ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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暴力表現在り


7.夜明けまで

 ドゴォン

 

「――ッ!!」

 

 ノアは振り下ろされる剣から地面を全力で転がるように回避し、飛んでくる廃工場の瓦礫をすれすれで避ける。その隙に見上げた空の色は、相も変わらず闇色に染まっており、ゲームの終わりはまだ見えてこない。

 

 あれからどれだけの時間がたっただろうか。

 既に初めにいた廃工場は壊滅して、周辺の別の建物やコンテナもまた次々と瓦礫と化していた。

 

(こいつら、脳筋ッ!!)

 

 見たときからすでに想像がついていたことだが、ノアの魔術の火力ではこのゴーレムを破壊するどころか、かすり傷一つ程度しかつけられていなかった。しかもゴーレムの頭には戦術なんて文字はないのか、時間稼ぎをと思って建物やコンテナに隠れれば、ノアが隠れていないところも巻き込んですべて破壊する。また、力のままに振り回される剣や盾のせいで地面にも大きなくぼみができていて、しかしそのくせその剣や盾は壊れないというところがまた憎らしい。

 

 心の中で悪態をついていると、ふいに大きな影が空から落ちてきて、跳ねるように顔を上げる。 

 目に映ったのは剣持ちのゴーレムが跳躍し、自重をのせてその剣をノアに向かって振り下ろしてくるところで、それを最小限の動きで避けた。

 瞬間、今度は横から盾がもの凄いスピードでノアを薙ぎ払う。

 

「ふぐッ!!」

 

 いくら黒魔【ボディ・アップ】で局所的に身体を頑健にしたとはいえ、直撃すれば即死級の打撃だ。弾丸で打たれたような衝撃と風圧で浮かんだ体は、薙ぎ払われたスピードのまま廃工場の壁に穴をあけて盛大に吹き飛び、ノアの口から体内にあった息がこぼれる。ノアは砂埃が舞う瓦礫の中から必死に体を起こし、つぅっと口の端から流れる赤い血を右手で苛立たしげに強引に拭った。

 

(肋骨、おれた……ッ)

「はーい、治すね」

 

 目に見えて死にかけているノアの肩に、いつの間に近づいていたニヒルは手を置くと白魔【ライフ・アップ】を唱える。少しずつ回復していく体を苦々しく思いながら、ニヒルを横目で睨みつけた。これだ。これも、ノアを苛立たせている原因の一つだった。

 

 ニヒルは「三時間後まで生きていれば君の勝ち」などと言ったくせに、こうやって定期的にノアの怪我を治すのだ。初めは何故こんなことをするのかわからず、ニヒルに思わず尋ねてしまったのだが、明確な答えは返ってこなかった。しかしこうやって何度も治されていくごとにだんだん分かってきたことがある。

 

(これは……僕を試すためのゲームじゃない)

 

 これはゲームが始まる前、ニヒル本人が呟いていたことだが本当のことだったらしい。

 ニヒルは勝利条件を「生き残ること」にした。なのに「死にかけると」回復呪文を唱え、本気で勝利条件を阻む気がない。どこか時間稼ぎのような行動。

 

 おそらくだが、夜明けまでに何かを待っている。

 

 また、こんな脳筋ゴーレム二体を相手にしていて、いくら回復があるとはいえ、いまだに死んでないのもそうだ。 

 

 本気で勝利条件を阻みたいなら、治療を待たずに攻撃すればいい。

 それにゴーレムの行動自体も単純なので、分析した行動パターンに沿って動けば、魔術で身体強化しなくてもギリギリなら避けられる。確かに避け方をミスすると、先程の様に重症になりやすいがそれだけだ。

 

「オッケー!いってらっしゃ~い」

「最ッ低!!」

 

 治療が終わり、動ける状態になると背中をポンと叩いてゴーレムの方へ送り出すニヒルを罵倒し、それでもゴーレムに向かってノアは走っていく。そして、これまた律儀に治療を待っていたゴーレムが、ノアの走る姿を認識すると攻撃を開始する。豪雨の様に飛んでくる瓦礫や、振り下ろされる剣と盾を、身体強化なしで避けていく。

 

(わかったこと、二つ目!)

