Q.愉悦部もどきが勇者パーティを追放されたそうです。どうしますか?   作:RH−

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少年ト少女ノ御話・後 / 英雄譚は紡がれる

 

 僕の住んでいた村の近くには、かなり前に滅んだ村があった。たしか、父さんたちは20年ぐらい前って言ってたかな。

 

 とはいえ、近くって言ってもそれは直線距離の話で、間にはそこそこ大きな山が挟まってる。

 それに、どうやらその村は随分と小規模だったみたいでね。

 

 まあ、何が言いたいのかっていうと、誰もその村には興味がないって事。少ないながらも魔物が潜んでる山を挟んでのお隣さんだから関わりも薄かったし、人口二桁台の小さな村が滅びるなんて今どき珍しくも何ともない。

 魔物、野盗、カルトの群れにエトセトラ。バリエーションはいくらでもあるし、可能性もいくらでもある。

 

 強いて言えば気の毒に、とか怖いな、とか思う程度。顔も知らなければ関わりもない相手に心を痛めていられるほど、みんな余裕は無いからね。

 

 そんなわけで、その村跡地は僕にとって都合が良かったんだ。

 基本誰も来ないし、誰も目を向けない。実験のし放題だ。

 

 何の実験って? 当然ながら、この眼だよ。

 

 その頃、といってももう振り返るほど昔じゃないんだけどさ。だいたい今から1年ぐらい前だったかな。で、まあ、僕も生まれてから14年も経つって事で、新しく『できないこと』を探すのも難しくなっていたんだ。

 働かなくちゃいけないってのもあるし、単純にもうあの村には新しく挑戦できるものがほとんど無くなってた、ってのもある。

 世知辛いね、涙がちょちょ切れそうだよ。

 

 それで、なんとなくで始めたのがこの瞳の研究。

 といってもできることを試すだけの、学者さんに言えば怒られそうな“なんちゃって研究”なんだけど。冒涜的すぎる方で怒られるだろ、ってのはパスで。

 僕に善悪倫理なんて説かないでよね。眼が滑っちゃうからさ。

 

 

 で、実験。色々と試したね。

 元から命のない石や木を殺すのと、命を失った動物の死骸を殺すのとで何か変わるのか。健康体な獣と瀕死に追い込んだ獣とで、殺しやすさに差異はあるのか。一部分だけを限定して殺すことはできるのか。本当に色々。

 あとは、魔物相手にもいくつか実験してみたり。

 

 まー、正直、今振り返ってみれば相当危ない時期だったと思うね。

 タガが外れていた、とでも言うべきなのかな。無意識的にではあるけど、あれ、眼を使って暴れるための準備をしてたもん。

 

 つまりは、どう眼を使えば効率よく周りを殺せるのか探ってたんだね。ついでに言えば、本当にこの眼は()()()()()()()のか、殺せないモノがあるのかも探ってたんだと思う。

 で、結論として『魔物の中でも特に強い個体は殺しづらい』ってことが分かったり、それに自然と落胆してたのに驚いたり、って色々あったりもしたんだけど……とにかく、ここで重要なのはその廃村に僕が足しげく通ってたって事。

 

 

 だから、僕はノルンに会うことができたんだよね。

 

 

 

 初めてあの子と出会った時、あの子はボロボロの状態で気を失っていた。

 うん、普通に警戒したよね。一応とはいえ村の防衛というか、外に出て魔物を間引きするというか、そんな感じのが僕の仕事だったからさ。魔物にも多少は詳しくなってたんだ。

 

 え? 実験動物としても使ってたからだろって? アハハ。

 

 魔物ってのは知性がない凶暴な獣って思われがちだけど、案外ちゃんと考える頭がある。もちろん、考える内容は世界平和とかじゃなくて人間を殺す術なんだけど。

 まあ、人間なんて繁栄しちゃったらどうせ同族同士で殺し合うだろうし、ある意味平和を考えてるのかもしれないけどね。

 

 うーん、バイオレンスな平和だ。字面も絵面も正面から殴り合ってる。

 

