ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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3.魔術競技祭:午前の部(1)

 遠くから声がする。

 

「――は、いつも皆のこ――てたよなー」

 

 僕が守りたかった人の声。

 

「――は、頭いい――感じだけど、――と話し、てるとき――供っぽかった」

 

 いつも僕を暖かく照らしてくれた人の声。

 

「――はいつも――の、こと、気に――たよな。――も、――には普、通に話――たし」

「――、――と――はいつも、けん――てて、――に、怒られ――」

 

 何といっているのかは、はっきりとわからない。でも、僕は覚えている。

 僕が何も知らなかったことを、知ろうともしなかったことを。ずっと。

 

「――は、ずっと、――こと、――、くれてさ。俺って、――ない……どした?」

 

 もし、知っていたのなら、僕は皆を――。

 僕はどこか縋るように問いかけるが、腕の中で――色に染まる――はその言葉に嘲笑った。そして先程までとは変わって、どこか昏いオリーブグリーンの瞳が僕を射抜く。

 

「無理だよ」

「え……」

「そうだろう?だって、俺たちはもう……」

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

「――っ!?」

 

 声にならない悲鳴が自分の喉から漏れた瞬間、目が覚めた。粗く息を吐き、全身に冷や汗が滲んでいるのを感じながら、気だるそうに体を起こし、僅かに揺れる視界を額を押さえてやり過ごす。新鮮な空気が欲しくてふらりとベッドから降り、横にある窓を開けた。暖かな日の光と共に、ふわりとどこからかパンの焼ける香りが漂ってきて、早くなっていた心音がだんだんと落ち着いていく。

 今日は快晴、『魔術競技祭』日和だ。それなのに。

 

「こんな日に悪夢だなんて……」

 

 頭の中に残る昏いオリーブグリーンに気が重くなってノアは深くため息をつく。

 あの日、テロ事件の日から見るようになった悪夢。どんな会話だったのか、誰と話していたのか、夢から覚めた後のノアは何も覚えていなかった。しかし「夢の内容を覚えていないのなら、大した夢ではない」と割り切るには強い抵抗があった。

 

(僕はきっと覚えてないといけなかった……それなのに)

 

 ずきり、と痛む心臓を押さえながらナイトテーブルの一番上の引き出しを開けて懐中時計を取り出す。そして横のつまみを回すと、中から小さなペリドットがあしらわれた銀の指輪が見えた。ノアがその指輪をそっと左の人差し指にはめてその手を空にかざすと、宝石からは日の光に反射して、ほっとするような明るく爽やかなオリーブグリーンの光が散乱する。 

 

「きれい、だな」

 

 実はノアには2年前以前の記憶がなく、この指輪はノアの一番初めの記憶、12歳の時にふと気づいたら左の人差し指にはめていたものだった。自分の名前以外、他には何もわからず戸惑うしかなかったノアにずっと寄り添ってくれたこの指輪はお守りみたいなものだった。この指輪は何か魔術がかけられているのか、あれから2年もたつ今でも人差し指にはめることができるので、こうして何かあるたびにはめては心の拠り所にしている。

 

「うん。もう大丈夫」

 

 考えるべきことはあるが、それよりも今は今日の『魔術競技祭』のことに集中しよう。クラスのみんなも先生も頑張っていた。だから、みんなのために頑張りたい。

 

 ノアは指輪を外し、また懐中時計にしまうと、一つ伸びをして学院に行く準備を始めるのだった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 魔術競技祭は例年、魔術学院敷地北東部にある魔術競技場で行われている。

 この競技場はまるで闘技場のような構造になっており、また魔術的ギミックを組み込んだ建築物であった。よって、管理室からの制御呪文の一つで競技用フィールドをなみなみと水の張られたプールにしたり、樹木が乱立する林にしたり、炎の海にしたり、石造りの舞台を出現させたりと自由に変化できる。

 

 そして今、競技場の観客席は学院の生徒達だけでなく、家族や卒業生など学校の関係者が集まっており、熱気と活気に満ちていた。また、競技場観客席の最も高く見晴らしの良い場所に据えられたバルコニー型の貴賓席には、女王陛下の御姿も見えた。

 観客の中で最も注目されているのはグレン率いる二組だった。異例のクラス全員の出場と、赴任してきたときからあらゆる噂が絶えないグレンが率いていることがさらに注目を引いた。

 

 そんな中で、

 

『なんとぉおおお!?「飛行競争」は二組が三位!あの二組が三位だぁッ――!』

 

「やったぁ、凄い!先生、ロッド君とカイ君、三位ですよ!?」

「幸先いいですね、先生!」

 

 魔術競技祭参加クラス用の待機観客席にて。

 ノアの横には手を叩いて喜ぶルミアと興奮気味のシスティーナを目の前に呆然としているグレンがいた。

 

