Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか?   作:RH−

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 ストックが切れたので少し更新が空きます。次回更新はGW明け辺りを予定してます。申し訳ない……。


時に現実は空想よりも奇となる

 高く不快な音が響く。響く、響く、響く。

 強すぎる衝撃に舞い散る火花が、蒼天の澄んだ青色へと吸い込まれるように消えていく。

 

「《Fir(ほの)──だめっ、ノモクっ!」

「くっ……大丈、夫!」

「────」

 

 渦だ。

 敵意。害意。悪意。あるいは“熱狂的”と形容詞を付けられたかもしれない純度のそれらが、しかし冷え切った情動として漂い、そして渦を為す。

 

 中心に置かれるは、白髪の少女と黒髪の少年。歳はどちらも15ほどだろうか。少女が後方で杖を構え、その前に立つように少年が剣を構えている。

 そして、もう一人。こちらは、表情を浮かべずに剣を振るう男。既に成人して久しく見える枯れた容姿とは裏腹に、その剣技は迅く鋭い。このような田舎村に居ていい次元を優に飛び越えた技術は、この大人の本職がどこぞの用心棒などであることを示していた。

 

 人数差などあって無いようかのように、少年と少女は追い込まれていく。力量の差が、あまりにも大きすぎるからだ。

 

「《Wind(風よ)》! ノモク、下がって!」

「分かった!」

「《Water(水よ) - falling(降り注げ)》!」

「────」

 

 滝のような水。が、詠唱通りに降り注ぐ。

 

 まともに命中すれば、その重量も相まって立派な攻撃になったであろうソレは──しかし剣の一振りに巻き起こされた風によって裂かれた。着弾地点にいた男による()()である。

 同時、ゴキリと鈍い音が男の腕からなり、剣を握る腕が力なく垂れさがる。御伽噺から飛び出たような技は、腕利きである男にとっても限界を超えたものであったのだ。

 が、男は即座に腰元のポーチからポーションを取り出し、それを振りかけることで骨折を癒す。眉一つ動かない鉄面皮は、いっそ痛覚が無いのではと思わせるほど不気味であった。

 

「……ノルン、魔力、あとどれだけ残ってる?」

「…………ダメ。もうほとんど残ってない」

「あはは……ちょっと、マズいかもなあ」

「ごめん、なさい……私が、弱いから」

「ああいや、そんな事を言いたかったんじゃなくて」

 

 沈み込むような少女と、どうにか空気を変えようとしながらも表情の固さを隠せない少年。対する男は、やはり無表情なままに踏み込み──

 

「くっ!」

「────」

 

 再び、剣の打ち合う音が響く。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 本来は広場として使われているであろうそこにたどり着いたルキフは、静かにその光景を眺めていた。

 言葉を失った、というわけではない。彼がこの程度の光景でそこまでの衝撃を受けるわけもなく、そして感動を覚えるはずもない。

 

 あるいは平時ならば棚からぼたもち──この比喩が彼に通じるかは不明であるが──としてニタニタと眺めていたかもしれないが、今ばかりはその表情に緩みは僅かにも出ていない。

 

「ぐぅっ!」

「ノモクっ! だめ、もう!」

 

 ただ、じっと。

 黒髪黒目の平凡な少年と、白髪に赭目の少女を、じっと。眺め続けている。

 

 あるいはそれは、彼らを取り囲んでいる村人たちと似たように。いよいよ少年の左腕を刃が掠め、赤色が宙に飛び散ろうと。

 ただ静かに、じっと。

 

(──venefica)

 

 その双眸は、真実全てを映している。

 

 少女の握る杖に刻まれた銘も、時折その赭の瞳が紅に揺らいでいる事も。

 少年が、追い込まれれば追い込まれるほどに、まるで不純物が取り除かれていくかのように動きを鋭くしつつある事も。

 村人たちが、自身(余所者の邪魔者)へと向けるのと同様の感情を二人へ向けている事も。

 

 その全てを認め、そして。

 

「ふふ」

 

 遂に、その口が歪められる。

 ニヤリと。あるいは、ニタリと。

 

 

 そして、それがきっかけであったのではないだろうが……いよいよ、限界が訪れる。

 

「あ────」

 

 ノモクの手から剣が弾かれ、無手となった少年へと返す刃が閃く。流れるような剣閃は、されど絶死の刃となりて振り抜かれ──

 

 刹那、三つが起こった。

 

 一つは、半狂乱に叫ぶ少女の頭上に突如として出現した、広場を覆いつくしてあまりある大きさの火球。

 一つは、村人の輪に紛れるようにしていた老人による、それを打ち消すための水の膜。

 