 それに、人間をおびき寄せるための魔物の策じゃなくても、人間をおびき寄せるための“人間の”策かもしれない。

 たまにあるんだよね。人目に付かない場所だと、どっかの犯罪者組織が企み事し始めるの。その度に潰し回ってたから、その頃はあの辺りに近寄る連中も減ってたんだけど。

 

 そんなわけで警戒しながらあの子に近付いて、そこで気付いた。

 あの子ね、ナニカに侵食されてるんだよね。両眼を起点にして、ナニカがあの子を乗っ取ろうとしてるの。いやいや、びっくりびっくり。あんなの初めて見たもん。

 

 あ、ちなみにだけど、それが分かったのはあの子の両眼付近とあの子の身体とが別々の存在として視えたからだね。

 つまり、両眼付近のナニカと、あの子の身体と、それぞれに別個で“殺す”対象として視ることができたってこと。

 

 で、まあ、なんか苦しそうにしてたし興味も湧いたから、両眼付近のナニカを殺そうとしてみたらまたまたびっくり。なんと抵抗されたんだよね。

 もちろん無効化じゃなくて抵抗だから効果は発揮したんだけど、それでも6割ぐらいは打ち消された。ついでに言えばそのまま引っ込まれた。

 

 から、僕からあのナニカに干渉はできなくなったね。判断早すぎでしょ。

 

 

 まあ、そんな感じのが僕とノルンの出会いだった。

 

 

──*──

 

 

 再び目を開けた時……目を開けられてしまった時に感じたのは、『ああ、またか』という落胆だった。

 場所は、知らない廃村らしき場所。どうしてこう、誰も彼も倒れている私を動かそうとするのか、とも思ったんだっけ。まあ、私が倒れている場所が危ないからなんだろうけど。

 

 それで、次に変だな、って思った。

 大抵、私が目を覚ました時には、誰かが傍にいるものだから。というか、誰かがいると思っていたから『どうして私を動かすのか』と思ったんだし。

 

 そんなわけで辺りを見回して──そして、ノモクに出会った。

 

 黒い髪の、普通の体つきの男の子。たぶん、歳は私と同じぐらい。

 特徴的だったのは、瞳の色。私の瞳と似ているようで、それよりももっともっと濃い紅。血のように毒々しい、黒が深みを添えた紅い色。

 

 彼は、何も言わなかった。

 少し離れた場所から静かに、ジッと私を眺めていた。方向性としては、たぶん興味深いとか、そんな感じの視線。

 

 どうにも苦手な視線ではあったけど、これまでにそういった好奇の目を向けられる事もあったから。私も、静かに見つめ返していた。

 静かな時間、だったと思う。人気の無い廃村だったから。動物の鳴き声も聞こえないほど静かな時間は──でも、数十秒で終わった。

 

 また、魔物が襲ってきたのだ。

 今回は……今回も、ゴブリンの群れ。たぶん、20体近くいたと思う。それらが突然私とあの人を囲むように現れて、一斉に向かってきたのだ。

 

 素手のものもいれば、木で作った武器を握っているものもいたし、いつかの日のように物陰から矢を撃ってくるものもいた。

 その全てが私たちを殺そうと向かってきていて、だから私は防御魔法だけでも展開しようとして。

 

 

「はぁ、どこにこんな数潜んでたんだろね。まあいっか。邪魔だよ

 

 

 あの人が振り返っただけで、全部終わりだった。

 飛んできていた矢も、囲んでいたゴブリンたちも、そして私の『結局今回も私だけが生き残るのだろう』という諦観も。何もかもが、砕け散った。

 

「わ、おもしろ。感情で出力上がるんだ。これは新発見」

 

 異様な光景だった。

 引き起こしたであろうあの人の様子も、何もかもが。異様で、異質で──まさしく異端。

 

 でも、私にとってそんなのは関係なかった。

 初めてだったのだ。こんなにもあっさりと魔物の襲撃を乗り越えた人も、私よりも歪んでいそうな人を見たのも。

 

「あ、あの……あなた、は?」

「ん? ああ、普通は怖がるものだったっけ。……君もそっか。普通なんだね」

「えっと……?」

「ああ、ごめんごめん。僕はノモク。君は?」

「えっと、ノルン、です」

 

