Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか? 作:RH−
雪に彩られた真っ白な地平線と、雲一つない澄んだ蒼穹。
身体を照らす陽の光は少しだけ暖かいけれど、それ以上に気温は冷えている。身を切るような、と表現するべき冷たさだ。
寒い、じゃなくて。冷たい。
高く遠くまで大空は、広く遠くまで雪原は、続いている。
果ては見えない。視界に端はあっても、果てはない。どこまでも、際限なく、見境なく、容赦なく──世界は広がっている。
風は凪いでいた。
それが幸いであったのか、それとも不幸であったのかは……正直、分からない。もし風が吹いているようなら、吹雪いているようなら、きっと私は死んでしまっていたから。眠らせてもらえていたから。
けれども風は凪いでいて、そして雪も降っていない。
当然だ。蒼穹は、残酷なまでに青色で、それ以外の色を許していない。雲なんて、小さくも薄くも存在していない。
だからこそ、そこで吐き出された私の息の“ホウ”という音はひどく目立つし、その色が雪よりも不純物に穢れた白色である事もひどく目立つ。
ひどく、ひどく。それこそ、まるで自分の存在を咎められているかのように。疎外されているかのように。
異質で、異端で、異様な存在として。
きっと、外から見れば、私は白色の中にポツンと打たれた点のように映るのだろう。あるいは、“私の瞳の色が”かもしれないけれど。
そんな、どこまでも広くて、どうにもならないほど美しくて……そして、どうしようもなく殺風景な世界。
静寂に満たされて、二つぼっちの色に満たされた世界。
ひどく寒々しい白と青の二色が、私の原風景。
私が捨てられた、その瞬間の光景。無関心な情景。
──*──
私を生んだのは、大陸中を渡り歩く奇妙な一族の末裔である人だった。
名は覚えていない。一族の名も、母の名も、父の名も。記憶から消えたのか、記憶から消したのか。それすらも。
たとえ10に満たない程の年数でも……思い出すのも億劫になるほど、古い記憶だ。
そんな一族に生まれ落ちて、生まれ堕ちて。
たぶん、6か7年くらいだったと思う。それぐらいの間は、案外楽しく過ごしていた。もう顔も忘れたけれど、両親だけでなく一族の他の人たちも優しかったから。
まあ、二十人にも満たないという少人数が故の、繋がりの深さだったのだろう。
その頃は。
色々な場所を、渡り歩いた。
旅には馬車なんて使っていなかったし、そもそも馬すらもいなかったから、きっとそう広い範囲を動いてはいなかったのだろうけれど。
それでも、子どもながらに色々な場所を渡り歩いたのを覚えている。
見晴らす限りに続く大森林を崖の上から眺めた。青々と陽光を反射する草原ではしゃぐように駆けまわった。花に満たされた丘に顔をうずめるようにして眠った。
満天の星空へ息を呑んで、昇り行く朝陽へ息を漏らした。
生憎と一族以外の人には一度も出会わなかったけど、それでも十分に過ぎるほど美しいものを見た。
満ち足りていたのだ。
今思えば生活は“過酷”に分類されるものだったのだろうけど、それでも。既に言ったように、一族の人も優しかったから。
その頃は。
全てが狂い始めたのがいつだったのかは、覚えていない。
ただ、気が付けば私の瞳はみんなの白銀とは違って赤みを帯び始めていて、その変化に応じて何かが変わったのだと思う。どこまでも、急速に。
私が、かもしれない。あるいは周りが、かもしれない。
もしくは、両方が乖離していったのかもしれない。
一つ言えることは、私の瞳から白銀の色が完全に消え去った日に、全てが破局したのだという事だ。
あの頃になると、幼いながらに私も違和感には気付いていた。
例えば、以前と比べて一族の人たちが随分とよそよそしくなった事だとか。夜になると、一緒に寝ていたはずの両親がいつの間にかいなくなっている事だとか。
そして──誰にも教わっていないのに、魔法が使えるようになっていた事だとか。
子どもながらに、『ああ、自分は異常なのだな』と思ったのを覚えている。
一族の人たちが魔法を使う姿は、何度も見てきた。見てきたけれど、私にはそれだけで魔法を扱えるようになる、なんて才能は欠片も持ち合わせていないはずだったのだ。
