ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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遠征学習編
1.コミュニケーション能力不足の二人


 

遠くから声がする。

 

「――は、皆のこと見てたよな」

 

 僕が守りたかった人の声。

 

「――は、頭いいし姉って感じだけど、――と話し、てるとき子供っぽかった」

 

 いつも僕を暖かく照らしてくれた人の声。

 

「――はいつも――の、こと、気にしてたよな。――も、――には普、通に話してたし」

「――――と――はいつも、けんかしてて、――に、怒られ――」

 

 何といっているのかは、はっきりと聞き取れない。でも、僕は知っている。

 僕が何も守れなかったことを、何を守るのかすら考えなかったことを。ずっと、ずっと――。

 

「――は、ずっと、――こと、守って、くれてさ。俺って、――ない……どした?」

 

 もし、知っていたのなら、僕が皆を――。

 僕は祈るように問いかけるが、腕の中で赤色に染まる――はその言葉に笑って、そして。

 

 

「これは、君の負けかな?」

 

 

 どこか戯れを楽しむような少年の声が耳元で囁かれ、僕は勢いよく振り向く。

 

 二度と話したくなかった。

 二度と会いたくなかった。

 

 その少年は、木々の隙間からこぼれる光をすべて吸収したような、深い闇色の髪をしている。そして、肩まであるその髪は右下で一つにくくられていた。銀色の瞳は、驚くほど昏く、その口元と同じように享楽の色をのぞかせている。

 

 そして、もう一度、その唇から、ひとつ、吐息が漏れて……

 

 

 

 

 ――闇に染まる

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 グレンは遠い目をしていた。

 

 目の前には、よく似た背丈の少女が二人、静かに向かい合っていた。

 一方は淡い青い髪に無表情、もう一方は白い髪に緊張を浮かべて。

 その傍らでは、金髪と銀髪の少女が、そっと見守るように立っていた。

 

「……」

「あの……」

「……?」

「う……えと……」

 

 圧倒的コミュニケーション能力不足の二人が出会うとこうなるんだな、と思いながら。

 

 

 

 

 

 遡ること一月ほど前。

 

 魔術競技祭の翌日。まだ日も昇らぬ早朝のことだった。

 

 優勝したご褒美として、クラスの打ち上げ経費はグレン持ちで行われた。

 しかし、何をどう間違えたのか、レストランの一番高い酒を注文したらしく、システィーナ率いる連中が飲み干してしまった。

 結果プラマイゼロになった財布を抱えて泣く泣く生徒を帰宅させ、最も泥酔したシスティーナをルミアと共に送り届けたグレンは、アルフォネア邸への帰路についていた。 

 

 その時だった。グレンの元にアルベルトからとある連絡が入る。

 

 ――「グレンのクラスの生徒であるノアルテ=ミネラーノが天の智慧研究会所属の魔術師と、フェジテ東にある廃工場で交戦中」

 

 最悪な報せだった。情報源はエレノア=シャーレット。そして現在、リィエル=レイフォードと共に救助に向かっているとも。

 

 言葉の意味を理解するや否や、グレンもすぐにその廃工場に駆け出した。

 

 だが、工場前でアルベルトと合流したときには、すでに遅かった。

 

 グレンたちより一足先を駆けていたリィエルが、その場にいた岩のゴーレムをリィエルが破壊したときには、ノアは既に気を失っており、天の智慧研究会所属の魔術師だろう少年――後に名をニヒルにぐったりと体を預けていた。その身体中からは緩やかに血が流れ出ていた。

 

 その光景にグレンとアルベルトもすぐに戦闘態勢をとる。

 しかし、人質がいる以上、この場で主導権があるのはニヒルの方であったことは明白だ。

 

「あーっと、余計なことはしないでね。このままだと本当に死んじゃうよ?それに――」

 

 俺が知っていること少しなら話してあげてもいいかなぁって思ってたんだけど。

 

 戯れを愉しむようなその声音がよりいっそうグレンのことを苛立たせた。

 

「グレン」

「……わかってるっつの」

 

 グレンはゆっくりと左手を下ろすと、前で剣を構えていたリィエルにも合図し、戦闘態勢を解かせる。

 

「あはは、ありがとう。まずノアルテとはちょっとゲームをしてたんだ」

「ゲーム、だと……?」

「そう。彼女の命よりも大切な宝物をかけてね。ほんと、すぐ死にかけるからずっと冷や冷やしっぱなしだったよ~」

 

 ”すぐに死にかける”、”ずっと冷や冷やしっぱなし”?

