その後、魔術競技祭で、二組は見事優勝を勝ち取ることができた。
ノアの『宝物争奪戦』の後、アルフ、ビックス、シーサーの三人組が出場した『グランツィア』、そして最後の競技――カッシュ、ギイブル、システィーナの三人組が出場した『決闘戦』でもそれぞれ勝利を収めたのだ。
そして、迎えた魔術競技祭閉会式の表彰式で――。表彰台の前に立ったのはアルベルトとリィエルに扮していたグレンとルミアだった。そこからは怒涛の展開だった。セリカが展開した断絶結界で声は聞こえなかったが、グレンと冷酷な顔をした女王陛下が一言二言話したと思えば、何故かグレンと親衛隊の騎士の人が戦闘し始めて。また、グレンと今度は朗らかな顔をした女王陛下が一言二言話したと思えば、女王陛下がネックレスを外して……?
結界外にいた生徒、講師、教授達は困惑にどよめいていたが、最終的に女王陛下の演説によって事態の鎮静化がなされた。
曰く、帝国政府に敵対するテロ組織の卑怯な罠に陥っていたが、勇敢な魔術講師と学院生徒の活躍によって事なきを得た、と。
機密事項である部分はさりげなく誤魔化しつつも、それを悟らせないように華々しい部分は敢えて美化して強調する。この巧みな話術が、その場にいたすべての者たちを見事欺いた。
こうして一騒動はあったものの、優勝できた二組はグレンが手にした掛け金で打ち上げをすることとなった。クラスメイト達は騒ぎながら楽しそうに、レストランの方へ歩いていく。
だが――。
「ごめん、システィーナ。知り合いが急にこの後、会いたいって言ってきて……。だから打ち上げには行けない」
ノアは少し前を歩いていたシスティーナに、申し訳なさそうに打ち上げ不参加の旨を伝える。突然の申し出にシスティーナは驚いたような顔をするが、すぐに仕方ないというように笑って首を振った。
「いいえ、強制じゃないもの。気を付けていってらっしゃいな」
「えー、ノア行かないのか?」
「うん……ごめん」
「もう、そんなこと言わないの!確かに残念だけど、仕方ないじゃない」
でもノアも頑張ったんだからあとで先生におごってもらいましょ、と残念がるクラスメイト達をなだめながらシスティーナはいたずらっぽく笑った。
「ふふっ、そうだね」
そんなシスティーナの笑顔に、ノアは胸の痛みを覚えながらもお礼をいう。そして、手を振ってからクラスメイト達に背を向けると、レストランとは違う方向へ歩き出した。
クラスメイト達がその手を振り返し次々にレストランへ足を向けていく中、システィーナはしばらくノアの背中を不安とわずかな胸騒ぎを抱えながら見詰めていた。しかし、ウェンディやテレサ達に名前を呼ばれると、何かを振り切るように、ぱっと駆け出した。
「打ち上げに行ってもよかったんだよ?」
俺も一緒についていくけど。
どこから現れたのか、皆と別れて三つほど角を曲がった時、ノアの右隣にはその黒いフードを深く被ったニヒルが歩いていた。そして、さらりと口にされたその提案に、ノアはわかりやすく顔をしかめ、ニヒルを睨みつけた。
「皆にあなたを近づけたくない」
「あははっ!嫌われたものだねぇ。俺、何もしてないのにさあ」
「……」
「あれ、無視?」
ひどい、とお茶らけた様子で歩きながらしくしくとわざとらしい泣き真似を披露するニヒルに、ノアは無表情のまま呆れていた。
(「何もしてない」、なんて……)
全く、よく言えるものだ、とノアは左ポケットを強く押さえた。そこには、いつも触れられる感触がない。
それに、昼休憩時、ニヒルに遭遇した時はわからなかったが、『宝物争奪戦』が始まる前の待ち時間である仮説が浮かび、試合が終わった後に確信したことがある。それは――
「アルザーノ帝国魔術学院テロ事件」
「ん?」
辺りは閑散としていたが、間違っても周囲の耳に入ることのないように、抑えた声でノアはその名前を口にする。ニヒルは、泣き真似をするために目元に当てていた手を下ろして、ノアの顔を覗き込むように身をかがめると聞き返した。
「僕が先生たちの所へ行こうとしたのを邪魔していたのはあなたでしょう」
「……あは」
フードの端から覗くその唇がにぃっと猫の様に弧を描く。
「では、お手をどうぞ?ノアルテ=ミネラーノ」
そう言って、ニヒルはノアの一歩先に出ると、足を止めたノアに向かって左手を差し出した。そしてもう片方の手にちらりと握られているのが見えるのはあの
ノアはその懐中時計を一瞥すると、忌々しげにニヒルを見ながら差し出された手を取った。
――――――――――――――――
ニヒルによって連れてこられたのは、ある廃工場だった。