だというのに、まるで身体に染み付いているみたく自然と魔法が使えるようになったのだから……それが異常でなくて何だと言うのだろう。
けれども、世界は私の意思など置き去りにして進んで行った。私の瞳はどんどん赤色が強くなっていったし、使える魔法の数も質も跳ね上がっていったし、ある時からは誰からも教わっていないはずの知識が頭に増え始めもした。
比例するように、私の周りに近付く人は減っていった。仕方のないこと、ではあったのだろう。
ああ、だけれども。
私はどうしても狂うことができなかった。普通の感性を、捨てることができなかった。
どんどん異端になっていくのに、破綻することはできなかった。
例えば、美しいと思っていた景色が褪せて見えるようになるだとか。誰とも関わらなくともいいと思うようになるだとか。魔法を誰かに向けて使いたくなるだとか。
そんなことは何一つとして無かった。
見える自然は綺麗なままだったし、人が離れていくのは寂しかったし、魔法だって使いたいなんて欠片も思わなかった。
ただひたすらに、怖かった。
どうして私が、って。
どうして私に、って。
毎日怖くて、毎晩怖くて、私が私じゃなくなるのが怖かった。
ただただ、恐ろしかった。
いつか、目が覚めたら私が私じゃなくなっていて、それで。
いつか、この増えていく知識に私が塗りつぶされて、それで。
いくつもの『もしかしたら』を想像して、その度に身体が冷たくなって、胸にぽっかりと穴が開いたようになって、そして震えが止まらなくなった。
そんな、ある夜の事だった。
その頃には、いつの間にか使えるようになっていた睡眠魔法を自分に使わないと私はまともに眠れなくなっていて、けれども同時に酷く眠りが浅くなっていた。
意識を失う、という行為を本能的に恐怖していたのだろう。
そして、それ故に私は目を覚ました。
「あの子は──です!!」
「分かっ────いる──が──んのだ」
「そん──」
最初に聞こえたのは、言い争うような大きな声だった。
片方は、父の声。そしてもう片方は、一族のまとめ役をしていた大人の声。それが、周りを気にもせずに怒鳴り合っていた。
「どうして──私た────普通の優し────」
「──でも、だ。それが────」
耳が冴えてくるにつれて、母がすすり泣いている声も聞こえてきた。
そして、ぼんやりと聞こえた内容だけでも十分だった。
いよいよ、私が終わる時が来たのだと。そう理解するには。
捨てられるのだろうか。それとも、より確実に、と殺されるのだろうか。いくつもの『もしかしたら』を思い付いて──けど、もう全身を冷たさが襲ってくることは無かった。胸に穴が開く感覚も、震えも、何も。
だってもう、これ以上ないぐらいにそれらは襲ってきていたから。
ずっと身体は冷たくて、穴が開いていて、震えていて……そして、真っ暗だった。だから私は、テントの外を覗いたりせずに目を閉じたのだ。
どうかせめて、私が眠っている間に全てが終わりますように、って。
そう目を閉じて、その瞬間の事だった。
声が、聞こえたのは。
『憎い?』
端的な質問だった。
たった三音で終わるような問いかけだった。
事実を確認するという、ただそれだけの目的の呼びかけに──どうしてか、私は頷いてしまった。
頷いて、それで終わりだった。
まず最初に、両眼が熱を帯びた。熱く、熱く、内側から火で炙られているかのように。
次に、ズシンという重い音と、族長の絶叫が響いた。まるで、空から急に降って来た魔獣に襲われたかのように。
そして最後に、嗤い声が聞こえた。くすくす、だとか、からから、だとか……そんなかわいらしいものじゃなく、ゲラゲラとでも形容するべき。劣悪で、醜悪で、露悪的な嗤い声だった。頭の中で、誰かが嗤っていた。
それが、私の終わり。破局の始まり。
──*──
僕が生まれたのは、何もかもに『普通』という枕詞が付くような場所だった。
例えば、村について。
栄えているわけじゃない。人口で言えば、きっと三桁で収まる。大都市なんて夢のまた夢、実に一般的な──つまりは普通な農村だ。
あるいは、逆にもっと小さければ普通からは外れたのかもしれないけれども。それすらなく、そして当然ながら特色もなく、そんなありきたりな村が僕の生まれた場所だった。
