Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか? 作:RH−
ザワザワと、風に揺られる木々の音が反響する。
日付を跨ごうかという時間故か、はたまた洞窟という暗がり故か。酷く不吉に思えるその音は響き──そして。
「ひぃっ!」
「なんなんだよ、この化け物は!」
「助けてくれぇっ!!」
音、あるいは声は複数。
高さも深さも、性別以外の何もかもが交々なソレは、しかし等しく恐怖を孕んでいた。それも特級の、命の危機に対する恐怖である。
日常生活において縁の無いはずのそれは、略奪などを生業としている彼らであるが故の危機察知なのかもしれないが。
しかしまあ……事実として目の前で仲間が殺されたのならば、誰でも察することができるというものだろう。
「くっ、すまねえ! 《
「いいっ──」
ゴウ、と、風の物ではない音が鳴り、にわかに周囲が明るくなる。十数分ぶりであるはずなのに随分と温かく感じる火の明かり。
照らされたのは、通路のように伸びる洞窟の岩肌と、夜闇が溶けだしたかのような黒の衣服を纏う誰かの姿。
球形を取った炎が、謝罪を口にした男の伸ばした手の先から撃ち放たれる。仲間を巻き込んででも、という覚悟の上での一撃だ。
が、しかし。
「《
標的となった男は無傷。
どころか、余裕を窺わせるようにんまりと口を歪めて歩を進める。火球は、その進みを僅かにも遅らせることすらできなかった。
「はっ、後ろががら空──」
「ええ、まったくもってその通り」
「──ぁえ?」
先の魔法が防がれたことで、結果的に無事となった別の男。
野生の本能か、はたまた火事場の馬鹿力というものか。腰を抜かして這いつくばっていたのが嘘であるかのように彼は剣を取り、襲撃者の背中を攻撃しようとする。
攻撃しようとして、しかしその
なんという事はない。背後を取った男に対し、襲撃者たる男が更に背後を取り返して首を殴った、それだけだ。
ただそれだけで、頚椎を圧し折られた男はその命を手放す事となった。
「ほら、まだ終わりではないでしょう。抗いなさい。その命がある限り、続く限りに抗うのです。武術で、暴力で、魔法で、知略で。さあ、さあ!」
肉体ではなく精神を嬲るように、襲撃者は吼える。吼え立てる。
この悲劇に、この絶望にどうすると。膝を屈して顔を歪めるか、命脈尽きるまで歯を食いしばって抗うか。選べと。そしてその顔を見せてみせろと。
「ひぃぃいっ!!」
あるいはその攻撃自体には嬲る意志がなく、確実に一撃で絶命せしめている事は幸いであったのかもしれないが──男の姿は、声を投げられた者たちにとっては恐怖そのものに他ならない。
故に起きるのは恐慌。洞窟の奥へと逃げようと走る者、狂乱状態で襲撃者へと武器を振る者、笑いながら膝を突く者、そして媚びへつらう視線を向けて命乞いする者。
まさしく、阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
が、それが男のお眼鏡にかなうかと言えば別の話であり。
「……つまらない。《
計7回の風切り音が鳴り、それを最後に静寂が戻る。
それも当然。なにせ、声を上げるための首から上が、軒並みすっぱりと刎ねられているのだ。どう足掻いても騒ぎようは無い。
「もう少し正気のまま抗うなり……せめて絶望するにしてももっと鮮やかな反応をしてほしいのですがね。まるでそそらない」
心底つまらなさそうに吐き捨てる男──ルキフ。
カツカツと足音を響かせながら進む姿からはこれでもかと落胆の色が滲み出ており、彼の内心を如実に表している。
恐怖に身を震えさせる姿、絶望に涙を溢れさせる姿、仲間を見捨てて逃げ出す姿……これらは彼の嗜好を満たすものではあるのだが、いかんせん舌の肥えた彼には物足りないものであったのだ。
それに、彼個人の好みとしては、十把一絡げの人間の感情よりもいわゆる“英雄”に分類される人間の見せる感情の方が満足度の高い物であるわけで。
言ってしまえば……野盗に身を窶す程度の人間で満足するには、いささか量が足りなかったのだ。
「ま、所詮は同じ穴の狢。何を言ったところで、ではありますか」
肩をすくめると、改めて奥へとルキフは足を進める。
