ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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7.戦闘開始

「……っく……ぁ……ぅあああ!?」

 

 薄暗い研究室に、鎖で吊るされていたルミアの苦悶に満ちた声が響く。 

 

 バークスによって露になったルミアの肌には、真銀(ミスリル)粉末が分散された染色液で様々なルーン文字や紋様がびっしりと描かれていた。

 

 その術式に疾走する膨大な魔力が、ルミアの意思とは関係なく強制的に能力を行使し、苦痛となってルミアを責め立てていた。

 

 だが、バークスはそんなルミアの苦痛に意に介さず、演算器から送られてくる大量のデータの解析に夢中になっていた。

 

「ふははははははッ!これならば成る……かの『Project:Revive Life』は再び――ッ!!」

 

 ルミアは霞む視界の中で、足元の方陣に直系している別の巨大な方陣を垣間見る。

 

 中央には、氷晶石が三つ正三角形の頂点を一同ような配置で据えられていた。そして、現在ルミアの身体同様、その氷晶石の表面には光のルーン文字が無数に刻まれている。

 

 中身はよく見えないが、辛うじて覗く影からはどこか少女の姿をしているように思われた。

 

「そういえば、エレノア殿!!そちらはどうだったのかね?」

 

 ルミアは、バークスの言葉に、これ以上何をするのかと首を傾げた。

 そういえば、途中でエレノアがいなくなった時があったが、その話だろうか。

 

「残念ながら断られてしまいまして……」

「ふん。ノアルテ=ミネラーノと言ったか」

 

 突然、聞こえてきた友達の名前に、ルミアは耳を疑った。

 ここにいるのはルミアとリィエルだけだと思っていたのに、まさかノアもいたことに驚愕する。

 

「残念な奴だ……。まぁいい。死んだとしてもこの計画があるのだからな」

「っ!!」

 

 ルミアにとって一番危惧していたことだ。

 自分の異能が勝手に利用され、そして大切な人の尊厳を傷つける行為。それが、今目の前で起きようとしている。

 

 ルミアは反論の声を上げようとするが、体に這いまわる魔力のせいで形にならず、ただ苦痛の喘ぐような声が口から出るだけだった。

 

 また、ノアが死ぬかもしれないという状況に反応したのはリィエルも同じだった。

 リィエルは先ほどから、ルミアから背を向け、その苦痛の声が聞こえてくるたび震える身体を跳ねさせていた。そして、ノアの名前を聞いた時も。

 

「リィエル……大丈夫かい?」

「……」

 

 リィエルは気遣うような兄の言葉にも反応できなかった。リィエルの心の中には、グレンを刺したとき同様の恐怖が渦巻いていた。

 

(ノア……ノアも死んじゃうの……?)

 

 重く、冷たい感覚がリィエルを支配していく……その時だ。

 

 遠くで、地鳴りのような音が突然、響き渡った。

 

「何事だ!?」

 

 作業を止めたバークスが怒鳴る。

 エレノアは、部屋の入口につかつかと歩いていくと、遠見の魔術で確認する。

 

「侵入者ですわね。あれは……帝国宮廷魔導師団特務分室<<星>>のアルベルト様と、帝国魔術学院魔術講師のグレン様ですわ」

 

 苦々しく、しかし愉しそうに微笑むエレノアの言葉に、部屋にいた各々が違った声を上げる。

 

 驚愕で目を丸くしているリィエルやその兄、苛立たし気に顔をゆがめるバークス。そして、影がかかっていた表情から一転、救いを得たというように喜びを浮かべるルミア。

 

「……先、生……!よかった……」

 

 部屋の入り口から、またバークスの傍へ歩み寄ったエレノアは、水晶の壁に二人の侵入者を映した。そして横で肩を怒りで震わせているバークスに問う。

 

「く……おのれ、政府の犬共め……ッ!」

「いかがいたしましょうか?」

「ふん!いいだろう!私の合成魔獣達(最高傑作)で蹴散らせてくれるッ!!」

 

