Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか? 作:RH−
勇者からルキフの追放を伝えられて、二日後。
気持ちとしてはすぐにでも行動を起こしたいぐらいだったが、まずは諸々の混乱を先に収めるべきだということで、俺は王都は中央政府の本拠にまで戻っていた。
「おかえりなさい、セィトゥン課長」
「ええ。それで、現状は?」
「かなり荒れてますね。聖教会、貴族、
出迎えに来ていた部下、カイに確認をとりながら、移動をする。
今は、一秒たりとも無駄にはできないのだ。
「なるほど。他国からは?」
「いえ、今のところは。ただ……聖教会から、教皇様が…………」
「いらっしゃると?」
「いえ、既に到着なさっております」
「……なるほど。それは、かなり」
俺が口を閉ざした事で会話は止まり、廊下にはカツカツという足音だけが響くようになる。
窓から差し込む陽光が、対照的に影を色濃くしていた。
……いや、なんで来てんの? 今期って魔導連邦の方に住んでるはずだよね?
「ええと、ちなみに教皇様はいつ頃こちらに?」
「昨晩ですね。たしか昼頃に連絡がありまして、その数時間後には」
「…………」
いや、聖教会なら転移魔法使える魔法使いも抱えてるんだろうけどさ。そんな友達の家みたいなノリで来られても困るんだけど?
「あー、その。頑張ってください……!」
「いや正直もう帰りたいんですけど」
「そこをなんとか……! 頼れるのはセィトゥンさんだけなんです!」
酷く憂鬱な気分になりながらも、目の前にまで来ていた扉へと手を伸ばす。
両開きの荘厳な装飾が施されたその上部に刻まれているのは──『第一議場』の四文字。つまりは、現在進行形でルキフ関連の諸々が話し合われている場所だ。
「はぁ」
溜息を一つ、そして扉を引く。
途端に視界一面へと広がるは、真っ赤なカーペットの敷き詰められた、扉と同じく荘厳な空間。息の詰まるような厳粛さは、しかし100人規模で人を収容できる広さによって中和されている。
階段状、あるいはすり鉢状に作られた室内には一段ごとに長椅子が置かれており、それぞれに見知った顔、つまりは政府上層の役員や貴族側の人間が腰を下ろしていた。
ガヤガヤ、というよりもギャーギャーと言うべき騒がしさは、それぞれに唾を飛ばす勢いで野次を放っているからだろう。
そして──その中心で、何故か国王陛下と教皇様が殴り合っていた。
「……」
一度ゴシゴシと両目を擦って、再度顔を上げる。
顔を青くして持ちあげられる教皇様と、そこへ容赦なく打ち上げるようなボディーブローを連続させる国王陛下がいた。あ、ヘッドバットで割り込まれた。
「…………」
一度扉を閉めて、横に顔を向ける。
「あの、カイさん」
「へへ、頼みますって」
「いやあの、笑われても困るんですけど」
喧々諤々というより喧々囂々って感じだよねこれ。なんなら喧嘩上等みたいな雰囲気だよね。
いつからこの国こんな野蛮になったんだよ。そもそもここ闘技場じゃねーんだぞ。
「セィトゥンさん、頼みますって……! 一生に一度のお願いですから! もう俺にはセィトゥンさんしか頼れる人が残ってないんですよ……ッ!!」
「さっきから文面が連帯保証人を頼む時のソレなんですけど」
おそらくこの惨状を俺が到着するまでの間見てきたのだろう。カイは俺に縋りつくよう、小刻みに震えながら頼み込んできた。
……一応、俺、コイツの上司なんだがな。フランクすぎやしないか?
まあ付き合いも長いし、なんだかんだこのノリに合わせる事も多かったから……自業自得、という所だろうか。
「はあ、仕方ありませんね」
「あざっす! このご恩は一生忘れません……!」
「はいはい」
何度目かになる礼を適当にあしらいながら、再度、閉ざした扉を開く。
『うおぉぉおおおおっ!!!!』
さっきまで殴り合いの格闘戦をしていたはずの二人が、崩れ落ちるジジイ*1とその正面で右腕を掲げるジジイ*2の構図に変わっていた。
ちなみに倒れ込んでいるのは国王陛下だった。
おい、劇的敗北かよ。追い込んでただろ、せめて勝ってくれよ。
……いやてかそもそもなんで殴り合いしてたんだよ!? 外交問題でしかないだろ!