 おっかなびっくりの私にあの人は──ノモクはそう返して、薄く微笑んだ。今思えば……作り笑いでは、あったんだろう。

 ノモクの笑顔は、あんなに純粋じゃないから。

 

 でも、その時の私にとっては、それだけで十分だった。十分すぎた。

 この人ならもしかしたら、私を捨てないでくれるのかもしれないって。私と一緒に居てくれるのかもしれないって。期待を、望みを抱いてしまった。

 

 それが、私とノモクの出会い。

 過ちそのものである、私の弱さの表れ。

 

 

──*──

 

 

 ノルンと出会って、一週間ぐらいだったかな。

 その頃には、僕は落胆してたんだ。そう、落胆。

 

 だからその前は期待してたって事。当然ながら、対象はノルンね。

 だってあの子は、紅い眼をしてたからさ。僕は当然として、唯一僕の瞳を見抜いた魔法使いさんも紅眼だったんだから、もしかしたらノルンも、って思ってたんだ。

 ……って言っても、僕が“殺した”せいか色は赭っぽく変わっちゃったんだけど。それ以外にも、白銀の髪とか特殊な見た目してたからさ。

 

 まあ、結果はさっき言った通りに外れだったんだけど。

 たしかにあの紅い眼は異質ではあったけど、それは“眼”が……もっと言えば、そこを起点にノルンを乗っ取ろうとしてたナニカが異質っていうだけだったから。あの子自体は普通の子だったんだよね。

 

 そう。異質な環境に生まれた、異質な力を宿した、普通の精神性の女の子。

 それがノルンだった。

 

 だからの落胆だよね。

 だって僕、普通の人と関わろうとは思わないもん。僕が求めているのは“できないこと”のはずだし、だから普通の人に用は無いし。

 

 ま、あの頃にその願望が残っていたのかって聞かれたら怪しいんだけど。

 

 で……そうそう。ノルンに会って一週間後のことだね。

 僕、殺されそうになったんだよね。実の母親に。

 

 びっくりびっくり。朝食を食べて、惰性も込みでノルンに会いに行こうかって思ってたらさ。急に後ろに引っ張られて、そのまま馬乗りで首絞められたんだもん。

 きっかけがあったのかは知らない。

 

 まがりなりにも家族だからね。随分前から僕が壊れてるってのは察してたみたいだし、それが爆発したのかもしれない。

 もしくは、ノルンっていう見た目が明らかに普通じゃない子と陰で会ってたのがバレたのかも。

 

 特にその辺りに興味は無いし。

 一般的に考えたら僕みたいなのは殺した方がいいヤツなんだろうし、何かしらが肉親の情を超えたんでしょ。そう考えれば、多少は申し訳なくもあるよね。

 

 僕みたいなのを産んだせいで二人とも人生めちゃくちゃだし。時間も金も愛情も無駄使いさせちゃってごめんなさい、って感じ?

 軽いように聞こえるのは許してね。かわいそうだな、申し訳ないな、って思ってるのは本当だし。

 

 で、まあ、その謝意ってわけじゃないけどさ。僕も死のうかなって思ったんだよね。

 だってもう生きる熱量なんて残ってなかったし。これまで散々動物とかを殺してきたんだから、僕の番だけ飛ばそうとするのも馬鹿らしいでしょ?

 

 ただ命が消えるだけだし。

 

 だから無抵抗で、僕の首を絞める母さんの顔をずっと見てた。酷く辛そうに、目から涙を溢れさせながら、それでも力を一切緩めない母さんの顔を。

 それと、その奥から歯を食いしばるみたいにして僕らを見てる父さんの顔もね。

 

 いやぁ、やっぱり僕は壊れてるんだなって実感したよね。二人の方がよっぽど感情を出してたからさ。それに、本当に申し訳ないなって思って驚きもしたんだっけ。

 初めてだったんじゃない? あそこまで僕が罪悪感を覚えたの。まがりなりにも肉親だったって事なんだろうね。

 

 そんなわけで、『ごめんね』って最期に言って意識を手放そうと思ったんだけど。助けられちゃったんだよね。

 誰って言うとノルンだね。こう、なんか知らない魔法でバーンって。

 