 バークスは歪んだ嘲笑を浮かべながら、モノリスの表面にルーンを描いていく。

 勝利を信じて疑わないバークスに、流石にエレノアも小さくため息をついて、呟いた。

 

「はぁ……まぁいいでしょう」

 

 このままでは確実に、バークスの負けだ。

 だが、このまましばし鑑賞しているのも悪くないだろう、とエレノアは微笑んだ。

 

 

 

 

 アルベルトが特定した施設に押し入ったグレン達は、迫りくる合成魔獣達を前にしてもその足を止めなかった。

 

「<<雷槍よ>>!」

 

 アルベルトが【ライトニング・ピアス】を唱える。

 二反響唱(ダブル・キャスト)で二条の雷閃が、獅子に向かって放たれる。

 

 だが、獅子はその二つの雷閃を跳躍することで躱し、そのまま足を止めないアルベルトに牙を立てようとして――

 

「<<猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て>>――ッ!」

 

 それを読んでいたように、グレンが遅れて三節詠唱の【ライトニング・ピアス】を完成させ、獅子の眉間を貫いた。

 

 空から落ちてくるその躯を軽々と避けるグレンとアルベルトの速度は微塵も落ちない。

 

 人型の植物の化け物達に遭遇した。

 

 まずグレンが【タイム・アクセラレイト】で、化け物達の中央まで一気に加速し、すべての攻撃を避け、迎撃する。効果時間が切れ、鈍足となったグレンに襲い掛かる蔦を、アルベルトが放った【フレア・クリフ】で燃やし尽くした。

 

 巨大なゲル状の無機生物が、いくつかの骸骨をその身に含ませながら立ちふさがった。

 

 予め詠唱済み(スペル・ストック)していたアルベルトが【アイス・ブリザード】で凍てつかせる。その氷の壁を、無造作に銃を構えたグレンが引き金を引き、粉々に砕く。

 

 まるで眼中にないというように、軽口を叩きながら。

 

 

 

 

「……止まりませんね」

 

 からかうようなエレノアの声に、バークスは怒りで拳を震わせた。

 

「おのれ……あいつら……ッ!」

 

 だがこうしている間にも、映像越しに見るグレン達はどんどん奥へと進んでいく。

 

「い、いいだろう!今までのはただの小手調べだッ!今度は最高傑作でで向かわせてもらおう……ッ!」

 

 血走らせた目でバークスは、モノリスを操作する。

 

 すると、いよいよ通路を突破し、大部屋に侵入したグレン達の前に、バークスが設置した最高傑作、大部分が宝石で構成された超重量級の亀の怪物が出現した。 

 

 その大亀がグレン達に向かって雄叫びを上げると、激しくその体に電気が帯びていく。

 目の前で凄まじい音を立てて稲妻を爆ぜさせる大亀に、グレンが青ざめたのを見て、バークスは哄笑した。

 

「ふ、ふははははッ!こいつは凄いぞぉ!?この宝石獣には三属攻撃呪文(アサルト・スペル)など効かんし、いかなる武器でも傷つけることはできん!真銀(ミスリル)日緋色金(オリハルコン)の武器でもない限りなぁ!?ふはははははは――ッ!」

 

 

 

 

「や、ヤベェ――」

 

 目の前で弾ける稲妻にグレンは、慌ててアルベルトの方へ駆け出した。

 対するアルベルトは冷静に、【フォース・シールド】を唱える。

 

「――<<光の障壁よ>>」

 

 瞬時に光の六角形模様が並ぶ魔力障壁が、アルベルトの前に展開された。

 

 次の瞬間。

 雷音が部屋中に響くと、高出力の稲妻が狙いもなく落とされ、視界が白に染まるが、アルベルトの障壁がそれを難なく弾く。ぎりぎりでアルベルトの背後に滑りこんだグレンも、なんとか事なきを得た。

 

 だが、息つく間もなく大亀がまた稲妻を落とし――

 

「ち――」

 

 アルベルトが小さく舌打ちをしながら、障壁をより堅固にして受け止める。

 大亀もまた休むことなく稲妻を落とす。

 