「飛行速度の向上は無視してペース配分だけ練習しろって、どういうことかと思いましたけど……ひょっとして、この展開を計算してのことだったんですか?」

「……と、当然だな」

 

 いつもグレンに対しては小言しか言わないシスティーナに感服しました、というような表情をされてまた逃げ道をなくしたらしい。さも当然の結果だ、というように頷き堂々と説明をするグレン。この競技祭でのグレンの目的やそれに至る経緯についてすべてを知っているノアとしては、なんかもう情けないというよりは、おもしろいなとしか思わない。

 ただ、他の生徒達はもちろん知らないので、余裕綽々とした表情でふんぞり返っている「素晴らしい総監督」のグレンに畏怖と尊敬の目を向けて、

 

「ひょっとして俺達……」

「あぁ……まさか、本当に……」

 

 グレンの口の端が引くりと動くのを見て、ノアは咄嗟ににやけてしまう顔を隠すように俯く。抗議するような視線が送られてくるが知ったことではない。元々はグレンの自業自得だ。

 また、観客席の向こう側から、土壇場で負けてしまった四組の生徒達と二組の生徒達が言い争いをしているのが聞こえてくる。

 

「ちっ!たまたま勝ったからっていい気になりやがって……ッ!」

「たまたまじゃない!これは全部、グレン先生の戦略なんだ!」

「そうだそうだ!お前らはしょせん、先生の掌で踊っているに過ぎないんだよ!」

 

 これは耐えられそうにない。

 

「んふふふっ」

「ちょっと、どうしたのノア?」

「なんでも、ないよ」 

 

 先程から俯いて小刻みに肩を震わせて耐えていたが、とうとう笑いがこぼれてしまった。それを聞いたシスティーナが不思議そうに聞いてくるが、何とかごまかす。そしてルミアは、

 

「あの……先生?なんか顔色が悪いですよ?その、大丈夫ですか?」

「あぁ、ルミア……お前だけが心のオアシスだ……」

「……?」

 

どこか憔悴してぐったりしているグレンに、きょとんと首をかしげていた。

 

 

 

 それからも、奇跡的に二組の快進撃は続く。

 

『あ、中てた――ッ!?二組選手セシル君、三百メトラ先の空飛ぶ円盤を見事、【ショック・ボルト】の呪文で撃ち抜いた――ッ!?「魔術狙撃」のセシル君、これで四位以内は確定!?またまた盛大な番狂わせだぁああああああ――ッ!?』

「や、やった!動く的に狙いをつけるんじゃなくて、動く的が狙いをつけてる空間に来るのを待ってろっていうグレン先生の言うとおりだ……これなら……ッ!」

 

 成績が平凡な生徒達は、予想外の奮闘をして……

 

『さぁ、最期の問題は――な、なんとぉ!?竜言語だぁあああ――ッ!?これはえげつない!さっきの第二級神性言語や前期古代語も大概だったが、これはそれ以上ッ!?さぁ、各クラス代表選手、【リード・ランゲージ】の呪文を唱えて解読にかかるが、ちょっと流石にこれは無理――』

「わかりましたわッ!」

『おおっと!?最初にベルを鳴らしたのは二組のウェンディ選手!先程から絶好調だが、まさかこれすらも解いてしまうのか――ッ!?』

「『騎士は勇気を宗とし、真実のみを語る』ですわ!メイロスの詩の一節ですわね!」

『いった――ッ!?正解のファンファーレが盛大に鳴り響いた――ッ!ウェンディ選手、「暗号解読」圧勝――ッ!文句なしの一位だぁあああ――ッ!』

「ふふん、この分野で負けるわけにはいきませんわ。とはいえ……先生のアドバイスには感謝しないといけませんわね……」

 

 成績上位者は安定して好成績を収め続ける。

 観客席も二組が出る競技の時は特に熱を入れて観戦し、二組の生徒達もまた優勝という可能性を感じたのか、ハイテンションで席から立って最前列で盛り上がっていた。しかしそんな中、生徒たちの端で静かに観戦していたノアは、隣でグレンが真剣な顔で一人冷静に戦況を見つめていることに気づいた。

 

「先生、悩んでるんですか?」

「……いや、感心してんだよ。地力の差は大きいのに、よくまあここまで食らいついたもんだ」

 

 そんなグレンが見つめているのは、競技場の端に据えられた得点板だった。現在、グレンのクラスは十クラス中の三位。ハーレイのクラスは一位だ。一位から三位まではそれほど大きな得点差はないものの、じりじりとハーレイのクラスに離されている感じはあった。今は勢いだけで誤魔化しているが、このまま競技が進めば進むほど差が離れていくことは簡単に想像がつく。このままでは優勝は難しく、グレンの目的だった特別賞与は夢のまた夢である。

 

「でも、先生、楽しそうですね」

「そりゃあ……あいつら見てたらな。どうしても、勝たせてやりたくなっちまうだろうが……」

 

