ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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9.生きる意味を教えて

 

 グレンがルミア達のいる儀式部屋にたどり着いたとき。

 ノアは淡々と魔獣達を葬る作業を行っていた。

 

『だらっしゃぁああああ――ッ』

 

「先生……来たんだ……」

 

 水晶壁の向こうから突然、聞こえたのはグレンの叫び声と扉を蹴破ったのか爆裂音。ノアは手に持っていた獅子魔獣の躯を足元に落とし、そっと顔を上げた。

 

 映像越しに見えるグレンは、最後に見た姿とは別人のように、とても元気そうだった。ルミアもリィエルも、グレンの姿に安堵していることが伝わってくる。

 

『リィエル!お前も黙って見てるんじゃねえよ!?ルミアがあんな目にあって、なんとも思わねーのか!?…………その、なんだ?つい、じっと眺めたくなる気持ちはわからんでもないが……』

 

「ふふふ……先生は、馬鹿だな……」

 

 その状況でよくもまあ、そんないつも通りにできるものだ。

 ルミアの方をちらちらと盗み見て、苦悶の表情を浮かべるグレンに、ルミアの笑い声が聞こえてくる。その様子に、ノアもつられて笑ってしまう。

 

「――グォオオオオオオ……」

「……わかってるよ。うるさいな……」

 

 ノアの背後で、獣の唸り声が聞こえてくる。

 振り向くと、そこには放置された苛立ちで、こちらを睨んでいるグリフォンの宝石獣がいた。

 

 このグリフォンはどうやら、炎熱系の魔術が好きらしい。

 これまでは、飛んでくる火球や熱風を、他の魔獣達を囮にしたり、壁にしたりと直撃を防いでいたのだが……。

 

「もう使えないな、こいつら」

 

 今、ノアの周囲に転がっている躯はボロボロで、もう防ぐことはできないだろう。

 こうなってしまっては、後はノアの魔術で何とかするしかない。

 

(魔晶石は……あと一つ、か)

 

 ノアは、少ししゃがんで靴裏に隠し持っていた魔晶石を一つ取り出しながら、残りの魔晶石を数えた。心許ないというべきか、よくここまで残せたというべきか。

 

 魔晶石を握りしめノアは魔力を回復していくが、全快するのを、グリフォンは待ってくれるはずもなく。周囲に熱波を渦巻かせながら、口元に大きな火炎を集めていく。火炎を放射する動作だ。

 

(まずいな……)

 

 【フォース・シールド】で受けることは可能だ。

 しかし、いつ終わるかわからない火炎を、延々と受け続けるのは、あまりにも魔力の無駄遣いだ。

 

 氷雪系魔術で相殺できる熱量なのかもあやしい。

 

 とはいえ、ほかに手があるわけでもない。

 

「<<白銀の壁よ>>」

 

 ノアの目前に分厚い氷の壁が展開される。

 瞬間、グリフォンが爆発的な熱量と光量を持って火炎を放ち、衝突。爆音と熱風、そして水蒸気が部屋を満たす。

 

「……」

 

 氷壁から回り込んだ熱と光が、ノアの掲げている左腕と肺を蝕む。

 それでもノアは、動じない。

 

(この火炎……波があるな)

 

 氷壁にひびが入るたび、さらに魔力を開放し、修復していて気付いた。

 4、いや5秒に一度、わずかに火炎の勢いが弱まる瞬間がある。

 

 ならば、そのタイミングに合わせ、氷壁の一部――左指先の部分のひびだけを、敢えて完全に修復せずに残しておく。……三、二、一、

 

「<<極光よ・刺し穿て>>」

 

 氷壁にひびが走り割れ、そして火炎が弱まった瞬間。

 

 ノアの放った、衝撃に指向性を持った【ライトニング・ピアス】は、火炎の本流を切り裂いて疾走し、グリフォンの喉奥を鋭く穿った。

 

 攻性呪文(アサルト・スペル)が効かない宝石獣とはいえ、物理的衝撃は与えられたようだ。

 

 衝撃に仰け反ったグリフォンの火炎は、壁を通り、やがて天井まで駆けると水晶壁にその痕跡を残し、ようやく途切れる。

 