「はぁ」
馬鹿らしすぎる光景に溜息を吐きながら、右腕を上げる。
当然ながら教皇様の真似をしているわけではない。単に必要だからだ。というか、流石にあんなの*3の真似はしたくない。たぶん一般僧侶が見たら卒倒するぞ。
「そいやっと」
間の抜けた、俺の声。
それが軽く聞こえて──
転瞬、室内に光が満ちる。
同時に響き渡るは、甲高い耳鳴りのような音。暴徒鎮圧時などに俺が多用している、魔法式フラッシュバンだ。
で、室内が混乱に襲われている間に中央にまで移動する。
ああ、一応言っておくと、これは何もストレスでやけになっているわけじゃない。俺なら許されるからやっている、それだけだ。
「えー、はい。ルキフが解き放たれた事に関して、お話ししにきました。中央政府総合防衛課課長、セィトゥンです」
耳の麻痺が解けるタイミングでパンパンと手を叩き、注目を集める。
さくさく行くぞ。
「まず現在の会議の状況を共有してほしいんですが、よろしいでしょうか」
「おや、セィトゥン殿。相変わらずのようですな」
「無詠唱魔法、いや、詠唱破棄だったか? しかし、さすがに急には止めてくれんかのぅ。心臓に悪い。儂のような繊細な老人はぽっくり逝ってしまいかねん」
「……繊細な老人は激しい殴り合いなどしないのでは?」
「歳を取るほど運動の重要性というのは上がるのだぞ? のう、教皇殿」
「ほっほっほ、まさしくその通りですな」
……そういうことにしておこう。今のは運動の域に収まってないだろとか思ってない。これ以上つついたら面倒だとか思ってない。
しかしまあ、相も変わらず仲が良いことで。
国王陛下は当然として、教皇様も出身はここペカートゥム王国だ。その上で二人とも今の立場に就く前は最前線で鳴らしていたバリバリの武闘派だったから、それ故の関係性なのだろう。
だからって政府塔で殴り合いなんてしてほしくなかったが。てか誰か止めろよ。
ああ、ちなみにもちろんだが国王陛下も教皇様も武勲で成り上がったわけじゃない。ちゃんと政争を制して勝ち取った形だ。
いわゆる文武両道、というやつ。“武”が過激すぎるのはご愛嬌だ。
「して、会議の状況だったか。既にある程度の結論は固まっておるぞ」
そう言って差し出された紙を受け取る。
表面に書かれているのは、現状分析と今後の予想、そしてそれに対する当座の方針。裏面には、重要な部分だけをピックアップしたのだろう、会議の大まかな流れが分かる議事録もどきがびっしりと。
「まずお主の立てた『勇者課を二分して動く』という案は却下じゃ。こうなった以上は勇者の監視員を削るわけにはいかん。というか増員しておきたいぐらいじゃからな。で、ルキフの追跡において足らぬ手は──」
「私たち貴族側から人員を出し、政府と協力することで補います」
「……珍しいですね、ノワール卿」
ノワール・ステラ。
簡単に言えば、貴族側の纏め役のようなことをしている男だ。
俺も所属しているペカートゥム王国の中央政府だが、実はその歴史はかなり浅い。長さとしては、おおよそ50年ぐらいか。王国が3桁どころか4桁の歴史を持っていることを思えば、赤子もいいところだ。
まあ、先代の国王陛下が立てた組織だから当然のことではあるのだが。
設立の目的は単純で、政治中枢から腐った連中を弾き出すため。言い換えれば、かなりの無茶であろうと敢行せねばならないほどにこの国は傾いていたわけだ。
正直に言えば、宜なるかなといったところだろう。
理念も、組織も、そして人間も。時間をかければかけるほど褪せて、錆びて、腐ってゆくのだから。
そんなわけで中央政府は実力主義の風潮が強く、たとえ田舎の寒村の出であろうと入ることができる。のだが、こうなって困るのが昔から政治に関わっていた貴族たちだ。
もちろん実力さえ示せば貴族の人間でも参入はできるのだが……まあ、出るわ出るわ批判の嵐だった。いや、あれを批判と言うのは無理があるか。ただの文句でしかなかったし。
やれ『政は代々我ら貴族が行ってきたこと。平民ごときが立ち入るべきではない』だの『何故我らが平民と共に活動しなければならない』だの『国王陛下は国を滅ぼすおつもりか?』だの……状況を見れていない馬鹿どもの入れ食い状態だった。