 

 ことあるごとに何度もニヒルに治療されつづけた結果、現状ノアの自己治癒能力はほぼ枯渇してきていて、回復効果も薄れてきている。あと1、2回ぐらいが限度ではないかとノアは考えている。回復できなくなった時が、ノアの終わりだ。

 

 しかも、負傷と回復を繰り返しているせいで精神的にも厳しいものがある。

 あの攻撃に掠りでもすれば激痛が走り、回復でやっと痛みがなくなったと息をついても、瞬時に戦闘が始まる。この精神的ストレスは正直凄まじい。

 ゴーレムの前にいるだけで足がすくむし、呪文を唱える口が回らない。それでも時間がくるまでノアはこのゲームを降りることはできないのだ。

 

 つまり、この戦闘では体力や魔力というよりは、どれだけ精神力が強いかがカギになる。

 

(まあ、体力も魔力もほとんどないけどッ!!)

 

 もう半分やけになって、猛然と走るノアの前に盾持ちが剣持ちを守るように前に出る。だがそれを予測していたノアは、盾持ちの重力を【グラビティ・コントロール】によって増加させることで動きを止め、そのまま盾持ちの後ろでノアを串刺しにしようとしてくる剣持ちの刃を避けてその背後にまわる。

 

(次、剣持ちが腰を回して剣を振るッ!!)

 

 次の行動を阻止するため、ノアは胴体と腰のつなぎ目に向かって左手をかざし、掠れそうな声を振り絞る。

 

「《凍てつく氷弾よ》ッ!!」

 

 なけなしの魔力で放たれた氷の銃弾は辛うじて胴体と腰の間で、ガリッと音を立て、その回転を一瞬止めた。

 

(いまだッ!!)

 

 もう一度ノアは左手をかざし、今度は剣持ちの頭と胴体のつなぎ目に向けて――

 

「うぇ?」

 

 ドンッと重い衝撃とぐちゃりと鈍い音が全身に届き、足が地から離れる。次いで、火傷したときのような耐えがたい熱さが腹から湧き出てきて、恐る恐るノアはその個所を見る。そこには、一本の細い槍が腹を貫いていた。

 

「な……で……?」

 

 今までの行動パターンと、二体のゴーレムの配置的に盾持ちが長槍を突き刺してくることはなかったはずだ。槍が突き刺さっていることで身体の自由が利かないので、唯一動かせる首だけを動かして信じられない目で前を見た。

 

 その目に映ったのは、槍を持っていない盾持ちのゴーレムと、槍を手にした剣持ちのゴーレムだった。どうやら剣持ちは、先程ノアが撃った氷弾のせいで剣が振り回せなくなったから、剣を手放し、盾持ちが持っていた槍を奪って後ろ手にノアの身体を貫いたようだった。

 

「そ、なの!!」

 

 今までそんな動きしてこなかったくせに!

 激痛とかすむ視界の中で悪態をはく。

 剣持ちは力任せに胴体と腰にはまっていた氷弾を砕くと、ぐるりとこちらを向き、ノアの身体を槍で貫いたまま、軽々と薙ぎ払った。ずるりと身体から槍が引き抜ける感触がして、その目にまるい月が写り、

 

(あ……)

 

瞬間、視界が揺れるほど強い衝撃が全身に響く。

 

「ぐッ、げほ、ごほッ……」

 

 窒息を避けるためにあおむけになっていた身体を横に転がせ、どんどん喉からせり上がってくる血液を吐き出しながら必死に肩を上下させて呼吸をする。

 額が切れたのか流れる赤が目に入らないように右目を閉じる。貫かれた腹からは、手で押さえても止めどなく血液が流れ、その場に赤い池を作っていく。それでも体を起こそうとするノアに、こつこつと靴音を鳴らしながら呑気にニヒルは近づいて手をかざす。

 

「はいはい、治療するよ」

 

 もはや恒例となった治療行為に、ノアは何も言わず、骨に響くような激痛に必死に耐えながら、頭の中に戦略を巡らせる。しかし、その時間も長くは続かない。

 

「あ」

 

 腹の傷から流れる血がもうすぐで止まりそうというところでニヒルの口から困ったような声が上がった。上半身だけを起こし、目の前のゴーレムを睨みつけているノアに、ニヒルはお手上げだというように両手を挙げると、わざとらしく残念そうに言った。

 

「治療限界来ちゃった」

「――ッ!!」

「これは、ノアルテの負けかな?」

 

 ニヒルの言葉にノアの頭の中が真っ白になる。

 負けということはつまり、あの指輪は――。

 