 そして、一つは。

 

 

「《Icicle(氷柱)reverse(逆向き) - circle(円形展開)》」

 

 村人たちの輪、その更に内側を、先端が鋭く尖った氷柱(つらら)が輪を為すように並び生える。

 否、まだである。成人済みの大人の身長を優に超えるそれは、白く空気を染めながら更に上へと伸び上がっていた。まるで木の成長を早送りするみたく、更に更にと。

 

 必然、そうなれば氷柱は頭上に広がる水の膜と、その奥で相殺され続ける火球へと触れる。

 触れて、そして。

 

「《Repeal(無効化)》」

 

 それを媒介に、ただ一人によって全てが打ち消された。

 

「《Frost()》──ふむ。大の大人がまだ幼さの残る子どもを寄ってたかって……穏やかではないですね」

 

 静寂。冷や水を浴びせられた、というよりその上で凍らされたかのような空間を、周囲に白銀の空気を漂わせたルキフが進み出る。

 間違いなく魔力の無駄でしかないソレは、そのまま彼の気分が高揚していることを示していた。

 

「《Heat(熱よ)》……何者じゃ」

 

 と、そんな彼の正面──つまりは輪の中心を挟んでの反対側だ──を、氷柱を溶かしながら白い髭を蓄えた老人が進み出る。

 ノルンのように杖を構えているわけではないが、しかし十分に“らしさ”を備えた魔法使い然とした……枯れ枝のような細さと、しかし決して折れなさそうな眼光の鋭さが特徴的な男だった。

 

「何者がいいですか? 旅の者、冒険者、僧侶、魔法使い……大抵のものは名乗れますが」

「ふむ、ならば墓守などでよいかの」

 

 両者共に、先の一瞬で相手の力量を理解しているのだろう。

 言葉とは裏腹に、漂う空気は既に鋭く変わりつつあった。

 

「おやおや……ならば、私が番をするのは貴方の墓になりますかね?」

「ぬかせ、若造が。貴様が()るのは貴様自身の墓じゃ」

 

 バチリと、火花が爆ぜた。

 漂うは向かい合う両者の中間地点。魔法の衝突、ではない。大気中を漂う魔素が高すぎる二人の魔力圧によって押しやられ、衝突したのだ。

 

 しかし、動かない。

 睨み合うようにしながらも、ルキフも、老人も、決して動かない。当然だ。動けば負けるのだから。

 

 一定以上の実力を修めた魔法使いの戦闘において、先手を取ることとイニシアチブを握ることは同義ではない。

 そも、魔法には属性があり、そして相性差がある。“火属性では水属性に勝つことは難しい”といった、それだけの話だ。それだけではあるが、しかし純然たる事実でもある。

 

 故に、その属性相性を突けば、相手よりも短小節の魔法で相手の魔法を凌ぎ、場合によっては反撃にまで転じられたりするのだ。

 そして、それこそが特殊属性──光や闇を代表としたソレら──や、無属性魔法──大気中の魔素を使わずに魔法を構築するため、高位の魔法使いしか使えないソレら──が重宝される所以でもあったりするのだが、ともかく。

 

 ルキフと老人の両者が一触即発の空気をしかし硬直させているのは、そんな理由であった。

 が、ここで忘れてはならないのは、そもそもルキフは魔法使いではないという事。

 

 ……僧侶ですらなくなっているためじゃあコイツなんなんだという問いが出てきそうだが、ここでは割愛する。なんか超人とかその辺りだろう。

 

 さて。純粋な魔法使いではないルキフは、当然のように直接戦闘も得意としている。それこそ、今は様子を窺うようにしているノモクと打ち合っていた男を十秒で殺せる程度には。

 そんなわけでルキフが踏み込んだ、次の瞬間。

 

「やめじゃやめじゃ。時間の無駄でしかない」

「……つまらない。逃げるので?」

「なんとでも言え。魔法使い同士で鎬を削ろうというのならば考えてもやったがの、物理的な暴力に出られてみろ。儂のようなか弱い老人はポキッといってしまうわ」

 

 このまま身体能力で圧倒し、その上で魔法でも打ちのめしてやろう、なんて企んでいたからだろう。

 顔にでかでかと“興が削がれた”と書かれたルキフに、しかし特に勝ち誇ったりもせずに老人は背を向けた。

 

 向けて、転瞬。

 

「《Shockwave(衝撃波) - omnidirectional(全周)》」

「──っ!」

 

 ガシャリ、と氷柱が砕け散る。

 放たれたのは、ただ全方向へと衝撃波を放つだけの魔法。ただしそれは属性を帯びておらず、すなわち老人が無属性魔法を扱える域にあるという事を示していた。

 

