Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか?   作:RH−

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変化の向かう先は進歩か、破滅か

 

 ざり、と土を踏む。

 周囲に広がるは、かつて人が生活していたと辛うじて分かる程度の残骸が並ぶ、酷く荒廃した光景。

 

「……さすがに、いないか」

 

 山に挟まれた立地だからだろう。風は強く吹き抜けていた。

 呟いた俺のぽつりとした響きを、容易く飛ばして消していくほどに。

 

 ──そういえば、こんなのだったか。なんて、渇いた感傷が浮かび上がってくる。

 

「変わらないのは、良いことなのか、それとも悪いことなのか」

 

 肩をすくめて、下らない思考に終止符を打つ。

 ここはただの村跡地。かつてラクナ村という名の寒村があっただけの、今では何もなくなった場所。

 

 あるいは──俺の故郷であり、そしてルキフの故郷でもある場所。

 

 ただそれだけの意味しか持たない、今では俺とルキフにしか意味を為さない。そんな虚しい場所だ。

 

 

 

 

 ルキフが逃亡に利用した行商人の目的地が北東部にあったことは、早い段階で分かっていた。ただしまあ、当然ながらその目的地にアイツが留まっているわけもなく。

 その後の動向は掴めていないということで、もしかしたらと思って来たのがこの故郷跡地。まあ、結果は空振りに終わったのだが。

 

 とはいえ、そこまで痛い失敗でもない。時間はそうかかっていないのだし。やっぱ転移魔法って超便利。この一点にだけは神に感謝してもいいかもしれない。

 ……いや、さすがに無いな。アレに感謝とか死んでもしたくない。たとえ冗談であっても。

 

 なんて思考をつらつらと巡らせながら、念のため見回っておいてみる。

 感傷6割、警戒4割……ぐらいのつもりだったんだが。

 

「……なんだ、コレ」

 

 山。山。山だ。

 白色の、死の、もしくは骨の。それが、何かが辛うじて分かるほどの状態で、何があったのかも分からないほどの量で、うず高く。

 

 俺の胸元あたりの高さにまで、積まれている。積み上げられている。

 

「…………」

 

 全て漏れなく白骨化しているが、念のため周囲を警戒しつつ。行うは検分。

 が……やはりと言うべきか。

 

「魔法も含めて、一切の痕跡なし……と。そもそも魂自体が完全に離れているし、無理があるか」

 

 外していた丸眼鏡をかけ直しつつ、首を振る。俺ではこれ以上の何かは──

 

「魂自体、が?」

 

 引っかかる。

 自分の無意識の発言が、しかし違和感として意識に残る。

 

 そも、これだけの数の生命体が、魂の痕跡さえ残さず完全に死に絶える事があるだろうか、と。

 

 そして──不意に過ぎったのは、9年ほど前にこの近くの村で出会った紅眼の少年の顔。もしかすれば、あの少年ならば。

 いや、あの少年こそが。

 

「俺が見た時点で既に危うかった。可能性は、十分あるか」

 

 ルキフの捜索は忘れていないが、もしあの少年がこれを行ったとして、それがルキフと接触していたら。

 可能性だ。可能性でしかない。

 

 が、十分にあり得る可能性でもある。

 何より、紅が混ざり込んだとはいえ、ルキフの瞳は金色だ。金眼なのだ。

 

「金の瞳は英雄を表す。故に、その宿主は運命に愛される……だったか」

 

 胸騒ぎに従って、村跡地を出る。

 向かう先は、山を越えた隣の村。名を、オールディナーリウス村。

 

「やめてくれよ……? そんな胸糞悪い展開は」

 

 

──*──

 

 

 さて、場所は少しだけ移り、ルキフが身を潜めている山の中にて。

 ノモク少年が弟子入りしてから一週間と少し、あるいはセィトゥンが故郷の村跡地を訪れて一日が経過した頃。

 

 極稀に変わる事もあったが、その頃には、ルキフがノモクに抱く印象は『平凡でよくある人間』というもので固まっていた。

 

