Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか?   作:RH−

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解放と自由は、等価でも等値でもない

 時はセィトゥンが勇者より事態をcoされるよりもしばらく遡り、4日前。

 寂れているわけではないが、特段栄えているわけでもない。そんなよくある街の、これまたよくある雰囲気の宿屋の一室にて、向かい合って会話する二人の男がいた。

 

 勿体ぶらずに言えば、街は勇者パーティが滞在中の街であり、そして二人とは勇者とルキフの二人である。

 

「ルキフ。お前、追放な」

「……はい? はい、はい? ん? はい?」

「あん? 理解できなかった? お前、オレのパーティ、追放。オーケー?」

 

 実った麦を思わせる金髪をツーブロックに刈り上げた、人相の悪い男。つまりは勇者が、部屋へと呼び出したもう一人へと話しかける。

 文脈もへったくれもない内容で口火を切られたからか、その“もう一人”は珍しく戸惑っているようだ。

 

「…………」

 

 ミディアムウルフに整えられたやや赤みがかった黒髪に、光を反射する様が深緋にも見える金眼。歳は30辺りだろうか。しかしまだまだ若々しく見える。

 身に纏っているのは、黒を基調とした衣服。だというのにそれがどこか司祭のような雰囲気を纏っているのは、首元で光を反射するロザリオのせいか、はたまた彼が自身を僧侶だと言っているからか。

 

 陰気なようで友好的。信心深いようで合理的。

 相反する雰囲気を漂わせながら、もう一人は──つまりはルキフは、しばしの沈黙を挟んで。

 

 改めて、問いを口にした。

 

「……理由を聞いても?」

「あん? 気に食わねーからだよ。オレのパーティにオレと同じぐらい強い奴がいたら困るんだわ。目障りだ」

 

 ぞんざいな口調。あるいは、横柄な口調。

 相手を気遣う素振りも見せずに、言い換えれば“クズ勇者”としての仮面を付けたまま勇者はそう返した。

 

 が、相手はあのルキフ。この程度で動じる程ナイーブな精神性はしていない。

 

「ふむ。たしかに私の方があらゆる能力で君に勝っているのは事実です。しかしまあ、本気を出しもしていない人にそれを言われるのは……いささか反応に困りますね」

「…………」

 

 沈黙。

 はじめは『おうオレは同じぐらいつったよな、ケンカ売ってんのか』などとツッコもうとしていた勇者が続けられた言葉に口を閉ざした事で、室内が静寂に満たされる。

 

 もはや聞えてくるのは、互いの息遣いと僅かに軋むイスの音、それに窓の外を通り過ぎる風の音ぐらいで────

 

 

『みなさーん! 間もなくマンドレイクの演奏会、開始しまーす!!』

『アアアァァァアアアア!!!!』

 

 

 窓の外から、とんでもない発言が聞こえてきた。

 

「…………」

「…………」

 

 思わず顔を見合わせ、窓と互いとを交互に指差す成人男性二人組。

 室内の空気が一気に弛緩した。

 

「今のなに???」

「いえ、私も……この街大丈夫なんですか?」

「……いや、うん。分からん。普通の街のはずなんだが。てか最後の叫び声はマンドラゴラだったよな」

 

 再度顔を見合わせ、ルキフと勇者は口を噤んだ。

 先とはまた別種の沈黙が、室内に帳を下ろす。幸いなことに、叫び声が再び聞こえてくることは無かった。

 

 まあ、逆に静まり返っている方が不穏ではあるのだが。

 

 閑話休題(本当に幸いですか?)