 個人競技が多い午前と比べて、午後は配点の大きな集団競技が多い。逆転を狙うならここだが、依然として、高い士気が必要だ。午前中の内に後、一つ順位を上げておきたい。

 そう呟きながらよこしまな考えで生徒の指導を始めたとは到底思えないくらい真剣に考えているグレンに、ノアは微笑みながらグレンが広げていたプログラム表の午前の部最後の競技を指さした。

 

「それなら、きっと大丈夫ですよ。ほら」

「ん?……なるほど。確かに、いけるかもな」

 

 グレンはにやりと笑った。

 

 

 

 魔術競技祭、午前の部、最後の競技が「精神防御」始まろうとしていた、のだが。現在ノアの右腕には不安げなシスティーナが抱き着いている。

 

 「精神防御」。これは精神汚染攻撃への対応の能力を競うものである。具体的に言えば精神作用系の呪文を白魔【マインド・アップ】と呼ばれる自己精神強化の術を用いて耐えて、一番最後まで残っていたものが勝者という耐久戦だ。そして、この競技は去年軽度の精神崩壊を起こして三日間くらい寝込む生徒が続出するほど、過酷なのだ。

 

 他のクラスは男子が出場しているが、女子はルミアだけ。さらにルミアの隣には、五組のジャイルという不良ななりをした優勝候補も控えている。

 

 それで先程、システィーナとギイブルがグレンに「ルミアをこの競技に出すなんて」「ルミアは捨て石なのか」と抗議していたのだ。しかしグレンはそれを面倒くさそうに一蹴しただけ。それでも不安げにちらちらとグレンを見るシスティーナに焦れたのか、丁度グレンの近くで聞き役に徹していたノアをその腕の中に押し付けて……今に至る。

 

(さっき先生のこと笑ったの絶対根に持ってる……)

 

 システィーナもシスティーナだ。グレンに押し付けられるままノアを引き寄せて、右腕にがっちりと抱き着いてきた。それほどルミアを心配しているということなんだろうが。

 そんなことを考えていると、キーンとマイクの音が鳴った後、実況の声が会場に響き渡った。

 

『えー、時間になりましたので、ただ今より「精神防御」の競技、開始します!』

 

 システィーナの息を吞む声が聞こえると同時にぎゅっと、腕が締まった。

 

(ちょっと、いたい)

 

『ではでは、今年もこの方にお出で願いましょう!はい!学院の魔術教授、精神作用系魔術の権威!第六階梯、ツェスト男爵です!』

 

 すると、参加生徒達が組んでいる円陣の中心に、突如どろんと煙が巻き起こり、燕尾服にシルクハット、髭といった伊達姿の中年男性が現れ、一礼する。

 

「ふっ、紳士淑女の皆さん、ご機嫌よう。ツェスト=ル=ノワール男爵です。さて、早速、競技を開始しよう。選手諸君、今年はどこまでこの私の華麗なる魔技に耐えられるかな……?」

『それでは第一ラウンド、スタート!ツェスト男爵お願いします!』

「それではまず、小手調べに【スリーブ・サウンド】から始めてみようか……いくぞ!」

 

 号令と共にツェスト男爵は白魔【スリーブ・サウンド】の呪文を唱え、生徒達は対抗呪文として白魔【マインド・アップ】を唱えていく。そして、

 

『ね、寝た――ッ!?第一ラウンドでいきなり脱落したのは一組、ハーレイ先生のクラスだぁあああああ――ッ!?』

「これは、完全に捨て駒だね」

 

 ギイブルの言葉に、システィーナの腕の力がまた一段と強くなる。

 

「うーむ、私としてはもうちょっと耐えて欲しかったのだがね……」

『まぁ、去年の覇者、五組のジャイル君いますからね―、きっと主力温存作戦でしょう。というわけで、いまいち盛り上がりに欠けますね。実況の僕としては、紅一点のルミアちゃんに頑張ってほしいのですが……どうですか?男爵』

「ふっ、そうだな。可憐な少女がどこまで私の精神操作呪文に耐えてくれるか、いたいけな少女の心をどのように汚染しつくしてやるか、実に楽しみだ……ふひ、ふひひ……」

 

 男爵が頬を紅潮させ気持ち悪い薄笑いを浮かべながらルミアを見ている。実況が、まさかの性癖暴露に引き、男爵に「変態なのか」と問いかけるが、男爵の答えは否。しかし、

 

「私はただ、喪心しちゃったり、心が病んじゃったり、混乱しちゃったり、恐慌を起こしちゃったりした女の子の姿に、魂が打ち震えるような興奮を覚えるだけだッ!」

『変態だァアアアアアア――ッ!?』

 

 実況の叫びと共に、フィールド上にいたルミアや二組の女子はもちろん男子も引いたように一歩退く。それを見てノアはさっきとは違った意味で腕を抱きしめるシスティーナに問いかけた。

 

「あれ、アウト?」

「アウトよ!アウト!!」

 

 

 

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