ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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6.権利、使命、資格……

 

 あれは二年前の、どこか寂れた廃村の酒場だった。

 

 誰一人としていない酒場を壊さんばかりの吹雪が、吹き荒れていた夜だった。

 申し訳程度に灯されたランタンの灯は、酒場全体を照らす力はなく、少しでも風が吹けばいとも簡単に消えてしまいそうだった。

 

 そんな酒場の奥のカウンター席。

 <<愚者>>のグレンは、1人の()()()()()()()()が特徴な青年に出会ったのだ。

 

「ようこそいらしてくださいました」

「……シオン、だな?」

 

 無防備に座っていた青年――シオンは、グレンがやって来たことに気付くと、グレンの警戒を解くようにゆっくり魔術を封じた左手を掲げた。

 

 それを見て、グレンもシオンの隣の席に座る。

 すすめられた暖かいブランデーを飲みながら、二人は『取引』を始めた。

 

 そして――

 

「……それでいいんだな?」

 

 グレンはシオンに念を押すように確認する。

 

「ええ、罪を犯しすぎた僕は大切な家族である二人の分まで罪を背負います。だから、僕の代わりに()()()()だけは救ってほしい」

 

 シオンは、天の智慧研究会に所属しているとは思えない、どこか殉教する聖職者のようだった。今まで剣吞だった雰囲気を少しだけ緩ませたグレンは、そんなシオンにもう一度尋ねた。

 

「……その二人の名前は?」 

 

 シオンは、薄く微笑みながら言った。

 

「彼ら二人の名前は――」

 

 

 

 

 

「……う」

 

 全身が重く、息をすることすら億劫だった。それでも、心の中から溢れる焦燥感と使命感がグレンの目を開けた。

 

「……夢、か……」

 

 霞む目に映った生徒用の宿舎の天井に違和感を抱く。グレンは、纏わりつく泥を引き剝がすように、強引に上体を起こそうとした。しかし、激痛が胸部に走り、思わず呻き声が口から零れる。

 胸元を見てみると、グレンの胸部には包帯が巻かれていた。

 

「……ふん、息を吹き返したか」

 

 自体を把握できていないグレンの横から、突然、苛立ち交じりの忌々し気な声が聞こえる。

 

 グレンが声の方へ眼を向けると、そこには腕を無んで壁に背を預けているアルベルトの姿があった。眉間には相変わらず、皺を寄せていて、不機嫌さを隠そうともしない。

 

「なんだよ、そりゃ……暗に死ねとでも言いたげだな」

「その方が清々するんだがな、俺としては」

 

 つれないアルベルトの物言いに、宮廷魔導士だった時のことが思い出され、懐かしさを感じた。

 

 だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではないと、思考を切り替える。

 

「俺は……リィエルのアホに斬られて……そうか、お前が助けてくれたのか……」

 

 致命的な傷を負わされ、海に落とされた。そんな絶望を打破できる唯一無二の手段である魔術は、自分の固有魔術で封じた何て言う間抜けさで。

 

 今度こそ死んだと思ったのに、こうして助かったのは悪運以外の何でもない。

 

「礼ならそこのフィーベルに言え」

 

 アルベルトは、顎でグレンのベッドにもたれかかって、疲労困憊という様子で、静かに寝息を立てているシスティーナを指した。

 

「その娘がいなければ、俺の白魔儀【リヴァイヴァ―】等、成功しなった」

「なっ!?いくらお前でも、魔力が足りな……あ、それで、コイツか」

 

 驚愕するグレンを置いて、アルベルトは、淡々と状況説明をしていく。

 とはいえ、大体がグレンの予想通りのことではあったが。

 

 今回も裏で手を引いているのは、件の組織、天の智慧研究会だ。

 リィエルが帝国宮廷魔導師団を裏切り、グレンに危害を与えた。そして、アルベルトがエレノアによって足止めを食らっている間に、リィエルがルミアを誘拐、逃亡。そして現在もリィエルとルミアは見つかっていない。

 

「……ノアは?俺がリィエルに刺された時、ノアも近くにいたはずだ」

「……不明だ」

「……そうかよ」

「俺からも聞かせて貰おう」

「……なんだ?」

「リィエルは何故裏切った?」

 

 アルベルトの直球な質問に、グレンはポツリと呟くように答える。

 

「『あいつの兄貴が現れやがった』……と言ったらわかるだろ?」

「成程な。案の定、お前が後送りにしてきた事のツケが回って来たという事か。」

 

 グレンは気まずそうに眼を逸らす。

 

「もう一つ。ノアルテ=ミネラーノとはどんな人物だ?」

「……?至って普通の……お前まさかっ!?」

  

