Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか? 作:RH−
ルキフが勇者にパーティを追放されてから、ちょうど二週間。
王都を発った後、調べ物をしたりとある夫妻に接触したりと、色々としていたらあっという間に過ぎた時間の先。
新月というなんとも“らしい”夜に、それは起きた。
「いやぁああ!!」
「痛ぇ……痛ぇよお…………」
「たす、けて……」
場所は、俺の向かった村から山を二つ挟んだ中規模ぐらいの村。つまりは、俺の故郷である廃村から山を一つ越えた先だ。
そこに、魔物の群れが襲い掛かった。いわゆるスタンピード。規模は小さいが、立派な災害だ。
「……こっちにはいないと思ってたんだがな。勘が当たってたのかどうなのか」
魔物の流れを見るに、これは自然発生したスタンピードじゃない。この村を襲うよう、間違いなく意図的に追い立てられている。
つまりは、ルキフの仕業だろう。
……言い訳ではないが。この辺りにアイツが潜伏している気はしていたが、この村には近寄らないと思っていたんだがな。アイツの好みからして、麻薬栽培をしていた村など興味を持つ対象にならないはずだから。
ついでに言えば、俺の懸念していた少年についても同様。どうやら
「今更言ったところで、か」
正直な話、俺に目の前にまで来た村を救おうという気はない。欠片も、ほんの少しも。思うところがあるのかと聞かれれば、それもまた否ではあるが。
博愛精神など、随分昔に摩耗したものだ。
「……はぁ」
取り繕う事もできなくなった俺の声は、普段よりも数段低くなっていた。
色々と目の前の光景から思い出した結果だから、ある種理不尽ではあるかもしれない。
目の前の、光景。
まあ、地獄のような光景だ。控え目に言うまでもなく。
あるいは──言葉を選ぶまでもなく、か?
はん、と、息を吐く。
丸眼鏡越しに目に映るは、どこから出火したか村全体までに広がった橙色と、そこかしこに散らばる死体から溢れた赤色。
鼻に香るは、肉が中途半端に焦げた臭いと、何よりも赤い鉄臭さの不快さ。
耳朶を叩くは、悲鳴に悲鳴に悲鳴。重ねて慟哭、絶望の声。
「お母さん……? ねえ、起きてよ……お母さん」
「はやく……逃げ、なさい」
「ねえ、やだよ! お母さんと一緒がいい!」
聞えてきた声に、ピタリと足が止まる。止まってしまった。
から、見てしまう。
倒壊した家屋に足を潰された母親と、泣きじゃくって縋り付く娘。奥からは、狼に似た魔物が迫ってきている。
「……はぁ、つくづく嫌になるな」
手を掲げて、生成した氷槍を射出する。キャウン、なんて反吐が出る鳴き声が響いた。
まあ、油断することはない。二撃、三撃と叩き込みながら母娘の下に近付く。
……ぼろぼろに傷んだ指先に、肌に浮かび上がりつつある斑点。案の定、だな。
目を閉じて、少し集中するようにして魔法を構築する。浮かび上がる光が囲む対象は、娘一人だけ。
「……転移魔法だ。親がどうであれ、子供に罪は無いからな。山を二つ挟んだ村にまで飛ばす。言い残す言葉があるなら、早く言え」
端的に、母親にだけ伝わるよう話しかける。
ぶっきらぼうな口調になっているのは理不尽だろうが……まあ、我慢してくれ。あんたらに怒ってるわけじゃないしな。
「アリス。あなたは、幸せになってね」
母親は一瞬だけ目を見開くと、ただそれだけを娘に伝えた。
紛れもない愛情が宿った言葉だ。この母親も人の子であったと、それだけの事なのだろう。
……つくづく、嫌になる。
「お母さ──」
娘が何かを言うよりも早く、魔法が発動する。した。
それで終わり。もう、ここに親に縋りつく少女はいない。今頃はあの村で保護されている頃だろう。
「恨みたければ好きに恨め。俺は両方を助ける術を持っていて、その上で娘の方だけを救ける選択をした。まあ、恨む程度の正当性ならばあるだろう」
残された母親に、目を合わせないようにして呟く。
否。もう声の届く距離ではないが、俺は娘の方も指して同じように言っている。俺自身、この行動は随分な行動だと思っているから。
ああ、本当に。自分の芯の無さに嫌気が差す。
「感謝、を。あの子を助けてくださって……ありがとう、ございました」
「……嫌な人間だ」
