられた糸目が。

 

「……まあ、仕方ありません。ルキフには、勇者と共に中心の湖にまで向かってもらわなければならないんですから。絶対に、何があろうと」

 

 僅かに開かれた瞳に漂うのは、ゆらりとした妖しい光で──

 

 

『セ、セィトゥン課長! ルキフが野に放たれたって本当ですか!? 今貴族側から目撃情報が──』

『セィトゥンさん! 聖教会から連絡が──』

『ボス、上の連中がめちゃくちゃ焦っててウケるんですけど。あ、ちなみに呼び出しが──』

『セィトゥン課長!! 北東部のオルサ地方を中心に、各地で魔物の活動が活発化してると──』

「…………」

 

 頭蓋の中を圧迫するかのように、複数の部下から伝令魔法が届いた。

 再度、窓ガラスを見つめる。

 

 少しだけ外にはねたような黒髪に、縁なしの丸眼鏡。

 その奥の瞳は、ニッコリと閉じられた口と同様に弧を描いていた。いわゆるアルカイックスマイルだ。

 

 少しだけ窓の外を見上げるようにして、スゥと息を吸い込む。

 

 

 

「あああぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 恥も外聞もなく叫んだ俺の声は、響くだけ響いて消えていった。

 クソが!!

 

 

 

 

 




Tips.タイトルにもある通り、ルキフは愉悦部『もどき』である
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