(……流れ星みたい)

 

 ノアは、前髪を掠めるように駆けて行ったその火炎を眺めていた。氷壁が砕けたことで、前方から吹き抜ける暴風に、後方へ飛ばされながら。

 

 地面と魔獣の残骸の上で数回バウンドをして、壁にぶつかることで、やっとノアの身体が止まった。

 

「げほっ……ごほっ……」

 

 力の入らない腕で、ノアは何とか上体を起こし、ふらふらと立ち上がる。

 

 立ち込めた水蒸気が、周囲を白く塗りつぶし、グリフォンの姿を隠している。しかし――その爛々と輝く赤い目だけは、隠しきれていなかった。

 

 ノアは、それを見て、かすかに笑う。

 

 グリフォンは、翼を大きく広げると、一振りで水蒸気の幕を取っ払った。

 

「――グォオオオオオオ……ッ」

「あは……苛立ってるの?まさか――」

 

 

『ぁああああああああああああああああ――ッ!?』

 

 

 

 「僕に?」という言葉は続かなかった。

 

 ノアは突然部屋に響き渡った絶叫に、勢いよく水晶壁に映された映像の方を振り返る。

 

「リィエル……?」

 

 そこには、力なく両膝を床につき、頭を抱えたリィエルがいた。

 そしてリィエルの前では、あの青年が愉しそうに高笑いしている。

 

「あいつ……ッ!」

 

 向こうの状況は分からないが、青年がリィエルに何かしたことはわかる。

 ノアは青年に激しい憤怒を覚え、映像に意識が完全に持っていかれ――完全に忘れていた。

 

 自分の目の前には、化け物がいたことに。

 

「あ」

 

 間違えた、と思った時には既に体が宙に浮いていた。

 必死に体を捻り、グリフォンを見て――反射的に【ゲイル・ブロウ】を唱える。吹き飛ばすのは相手ではなく、自分だ。

 

 唱え終わった瞬間、先まで自分がいた場所に火炎が放射される。ノアの身体は熱風で今度は天井まで舞い上がり、そして重力によって地面に落ちていく。

 

「――~っ!!」

 

 いくら身体強化していても、やはり落下の衝撃は大きく、床に転がり身体を丸める。

 体中から上がる悲鳴に、ノアは思わず顔を歪ませた。

 

 それでも、ノアは映像の方へ眼を向ける。

 

 そこでは何故か、リィエルと同じ顔をした少女が三人、グレンとリィエルを襲っている。

 

 そのうちの一体を退けたグレンは、リィエルを部屋の隅に転がし、自身はリィエルの前に立った。まるで――

 

『アホ。守ってるみたいーじゃなくて、実際に守ってんだよ』

「……そうだね」

 

 ノアの思考が、一気に冷静さを取り戻していく。

 

 考えてみたら単純な話。

 

 リィエルも、ルミアも、グレンが守ってくれる。

 ノアの役目じゃない。

 

「あれ……僕って……」

 

 なにを、やっているんだっけ。

 なんで、生きているんだっけ。

 ぽつり、と呟かれた言葉はどこにも響かない。

 

「なんか……馬鹿みたいだ」

 

 どうしてこんなに必死になって戦っていたのか、もう分からなくなってしまった。

 

 ノアは、あちこち焼け焦げた体を無理やり動かす。だがそれは、立ち上がるためではなく、天井を見上げるためだ。

 動かなくなったノアに、グリフォンは嬉しそうに唸り声をあげると、ノアの上空に火球を作っていく。

 

 はじめは小さく、しかし徐々に大きくなっていく火球は、まるで夜に現れた太陽の様に眩しかった。

 その光に、身を照らされながら、ノアは遅まきながら理解する。

 

(ああ、兄さん達の言う通りだったよ……)

 

 あの日、あの記憶の中で。

 兄さん達はノアに、ある教えを授けてくれていたのだ。

 

 

――お前も、もう少し考えて動かないとね

 

 四兄の瞳は、凪いだ青い空のように聡明で寛容だった。

 

 

――お前の使命は”守る”ことだ。しかし、”守る”ことが使命()()である間は、お前は弱いままだ

――誰も”守れ”ず、何を”守る”かすら間違え、そして、()()()()()さえも見失う

――考えろ。お前にとって”守る”とは何だ?