 

 

 

「……話を戻しましょうか。それで、私を追放する理由は何なんです?」

「だから目障りだからって…………いや、ま、お前さんはごまかしきれんか」

 

 ストン、と。

 眉間や額に入っていた皺が薄れ、その顔から険しい色が抜ける。

 

 これまでの二ヶ月間、ルキフ相手にはずっと付けていた『クズ勇者』の仮面をはがしたのだ。

 

「まあ、端的に言やぁ、お前さんはオレの手に余るんだわ。だってお前、あの『歩く不幸の製造人』だろ」

「……おや。正直、私の名など既に薄れているかと思っていましたが」

「だろうな。5年もあれば、この世界じゃ大抵は過去の事になっちまう。溢れかえる魔物のせいで、あるいは組織化した犯罪者共のせいで、あるいはカルトの狂信者共のせいで……明日の陽を拝めるかも怪しい奴が大量にいるんだ。何か悲劇に見舞われたとしても、過去にずっと拘泥してはいられない」

 

 “ま、だからって偽名も使わずにルキフって名乗られたときは頬が引きつりそうになったがな”と続けて、勇者は肩をすくめる。

 重さからは遠い、軽い調子。軽い調子だ。

 

 しかしその姿から『もう取り戻す事のできない何か』を想うような、偲ぶような色が出ているのは、いかなる理由からか。

 笑うでも沈み込むでもなく静かに目を細める顔は、曖昧で不思議な色だ。

 

「それで、なるほど。私のような、信用できないのに能力だけは人一倍優秀な存在を近くに置くのが怖くなったと」

「しれっと挟むには自画自賛の主張が強いな……嫌味にしてももう少し何かあるだろ。んで、お前さんが信用できないって言ったか? 珍しく浅いなぁ、別にオレはお前さんを信用してないワケじゃないぜ?」

「……?」

「お前さん、今のところはかもしれないが……別に勇者の旅路がどうなろうと興味ないだろ。で、恐らくだが、こうして娑婆の空気を吸えてるって事は国からオレをサポートしろって命令が下ってるはずだ。だから手を抜きながらもオレらのアシストはしてた、だろ?」

 

 形だけを整えた、最早断言レベルの質問。

 思っていたより数段奥まで分析されていた事へ少しだけ瞠目しそうになりながらも、ルキフは曖昧に微笑むことで答えとした。

 

「となると、お前さんにとってこの旅路がどうでもいい物である限り、ルキフって僧侶もどきは心強い味方だってわけだ」

「ふむ、なるほど? 面白い考察だが……しかし、そうなるとむしろ私という駒を捨てる意味が消えるのではないかね?」

 

 少しだけ、ルキフの言葉遣いが固くなる。

 しかし、それは拒絶や倦厭を、ましてや敵意の表れを意味するわけではなく。むしろその真逆、無関心さが薄れたからこその変化であった。

 

 そんな、どこか試すような色の乗った問いかけを受けて。

 勇者は、けれども躊躇わずに返した。

 

 

「真逆だ。だからこそ、今の内にお前さんは手放しとかないとマズい」

 

 

 そこで言葉を切ると、改めて勇者はルキフと目を合わせた。

 ツーブロックの髪よりもさらに鮮やかな、竜の瞳を思わせる金の眼。不純物の混ざっていない透き通った純色が、射貫くような鋭さで覗いている。

 

「オレが思うに、お前さんは他人の不幸を求めてるフシがある。正確にはもう少し違う気もするが……問題は、その嗜好の矛先がオレ個人に向けられた時だ。端的に言えば、お前さん、裏切るとしたら魔王の再封印とか本気の最悪なタイミングで裏切るだろ」

 

 正の方向性ではない、圧倒的な負の信頼。

 今度は、質問の形すら取っていない断定であった。

 

 スッと、ルキフの目が細められる。ニタリと上がった口角は、瞳とはまた違う弧を描いて。

 珍しい昆虫を見つけた幼子のように、その顔に笑みが浮かび上がる。

 

「──面白い。サィアトヴァン。勇者サィアトヴァン。君は、たった今行ったことの意味を理解しているのかね?」

「おう。墓穴を掘る可能性についてはとっくのとうに想定してる。その上で、全部言うのが最適解だとオレは判断した」

 