 アルベルトは、グレンに何の反応もせず、背を向けると部屋を出ていこうとする。

 

「待て、アルベルト!どうするつもりだ!?」

 

 声を荒げるグレンの声に、アルベルトはピタリと足を止めると、半身だけグレンを振り返り淡々と答える。

 

「俺はこれから王女を奪還しに行くが……間違いなくリィエルと敵対するだろう。こうなった以上、俺は容赦しない。リィエルが俺の行く手を阻むというのならば、俺は力を持って奴を排除、いや――殺す」

「ッ!!」

「ノアルテ=ミネラーノについては容疑という形だ。しかし仮にリィエル同様、天の智慧研究会へ所属し、王女奪還を阻止するならば――」

「待てよ」

 

 グレンがアルベルトを烈火の目で睨みつける。

 

「何だ?」

「俺も連れていけ。まずは俺がリィエルと話して、ノアの真偽も確認する」

「…………」

 

 アルベルトはようやくグレンに全身を向け、そして静かにグレンの話に耳を傾ける態度をとった。

 

「リィエルは『勘違い』してるだけだ。で、ちょっと間違えて、こんなことをやらかしちまっただけだ。それを正して連れ戻す。……それが、二年前、アイツを拾ってきた俺の責任だ。そうだろう?」

「ふん。『兄』が現れたんだろう?あの女が今更お前の言葉を聞くか?」

「聞かせる!聞かせるんだよ!殴ってでも、無理やりにでも!それに、ノアに関しちゃ何もわかってねえだろ!」

「それを、お前が行う権利がどこにある?軍から逃げたお前が」

「ッ!!それは……」

「お前を否定するつもりはない。が、貴様は一体何様の心算だ?」

 

 鷹の様に鋭くグレンを射抜くアルベルトから告げられた言葉に、グレンは言葉に詰まる。

 

 アルベルトの言葉は正論だ。

 グレンは魔術の残酷な現実を知りながら、それでも『正義の魔法使い』という理想を捨てられなかった。そして、戦友たちに何も告げず戦線から逃亡した。

 

 今回の件だって、元をたどればグレンがきちんとリィエルと向き合わなかったことが原因だ。

 

 それにも関わらず、今だ軍で命を張っている戦友の戦闘を不利にさせ、道を誤ってしまったリィエルを救い、そして新たにノアの疑いも晴らそうとする。

 個人的で、偽善的で、すべてにおいて勝手である。

 

 アルベルトの言葉は尤もだ。

 それでも――

 

 グレンの脳裏にとある光景がよぎる。

 無愛想なリィエルがルミア、システィーナ、ノアを筆頭にクラスの皆と過ごしていた光景。

 何物にも替えられない尊ぶべき光景。

 

 そこからリィエルを切り取り、そしてノアまでもそうなれば……。 

 

「それでも、俺は――あいつらの教師だッ!」

 

 グレンはすべての疑念を振り払うように一際強く叫ぶ。

 

「権利も資格も知ったこっちゃない、これは俺の意地だッ!あいつらは……今は、俺の生徒なんだ……ッ!だから……ッ!」

 

 しん、と重苦しい静寂があたりを支配する。

 頑として譲らないというグレンの目に、やがてアルベルトは冷淡に、しかしどこかわかっていたように告げる。

 

「変わらんな、お前は。だが、だからこそ……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぼそりとアルベルトが呟いた後、突然、鈍い音が室内に木霊し、グレンは背後の壁にたたきつけられる。

 アルベルトが、グレンの頬を拳で激しく殴りつけたのだ。

 

「俺に何も言わず帝国宮廷魔導師団を去った落とし前は、これで勘弁してやる」

 

 そしてアルベルトは、変わらず冷めた目でグレンを見たまま、一丁の銃を懐から取り出すとグレンの傍らに放り投げた。

 

「この銃は……<<ペネトレイター>>……ッ!?」

 

 それはグレンが軍役時代に愛用していた銃だった。

 呆然と銃を手に取って眺めるグレンに、アルベルトは淡々と告げる。

 

「条件は二つだ。一つ、俺はあくまで王女の救出を優先する。二つ、状況がリィエル又はミネラーノの排除を余儀なくした場合、俺は容赦なく二人を討つ。その時、文句は受け付けん」

「……アルベルト?」

「以上二点について俺の邪魔をしない限り、二人はお前に任せる」

 

 一方的そう言い捨てて、アルベルトはグレンに背を向けた。

 しばらくの間、二人の間には沈黙が流れる。

 

 一見、冷たく聞こえるアルベルトの言葉に、グレンは――

 

「……ははっ。お前はそういう奴だったな……」

 

