【イクスティンクション・レイ】によって、予想通りマナ欠乏症になったグレンは、アルベルトから魔晶石を受け取ると、ありがたく使わせてもらう。
回復中のグレンに代わって、アルベルトが油断なく周囲を警戒しながら、しばし待つ。
そして。
「……急ぐぞ」
「ああ」
二人は奥の扉から部屋を抜けると、再び暗く狭い通路を進んでいく。
しばらくして、不意に開けた空間に出た。
「ここは……?」
保管庫、だろうか。
そこは大広間のようで、床や壁、高い天井のところどころに点在している光は細く、足元がよく見えなかった。
辺りには規則正しく並んでいた謎の液体が入っているガラス管が立ち並び、床に張り巡らされているコードがその円筒に繋がっているようだった。
そして、その円筒は稼働しているようで、時折、中の液体の泡がこぽ、と音を立てている。
「……何だこりゃ?」
ふと、グレンはその円筒の中に、なにか物体が浮いていることに気付く。周囲が暗いせいでこのままでは見えない。
グレンは、何気なく近づいて、中を覗き込んだ――瞬時にその軽率な行動に後悔した。
「これは……ッ!?」
「……ッ!」
グレンは思わず込み上げてきた吐き気に、口元を抑え、背筋が悪寒で泡立つことを感じる。
アルベルトも、この円筒の中身に気付いたのだろう、いつもより表情が険しかった。
このガラス円筒に入っていたのは……人間の
グレンはさっと他の円筒も見回す、がその隣も、隣の隣も、全てが同じものだった。
取り出された人間の脳髄が、延々と標本の様に並んでいる――否、実際に標本なのだろう。
人間の標本。人を人とみなさないもの。
「……『感応増幅者』……『生体発電能力者』……『発火能力者』……」
呆然と絶句するグレンから離れ、アルベルトは靴音を低くならせながら、円筒に貼られたラベルの文字を淡々と読み上げる。
「……つまり、これは『異能者』達の成れの果てか」
アルベルトは、目付きを鋭くし、不快そうに顔をしかめるとそう結論付けた。
「クソッ!」
グレンは何かに縋るように、必死に周囲を見渡す。
そして、ふと『それ』に気付いた。
ガラス円筒の一番奥にあった『それ』だ。
薄暗い中でもわかる、人の形をした『それ』に、グレンは衝動的に駆け寄って
「アルベルト、見ろ!あいつ、まだ生きてるぞ!早く助け――」
言葉を吞みこんだ。
ガラス管の中に浮かんでいたのは、グレンの生徒達と同じ年くらいの少女だった。
彼女は手足を切断され、全身を無数のチューブに繋がれて、魔術的に『生かされていた』。
この少女は既に、独立して生存する機能を完全に奪われている。この装置から解き放たれたとしても、数分も活きていられない。
(そうだ、だから俺は魔術に失望して――)
やりきれない悲しみと怒りにグレンが固く拳を握り固める。
「……」
こんな状態でも、意識があったみたいだった。
茫然自失するグレンの目と、彼女の虚ろな目が合う。そして、
コ、ロ、シ、テ
弱弱しく紡がれた四文字のSOS。
その時だった。
「”
アルベルトの朗々とした声が、静寂を破る。
「”汝は我が言の葉を借りし主の意を
ゆっくりと近づいてくるアルベルトが、眼前で聖印を切り、聖句を唱えていく。
「……アルベルト……?」
「”死を恐るるなかれ。死は
少女の前に立ったアルベルトが、少女を左手で指す。
「”いざ、其の御霊は自由の翼を得て輪廻の旅路につき、
アルベルトは魔導士でありながら、何故か司祭の資格も持っている男だ。
グレンには、アルベルトが何しようとしているかわかる。
だが、それを止めることはできない。