 今度こそ、正面から互いの眼が合わせられる。

 片方は、グラスに注がれたワインよりも毒々しく光を反射する深緋を帯びた金の瞳を、愉しげに細めて。もう片方は、幻想の中にしかない月を思わせる透き通った金の瞳を、少しだけ忌々しいように細めて。

 

 似ているようで異なる二つの色が、強く衝突する。

 

「今、私は君に酷く興味を惹かれている。これまでも多少は()()()物があったが、今は別格だ。こうなった私が追放を言い渡されて、そう簡単に引き下がると?」

「いんや、お前さんは引き下がる。むしろこうなったからこそ絶対にな」

「ほう? その心は?」

「おいおい、分かり切った事を聞くなよ。もしここで付いてくるって言うなら、オレは全力を出してでもお前さんと戦うぜ? そうなりゃ勇者課の連中も出張って来るだろう。さすがのお前でも、そいつは骨が折れるはずだ」

「なるほど、素晴らしい。よく私を理解している……しかし、それでは結局再封印を私に妨害されるリスクは残るのではないかね?」

 

 どことなく頬を綻ばせているようにも映るルキフの問いに、『キッショ』と呟きながら勇者は返す。

 

「そこは若干の博打だな。つっても、ずっと懐に潜られてる方が邪魔だからな。こっちの方が勝算が高い」

「私に奇襲をしかけられたとして、それでも勝てる策があると?」

「言うわきゃねーだろバーカ……って言ってやりてえが。ま、これでもオレは勘は鋭い方なんだ。()()()、な」

 

 含みを持たせながら、今度は勇者がニヤリと口角を上げる。

 自信ありげな様子は、真実ルキフが思い至らない伏せ札を彼が有していることを示していた。

 

 

「ま、ついで……というかせめてもの詫びだ。何か他に聞きたいことはあるか?」

「ふむ……では、まずは一つ。これはただの興味ですが、君は私を野に放っても問題ないと考えているのですか?」

「野に放ってって……自分で言うのか」

 

 両者の間で、何かしらの決着があったのか。張り詰めつつあった室内の空気が、再び弛緩した。

 不思議と、窓の外の雑踏や鳥のさえずりが活発化したようだ。

 

「んまあ、そうだな。お前の善性を信じるって言ったら、笑うか?」

「ええ、腹の底から。実に嗤えないジョークですね」

「おおう、酷評」

 

 顔をしかめる様子は、嫌いな野菜を前にした子どものようにも。いっそのこと純粋とまで呼べる雰囲気で、ルキフは吐き捨てた。

 対する勇者の側は、大して気にした様子もなく笑っている。

 

「つっても、さっきのは本音なんだがな」

「……どうやら、昨日の戦闘は思っていたよりも激しかったようで。今からでも『治癒』を使いましょうか? 頭に」

「おう誰が激しい戦闘で頭おかしくなっただ、しばくぞ」

 

 一瞬で逆転してしまった。

 今度は青筋を浮かべてキレる勇者を愉しそうにルキフが眺めている。互いに取り繕うことを止めたからか、実に気安い様子だ。

 

 もっとも、室内の空気はもう一歩進めば殴り合いに発展する様子なのだが。

 なんとも蛮族的な気安さだ。

 

「例えば……二つ前の街で、迷子の子どもがいた時だ。お前さんは数分間はニタニタしながらその子が泣く様を眺めてたが、最終的には親を探すのを手伝ってやってた。だろ?」

「飽きただけですが。というか何でそんなところ見てるんですか、ストーカーですか?」

「だとしても、そのまま放置して立ち去ることもできただろ? あと、オレに野郎の尻を追いかける趣味はねえよ」

「……それこそ詭弁でしょう。ただの気まぐれから私を読み取れるだなどと、思い上がりにも甚だしい。それと、犯罪者ほど自分の事をそうではないと言うそうですよ?」

「逆だ逆。そういう無意識的な行動にこそ個人の本質は表出する。ってかストーカーじゃねえつってんだろしばくぞお前! おいそこで一歩下がるんじゃねえよ!! あとその表情やめろ!」

