ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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4.魔術競技祭:午前の部(2)

 そんなこんなで「精神防御」が始まってしばらくして。

 システィーナはノアの腕を締め付けていた力を緩めて唖然としたように呟いていた。

 

「う、うそ……」

 

『ツェスト男爵の白魔【コンフュージョン・マインド】、決まった――ッ!?うわぁ、八組の選手耐えきれなかったかっぁあああ――ッ!?」

「ちょっと君!男子生徒に脱がれても私はちっとも嬉しくないのだが!?どうせならルミア君――」

『救護班早く!精神浄化ぁあああッ!』

 

「次は白魔【マリオネット・ワーク】だ!さぁ、踊れ!」

『耐えきれなかった十組選手踊り出した――ッ!ていうか、男にセクシーダンス踊らせんな、キモいんだよッ!?』

「……ちっ」

『ちょ、ルミアちゃん見て舌打ちすんな、変態!』

 

「だ、男爵……俺、実は男爵のことがずっと好きで……」

「ぎゃぁあああ――ッ!?嫌ぁああああ――ッ!?蕁麻疹がぁああああッ」

『男爵、下心全開の白魔【チャーム・マインド】によって自滅――ッ!?」

 

 どんどん威力が上がる精神汚染呪文を前にフィールド上は阿鼻叫喚の地獄絵図という風に盛り上がる一方、ルミアを見守っていた観客席はどよめき始める。この過酷な競技で真っ先に脱落すると思われていたルミアが、苦しんで耐えている他クラスの生徒達とは違って優勝候補のジャイル同様平然と立っているからだ。そして、とうとう

 

『九組脱落――ッ!?なんと、誰が予想したかこの展開――ッ!?これで五組代表ジャイル君と、二組代表ルミアちゃんの一騎打ちだぁああああ――ッ!?』

 

 予想外の展開に観客たちが盛り上がり、大歓声を上げた。

 また、この展開に常に冷めた態度のギイブルも動揺を隠せないようで

 

「こんなことが……ここまで強かったのか……彼女」

 

と目を見開いている。そんな二人にグレンは面倒そうに説明する。

 

「白魔【マインド・アップ】は、素の精神力を強化させるだけの呪文だ。元々の精神制御力が強い者ほど……要するに肝が据わっている奴ほど大きな効果がある。で、うちのクラスにルミアより精神力が強い奴はいない」

「あの子が……?」

「ああ。あいつは常人とは心構えっつーか、在り方がなんか違うんだよ。まるで平時からいつだって死ねる覚悟を固めてるような……ある意味、異常な人種だ。素の精神力の強靭さでルミアに敵うやつはなかなかいやしない」

 

 あのテロ事件があった日を思い出す。そういえば、あの時もルミアは毅然と犯人に向かっていた。一歩間違えたら死んでしまうかもしれなかったのに。システィーナは呆然と腕の中に抱きしめていた体温の持ち主にちらりと目を向ける。

 

(この子もわかってたのかしら……)

 

 ノア。テロ事件で自分達に魔晶石をくれたりしてサポートしてくれた、いつもマイペースな子。ノアはグレンの説明に驚くことなくその黒い瞳をただまっすぐにルミアのことを見ていた。

 

(日に当たると少し紫にも見えるのね)

 

 じっとノアのことを見ていると、視線に気づいたのかノアが怪訝な顔をしてシスティーナの方を向いたので、「何でもない」と首を横に振る。グレンはそれに構わず、平然と立っているジャイルを呆れた顔で見て、ひとり覚悟を決めたようにぼやく。

 

「しっかし、まぁ、なんだ……あのジャイルって奴も大概だな。ルミアに任せりゃ楽勝だと思ったんだが。仕方ない、万が一の時は……」

 

 第二十七ラウンド。ツェスト男爵は次から用いられる、とある呪文を宣言した。

 

「白魔【マインド・ブレイク】ですって!?」

 

 観客席にいたシスティーナ達とグレンに緊張が走る。

 

 白魔【マインド・ブレイク】。これはあらゆる思考力を一時的に破壊する、精神操作系の白魔術の中では最も高度で危険な呪文の一つで、下手をすると相手を一瞬で廃人に追いやってしまうこともあるものだった。ツェスト男爵が言うには三日程度寝込むくらいに抑えるといっていたが、それでも危険な呪文に変わりはない。

 

 固唾をのんでルミアを見守る中、ツェスト男爵が粛々と白魔【マインド・ブレイク】の呪文を唱えるのに応じて、ルミアもジャイルも【マインド・アップ】を唱える。男爵の呪文の起動と共に、キーンとかん高い金属音があたりに響き渡って――

 

「ふむ、大丈夫かね?二人とも。大丈夫ならば返事を――」

「……ちっ。この程度がなんだっつうんだよ」

「――はい、私も平気です」

 

 一瞬、間が空いていたが、しっかりとした目で二人が応じた。

 

『なんと【マインド・ブレイク】すら耐えたぁあああ――ッ!?凄い!この二人は本当にすごいぞぉおおお――ッ!?』

 

 熱い展開にどっと観客席が沸き立ち、洪水のような歓声と嵐のような拍手が鳴り響く。しかし、気が気でないシスティーナはノアの腕をもう一度強く握りしめると、祈るようにルミアを見つめる。

 

(ルミア……!)