「……食えない老人だ」

「ふん。お前たち、帰るぞ。こんな場所にいては命がいくつあっても足りん。調べたい事もたった今分かったしな」

 

 老人と、ノモクと剣を打ち合っていた男と、その他村人の輪に紛れていた数人。彼らが立ち去り、合わせてそそくさと村人たちも立ち去り──

 

 残されたのは、ノモクとルキフ、そして俯いた少女だけであった。

 

 

 

 

 

「つつ……」

「大丈夫ですか、ノモク君」

「あはは、ごめんなさい、ルキフさん。迷惑かけちゃいましたね」

「この程度、何の労苦にもなってませんよ。気にしないでください」

 

 老人の放った衝撃波に耐えるためだろう、蹲るようにしていたノモクへと、ルキフが手を差し伸べる。

 彼の本性を知る者であれば誰でも分かるだろうが、当然ながらこの行動に善意など存在しない。こういう場面では手を差し伸べるのが普通、なんて考えすら存在しない。

 

 あるのは合理的な思考と少しばかりの悪戯心、それだけだ。

 

 ただし重要なのは、それが傍目から見てどう映るのかという点。

 それこそ──未だに俯くようにしている少女から見た時に、この光景はどう受け取られるのか。

 

「それで、大丈夫ですか? 大半の傷はこの場で癒せますが」

「ああ、いや、それは大丈夫です。それに、これは僕が弱かった結果ですから……その、残しておきたいですし」

「なるほど。ですが、あまり痛むようでしたら言ってくださいね」

「はい!」

 

 重ねて強調するが、この行動に善意は僅かにもない。……逆に悪意ならば存在するのかもしれないが、ともかく。

 

 それに、どれだけ親しげにしていようと二人の関係性は深くはない。精々が仲の良い近所の人、のレベル。

 それ以上に踏み込ませることも、そしてそれ以上に踏み込むことも。どちらも基本的にないのが、ルキフという人間なのだ。

 

 だが、まあ。

 それが誰からも見抜けることであるかと言えば別の話であり、ましてや少し前に半狂乱に陥っていた少女に見抜けるかと言えば……少々、かなり難しいわけで。

 

 言葉にするのであれば──まだまだ事態は終わっていないと、それだけなのだろう。

 

「それで、あの子が君の言っていたノルンさんで──」

 

 ニタニタと笑うルキフの言葉が、遮られる。

 響いた声はうわ言のような印象で、ぽつりと。ただ、一言。

 

 

「あなたも、ノモクを取っていくの?」

 

 

 直後、爆ぜる。爆ぜた。

 魔法である。

 

 熱と、閃光と、そして衝撃と。まさしく、爆発。爆裂。それが、少女の掲げた手の方向へと、込められた力を解き放とうとして──

 

「流石にそれはやりすぎですよ」

 

 直後、上へとその手が弾かれたことで軌道が変わる。

 青い空が一瞬だけ赤く染まり、強い風が叩き付けるように吹き荒れた。

 

 当然ながら、対応したのはルキフである。

 急転直下にも思える展開ではあるが、そもそも彼はこうなることを予期した上でノモクに手を差し伸べていたのだ。対応する事自体はそう難しくはない。

 

 もっとも、ここまで殺傷性のある魔法を使われたのは想定外ではあったようだが。

 

 ともかく。そんなわけで少女に近寄ったルキフは、そのまま少女の顔を覗き込もうとした。

 些細な愉しみではあるが、少女の顔が歪んでいれば老人がさっさと退散した分のフラストレーションぐらいは解消できるだろうと踏んでの行動である。

 

 そう思って、少女の顔を覗き込んで。

 

「──っ!」

 

 ルキフは、そこに紅を見た。

 

 紅色。

 紅い色だ。

 

 初めに見えていた赭の名残を僅かに残しながらも、ほとんど完全な紅に染まった瞳。それはどうしてか、ルキフには目を逸らせないものであったのだ。

 

(……なんだ? この色を、前にどこかで)

 

 眉根を寄せるようにしながら、ルキフは考える。はたして、いったい何が引っかかっているのだろうかと──

 

 

「──ルキフさん。何を、してるんですか?」

 

 

 少女ではなく少年の声は、背後から。

 同時にルキフの耳朶を叩いたのは、カチャリという硬質な音。例えばそれは、剣が持ち上げられたような、あるいは突き付けられたかのような。

 

「さて。何もしていないと言って、君はそれに納得するのですか?」

「やだなぁ、ルキフさんは僕を鍛えてくれた恩人なんですよ? 信じるに決まってるじゃないですか」

 

