ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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3.未知が既知に変わる

 遠征学習三日目。

 

 

 現在ノアたちがいるのは、サイネリア島のビーチ。

 燦燦と輝く太陽に、青い空と、地平線の向こうまで続く海。

 穏やかに流れる風を吸い込むと、ほのかに潮の香りがした。

 

 ノアは小さな薄紫のフリルが付いたショートパンツ型の水着を着て、その白い砂浜に立っていた。

 これは、ノアが水着を持っていないことを知ったルミア達に、今朝方に選んでもらったものだ。

 

 ノアとしてはフリルは可愛らしすぎるのではと初めは戸惑っていた。しかし、実際に着てみると、全体的にはスポーティーで、どこか中性的な印象を与えていた。

 

 ただ、水着を着て、海が目前というところで、見たこともなければ触れたこともない、寄せては返す波に近づくのは少し怖くなってしまった。それで、ノアはまずは白い砂浜を堪能することにした。

 

「わぁ~!変なの……」

 

 足踏みをするたびに、砂が足の指の間をさらさらとすり抜けていく。その不思議な感触にノアは目を輝かせた。

 他のクラスメイト達がビーチにやってきていることにも気に掛けず、夢中でさくさくと白浜を歩いていく。そして――

 

「ノア」

「うわぁ!?」

 

 突然背後から声を掛けられ、慌てて後ろを振り向く。

 

 そこには濃紺のワンピース水着(学院の水泳教練用水着)を着たリィエルが立っていた。

 普通ならば地味で野暮ったいと思われそうだが、リィエルはそれさえも感じさせず、むしろ着こなしている。

 

「リィエル、水着似合ってる」

「……ありがとう?」

 

 リィエルはいかにも誰かの言葉を真似をしたように答えるが、雰囲気は少し嬉しそうだ。

 そんなリィエルに微笑みながら、ノアは首を傾げた。

 

「何かあったの?」

「……みんなでびーちばれー?やるから呼んできてって、ルミア達が」

 

 ノアが歩いてきた方へ指を差すリィエルの言葉に、ノアもその指先の方を向く。

 すると、即席のビーチバレー場の前にいたルミアとシスティーナが、こちらに気付くと手を振るのが見えた。

 

 ノアはそんな二人に手を振り返すと、リィエルと一緒にみんなのところに向かった。

 

 

 

 

 

 

「わぁ~……」

 

 コート横で審判をしていたノアの口からは、乾いた歓声しか出てこなかった。

 最初の内は皆に交じって遊んでいたが、体力がまだ完全に戻っておらず、途中で審判をすることにしたのだが……。

 

「えい」

 

 平坦なリィエルの声からは想像つかないほどの威力で、ボールは鈍い音を立てて、大きな砂柱を立てて相手チームのコートにめり込む。

 

 現在、目の前で行われているのは、グレン率いるシスティーナ、ギイブルのチームと、テレサ率いるカッシュ、リィエルの試合だ。

 

 魔術学院式ビーチバレー。

 アタッカー、サポーター、レシーバーの三人一組で一チーム。

 ポジションは一ゲームごとにローテーションで、レシーバーのターンは白魔【サイ・テレキネシス】で相手のスパイクを拾ってもよいという方式だ。

 

 だが、このテレサチームは所謂「チートチーム」だった。

 人間離れした身体能力を誇るリィエル。リィエルの次にクラスの中で運動能力に優れるカッシュ。白魔【サイ・テレキネシス】の腕前がクラス随一のテレサ。

 

 チームはくじで決めたというのに……。運命は残酷だ。

 

 リィエルの殺人スパイクが決まり、テレサチームの方から盛大な歓声が上がる中、反対コートで頬を引きつらせたグレンが嘆く声が聞こえる。

 

「……どうしろと?」

 

 それもそうだ。

 グレンの横にいるシスティーナも苦笑いを浮かべている。

 

 だが、

 

「冗談じゃない!このまま負けっ放しでたまるか!先生ッ!僕がなんとしても拾うから、いい加減、決めてくださいッ!さっきからあの体たらく……貴方、それでも僕らの恩師ですか!?」