 ただまあ、僕の家って村はずれとかじゃなくてちゃんと村の中に立ってるからさ。そんな派手なことしちゃったら、当然だけど人が集まってきちゃうよね。

 で、明らかに私がやりましたって感じで杖を構えてるハイライトが消えた眼のノルンと、大穴の開いた家と、吹き飛ばされて怪我してる僕の両親。

 

 誤魔化せるわけないよねってことで、僕らは急いで逃げ出した。

 まあ、その時は気付けば走り出してたから、そこまで冷静な思考は無かったんだけどさ。

 

 あ、ちなみに両親の記憶はちゃんと“殺し”ておいた。もう僕の存在は二人の人生に残ってない。欠落に違和感を持たれるかもしれないけど、そこは許してほしいかな。

 これが僕にできる最大限の“親孝行”ってヤツだからさ。

 

 あとは村の人に任せた。みんな普通の良い人ばっかりだからね。きっと、悪いようにはならない……はず。

 まあ、どう足掻いても僕の存在を思い出すことはないし、そこは安心してほしいかな。普通の人にとっては嫌なんでしょ? 僕みたいなのが記憶にあるっていうだけでも。

 

 成功してよかったよね、なんちゃって。

 

 そんなこんなで件の廃村にまで山を越えて、さらにそこから反対側の山を越えて、その先にあった村に流れの冒険者だって偽って入った。

 そこでちょっと失敗して、あとはそのまま──それが、これまでの経緯だね。

 

 ご清聴、どうもありがとうございました、なんちゃって。

 

 

──*──

 

 

 あの日。

 何か両眼がうずくような感覚がして、胸騒ぎがして、ノモクの村にまでこっそり行った日。

 

 私は、信じられないモノを見た。

 彼に馬乗りになって首を絞める女と、それを少し離れた場所から眺めている男と──無抵抗にそれを受け入れているノモク。

 

 寒くなった。寒気がした。温かな日差しも、穏やかな自然の空気も、何も変わっていないのに。その齟齬が、酷く気持ち悪かった。

 捨てられた時の冷たさじゃない。本当に、寒気がした。

 

 背筋が、なんてかわいいものじゃなくて。全身が震えて、視界の端が涙で滲んだ。それぐらい、信じられない……ううん、理解できない光景だったから。

 当然だけど、それは親が子を捨てる──殺そうとする、って所じゃない。そんなもの、とっくのとうに受け入れてしまっている。

 

 私が理解できなかったのは、ノモクの姿。それを受け入れているノモクの姿が、私には到底受け入れられなかったのだ。

 まるで他人事のように、無気力に、無関心に、無抵抗に。本当に冷めた目で、ノモクは自分の首を絞める母と、それを見つめる父の姿を眺めていた。

 

 そんなこと、有り得るわけがない。

 普通の精神性をしていたら、そこには何かしらの感情が生まれるはずだから。表れるはずだから。怒り、悲しみ、恐れ、憎しみ……なんでもいい。何かしらはあるはずだから。

 

 だけどノモクは、何も思っていなかった。自分が死ぬ事にも、それが他人に手を下されて殺されるのだという事にも、それがよりにもよって肉親であることにも。

 諦めにすら至っていない。乾いた目で、冷めた目で、仕方がないと言わんばかりに受け入れていた。冬に木々が枯れるのを見るかのように、ノモクは自分の死を眺めていた。

 

 

 それが私には信じられなくて、受け入れられなくて──そして、折角見つけた私と一緒にいてくれそうな人を失うのが怖くて。

 私は、半狂乱で魔法を使った。

 

 今思うまでもなく、醜い行動だ。

 だって、私はノモクを助けたくて魔法を使ったんじゃない。私を助けるために、他人を傷つけたのだ。酷い心地だった。吐き気がした。

 

 けど、そんな私の手を取って、ノモクは駆け出してくれた。

 呆然としたままの私と一緒に、逃げるように。

 

 

 ああ──私は、嬉しかった。そんな資格は無いはずなのに、嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。

 

 

 だって、ノモクは私を選んでくれたんだって。そう思ったから。

 嬉しくて嬉しくて、そして余計に吐きそうになった。それに歓びを覚えている自分が醜くて。ノモクにも私しかいなくなったのだと思う自分が、汚らわしくて。

 