 おどけているとはっきり分かる、白々しいまでの声。あるいは、嘘らしすぎて真っ赤に聞こえる、と言ってもいいか。

 それを聞いて、少しだけ悪戯心がルキフに湧き上がる。無計画に過ぎるそれは、あるいは子どもの無邪気さとも形容できるかもしれない。

 

 そんな気まぐれに従って、黒ずくめの彼は答えた。

 

「──では、答えは否と」

 

 続けようとしていた“そちらの方が面白そうですから”という言葉は、しかし回避行動に上書きされる。

 ノータイムで、躊躇なくノモクが剣を振るったのだ。

 

「悲しいですね。仮にも弟子なら『ルキフさんがそんなことするわけない!』とか言って欲しかったんですが」

「あはは、自分で言っといて矛盾してないですか?」

「おやおや、これは一本取られましたね。おめでとう、初めての一本ですよ」

 

 交わされる言葉は、普段の修行風景とさして違わない。あるいは、向かい合って対峙しているという姿も。

 だからこそ、両者の間に漂う空気の異質さが際立つのだが。

 

 しかしながら、まだまだ事態は変転する。

 

「──あれ? 私、えっと」

 

 正三角形を描くように立つ三人の一人、つまりはノルンが、瞳の紅を赭に変えて呟く。

 “いかにも”な言葉と共に浮かび上がるのは、夢から醒めた直後のようなぼんやりとした表情。

 

 そうして、最後に一度まばたきをして少女は眼を開く。

 開いて、直後その顔を青くする。

 

「──あっ、あのっ、ごめんなさい! 私、どうかしてたみたいで! ノモク、私は何もされてないから! むしろ止めてもらった側だから!」

 

 わたわたと忙しなく手を動かす姿は、年相応の少女然とした微笑ましい姿。それが、ルキフとノモクの間に漂いつつあった死合の空気を霧散させた。

 

「……まあ、いいでしょう。では、私はこの辺りで」

「え、あ、その! ノモクは普段はこんなじゃないっていうか、私のことになるとちょっと怒りやすくなるっていうか、なので。その……」

「ああ、それについては分かっていますよ。ただまあ、私がいると落ち着きもできないでしょう?」

「あ……すいません。それと、ありがとうございました。事情の説明とか、このお礼とか、いつか必ずしますので」

 

 未だにどろりとした黒の瞳で剣を構えるノモクと、それを必死に抑えるノルン。なんともまあ定型的な姿に、思わず口元が緩みそうになって。

 ルキフは、すぐに踵を返した。

 

(たしかこういうのを、先生は“馬に蹴られる”と言っていたか。随分と懐かしい記憶だ)

 

 ひらひらと手を振って、思考をなるべく逸らして、それでも抑えきれずに口角が上がるのを自覚して。

 真っ黒な彼は、空を見上げた。

 

 青く、青く、澄んだままの空を。

 

 

──*──

 

 

 パチパチ、と火の粉が爆ぜる。

 穏やかな色。星空に溶けながらも、穏やかな橙色。焚き火の炎だ。

 

 場所は彼の現在の拠点である洞窟付近……ではなく、少し離れた山の頂上付近。魔物蔓延る森を抜けたそこは、間違いなく誰の邪魔も入る事のない場所だ。

 

「…………」

 

 右膝だけを立てて、そこに右肘をついて。ルキフは考える。

 あるいは、想起する。

 

 ──venefica。

 

 少女、ノルンが握っていた杖に刻まれていた銘だ。

 そしてそれは、彼が知る伝記、伝承、もしくは与太話にも登場する名でもあった。

 

「venefica。白色の魔人」

 

 曰く、何年、何十年──何百年の時が経とうと、姿の変わらないヒトガタ。

 人間のようで、しかし人間とは決定的に異なる姿をした存在。

 

 姿の特徴は、白色なのだという。

 色素の抜け落ちたような白色の、肌と髪。それが、変わらぬ姿のまま大陸を旅歩き、渡り歩き、そして彷徨い歩いている。寿命は無く、されど対話も無く。ただひたすらに、歩いている。旅している。

 

 それが、与太話の全てだった。

 まさしく“与太話”、酒の席なり怪談話の席なりで出てきて、少しだけ場を盛り上がらせる程度の話。ヤマもなければオチもなく、深みも厚みもない。

 

 しかし奇妙であったのは、それが単一の話に登場するワケではない、という点だ。

 もちろん、『venefica』の名は先に挙げた一つの話にしか登場しない。だが、そうと思って聞いてみれば類似する特徴を持つナニカが登場する話が、他にもいくつかあったのだ。

 

