ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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5.過去に囚われて

 キン、と甲高い音を立てて鉄と鉄がぶつかり合う音が聞こえる。

 

 それは、まだ日が昇りきる前の早朝。

 僕は、赤髪の五兄に剣術指南を受けることが日課だった。

 

「弱い」

「うッ!」

 

 重ねていた剣が押し返され、衝撃が腕に伝わると同時に、僕は簡単に地面に転がされる。

 

 それを悔しく思いながら僕は、目の前で顔色も変えずに立っている五兄を、少しむくれた顔で見上げた。

 

「――は体が大きいし、力も強いから」

「ああそうだな。だがそれだけだ」

 

 それでも言い訳無用とばかりに、五兄はいまだしりもちをついている僕を見ている。

 

 この兄は、いつもそうだ。

 僕が訓練中に倒れても手を貸してはくれない。僕が自分で立ち上がるのをじっと待っている。

 

「あはは、その様子だと今日も駄目だったみたいだね」

 

 ふいに、後ろから聞こえてきた優しい声に振り向く。

 そこには、さわやかな笑みを浮かべた青い髪の四兄が歩いてきていた。

 

「――、お前はもう少し言葉で伝える努力をした方がいいんじゃないか?」

「……」

 

 四兄には弱い五兄は、バツが悪そうな顔をしてそっぽを向いてしまった。その様子に、四兄は苦笑すると、今度は僕にその穏やかな青い瞳を向ける。

 

「お前も、もう少し考えて動かないとね」

「……考えてる」

「……そうではない」

 

 四兄の言葉に益々むくれる僕に五兄は言った。

 首を傾げて五兄を見ると、まっすぐ僕を見ていた五兄のその燃えるように赤い瞳とぶつかる。

 

「お前の使命は――を守ることだ。しかし、その――ことが――間は、お前は――だ」

 

 五兄の言葉にノイズが走り始める。

 

「誰も――、何――すら間違え、そして、――さえも――――」

 

 待って、――。何て言ってるの?

 

「考えろ。お前は――――」

 

 

 

 

 

 

 

 近くで水泡の音と稼働音がする。

 ノアはそっと目を開けると、薄暗い天井が映る。

 

「ここは……どこ?」

 

 仰向けのままのノアの呟きが、決して狭くはない部屋に響く。

 

 床や壁、高い天井のところどころに点在している光は細く、手元がよく見えなかった。目が暗闇に合わせて瞬きを繰り返すが、その一瞬、視界の端に赤色が映った気がして――

 

「……っ!!先生とリィエルは!?」

 

 ノアは勢いよく体を起こした。

 途中でずきりと頭が痛み、横になりたくなるが、それよりも記憶の中にある現実がそれを許さない。

 

「確か男が……天の智慧研究会で、リィエルが先生を……」

 

 後ろを向いていたグレンの背中がリィエルの剣によって赤く染まっていったことを覚えている。

 ノアはリィエルに突き飛ばされ、止められぬまま……記憶はそこで途切れている。

 

 グレンはどうなったのか。

 リィエルはなんであんなことをしたのか。まだあの男といるのか。

 

(なんで、こんなことに……)

 

 それに、天の智慧研究会といわれて思い出されるのは

 

「ルミアは……?」

 

 ただ、グレンとリィエルにちょっかいを掛けて終わる筈がないと、ノアの勘が告げている。

 ノアは唇を噛みしめる。

 

(とにかく、動かないと)

 

 ノアはゆっくり立ち上がる。

 近くに出入口は見つからない。探さねば。

 

 床にはコードが張り巡らされているようで、それは規則正しく並んでいた謎の液体が入っているガラス管につながっていた。

 どうやら、水泡の音と稼働音の正体はこれのようだ。

 

 中身はよく見えないが、球体のようなものが浮かんでいることは解かる。それが、本能的に理解してはいけないものだと悟り、なるべく俯いて部屋の奥へと進む。

 

 しかし、不意に視界の端に捉えた『それ』に、ノアは思わず顔を上げ――

 

「あ」 

 