何かトラップなどが残されていないかの確認と、ここを仮の拠点とするにあたって不都合が無いかの確認である。
そう、ルキフはしばらくここで身を潜め、捜索網を掻い潜るつもりであった。あるいは、そのためにこんな野山にまで分け入り、その上で食指の動かない
「……さすがに、暗いですね。《
呟かれる言葉に従い、その右手の先に光の塊が生成された。
熱を持たず光だけを放つ、という見方によっては相当に異常なソレによって、岩肌が照らされる。野盗達が整備していたのか、存外きれいな壁である。
「思っていたより長い──っと、これは」
行き着いた先は、片方の壁に鉄格子がはめ込まれた大部屋。内側には、手と足、それに首へと枷を付けられた女と子どもが数人並んでいる。
襤褸布に身を包み、一様に虚ろな目をしている姿からは正気の色を見出す事はできない。
「……憐れだ、とは言いませんよ。そこまで心を動かされていませんし、何より言えた義理ではないですから」
鼻につく麻薬と性臭からおおよそを察すると、ルキフは牢へと手を向けた。
助けるために手を差し伸べた──なんてわけがない。そも、ここまで壊された人間はもはや直らない。治らないし、直らないのだ。
ならば、いっそここで眠らせてやる方が情けというものだろう。……なんていうのも、当然ながらルキフは思っていないのだが。
もちろん多少は憐れに思ってはいるが、それはそれ。わざわざ情けとして手を下してやるほどの情動ではない。
しかしながら、彼の掲げた手の先には大気中の魔素が収束しており、すなわち彼が何かしらの魔法を使おうとしていることを示している。
では、それは何故なのか……なんて、単純な話でしかない。
「生憎、私に人形遊びの趣味はありませんから。これは全て、一から十まで、徹頭徹尾。完膚なきまでに私のための行動です。故、欠片でも恨みを抱けたならば、祟って出るなり来世で復讐しに来るなりしてください。その方が、私も愉しめますので」
結果的とはいえ、彼は現在逃亡犯の身。
目撃者は、基本的に残すべきではない。
それに、壊れ切った者など眺めていても大して面白くない。こちらの行動に反応を返してくるからこそ、感情を動かすからこそ、そこに愉悦が生まれるのだ。
少なくとも、それが彼の持論であった。
「《
野盗達に放ったものよりも更に鋭く、痛みを感じさせる暇すらなく風の刃がその首を断ち、続けて通常よりも遥かに高い熱量を誇る炎が舐めるように牢の内側を巡る。
時間にして、3秒もなかっただろう。青年が魔法を終了させる頃には、鉄格子の奥に残るものは何一つとして無かった。肉も骨も、あるいは染み込んでいたかもしれない血も涙も。全てが洗い流されたかのように、消え去っていた。
「ふん」
洞窟そのものには一切の傷を付けない見事な魔力制御であったが、それに大した感慨も示さずに鼻を鳴らすと、ルキフは身を翻す。
奥にはまだ、部屋が続いているからだ。
そして、同様の臭いもまた。
「……少し、大きすぎないですか? この洞窟」
少しだけ面倒になりながらも、同じように壊れた人間たちに手をかけること合計5回。
中規模レベルでしかない野盗が拠点とするにはいささか洞窟の規模が大きすぎることに、そして何よりもそれに目的を持って拡張された痕跡があることへと、ルキフが疑問を抱き始めた頃。
いよいよ最奥となる扉付きの小部屋に、彼は辿り着いた。
「魔法も含めて、罠が二、三……邪魔くさいですね」
これまでとは打って変わっての厳重さに、溜息が一つ。けれども、無造作にルキフは戸を開けた。
途端に探知式の設置魔法が、仕掛けられていた毒矢が、落石が、そしてその他複数の攻撃が殺到する。が、しかし。
「《
受けた傷が、ただ一言の呟きで消えていく。
かつて司教にまで上り詰めた、聖教会での生活で修めた癒しの力である。本来ならば追放された時点で使えなくなっているはずのソレは、しかし一切の翳りなく彼の武器となっていた。
……もっとも、その理由自体は彼自身にも未だ解き明かせていないのだが。
さて、そんなわけで“
ここまでの厳重性なのだ、何かしらの収穫はあるのだろうという期待の下の行動。その結果は、はたして。
「これは……」
声は端的に、珍しく上擦るように。
目が見開かれているのも含めて、その内心が溢れ出ているようであったが──