 途切れそうになる意識の中、ノアは喘ぐように反発する。

 

「いや……、まだッ……」

「流石にもう無理でしょ。今、動いたら傷口開いて出血多量のショック死するよ。いくら大事なもの(指輪)だからって命あってのもの――って、聞いてる?」

 

 ノアはふらふらと立ち上がると、足元にポタポタと血を垂らしながら重たい体を引きずって、直立不動状態のゴーレムたちに向かってゆっくり歩を進める。 

 

 後ろで何故か少し慌てたようなニヒルの声が聞こえるが、ノアの耳には何も届かなかった。ノアの頭の中にあったのは、自分の()()と先程ゴーレムに投げ飛ばされたときにふいに頭に浮かんだとある()()だけだった。

 

「まもら、なきゃ……まも、らなきゃ……。じゃ、ないと……ぼくは」

 

 ゴーレムまであと数メトラのところで、ノアは立ち止まる。そして左手を右手で支えながら掲げ、ゆっくり目を閉じた。そして。

 

「<<(めぐ)れ・紅き円環よ>>」

 

 途端、ノアの足元に広がっていた血が脈打ち、まるで生きているかのように地を駆け、ゴーレムを中心に大きな円方陣を刻む。その円方陣にノアの魔力が流れていくと、円の外周から内側へ、大きな歯車が動くような音と怪しげな紫色の光と共に緩やかに回転を始めた。

 

「この魔術は……ッ!?」

 

 背後にいたニヒルがその円方陣を見て信じられないといった顔で一歩後ずさった。

 ノアは傷口から流れ出る血をそのままにゆっくり呪文を紡いでいく。その度、脳裏に映るある光景をどこか懐かしく思いながら。

 

「<<象は均衡を以って保たれ・理は勝利、栄光、基礎の三柱(みはしら)で成される――……」

 

 日の光が差す――で、僕が生まれたこと。

 

「<<世界は十の惑星と二十二の道を(めぐ)り・再創生へと向かい――……」

 

 月の光が差す――で、僕は死ねなかったこと。

 

「<<摂理の円環は紫炎(しえん)を吞みこむ――……」

 

 ”僕”はきっと覚えてないといけなかった、それなのに。

 円方陣に循環される魔力が高まると同時に、それぞれの層の陣の回転が徐々に速度を上げ、眩いくらいの紫光でふわりと揺れるノアの白髪が段々と紫に染まっていき――

 

「<<我・ここに宣「駄目だよ」ぐッ!?」

 

 ゆっくり目を開きながら呪文を完成させようとするノアを、ニヒルは後ろから羽交い絞めにして呪文をキャンセルさせた。瞬間、高速で回っていた円環も、まぶしいくらいの紫光も消える。

 

 ニヒルはそれに安堵の息を吐き、思わず額に浮かんでいた冷や汗を拭うと、腕の中にいるノアに目を向けた。

 ノアの傷口は当然開いており、出血が続いている。そして、先の魔術を使ったせいで魔力欠乏症もひき起こしており、顔色は悪いし、呼吸も荒く、体全身を使っているようで、見るからに重症だ。そんなノアにニヒルは呆れたように小さくため息をつく。

 

「ここまでやるなんて想定外だよ、全く……」

「……?」

 

 ぐったりと全身を預け、喘鳴のような音を喉から鳴らしながらも、戸惑いの目で問いかけてくるノアにニヒルは緩やかに首を振ると、その手に懐中時計を握らせる。

 

「!!」

「ノアルテの勝ちってこと。それに――」

 

 「時間だ」とニヒルが告げると、ゴーレムの影から淡青色の髪をなびかせた少女が走ってくるのが見えた。そして、少女はゴーレムの直前で、空高く跳躍すると、その手にした剣の先を豪風を巻き起こしながら振り下ろした。

 

「いいいいやぁああああ――ッ!」

 

 刹那、ガラガラと音を立ててゴーレムは木端微塵に崩れ、淡青色の髪の少女が日の光を浴びながら立っていた。

 

 その向こうからは何やら声を上げながら走ってくる見知った姿がみえる。

 

「~~ッ!!」

「――。~~」

 

 (ぼく……ちゃんと、まもれたの……?)

 

 ふいに、ふわりと体が浮くとあたたかい腕の中に抱きとめられ、ノアはようやっと意識を手放した。

 

 

 

 

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