 でも私は弱いから、ノモクに謝る事も、あるいは彼から離れる事も、何もできなくて。それが余計に気持ち悪かった。

 だからきっと、私が悪かったのだ。

 

 

 

 その日に、ノモクは壊れてしまった。

 

 

 

「いやぁ、やっぱり故郷の空気は美味しいよね。って、これ毎日言ってる気がするなぁ。アハハ」

「う、うん……そうだね」

 

 ここはノモクの故郷じゃない。私にも故郷と呼べる場所はない。

 山を二つ越えて入り込んだ、よく知らない村だ。

 

 そこを、ノモクは故郷だと言った。ううん、そう信じている。

 そう信じて、存在しない記憶を懐かしんで笑っている。黒くなった瞳を、濁らせたまま細めて。

 

 だからこれは、きっと私のせい。

 結局いつまでも弱いままで、一人で生きて死んだ方がいいのに、他人を求めてしまう弱さを変えられなかった。私のせい。

 

 そうして自己嫌悪と罪悪感に縛られて、その果てであの僧侶がやって来て。

 それで、おしまい。結局私は、ナニカに全てを明け渡して、終わった。

 

 最後の最後まで、迷惑しかかけられなかった。私が弱かったから。

 どうして──なんで、私なんて生まれてきちゃったんだろう。

 

 ……本当に、ごめんなさい。

 

 

──*──

 

 

 ……ねぇ。僕、もう話は終わったんだけど。なのに、なんでまだ残って──

 

【いいのか? このまま、嘘にして。嘘のままで終わらせて】

 

 声が、聞こえた。響いた。

 そして、刹那。

 

 光景が、情景が叩き込まれた。きっと、魂に。

 

【いいのか? あの子を嘘にして】

 

 ドクンと、鳴った。跳ねた。

 止まったはずの鼓動が。無くなったはずの心臓が。

 

 映り込んだのは、見せられたのは()の光景。僕の離れた、現世の光景。

 そこに、ノルンがいた。

 

 ──違う。アレは、あんなのはノルンじゃない。

 

 そう、瞳からあの子を乗っ取ろうとしていたナニカだ。そもそも、あの子はルキフと戦うほどの覚悟はない。

 だから、アレはノルンじゃない。

 

 

【もう一度聞くぞ──それで、いいのか?】

 

 

 想起する。

 強く言う事でもないけれど、僕は嘘吐きだ。それも、致命的なまでに。

 

 ……僕がこの表現を使うことの是非については、一旦置いておいて欲しい。自分でも思ったからさ。

 

 そう、だから僕は嘘吐きなんだ。黒い瞳の僕がどうかは知らないけれど、基本的にそこら中で嘘を吐いている。

 だって、そうでもしておかないと真実から目を逸らせないから。直視してしまうから。

 

 ううん。真実だけじゃない。僕は、何に対しても直視しないようにしていた。まっすぐ、ピントを合わせないように。

 

 ()()()()()()()()、想起する。

 現在から眼を逸らすためじゃなくて、真実をちゃんと見るために。明かした嘘の下にまだ貼り付けていた嘘を、引きはがす。

 

「……うん。今度こそ、本当のことを言うよ」

 

 

──*──

 

 

 僕がこの世に生まれ落ちて。あるいは、生まれ堕ちて。

 真っ先に感じたのは、恐怖だった。

 

 怖気だ。怯えだ。恐怖だ。

 

 だって、違うから。周りにいる生き物は、存在は。全てが違ったから。

 

 見た目は、よく似ている。

 生態も、よく似ている。

 言語も──何もかもがそっくりだ。

 

 でも、違った。簡単に殺せる存在だと、自意識を得た瞬間に理解してしまった。

 普通なら剣が、刃物が必要だ。もしくは、もっと原始的に石だとか拳だとかかもしれない。ともかく、人が人を、あるいは他の生命体を殺すにはそういった“何か”が必要なんだ。

 

 だけど、僕は違った。

 ただ視るだけでいい。ほんの少し殺意を持つだけで、簡単に殺せてしまう。殺せてしまうのだ。

 

 