 

 うまく汚らわしい害虫を前にした時の表情を取り繕いながら、ルキフは内心の苦々しさを嚥下していた。

 事実として、勇者の指摘した部分は正鵠を射ているのだ。

 

 満足したならば立ち去ればいい。

 わざわざ手を貸して介入する意味などどこにもない。

 

 まさしく、道理である。

 むしろ、ここで放置する方が『子が見つからない親』という別の悲劇を観測することもできたはずなのだ。あるいは、子どもの方の不幸が更に成長する可能性もあったはず。

 

 だというのに手を差し伸べたのは、なるほど矛盾している。まるで善性が備わっているようだ。

 

(私に、善性が? 馬鹿馬鹿しい)

 

 自分でも気付いていなかった部分から切り込まれたからだろうか。ルキフの平静が、少しだけ崩れる。

 その奥側に覗くのは、赤い色。その瞳が光を反射する様よりもなお紅く、そして何よりも熱を帯びたモノ。

 

(どんな形であれ、他者の不幸を望んだ時点で私に幸福を願う資格などない。そのはずだ。否、そうでなくては)

 

 軸が……あるいは芯がブレていることに、ギッと奥歯が噛み締められる。

 けれども表情に出る事のないソレは、そのままその矛先が彼自身の内側に向けられていることを示していた。

 

「──ッ!?」

 

 ズキン、と、前兆なく。あるいはその怒りこそがきっかけであったかのように、その頭に痛みが走り。

 ルキフが、咄嗟に頭を押さえる。

 

 浮かび上がるは、紛れもない戸惑いの表情。

 

「あん? ルキフ、どうした?」

「……いえ、なんでもありません。もしかしたら、過度なストレスによる反応かもしれませんが」

「おう、このタイミングでそれ言われたら『オレがストーカーだったことにお前がショック受けてる』って文脈が成立するんだわ。勘弁してくれ」

 

 ふざけた調子を維持して、口角を上げて笑顔を貼り付け直す。ルキフにとっては慣れた物であるそれは、よっぽど聡い者でなければ違和感すら抱けないほどに自然だ。

 だが、この場にいるもう一人は、僅かなヒントから彼の本質を察した傑物。その程度では、取り繕えはしない。

 

「ま、あれだな。お前さんが何を悩んでるのかは知らんが、人間ってのはそう矛盾せずに生きていられるほど容易い生き物じゃねえぞ? 善行をする悪人もいれば、悪行に染まる善人もいる。それが道理だ」

「……そう、かもしれませんね」

 

 言葉は静かに、水面へと波紋を広げるように。

 投げ込まれた響きは、ルキフにとってどんな意味を持ったのか。曖昧な返事からは、読み取れそうにはない。

 

 とはいえ発言者である勇者はそれを気にした様子もなく、肩をすくめて話を進めた。

 

「それと、合理的に考えてもお前さんはここで追放するべきだからな。リスクはあるが、割り切らなくっちゃあならないものだ」

「……その心は?」

「単純だ。お前さんがまた事件を起こすよりも、魔王の再封印をしくじる方が被害が大きくなる。矛盾してるかもしれねーが、まあ、オレはあくまでも凡人だからな。全部に手を伸ばすことはできねーんだ」

 

 言い切って、曖昧に笑う勇者。

 沈み込むようにも、振り切るようにも映るその色は、どこまでも不思議な印象だ。

 

「……どうして、そこまで考えられて。そこまでの能力が、あって」

「愚者を演じているのか、か?」

 

 絞り出すように、それでいて漏れ出たように呟かれた質問は、けれども途中から続く言葉を奪われて。

 逆質問となって返ってきた問いに、ルキフは静かに首肯した。

 