「──おや。鼠が引っかかりましたか」
転瞬、その瞳が細められる。
鋭く、それでいて毒々しい印象は蛇のように。あるいは、獲物を見つけた獣のようにも。
その口角が緩く上がっているのは、はたして部屋の中で見た物が原因なのか、はたまた洞窟の入り口に展開しておいた探知魔法の反応故か。
確かなのは、僅かに沈み込んだ後、黒色の影が滑るように駆け出したという事だけであった。
──*──
「はぁっ、はぁっ! くそッ、なんなんだよアイツ!」
ザワザワと、木々が揺れる。
未だに真夜中、丑三つ時に至るか否かといった時間故に、空は黒く染まったままだ。
「聞いてねぇぞ、あんなのが出てくるなんて! 俺らはあそこで──」
ザワザワと。揺れる、揺れる、揺れる。
森の木々が。枝葉を揺らし、音を立てる。
笑うように、嗤うように。
満月の明るさを遮り、暗き夜を更に黒く染めて。
木々が揺れる。
「ちっくしょう! とにかくまずは逃げねぇと! 逃げて、逃げて……そんで……っ!」
男は、全力で走りながらも毒づいている。まるでそうでもしなければ耐えられないと言わんばかりに。
否、事実としてそうなのだ。
なにせ──その脳裡には、つい数分前の情景が焼き付いている。
死体だ。どれもが、虚ろに目を見開いて、見知った顔に知らない表情を浮かべている。年齢も、強きも弱きも関係なく、全て死んだ。
それが男には……野盗の一行を率いていた彼には耐えられない。
酒を酌み交わした時の笑顔が、虚ろに口から液を零すソレへと変わる。
下世話な話で馬鹿騒ぎしたときの声が、うるさいまでの悲鳴に変わる。
田舎村を襲撃した時の全能感が、命乞いする者の頭を踏みつけた時の優越感が、何もかもが。
「なんで……っ! なんでだよっ!!」
叫ぶ声は掠れて弱々しく、強さなどどこにも無い。
そこに居るのは、ただ死の恐怖に、そして突然の不幸に怯えて喚くだけの……どこにでもいるような男であった。
だが、まあ。
これまで彼らが“そう”であったのだ。
因果応報、あるいは悪因悪果と言えるほどこの世界はできてはいないが……とはいえ彼を助けようとする者が現れないのもまた、一つの摂理であるのだろう。
「《
「──っ!」
背後からの声に、男は横跳びに身を投げる。
彼自身も魔法を扱うからだろう、咄嗟でありながらも正確な判断であった。だがしかし、回避した方向が良くなかった。その先にあったのは、まるで広場のようにぽっかりと木々の消えた草原であったのだ。
「クソが……」
頭上を覆っていた枝葉が消えた結果、満月の光が直接差し込むようになったからだろう。
少しだけ目を細めるようにしながら、男が毒づく。
もはや逃げ道はない。視界の遮る木々が消えた以上は、追いかけてきた相手を倒す以外に道はないのだ。
「おや。狩り損ないがいたかと思えば、真っ先に仲間を見捨てた薄情者さんではないですか。ああ、いえ……情もないからこそ生き残れたのですか。失礼」
声は慇懃に、クツクツと喉を鳴らすみたく。
ゆっくりと落ち葉や枝を踏むようにしながら、下手人は姿を現した。
上下ともに黒のシャツとズボンに、その上に羽織られたこれまた黒の外套。夜闇に溶け込むような、あるいは夜闇から溶け出したかのような姿は、言いようもない不気味さを醸し出している。
それはあるいは、毒々しい深緋を帯びた金の瞳が暗闇で輝いているから、というのもあるのかもしれないが。
とはいえ──事ここに至れば、である。もはや、男にそんな不気味さは関係ない。
なにせ怨敵だ。仇敵だ。それが、わざわざ嘲るようにしながら姿を現したのだ。何を躊躇うことがあろうか。
「お前が……お前がぁっ!!」
「ああ、いい。良い。その顔。死への恐怖も何もかもを超えた先の、感情そのものが表出したかのような表情! 素晴らしい!」
「──っ、殺す!!!」
それが相手の望んでいる事だとは気付かず、あるいは気付いた上で無視をして、男は踏み込む。
既に腰の剣は抜き放っている。彼我の距離は数メートル、詰め切るまでに僅かにもかからない。
「《
故に男は駆け出して、同時に魔法を放つ。
着弾までに僅かにタイムラグを挟むソレは、袈裟斬りの刃と合わせて見事な二連撃を生み出し──
「まあ、甘すぎますがね」
「は、は……」
魔法すら使われずにいなされ、虚しく空を切った。