 例えばそれは、身体能力の程度や体捌きのセンス。

 おそらく、独学ながらも鍛えていたからだろう。農業を営む村人などよりは、多少マシではある。マシではあるのだが……やはり、そのレベルは一般的なもの。

 つまりは、彼や勇者、セィトゥンといったいわば外れ値となる“英雄”の域にはどう足掻いても届かないレベルなのだ。

 

 冒険者で言えば、中~下位辺りだろうか。

 このまま鍛えたところで上位にはたどり着けないだろう、というのがルキフの読みであった。

 

 また、魔法に対する適正も低い。

 完全に無いとまでは行かないが、魔法使いのような本職からすれば鼻で笑われるレベルだ。……まあ、そもそも適性が高い人間は大抵が魔法使いになるため、それも当然ではあるのだが。

 

 なんにせよ、これといった特徴のない、どこまで行っても平々凡々の枠に収まっているのがノモクという少年であった。

 

 

 ──ただ一つ。ある一点を除いて。

 

 

 

 

「しかし、相変わらず君は美味しそうにご飯を食べますね」

 

 時刻は正午過ぎ。

 昼食をとりながらの休憩の最中に、ルキフが呟いた。

 

 麗らかな日差しの差し込むそこは彼らが初めて出会った場所、つまりは山の中にぽっかりと空いた広場のような草原。

 周囲から鳥のさえずりが聞こえてくる光景は、ともすればピクニックにでも来たのではと思ってしまうほどに穏やかだ。

 

「んぐ……だって、身体を動かしたら美味しくなりませんか?」

「まあ、理解はできますが。それにしたって君は人よりも幸せそうに食べるものですから」

 

 “ルキフさんも食べますか?”なんて差し出されるサンドイッチを丁重に断りつつ、青年はその表情を横目に捉える。

 何の特別性もないはずの昼食に頬を緩める姿からは、ありきたりな幸福をありきたりに嬉しく思える平凡さが滲み出ていた。

 

 

 ちなみにであるが、ルキフの方は森に潜る前に買い込んだパン──もちろん、毒などが仕込まれていないことを確認済みだ──と、森に入ってからも定期的に補充している獣の干し肉を食べていたりする。

 かつて2年近く逃亡生活をしていた以上は当然ではあるが、彼のサバイバル技能は極まっているのだ。材料さえあれば魔法を応用してパンやチーズなどまで作れる辺りに、彼の無駄に才能のある部分が出ているだろう。

 

 もしこの世界に“無人島”が設計されていたのならば、お決まりの『無人島に一つだけ持っていくなら?』という質問への回答はかなりの割合をルキフの名が占めることになったのではないか、といった様子だ。

 もっとも、彼と無人島に同行なんてしようものなら、代わりに島からの脱出はどうしてか悉く失敗することになるのだが。

 

 閑話休題(あくまでも偶然です)

 

 

「でも、こうしてご飯の美味しさを幸せに感じられるって大事だと思いますよ、僕は」

「ふむ。まあ、一理ありますね」

「うん。やっぱり、僕はこうしてご飯が美味しくて、天気が良くて……そして、あの人が生きている。それで、それだけで十分なんです」

 

 目を閉じて柔らかな風を浴びる姿は、やはり平凡だ。

 等身大に、当たり前の日々に隠れた幸せを楽しめている。

 

 少なくとも、()()()()

 

「──では、なぜ強くなろうと?」

「護るためです。この幸せを、この日々を」

 

 問いへの答えは、即座に。

 もはや食い気味なまでの返答は、どうしてか酷く冷たく感じられるモノであった。

 

「それは、他者の日常を、幸せを奪い去るものではないのですか?」

 

 さっきまでの暖かさが抜け落ちたような風を横顔に浴びながら、ルキフは続けた。

 一種の、確信をもって。

 

 

「やだなぁ、ルキフさん。僕が戦うって事は、ソレはあの人を傷つけようとした相手ってことでしょう? だったら気にする必要なんてあるワケないじゃないですか」

 

 

 どろり、と黒く淀んだ瞳が覗く。

 

 それは何であるのだろうか。

 慕情、ではあるだろう。だが愛恋ではない。恋と呼ぶには純情さに欠けるし、愛と呼ぶには深さに過ぎる。

 