酷い奴など『平民など我ら貴族の手足も同然。それがなぜ頭の命令を無視し、あまつさえ頭に命令をしようとしているのだ』なんて文言を悪びれもせずに国王陛下に言っていたほどだったからな。
ちなみに補足しておくと、ソイツの姿をそれ以降見たやつはいなかった……なんてことはない。むしろその真逆で、たくさんの人間が彼の姿を見ることになった。
まあ、公開処刑なのだが。人身売買に麻薬栽培、その他余罪多数で一発死刑。見せしめも兼ねてのソレだったが、俺はある程度私怨も含まれていると予想している。
国の、延いては人類の現状を理解できていないどころか──むしろ自分から破滅へと向けて墓石背負って穴を掘って埋まりに行くカスなど、有害無益以外の何物でもないからな。
さて。そんなわけで、貴族の中には中央政府に入れなかった、あるいは何らかの理由で入らなかった連中がごろごろいる。
ただ問題なのが、パワーゲームをする敵が歴代でも屈指の武力と知力を兼ね備えたハイパー国王だった事。端的に言えば、寄せ集まっただけの烏合の衆では相手にならなかったのだ。
そこで出てきたのが、ステラ家である。
階級は伯爵位と弱小であった今代ステラ家当主は、しかし国王すらも──分野によっては、だが──上回る知力と、何よりも溢れんばかりのカリスマで貴族を纏め上げ、一つの勢力にまで仕立て上げたのだ。
「なに、今回の一件に関しては我々貴族も無視はできないでしょう? そして我らは同じ国に生き、そして同じ国のために動く者同士! ならば──手を取り助け合うのが普通。違いますか?」
「いえ、おっしゃる通りかと。申し出はありがたく受けさせてもらいます。改めて感謝を、ノワール卿」
「これは我々からの申し出。それに、我らもいくつか情報を集めております。礼は不要……と言いたいところですが。まあ、恩であることには変わりませんからね。ええ、受け取っておきましょう」
蛇のようなつり目を細めるノワール卿に、笑顔で返す。
おそらくは傍目から見れば俺も狐のような糸目になっている事だろう。
まったくもって嫌なものだ。肩が凝ってくる。
どうせ今回の申し出も、政府側に恩を売って優位を握ることや、場合によってはルキフの利用・確保を目的にしているのだろう。
ノワール卿は別としても、貴族全体の意向は間違いなくそこにある。
「──ああ、そうそう。どうにも最近、貴族の間でしか共有されていないはずの情報がそちらに流れていることがあるようなのですが……何か、心当たりはありませんか?」
「……いえ、申し訳ありませんが。こちら側からも調べておきましょう」
「ええ、よろしくお願いしておきますね。セィトゥン課長殿?」
周囲へのアピールも兼ねての、抑え切らない微妙な音量での質問。
どうにかポーカーフェイスを保つ俺に丁寧に一礼すると、ノワール卿は席へと戻っていった。
入れ替わるように出てくるのは、教皇様。
既に自身で『治癒』を行ったのだろう、足取りに不調は無い。
「聖教会は、今回の一件に関して何か言うところはありません。が、可能な限り早期の解決をお願いしておきましょう」
「……格別のご配慮、感謝します」
「いえ。そもそも私たちは救いの手、ならば苦難においてこそ力を尽くすべきでしょう?」
ルキフの存在は聖教会にとって汚点そのもの。
本来ならば捕らえた後に生かしていただけでも十分だというのに、その上で今回の一件だ。王国に何らかの制裁があってもおかしくないはず。
間違いなく、相当な譲歩だ。ありがたい。
「うむ。セィトゥンからも異論が無いようであるし、今回の会議はこれにて終了とする。皆の者、これは間違いなく過去最大級の苦難になるはずじゃ。故、力を合わせ、解決まで導こうではないか」
そんな国王陛下による最後の一言が入り、会議は終わりを迎えるのだった。
──*──
さて、会議自体は想定の数倍ほどすんなり終わったが、俺の目的はまだ果たされていない。
というより、この後こそが本命なのだ。
つまりは。
「すいません、遅れました」
「構いませんよ。久々に戻ってきたのです、色々とあるでしょう」
政府塔内の隠し部屋に置かれた魔道具を用いて転移してきたのは、小さな部屋。
必要最低限に抑えられた室内の装飾は、落ち着いた美しさを見せている。
その中央に置かれた円卓に座るは、先ほど別れた国王陛下と教皇様、そして──
「そう言っていただけると気が楽になります。