「《
火球に直接触れた結果だろう、火傷のできた左手に治癒を行いながら、ルキフが座り込む男へと声をかける。
「治癒まで、使えるとか……化け物が」
「ふむ。それが遺言という事でよろしいでしょうか」
ざあ、と、柔らかな風に草が波打つ。
位置が変わった結果だろう、座り込む男は満月の逆光越しに深緋を帯びた金の瞳を見上げて。
一言。
「俺が言葉を贈るのはアイツらだけだ。手前なんぞに聞かせてやる言葉は無ぇよ」
「素晴らしい」
「クソッタレが」
黒い袖を纏った右腕が一度振り抜かれ、これにて終幕。残されるのはただ一人、満月にその黒さを強調される男のみ。
悪はより強大な悪に呑まれるという一つの摂理が、そこにあった。
──*──
野盗達の頭目を始末したルキフは、けれども少しだけ悩んでいた。
(久々の自由の身ということで、舞い上がりすぎていたか)
牢に入れられていた人間を含めて全てを殺したのは、情でも義でもなく、単に目撃者を消すための行動である。では、それ以外の目撃者が出てきた時はどうするべきなのか。
(……面倒な。野盗ならば消えたところで不審がられる事はないが、一般人であれば別だ)
あの野盗達が人攫いまでしていた時点で時間の問題ではあるが、わざわざ自分から疑いを増やす必要もない。稼げる時間は稼ぐが吉なのである。
「それで。いい加減、出てきたらどうです?」
まあまずは誤魔化せそうか否か見極めるべきかと判断すると、ルキフは声を飛ばした。
視線の先は草原と森との境界付近、何の変哲もない草むら。脈絡の無さも相まってどちらかと言えば
「その、盗み見るようになってしまったのは謝ります! で、でも、奇襲しようだとか思ってたわけじゃないんです!」
身体だけでなく声まで震わせながら、両手を上げて進み出てくる誰か。
少しだけ低くなりつつも深みの足りない音は、男の声。それも少年から青年に移りつつある頃特有のものだ。
そうして隠れていた何者かは数歩分進み、月の光に照らされてその姿を露わにした。
歳の頃は15、6歳あたりだろうか。ペタンとした短めの黒髪に、恐怖心からか涙を滲ませる黒い瞳。
服装も含めて、一から十までの全てが一般的な村人と呼ぶべき姿だ。
特徴を挙げるべき点があるとすれば、腰に差された一振りの直剣と──
(……ほう。あの服、かなり高位の魔法が
重心や視線の移動から覗くのは、素人に毛が生えた程度と評するしかない稚拙な動き。しかし、身に付けているのは売れば一月は遊んで暮らせるであろうほどの異様な
極々一般的に見える少年の姿とちぐはぐなソレらに、少しだけルキフの視線が鋭くなる。
と、そんな変化に何を思ったのか、少年はさらに焦ったように叫んだ。
「あの、ほんとなんです! 僕、最近この辺りの野盗の動きが活発化してるって聞いて、それで来ただけで……どうすればいいですか!? 剣を渡せばいいですか!?」
「剣を抜いて投げるのは普通に攻撃では……? まずは落ち着きましょうか」
おそらく武装解除をしたかったのだろう、どうしてか剣を鞘から抜いた状態で投げ渡そうとする少年に少しだけ肩の力を抜くと、ルキフは話しかけた。
「失礼。戦闘後ということで、少し気が立っていたようです。こちらとしても無益な戦いをするつもりはありませんので」
「あ、そ、そうですか。……ありがとうございます。それと、すいませんでした」
「いえいえ。そう気にしないでください。ところで、名前を伺っても?」
この世界において、名前というのは非常に重要な意味を持つ。
強い、強い意味を。それこそ、知識と技術さえ持っていればその者の行く末ですらある程度見通せてしまうほどに。
そうでなくとも、魔法の中には対象の名前を使う事で効果を強めるものもある。
故に、一度でも戦場に身を置いた事のある者にとっては、先に名乗るように求められるというのは正面から目を合わせて『お前を殺す』と宣言されているとほとんど同義であり。
つまりは、戦闘開始の号砲と言っても過言でないのだが──
「えっと、ノモク・ウォロフです。山を下りたすぐそこの村の生まれで……」
やはり、少年は単なる自己紹介だと受け取ったようで、関係の無い事まで含めて色々と話している。
(脈拍、瞳孔、発汗……その他諸々全てを含めて、変化は無しと。あるいは誤魔化せるか?)