 綺麗なだけではない、正も負も合わせての『愛』だとは言うけれど……これは、濁りに過ぎている。

 

 言うなれば、執着。

 依存。

 となれば行き着く先は──終着、だろうか。

 

 水気を抜いてとろみをつけるためではなく、焦がすために加熱()()()みたいな。取り返しのつかない域にまで歪み切った感情が、数瞬前まで平凡だった黒の瞳に浮かび上がっている。

 否、蓋を取られたことで覗いている。

 

(──これだ)

 

 これが、この平凡を絵に描いたような少年の中で唯一の特異性だ。予想通りに異様な回答へ、ルキフの脳裏にそんな言葉が浮かび上がった。

 

 間違いなく、ノモクという人間は平凡な感性を持っている。これならば、ただの村人として一生を終えていただろうと思えるほどに。

 だというのに、その感性が途中で途切れている。断絶している。

 

 狂人であるルキフでさえあり得ないと思えるような──作りかけの段階で放置されたとでも言うべき、破綻の仕方をしている。

 

(……おもしろい)

 

 なんとなくその在り様に親近感が湧くのを自覚しながら、ルキフの口角がゆるく吊り上がる。緩やかに、ではなく。にこやかに、でもなく。

 まさしく吊り上がる。

 

 それは、いつかの日に勇者へと向けていたものと似通った笑みであった。

 

 

──*──

 

 

 そんなこんなで、さらに4日の時が流れ。

 その日、ルキフは山を下りた麓の村にまで足を向けていた。ノモクがいつもの時刻になっても姿を見せなかったからである。

 

 ハッキリと言ってしまえば、異例の事態である。

 もちろんながら、それはノモクの無断欠席……ではなく、ルキフの行動の方が、だ。

 

 そもそもの話として。基本的に、極一部の例外を除いてルキフは他人へ興味を持っていない。

 言うなれば、“来るもの拒まず去るもの追わず”のスタンス。よっぽど鬱陶しい、あるいは趣味を邪魔されたなどとなれば対応も変わるが、他人から関わりに来る分を拒むほどの熱量すら彼は持っていないのだ。

 

 そして、それはノモクに対しても同様。多少興味は湧いているが……結局は湧いている、というだけ。

 これがもし悲劇を用意しようと思うほど入れ込んでいる相手──彼風に言うのならば、“食指の動いた相手”──であったならば多少は話も変わったかもしれないが、ノモクがそうではない以上、こうして様子を見に行かせるほどのものではない。

 つまりは、普段ならば『まあそういう事もあるだろう』と放置するところなのだ。

 

 故に、今回の彼の行動は、完全に、完璧に、完膚なきまでに気まぐれであった。

 異端者であれど、破綻者であれど、彼とて人間である。こういった気まぐれをはたらかせることも、気分に身を任せることもある。

 

 あるいは、経験則として、時には本能に従う方が思わぬサプライズに出会えると理解しているから……というのもあったのかもしれないが。

 彼とて人間。理性を持ちながらも、獣としての本能も残す生物である。

 

 さて、はて。

 そんな今回の気まぐれの結果は、如何なる出来事を招き寄せるのか。彼の喜ぶサプライズとは──彼が何を歓び、そして熱を滾らせるのかを理解している者ならば、予想もつくのだろう。

 

 破局は、すぐそこに。

 

 

 

 

 ノモクが住んでいるという村に足を踏み入れて、ルキフに初めに浮かんできたのは『臭う』という感覚であった。

 当然ながら、血の匂いではない。流血沙汰と戦闘という二つは、切っても切れない関係にある。あるいはそれは血で結ばれた繋がりのように、名で結ばれた呪いのように。

 

 そして、たとえ山に籠っていようと、付近の戦闘音を聞き逃すほどルキフは耄碌していない。

 故に、血の匂いではない。が、やはり何か『臭う』感覚がある。

 

 故にルキフは周囲へとさりげなく視線を向け──気付く。

 

(なるほど。麻薬栽培か)

 