ガラガラと重い音とともに、扉が開けられ、促されるまま中に入る。いつの間に日が暮れてしまったのか、月明りだけが届く廃工場内は既に錆びついている箇所が多く、隙間風が吹いているのか天井に破れた状態でつるされている布が揺れていた。奥の方には、錆びついた吹き抜け階段が設けられているが、雨漏りでもしたのか、ところどころに小さな穴が開いている。
辺りを静かに観察するノアを、ニヒルは工場の中心まで連れてくると、すっと手を放した。立ち止まったノアをそのままに、ニヒルは奥の吹き抜け階段の方へ向かうとそこに腰掛け、口を開く。
「静かでいいところだろ?秘密の話をするのにはぴったりだ」
「あなたは天の智慧研究会の人間?」
世間話はいらないという態度で、すぐに本題に入ろうとするノアにニヒルはやれやれと肩をすくめた。
「気が早いなぁ。まあ、いいや。確かに君の言う通り、俺は天の智慧研究会の人間だね。あのテロ事件はもちろん、今日の事件も天の智慧研究会がルミア=ティンジェルを狙ったものだ」
「じゃあ……」
「でも俺は別にルミア=ティンジェルに興味があるわけではないんだよね」
鋭い視線を送るノアに、ニヒルはけたけたと笑ってその手に懐中時計を弄びながらルミアを狙っていることを否定した。そして、今度はニヒルからノアに質問をする。
「ねえ、ノアルテはどう思ってるの?」
「あなたのこと?きらい、もう会いたくない、二度と」
「ちょっ、もー違うよ!わかってるだろう?ルミア=ティンジェルのことだよ」
「……それはどういう意味で?」
「いやいや?単にお友達としてどう思ってるのか、だよ」
「……ルミアはいつも優しい。いいところは褒めてくれるし、ダメなところは叱ってくれて――」
「隠し事をしているのに?」
目を丸くして、小さく息を吞む。
ニヒルはギシッ、と音を立てて勢いよく階段から降りて、大きく両手を広げて演説調で話しながらゆっくりと歩いてくる。
「ルミア=ティンジェルは君に隠していることがある。それも、あの事件の同じく当事者だったグレン=レーダスやシスティーナ=フィーベルには話しているのに、君だけにはいまだ隠されているんだ」
「……」
「ただの隠し事、ではないんだよ?ノアルテ」
目の前で足を止め、その小さな子を嗜めるように言うニヒルの言葉に、ノアの心はずきりと痛くなった。
ただのあどけない隠し事ではないということはあのテロ事件があった日からわかっている。またそれをノアはルミアに教えてもらっていないことも事実だ。そして、それをグレンやシスティーナは知っているということも。
なぜ、ルミアは天の智慧研究会に狙われ、異様な扱いを受けたのか。そして今日、なぜ、ルミアは女王陛下あれほど似た容姿をしているのか――。
あの日から、ふつと沸いた疑問は一つではなく、そして今日もまた増えた。
それでもノアは構わなかった。いつかノアが知る必要がある時が来たら、ルミアはきっと教えてくれると思ったからだ。ルミアは良くも悪くも責任感が強いから、教えてくれないのならそれなりの理由があるはずだ。
むしろ、ノアの方が天の智慧研究会に所属していると考えられてもおかしくない行動をしているという自覚はある。テロ事件が終わった後に、グレンにニヒルのことを報告しなかった時点で、ノアが秘密を共有するに値する人間だと判断されることは考えられにくい。それに――。
「嘘なら僕もついた」
「ああ、打ち上げの時のこと?でもあれは別に、誰にも迷惑かけてないよね。言い訳には分類されないの?」
「それが本当のことじゃないなら、言い訳じゃない。嘘は嘘だ。あと、僕は別にルミアに迷惑を掛けられたと思ってない」
「ふーん?」
そこで初めてニヒルの雰囲気が変わった。
身長差のせいでフードの中から覗く昏い瞳には冷たい色が浮かぶ。先程までニヤニヤと吊り上がっていた口角も、今はつまらなそうに一文字に結ばれている。どこか不機嫌さも感じられる雰囲気にノアの足が気圧されたように少し下がった。
「でも、そう思ってるのは君だけだろうね」
「え?」
「ルミア=ティンジェル――本名、エルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ。彼女は、三年前に『感応増幅者』と呼ばれる先天的異能者であることが発覚し、表向きは病で崩御したとされ、存在を抹消された元アルザーノ帝国第二王女。そしてその異能に天の智慧研究会は目をつけている」
突然、感情のこもっていない、淡々とした声で打ち明けられたルミアの素性に、ノアは目を開けて呆然と見つめた。理解が追い付いていないという表情をするノアを、いまだその冷たい眼差しで見つめながらニヒルは話を続ける。