その様子から嘘を吐いてはいないと判断すると、ルキフは思考を切り替えた。
すなわち、どうやってこの場を誤魔化すかという命題である。
「──あの!」
「……ん? どうかしましたか」
「いえ、その、あなたの名前は……?」
「ああ、失礼。少しぼんやりしていたようです。私はルキフと言います。よろしくお願いしますね」
適当にあしらいながら、ルキフは思考を巡らせる。
そも、“ルキフ”という名は本名の一部を切り出しただけのもの。彼にとって、その名を名乗ることに躊躇など欠片も無い。
(……待て。今、私は目の前で人間を殺した。死体も残ったままだ。ならばなぜ、この少年は平静を保っている?)
が、それが悪かったのだろう。
視覚情報と思考を切り離していたが故に、彼は一瞬だけ反応に遅れてしまった。あるいはそれは、逆に少年の方を讃えるべきなのかもしれないが。
ともかく、確かな事実はノモクが先手を取ったということだけであった。
すなわち──
「あの、弟子にしてください!」
──弟子入りの、お願いである!
「……は?」
「お願いします! さっきのルキフさんの戦いを見て、どうしても教えを受けたいと思ったんです!」
弟子入りの、お願いである。
珍しく『何が起きているのか理解できない』と表情に出している姿は、それだけ現状が想定外であることを示していた。
「えっと、その……なぜ? 私、僧侶ですよ? 戦士でも騎士でもなんでもないですよ?」
「はい!」
「いや『はい!』じゃなくてですね……だから、私は基本的に徒手での戦闘がメインですし」
「はい!」
「あの」
「はい!」
「…………」
どうやらハイになっているらしい。
頭が痛むかのように眉間を押さえ、ルキフは思った。
「……正直に言ってしまえば、私にメリットがありません。理由すら明かさずに『力が欲しい』と言う人間を信用できるほど、私は善人ではありませんから」
ルキフにとって、ノモクという少年は見るからに普通の人間だ。一般人だ。
つまり、食指が動かない。そも、彼が求めるのは何か特筆すべき点のある人間が悲劇の只中において見せる感情なのだ。
悲劇に堕ちる人間を見て嗤い、人間などこんな物なのだと落胆し。
悲劇に抗い抜く人間を見て笑い、人間はやはり美しいと感動する。
いわばそれだけが彼の行動指針であるからこそ、ノモクという尋常の人間へと興味を持つ部分が無い。
むしろ、装備や言動、纏う雰囲気などのチグハグさに警戒を抱いているほどなのだ。それをどうして弟子になどできようか。
「悪いですが、他を当たって──」
「──護りたい、人がいるんです」
声は小さく、しかし確かに。
端的に少年の芯を表した言葉は、はたしてルキフの足を止めることに成功した。
「その人は普通とは違っていて、僕なんかよりも全然強くて……でも、まるで世界に嫌われてるかのようで。だから、護りたいんです」
実に、ありふれた理由。
“護りたい誰かのために力が欲しい”というのは、言ってしまえば使い古されたテンプレートのような内容だ。
英雄の中にもそういう理由を持つ者がいないではないが、それはいわば極一部の外れ値。常人がそれを掲げたところで、十把一絡げの屍として地面の下で眠ることになるのが落ちだ。
つまりは、平々凡々の体現のような動機。
そこに目を見張るものなど、何一つとして無い。無いはずだ。
では──なぜルキフは足を止めたままその言葉を聞き届けたのか。
(先生、か)
掘り起こされたのは、随分と古い記憶の一つ。
彼が何も知らない子どもであった頃に、故郷の村に住んでいた僧侶の男のこと。
生憎と村は滅びた後であるためにその後については知らないが、彼もまた“先生”と呼ばれていたのだった。
(正直な話、この少年に欠片も興味はないが……せっかく故郷近くにまで来たのだし。一つ試すのも、悪くはない、か)
“それに、この少年は目撃者。どうにか誤魔化す必要もある”と思い直すと、ルキフはくるりと振り返った。
(あるいは──慕っていた師匠が実は巨悪だった、なんて展開を試してみるのも新しいか)
弟子を取るなど初の試み。
ならば愉しんだ方が得かと、ルキフはゆるりと口角を上げて。
「まあ、いいでしょう。私は旅の身、あまり長居はしませんが……精々、努力することです」
「──っ! ありがとうございます!」
満月の眩しさを浴びる姿は、けれども対照的にぽっかりと影を帯びていた。
Tips.現代魔法とは名付けられているが、その歴史は1000年近いものである