例えば、家族について。
畑を耕して野菜を育てる父と、家で家事などをする母。貴族の生まれだとか、学者の血筋だとか、あるいは放浪者の一族だとか、そんな特別性なんて欠片も無い。
普通で、普通で、そして普通な家庭が、僕の生まれた場所だった。
そんな何もかもに『普通』という枕詞が付く場所に生まれた、これまた『普通』な部分しかない人間が、僕。
だから僕は、普通じゃない『特別』に憧れるようになったんだ──
『本当に?』
物心ついた頃、というのが一般的にいつを指すのかは知らないけれど、僕がそれを得たのは……つまりは物事に対して何かしらの判断を下せるようになったのは、14年ほど前だったと思う。
その時に自分は普通で平凡なんだと理解して、だから、それからは色々なことに挑戦をした。
例えば、勉強。
村の爺さんが気まぐれに子ども達へ教えている読み書き計算の勉強会に、飛び入りで参加して挑戦してみた。
結果は惨敗も惨敗。その歳の子ならできるだろう、という基礎レベルしか理解できずに、平々凡々の烙印を押された。
そもそもの対象が7歳とかなんだから、当然のことではあったのだろう。認めたくは無いけれど。
例えば、魔法。
僕の生まれ故郷にはたまに魔物を狩りに来る冒険者が滞在することがあったから、その時に魔法使いの人に基礎を教えてもらった。
こっちも、結果は惨敗。ぎりぎり火だと判別できるような火の粉を生み出すだけで、それ以上はどうにもできなかった。
まあ、魔法使いは才能が9割とも言われているのだから、これも当然のことだったのだろう。認めるには、呑み込まないといけないモノがいくつもあるけれど。
他にも、いくつもの物事に挑戦した。
体術、剣術、槍術……もちろん両親の農業や家事も含めて、どこかに自分の『特別』はないかと探し回った。探し回って、その果てで結論に行き着いた。
“僕の望みは、どう足掻いても叶わないのだ”と。
でも、それでいいと思うことにした。
だって、普通な村にも、普通な両親にも、幸せはあったから。だからそれを噛み締めて生きていこうと──
『本当に?』
カチリと、何かがはまる音がした。
『本当に?』
それはまるで鍵が鍵穴に差し込まれたかのように、ガチャリと音を立てて。
『本当に?』
【本当か?】
そうして、封が解かれた。
「本当は──」
僕が生まれた村は普通の場所だった。これは、本当。
僕を産んだ両親は普通の人達だった。これも、本当。
僕には『普通』な部分しかない人間だった──これは、嘘。真っ赤な嘘。
僕の瞳と
ああ、ごめんね? “普通のノモク・ウォロフ”を見慣れてる人からしたら、今の僕は豹変でもしたように見えるのかな?
まあ、許してよ。こっちが本来の僕なんだ。
だって僕は普通じゃなかったからさ。生まれながらに、膿まれていたから。
傷、じゃあない。病でもない。ある意味
端的に言えば、僕の瞳は、生まれながらに壊れていたんだ。
そもそもの話。僕の瞳の色は、本来黒ではなく赤色だ。鮮やかな、いわゆる“ダークレッド”と呼ばれる色。
父も母も黒色の瞳であるからこそ異質なソレは──まあ、当然のように機能まで異質だったのさ。
例え話をしよう。
例えば、カースドトレントという魔物がいる。
トレントの中でも上位に位置する存在で、視界内の全生命体に麻痺状態を付与できる魔物だ。
例えば、白蛇という魔物がいる。
十数メートルの巨体を誇る大蛇で、目を合わせだけで相手を石にして殺すことができる魔物だ。
僕の眼は、その強化版のようなことができる。
劣化、じゃない。強化だ。僕は、視界内に映ったものを殺すことができるんだ。
距離は関係ない。視界内に収めていて、そしてそれをそうだと僕が認識できれば殺せる。命の有無も関係ない。木であれ石であれ雲であれ、僕が殺そうと思って視れば死んでいく。
命あるものは鼓動が止まって、命なきものはぼろぼろと崩れて壊れていく。
まったく、酷いと思わないかい?
使い方だけは生まれながらに理解できていたから、まあ、マシではあったけどさ。それでも、物心つく前からこんな力を持っていた子どもがマトモに育つわけがないじゃんか。
当然だよね。
だって、なんでも壊せてしまうんだから。それも、触れもせずに、だ。そんな脆いモノに、どうして価値が見出せるんだい?