「そして、グレン=レーダス。彼は元アルザーノ帝国宮廷魔導師団、特務分室所属、執行者ナンバー0『愚者』。活動期間は3年。その間、主に固有魔術『愚者の世界』で魔術を封殺することで反社会的な外道魔術師たちを一方的に殺して廻った暗殺者」
「……何が言いたい?」
「両名ともこの世界にいる誰かに死を望まれていて、それが現実になるように罪もない誰かが巻き込まれている。丁度今の様に。ノアルテ、君は彼らの性格はわかってるはずだよ。彼らは、それにとても心を痛めるているはずだ。”自分のせいだ”と言ってね」
ノアは何も言い返せず、強く頬の裏をかむ。ニヒルが言っていることは、簡単に想像できるからだ。
ルミアもグレンも、自分の命を脅かすものが、少しでも罪もない誰かを巻き込んでいると知れば、自己嫌悪に陥るだろう。
グレンがまだ非常勤だった時の異様な魔術嫌いと、今日の昼にニヒルに教えてもらったルミアの行動、『女王陛下殺害容疑』に抵抗しなかったことを鑑みれば、疑う余地もない。
「ノアルテは本当に迷惑だと思っていないんだろう。だから今後、もし巻き込まれても君は彼らに協力するし、その結果死にかけても気にしないんだろうね。そしてこう言うんだ”二人のせいじゃない”ってさ。でも、その優しさは二人のことを逆に傷つけるんじゃない?」
ニヒルが沈黙すると同時に、じんわりと口の中に鉄の味が広がっていく。
口下手なノアが言えるのは本当に当たり障りのない言葉だけだ。それだけで、本当の意味で誰かを励ましたり、慰めたりするのは難しいのもわかる。色々な理由で、あまり人と接してきた経験がないため、こういう時にノアにはどうすればいいのかわからないのだ。だとしても。
(大体、なんで僕がこんなこと言われてるの……?)
何故、苦しませている元凶からこんな話を言い聞かされているのかが全く分からない。
苛立ちと悔しさが混じった表情で硬く手を握りしめ、俯いているノアの頭上に、ニヒルは持っていた懐中時計の鎖ををちゃらと鳴らしながら掲げる。その音に即座に顔を上げたノアの目には烈火のごとく怒りが染まった。
「それは……ッ!!」
「君が命よりも大切にしているものがこうして今、俺の手の中にあるのも二人のせいなのかも。これを知ったら二人はどう思うかな?」
「それはお前が勝手に僕からとったものだ!なんでも二人のせいにするな!!」
「あは」
怒りをあらわにするノアに気分を良くしたのか、先までの冷酷さから一遍、最初の様にニヤリと口角を吊り上げる。その軽薄な雰囲気にさらにノアの苛立ちが募る。
(僕があの時、油断したりしてなければ……ッ!!)
ルミアとグレンが指名手配されていると聞いたときに動揺で気が緩んでしまい、それを目の前の奴に悟られてしまったことが何よりも悔やまれる。
返せといったところで簡単に返してくれないだろうし、もし壊されてしまえば、中に入っているあの
怒りで肩を震わせるノアにニヒルは「そろそろ時間だね」と一人呟くと、ノアに提案する。
「ノアルテ、これを賭けてゲームをしよう」
「ゲーム……?」
「うん。このゲームに勝てたら返してあげる。……とはいえ、君を試すためのゲームではないんだけど」
最後にぼそりと呟かれた不可解な言葉にノアは首をかしげる。ニヒルはその無言の質問に含み笑いを浮かべた顔で返す。
「どう?やる?」
「……拒否権があると思ってるの?」
睨めつけながら皮肉を込めて答えるノアに、ニヒルは解かっていたというように笑う。そして、指を一度鳴らした。乾いた音が静かな工場内に響いたその瞬間、廃工場の天井から破壊音と屋根の残骸が降ってきて、辺り一面に砂埃が舞う。
「う、げほっ、ごほっ……」
必死に腕で顔を覆いながら、目を凝らす。だんだんと晴れていく砂埃の中、月明りに照らされて見えてきたのは――
「ゴーレム……?」
ノアの目の前には三メトラはありそうな堅牢な岩でできたゴーレムが二体、その無機質な赤い目を光らせて立っていた。一体は右手に岩垣盾、左手に細い棒のような長槍を掲げ、もう一体はその体の半分以上もある鋭利な両手剣を構えている。明らかに、今のノアの魔術の火力では倒せそうになく、背中に冷や汗が走るのを止められない。
「もう、想像ついてるかもしれないけどルールを説明するね。ノアルテにはこの二体のゴーレムと闘ってもらう。夜が明けるまで、つまり三時間後まで生きていれば君の勝ちだよ。大丈夫。周囲には結界が貼ってあるから、戦闘音は聞こえないし、誰かが来ることもないと思ってね」
「――ッ!!」
いつの間に移動したのか二階へと移動したニヒルが、吹き抜け階段の上から頬を引きつらせるノアを見下ろし、宣言する。
「じゃあ、ゲームを始めようか」