どれだけ必死に手を伸ばしても……救えない人がいるのを知っているから。
「”
最後の聖句と共に、アルベルトは
暗闇を走る雷閃は少女の心臓を正確に貫いて、彼女の命を刈り取った。
苦痛も感じさせる暇もなく……。
「……とんだ牧師がいたもんだ。……軽蔑するか?」
アルベルトは自嘲気味に呟くと、静かに黙とうを捧げながら、グレンに尋ねる。
「……見損なうなよ。嫌な役、任せちまったなって申し訳ないくらいだ……」
「……」
どうしようもない感傷と静寂が二人の間に満ちる。
グレンは割れた円筒に向かって頭を下げるように俯き、流れていく液体を目で追っていた。
「あれは……」
円筒の陰に光るものが見え、グレンは液体に浸ってしまったそれを拾い上げた。
目の前に掲げて見てみるとそれはよく知っている物だった。
「これは……ノアの、懐中時計……」
「……『異能者』だったのか?」
「……いや」
「……そうか」
グレンはその懐中時計を一度強く握りしめてから、そっと懐にしまう。
その時だった。
「貴様らぁ!?私の貴重な実験材料になんてことをしてくれた!?」
醜い罵声が部屋に響き渡った。
声、名前、姿……その存在そのものに、殺意を覚える存在の気配に、グレンとアルベルトの雰囲気が哀愁から一変し、憤怒と化す。
円筒の群れの向こうの出入り口の方に、姿を現したのは――
「バークス=ブラウモンッ!」
「おのれぇッ!今、貴様らが壊したサンプルがいかに魔術的に貴重なものか、それすらも理解できんのか!?この愚鈍な駄犬どもッ!絶対に許さんぞッ!」
「お前――」
グレンは一時でもこのクズを人格者だと思った、過去の自分を殴り飛ばしたくなった。人を人と見ないバークスの持論に、グレンは衝動的に背中に隠してある銃へ手を伸ばし――
「待て、グレン。この男の相手は俺が務める」
アルベルトが、グレンの肩を強く握り、その動きを制す。
その瞳はグレンから見ても、ぞっとするほど恐ろしかった。いつも冷静なこの男が、ここまで怒りを見せるのは珍しい。
「リィエルを説得し、ミネラーノの真偽を明らかにするんだろう?」
「俺としては有り難いが……」
逡巡するグレンに、アルベルトはさらに畳みかける。
「時間が惜しい。可能性としては低いかもしれんが、今、この瞬間に王女があのような姿にされつつある可能性は否定できん」
「!」
尊厳を奪われた異能者たちの姿が、グレンの脳裏をよぎった。
「俺達の命以上に王女の命が優先だ。それに、恐らくお前ならエレノア相手に有利に戦える。ここにリィエルがいない以上、この布陣が鉄壁だ。異論は認めん」
「援護任せた」
アルベルトの言葉に応じた途端、グレンは出入り口に向かって駆け出す。
扉の前には、今だバークスが邪魔をしているが、グレンは何の躊躇いもなく、まっすぐ。
「馬鹿が!<<猛き雷帝――」
「<<気高く・吠えよ炎獅子>>!」
グレンに向けて呪文を放とうとするバークスに先駆けて、アルベルトは既に【ブレイズ・バースト】を完成させる。
「――ッ!?貴様、仲間を巻き込む気か――ッ!?」
飛来する火球に、バークスは慌てて【フォース・シールド】を唱える。
グレンはそれに歯牙にもかけず、ただ前へと進み――
火球が床に着弾し、爆発する。
刹那、爆炎がバークスとグレンを飲みこみ、
「なッ!?」
否、バークスだけを飲み込み、シールドを維持するその横を、グレンは悠々と駆け抜けていった。
駆けて、駆けて、ひたすら駆ける。
延々と続くと思われた通路もやがて終わりが見え、扉の姿が目前に迫ってきて――
「だらっしゃぁああああ――ッ」