 

 意外にも、これに闘争心を燃やしたのはギイブルだった。

 ビーチに来たのに水着すら来ておらず、このビーチバレーもグレンに引きずられてやってきたのに。

 

 ギイブルの発破にシスティーナも目を丸くしている。

 対してグレンは、

 

「へっ……そう来なくっちゃな……」

 

と言って、にやりと笑った。

 

「勝負はこれからだぜ」

 

 グレンがボールを砂浜から掘り出して、サーブを上げた。

 

 

 

 

「決めちまえ、リィエルちゃん!」

「えい」

 

 先ほどと同じ殺人スパイクが、グレン側のコートに落ちてきて――

 

「来たぞ、ギイブル――」

「くっ――<<見えざる手よ>>――ッ」

 

 グレンの合図で、ギイブルが全力で呪文を唱える。

 そして、

 

「「「「なっ、何ぃいいいい――ッ!?」」」」

 

 リィエルのスパイクが、ギイブルの呪文につかまり、ぎりぎりで頭上に上がる。

 

「すごい……」

 

 リィエルが打って決まらなかったのは初めてだ。

 

 コート全体に注意を構えておくと、リィエルのスパイクはそれを簡単に貫通させる。

 しかし、さっきからリィエルが狙うのはコートのど真ん中だけ。

 だから、ギイブルは最初からそこだけに集中して、呪文を用意した。

 

 考えてみれば、簡単な作戦ではある。しかし、

 

(……それすら貫通されたらって怯むからやるかは別、なんだよなぁ)

 

 本当に、ギイブルはすごい。

 

「先生、お願い!」

 

 相手チームがいまだに動揺している隙に、システィーナが素早くトスを上げ――

 

「どっせぇえええい――ッ」

 

 グレンが跳躍して、スパイクを打った。

 上がる砂煙と共に、グレンの放ったスパイクがコートを叩いた。

 

 コート周辺で完成していたクラス一同が歓声を上げた。

 

「先生、ナイッシュ!」

「おうよ!お前もナイスプレーだったぜ、ギイブル」

「……ふん。まだ一点だけじゃないですか。ほら、次、来ますよ。とっとと構えてください」

 

 

 試合が白熱していく――。

 

 

 

 

 

 

 ビーチバレーをした後。

 海から引き上げたノアたちは、町に出て観光したり、お土産を買ったりした。

 日が暮れると、また砂浜に戻ってバーベキューをして。とても楽しい一日だった。

 

「遠征学習来れてよかったな……」

 

 夜深く。

 夜中に目が覚めてしまったノアは旅籠周辺を散歩していた。

 

 実は遠征学習初日にグレンには楽しみだとは言ったものの、正直不安もあったのだ。

 

 フェジテ以外を知らないノアにとって、”外”は未知なもので満たされている。

 

 未知のものが既知に変わる瞬間は、時に抑えきれない喜びを与えてくれる一方、恐怖や苦痛をもたらすこともあるからだ。

 

 例えば、海なんかはよい例だろう。書籍の挿絵や描写で存在を知ってはいたが、想像よりも言葉に尽くせないほどの眩しい蒼にとても驚いたのを覚えている。寄せては返す蒼が白泡を作り、砂を攫っていく――その繰り返しがとても面白かった。

 

 しかし、浅瀬で波に入ってみたときの足元をすくわれるような感覚が独特すぎて気が引けて、結局入れなかった。”波に攫われる”という言葉を知っていたことで、溺れるかもしれないという先入観も持っていたこともよくなかった。

 

 とはいえ、これも経験なのだろうか……。

 それに、楽しそうに海にかけていく、クラスメイト達を見てるとなんだか勇気が出てきて……。

 

「今度は入ってみようかな」

「にゃあ」

 

 背中を押すように返事してくれるクロの頭を優しく撫でると、気持ちよさそうに尻尾が揺れる。

 

「ノア」

「ミッ!?」

 

 誰もいないと思っていたので、突然後ろから声が聞こえて変な声が出た。

 