 ガラス管の中に浮かんでいたのは、同じ年くらいの少女だった。

 彼女は手足を切断され、全身を無数のチューブに繋がれて、魔術的に『生かされていた』。

 

 例え、この円筒の中から解放されても、数分も生きていられない。

 

「……」

 

 こんな状態でも、意識があったみたいだった。

 声もなく戦慄するノアの目と、彼女の虚ろな目が合う。そして、

 

 

 

 コ、ロ、シ、テ

 

 

 

 弱弱しく紡がれた四文字のSOS。

 

 それは、ノアの心をあっけなく崩壊させた。

 

「あ、ああああああああぁ――ッ!!」

 

 ノアは、叫びながら一目散に駆け出す。

 奇跡的に見つけた出入り口のドアから這い出て、暗い通路を足をもつれさせながら走る。

 

(ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)

 

 心の中で渦巻く謝罪は誰に向けられているのだろう。

 彼女はまだ『生かされていた』状態で、今だあの部屋のガラス管のなかに一人――。

 

 罪悪感と懺悔に心を満たしながら、恐怖するままに走り続ければ、気が付くと、ノアは何もない大広間にたどり着いていた。

 

「はぁッ、はぁッ――!」

 

 その静寂の中、ノアの荒い息と心臓の音だけが響き渡る。

 

 ノアは震える手でスカートのポケットに手を伸ばす。ノアのお守り、心のよりどころ。 

 しかし、

 

「なんで、なんでないのッ!?」

 

 いくら探しても出てこないそれに、ノアの目の前がまたぐにゃりと歪む。

 早く探さねばと焦りだけが募り、ノアは魔術の詠唱すら忘れ、左右を見回しながら、あの日から片時も離れなかった使い魔の名を呼ぶ。

 

「――ッ!クロ!クロ、どこッ!?」

 

「誰かお探しですか?」

 

「――ッ!?」

 

 ノアだけだと思っていた広間に、妖艶な女の声が響く。

 弾けるように声の先に目を向けると、そこには胸元で腕を組み、こんな場所にそぐわないほど瀟洒(しょうしゃ)な物腰で広間の中央に立っている女性がいた。

 

 余裕がないノアにとって、今目の前に現れる怪しい人はすべて敵に見える。

 ノアはきつく彼女を睨みつけるが、彼女はノアに向けてほほ笑むと、そのスカートの裾を持って優雅にお辞儀をした。

 

「初めまして、私はエレノア=シャーレットと申します」

「エレノア……シャーレット……!」

 

 確か、グレンが言っていた。 

 魔術競技祭の騒動に関わっていた、天の智慧研究会の人間だったはず。

 

(今度はこいつが指輪をとったの?)

 

 ニヒルの姿が頭をよぎり、頭に熱が上がりそうになるが、ノアは、ぎりぎりでエレノアに掴みかかることを踏みとどまる。

 

(さっきこいつは、()()じゃなくて()()って言った)

 

 敵ではあることが確かだが、こいつが指輪をとった確証はない、とノアは頭の中で理性を寄せ集める。まずはできる限り情報が欲しい。集めないといけない情報はたくさんあるのだ。

 

 ノアは心を落ち着かせるために、一度小さく息を吐いた。

 

「ルミア、リィエル、先生は?」

「あら、意外ですわね。違うことをお聞きになられるとばかり……」

 

 口元に手をあてて嗤うエレノアに、ノアは視線を鋭くする。

 

「……」

「ふふ、戯れが過ぎましたわね。ルミア様とリィエル様なら……あちらです」

 

 そういって、指示されたのは、エレノアの後ろ、ノアの来た扉と反対側の扉の方だった。あの、扉の向こうに二人がいるのか。

 あとは、グレンのことだが。

 

「グレン様は……ふふ、どうでしょう」

 

 エレノアに苛立つと共に、ノアはあの時意識を保っていられなかった自分を死ぬほど後悔した。

 

(あの時、僕がちゃんと……)

 

 ノアは握りしめた掌に爪が食い込むことを感じた。

 