 

 五兄の瞳は、秘めた赤い焔のように温厚で峻厳(しゅげん)だった。

 

 

 

(僕は――考えてなかったんだ。ずっと、ずっと)

 

 考えたつもりでいただけだった。

 だから”守らなきゃ”が癖になったノアの手の中には、もう何も残ってなかった。

 

 守るものを間違えて、守るべき人はもういなくなって、守ってた物はなくした。そして、生きる意味さえも見失った。

 

「でも……でも、ぼく…………わからないよ……。”たいせつ”は、”守らなきゃ”……そうでしょ?」

 

 どれだけ聞いても、応えてくれる人達はもういない。

 

 上空の太陽からちらりと視線を横にずらすと、必死にリィエルを守っているグレンが見えた。

 ノアが大切にしていた、守らなきゃいけなかったルミア達は、もうグレンが守ってくれる。

 

 だから何も守れなかったノアはもういらない。

 こんなに頑張ってまでノアは、ノアルテ=ミネラーノは生きている意味はない。

 

「だから…………もういい」

 

 何か叫んでいるグレンから目を離し、また上空の太陽に視線を戻した。今まで、おちょくった礼だとでも言うつもりなのか、十分ノアを包めるサイズになっても、まだ大きくなっていく。

 

「…………」

 

 落ちてきたら一瞬で終わるな、とノアはどこか他人事だ。体全体に感じる、強くなっていく熱と光に、ノアは静かに目を閉じて――。

 

 

 

 

『何も望むことはなかったのか!?』

 

 

 

 

 

「え」

 

 突如、頭が殴られたような衝撃に襲われ、がらんどうの心にその余韻が響く。

 

 ノアは閉じていた目で瞬きを繰り返し、グレンの方へ眼を向ける。

 グレンは、相変わらず必死にリィエルを守りながら戦っていた。叫びながら。

 

 

『自分が大切だと思う何かのために生きろ!意味とか資格とか理由とか──バカが無い知恵絞ってもっともらしく考えんな!世界は結構、単純なんだよ!』

 

 

 ノアに向けられたものじゃない、ノアのことじゃないと必死に否定する自分がいた。だからもういいだろう、終わろうと。

 それでも、心の隅ではわかっていた。グレンが今のノアを見たら、きっと()()ようなことを……。

 

 途端、駆け巡る、走馬灯。

 

 

――大丈夫。私達が傍にいるから

 

 

 どうしようもない悪夢に怯えるノアを、眩い金髪と銀髪の少女が、優しく包み込んでくれた夜の温もりを覚えている。

 

 

――ノア、大丈夫?

 

 

 ”あの日”からどこか人を避けるようになったノアを、そっと見守っていてくれたクラスの皆がいたことを知っている。

 

「ぼ、くは……」

 

 

――わたし……こわい……

 

 

 どこかノアに似ている、昏い目をした淡青髪の少女が溢した悲鳴をノアは、ノアは――。

 

「ぼくは……」

 

 ノアの雰囲気が変わった感づいたのか、グリフォンが咆哮を上げる。それを合図に、空にあった太陽は浮力を失ったように、ノアに向かって落ちていく。

 

 太陽が落ちてくる。

 

「あ……」

 

 落ちてくる。

 

「あ、あ……」

 

 落ちて、落ちて、落ちて、落ちて――

 

「あ、ぁああああああっ!!」

 

 ノアは左手を突き出すと、全力で【フォース・シールド】を展開する。

 重力と光、熱のすべてがノアの障壁とぶつかり合い、激しい音と光を生み出しながら、やがて――

 

「う、はぁッ――はぁッ――」

 

 やがて、光と音は太陽と共に消え去り、辺りはノアの荒い息が響く。

 

「――グォオオオオオオ……ッ!!」

 

 グリフォンが怒ったように喚いているが、ノアの心には届かない。

 ノアの心にあったのは願望だけだ。

 