 人が獣を、あるいは獣が人を恐れる根源的な理由は、単に“違う”からだ。

 違うから、恐い。見た目が、生態が、言語が、何もかもが違うから。だから、恐れる。

 

 僕も、それと同じ。

 どれだけ似ていたとしても、完全に、決定的に、完膚なきまでに、根源的な部分が違っている。だから、恐かった。父だという人間も、母だという人間も、隣人だという人間も──それ以外も。

 

 おおよそ“普通”でしかない人間が、世界が恐かった。僕の方がおかしいのだと理解していても、恐くて恐くてたまらなかった。

 僕があれもこれもと挑戦したのは特別が欲しかったから、なんて嘘だ。大嘘だ。

 

 特別なんて、生まれた瞬間から持っている。最上級の、そして最低な()()を。

 だから、僕が本当に欲しかったのは『普通』だ。普通になりたかった。普通に生きたかった。

 

 もちろん、それが叶わない夢だとは理解している。

 僕が“僕”として生まれた時点で、この瞳を持ってしまった時点で、どう足掻いても僕は普通にはなれない。あるいは、この眼さえなければ『普通のノモク』にはなれたのかもしれないけれど、結局ソレは僕じゃないから。

 そんなの、僕とは違うから。

 

 だから、知っている。僕がどれだけ欲して、できない事を増やして“普通”を味わおうとしても、そう成れはしないと。

 それでも、夢見ていたかった。夢は、眼を閉じて見るものだから。

 

 

 そうやって普通を追い求めて、必死に眼を逸らしていた日々の果てで、僕はノルンに出会った。

 異常な環境に生まれ、異常なナニカを宿し、けれども普通の精神性をしていたあの子に。僕とよく似ているようで、でも、決定的に対照的なあの子に。

 

 だから、かな。僕は……僕たちは、自然と惹かれ合っていた。それこそ、気付けばあの子の手を取って駆け出してしまうぐらいには。

 

 普通の精神が欲しくて、それが無理ならいっそのこと異常な環境に生まれたかった僕。

 普通の環境が欲しくて、それが無理ならせめて破綻した精神性を持ちたかったあの子。

 

 互いが互いに、欲しかったものを持っていて。

 互いが互いの、いらないと思ってるものに憧れていて。

 

 だから、僕とノルンの関係は酷く歪んでいる。

 依存でもあるし、羨望でもあるし、嫉妬でもあるし……恋と呼ぶには純粋さに欠けていて、愛と呼ぶには深くて澱み過ぎている。

 

 それでも、僕とノルンは惹かれ合っていた。

 これは間違いのない、本当のこと。

 

 

 

 だから──僕は、ノルンから逃げ出そうとしたんだ。

 

 

 

 あの日、気付いたらあの子の手を握って走り出していた日に。逃げ出していた日に。

 ううん、ノルンだけじゃない。僕は両親からも逃げ出そうとして、そして両親からは実際に逃げ出した。

 

 両親からは僕の記憶を。ノルンからは僕に向けている感情を。それぞれ殺す事で、繋がりを断ち切ろうとしたんだ。

 

 だって、恐かったから。

 両親も、ノルンも、一緒にいるには恐怖の対象でありすぎたから。

 

 

 父さんと母さんは、眩しすぎた。

 あの二人に何か特別なところがあった、ってわけじゃない。むしろその真逆。あの二人は普通で、普通で、そして普通だった。

 

 首を絞めている相手に、今まさに殺そうとしている僕に、それでも罪悪感を覚えて『ごめんなさい』と呟き続けるぐらいには。

 僕が壊れていることに苦しんで、僕を殺そうと思うまでに苦しんで、僕を殺す瞬間も苦しんでしまうぐらいには。

 

 僕は、そうじゃないんだ。殺そうと思う事と殺す事との間に、壁はない。罪悪感もない。吹けば飛ぶものよりも軽いのが命だ。

 だからこそ、二人は眩しかった。“普通”に過ぎる二人は、だからこそ僕の異常さを照らし上げるようで。照らし出されるようで。

 

 否応なく、僕は普通と違うのだと、他とは違う生き物(化け物)なんだと──直視させられた。

 