ノワール・ステラその人であった。
「さて。それでは、改めて現状の確認といこうかの」
「ええ。我らも多忙な身、効率は優先するべきでしょう。というわけで、貴族側の動向ですが……かなり浮足立っていますね。統制を取るのも一苦労、といった形です」
「やはりか」
ノワール卿の言った“誰かが貴族側の情報を流している”というのは嘘も嘘。真っ赤な嘘だ。
なにせそれは、ノワール卿自身なのだから。
「困ったものですね。一歩前の利益しか見れていない下衆の多いこと多いこと。いっそ纏めて処分した方が早い気すらしてくる」
「それをお主に言われたらお終いじゃのう」
「ふん。私としては、あんな者どもは同じ貴族の枠組みにすら入れたくないぐらいですがね。貴族を名乗るならば、せめて最低限の誇りは持って民を扱うべきだというのに」
嘆かわしい、と零すノワール卿は、真実今の貴族たちを嘆いている。
まあ、だからこそ貴族を切ってでも俺や国王陛下と手を組んでいるのだが。
「ともかく、私はしばらく貴族の統制を取ることで手一杯になると思われます。支援に関しては申し訳ありませんが……」
「ああ、余計な手を出してこんように抑えてくれておるだけでも十分だとも。それに、セィトゥンには単騎で動いてもらう予定じゃからの。何も問題ない」
「ええ。本当にそれだけでも十分すぎるぐらいで──って、ん? 今なんて言いました?」
「敬語が剥がれておるぞ、ほい不敬罪」
「今ふざけてる場合じゃないですよね……!? というか、本気なんですか?」
「うむ。それが最大効率だと儂は判断した。じゃろう? 中央政府最強、セィトゥン・フォルビーデン」
おふざけ抜きの、本気の眼差し。
一国を背負う者特有の鋭さと、何よりも深さを湛えた瞳に、思わず押し黙る。
国王陛下の言った内容は、事実だ。周囲の実力を見誤った結果だが、俺は王国中央政府において最強の戦力として扱われている。
あるいは、あのルキフにすら並び立てるのでは、というほどに。だからこそ異例の速さで『勇者課』の課長にまで上り詰められたのだから。
そも、中央政府に編入されて名が変わっただけで、勇者を補助する組織自体はかなり昔からある。始まりの勇者の二、三代後だから……800~900年ほど前になるか。
で、国どころか世界の命運に関わる組織であるからこそ、そこに入れるのは一握りをさらに厳選したような優秀な人間のみになる。それなりに高い席なのだ、俺の座っている地位は。
「……いいんですか? それ、陛下の独断でしょう。後々、厄介な事になる可能性も高いですよ」
「その“後”が来ただけで儲けものじゃ。儂は国王、この国を保つための機構。余計な心配などするでない、むしろ不快じゃ」
「……貴方がそう言うならば。差し出がましい真似をしました、申し訳ありません」
「ふん、構わん。不快ではあるが、真意を読み取れんほど狭量というわけでもないからの」
ああ、やはりだ。
どうしてこう、気高い人が、美しい人ばかりが不利益を被るのだろう。苦難に置かれるのだろう。
……いや、理由は識っている。納得はできないが。
「では最後は、聖教会からについてですかな。といっても、私もノワール卿と同じような状況。聖教会内でも態度が二分されておりますので、その統制にしばらくはかかりきりになるかと。先代教皇のカスが作った膿がまだ残っていたようですし」
「これこれ、口が悪くなっておるぞ」
「別にこの場ならば良いでしょう。……くれぐれも、頼みますよ。王国が崩れれば、連鎖的に他の四大国も揺らぎかねないのですから」
席に座る他の三人を見まわすようにする教皇様に、深く頷きを返して。
俺は、席を立つ。
ここまで言われて、示されて。何も思わない、なんてことはないからこそ。
……それでも、本気を出す事だけはできないのだが。
「ああ、そうじゃ。セィトゥン。既に水面下では他国も動き始めている。おそらく、何かしらの干渉はあると思っておいてくれ」
「了解しました。それでは、私はここで」
今度こそ、部屋を出る。転移をする。
魔道具を元の位置に隠し直して、そして。
「さあ。今度こそ、始まりだ」
……あれ? そういえば、なんで国王陛下と教皇様、殴り合ってたんだ?
Tips.この世界の魔法に無詠唱や詠唱破棄といった技術は存在しない