「お、おい……大丈夫か?」

「存外、強い。そう何度も受けられんな。この障壁は魔力を食う故、このままだと押し切られる」

 

 止まない稲妻に対して、防戦一方のアルベルトだが、相も変わらず落ち着きを払っている。まるで、勝敗は既に決しているとでも言うように。

 

 アルベルトは、障壁を展開したまま、グレンの方を見向きもせず端的に言い放つ。

 

「やれ、グレン」

「いや……わかっちゃいるが……。あとが続かねぇ……」

 

 グレンは苦い顔で応じる。

 

「心配は無用だ。やれ」

 

 アルベルトが淡々と言う。

 

「!……了解」

 

 グレンは一瞬キョトンとしたが、次には二ヤリと笑って応じる。

 

 そして、懐に手を入れると、とあるものを取り出す――

 

 

 

 

 一方、水晶壁に映された防戦一方のグレン達に、バークスの気分は最高潮だった。

 

「ふははははははッ!見ろッ!あの無様な姿をッ!」

 

 制限があるとは思わせない稲妻の嵐が、グレンとアルベルトに豪雨の様に降り注ぐ。

 

「先生……」

「グレン……」

 

 そんなグレンとアルベルトの様子を、リィエルとルミアは食い入るように見守っている。

 

「見たか!エレノア!これが我が魔術の威力だ!」

 

 自慢げにエレノアを振り返すバークス。

 それにエレノアは、ただにこやかに笑う。

 

 

 

 

 

 

「<<我は神を斬獲せし者・――>>……」

 

 グレンは上に弾いた小さな結晶を左手で掴み取り、ぱん、と左掌に右掌を合わせる。

 

「<<我は始原の祖と終を知る者・――>>……」

 

 ゆっくり、ゆっくりと。

 グレンは魔力を高めながら、意識を集中させ、一句一句呪文を紡いでいく。

 

 左掌を中心に、リング状の円方陣が三つ、縦、横、水平にかみ合うように形成され、それぞれが徐々に速度を上げながら回転を始める。

 

「<<其は摂理の円環へと帰還せよ・――>>……」

 

 と、その時。

 

「――ォオオオオオオ……」

 

 本能的に命の危機を察知したのか、出鱈目に稲妻を落とすことを止めた大亀は、呪文の完成を阻止しようとグレンに突進していく。

 

 しかし――

 

「<<鋭く・吠えよ炎獅子>>――<<吠えよ>>、<<吠えよ>>!」

 

 即興の呪文改変で、爆発に指向性を持たせた【ブレイズ・バースト】をアルベルトが唱える。

 

 その連唱で飛来した、三つの火球が宝石獣の足元に飛来し、炸裂する。

 ダメージはほぼないものの、爆発の衝撃によって、超重量級であるにもかかわらず、亀はその意思に反して徐々に後退させられる。

 

「寄るな、化け物。貴様は其処で大人しく聖句でも唱えていろ」

「ゥォオオオオオオオオオオ――ッ!」

 

 大亀は苛立ちが混じる雄叫びを上げると、再度、稲妻を落とし始めるが、

 

「ふん、馬鹿の一つ覚え。所詮、獣か――<<光の障壁よ>>」

 

 アルベルトがさっと腕を振ると、再び障壁が張られ、防いでいく。

 稲妻と障壁が、凄まじい衝撃と光を放ちながらぶつかり合う。

 

 その間にも、

 

「<<五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は乖離すべし・――>>」

 

 グレンは着々と呪文を紡ぎ、

 

「<<いざ森羅の万象は須らく散滅せよ・――>>」

 

 そして――

 

「<<――遥かな虚無の果てに>>――ッ!」

 

 呪文が完成した。

 

 瞬間、グレンは前方に突き出した左掌を中心に、高速回転していた三つのリング状円方陣が、前方へ拡大拡散しながら展開。

 

 同時に、アルベルトがふわりと、グレンの背後へと降りたつ。

 

「ゥォオオオオオオオオオオ――ッ!」

 

 アルベルトという障害がなくなり、宝石獣が雄叫びを上げて突進しながら、体を一層激しく帯電させる。だが、

 