 

 第二十八ラウンド。

 続く、第二十九ラウンド。

 さらに、第三十ラウンド。

 そして、第三十一ラウンド。

 

 ピクリとノアの身体が震えるのが伝わるのと同時に、ついに、ルミアがふらりとよろめくと、がくりと片膝をつく。システィーナは思わず声を上げた。

 

「ルミアッ!」

「……ここまでだな」

 

 それでもまだ、競技の続行を求めるルミアに、グレンは何か決断した顔で観客席を離れる。そして、ルミアの元へ行くと歓声や実況の声も引き裂くように叫んだ。

 

「棄権だ!」

 

 会場が水を打ったように鎮まり返る。困惑の声で聞き返す実況にグレンは冷静に言い返す。

 

「棄権だ、棄権。二組は第三十ラウンドクリア時点で棄権だ。何度も言わせんな」

 

 微妙な沈黙が流れ、実況がルミアの棄権について残念そうにつぶやいた次の瞬間。当然のように大ブーイングが起きるが、グレンはどこ吹く風で、ルミアをねぎらっていた。

 

 その光景に競技が終わったことを実感する。

 システィーナの目から見ても、ルミアには次がないように見えた。もしグレンが止めに入らなかったら、確実にルミアは倒れていただろうと予想がついていたから。

 システィーナは胸を押さえ、喉の奥からかすれた息を絞り出した。すると左下からノアの声が聞こえてきた。

 

「システィーナ、行こう」

「え」

 

 ルミアのところに。

 その言葉と共にシスティーナが緩く絡めていた腕がやんわりと解かれる。そして今度は左手を引かれると、観客席を離れて、ルミアとグレンがいる場所へ駆け出した。

 

「ルミアっ!」

「システィ!?ノアも!」

 

 ノアがつないでいた手を放すと、システィーナはルミアに勢いよく抱き着いた。そんなシスティーナにルミアは驚きながらやさしく抱きしめ返す。

 

「もう、無茶するんだから!もし、途中で辛くなったりしたら大人しく棄権しろって言ったでしょ、この意地っ張り!」

「あ、はは。ごめんねシスティ、心配かけて。ノアもごめんね」

「ルミアが無事でよかった」

「うん……でも、私、優勝できなかった……」

 

 システィーナとノアは顔を見合わせると、しゅんとしているルミアに笑いかける。

 

「何言ってるの!ルミア、すっごく頑張ってたじゃない!ね、ノア」

「うん。最後まで頑張ってた」

「二人とも……ありがとう!」

 

 システィーナとノアの言葉に、ルミアの顔に笑顔が戻るのを見て、グレンは腰に手をあてほほ笑んだ。

 そんな四人をそっちのけに、

 

『えー、それでは、去年に続いて見事、「精神防御」の勝負を制した五組代表ジャイル君。何か一言お願いします』

 

実況は何とか観客の意識をブーイングから逸らすのに必死のようで、勝者インタビューに映ったようだった。しかし、ジャイルは微動だにせず、それを不審に思ったツェスト男爵がジャイルの顔を覗き込んだ。その途端に、その顔色が変わる。

 

『どうしましたか?男爵』

「じゃ、ジャイル君はすでに、た、立ったまま気絶している――」

『…………は?』

 

 全員の声を代弁するような実況の声に、今までグレンに対するブーイングの嵐だった場内が、一瞬で静まり返る。

 

『えーと?ということは……?』

「……ルミア君の勝ちだろう。棄権したとはいえ、第三十一ラウンドをクリアできなかったジャイル君に対し、ルミア君は一応、クリアはしたからね」

「え……?」

 

 数瞬の後、場内がざわつき始め、そして――観客席から盛大な歓声が巻き起こる。

 ルミアに向けられる賞賛の嵐が、呆然と成り行きを見守っていたシスティーナ達に、ルミアが「精神防御」の勝負を制したことを実感させた。

 

「やったじゃない、ルミア!優勝よ!!」

「おめでとう、ルミア」

「わっ!えへへ、やったぁ!!」

 

 横にいたノアを巻き込んで飛びつくように抱き着いてくるシスティーナを抱きとめながら、ルミアも満面の笑みで抱きしめ返したのだった。

 

 

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