ロクでなし魔術講師と第9番目の芸術   作:aioi

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10.ただいま、大切な人たち

 

 東の空が白くなった明け方ごろ。

 

 グレンに連れられて、ルミアとリィエル、ノアが旅籠に帰って来た。

 四人ともボロボロの格好をしていることに、クラスメイト達は驚きこそしたが、無事ならと何も言及せずにいてくれた。

 

 そして、諸々の謝罪もそこそこにそ、リィエルはルミアに手を引かれ、システィーナの方へ歩み寄っていく。

 

 遠巻きに見守るクラス一同を前に、リィエルがぼそぼそとシスティーナに何か話している。やがて、

 

 ぱんっ!

 

 システィーナが突然、リィエルの頬を平手で張った音が響き、ぎょっと目をむく。しかし、次の瞬間、システィーナはリィエルを抱きしめて、涙ぐみながら何かまくし立てていた。

 

 抱きしめられているリィエルも、ぼろぼろと涙をこぼしながら呟いている。そして、それを見守っていたルミアも。

 

 そんな三人の姿に、クラス一同は、

 

「野暮、だな……」

「ええ、野暮ですわね……」

「……フン」

 

 カッシュやウェンディ、ギイブルを筆頭にノア含め、クラスメイト達がぞろぞろと、それぞれの寝所に向かっていく。

 そんな彼らに、グレンは思わず尋ねる。

 

「……何も聞かないのか?」

 

 彼らは、お互いの顔を見合わせて、そして笑った。

 

「あの三人が元の関係に戻った……今はそれで充分」

「お前ら……」

 

 生徒達は気になることが山ほどあるに決まっている。

 それにも関わらず、目の前にある三人の光景を、あるべき姿だと無条件に肯定してくれたのだ。

 

 グレンは、今だ抱き合っている三人を見守りながら、その有難さをかみしめていた。

 

「先生」

 

 1人感傷に浸っていたグレンに近づいてきた生徒が一人。ノアだ。

 彼女は、ボロボロの服から一転、簡素な白いワンピースを着ていた。

 

 ノアは静かにグレンの隣まで来ると、三人の方を嬉しそうに見ている。

 

「行かなくていいのか?」

「もう少し、見ていたいです」

「……悪かった」

「何かありました?」

「お前を見つけるのも遅くなっちまった……」

 

 不思議そうにグレンを見上げるノアに、グレンは三人に目を向けたまま謝罪する。

 

 グレンは今回の騒動でいろいろやらかした。

 一つ目は、リィエルの心をロクに把握せずに地雷を踏み、怒らせたどころか、偽物の『兄』に気付くことなく天の智慧研究会へ加担させてしまったこと。

 

 そして、二つ目。

 ルミアと同じく、天の智慧研究会に攫われたノアを見つけることが遅くなったこと。また、救出の段取りが甘かったことだ。

 

 グレンは、リィエルの『兄』を捕獲し、リィエルとルミアの和解を見守った後。リィエルにノアの居場所を聞いたのだが、リィエルは首を横に振るだけだった。

 

 リィエルとルミアは先にグレンがノアを助けた、と思っていて。グレンは、てっきり、リィエルならノアの居場所を素直に教えてくれると思っていた。

 

 だから、双方の食い違いに気付いたときには、三人とも顔を真っ青にして施設内を駆けまわろうとしていたのだが。

 

 突如、壁の一部、隠し扉のようなものがあったらしい場所が破壊され、そこから慌てて傷だらけのノアが顔を出したときは、本当に九死に一生を得るという感じだったのだ。

 

「先生たちのせいじゃないです。それに、僕からは先生たちの場所はわかってたから」

「……そうか。……あ」

 

 穏やかに首を振るノアに、グレンは頭をかいて、目をそらしたが、ある物の存在を思い出して懐を探る。

 

「あー、施設内で拾ったんだが……」

 

 どの部屋かは、言いづらくてぼかしながら、グレンはそっと取り出した懐中時計をノアに返した。

 

 ノアは驚いた顔でそれを受け取り、中身を確認して、その手が止まった。

 それを不思議に思ったグレンが、ノアの手元を覗き込む。

 

「……悪い。確認すればよかった」

 

 ノアの懐中時計の中にあるはずの、あの綺麗な指輪はその破片一つ存在しなかった。

 

 グレンは、”あの日”から、指輪に対するノアの執着を知っていることもあって、後悔が胸の中で湧き上がることを止められない。

 

 きっとノアの胸中も穏やかではないはずだ。取り乱したり、最悪……。だから、せめて謝罪だけでも、と心からそう思った。

 