「ぶっ飛べ。有象無象」

 

 グレンの言葉と共に放たれた、巨大な光の衝撃波が、そのすべてを吞みこんだ。

 宝石獣の身体は高圧の光の奔流の中、輪郭を徐々に失い――。

 

 やがて光が収まったころには、巨体に丸く抉られたような穴を残し、生命活動を停止した。

 

 

 

 

 ノアは、施設が激しく揺れるのを感じた。

 水晶壁に映る映像からは初老の怒声が響く。

 

『……馬鹿なッ!あれは――~ッ!?』

 

 ノアは、エレノアが律儀に残していった水晶壁に映る映像のおかげで、グレンとアルベルトがルミアの奪還に来たことを知っていた。

 

 こちらの戦闘音ですべての会話は聞こえないが、どうやらグレン達がバークスの最高傑作(足止め)を壊したことが容易に推測できた。

 

(先生なら、【イクスティンクション・レイ】かな……)

 

 余裕がなくなったのだろう、バークスが怒鳴り声をあげて、エレノアを連れて部屋から出ていくのを映像越しに見送る。

 

 もうルミア達の方は当分、大丈夫だろう。

 いずれ、グレン達が到着し解決してくれるはずだ。

 

「こっちは全然だけど」

 

 ノアは燃え尽きて跡形もなくなった左手の手袋と、ボロボロになった制服を昏い目で見下ろしながらぼやいた。

 

 立ち止まったノアに、これを好機だと思ったのか、鷹の獣が大きくその翼を羽ばたかせると、鋭い風の刃を飛ばす。

 

「……」

 

 しかしノアは、少し体を右に傾けて直撃を防ぐだけだった。

 完全に避けなかったことで、刃の端が左腕を切り裂くがノアは見向きもしない。

 

 黒い瞳を鷹の獣から外さず、そしてまっすぐ左の人差し指をその目に突き付けた。

 

「<<雷槍よ>>」

 

 瞬間、ノアの指先から電撃が放たれる。

 それは見事、鷹の目を射抜くことに成功し、鷹は悲鳴をあげて墜落していく。

 

 軍用攻性呪文(アサルト・スペル)、【ライトニング・ピアス】。

 ノアが現在発動できる数少ない軍用魔術の一つだ。

 

 ここで戦うまでは、ただの学院図書室で読んだ書物の知識のままだったが、実践に実戦を重ねて一節詠唱まで出来るようにまでなった。もちろん、初めは失敗して、思うように発動しなかったり、暴発したりしたが。

 

「おっと」

 

 飛びかかって来た人型合成魔獣を【ホワイト・アウト】で足止めしつつ、背後から迫っていた豹獣の爪を避る。それと共に、その爪で人型魔獣を葬ってもらうことを忘れずに。

 

 豹はノアに避けられ、利用されたことに苛立ったのか、低く唸り声をあげた。

 

 それを冷めた目で聞きながら、ノアはちらりと周囲に目を走らせる。

 

 ――まだ、合成魔獣たちは残っている。前線には小型が多いが、その背後には、体を宝石に覆われた獅子と鷹が融合したような獣――グリフォンが待ち構えている。

 

(剣があれば、まだ楽だったかな)

 

 夢で見た光景が脳裏をよぎる。

 本当に、五兄が剣を教えてくれていたのなら、剣が扱えるかもしれない。そうすれば魔力の節約になったかも。

 

 そこでノアはおや、と首を傾げた。

 

「……僕、死にたくないの?」

 

 守れなかったのに

 その言葉は、たらり、と左腕を伝う血と共に、静かに地面に落ちていく。

 

 あの時、避けさえしなければ、ノアは今頃死んでいたというのに。それよりも、もっと早く、【ライトニング・ピアス】が使えるようになる前にも……。

 

(僕って……こんなに生き汚かったんだな)

 

 ノアはどうしようもないというように、大きくため息をついた。

 周囲で蠢く魔獣達をどう処理しようかと、軽く悩みながら。

 

 

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