 ばくばくとなる心臓を押さえながら、慌てて後ろを振り返る。

 

「リ、リィエル……?」

「……?」

 

 そこには何故か制服を着ているリィエルが立っていた。驚いたのはリィエルも同じらしく、いつもより瞬きを繰り返している。

 

(いつもリィエルに声を掛けられるとき驚いている気がする)

 

「リィエル、なんで制服なの?」

「……さっき、ルミア達と海行ったら濡れた」

「……なるほど」

 

 そういえば、ノアが部屋から出ようとしたとき隣りの部屋からドアの音が聞こえた気がしていたのだが、ルミア達だったらしい。

 夜に外出するなんて意外とやんちゃだよなと、自分のことは棚に置いてノアは思った。

 

「それで、今度は散歩?」

「……グレンの所にいく」

「……先生、寝てない?」

「……?わかってる」

 

 不思議そうに首を傾げるリィエルにノアは今度こそ苦笑する。叩き起こす気なのだろうか。

 

(ま、いいか)

 

 折角なので、旅籠の出入り口である門までリィエルと一緒に歩くことにした。

 道中、先程まで顔をのぞかせていた三日月は雲に隠れてしまったことを残念に思いながら、ノアは隣で無表情で並木道を歩くリィエルに語り掛ける。

 

「リィエルは先生のこと好きだね」

「……好き……」

 

 ノアの言葉をおうむ返しに、すこし困惑するように呟くリィエルにノアは内心首を傾げるが、すぐに別の言葉で言い直す。

 

「あ、えっと……大切ってこと」

「ん」

 

 今度は即答するリィエルにホッとする。

 しかし、次の言葉を聞いた瞬間、ノアは身体を固くした。

 

「グレンはわたしのすべて。わたしはグレンのために生きると決めた」

「え……」

「グレンはわたしが守る」

 

 リィエルの表情はいつもと変わらない。それが余計に――。

 

「……怖く、ないの……?」 

 

 足元に吹く冷たい風に乗って、ノアの言葉は小さく響いた。

 突然足を止めたノアに合わせて立ち止まるリィエルは少し不思議そうな顔をして、ノアに聞き返す。

 

「なんで?」

「それは……」

 

 その蒼く、純粋な目にまっすぐに見つめられ、ノアは言葉を詰まらせた。

 

「僕は……その……」

 

 何故、怖いのか。

 

 それは、ノアの中には明確に言葉にすることはできないが、何となくわかっている。

 

 ”もし、自分が命を懸けて守っているものが失われてしまったら――”

 ”もし、大切なものと大切なものを天秤にかける日が来たら――”

 

 ただ、それをリィエルに直接言うのが何故か少し憚られて。

 ノアは、当たり障りない言葉を探しながら一生懸命言葉を紡ごうとする。

 

「……夢で」

「……ゆめ?」

「うん……。僕の、夢の中で……えっと、守りたい人がいたんだけど……多分、守れなくて」

 

 しかし、当たり障りのない言葉を探す度に説明があやふやになっていく。

 

「……?わたしには、グレンがいる」

「そう、かもだけど……」

 

 ますます、意味が解らないというような顔をするリィエルに、ノアもだんだん自分が何を言いたいのか分からなくなってくる。

 

「う……ごめん、よく説明できない」

「……ん。別にいい」

 

 結局、説明できなくて謝るノアに、リィエルは首を振って応えた。

 

 ノアの腕の中にいるクロの声で、また歩くのを再開する。

 並木道を抜け、石畳で舗装された道の上を二つの靴音を鳴らしながら進み、ようやく門が見えてきた。

 

「……じゃあ、僕はここら辺で戻るね」

「ん」

「気を付けてね。おやすみ」

「ん。……おやすみ」

 

 手を振ってリィエルが門の外に出ていくのを見送ると、ノアも後ろを振り返って歩いてきた道を戻る。

 自室に戻りベッドにもぐりこむと、リィエルのあの純粋な瞳を振り切るように目をつむった。

 

 

 

 翌日、早朝。

 旅籠前で集合したクラスメイト達の中に、リィエルはいなかった。

 

 

 

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