 しかし、ノアはグレンの予想に反して、穏やかにただ首を振るだけだった。

 

「いえ、いいんです」

「……?でも、大事なものだったろ?」

「……そうですね。でも、対価、なのかも」

「対価……?」

 

 首を傾げるグレンに、ノアは何故か寂しそうに笑って、首を振った。

 ノアは懐中時計をポケットに仕舞うと、突然、突拍子もないことを言う。

 

「僕、先生に感謝してます」

「感謝……?俺は何も……」

 

 ノアの言葉にグレンは目を瞬かせながら、自分の行動を振り返る。 

 考え込むグレンに、ノアは、薄く笑った。

 

「『何も望むことはなかったのか』」

「それは……」

 

 あの時、生きる意味が分からないと泣くリィエルに叫んだ言葉だ。

 

 ぽかん、と口を開けるグレンの前で、ノアは視線を三人の方へ戻し、否、三人を通して遠くの何かを見つめているようだ。その眼差しは、どこか懐かしむような、悼む様なものだった。

 

「僕には、守らなきゃいけなかった人がいたんです」

「……!!」

 

 初めて、ノアの口から明確な過去の話が聞けたことに、グレンは目を見開く。

 

「その人はもう……いないけど……」

「……それは……」

 

 何とも言えないグレンに、ノアは一度薄く自嘲気味に笑った。そして、手を後ろで組むと、グレンの横から一歩前へ出る。

 

「今回、僕が、思い出せたのは四番目の兄と五番目の兄のことです」

 

 ノアは一歩、一歩と歩いていく。

 

「僕は、毎朝、五番目の兄に剣術の稽古をしてもらいました。そうして、その人を”守る”術を身に着けた。四番目の兄には、優しさはいろいろな種類があることを教えてもらいました。そうして、その人を精神的に”守る”術を知った。」

 

 ノアは、グレンに背を向けたまま立ち止まった。

 

「その兄たちが、昔、僕に言いました。僕の”守る”は使命だけだって。誰も”守れ”ず、何を”守る”かすら間違え、そして、生きる意味さえも見失う。だから僕にとって”守る”とはどんなものか考えなさいって。僕は考えた、つもりでいました」

 

 ノアの声がそよ風に運ばれる。

 

「結局、兄たちの言う通り……”守らなきゃ”が癖になった僕の手の中には、もう何も残ってなかった。だから、あの時……敵が僕に大きな火の球を落とそうとした時、わざと、避けようとしませんでした」

「お前……」

 

 グレンが駆け付けられなかった間、ノアが一人で魔獣達と闘っているときのことだろう。

 さらりと述べられた自殺宣告に、ノアの小さく白い背中を、グレンは唖然と見つめる。

 

 しかし、グレンの心配をよそに、ノアは緩やかにワンピースの裾をなびかせながら、グレンに向き直る。ノアは――。

 

「でも、大丈夫です。もうわかったから」

「……何を……?」

 

 ノアは、”あの日”が来る前よりも明るく、大人びた表情で、グレンの目をまっすぐ見つめていた。

 

「のあ~!」

 

 システィーナが呼ぶ声が聞こえる。

 グレンとノアが三人の方を見ると、三人は笑いながら、ノアを手招きしている。ルミアは優しく微笑みながら、システィーナは少し怒りながら、リィエルは無表情に嬉しさを滲ませて。

 

 ノアはそれに手を振って応える。

 まだノアに聞きたいことはあったが、グレンは三人のその様子を見て、「仕方ないな」と言った風に微笑みながらノアを見やった。

 

「あいつら……。ノア、行ってやれ」

「はい。……あ」

 

 もう一度グレンの方を向いて、

 

「――――」

 

 ノアの声が、朝の澄んだ風に乗ってグレンの耳に届く。

 

 目を瞬かせるグレンに、ノアはふわりと笑うと、三人の方へ小走りに駆けて行った。

 

 ルミアがノアの手を引いて、三人の輪の中に入れる。すると、システィーナが何か喚きながらノアに抱き着く。リィエルはその光景を目に焼き付けるように見ていて。

 

 花が咲くように談笑している少女たちを、暖かい朝の光が照らしている。その光景がとても、眩しくて、眩しくて。

 

 グレンの、口元に小さく笑みが浮かぶ。

 

「……ま、おかえり……だな」

 

 

――僕は今度こそ、自分の意志で大切な人を守りたいです

 

 

 朝の澄んだ風に乗ってグレンの耳に届いた言葉。

 それは、ノアが生きて帰ってきてくれた、ノアの生きる望みだった。

 

 

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