 こんなのが『僕にできる最大限の“親孝行”』だなんて嘘だ。大嘘だ。白々しいまでに真っ赤な嘘だ。

 僕は逃げ出した。魂の一部を、記憶を殺して。繋がりを断ち切って。それだけだ。

 

 それが事実で、それだけが事実だ。

 

 

 それで──ノルンから逃げ出そうとした理由は、少しだけ違う。

 たしかにあの子の精神性は……異常な環境にも、異常な力にも負けずに普通を保っている姿は眩しい。でもそれ以上に、僕には怖いことがあった。

 

 あの子のことじゃないんだ。

 ただ、僕がノルンに惹かれているという事実が。彼女を好きになりつつあるという事実が、僕には怖かった。

 

 だって、それまでの僕の世界に優劣は無かった。価値観に上下は無かった。

 でも、あの子が“大切なもの”になってしまったら、そのバランスはきっと崩れてしまう。

 

 

 天秤が、壊れてしまう。傾くのではなく、完全に破綻してしまう。

 

 

 全てがフラットであったはずの世界が、等価値に無価値であるはずの世界が、歪む。

 それが単にあの子に狂うだけだとか、あるいは普通に近寄るだけだとか、それだけで収まれば問題ない。その末路は『死を振り撒く怪物』としての僕の討伐になるのだろうけど、それでもいい。悪くはない。

 

 でも、もし。

 それすら、超えてしまったら? 獣も、植物も、魔物も、人間も、自己も他者も。全ての命が同値であったはずの世界に、優先される命が生じるんだ。どうなるかなんて、何も分からない。

 

 最悪、完全に壊れ切って、ノルンにさえ眼を向けようとするかもしれない。

 だから僕は、それより先に逃げようとした。ノルンが僕に向ける感情を殺して、関係を断って、逃げ出そうとした。

 

 逃げ出そうとして……でも、できなかった。

 両親の時に、既に魂の周りにある目に見えないものを“眼”で“視”て殺す感覚は掴んでいたのに、できなかった。いざ殺そうと思ったら、途端に身体が冷たくなって、胸にぽっかりと穴が開いたようになって、そして震えが止まらなくなった。

 

 やっぱり僕は、弱かったんだ。目を逸らして、逃げ出して、だというのに逃げ切れないぐらいに。

 

 だから、せめてもの抵抗として自分の眼を殺そうとした。

 古典的な、鏡を使っての方法。これまで一回も成功しなかったソレは、あの時に初めて成功して──

 

 ──その結果、黒い瞳の僕が生まれた。

 

 紅い、ダークレッドの瞳は、僕が思っていたよりもよっぽど重要なモノだったみたいでね。眼を殺した瞬間、僕の記憶が、人格が、世界が壊れた。

 幸いと言うべきか、魂そのものに“死”は作用しなかったし、記憶自体は頭の……なんだっけ、脳だっけ? そこにある程度残ってたみたいで、ノモク・ウォロフは再構築されたんだけどさ。まあ完全に、とはいかなかったみたいで、妙に普通な僕が生まれた。

 

 

 そこからは……まあ、知っての通り。

 ルキフがやってきて、なんやかんやあって僕は死んだ。それだけさ。

 

 それが、これまでの経緯。

 これで満足?

 

【ああ、十分だ。さて、それでは──】

 

 あー、ねえ。

 先に僕から言いたい事……っていうか頼みたいことがあるんだけどさ。聞かれたこと答えたんだから、言わせてもらってもいい?

 

【……道理ではあるか。それで、なんだ?】

「僕を、戻してほしい。諦めて黒い瞳の僕に投げ出した世界に。死に甘えて逃げ出した現世に」

 

 声を出す。出した。

 これまで思念で答えていたんだから、当然ながら“敢えての”行動だ。まあ、いわゆる決意表明ってやつ。

 

【それは……】

「今アンタがやろうとしてる事を理解して、その上で言ってる。できるでしょ?」

 

 うん、やっぱりいいね。

 声を出した事で、急速に輪郭がはっきりしだしたのが分かる。僕が僕として──ノモク・ウォロフとして。明瞭になり始めた。

 