「ええ。私は、助かるべきではない……嫌な、人間ですから」
「…………。せめて、安らかに眠れ。救う事はしないが、その程度の介錯ならやってやる」
「お優しい、方。あなたに感謝と……最大限の幸福が、ありますように」
腹立たしい。
母娘ではなく、自分と、そして世界が。
中途半端に自己満足の救いの手を差し伸べて、それで勝手に苛立っている自分も。こんなモノが珍しくもないぐらいに溢れ返っている世界も。
本当に、腹立たしい。さっさと滅びてしまえと思うほどに。
もはや何も言わない、笑顔を浮かべて眠る骸に背を向けて、目的の少年を探す。今はルキフよりも彼の方が優先度が高い。
「……ああ、やはりか」
見つけた。心の臓に穴を開けて、目を見開いたまま死んだ少年。
どこからか撥ねたのか、あるいは伝ったのか、黒く変わった瞳は血液で紅く染められている。
「──ノモク・ウォロフ。俺は俺の目的の下、お前の死を弄ぶ。あるいはお前にとっては苦界へと引き戻す行動になるかもしれないが、まあ。好きに恨んでくれ」
しゃがみ込むようにして、両手を伸ばす。
向かう先は、骸の両眼。
「【RESURRECTION】」
刹那、世界が歪んだ。
──*──
さてさて、それではここで。一度だけ、時間を巻き戻そう。
すなわち──何が起きたのか。ルキフがスタンピードを起こしたのは事実であるが、そこから何があり、そして何故ノモクという少年は命を落としたのか。
そして、ルキフはどこへ行ったのか。ノモクと共に居たであろうノルンはどうなったのか。
それら全てを、明かすのだ。
さあ、流れを整理しよう。
時を戻して、一時間。発生したスタンピードの内、比較的機動力の高い第一波が到来した頃。ルキフは、ノルンと言葉を交わしていた。
「えっと……ルキフさん、でしたっけ。何か……? あ、もしかして避難しに来たんですか?」
「いえ。実は、いくつかお伺いしたい事がありまして。よろしいでしょうか」
周囲にノモクの姿はない。
もっともそれは彼が何かをしたというわけではなく、単に村の防衛についての集まりに呼び出されているだけであるが。厄介者として扱っていても、扱われていても、村に住んでいる事には違いない。
ならば戦力としての働きを求められるのもまた、道理ではあるのだろう。
つい昨日の事を思えば、それは間違いなく随分と面の皮が厚い行動ではあるのだが……生死のかかる場面でプライドを維持できるほどこの村の人間は強くなかったという、それだけの事である。
言うまでもなく、麻薬によって不幸になる人間がいることを理解した上で麻薬を栽培し、まだまだ若い少年少女に村八分のような扱いをするような人間たちだったのだ。それこそまさに、道理というヤツなのだろう。
人間とは、そう簡単に強く在ることはできないのだ。
そして、それを理解しているからこそルキフは大々的に動いた。一時、ノルンという少女の傍からノモクが離れざるを得ない状況を作り上げるために。
全ては今この瞬間のため──と言うほどではないが、スタンピードの4割ほどの目的がここにあった。それだけ、彼にとってこの対話は重要であったのだ。
「まず、貴女とノモク君はこの村の生まれ
「……っ、どこで、それを」
「ただの推理です。これでも人の悪意には敏感でして、貴女達が私に向けられるのと同様の……つまりは外部の邪魔者へと向けられる悪感情を村人たちから向けられていた事、それはすぐに分かりました。それに、君たちが住んでいる家も随分と新しい物でしたからね。おそらく魔法で組み立てたのでしょう?」
「……はい」
澱みなく告げられる論拠は、全てが的を射ている。
その話題を避けたがっている少女が、認めざるを得ないとして首肯を返すほどに。
「では、続けて。貴女とノモク君は幼馴染ではない。それも間違いありませんね?」
「…………」
「念のため、根拠も言っておきましょうか」
杖を抱えるようにして俯く少女に構わず、“そう難しい事でもないのですが”とルキフは続ける。
淡々としているわけではなく、むしろ酷く饒舌であるぐらいなのだが……その姿は、纏う空気は、どこまでも不吉なものであった。
あるいは──残酷なものであった、とも言えるだろう。