グレンは、その扉を乱暴に蹴り破った。
「おい、いるんだろう?いい加減、馬鹿騒ぎも終いにしようぜ」
突然現れたグレンに、部屋にいた者たちの驚愕の視線が集まる。
ルミア、リィエル、そして――リィエルの『兄』を名乗る青髪の青年。
「グレン先生……本当に……っ……無事で……」
どうやら、心配をかけすぎてしまったみたいだ。
いつも気丈にふるまうルミアを泣かせてしまったことに、グレンは悪く思いながら少しくすぐったくなる。
「……悪いな、ルミア。まーた、遅刻しちまった。白猫には内緒な?」
「ふふ……はいっ!」
いつものように軽口を言うグレンに、ルミアは思わず笑った。
グレンはルミアのその笑い声に、そっと安堵の息を着くと、青年に向き直る。
「……さて。おい、そこのテメェ……俺の可愛い生徒に、随分愉快なコーディネートかましてくれてんじゃねーか……ああ?」
ルミアは部屋の最奥で、天井から鎖に吊られ、服を破かれ、その体には夥しいルーン文字や紋様が刻まれていた。
ガラスの円筒の中の少女という最悪の展開に比べれば、遥かにましだが、それでもグレンの怒りに火をつけるのは十分だった。
「う……ぁあ……」
凄まじい形相で睨むグレンに、青年は怖気づいたように青ざめた。
「馬鹿な……なぜ、あなたがここに……バークスとエレノアはどこへ行ったんだッ!?まさか、やられたというのか!?」
「……エレノア?」
手をぽきぽきと鳴らし、一歩一歩近づいてくるグレンから逃げるように、一歩一歩後ずさっていく青年の言葉に、グレンは首を傾げる。
(エレノア……ここに来るまで、結局姿を現さなかった……一体どこに?)
この部屋の中を確認するが、やはり、グレンとルミア、リィエル、そして青年の四人だけだ。
グレンの頭の中に、疑問がふつふつと沸き上がっていく。
(あの女は何を企んでいる?)
エレノアがバークスに見切りをつけ、逃亡したというのが、現状で最もありがたい展開なのだが。
それにエレノアもそうだが、あともう一人探している少女がいない。
エレノアがまた違う場所へ連れて行ったとか?
或いは、本当に――。
(……いや、まずはリィエルから何とかしねぇと)
とりあえず、このリィエルの『兄』をぶちのめす。
そう思って、一歩踏み出したとき。
「グレン……それ以上、兄さんに近づかないで」
「リ、リィエル!さ、流石は僕の妹だ!」
リィエルが大剣を構え、『兄』へ近づくことを良しとしない。その間にも『兄』はリィエルに時間稼ぎを言い渡して、儀式方陣の方へ駆け寄っていく。
その背中に舌打ちしつつ、グレンはリィエルを睨みつける。
「……おい、リィエル。マジでやる気か?」
「なんとでも言って。わたしは兄さんのために、戦う。それが、わたしの存在理由」
グレンを睨み返すリィエルの目は昏く、またひたすらに一途に盲目的だった。
「……そうかよ」
だからこそ、グレンは今まで先送りにしてきたのだ。そして、そのつけが今、回って来た。
グレンは、今それを清算しなければいけない。
グレンとリィエルの相性は最悪で、白兵戦においてグレンの方が分が悪くても。
唯一勝る魔術戦能力も、詠唱に意識をとられた瞬間、切って捨てられることが明白だとしても。
それで、リィエルの心を傷つけたとしても。
グレンは退けない。
「来いよ、リィエル!かかって来い!お前はとっ捕まえて――『お尻ぺんぺん』の刑だ!」
「グレン――ッ!」
リィエルが大剣を振りかざして、グレンに突進してくる。
それをグレンは拳闘の構えで迎え、次々に身体をかすめる刃にもひるまず、リィエルに立ち向かった。
「約束を果たすぜ……