等価値で、そして無価値。みんな等しくゴミクズだ。
あるいは、周りを容易く折れてしまう草花みたいに認識できれば良かったのかもしれないけれど。そこまでの熱意は、僕には持てなかった。
どれもこれも
壊せるというだけで、殺せるというだけで、その価値はフラットになる。だから、『特別』を僕は求めていた。
なんでもいい。殺せないモノを見つけられれば最良だったけど、そうじゃなくてもよかった。
できないこと、分からないこと、届かないこと。何か『特別』を見つけられれば、見つめられれば、その間は等価値に褪せた世界から目を逸らせたから。
だから。村の爺さんに習って勉強をしてみた。
まー、異常な瞳を持ってるって言っても、脳は年相応の成長しかしてないからね。分からないことだらけだった。良かったよ。
これでなまじ頭が良かったりしたら、僕は発狂していた自信があるからね。
でも、続けていれば理解は進んでくる。進んでしまう。“一を聞いて十を知る”、なんて天才性はなかったけど、“一を聞いて一を知る”を続けていれば最終的には十を知ることもできるんだ。
人間の知性の為せる業だね、嬉しすぎて涙がちょちょ切れそうだよ。泣いた事なんて一度もないけど。
そんなわけで、僕は途中で勉強を切り上げた。それまでが熱心だったせいで疑問に思われたりしたけど、『ここからは自分一人で頑張ってみたい』とか言って、誤魔化した。
未知が残っている方が、満ち足りることができるから。
できないこと、届かないことは多い方が良かったからね。
で、次。村に来た魔法使いに魔法を教わってみた。
その頃には僕の設定──評判は、『知識欲が高く真面目な子ども』みたいになっていたから、僕の呟きを聞いた村の人たちが裏で動いてくれたみたいで。何かするよりも先に、教えてもらう約束を取り付けられたんだ。
弟子入りもしてないガキだった、ってのも大きかったんじゃないかな。秘奥なんて夢のまた夢、教えられる範囲は基礎レベルに留まってしまうから。手間もかからないしね。
で、まあ、これが大当たりだった。
なんと、魔法使いさんは僕の眼を見た瞬間に
眼についてはこれまで誰にも、もちろん独り言でも話したことがなかったから、初めて見抜かれたのがあの時だったんだ。その上で、初めて『殺しづらそう』と感じた相手だったからね。
雷に打たれたような、って比喩は、もしかしたらあの瞬間のために存在してるんじゃないかな。なんて、さすがに傲慢に過ぎるか。
とにかく、あの魔法使いさんには感謝してるんだ。いわゆる、恩人ってヤツ。生きている実感をくれた人だね。向こうは生きた心地がしなかったかもしれないけど、それはまあ等価交換という事で。
なんとも酷い等価だよね、涙がちょちょ切れそうだよ。
あの人に出会ってなければ、僕はかなり早い段階で心が折れて首を吊っていたか、もしくは発狂して死を振り撒いていただろうから。助かったのは、ほんと。ま、それが悪いことなのかは分からないけどさ。
命なんて、砂の城みたいなモノなんだし。……砂の城の方が、作るのにも手間がかかるかな?
そんなこんなで魔法使いさんから魔法を教わって、それ以降も色んな人から色んなことを教わった。体術、剣術、槍術、家事、農業……エトセトラにエトセトラ。
色々と学んで、そして極める前に投げ出した。
できないことがある。届かないものがある。
それが、僕の支えだったから。
でも、限界はあったんだろうね。
日に日に、僕の熱は冷めていった。魔法使いさんに出会って以降、一度として追加の燃料は注がれなかったんだから……仕方がない、ってヤツだったんだと思う。
仕方がなくて、仕様もなくて、そして仕舞いでしかない。
十年も経った頃には、田舎村じゃ挑戦できることもなくなっていたし。何よりも、村の人達も僕が何か異質なんだと察し始めていたからね。むしろよく持たせた方じゃない?