 エレノアはそんなノアをしばらく変わらない笑みで眺めていたが、不意にヒールの音と共に、片手にスカートの裾を、もう片手は胸に当て、優雅にお辞儀をした。

 

「私はただ勧誘をしに来たのです」

「勧誘……?」

 

 そうだ、エレノアがなぜここに来たのか聞いていなかった。

 でも、誰をどこに勧誘するのか。

 

 思考が追い付いていないような、訝し気なノアを前に、エレノアは頭を下げたまま。

 

「ええ、貴方様を天の智慧研究会へご招待したいと考えております」

 

 呆気にとられるノアを前に、やっと顔を上げたエレノアは愉しそうに()の名前を呼んだ。

 

「ノアルテ=ミネラーノ様。いえ、――――『第9番目の芸術(ラ・ノーノ・アルテ)』様?」

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 どこかの施設の大広間。

 大掛かりな五芒星陣とルーン文字が刻まれた床の中央。

 

 その中心にはルミアが鎖で天井から、両手を封じられた状態でつるされていた。

 足元の不安定さと、手首に食い込む鎖に、ルミアはか細い悲鳴を漏らした。だが、それすらも初老の哄笑にかき消される。

 

「ふははははははっ!これさえあればっ!!」

 

 薄暗い大広間にバークスの哄笑が響き渡る。

 

 高笑いしている初老――白金魔導研究所所長、バークス=ブラウモン。

 彼はルミアの異能『感応増幅』を利用して、『Project:Revive Life』という計画を完成させようとしている。

 

 その横には胸元で腕を組み、瀟洒(しょうしゃ)な物腰で佇むエレノア=シャーレットとリィエルの兄である青髪の青年が立っている。

 

 リィエルは、時折送られてくる悲しそうなルミアの視線から逃げるように、兄の背に身を隠していた。そして、心の中で誰かに語り掛ける。

 

(こんなつもりじゃなかった……)

 

 兄と再会したあの港で起きたことを思い出す。

 

 ノアの暖かい手、グレンの大きな背中。

 リィエルが斬り捨てた。

 

 ルミアを連れ去りに旅籠へ行ったことを思い出す。

 

 ルミアの愁色を帯びた顔、システィーナの恐怖に染まった顔。

 リィエルがそうさせた。

 

 すべては兄のために。

 

 二年前以前のリィエルは、兄だけを守る暗殺者だった。

 天の智慧研究会の「掃除屋」。

 兄のために闘って、生きて、すべてを捧げてきた。

 

(じゃないと、わたしは……何のために生きているの?)

 

 しかし、兄が死んだと思い込んだリィエルは組織から逃亡し、そしてあの日グレンに出会った。

 白く、冷たく、凍った記憶の中で。

 

 それ以来、リィエルにとってはグレンがすべてだった。そう信じていた。

 でも、グレンの言ったとおりだった。リィエルはグレンを兄に重ねていただけ。グレンは兄の代わりだっただけ。

 

 そして今、リィエルは再び元にいた場所に戻っただけのこと。

 

(…………ノア)

 

 リィエルは心の中で呼びかける。

 

 リィエルの中でノアは不思議な人だった。

 ルミアやシスティーナみたいに友達とは少し違うような、それでいてグレンや兄みたいに命を懸けて守る対象でもない。アルベルト達みたいに戦友というわけでもない。

 

 なんとなくリィエルと似たような人。

 

 そんなノアが「グレンはリィエルにとって全てだ」と言った時に、「怖くないのか」と聞いた。

 その時はわからなかったけど、今なら解かった。

 

 ――もし、自分が命を懸けて守っているものが()()()失われてしまったら

 

 リィエルには耐えられない。だから。

 

(だから、間違ってない……そう、だよね)

 

 儀式が始まる。

 魔力が方陣に循環していき、刻まれた文字と方陣が、ゆっくりと冷たい光を放ちはじめる。

 

 リィエルは、そっと背を向けた。

 その光の渦中にいる少女を――なぜだか、見ていられなくて。

 

 

 

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