 ニヒルの妙な言い回しにグレンとアルベルトは首をかしげた。

 普通なら”すぐに死にそうで冷や冷やした”ではないのか。

 

 この言い方では、まるで何度も死にかけたような――

 

「……まさかッ!?」

 

 グレンの中で、ある悪趣味な仮説がひらめく。

 その反応を見て、ニヒルは愉しげに笑いながら答える。

 

「ゲーム開始から三時間。死にかけるたびに治療してたら、治療限界が来ちゃってね。あとは自然治癒に頼るしかなくってさ。しかも、魔力欠乏症にもなっちゃって」

 

 いかにも困ったように眉をひそめて見せるニヒルにグレンは怒りで肩を震わせた。

 ニヒルが言っていることが本当ならば、こんな悠長に話している時間はないだろう。

 

「――ッ!!ノアを早く返せッ」

「いいよ。でも、攻撃しないでね」

 

 意外にもあっさりと頷いたニヒルは、歩み寄ってグレンの腕にノアの身体を預けた。

 

(……軽い。血を流しすぎてる……)

 

 グレンはノアの全身を瞬時に観察した。

 貧血か魔力欠乏症からか青白い肌に全身の裂傷と打撲痕、浅い呼吸――そして、腹部にはなにかが貫通したような深い傷口。

 最も命にかかわりそうな腹部の傷口に、グレンは持っていたローブの裾をきつく当てると、止血を試みる。

 

 止血で手が離せないグレンと警戒を続けるリィエルの気配を肌に感じつつ、アルベルトが質問した。

 

「お前の目的は何だ」

「そうだなぁ……。俺の目的はルミア=ティンジェルじゃない。君たち特務室の、特にグレン=レーダスの働き様がどうなのか見てみたくてね」

「――ッ!?」

「結果は……まぁギリギリ許容範囲ってところだね」

 

 ニヒルの口からいきなり飛び出してきたグレンの名前に、グレンはノアの止血をしたまま目を見開き、アルベルトも眉をひそめた。

 

「……この男は一介の学院教師に過ぎない」

「知ってるよ、()特務室『愚者』の教師だろう?それに、ルミア=ティンジェルが天の智慧研究会に狙われていることが明確になった時点でそうも言ってられないはずだ」

 

 少なくとも軍は、グレンをルミアの護衛の一人としても考えているという言葉に反論できず、グレンたちは押し黙るしかなかった。

 

 ニヒルは何をどこまで知っているのだろうか。グレンの背筋にはそこが知れない気味の悪さに冷たい汗が流れていた。

 アルベルトもなにかしばらく考え込むと、また質問をした。

 

「何故、この少女を選んだ?他にも候補はいたはずだろう」

「あーそれか」

 

 初めて言い淀むようなニヒルの態度と、グレンも気にかかっていた質問の答えを知りたくて耳を傾ける。しかし――

 

「本人に聞いて」

「……おい」

 

 投げやりな答えにアルベルトはニヒルを睨みつけた。

 

「大丈夫。別にノアルテが天の智慧研究会に所属してるとかはないよ」

「……ルミア=ティンジェルのように狙われているという可能性は」

「さあ、そこまでは知らない」

「……」

「俺、単独行動派だし。というか、疲れたから帰っていい?」

 

 急に冷めた態度になったニヒルは自分で聞いたくせに、瞬きをすると既に目の前からいなくなっていた。

 魔力の波動も世界法則の変動も感じられなかったことで、ニヒルの実力の底知れなさが際立つ中。 

 

 残されたのはグレン、アルベルト、リィエル、そして重症状態のノアの四人だけだった。

 

 

 

 

 

 その後、ある程度止血をしてから、ノアをアルフォネア邸に運び治療することになった。

 

 少し悩んだのが、治療場所だった。ノアは身寄りがないらしく、普段は一人暮らしをしていて、ノアの家は治療場所としては都合が悪かったのだ。

 

 それで翌日に事実を共有したシスティーナとルミア、セリカ達と相談した。

 システィーナからは、ノアは一応女子だし治療しやすいかもとフィーベル邸に預けることを提案されたのだが、ノアの状態的に万が一にでも悪化してはいけないということで、セリカが責任を以って治療にあたってくれることになった。

 

 意識は三日後に戻ったのだが、怪我は治療限界と精神的な面に問題もあって完治するのに三週間ほどかかった。

 

 これは、怪我しては治されてを三時間続けられた結果、一時的にノアが治癒呪文に抵抗を覚えるようになってしまったことが原因だ。簡単に言うとトラウマだ。

 治療できるようになって初めて、治癒呪文を掛けようとした時は、ノアは真っ青になって硬直するくらいで、逆にこちらが申し訳なくなってしまうほどだった。

 結局、怪我は、致命傷以外は自然治癒に任せることになった。

 

(完治したのはよかったんだけどな……)

 

 現在はマシになったし、本人もそう言うが、それでも治療という言葉に肩がピクリと反応してしまっていることは気付いていないのだろう。

 治療したセリカはもちろん、お見舞いに来るたびに、治療を手伝っていたルミアや、傍で見ていたシスティーナもずっと心配そうに見ていた。

 

 そして、治療の件だけではなく、ノアが常に周囲を警戒している行動も常々見られるようになった。例えば、視線が合わないとか、背後に立たれることを嫌がるなど。

 今でも、睡眠は浅いみたいで隈を作っている姿も見えたし、常日頃からクロ(グレン命名のノアの使い魔猫)を抱えて片時も傍を離れない。

 

