グレンという男はトラブルメーカーなのだとこの一週間で嫌というほどわかった。
初授業はほぼあってないようなもので、錬金術はグレンが人事不省によって中止。その日の昼休みの時も、食堂ではシスティーナと言い争っているのが見えた。
その後も必修授業である、黒魔術に白魔術、錬金術に召喚術、さらに神話学、魔導史学、数秘術、自然理学、ルーン語、占星術学、魔法素材学、魔導戦術論、魔道具製造術……ありとあらゆる授業がダメだった。
この学院では、生徒はもちろん講師もほぼ全員が魔術に対する情熱や探求心を持っているので、グレンの授業がいかにいい加減かがよくわかる。逆にこれだけいい加減だと何か理由があるのかと勘ぐってしまうくらいには。
(先生はなにを考えてるんだろう?)
はじめのうちは教科書の内容を板書するくらいはしていたのに、だんだんと、それはちぎった教科書のページを貼り付けるようになり、そしてとうとう今日は教科書を釘で直接打ち付け始めた。
だから、
「いい加減にしてくださいッ!」
システィーナの我慢はもうとっくに超えているのは当然だった。
彼女は机を叩き勢い良く立ち上がると、肩をいからせながらグレンの方にずかずかと歩いていく。そして始まるいつものようなとても気分がよくない喧嘩。こぼれるようなノアのため息がシスティーナの怒鳴り声にかき消されることにすら嫌気がさして、二人からそっと窓の外に視線を移す。断片的に聞こえる会話からも逃げたくて、頬杖をついていた右手を髪の中にずらしそっと耳に当てる。
(チャイムならないかな……)
取り敢えずいつものようにぼーっとしていよう。
そう思ったのに、突然静かになったと思った教室に今度はざわめきが起こったことに少し驚いた。前を見ると見慣れた手袋がグレンの足元に落ちていることに気づく。
「うわぁ……」
思わず口からこぼれてしまった。
左手の手袋を相手に投げつける。この行為はつまり魔術による決闘を申し込むということだ。決闘のルールは決闘の受け手が手袋を拾うことで成立する。そして、受け手側が決闘のルールを優先的に決めることができ、決闘の勝者は自分の要求を相手に一つ聞かせることができる。
「お前……マジか?」
グレンも流石に驚いたのか、真剣に手袋を注視していた。
ルミアが慌ててシスティーナの元に駆けていき止めようとするも、システィーナは全く動かずそれどころか鋭さを増した目で睨みつけながら、グレンの説得をはねのけ着々と話を進める。
そしてとうとう、――グレンが手袋を拾った。
――――――――――――――――
学院中庭で。
ノアの目の前にはグレンとシスティーナの二人が互いに十歩ほどの距離を空けて向かい合っていた。その周りにはクラスの生徒達や、噂を聞きつけて集まったやじ馬たちが二人を囲っている。
「ノア」
「?ルミア」
ふいに声を掛けられて横を見るとルミアが胸の前で祈るように手を組んで立っていた。そしてシスティーナに向ける目は不安そうに揺れている。周りから聞こえるこの決闘への評価が余計にその不安を膨らませているのだろう。
「システィ大丈夫かな……?」
「そう、だなぁ……」
この決闘はグレンが設定したように、一番初めにこの学院で習う初等汎用魔術の黒魔【ショック・ボルト】のみだ。この呪文は殺傷能力は一切ないので怪我の心配はなく、呪文を唱えればまっすぐ電撃が飛ぶだけ。ただそんな単純明快な術であるがゆえに、いかに相手より呪文を早く唱え終われるかが勝利へのカギになる。
「普通なら先生が勝つと思う、けど……」
「けど?」
「それは、この学院のほかの講師の場合ってだけで……。その、ただの勘なんだけど」
「システィが勝つ?」
「えっと、多分?あっ」
始まったみたいだ。
どうやらグレンは、早打ち勝負のことを知っているはずなのに、システィーナに詠唱をするよう煽っているようだった。これは、もしかして勘が外れたかとルミアが必死にシスティーナを見つめるのを横目に考えた。やがてシスティーナは決心がついたようでグレンに指をさして――
「《雷精の紫電よ》――ッ!」
刹那、システィーナの指先から放たれた電撃がなぜか得意げな顔をしているグレンへ飛んでいき、そして、
「ぎゃああああ――――っ!?」
バチンッと電撃がはじける音とともにグレンは体を痙攣させながら、簡単に倒れ伏した。
あんなに大物ぶっておいて、あっさりと終った決闘に、周りは困惑するしかなかった。システィーナの勝利に周りがざわめく中、当人のシスティーナも困惑しているようで、
「わ、私……なんかルール間違えた?」
と、こちらに助けを求めるように振り返るので、ルミアと同時に首を横に振るしかなかった。
システィーナが勝ちそうとは言ったものの正直、ノアにとっても予想だにしないほどのあっさりぶりで困惑してしまう。
この後も、ふらふらとなんとか起き上がったグレンが再戦を要求したがことごとく沈められ、47本勝負中0勝という悲惨な結果をたたき出した。
さらに、グレンが三節詠唱しかできないことや、勝者であるシスティーナの要求をうやむやにして逃げ出すなど、ますます酷評を受けるようになった。
そして激しく憤るシスティーナはもちろん、なだめようとするも途方に暮れているルミアにも、ノアは何も言えなかった。