「貴女が持っているその杖。veneficaの銘が刻まれたその杖。馴染み方からして、かなりの年数を使い込んだものでしょう。それこそ、幼年期から使い込んでいたような」
「…………」
「venefica。大陸を旅し、渡り歩く一族。そして、貴女もそうであった。そうですね?」
答えは。
沈黙。
「…………」
響き始めた戦闘音は、未だ遠くの喧騒として離れている。
それは、そちらに呼ばれているであろうノモクとの距離も表しており、故にこそ二人の接触に邪魔が入らない事もまた示していた。
「生憎、実物をお目にかかる事はありませんでしたが。それでも、知識ならば私も有しています。そして、貴女の見た目はveneficaの特徴に合致している」
「あなたは、あの一族について……何を、知ってるんですか?」
「何も。どこを旅しているのか、何故旅をしているのか。気になりはしますが、私も一般レベルの知識しか持っていませんから。とはいえ、太古の時代から同じようなことを続けている、というのは知っていますが」
「……っ」
ビクリと肩を震わせた少女に、ルキフはブラフの効果を認める。すなわち、自身の仮説は当たっていたのだと。
となると、その語りは更に強まるのみ。
「貴女に何があったのかについては知りません。逸れたのか、追放でもされたのか……あるいはそれ以外か。しかし、事実として貴女はveneficaの一族から離れ、現在は一所に定住している。それは紛れもない事実です」
「…………」
「さて──ならば、ノモク・ウォロフという少年はどこから出てきたのか。彼はゴーレムのような造られた存在ではなく、生きている人間です。となれば、そこには来歴となるものがあるはずだ」
静かに俯く様は、あるいは降り注ぐ刃を首を差し出して待つ罪人のようにも。
少女は黙したまま、何も語らない。
「彼も貴女もこの村の出身ではない。そして、彼も貴女も互いに執着を……いえ、依存を見せている。ところで、話は変わるようですが、失われた旧い魔法には他者の精神へと干渉するものもあったとか。ああ、そういえば貴女は太古の時代より謎の旅を続けている一族の出身でしたね」
「…………」
震える少女に。追い詰められていく少女に。
口元を歪めた青年は、決定的な一撃を入れる。
「ノルンさん……端的に言いましょう。貴女、やりましたね?」
必要最小限どころか必要量すらも満たしていない曖昧な問いかけは、けれども何よりも鮮明に。
少女の答えは──
「──っ!」
目を見開き、横跳びに身を投げる。
ノルンではなく、ルキフが。
そして、その軌道を追うように──あるいは、つい昨日の焼き増しのように──銀色の刃が滑る。
「……随分と早かったですね。ノモク君」
「何か嫌な予感がしたんですよ。あはは、やっぱり当たってましたか」
言葉は、二重の意で。
すなわち直感が当たった事と、
「まったく、見違えた物です。最初に会った時は素人同然であったのに」
「じゃあ師匠が良かったんですね」
「おや、嬉しい事を言ってくれます。私もできた弟子を持ちましたね」
当然ながら、ルキフが身に纏う物に仕込みをしていないはずもなく。剣の当たった左の二の腕あたりに傷は無く、それどころか布地に解れすら存在しない。
しかしまあ、命中したという事実に変わりもない。
ノモクの動きは、やはり明らかに鋭くなっていた。
「それで、ルキフさん。ノルンに何やったんですか?」
「今回は断定してるんですね。信頼が無いようで悲しいですよ」
「余計な問答はいいんで、早く答えてくれません?」
剣閃が踊る。
白銀の軌跡は夜闇を裂くように、夜闇に咲くように。最小限に残された村の灯りを反射して、刃は滑らかに振り抜かれる。
しかし──捉えられない。
ただの回避だけでなく、時に“刃の側面を殴って逸らす”という絶技を見せるルキフは未だ余力を残しており、その言葉にもまた余裕が覗いていた。
「さて。先ほど彼女にも確認を取りましたが、君にもしましょう」
「はあ?」
「ノモク君。いいえ、ノモク・ウォロフ。君はこの村出身の人間ではない。そうですね?」
「何を言って──」
「この村の思い出は? 彼女以外の知り合いは? 友人は?」
単なる怒りか、あるいは心当たりか。
僅かに、白銀の軌跡に揺らぎが生まれる。
「さて、では君はどこの生まれなのか。いつ、どこで彼女と出会ったのか」