 また、ニヒルについても様子見で軽く聞いただけだったが、あの日の戦闘含めあまり覚えていない様だった。

 天の智慧研究会に所属していること、テロ事件の時に教室を見張っていたこと、魔術競技祭の昼休憩時に接触してきたことはわかったが、詳しいことはわからないみたいでノアは目を泳がせるだけだった。

 

 思っていたよりも傷が深かったノアに対して、グレンには少し後悔していることがあった。それはノアが学院を休む理由を、事故にあったことにしたことだ。

 学院に復帰したとき、クラスメイトにやはり事故について聞かれるだろうが、それに答える余裕がノアにあればいいのだが。

 

(ダメなときは、俺らがフォローするしかないな)

 

 ルミアもシスティーナも協力するといってくれていたし、しばらくは彼女たちに一緒にいてもらいつつ、トラウマが出そうになればグレンが教師権限で何とかするしかない。

 

 そして今日。

 セリカからノアは約一か月アルフォネア邸にこもって療養していたので、学院復帰に向けて人慣れさせたらどうだと提案された。また、ちょうどリィエルがルミアの護衛として来る日でもあった。

 グレンとしてはリィエルは旧知の間柄であるし、マイペース同士で仲良くなれるのではと思い、放課後、リィエルとルミア、システィーナをアルフォネア邸に連れてきたのだ。

 

 しかし――。

 グレンは目の前の無表情なリィエルと緊張した様子のノアを見る。

 最初はまだ、会話(?)をしていたのだが、

 

『初め、まして……ノアルテ=ミネラーノです』

『……私は、リィエル=レイフォード』

『えっと……前、助けてくれてありがとう』

『前……?』

『一か月前くらい。廃工場の……』

『……ん。気にしてない』

『そっか……』

『ん』

『……』

『……』

 

 という具合で、初めの会話に戻る。

 

 グレンは腕を組んで、今だ見つめ合ってるだけの二人を見守りながら決定的なことを思い出していた。

 確かに二人はマイペースだ。だが、同時に圧倒的コミュニケーション能力不足であるのだ。特に、初対面の人には。

 

 いや、リィエルに関してはなんとなくわかっていた。軍にいたときもそうだったが、今日の学院での出来事だけでもグレンは大層、頭の痛い思いをしたのだから。

 例えば、

 

・挨拶代わりに斬りかかってくる(戦犯:アルベルト)

・自己紹介時に軍属であることを話そうとする(咄嗟に大声を上げ、抱えて廊下に出た)

・魔術実技で十字型の大剣(クロス・クレイモア)をぶん投げる(クラスメイト達が委縮してしまった)

護衛対象(ルミア)から接触してもらうのを待つ

 

 などなど、数え上げればきりがない。

 

 ルミアやカッシュ達が話しかけてくれてやっと、クラスメイト達に馴染めたかなという具合だったし。

 

 ノアに関しては、本当に忘れていた。 

 魔術競技祭の練習中は普通に話していたから、そういえば初めはこんな感じだったなとグレンは苦笑する。

 

 二人を見守っていたルミアやシスティーナも、今だ無表情なリィエルと助けてオーラを出し始めたノアを見て苦笑し、助け船を出そうとするが、以外にもリィエルからノアに話しかけた。

 

「それ……猫?」

「え、と……そう」

 

 ノアの腕に抱えられているクロをじーっと見つめるリィエルに、少し緊張がほどけたのか今度はノアが話しかける。

 

「……抱っこしてみる?」

「「「!」」」

「……いいの?」

「うん」

 

 驚くグレンたちをよそに、ノアがクロをそっとリィエルの腕に預けた。

 ノアの腕から離れたクロは、警戒する素振りも見せずにリィエルの腕の中でゆらゆらと尻尾を揺らす。

 

「……冷たい?」

「この子、本物じゃなくて、水で作ってあるから……」

「水……?」

 

 想像していた暖かさではなく、ひんやりとした感触に目を瞬かせるリィエルに、ノアはその表情に小さく笑ってクロの説明をする。

 腕の中でにゃあと鳴くクロを恐る恐る撫でるリィエルも、どこか嬉しそうにも見える。

 

 システィーナ、ルミア、グレンは約一月ぶりに見るやわらかいノアの笑みとリィエルの反応にますます驚くと小声で囁き合う。

 

「ずっとクロのこと離さなかったのに……」

「うん。でもよかったぁ。相性もよさそうだね」

「……ああ、そうだな。全く、どうなるかと思ったが」

 

 ぼやき口調ではあるが割と心配していたグレンに、ルミアとシスティーナはクスリと笑う。

 

 その後もグレンたちがあたたかく見守る中で。

 ぽつり、ぽつりと会話を続ける二人と、一匹の間には穏やかな空気が流れていた。

 

 

 




ニヒル立ち絵

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