「…………」

「…………」

 

 やはり、勇者と呼ばれる男の表情は曖昧なままに。

 優れた観察眼を持つルキフであっても読み取れない静かな色は、何がその奥にあるのかも、何を想っているのかも判然としない。

 

 言葉にするのであれば、どうしても“曖昧”と呼ぶしかないのだろう。

 

 両者ともに口を閉ざしたが故の沈黙は、妙な生温さで部屋を満たした。

 今だけは、どうしてか無音以外の何も室内にはない。針を巡らせる時計からも、窓の外からも。一切の音が欠落した静寂は、まるで時間を引き延ばすみたくじっとりと。

 

 差し込む陽の光も、室内の景色もそのままで、だからこそ歪になった空気が続いて。

 

 数秒か、十数秒か、はたまた数十秒か。

 どれだけの時が経ったのか曖昧なままに、やがて勇者は口を開いた。

 

「……ルキフ。この世界には、悲劇が溢れ返っている。そうは思わないか?」

 

 重い、声だった。

 はたして、その問いには何が伸し掛かっているのか。何が引きずり込もうとしているのか。理解できないままに、問われた青年は質問に対して思考を巡らせた。

 

「それは、つまり……」

「あー、これはそのままの意味だ。特殊な意図があるわけでも、含む物があるワケでもない。……いや、含む物はあるか」

 

 さすがに調子を崩し過ぎたと思ったのだろうか。

 ガシガシと頭をかいて、勇者は常の雰囲気を戻しながら続けた。

 

「まあ、お前さんがどう思うかはこの際どうでもいい。オレは、この世界には悲劇が多すぎると思ってるんだ」

「……」

「魔物が目立っているせいで分かりにくいが、それ以外にも大量だ。野盗に犯罪組織、イかれた狂信者の集まり、そんでエトセトラ。エトセトラにエトセトラだ。貴族はもちろん、政府や聖教会にも一部腐ってる連中はいる」

 

 侮蔑を隠しもせずに吐き捨てる様は、さっきまでよりも遥かに分かりやすい。

 

「理解はできますが……それは、私への当てつけですか?」

()()

「──っ!」

「あん? なんだ、お前さん、オレがその度し難い思考と嗜好に何も思ってないとでも考えてたのか? そりゃさすがに買い被りすぎだぜ」

 

 金の瞳には、やはり分かりやすいまでの色が。

 燃え上がる炎のように、あるいは煮えたぎるマグマのように。

 

 

「オレは凡人だからな。必要な場面で割り切りはするが、何もかもを赦して愛するだなんて芸当はできねーよ」

 

 

 毅然とした音色は、奥側にある意志の固さを示すみたく響く。

 どこまでも固く、強く、そして重く。

 

 揺らぐ炎のような熱と、研ぎ澄まされた刃のような鋭さを乗せて、金の瞳はルキフを射抜いた。

 

「……」

 

 数秒ほど、二種類の金の瞳が視線をぶつかり合わせる。

 先に相好を崩したのは、意外にもしかけた側である勇者であった。

 

「ま、つってもその一面だけでお前を判断するつもりはない。さっきも言ったが……オレはお前さんの中にも善性があるって信じてる。少なくとも、まだ救いようがある部類だとオレは判断した」

「……随分と、奇特な方だ」

 

 “だろうな”、と肩をすくめて笑ってみせると、勇者は話を戻した。

 

「んでまあ、この世界には悲劇が溢れてるんだ。それこそ、誰かがそういったモノを見たいから仕組んでるって言われても納得できるぐらいにな」

「ええ、それについては同意しましょう。私があそこまで好きにできるぐらいには、種火となる不幸でこの世界は満たされている」

「で、こっからが本題だが。そういう腐り切った連中を潰すのに一番都合の良い存在って、何だと思う?」

「……ああ、なるほど」

 