【一つ、聞いておきたい。それは、お前の中にある軸を……芯を揺らがせる行動ではないのか?】

「当然。なんなら今だって思ってるよ? 死者が蘇るなんてことはあってはならない……ううん、“死”とは絶対的でなければならない、って」

 

 そう。死は覆ってはならない。

 特に、僕は。

 

 これまで散々、自分の好き勝手で命を殺してきたんだ。それで自分は嫌だ、なんておかしいだろう? そこは潔く、死へと甘んじるべきだ。

 

 でも。

 

「──でも。言っただろ? ()()()()()()()()()()()、って」

 

 もう、僕は逃げない。

 僕はノルンが好きで、ノルンを悲しませたくなくて──ルキフからも、あのナニカからも、あの子を護ってあげたい。ううん、そんな恩着せがましいものじゃない。

 

 僕が護りたいっていう、それだけだ。

 だから、その術があるのなら。わざわざ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、迷わずに乗ってやる。

 

 相手がどんな思惑を持っていようと。

 その先に破滅が待ち受けていようと。

 

「関係ない。僕は眼を逸らさない。もう逃げ出さない。眩しいまでの光に、現実に、眼を灼かれてでも進んでやる」

【そうか。それこそが……】

「そう。僕の答え。二度終わって、それでも終わり切らなかった僕の道。歪みは正さない。このまま、僕は進む。運命も、道理も、法則も──遮るのなら、全部殺して進んでやる」

 

 ずっと視えている。聞こえている。

 この人が外の景色を見せてきてから、ずっと。

 

 あのナニカに身を委ねて、それでも消え切れなかったノルンの姿が。その口から譫言のように繰り返される謝罪の言葉が。

 だったら、迷う事なんて一つも存在しない。

 

【──ならば問答は終わりだ。祝福しよう、ノモク(nommoc)ウォロフ(wollof)。“歪みを受け入れ、運命にさえ抗う者”。紅い瞳の英雄。お前はたった今、法則から外れ、新たなる形を得た。神代の終わりから続く千年の歴史においてようやく現れた、一つの解だ】

「は……? っ、何!?」

【お前こそが──運命を歪め終わりを振り撒く“災厄”にして、自らの力で運命を切り拓く“英雄”だ】

 

 両眼が熱い。まるで、火を直接押し付けられているかのように。

 まるで、新たな生命が生まれようとしているかのように。

 

 ……新たな生命が、生まれる? どういう──

 

【時間だ。既に準備は終わっている。戻る事自体は容易いだろう】

「──っ、次から、次に!」

 

 今度は、視界が光に包まれる。

 眼すらないはずのこの状態で、それでも『眼を開けていられない』と思わせるほどの光。すなわち、命の輝き。

 

 ならまあ、いいだろうよ。

 分からない事だらけだろうと、進むって決めたんだから。

 

【最後に、伝言だ】

「……なにさ。今一歩を踏み出そうとしてたのに」

【何、そう時間は取らない。……『きっと貴方は、もう私たちを親だとは思えないでしょう。申し訳ないけれど、私たちも。でも、私たちは貴方が優しいことを知っています。苦しそうにしながらも、それでも私たちの傍にいようとしてくれていたことを。だから、自由に生きてください。そして、幸せを見つけてください。それが、私たちが唯一貴方にできる贖罪で、祈りです』。以上だ】

「──っ」

 

 思わず、息を呑んだ。

 足が止まりそうになった。こんな事を言えるのは──こんな善良で、そして普通な事を言える人なんて、僕はたった二人しか知らないから。

 

「あ、ははっ。もう、うん。眩しくって、仕方がないや」

【だが、それがお前の答えなのだろう? そら、もう出口だ。早く行け】

「分かった。行ってくるよ──師匠?」

【はぁ?】

 

 最後の嫌がらせ、意趣返しとして、絶対に嫌がるだろう呼び方であの人の事を読んで。

 息を、吸う。吸って、吐き出して──吹き返させる。

 

 

「どうやら僕は、相当な異端者らしいからね。諸々全部、抗わせてもらうよ」

 

 

 初めて見る世界は、かつてより眩しく視えた。

 

 

 




Tips.特定の瞳の色は、重要な意味を持つ
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