「ぼくは……僕は、僕は僕はッ……まだ……ッ!!」

 

 大切にしていたあの人たちのことを知りたい。

 大切にしたいあの人たちのことを知りたい。

 

 まだ、皆と一緒にいたい。

 まだ、皆の笑顔が見たい。

 まだ、あの幸せな時間を生きていたい

 

 それで、大切な人たちをもっと

 

 もっと、もっと、もっと、

 

 この手で

 

「僕は……()()()()……ッ!」

 

 よろよろと立ち上がったノアは、知らず溢れていた涙を拭う。

 そして、最後の魔晶石を握りしめながら、光を取り戻した目で、低く唸り声をあげるグリフォンを睨みつけた。

 

「僕は、まだ死にたくない。だから――貴方とはもうさよならだ」

「――グォオオオオオオ……ッ!!」

 

 グリフォンが怒り狂ったように火球を放つ。

 火球はノアを吞みこもうと、今までよりも速く飛来するが、ノアはそれを大きく跳躍することで躱す。

 

 空に飛んだノアを打ち落とそうと、火球は追従する。

 ノアは、目の前に迫る火球を前に、冷静に左手を掲げ氷壁を展開。衝突。

 

 一面に漂う水蒸気を、グリフォンがその翼で一掃するころには、ノアは既に地面に降り立っていた。

 

(僕は、今度こそ自分の意志で……守るよ)

 

 脳裏をよぎる、記憶。あの日の()()

 

――俺達は、ただ君が幸せでいてほしいだけだ

 四兄はノアの未来を祝福し、頭を優しく撫でてくれた。

 

――難しく考える必要はない

 五兄はノアを思考の闇から、力強く引き上げてくれた。 

 

 そんな、まだ名もわからない兄達へ。

 

 ノアは祈るよう、両の掌を合わせると、紫に光る糸のような魔力を、周囲に躍らせながら、ノアは()()()()()()呪文を唱えた。

 

「<<創生の(あるじ)よ・我が腕手(かいなで)に・汝の(かげ)を滅す・紫月(しづき)(やいば)を・(さず)けたまえ>>」

 

 紫糸が編まれ、それは徐々に一つの剣の形になっていく。

 

 レイピアより広く、ロングソードよりは細く、真銀(ミスリル)で作られた両刃の刀身は淡い紫の光をまとっている。ガードの部分は三日月の形になっており、グリップはノアの右手に吸い付くように良く馴染んだ。

 

 固有魔術(オリジナル)月の守護者(ルナ・アメリア)】。

 

 ノアの為に作られた、ノアだけの剣。

 

「――ォオオオオオオ……」

 

 命の危機を感じたのか、グリフォンは即時に、連続で火球を放つ。

 

 直後、爆裂。爆発。炎があたりを包む。

 しかし――

 

「――グォオオオオオオ……ッ!?」

「……この剣はよく斬れるんだ。例え、それが炎でも」

 

 ノアは、燃え盛る炎の中、悠然と立っていた。

 

 グリフォンは、余裕を失ったのか、体を大きく揺らしながら、火球を無闇に放っていく。

 

「――ォオオオオオオ……!!」

「はっ!!」

 

 ノアは右手に握った剣で、雨矢のように飛んでくる火球を斬り落とし、そのままグリフォンへ向かっていく。

 

 駆けて、駆けて、ひたすらに――

 高く、高く跳躍し――

 剣を振りかざし――

 そして――

 

「はぁ――ッ!!」

 

 一閃。

 

 瞬間、紫色の閃光がグリフォンの身体を駆け、その体を構成していた宝石の割れる音が響く。

 宝石と宝石の間から漏れ出る眩い光が、部屋全体を覆いつくし、真っ白になって――

 

 砕け散る。

 

 視界を埋め尽くす光が徐々に収まっていく。

 宝石の欠片が、部屋の小さな灯りでキラキラと輝く様は、まるで夜空に瞬く星のようだった。

 

「さよなら……来世では幸せに」

 

 ノアは剣を下ろし、燃え尽きた夜空を静かに見上げた。

 

 

 

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