 隠し事と、見ない顔への敵意と、そして麻薬そのものの臭い。

 随分と人類の悪性が溜まっているものだと肩をすくめ、真っ黒な青年は緩めていた歩幅を元に戻した。数歩歩けば出くわすというほどではないが、この程度珍しくもなんともない。

 それに、彼もまた分類するならば間違いなく“悪”の側になる存在。むしろこの程度の村人たちよりもよっぽど上位の──あるいは下層の──悪性存在となるのだ。

 

 気にするのも、馬鹿らしいというものだろう。

 あるいは、いっそ懐かしさすら感じているかもしれない。数年前、かつて彼が自由の身であった頃では、こういった空気こそが常であったのだから。

 

 なんてニヤニヤと口角を上げながら歩を進めることしばし、ノモクとの会話に出ていた特徴に合致する家を発見するルキフ。

 が、ある程度よく見えるだけの位置まで近付いて、その足が止まる。

 

 否、止められる。

 

(魔法が……おそらく、3種類? ここまでの隠蔽では、まともに読み取れもしないか)

 

 家を護るように展開されている、複数の魔法。

 僧侶としての治癒能力がある以上は、即死級の魔法でもない限り受けたところで問題ないのだが……わざわざ藪をつつくこともないと足を止めたのだ。

 

「ふむ……」

 

 顎に手を当てて、しげしげと興味深げにルキフは観察する。

 

(励起条件は……登録されていない人間、か? 器用な事だ)

 

 ここまで厳重にしかけている時点で、術者の人間不信は透けて見える。となればいっそ侵入者を感知した時点で起動するようにして、条件付けのリソースを別に回してしまう方が効率的ではないか──なんていうのが、ルキフの正直な感想ではあったが。

 それはそれとして、糧になるものは何であれ取り込むのが彼である。

 

 よく言えば、意欲的。悪く言えば、悪食。

 ルキフという僧侶もどきは、そういった人間であった。

 

(しかしまあ、随分と)

 

 不意に、その顔に苦笑が浮かび上がる。

 ポーカーで負けた理由がブラフに乗せられていたからだと気付いた人間のような──つまりは、少し間の抜けた色の強い──ソレは、そのまま彼の内心を表していた。

 

 なにせ、彼はいくつか気付いてしまったのだ。

 

 

 例えば、目の前の家は間違いなくノモク一人で住んでいるのではないという事。

 数日前の会話において、“ノモクの両親は殺された”という事をルキフは聞き及んでいる。その原因、つまりはノモクの両親を殺したのが何なのかまでは聞いていないが、ここで重要なのは彼の口ぶりからして現在は一人暮らしをしているように語られていたという点だ。

 

 しかしどうだろうか。

 目の前の家には、生活感の無い部屋というのは一つもない。もちろん、外から眺めただけではあるのだが、しかし複数方向から観察したのならある程度の確度はある。

 

 加えて、周囲に展開されている魔法は、家の中に核を置いて維持されていた。

 となれば、ノモクは、話に出ていた幼馴染だというノルンなる少女と暮らしている可能性が高くなるわけで。

 

(見事に欺かれていた、か。なるほど?)

 

 そして、もう一つ。

 普通、外から来たらしい見ない顔の人間が、一つの家をしげしげと眺めていたら……それは怪しいものとして映るだろう。が、ルキフは一度として声をかけられなかった。どころか、村人たちは僅かにも近寄ろうとせず、あまつさえ目を逸らすようにしていたのだ。

 

 その事に気付いた時点で、ルキフは口元が歪むのを抑えられなかった。

 

(触らぬ神に祟りなし、か? ──つまりは)

 

「ノモク・ウォロフ。普通にしか見えなかったのは、さて、はて」

 

 呟きを最後に、ルキフは家の前から移動を始めた。これ以上得られる物は、特に残っていないからだ。

 

 向かう先は──村の中心方向。

 金属のぶつかり合う音、それも剣と剣が衝突した時特有の高い音が、しばらく前から響き始めた方向。

 

 

 

 先に待つモノは、はたして。

 

 

 

 




Tips.ノモクは嘘吐き
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