で、そんな時に出会ったのが、ノルンだった。
──*──
あの夜。
憎いかと問うダレカの声に頷いた夜が、破局だった。
もう誰も私に近付かない。遠目に眺めるだけ。両親も、私を見る瞳に恐怖が浮かんでいた。
で、そんなだったから、当然だったんだと思う。私は、捨てられた。
何を思っての行動だったのかは、分からない。
殺したくないという良心の表れだったのか、殺されたくないという恐怖心の表れだったのか。それは、何一つとして分からない。
残された事実は、私は雪原の中というひどく冷たい場所に捨てられたという事と、餞別のように杖を持たされたという事。ただそれだけだった。
それだけが、たしかだった。
お母さんたちは、振り返らなかった。
雪原に残された足跡を辿るようにして、私だけを残して静かに去っていった。
私は、追いかけなかった。声も上げなかった。
嫌だとは、思っていた気がする。嫌だって、怖いって。きっと許されるなら、追いかけて縋り付いて、一人にしないでって言っていた気がする。
でも、それ以上に仕方ないと諦めていたから。
だって、怖いから。
誰だって、怖いものは怖い。私だって、私が怖い。近くにいたくないと思う。だから、せめて最後までそばにいてくれたお母さんとお父さんには、これ以上怖がらないでほしかったから。
本当は嫌で嫌で仕方なかったけれど。
でも、諦めた。諦められた。
生きる事まで諦めて、そのまま雪に埋もれて眠ろうと思った。
白と青の二色だけの景色は、冷たかったけど、同時に綺麗だったから。
ここで終わるなら、それも悪くないかも、なんて。それに、もう動けなさそうだったし。お腹がすいて、喉が渇いて、全身が冷たくて。
生きる理由も捨てられちゃったし、もう、いっかって。
そうやって目を閉じて、意識を手放して、だけど涙が溢れ出して──
そして、私はまた目覚めた。
視界一面に広がる、満月の夜空。パチパチと鳴る焚き火の音と、火の粉と共に流れる温かな熱。その後のことも含めて、私はあの瞬間の光景を生涯忘れない。そう断言できる。
「──よぅ、嬢ちゃん。目、覚めたか?」
私を助けたその人は、最初にそう語りかけた。
場所は、雪原の中じゃない。知らない森の中。きっと、あの人が運んでくれたんだと思う。
「これ……指、何本立ててある?」
「さん、ほん」
「おう、意識はちゃんとしてるみたいだな」
両足が特に酷かったけれど、とにかく全身が痛かった。相当、負荷が掛かっていたんだと思う。
でも、その『痛み』は生きているって証で。だから私は、ぐちゃぐちゃになった。
生きていたことが、嬉しい/腹立たしい。
雪原から離れていたことに、人間が生きていられる環境に移動していたことに、安心した/悲しくなった。
知らない人の優しさに触れて、泣きそうになった/泣きそうになった。
だって。だってそれは。
捨てられたなら、眠ることができた。でも拾われてしまったら……助けられてしまったら、申し訳なくなる。それに、意識がちゃんとしていたら、死ぬことは怖くなってしまう。
死にたい、という思いが弱くなってしまう。
だって、変わらず世界は綺麗なままだったのだ。星空は眩しくて、焚き火の色は鮮やかで、人の優しさは温かかったのだ。
だから、どちらかに振り切ることができなくなってしまう。ボロボロと、涙を溢れさせてしまう。みっともなく、迷惑も考えられずに。
私は、弱いから。壊れることもできないから。
「……まあ、俺は詳しいことは知らねぇが────」
きっと、何かを言おうとしていたんだと思う。
優しい顔だった。顔だちは強面だったけれど、それでも分かるほどに優しい表情だったのだ。
焚き火の火は穏やかで、夜闇は温かく拭われていた。
意識を失っていた子ども、なんていかにも訳ありなものを拾うような人だ。きっと、優しいことを言おうとしていたんだと思う。
でも、その人は──
「がぺっ」
それ以上、言葉を吐けなくなった。
魔物だった。ゴブリン。いつの間に潜んでいたのか、弓矢を使って襲ってきていた。
単純な力では劣り、代わりに知能が高く、そして何よりも──魔物だ。人を殺すために殺す。食べるため、ではなく。愉しむため、でもなく。ただ殺すためだけに殺す。
夜闇に紛れての奇襲で、私を助けてくれた男の人は即死。私は、よく分からない魔法を使ってどうにか生き延びた。
そんな事が、何度かあった。何度もあった。
どうしてか私は死ねなくて、何回意識を失っても誰かに助けられた。そしてその度に、魔物が襲ってきた。私だけを残して全滅する事もあれば、生き残りが出る事もあった。
一度だけ言われた。
『化け物め』
私もそうだと思った。
だから……もう、助けないで欲しかった。
そう思って、何度目かの目覚めに──ノモクに出会った。
Tips.この世界には不幸が溢れ返っている