 これまでの文脈と質問の文面、そして発言者である勇者の振る舞いを考えれば、答えは容易く導き出せるものになる。

 

「つまり、莫大な力を持ちながらも知性の低い言動をしている人間、ですか」

「そーいうこった」

 

 分かってみれば、随分と単純なものだ。そうルキフは内心で評する。

 

 なるほど、多少頭を使うだけの知能があれば、犯罪者たちが手を出す相手とは自然と馬鹿に限られてくる。カモにしようとした相手が逆に全てを毟り取っていくワシだったなんて、笑い話にもならないからだ。

 さらに言えば、ある程度の権力──それこそ、勇者としての立場など──があれば、手を組む商売相手としても声がかかるだろう。

 

 そして最後に、馬鹿であればあるほど軽率に力を振るった時に疑われない。その結果滅びたのが偶然たまたま100%犯罪者組織だったとしても、下される評価は『あー、下手こいて馬鹿を怒らせたんだな』といった軽いものになる。

 

(……いや、事実はその逆。軽く評価されるよう演じているのか)

 

 まるでパズルのピースみたいだと、ルキフは思う。

 たとえ制限していようと並大抵の人間では太刀打ちできない暴力に、世界を維持するために不可欠であるという絶対的な権力、そして国がバックにあるのも相まっての財力に、エトセトラ。『勇者』として持ったいくつもの力が、勇者のやりたい事と綺麗に噛みあっているのだ。

 

「連中を潰すためなら何でもやるさ。プライドなんぞ犬にでも喰わせておけ」

「その果てで泥水を啜ることになろうと? 孤独の中で人類の悪性を見つめる事になろうと? ──後ろ指を指され、石を投げつけられる事になろうと?」

「当然だ。それがオレの選んだ道だからな。そこに付随する全ては、その総てがオレの物だ。誰であろうと、それを奪わせはしない」

 

 窓から、横合いに光が差し込む。

 さっきまで曇っていたわけでもないはずだというのに、その輝きは増しているようにルキフには感じられた。

 

「──ああ、惜しい。君に不幸を齎せないのが、苦難においてその煌めきがどう変わるのかを今すぐに見ることができないのが。実に、何よりも惜しい」

「一昨日来やがれ」

 

 ビキバキに青筋を浮かべながら中指を立てる勇者に、かつてないほどに満面の笑みを浮かべると、ルキフは席を立った。

 もう、話す事は無くなったからだ。

 

 あるいは──これ以上ここに居ては、衝動を抑えきれそうになかったから、かもしれないが。

 

 久々に好い物が見れたと頬を緩めながら、黒ずくめの青年は踵を返して、そして。

 “ああ、それと”、なんて思い出したような声が背後から響いた。

 

 

「オレが愚者を演じるのは、どうやらそれを望んでる存在がいるらしいから……って言ったら、どうする?」

 

 

 振り返った先には、弧を描く金の瞳が二つ。

 差し込む陽光に紛れるようにしながらも、その色は確かに輝いていた。

 

 ふと、ルキフの脳裏に少し前の言葉が蘇る。

 

 

 ────これでもオレは勘は鋭い方なんだ。()()()、な。

 

 

「……」

 

 見つめる両目は、やはり弧を描いていた。

 まるで、客席から劇の登場人物を眺めるように。

 

「……心に留めておきましょう」

「おう、いいんじゃねえの。んじゃな」

 

 ヒラヒラと手を振る勇者に再び背を向け、ルキフは戸をくぐり抜けて部屋を出ていくのだった。

 

 

「あ、そうだ。勇者は宿に女を連れ込んでも魔法で記憶を改竄するだけで手を出すことができないヘタレ童貞だって言いふらしておいていいですか?」

「おおいお前それはシャレになんねえから止めろよ!?」

「ハハハ」

 

 

 




Tips.勇者は政府という組織についてはほとんど信用していない
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