 グレンは、嬉しそうに笑って、立ち上がった。

 そして、これから待っているだろう死闘に、何の憂いもないというように不適な笑みを浮かべると、相棒に声を掛ける。

 

「……行こうか。頼りにしてるぜ、相棒」

 

 そんなグレンに、アルベルトもいつも通り。

 

「抜かせ、誰が相棒だ。寝言は寝て言え」

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 エレノアが愉しそうに”僕”を呼ぶ。

 

「『第9番目の芸術(ラ・ノーノ・アルテ)』……?」

 

 だが、その呼び名は知らない。ノアは知らない。

 

「何のことを言ってるの……?」

 

 呆気にとられるノアに、エレノアはわざとらしく口元に手を当てると、驚いたような顔を見せる。

 

「あら、申し訳ございません。てっきり、ニヒル様がお話しされたものかと……」

「ニヒル……?ニヒルが何を……」

 

 思いもよらない、忌まわしい名前に、聞き返すが、エレノアは笑みを浮かべたまま、困惑するノアを見ているだけだった。

 

「意味が分からない……。何、何なの……?」

 

 ノアの頭の中はぐちゃぐちゃだった。

 

 もとより、研究所見学の時から頭の中には色々な言葉が錯綜していたのに。いつの間にか来ていた、この施設で目にしたもの、聞いたもののせいでより一層悪化した。

 

(指輪が……あったら……)

 

 どうして持っていないのだろう。どこかに落としてしまったのだろうか、それともまた盗られたのか。どちらにせよ、ノアは指輪を()()失くしてしまった。

 

 思考が滞り、眩暈がする。

 耳鳴りがして、体から血液が抜かれるような感覚がする。

 

「顔色がよくありませんわね……。お手をどうぞ?」

「ッ!!」

 

 青を超えてもはや白に近くなった顔色のノアに、音もなく近づいてきたエレノアが、流れるように手を差し出す。

 

 しかしノアは、ふらつきながらも、その手を避けるように、後ずさる。そして、昏い目でエレノアを睨みつけた。

 

「そうやって、僕を、連れていくんでしょ」

「ふふふ、ご冗談を。私は、ただ――」

「いかない。天の智慧研究会には絶対に入らない」

 

 エレノアの言葉を遮って、ノアはエレノアの勧誘を断固として断った。

 

「まあ、そうですか……。ですが、あちらを」

 

 エレノアが左手を宙にかざすと、水晶壁にある映像が映し出される。

 

「ルミア様は既に『Project:Revive Life』の欠片となり、リィエル様もこちら側です」

 

 映像には、大きな方陣の中心に天井から鎖でつるされたルミアと、その方陣から背を向けて俯いて立っているリィエルがいた。

 

「あのお二方をお守りしたいのなら、傍にいるべきでは?」

「…………ふふ」

「ノアルテ様?」

 

 ここでノアが笑うとは思わなかったのだろう。エレノアは、少し眉を顰めた。

 ノア自身も笑う気はなかったけど。

 

 それでも、だっておかしいだろう。

 

(どうして僕はいつも守れないんだろうね……)

 

 とりあえず、くだらない自虐はさておき。

 

 ルミアとリィエルは本当に望んでその場所にいるのだろうか。

 ノアが同じ場所に行けば、二人は安心するのだろうか、喜ぶのだろうか。

 

 答えは、もう知ってる。

 エレノアよりも、二人のことを知っているから。

 

 だから、ノアはもう一度、エレノアに同じ言葉を言った。

 

「それでも、僕は、天の智慧研究会には絶対に入らない」

「そうですか……。それならば、仕方ありませんわね……」

 

 あっさりとノアを諦めるような口ぶりで、エレノアの口元は依然として変わらない。余裕そうで、愉しそうな顔。

 こういう時の続きは、思考が滞っている今でも簡単に解かる。

 

 ノアは体を少しかがめ、いつでも動けるようにする。

 

「ここで……お別れです」

 

 そう宣言したエレノアは、最悪な光景を水晶壁に映したまま、静かに影に溶けていく。

 同時に部屋に湧いてくる、合成魔獣(キメラ)達。

 

(ああ……まるで……)

 

 あの夜みたいだ。

 守らないといけなかったのに守れなくて、自分の力では及ばない敵が立ちふさがる展開。こんな中で生き残るなんて、とても無理な話。

 

 前なら恐怖で足が震えていた。呪文を紡げなかった。

 でも今は。

 

「ふふふ……あはははははっ!!」

 

 獣たちは、空に向けて咆哮を上げ、禍々しい瘴気を放ち、重々しい音を立て歩いてくる。それを前に、ノアは狂ったように笑いながら左手を翳した。

 

 

 

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