 例えば、魔王の封印を施したという旧い時代の勇者たちに付き添い、その果てを見届けてなお生き続けた『白キ魔法使イ』。

 例えば、古来より迷える旅人の前に現れ、失われた太古の魔法を以て導きを与えると言われている『白色の精霊』。

 例えば、秘境とされるどこかの山奥に造られ、数百年の間変わらずに異端の研究が行われ続けているという『白夜の研究所』。

 

 そして──6年ほど前に逃亡生活中の彼も小耳にした、魔物を率い、霧と共に現れては人々を虐殺する『純白の死神』。

 

 全てに共通するのが、()()()()()()()()()()()()()()という点だ。

 それも、最後の一つを除けばとんでもなく長い時間を生き続けている。

 

 故に、もしかすればこれらは同一の存在なのでは……なんて、暇つぶしに考えていた事もあったのだが。今になってその考察が再び浮き上がってきた事に、ルキフの口角が上がる。

 

「もしこれらが同一であり、あの少女がveneficaならば」

 

 それは、どういう事になるのだろうか。

 想起を終え、次なる段階──つまりは、現在の考察へと青年の思考が移る。

 

 これらが同一であるという仮定が真であるならば、ノルンは数百年は生きていることになる。あるいはもっと上、千年の桁にさえ届くかもしれない。

 

(さて、はて。あの少女は、そこまで老成した精神性をしていただろうか)

 

「否、だ」

 

 呟いて、肩をすくめるルキフ。

 内心を言葉に表すならば、『考えるまでもなかった』だろうか。事実として、彼から見た少女は千年の時を生きられるような異質なものではなくかった。

 むしろ、受けた印象としてはその真逆、『想い人から離れたくない』『棄てられたくない』というような年頃の少女にありがちなソレであったのだ。

 

 多少……いや、かなり、その程度は深いようではあったが。

 

「……ふむ。ならば」

 

 発想を逆転させようかと、視点を切り替える。

 すなわち、veneficaと思われる複数の伝承が同一でなかったとすれば。もっと言えば、同一存在ではあっても同一個体ではなかったとすれば。

 

 可能性は──

 

 群れ。一族。

 クローン体。

 継承。転生。

 エトセトラ。エトセトラに、エトセトラ。

 

 いくつも挙げられる。可能性は無数にあるからこそ、枚挙にいとまは無い。

 それらを一つ一つ、蟻を指先で潰すかのようにルキフは狭めていく。

 

「群れ、もしくは一族……ならば、ノルン少女の周囲にも同様の存在がいるはず。あるいは、壊滅したという線もあるが……旧き時代からの存在が、そう容易く、何の騒ぎも起こさずに消えるわけもない」

 

 伝記だ。

 伝承だ。

 

 ──与太話だ。

 

 それが真実である確証はどこにもない。むしろ、“そうではない”可能性のほうが高いだろう。

 寓話や空想、物語というものは得てして“そうであったら面白いのに”という願望を養分に成長するのだから。

 

 しかし、そちらについては考えもせずに、黒ずくめの青年は考察を巡らせる。

 

「クローン体、とするならば……脱走した個体、だろうか。いや、失敗した廃棄個体と考える方があり得るか」

 

 ルキフは常人よりも遥かに優れた頭脳を持っている。

 故に正解を導き出せる可能性は高いが……同時に、選択肢に不正解が上がってくる可能性も高くなる。度を超えた知性は、ノイズも多く拾うものなのだ。

 

 とはいえ、彼もその程度には慣れている。

 扱い方も、付き合い方も、人一倍によく知っている。

 

 だからこそ、たどり着く。

 

「継承、あるいは転生ならば幼さに反する──待て。もしも、複製ではなく上書きだとすれば?」

 

 繋がる。

 繋がった。

 

 ルキフの脳内で、いくつもの点が、情報が繋がる。

 線を織り成し、図形となり、そして──

 

 ──()()()()()()()()

 

「もしそうならば……鍵は、ノモクか。それに、彼個人にも少し興味が湧いている」

 

 興奮からか、久々に脳が最大出力で巡っているのを感じながら。

 無数の計画を立てては破棄しながら、ルキフは腰を上げる。

 

「仮説が正しければ、顕現するは神代より続きし怪物。あるいは、平凡を装う少年が食い破るか、異端になり切れなかった少女が耐え切るか──フフッ、フフフッ」

 

 抑えきれないとばかりに漏れる笑い声は、止まらずに響き続けた。

 焚き火の炎が消され、周囲が暗闇に覆われても。

 

 ずっと、ずうっと。

 

 

 




Tips.ノモクが現在住んでいる村は彼の生まれ故郷ではない
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