「そんなのっ! どうでもいいでしょう!? 僕はノルンさえいれば」
「それは、何故? 君がそこまで彼女に執着する理由は? 物事には理由が、原因が必ずあります。では君のソレは、何なのでしょうか」
「それはっ……」
今度こそ、その動きが固まる。
時間にして一秒もないであろう硬直は、けれども確かにそこにある事実に他ならない。つまり、ルキフの投げた言葉が考えるに値したと──
──ノルンという少女との出会いを、慕情の理由をノモクという少年は思い出せないと。
ただ、それだけを指していた。
「それでは、長引かせても陳腐になるだけですし、最後です。以前、君は『両親は殺された』と、そう言っていましたね」
少年は動かない。剣を振り上げた不格好な姿のまま、まるで思考が白紙になったみたく固まっている。
少女も動かない。杖を抱えたまま、判決を待つ罪人のように俯いている。
その中で、青年だけが動く。
ニタリと口角を上げて、少年の至近距離にまで近付いて。期待を籠めるように、一言。
「君の両親を殺したのは、誰なんですか?」
シンと、静寂が満ちる。
風の流れる音だけが、寒々しく三人の耳朶を叩く。
そんな中、少年の脳裏に過ぎるのは。
「……あ。あ、ああ」
自身に覆いかぶさるようにしていた母親が、何か知らない魔法らしきものに吹き飛ばされる姿。
「ああ、ぁ──」
そして、家に大きく開いた穴の向こう側には。
杖を構える、白髪の少女の姿が。
「あぁぁあああああ!」
「さあ、思い出せ。封じられた記憶を! そして見せろ! この苦難に抗う姿を! この苦境に堕ちる姿を!」
もはや、周囲に人影は存在しない。誰もがスタンピードの対応のために動いているのだ、当然だろう。
そして、それ故にルキフの描いた筋書きは見事に進んできた。
だが、しかし。
ここで、いくつか誤算が生じた。
まず最初に起きたのは、第三者による干渉。
「《────》」
三人の立つ場所からは遠く、声が僅かにしか聞こえない場所。そこで唱えられた魔法と、形成された氷槍が牙を剥く。
通常ならば有効射程を明らかに逸脱した距離から放たれたソレが、向かう先は──
──俯いたままの、白髪の少女。
「……っ!」
ルキフが気付いた頃にはもう遅い。
今から魔法を形成するのでは間に合わず、防げる武器もまた彼は持っていない。強いて言えば身を挺して庇うなりすれば、守れはするだろうが。
「──ぇ?」
声は、思考を巡らせていた青年からではなく、急に突き飛ばされた少女から。
そのすぐ傍に、赤い色が花を咲かせる。心臓直下。見事に大穴を開けられた少年は、しかし淡く微笑んで。
どさりと、力なく倒れ伏した。
「ノモ、ク……?」
ルキフの、もう一つの誤算。否、一つではない。残りの誤算、その全て。
それは、ノモクという少年の事情について。普通の人間として象られていた少年に纏わる、異常に過ぎる事柄。
そもそもの話として。
彼の両親を殺したのは、ノルンではない。
彼がノルンへと向けていた慕情は、決して彼女によって植え付けられた感情ではなく──間違いなく、彼自身が抱いた物であった。
そして、ノモク・ウォロフという少年は本質的には自身の生命へと……否、ノルンという少女以外の生命へと一切の価値を見出していない。
それらの結果が、呆気ないまでの結末。一人の少年の、15年程度の物語の幕引きであった。
だが、人間一人が死んだところで世界は止まらない。
呆然とその亡骸を抱えていた少女が、顔を上げる。
紅い瞳。毒々しい、鮮やかに過ぎる色。ハイライトの消えた、深く呑み込まれるような眼。それが、近くに佇む青年と合わせられて。
転瞬、世界が塗り替えられる。
その存在が降り立った。ただそれだけで空間が歪み、拉げ、砕けそうになっているのだ。
「うふふ、久しぶりの感覚。ざっと千年ぶりかしら」
「……なるほど。そうなりましたか」
「うん? ああ、貴方。私が蘇る理由を作った人間。でもごめんなさい、この子が貴方だけは殺してって言っていたの」
──だから、少し死んでちょうだい?
「っ!」
声と、大地が棘状に成型されるのは同時に。
ここに、破綻者たる青年と成れ果てたる怪物との戦いは始まった。
Tips.セィトゥンは色々経験した結果スれている